トイレから戻った瞬間、かずの顔が真っ青だった。まぶたは腫れ上がり、首筋には赤い発疹。実家での夕食のあと、車に乗せてすぐ異変に気づいた。「かず、大丈夫?もしかして両親に何かされた?」彼は答えない。ただ黙ってお腹を押さえている。私はアクセルを踏み込んだ。病院に行こう。かずは帰って寝れば治ると言ったが、聞かなかった。あの症状は明らかにアレルギーだった。診察結果を聞いたとき、私は肩を落とした。実は、…

トイレから戻った瞬間、かずの顔が真っ青だった。まぶたは腫れ上がり、首筋には赤い発疹。実家での夕食のあと、車に乗せてすぐ異変に気づいた。「かず、大丈夫?もしかして両親に何かされた?」彼は答えない。ただ黙ってお腹を押さえている。私はアクセルを踏み込んだ。病院に行こう。かずは帰って寝れば治ると言ったが、聞かなかった。あの症状は明らかにアレルギーだった。診察結果を聞いたとき、私は肩を落とした。実は、...

トイレから戻ると、かずの顔色が真っ青だった。まぶたは腫れ上がり、首筋には赤い発疹が浮かんでいる。私は彼を連れてすぐに実家を出た。車を走らせながら問いかける。かず、大丈夫?もしかして両親に何かされた?

彼は何も答えない。ただ黙ってお腹を押さえている。やっぱりおかしい。私の実家へ行くたびに体調を崩すなんて。彼を守れるのは私だけだ。そう考えてアクセルを踏み込んだ。とにかく病院に行こう。

かずは病院に行く必要はない、帰って寝れば治ると反論した。でも私は聞かなかった。あの症状は明らかにアレルギーだった。どうにか説得して病院へ連れて行き、診察結果を聞いたとき、私は肩を落とした。

私は石井ももこ、二十九歳。一つ上の夫かずと二人暮らしをしている。結婚して半年が経った。きっかけは共通の友人の紹介だった。大手企業でシステムエンジニアとして働く彼と、飲料メーカー勤務の私。どちらも仕事が好きだという共通点があり、すぐに惹かれ合った。

私には以前、仕事ばかり優先することを元彼に責められた経験があった。かずも同じだった。仕事が忙しくて恋人と時間を作れず振られたことがあると言う。似た経験をしていたからこそ、お互いにうまくやれる気がした。交際が始まると、彼は誠実で穏やかな人だと分かった。争いを好まず、不満があっても話し合いで解決しようとする。知れば知るほど結婚を意識した。

交際一年後、彼からプロポーズされた。すぐに承諾したものの、順風満帆とはいかなかった。両親に猛反対されたのだ。

大学にも行ってない君のような男性に娘はやれない。父はそう言い放った。かずは地元の高専を卒業後、現在の会社に就職している。大学進学ではなく早くから技術を磨く道を選んだ。そんな彼を父は認めなかった。母も一緒になって冷ややかな視線を送る。

かずはとっても素敵な人なの。私は彼と結婚したい。そう訴えても、父は取り合わなかった。元官僚で大手ネコンの顧問を務める父は、昔から学歴主義だった。高専卒のかずをよく思わないことなど、最初から分かっていた。かずの両親が農家だと知ると、父はさらに口をへの字に曲げた。

今の仕事をやめて地元に戻ったらどうだ。地元なら君にふさわしい女性がいるだろう。母も、子供ができたらどうするの、と険しい顔で責めた。話し合っても無駄だと悟り、その日はかずを連れて実家を後にした。

両親を無視して籍を入れようと言った私に、かずは首を振った。ご両親にちゃんと分かってもらってから結婚しよう。反対を押し切ったら、ももこが何を言われるか分からない。彼は何度でも実家に行って説得すると言った。自分のせいで私と両親の関係が悪くなるのを、彼は耐えられないようだった。

仕方なく説得を続けていたとき、思いもよらない形で父が考えを変えた。かず君がこんなに優秀な人間だとは思わなかった。結婚を認めよう。彼が顧問を務める会社でシステム障害が起こり、派遣されたエンジニアがかずだった。彼が中心となって復旧作業を行ったのを知り、父は感心したらしい。母は不満そうだったが、父には逆らえず渋々頷いた。

