義父の言葉は、まるで鞭のように俺を打った。「こんな貧乏商売の家に娘をやれるわけがないだろう。娘に恥ずかしい思いをさせる気か。」俺は呆然と立ち尽くすしかなかった。持ってきた唐揚げは全てゴミ箱に捨てられ、義父は「まずい。残飯レベルだ。」と吐き捨てた。俺がこれまで何度救われてきたか分からない、母の愛情が詰まった唐揚げを。
俺の名前は川村直。25歳。幼い頃に父が亡くなり、母が一人で弁当屋を切り盛りしながら俺を育ててくれた。最初は客も来ず、声が枯れるまで呼び込みをし、チラシを配り続けた母の姿は今でも忘れられない。やがてその努力が実り、店は少しずつ繁盛していった。看板商品は唐揚げだ。外はカリカリで、かじると肉汁が染み出る。母が夜な夜な試行錯誤して辿り着いた特製のタレがその秘密で、その配合は今も俺には教えられていない。
子供の頃、家が貧乏なことでいじめられていた俺は、母に何も言えなかった。だが母は感じ取っていたのだろう、必ず弁当に唐揚げを入れてくれた。そして決まって添えられていたのは「直なら大丈夫。頑張れ」という短い手紙だった。母は店の忙しさで学校行事に来られたことは数えるほどしかなかったが、そのメッセージを通してたくさんの愛情を感じ、どんなことも乗り越えられた。
高校を卒業し、特に目的もないまま店を手伝い始めると、ちょうど唐揚げの評判が広まり始めた時期だった。遠方からの客も訪れるようになり、俺は本格的に店の一員として立つようになった。母は仕込みに集中できるようになり、店はさらに人気を集めていった
ある日、一人の女性客が声をかけてきた。「すみません、唐揚げは今日はないんですか?」透き通るような白い肌に、ぱっちりとした目。彼女は常田めぐと言い、それから度々店に来てくれるようになった。顔を合わせるたびに交わす短い会話が、俺にとって何よりの楽しみになっていった。やがて二人は店の外でも会うようになり、交際に発展した。
めぐは大手出版社の部長を務める父と専業主婦の母の下で育った箱入り娘で、育ちの良さがにじみ出ていた
交際から二年が経ち、俺は結婚を意識し始めたが、悩んでいた。店は繁盛し、一通りの仕事を任せられるようになったが、俺はただの弁当屋の息子だ。めぐの家と釣り合うはずがない。彼女を幸せにできるのか、店に立っていてもそんなことばかり考えていた>
それでも俺はプロポーズした。答えはイエス。顔を赤らめながら頷いてくれためぐの姿に、一生彼女を幸せにしようと誓った
結婚の挨拶の日、初めてのスーツに身を包み緊張していると、母が神袋を置いた「これだけあれば大丈夫でしょう。あんたなら大丈夫宣自信持ちなさい。」神袋からはあの香りが漂ってくる。昨日、店の定休日にもかかわらず、母は閉店後に俺のために延々と唐揚げを作ってくれていたらしい。目元にはくまが浮かび、手や腕には火傷の跡がある。「母さん、ありがとう。」「くれぐれも失礼のないようにね。」
俺は大量の唐揚げを提げてめぐとの待ち合わせへ向かった
めぐの実家は白い壁と大きな窓が印象的な豪邸だった。玄関では義母がにこやかに出迎えてくれた「そんなに緊張しなくてもいいからね。」リビングに通されると、義父はソファーで新聞を広げたまま、俺の挨拶に顔も上げない。嫌な予感がした
義母とめぐの明るい人柄で、会話は穏やかに進んだが、二人が昼食の準備でキッチンへ立つと、リビングには俺と義父の二人だけが残され、義父の目が鋭く光った「めぐから聞いたんだが、君の家は弁当屋なんだってね。」「はい。小さい頃から母が一人で続けてきて、今ではお客さんもたくさん来てくださっております。」「ふん。順調ね。」義父は小馬鹿にした視線を向け、しばらくの無言の後、煙草の煙を吐き出しながら言った「もしかして、今後君がこの店を継いでいくとか考えてないだろうね。」俺は「はい、いずれは継ぎたいと思っています。」と答えたが、義父の存在感に苛立ちを覚えた
そこで俺は持ってきた唐揚げを思い出した。緊張で忘れていたのだ。慌てて紙袋からプラスチック容器を出すと、中から髪切れのようなものが落ち、急いでポケットにしまった「うちの唐揚げを持ってきました。看板商品で、お客様からとても好評なんです. どうぞお召し上がりください。」義父はまるで汚いものをつまむように一つ持ち上げ、一口食べるや、苦しそうな顔をしておえという音と共にティッシュに吐き出した「まずいな、これ。本当に唐揚げなの? まるで残飯レベルだな。」そう言うなり、残りを全てゴミ箱に捨てた
俺は頭が真っ白になった。
信じられなかった।しかし義父はお構いなしに暴言を続ける「こんなまずいのを出しておいて、よく店が順調とか言えるな. あんたのお母さん、料理のこと舐めてるんじゃないの?

