夫の携帯が鳴ったのは、いつも通りの平日の夜だった。義妹の夏美からで、電話越しに泣き叫ぶ声が漏れていた。夫は深刻な顔で「すぐ来なさい」と言い、私にも一緒に話を聞いてほしいと頼んだ。二ヶ月後に再婚を控えた夏美に何があったのか。一時間後、汗だくで現れた彼女はソファに崩れ落ち、「お兄ちゃん、お姉さん、助けて」と震えていた。お金の話だと分かった瞬間、私は呆れた。だが夫が放った次の一言で、私の十五年分の…

夫の携帯が鳴ったのは、いつも通りの平日の夜だった。義妹の夏美からで、電話越しに泣き叫ぶ声が漏れていた。夫は深刻な顔で「すぐ来なさい」と言い、私にも一緒に話を聞いてほしいと頼んだ。二ヶ月後に再婚を控えた夏美に何があったのか。一時間後、汗だくで現れた彼女はソファに崩れ落ち、「お兄ちゃん、お姉さん、助けて」と震えていた。お金の話だと分かった瞬間、私は呆れた。だが夫が放った次の一言で、私の十五年分の...

私の名前はミキ。45歳。夫と二人暮らしをしている。夫とは大学で知り合い、交際を始めた。真面目で誠実で、家族をとても大切にする人。そんな彼に惹かれ、この人とずっと一緒にいたいと思うようになった。夫も同じ気持ちだったようで、在学中から結婚の約束をしていた。

卒業後も交際は続き、それぞれ就職してから結婚。すぐに娘のあやが生まれた。あやは今年21歳になり、専門学校を卒業して就職。家から通える距離だったが、自立したいという本人の希望で、職場の近くで一人暮らしをしている。あやが家を出てから、私たち夫婦は久しぶりの二人暮らしを満喫していた。

不自由なく暮らしていたが、一つだけ悩みがあった。夫の妹、夏美の存在だ。夏美は38歳になるが、15年連れ添った夫と去年離婚した。原因は夏美の浮気。見た目は普通の女性で特別モテるわけではないが、とにかく男が好きな性格で、15年の間に何度も浮気を繰り返していたらしい。

夏美の元旦那は浮気に気づかないふりをしながら、何年もかけて証拠を集めていた。そして弁護士を通して離婚を突きつけ、夏美と浮気相手に高額の慰謝料を請求した。驚いたのはその後のことだ。なんと夏美は、その浮気相手と再婚することに決めたのだ。結婚式の招待状が届いて、私はその事実を知った。

「夏美さん、結婚式本当にやるの?浮気相手との再婚だってみんな知ってるし、大丈夫かな?」

「妹は新たなスタートを切ろうとしているんだ。祝ってあげなきゃ可哀想だろ」

夫は昔から妹を溺愛している。浮気相手との再婚でも喜ばしいことだと言うのだ。しかし、夏美はさらに大きな問題を抱えていた。その問題は、やがて私に降りかかることになる。

あの日、夫の携帯に夏美から電話がかかってきた。電話越しに焦って泣いている様子。夫は「すぐにうちに来なさい」と伝え、電話を切った後も深刻な顔をしていた。

「夏美が電話で泣いていた。理由も言えないくらい混乱しているみたいだから、とりあえずうちに呼んだ。ミキも一緒に話を聞いてやってほしい」

二ヶ月後に結婚式を控えた夏美に何があったのか。約一時間後、額に汗をかきながら夏美が到着した。

「お兄ちゃん、お姉さん、助けて」

家に入るなりパニック状態だ。夫がソファに座らせ、お茶を出すと、夏美は一気に飲み干して深いため息をついた。

「そんなに焦ってどうしたの?」私が顔を覗き込むと、夏美はポロポロと涙をこぼし始めた。

「実は二人に相談があって。今度の結婚式のことなんだけど…まさか結婚式が中止になったのか?一体どうして?」

「違うの…いや、違うこともないというか…」

夏美は俯いたまま無言になる。夫が「言わなきゃ分からないだろ。俺たちにできることなら協力するから」と励ますと、やっと口を開いた。

「実は結婚式と新婚旅行のお金を用意できないかもしれなくって」

ここまで取り乱しておいて、何の相談かと思えばまさかのお金の話。私は呆れて何も言えなかった。

「お前働いてるだろ?旦那には貯金がないのか?」

「ないっていうか…私たち浮気してたじゃない。それぞれ慰謝料払ったから、もう貯金なんてないのよ」

「つまり、結婚式と旅行のお金を二人に借りたいんだけど…」

夫はため息をついて言った。

「なんだ、そんなことか。それならうちは多少の貯金があるし、それくらいのお金なら出せるよ」

「え、貸すの?」私は頭がクラクラしてきた。

「当たり前だろ?いや、妹に金を貸したなんて冷たいことは言わない。お金は返さなくていい」

そして夫は続けた。

「ミキ、親の介護のために貯金してるって言ってたよな。そこから出せるだろう」

夫は自分の金ではなく、私の貯金から出そうと言うのだ。私が貯めているのは両親のためだ。両親はもう75歳を過ぎていて、今はまだ元気だが、介護が必要になる日はそう遠くない。私は一人娘として、介護資金を必死に貯めてきた。妊娠しても仕事を辞めず、必死にコツコツと貯めたお金だ。それを夏美のために使うなんて絶対に嫌だった。