こうして私たちは夫婦になった。自宅は実家から車で二十分ほどのマンション。結婚後、私は毎週末実家に帰っていた。祖母の介護を手伝うためだ。祖母は二年前に体調を崩し、実家で両親と同居していた。専業主婦の母が介護を担当しているが、一人では厳しい。休日くらいはと私も通っていた。

両親とは昔から折り合いが悪い。勉強しろ、いい大学に入れと言われ続けた。でも祖母だけは違う。いつだって私に優しく、頑張りすぎないでと言ってくれた。そんな祖母のためなら力になりたいと思った。

母は私が帰るたびに笑顔を見せるが、度々嫌みを口にした。お父さんの娘ならもっと素敵な男性と結婚すると思ってたのに。かずと結婚したことに、母は未だに不満があるらしい。どうせ収入もももこの方が多いんでしょ。妻が大黒柱なんておかしい。子供ができたら働き続けるとか言わないで。私みたいに専業主婦になった方が幸せなのよ。彼女は高校の同級生が経営者と結婚した話を出してきて、嘆くのだった。

何を言っても無駄だった。義両親が農家だということも、母は引きずっていた。向こうのご両親もどうして反対しないのかしら。不釣り合いだと思ったでしょうに。価値観の違いで離婚するのが落ちだと思うわよ。

母の嫌みはいつもかずのことだった。かずが実家に来るたび、母は白い目を向ける。介護を手伝ってくれているのに、口を開けば小言ばかり。やっぱりご両親が農家だと大学に行くお金もなかったのよね。ももこと結婚したのも、彼女が大手飲料メーカーに勤務してるからでしょう。自分が仕事をやめても暮らしていけるとか考えてるんじゃないの。

私はいい加減にしろと言い返そうとした。しかしかずは私を止めた。気にしないで。俺が大学に行ってないのは事実だし。それに両親は進学を勧めてくれたんだ。でも俺がすぐに働きたくて高専に入った。そう言っても、母は鼻で笑うだけだった。

何を言われても笑顔を浮かべるかず。性格上、事を荒立てたくないのだろう。私は我慢できず毎回母に注意した。しかし彼女は態度を変えない。あまりのひどさに、私はかずに実家に来なくていいと伝えた。でも彼は首を振る。おばあちゃんのことが心配だから、合わせて欲しいと言う。祖母はかずを気に入り、彼が来ると嬉しそうに笑う。それを知っているから、私も強くは言えなかった。

一度だけ父に相談したことがある。母が逆らえない相手は父だけだと思ったから。しかし父はろくに話も聞かなかった。お袋の介護で疲れてるんだろう。無視しておけばいい。かず君が反論しないのがいけないんだ。はっきり言い返せば母さんも黙るだろう。結婚を認めた時の父とは思えない態度だった。

そんなある休日のこと。実家からの帰り道、かずが突然体調を崩した。運転を代わってほしいと言う。助手席に座り直すと、彼はお腹を押さえて苦しみだした。目は腫れぼったく、まぶたが晴れ上がっている。さっきまで私たちは実家で夕食を食べていた。母の作った味噌汁と生姜焼き。彼の様子を見るに、夕食が怪しい。

帰宅後、かずは疲れが出ただけだと取り合わなかった。しかし後日、私は母に電話をかけた。この前の夕食の材料は何だった? 広角類を入れてないよね。かずは広角類アレルギーだ。体調不良の症状がアレルギーに似ていたため、疑わずにはいられなかった。母はエビもカも入っていないと否定した。私がわざとかずに広角類を食べさせたと思ってるの、と声を強める。かずが疲れのせいだと言っていたと説明すると、彼女は意外と病弱なのね、と嫌みを口にした。息子を作って大丈夫なの? 私は謝罪しつつも、夕食を作り続けてほしいと伝えた。彼女の顔色が一変し、安心して、と言いながら電話を切った。

しかしその後も、帰宅のたびに彼は体調を崩すようになった。かず、それってアレルギー症状なんじゃない? 違うと思う。料理に広角類は入ってなかったし。彼は無理やり笑顔を作って取り繕う。どう考えても実家と関係があるのに、確信は持てなかった。

母だけでなく、父も半笑いで言うようになった。かず君の体調が悪いって本当か? 夫が病弱だと孫も作れなくなるんじゃないかと心配になってな。かず君には感謝しているが、父親にはふさわしくないんじゃないか。お父さんまでそんなことを言うの? 私は遮って会話を終わらせた。