俺はな、仕事柄美食を食ってきたけど、こんな脂臭いやつ初めてだよ。」その時、義母とめぐが大量の料理を持って戻ってきたが、二人の間に流れる陰鬱な空気に、思わず沈黙した「いや、ちょっとすみません. お手洗いに。」俺は逃げるようにトイレへ向かい、個室の扉を閉めた瞬間、溢れ出た涙が止まらなかった
悔しかった。弁当屋を蔑むあの言葉が、母の愛情をゴミ箱に捨てたあの行為が、何よりも悔しかった。俺はめぐと結婚したところで、この先やっていけるのかと不安になった。気持ちを落ち着けようと顔を洗い、ポケットに手を入れると、先ほどの髪切れが出てきた。開いてみると、見慣れた字が並んでいる「直なら大丈夫. 頑張れ。」母からの精一杯のメッセージだった「こんな時でも、母さんはかよ。」呟いて笑おうとしたが、懸命に唐揚げを作ってくれた母を思い出し、涙がまた込み上げてきた
家までの帰り道、足取りは重かった。「ただいま。」「お帰りなさい. 今日はどうだった?
」母は明日の仕込みをしながら聞いてくる「あ、うん. 良かったよ. ご両親もいい人だったし,豪華な食事もいっぱい出てきたし。」そう言っても、母は手を止めてじっと俺の顔を見つめた「何かあったんじゃないの? 」すべてお見通しだった。俺は打ち明けた。義父が唐揚げを捨てたことも、貶した言葉も、全部話した。その間、母は何も言わず、ただ頷きながら聞いていた。そして話し終えると、突然笑い出した「その人ね,首になるかもねえ。」「え、どういうこと?
」母はそれ以上何も言わず、また仕込みを再開した
あの最悪な結婚挨拶から数日後のことだった. 閉店後、片付けをしていると来客があった「申し訳ありませんが、どちら様ですか? 」そこにはめぐと両親の姿があった. めぐの目は真っ赤で、顔もやつれて見える「とりあえず中に入ってよ.
」重い話になることは間違いない
めぐたちの話によると、あの日俺が帰った後、義母がゴミ箱に捨ててある大量の唐揚げを発見したらしいのだ。「どういうことなの? 」と義父を問い詰めたが、最初は白を切ろうとしていた。そこにめぐも参戦し、二人で詰め寄せると、ようやく観念して白状したという「あの人、ひどすぎるわよ」義母が怒り心頭で言うと、義父はしぶしぶ頭を下げた「この間は君に酷いことをした。大変すまなかった。」だが、すぐに付け加えた「唐揚げを捨ててしまったことは申し訳なく思っている. だが、こんな貧乏商売の家に娘をやれるわけないだろう. 娘に恥ずかしい思いをさせる気か。」
俺が再び怒りで言葉を失ったその時、後ろから母の声がした「初めまして.
先日は息子が大変お世話になりました。」母は静かに前に出て、義父を見据えて言った「常田さんは、こんな見窄らしい弁当屋が作った唐揚げがよっぽどお口に合わなかったようですね. 本当に残念なことでした. つきましては,息子とのお話はなかったことにさせていただきます。」義父は嘲るように反論した「はあ? 何言ってんだお前.
こんな貧乏臭い店をやってるような人間と、取引なんてあるわけないだろう. 毎日油まみれで頭おかしくなったんじゃないのか? 」だが母は一切表情を変えなかった「それはおかしいですね. 常田さんがお務めしている会社の菅野さんという方から,料理本のお話を頂いているはずなんだけど。」「え,菅野さん?