「親の介護資金だから無理だってば」

私が拒否し続けると、夫はついに激昂した。

「妹を助けようとしないなんて、家族なのにひどいじゃないか。金がある人間が出すのが普通だろ」

「だったらあなたが出せばいいじゃない」

「俺はこの家を買ったんだ。だから貯金なんてない」

「家は二人の給料でローンで買ったよね。それは理由にならないでしょ」

夫は言い返す言葉を失い、顔を真っ赤にして拳を握っていた。私はここで初めて、夫が貯金を全くしていないことに気づいた。結婚してから金銭管理は分けていたので、知る由もなかったのだ。

「黙って金を出せばいいことだ。分からないならもういい」

夫はそう言い残すと、寝室へ行ってしまった。リビングには夏美と二人きり。

「姉さん、どうしてもお金ダメですか?」涙目で見つめてくるが、私にその手は通じない。

「無理です。自分たちで何とかしなさい」

無言で気まずい空気が流れる。夏美は私が折れるのを待っているようで、一向に帰ろうとしない。しばらくすると夫が寝室から出てきた。その手には一枚の紙があった。

「離婚届を印刷してきた。妹のために金を使えないというなら離婚だ。俺のサインはしてあるから、後はお前次第だぞ」

「離婚したらお前は家を失うことになる。45歳のババアが家なんか借りられるか?無理だろうな」

自信満々に私を見下す夫。応な夫とだらしない夏美を見ていると、私の中で何かがプツンと切れた。

「妹に金を出さないから離婚?ふざけるんじゃないわよ。バカにするのもいい加減にしなさい」

私は夫から離婚届を奪い取った。

「離婚でも何でもしてやるわよ。あなたは大好きな妹のために300万円払ってあげればいいじゃない」

夫は私が謝ると思っていたのか、私が怒鳴ったため驚いて硬直している。そんな夫を睨みつけ、私は最低限の荷物をまとめて家を飛び出した。

家を出たはいいものの、行き当たりばったりで娘のあやに電話をした。

「もしもし。あ、元気?」あやはすぐに電話に出てくれた。

「電話なんて珍しいね。何かあったの?」

「お父さんと言い争いしちゃって、迷惑じゃなければ一晩だけ泊めてもらえないかしら?」

「もちろんいいよ。ていうか何日でもいいし。久しぶりにスープ作ってほしいな」

あやは私が作るスープが大好物だ。スーパーで食材を買い、あやの住むアパートへ向かった。キッチンで料理を始めると、あやが後ろから気まずそうに話しかけてきた。

「お母さんが家でするほど言い争うなんて。お父さん何を言ってきたの?」

あやに心配をかけてはいけないと思い、適当に返事をした。

「いや、まあちょっとね」

「まさかお母さん気づいた?」

あやのその言葉に、私は動きを止めた。

「何のこと?」

「あ、いや、なんでもない」あやは目をそらした。私は直感で、知らなければならないと思った。

「実はね、お父さんと離婚しようか悩んでるの。ひどいこと言われてね。あなたも何か知ってるの?」

私が離婚という言葉を口にすると、あやは目を見開き、堰を切ったように話し始めた。

「やっとバレたんだ。お父さん浮気してるよ。私、たまたまお父さんが若い女の人とホテルに入っていくところを見かけたの。それからもう気持ち悪くて実家を出たのよ」

予想外の内容に、私は呆然とした。

「え、浮気?え?あれ?もしかしてそのことじゃなかったの?」あやは顔を真っ赤にしている。勢いに任せて言ってしまったものの、まずいと思ったようだ。

「そのことじゃなかったけど、聞かなきゃいけないことのようね。詳しく話してくれる?今更傷ついたりしないわ」

「えっと、なんかごめんね。お母さんが大丈夫だっていうなら話すよ」

あやは椅子に座って、ぽつりぽつりと夫の不貞行為について話し始めた。

「私が学校卒業するちょっと前に、友達と居酒屋に行こうとしたらお父さんを見かけたの。知らない女の人と歩いてたから怪しいと思って、後をつけたのよ。そしたらそのまま…」