そもそも母は最近、かずのことだけでなく私にも孫を産めと言うようになった。女性の幸せっていうのは結婚して子供を産むことなのよ。もっと力がある男性を選んで専業主婦になればよかったのに。私は彼女の考えに反論した。私の幸せは自分で決めるから。

かずはそんな母の言動を知った上で、今後も実家に行くと言った。二人で行けば、母はかずのことしか言わない。その方がももこも楽だろ。私はかずが辛い思いをするのが嫌だった。正直、両親とは縁を切りたいと思っていた。でも祖母が心配だった。母の態度を見るに、私がいなければさらに祖母への当たりが強くなるのは明らかだった。

一ヶ月後の休日。実家に行くと、妹の早苗が来ていた。早苗は二十五歳で、実家を出て隣町で一人暮らしをしている。ほとんど実家に帰ってこないのに、今日はどうしたのかと思った。彼女は明るいのに、目は笑っていなかった。早苗は昔から私を嫌っている。彼女は顔を合わせるたびに悪態をつく。

お姉ちゃんもおばあちゃんの介護手伝ってるんだ。母にコビを売って何を狙ってるの? かずさん、お姉ちゃんに付き合わされて大変だね。しかしかずは首を振った。俺が行きたいって言ってるんです。ももこが大切にしている家族の力になりたくて。早苗は似た夫婦だねと馬鹿にした。

早苗が私を嫌う理由は分かっている。幼い頃から両親に比較されてきたのが原因だ。私は父の望む大学に進学し、今の仕事に着いた。早苗は勉強が苦手で、厳しく叱られていた。私なりに気にかけていたつもりだったが、逆恨みされていた。かずを紹介した時も、お姉ちゃんみたいに勉強頑張っても結婚相手は意外とさえない人を選ぶんだねと言われた。

夕食時、早苗が母と二人でキッチンに立った。私は広角類が入っていないか確認しようとしたが、彼女に目を吊り上げられた。お母さんのこと疑うなんてひどい。お姉ちゃんってかずさんのことしか頭にないんだね。冷蔵庫を見れば広角類がないことは分かった。私の考えすぎなのだろうか。母が早苗が手伝ってくれるから安心して、と私を祖母の様子を見に行かせた。

完成した鍋には広角類は入っていなかった。出汁は昆布、具材は豚肉と野菜。かずは安心して鍋を口に運んだ。しかし帰宅後、また体調を崩す。首筋に発疹が出ていた。間違いなくアレルギー症状だ。病院に行こうと言っても、彼は大丈夫の一点張りで寝室に行ってしまった。

そんなある日、私が一人で実家を訪れたとき、祖母が突然声をかけてきた。ももこ、ちょっと耳を貸して。彼女は周囲に母がいないことを確認すると、真剣な表情で囁いた。かずさんを守れるのはももこだけだからね。かずさん、最近体調が悪いんでしょ。私は気づいたの。理由に。

その瞬間、母が私たちの元へやってきた。私は慌てて祖母から体を離した。何を話してるの? 大したことじゃない、と取り繕ったが、母は疑いの目を向けた。私はこれ以上母に知られたらならないと思った。

祖母の様子からして、かずの体調不良の原因は間違いなく母だろう。しかし証拠がない。私は実家に行くたびに母の言動を見張ることにした。かずにはもう実家に来なくていいと伝えたが、彼は断った。いや、俺も行くよ。お母さんを疑うのはやめた方がいい。疲れのせいだ。お母さんたちのせいじゃない。

彼は病院にも行きたがらず、母をかばい続けた。彼が穏やかな性格で争い事を好まないのは知っている。しかしこのままではかずが苦しみ続ける。私は彼の言動に戸惑いながら、解決策を考えた。

二週間後、父の誕生日。私はかずと共に実家を訪れた。母は張り切って何品もの料理を用意していた。かずには事前に、母の料理に手をつけないよう伝えてあった。彼に無理やり食べさせないでほしいと説明すると、両親は納得してくれた。しかし早苗は不機嫌そうだった。どうせお母さんのこと疑ってるから食べさせたくないだけのくせに。