」義父の顔が一瞬で蒼白になった
実は、めぐと付き合い出した頃から、あるテレビ番組でうちの店が取り上げられたことをきっかけに、取材が増えていた。唐揚げをはじめとする惣菜の絶品さに加え、母のサッパリとしたキャラクターが受け、最近では「惣菜が美味しい弁当屋のマリコ」としてテレビに引っ張りだこになっている。特に、有名人のオタクの家を訪ね、冷蔵庫の食材だけで絶品おかずを作り出す番組が人気で、その撮影で店を不在にすることが増えていた。その間、仕込みから接客のほとんどを俺が一人で担い、売上は順調に伸ばしていたそしてこの度,母は義父が務める大手出版社から専属契約を打診されたのだ。料理本をシリーズで出す契約で話が進んでいるという「専務から直接話が来たということは,それだけ会社が期待をかけている案件でしょう. ダメになれば,会社にとって大きな痛手になるに違いないわ. 明日,菅野さんの部署にお断りの連絡をしなきゃね。」ようやく事の次第に気づいた義父は、その場で土下座をした「こちらこそ,ご無礼をいたしました. 川村さん,どうか料理本の件,考え直していただけませんか?
」母はそんな義父を見下ろし,静かに言った「常田さん,あなたは息子のことさえ謝ればいいと思ってるでしょ? この店はね,亡くなった主人が,最後までこの店のことや家族のことを気にかけていたの. 亡くなった後に日記が出てきてね,こう書かれていたの. 『俺なら大丈夫.
頑張れ』って. 自分にも店にも言い聞かせながら,最後まで病と戦っていたんだわ. だから私も,何かある度にそれを思い出して,自分に言い聞かせてきた. 息子にも,それを伝え続けてきたつもりよ.
あなたがしたことは,この店を冒涜した最低な行為です. そんなあなたがお勤めになっている会社で本を出すなんて,今後ありえません. どうぞお帰りください。」義父は額が床に付くのではないかというほど頭を下げ続けたが,義母とめぐは冷めた目で見ているだけだった. その様子を見ていた母が,ぽつりと一言「人も,食べ物も,大事にしないとね。」
あれから数年が経った.
店は朝から活気に溢れている. 義父が娘の結婚相手に暴言を吐いた上,その相手が人気料理家マリコの息子であることが社内に知れ渡り,義父は出版社を追われ,今では単身見知らぬ土地で窓際族になっているという. 義母は離婚はせず,優雅に一人暮らしを満喫しているそうだ「もうビクビクしながら世話をする生活をしなくていいと思ったら,精々するわ。」と,電話の度に嬉しそうに話してくれる
俺はめでたくめぐと結婚した. 母は料理本を出版し,それは発売するや否やベストセラーとなった.
テレビの仕事も増え,今では情報番組のコメンテーターも務めている. その人気も手伝って,店はさらに大繁盛し,看板商品の唐揚げは,回転してから数分で完売してしまうほどだ. 今では店の規模を拡大し,フランチャイズ化する計画も進んでいる
こんな順調すぎる状況に,半ばとぼとぼしている俺だが,それでも今日も店に立っている「直なら大丈夫. 頑張れ。」俺はこのメッセージから,愛情だけではないたくさんのことを受け取ってきた.
それは,どんなに大変で,人から後ろ指差されるようなことがあったとしても,人に喜んでもらうことを大意としながら,自分を信じていくことが大切だということ. 父と母の思いがあったから,俺はここまで頑張ることができたのだと痛感している. それは,たとえどんな職業についたとしても,変わることはないだろう. 努力は絶対報われる.
これからも,お客さんに喜んでもらえることを大切にしながら,めぐと力を合わせて頑張っていきたい. ================================================================
「け子さん,私たちはもう姉妹じゃないんだから,通帳と3000万貸してもらっただけよ. 後で返すからいいでしょ. もう家族なんだからさ。」義妹の瑠美は,悪びれもなく笑顔で言った.