あやの腕には鳥肌が立っている。実の父親の浮気現場を見てしまったのだ。拒否反応を示すのも無理はない。

「証拠あったりする?」

「うん。私その時すごく気持ち悪くて腹が立ったから、お父さんがホテルに入ったところ写真撮ってあるよ」

写真を見せてもらうと、夫とは不釣り合いなほど若くて綺麗な女性と腕を組んでいる。

「うわ、これは確かに気持ち悪いね。気づいてやれなくてごめんね」

「実はね、お母さん、お父さんの妹にお金を貸してくれって言われたのよ。それを断ったらお父さんに離婚しろって言われたの。こんな証拠があるなら、こっちから離婚してやるっての」

あやはずっとこのことを私に隠していたのだ。きっととても嫌な思いをしていたことだろう。あやが家を出た理由が分かり、申し訳なくなった。

「その写真、私に送ってくれる?お父さんのサインが書かれた離婚届は私が持ってるから、ちゃんと慰謝料ももらってから離婚するわ」

「私も一緒に行くよ。最後にお父さんにガツンと言ってやりたいの」

あやが味方になってくれることで、心強く思えた。夫が夏美の浮気を咎めなかったのは、自分も浮気をしていたからだったのだ。そのことが分かると、夫が途端に恥ずかしい存在になった。その晩は大量に作ったスープと酒で、二人で夫の愚痴を語り合った。

そして迎えた週末。私とあやは夫のいる家へ行った。

「やっと帰ってきたか」

久しぶりに帰った家は荒れ放題だった。これまで家事をやってこなかった夫は、掃除も洗濯も全くやっていなかったようだ。食べかけのカップラーメンやスナック菓子がそこら中に散らばっている。

「ただいま。てか汚い。何これ?どうやって生活したらこうなるの?」

夫はあやの言葉に苛立っている。

「親に向かって何だ?その口の聞き方は」

「これから親じゃなくなるんでしょ?」

「娘にはもう話してあるわ。離婚届も記入したし、後は提出するだけよ」

「本当に離婚できるとでも思ってるのか?」

「思ってるわよ。その前にあなたに確認したいことがあるの」

私はあやから送られてきた写真を夫に見せた。スマホの画面を見た夫は、見る見る顔色が悪くなっていく。

「え?あ、いや、これは…」

「この女は俺の部下なんだよ。体調が悪かったみたいで休憩しただけなんだ。まさかこれだけで浮気だと決めつけるってわけじゃないよな」

「はあ。この写真私が撮ったんだけど、ホテルに入る前、この女の人ゲラゲラ笑ってたじゃない。全然体調悪いようには見えなかったけど」

夫は下手な言い訳で逃げようとしたが、そうはさせない。

「あなたの望み通り離婚はしてあげます。ただし、慰謝料は払ってください」

「慰謝料なんて払えるわけがないだろ。妹にもお金を出さなきゃいけないのに」

ここまで来てもまだ夏美を優先させようとする夫には、心底呆れた。

「これから頑張って働いて、どちらも払うように努力してください。今後は弁護士を通して話をするから、もう連絡してこないでね」

「浮気した父親なんていらないから、早く目の前から消えてほしい」

私たちはそう言い残して家を出ようとした。

「待って。違うんだって。待ってくれ」夫は必死に追いかけてきた。「離婚したらお前、家なくなるだろ。そうなったら困るだけなんだから考え直せって」

最後まで謝罪の一言もない。もう愛情など微塵もない。

「私のお金を夏美に使おうとしたり、私のことを馬鹿にしたくせに。こんな家なんかいらないわ」

「お母さん、しばらく私のアパートにいたらいいわ」

泣き叫ぶ夫を置いて、私たちは家を出た。

「ああ、すっきりした」

「私も」

今後は夫と夏美に振り回されなくて済むと思うと、心が軽くなった。

その後、私は無事に離婚することができた。あやが証拠の写真を撮ってくれたおかげで、慰謝料もしっかりもらっている。一文無しになった元夫は、当然夏美にお金を出すことなどできなくなった。結局、資金が確保できなくなった夏美とその婚約者は結婚式を挙げることができなかった。それどころか金銭面で喧嘩が絶えず、婚約することなく別れたそうだ。

夏美は再婚できなかったことを元夫のせいにしていた。元夫は勝手に責任を感じ、今は夏美と二人で暮らしている。しかし私に慰謝料を払ったため、元夫にもお金がない。ついには夏美の実家へ転がり込んだが、私が義両親に事情を話していたため、あの兄弟は勘当された。人のお金を当てにするのはやめて、自分たちで自立して生活してもらいたいものだ。

私はあやを連れて、実家で暮らすことにした。両親もまだ元気なので、貯めていた介護資金で実家をリフォームした。フルリフォームした家はとても快適で、両親もあやも喜んでくれている。この穏やかな毎日を守るためにも、地道に頑張っていこうと思う。

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