食事が始まっても、かずは飲み物だけを飲んでいた。発疹も出ず、ほっと胸を撫で下ろした。しかし私がトイレから戻ると、かずの顔色が悪くなっていた。まぶたは腫れ上がり、首筋には発疹がある。

私は両親を見つめた。私がいない間にかずに無理やり食べさせてないわよね。そんなことしないわよ。しかし父は、かず君は本当に病弱だな、と嫌みを言う。私はかずを連れてその場を去ることにした。早苗はニヤニヤと笑っていた。

車の中でかずに問いかける。もしかして両親に何かされた? 食事は口にしてないよね。彼は何も答えない。ただ静かに車窓を見つめ、お腹を押さえていた。

とにかく病院に行こう。私は彼を無理やり病院へ連れて行った。彼は嫌がったが、私は引き下がらなかった。診察結果を聞いて、私は肩を落とした。やはりアレルギー症状だった。エビを摂取したことで、まぶたが腫れ上がり発疹が出た。少量だったため命に別状はなかったが、母の料理に広角類が混ざっていたことは紛れもない事実だった。

かずは医師に、無理やり食べさせられたのかと聞かれ、否定した。しかし私が席を立っている間に彼が料理に手をつけたこと自体おかしい。私は両親が何らかの形でかずに食べさせたと確信した。

なぜ我慢してまで症状を隠してたの? 心配かけたくなかっただけなんだ。彼は口ごもる。何かを隠しているのは明白だった。私は彼の言葉を聞かず、スマホを操作してとある音声を再生した。実家を出る前にボイスメモアプリで録音しておいたのだ。ここまでするとは思わなかったと驚くかずをよそに、音声を流す。

かず君、妻の作った料理少しは食べてみないか? 体調が悪いとはいえ、ちょっとは食べられるでしょ。両親だけでなく早苗も一緒になって、かずに無理やり食べさせようとしていた。彼は私の忠告通り断っていたが、三人は強硬な態度に出る。食事を食べないなんて何事だ。今日は俺の誕生日だぞ。ももこのためなら俺たちを信用すべきだ。かずさんって冷たい人ね。私のことまだ疑ってるの?

しばらくの沈黙の後、三人は笑い声をあげた。嬉しいわ、かずさんありがとう。ももこにふさわしくないかと思ったが、ちゃんと信用してくれているんだな。安心したよ。お姉ちゃんには黙っておいてあげるね。

彼らの反応からして、かずはしぶしぶ食事に手をつけたのだろう。私は音声を止めて、かずに視線を送った。かず、ごめんなさい。三人に無理やり食べられたのね。私が離れたからこんなことに。

彼は首を振った。ももこが謝る必要ないよ。むしろ俺の方こそ。俺が食べないとももこに迷惑がかかると思ったんだ。前々から言われてたんだ。ももこの離婚について話を進めてるって。両親は私がいない隙にかずを脅していた。もも子にはもっとふさわしい人がいる。身を引いてほしいと。新しい夫候補も見つかったと。別れたくなければ、実家に来て母の手料理を食べるよう命じられた。

おばあちゃんの介護を手伝い、疑うことなく夕食を共に食べるなら、家族として認めると言ってた。私に相談してくれても良かったのよ。でもももこが離婚を断って両親に絶縁されたらどうする? ももこはおばあちゃんが大切だろ。彼は私に迷惑がかかることを怖れていた。

私はスマホで別の写真を見せた。実家のゴミ箱に捨てられたエビの殻の写真だ。以前から祖母の言葉を受けて証拠を探していた。ある日、かずが体調を崩さなかった日があった。その日は私が先に帰ると言って夕食を食べずに実家を出た日。ゴミ箱にエビの殻を見つけた。そこで確信したのだ。

かずの口から話を聞くと、両親は彼を殺すつもりだったのかもしれない。そこまでするとは思えないが、エビを食べさせたのは事実だ。私はショックのあまり言葉が出なかった。かずは静かに言う。早苗さんもご両親の計画に気づいてるんだよね。共犯だと思う。鍋を作ってた日、彼女も手伝ってたから。

私は三人にどう罪を認めさせるか考えた。しかし証拠は写真だけでは弱い。今すぐ問い詰めても白を切られるだろう。

数日後、祖母が体調を崩したと連絡が入った。かなり危ない状況らしい。私はかずと一緒に病院へ向かった。病室に入ると、祖母は静かに眠っていた。おばあちゃん、ももこだよ。話しかけると、彼女が薄く目を開けた。そしてゆっくりと口を動かした。