この人はどこまでも自分勝手で傲慢で,常識がない人なんだ. 瑠美は私の留守に勝手に部屋へ入り込み,私の通帳と印鑑,現金を盗んだのだ「ルミさん,その通帳,私のものじゃないのよ。」「え? 」真実を知ったルミが,どんどん青ざめていく
私の名前はけ子. 夫はしじ.
都心のマンションで共働きの暮らしだ. 自然が好きで,よく週末にはキャンプに行く. 私たちには夢がある. 自然豊かなところにマイホームを建て,子供をそこで伸び伸び育てることだ.
マイホームのために日々仕事に励み,コツコツと資金を貯めてきた
そんな私たちの平穏な暮らしを,義妹のルミが壊し始めたのは最近のことだ. ピンポンピンポンピンポン. 深夜一時,出るまで鳴り止まないインターホン. 顔を赤くした酔っ払いのルミが立っている「お姉さん,こんばんは.
今日もよろしくね。」ルミは私たちのマンションが都心にあることをいいことに,飲み歩いては深夜に転がり込むようになった. 実家は都心から離れたベッドタウンで終電が早いらしい. 婚活パーティーによく参加していて,夜飲み歩くことが増えたのだ. メイクも落とさず,私たちの寝室に入り,私のベッドでいびきをかいて眠りに就く.
私は仕方なくリビングのソファーで眠るが,硬くて体が全然休まらず,翌日は体中が痛くなった. ベッドに付いたメイク汚れや酒臭さを片付けるたび,私の中で鬱憤が溜まっていく
我慢の限界で,一度しじに「ルミに夜来るのを控えてもらえないか」と頼んだが,彼は笑いながら言った「可愛い妹じゃないか. 我慢してくれ. それに,今婚活頑張ってるんだから,相手ができれば来なくなるさ。」しじは妹のルミを溺愛しており,全く私の意見を聞かない
しばらくすると,ルミは来なくなった.
好きな人ができたのか,婚活がうまくいっているのだろう. 私は束の間の休息を得て安心した
ある日曜の夕方,インターホンが鳴った. 出てみると,スーパーのビニール袋を両手に提げたルミが立っている「お姉さん,今まで迷惑かけてごめんなさい. 本当にごめんなさい.
代わりに,花嫁修業として夕飯を作りに来るからね。」そう言うとルミは勝手にキッチンへ入り,調理を始めた. 私やしじが残業で帰った時,夕飯ができていることもあり,正直助かることもあった. ルミは「お兄さんに聞いた」と言い,私たちがいない間に作り置きの料理を作ったり,リビングを掃除したりと,花嫁修業を頑張っているようだった
そんな日々が続いていたある日,私は数日前に銀行から下ろしたお金が,財布から減っていることに気づいた. 通帳を確認しようとすると,通帳も見当たらない.
しじに聞いても「知らないよ」と言うばかりだ. まさかルミが? そう言うと,しじは立ちまち顔を赤くした「ルミを疑うのか? 夕飯をたまに作りに来てくれて助かってるじゃないか.
ルミがそんなことするわけないだろう. 疲れているんじゃないか? 休んだ方がいいよ。」半信半疑のまま,私は部屋に小さな仕掛けをした. できれば予想が外れて欲しいと思いながら
数日後,家に帰るとカレーの匂いがした.
リビングでルミが鍋をかき混ぜている「お帰りなさい。」「ただいま,ルミさん,ありがとう。」着替えに行くついでに,私は隠しカメラを確認した. うん,映ってる. そろそろ話す時だと思い,しじが帰ってきたら伝えることに決めた
しじが帰宅すると,食卓にはルミの作ったカレーが並び,二人は楽しそうに談笑している「ルミさん,単刀直入に言わせてもらうけど,お金盗んだわよね。」私がそう言うと,ルミの笑顔が一瞬で消え,俯いたまま何も言わなくなった「お前,まだそんなこと言ってたのか? 」赤くなった顔で怒るしじを無視し,私は小型の隠しカメラを見せた.
映像には,私がいない間にルミが部屋へ入り,お金を入れていた引出しを物色する姿が映っていた. しじは信じられないといった表情で見つめている「はあ,お姉さんケチよね. ちょっとぐらいいいじゃない. 稼ぎがいいんだし,いいマンションにも暮らせてるんだから,困ってないでしょ。」ルミは悪びれない様子で言う「人のお金を取るのは犯罪ですよ.
それに私は黙っていたけど,通帳と印鑑もなくなってたの. それもルミさんが取ったよね。」「あ,そのこと,忘れてたわ. 話そうと思ってたの. 今付き合ってる剣さんの新居に必要だったから借りただけよ.
通帳に3000万入ってたから,新築マンションを一括で契約してきたのよ. 大丈夫,ちゃんと返すからさ. 家族なんだから,借りただけじゃない。」ルミは興奮したのか肩で息をしながら早口で言い,呼吸を整えて笑顔を見せる
私はため息をついて言った「ルミさん,通帳の名義,ちゃんと確認したの? 」「え?
何のこと? 」「その通帳の名義は私じゃなくてしじよ. 共同の口座で,毎月二人の給料から天引きして,家を買うために貯めてきたお金よ。」「ルミ,お前を信じていたのに,人のものを盗むなんてやりすぎだぞ。」「やりすぎって大げさなのよ. だって家族じゃない.
家族って助け合うものなんでしょ? 」「そうだけど,家族だからって,勝手にお金を使っていいなんておかしいわよ. 」「うるさい! 」ルミは食卓のテーブルを叩き,カレーを溢れさせた「三十路前でやっと結婚ができそうなのに,邪魔しないで.
剣さんを逃したくないの. 剣さんと幸せになりたいのよ. »「だからって,人のお金を勝手に使っていいことにはならないわよ. 」「剣さんがしばらくしたら入るって言ってたから,すぐに返すことができるわ.
ちょっとの間貸してよ. 」「大金がすぐ手に入るなんて,怪しすぎる. そもそも剣さんが何をしてる人なのか,何も知らない. 」「剣さんは社長よ.
ただ今はちょっと事業に失敗しちゃってるだけで,今は私が支えてあげてるわけ. でも剣さんは新しい事業を立ち上げていて,いずれまた社長になってお金持ちになるわ。」「ルミさん,それって騙されてない? 」「違うわ. 剣さんが私を騙すはずないわ.
だって彼は私を愛してるのよ. 」「じゃあ,その剣さんに一度会わせてくれないか? 」ルミはスマートフォンを取り出し,剣に電話をかける「剣さん,私のお兄ちゃんと会ってくれない? うん,ありがとう.
私も愛してる. じゃあね. »電話を切ると,私たちに「会ってもいいって. あったらちゃんと3000万貸してよね。」と伝え,日時と場所を告げて帰っていった
約束の日,私たちは指定されたカフェで待っていた.
だが約束の時間を過ぎても,ルミも剣も現れない. 20分,30分と過ぎていく. 痺れを切らして電話すると,ルミが出た「もしもし,ルミさん? どうした?
剣さんが来ないの? 」叫び声に近いルミの声が返ってくる. 何度電話しても繋がらないという. しばらくして,ルミが一人で現れた.
目が真っ赤だ. 剣はついに現れず,連絡も通じなかった
話を聞くと,ルミが私のお金や通帳,印鑑を盗んだのは,剣による指示だったという. 最初は盗むことに躊躇したが,「少しの間借りるだけだ. 自分と一緒になるためだ」と言われたのだという「通帳と印鑑は,剣さんが持っていったから,どこにあるか分からないの.
»私はしじの肩に手を置いた「大丈夫. 通帳がないって気づいた時に銀行に届け出を出しているから,利用はされてないはずよ。」「お姉さん,だから大丈夫よね. ごめんなさい. ごめんなさい.
使ってしまったお金は働いて返します. だから本当にごめんなさい。」ルミは顔を手で覆い,人しきりに泣いた. 彼女もまた,騙された被害者だったのだ
後日,剣が逮捕されたという知らせが届いた. 結婚詐欺師で,何人もの女性が被害に遭っていた.
ルミもその一人だっだ
あれから半年後,私たちは夢だったマイホームを建てた. 緑が多いところで,前に住んでいたところから電車で二時間かかるが,私はリモートワークなので出勤自体が少なく,夢のような生活を送っている
ルミはと言うと,私たちから盗んだお金を地道に返済しながら,懲りずに婚活パーティーに勤しんでいる「もしもし,お姉さん. 今度の土曜日,開いてる? パーティーで出会った太郎って人を紹介したいのよ.