見守りカメラを見て。

彼女はそう言った。かずには聞こえなかったようだ。両親は席を外しており、病室には私とかずと祖母だけ。私は彼女の手を握って感謝を伝え、病室を後にした。

それから一週間後、祖母は眠るように息を引き取った。両親は悲しんでいるようには見えなかった。母はこれで楽になったとため息をつき、父は無関心だった。私は家族と共に遺品整理や葬儀の準備に追われた。

葬儀には父の会社関係者や取引先の役員など多くの人々が参列した。元官僚の父とあって、地元の名士もこぞって参列した。

葬儀後、ホテルの宴会場で行われた精進落とし。私は食事中に立ち上がり、準備してあったスクリーンをつけた。生前の祖母の様子を皆さんに見てもらおうと思ったの。動画を流すわね。父は眉をひそめたが、私は無視して再生した。映像にはベッドで眠る祖母が映っている。そして画面の隅には、キッチンに立つ母の姿も写り込んでいた。

母が慌てて止めようとする。私は続けた。お母さんはずっと祖母の介護をしてきました。念のため祖母の身に何かあってはならないと、祖母の寝室には見守りカメラを置いていたんです。今回再生しているのはその映像です。

スクリーンには、祖母が眠る中、母の楽しそうな声が聞こえる。カメラには映っていないが、隣には父が立っているようだ。今日の味噌汁はエビで取ってみたの。味だけでは分からないと思う。これならかずさんにももこにもバレないわ。死ななかったみたい。意外とアレルギーって大したことないのね。少量だからな。徐々に量を増やせばいい。離婚に応じてくれたらこんなことをする必要もなかったのに。

参列者は困惑していた。私は補足した。かずは私の夫です。彼は広角アレルギーで、それを知った上で両親は私たちの食べる食事にエビを入れていたんです。遺品整理の際に、祖母の見守りカメラのSDカードを抜いた。そして映像を確認して、今日再生することを決めた。

別の日の映像も再生した。キッチンに立つ母と早苗。鍋の出汁にエビを入れたらいいんでしょ。そうすればかずさんが大変なことになるんだよね。お姉ちゃんに再婚して欲しいからってここまでする? 仕方ないでしょ。もも子は意地でも彼と別れる気がないんだもの。こうでもしないとあの子は幸せになれないわ。

私は映像を止めて参列者に告げた。両親は離婚を望み、夫を弱らせてもしくは殺して無理やり再婚させようとしたようです。

母が叫ぶ。誤解です! 私はそんなこと考えてません。父も慌てて弁解した。この映像は娘が編集したものだ。しかし証拠は動画も音声もある。参列者は父を罵り始めた。

早苗は体を震わせて言う。私は何もしてない。お母さんに言われたから従っただけ。両親は慌てて早苗の言葉を遮ったが、もう遅い。早苗は自分だけは助かりたいと、これまでのことを全て語り始めた。両親はかずを殺すつもりはなく、弱らせて仕事ができなくなれば、私がかずから離れるだろうと考えたらしい。社長の息子とくっつける計画だった。

映像の中では、母と早苗が私の容姿を笑っていた。あのお見合い、お姉ちゃんにできそう? ももこは可愛げがないから、優秀でよかったわ。早苗は愛嬌があるからどうにかなるわよね。二人は私を馬鹿にして笑っていた。早苗が私を見下していた理由を、私はその時初めて理解した。

両親は私を平等に愛してくれていると思っていた。しかし期待に答えたところで、可愛いのは早苗の方だった。

音楽が止まる。父は参列者の一人に頭を下げていた。その相手は、早苗が不細工だとけなしていた男性の父親。取引先の会社の社長だった。彼は父の謝罪を無視して立ち上がり、宴会場を出ていった。父は私を責めた。お前のせいで、長年の付き合いだったんだ。

私は問いかける。お父さん、一度は結婚を認めたよね。それなのにどうして私たちを離婚させたがったの? 父はうつむいて口を開いた。底辺の技術者に恩を握られて腹が立ったんだ。就職の反対を続けて、余計なことを吹聴されたら面倒だろう。だから仕方なく賛成したんだ。俺はそんなことしません。かずは声を上げたが、父は聞かない。大学に行ってないやつは口が軽いに決まってる。ある程度監視して、時が来れば離婚させるつもりだった。