»「え,懲りないね. »「私ね,絶対諦めないんだから. «」「はいはい. じゃあ,久しぶりにルミさんのカレー,作ってもらっちゃおうかな.
»「いいですよ. 今度泊まりに行った時にたくさん作りますから. その時一緒にあのドラマ見ません? すっごい泣けるんですよ.
»ルミとは,冗談を言い合えるほど仲良くなった. 大胆で危なっかしいところは相変わらずだが,どんなことがあっても前向きな姿に,いつの間にか元気をもらっている
人は誰しも過ちを犯してしまうことがある. 過ちを犯してしまっても,それを正して何度でもやり直すことができる. しかし,過ちを犯した本人が真摯に受け止め対応しなければ,やり直すことはできない.
ルミは自分で過ちをしっかり正し,明るく前向きに結婚に向けて活動をしている. 彼女が結婚できたなら,今度こそ盛大にお祝いしようと思う. 私はどこか憎めない義妹を応援するのだった
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「お前がこんなことするなんて,犯罪だぞ. 分かってんのかよ.
»「身内にこんな犯罪者がいるなんて,信じられないわ. ”」夫の雄介がこれ見よがしに私を攻め,わざとらしく身を縮めて見せる義母. 二人を目の当たりにして体が震えた「私は盗んでなんてない. »「ここに証拠があるだろうが.
”」開かれた箪笥と,そこに入っていた封筒を突きつけられ,私は言葉を失う. だが私は見逃さなかった. 声を荒げる夫の影に隠れて,義母がこっそりと笑っているのを
私は柴田美咲. 在宅で仕事をしているウェブライターだ.
夫の雄介とは喫茶店のバイト仲間で,社会人になってから結婚した. 十年になるが,それなりに仲のいい夫婦だったと思う. 子供は望んだが出来ず,年齢もあり諦めた. それでも雄介と二人で楽しく過ごせるなら,そう思っていた
変わってしまったのは,夫の祖父が亡くなってからだ.
祖父の介護をしていた義母が一人になり,雄介が同居を切り出してきたのだ「母さんも年だし,一人だと何かと不安だろうしさ. »「うん,それは分かってるんだけど. »私は在宅で仕事をしているから,環境が変わって仕事に響くことが不安だった. だが雄介は「母さんも美咲の仕事のことは分かってるから,家のことは母さんがやってくれるって言ってたし,美咲もその方が仕事に集中できるんじゃないか.
»と,私を気遣うように言った. 心を動かされて,結局私は頷いた. それが間違いだったと気づくのは,そう先のことではなかった
義母は実家を処分し,私たちの家に引っ越してきた. にこやかな義母にほっとして挨拶したのも束の間,義母は家事を一切手伝おうとしなかった「美咲さん,ご飯はまだなの?
」「すみません,今準備してて. »「もう十八時よ. こんな時間にまだ用意できてないなんて. »私は仕事の打ち合わせで遅くなることを伝えていたのだが,義母は「体が辛いって言ってるのに私に自分で準備しろって.
ひどいこと言うのね. »と嘆いて見せる. 義母は私を召使いのように扱った「それに仕事なんて,在宅ニートみたいなものじゃない? 家でパソコン見てるだけだもの.
遊びみたいなものでしょ. 結局はり雄介さんのお給料で養ってもらってるっていうのに. ”」私は言葉を失った「私は在宅で仕事をしているだけできちんと稼いでます. »「それにでも,雄介さんに養ってもらってるのは変わりないでしょ.
それなのに家事も満足にできないなんて,ただの寄生中じゃない. ”」あまりの言われように,もう言葉が出てこなかった. 反論しない私に義母は満足げに鼻を鳴らした
その日帰ってきた雄介に私は訴えた「お母さんが家事を手伝ってくれないのよ. 同居の前に,家のことは手伝ってくれるって話だったよね.
»「またその話かよ. 母さんも体調良くないって言ってたしさ. »「それはいいよ. でも今日,私の仕事のことまで言われて,それはさすがに困るよ.
»「お母さんに私の仕事のこと,ちゃんと説明してくれてる? 」「伝えてはいるよ. »「だったらもうやめてくれよ. 俺だって疲れてるんだから.