もうお父さんたちを家族だと思うのはやめるわ。私は別の動画を再生した。映っていたのは、祖母に得意げに話しかける母だった。お母さんのおかげでずっと欲しかったバッグを購入できました。お父さんたらケチで全然買ってくれないんですよ。彼女が持っていたのは高級ブランドのハンドバッグ。祖母のお金で購入したのだ。父もゴルフクラブを買った。私が問い詰めると、父は拳を握りしめた。

さらに、早苗が両親からお小遣いをもらっていた音声も流した。祖母の貯金から渡していたようだ。早苗は顔を真っ赤にして言う。お姉ちゃんほど収入が多くないから贅沢できないのよ。お父さんたちを頼って何が悪いの? 私は許せなかった。祖母は自分の老後のために貯金をしていた。使い残した分は家族に残したいと話していたのに。

私は三人に告げた。おばあちゃんの遺言状は私が持ってる。そこに使い込まれた金銭の返還請求権をももこに相続させると書いてある。遺産も私が相続する。弁護士にはすでに相談している。あと、今回の見守りカメラの映像は警察に提出済みだ。かずに無理やりエビを食べさせたんだから、被害届を出すに決まってるでしょ。

早苗は叫ぶ。お父さんたちが捕まったら、お姉ちゃんまで犯罪者の家族になるんだよ! 私は静かに返した。でも早苗もかずがアレルギーだと知った上で料理を食べるよう勧めた。立派な共犯者じゃない。彼女はへたり込んだ。なんでよ。私はただ、お姉ちゃんが幸せそうでむかついただけなのに。

私は続けた。あなたは私ほどの努力をした? 私が親の期待に答えようと必死に勉強してる間、ずっと遊んでたくせに。彼女はサボり癖があった。両親もいつしか厳しくするのをやめた。その結果が今の彼女だ。

親族がこの恥さらしだと暴言を吐く。父はなんとか取り繕おうとしたが、手遅れだった。妻が勝手にやったんだと夫婦喧嘩に発展し、早苗は私とかずに頭を下げた。ごめんなさい。謝るから被害届を取り下げて。私には関係ないから。かずとおばあちゃんを苦しめたんだから自業自得よ。

かずがゆっくりと口を開いた。俺はお父さんたちのことを家族だと思いたかった。いつか認めてくれると思って耐えてたんです。でももう三人を信用できません。それに俺が我慢したせいでももこを苦しめる結果となった。だから自分の気持ちに正直になると決めたんです。被害届は取り下げませんから。

私は一呼吸置いて言った。三人とは今日を持って縁を切ります。今後は弁護士を通して手続きするので、連絡はしないでください。

三人は肩を落とし、何も言えなかった。私は参列者に挨拶して精進落としを終わらせた。祖母の無念を晴らして見せると心に決めた。

その後、両親は傷害罪で逮捕された。父は顧問を解任され、早苗は会社を首になった。今回のことは近所でも噂になり、両親は実家を離れて引っ越した。不当に使い込まれた祖母のお金は無事に返ってきた。三人はそれぞれ借金して返還したらしい。母はパートを始め、父は仕事を紹介してもらおうと必死だが、誰も関わりたがらない。早苗は夜の町で働き始めた。私を探して復讐しようとしているらしいが、私たちは引っ越して新しい住まいで暮らしている。彼らが私たちを見つけることは到底無理だろう。

それから半年後。祖母の月命日、私は自宅で彼女の遺影に手を合わせた。かずの体調は万全だ。あれ以来、アレルギー症状は出ていない。彼は変わらず仕事に励み、私も好きな仕事に没頭する日々を送っている。

おばあちゃん、これからは二人で穏やかな人生を送っていきます。天国で見守っていてね。そう呟いて、私はそっとお腹をさすった。実は先日、妊娠が判明したのだ。きっと祖母も天国で喜んでくれているだろう。

隣で手を合わせるかずに微笑みを送り、私たちは互いに目を合わせた。この子は絶対に私たちが守る。おばあちゃん、ありがとう。私が今幸せなのは、祖母のおかげだ。かずにも感謝している。私と家族になってくれてありがとう。

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