”」雄介は背を向けて部屋を出ていった. 私が我慢するべきなのだろうか. そう思いながら,その背中を見送った
そんな日々を送っていたある日,スーパーでお会計をしようと財布を開けると,お札が入っていなかった. 少なくとも一万円は入っていたはずだ.
帰り道,使い道には心当たりがない. 前の日には確かにあった. 強盗? 私は急いで家に帰り家中を確認したが,他に物が盗まれた様子はない.
もしかして,あの人が? そう考えて怖くなった. 貴重品を確認していると,部屋に義母が入ってきた「財布からお金がなくなってたんです. »「ふーん.
もしかしたら空き巣かもしれないって思ってるの. »「警察に相談した方がいいんでしょうか. »「警察? 」義母は警察という単語に露骨に揺らめいた「み咲さんの気のせいなんじゃないの?
自分で使って忘れたんじゃない? 警察なんてそんな大げさな. »そう吐き捨てて,絶対に警察には相談しないよう私に言い含めると,その場を後にした. その様子を見て,おかしいと感じずにはいられなかった
それから少し経った夜のことだ「ちょっとこっちに来なさい.
”」呼び出された先には夫もいて,義母と並んで私を見ていた「あの,何ですか? 」「私のお金がなくなったのよ. »義母が言うには,昨日下ろしたばかりの十万円がないというのだ「み咲さんは今日ずっと家にいたんでしょう. »「はい.
»「み咲さんが盗んだんじゃないでしょうね. »「私はそんなことしてません. »「でも今日家にいたのはみ咲さんだけだし. »「まあ調べれば分かるさ.
み咲の部屋見せてもらうからな. ”」雄介と義母はそう言って寝室外へ向かい,勝手に引き出しやクローゼットを開け始めた「なんだこれ? 」箪笥を漁っていた雄介が取り出したのは,見覚えのない封筒だった「え? それよ,私のお金.
そんな,やっぱりあんたが盗んでたのね. ”」慌てて奪い取って中を確認すると,お札が入っていた「私,こんな封筒知らない. 本当よ. »私は訴えたが,雄介が私に向けたのは冷たい眼差しだけだった「お前にはがっかりしたよ.
»「犯罪者とは一緒に暮らせない. 出てってくれ. »「本気で言ってるの? 」「ああ.
”」揺るぎない様子で雄介は頷いた. この家を出てから私の復讐は始まるのだ
私は唇を噛みしめた. タイミングよくチャイムが鳴り,玄関へ向かうと引っ越し業者が到着していた「こんにちは. 運び出しちゃいますか?
」「はい. 大きなものからお願いします. ”」目を白黒させている雄介と義母を置いて,次々と家電や家具を運び出していく「なんでソファーまで,テレビまで持ってくなんて聞いてないわよ. ”」慌てふためく二人を置いて,業者の人はテキパキと仕事をしてくれた.
状況は伝えてあったから滞らない「だってこれ全部私が買ったものだもの. »「この家に引っ越す時,お金がなかったから,私の独身時代の貯金から買ったんです. 雄介は一切出してません. »「はあ?
そんなの嘘よ. »「お母さんは今までずっと私のことをニートだの,寄生中だのと言ってきましたよね. 事実じゃない. »義母はポカンとし,雄介は虫を踏みつぶしたような顔をした「今まで家計費や家のローン,保険も私の給料から出してたんです.
»私は付け加えた「一応家は雄介の名義なので,この家だけは置いていきます. これからローンが払えるかどうかは知らないですけどね. ”」喚き散らす義母と,悔しさに顔を真っ赤にして震える雄介を置いて,私は家を出た. 引っ越しは完了した.
出た後に家から怒号が聞こえてきたが,私は耳を貸さなかった
一人暮らしは思っていたよりもずっと快適で楽しかった. 自分の仕事に集中できて,自分のことだけをやればいい. お金を盗まれることも,嫌味を言われることもない. 当たり前の生活が,すごく快適だった
そんなある日,電話がかかってきた「どういうことだよ.
うちに警察が来てるんだ. ”」雄介の叫び声に,私は静かに答えた「私が警察に相談したの. »「はあ? 」「お財布からお金がなくなるって前に相談したでしょう.
それが何度も続くからおかしいと思って,部屋にカメラを置いておいたの. そこに映ってたのよ. お母さんが何度も私の財布からお金を盗んでいく様子がね. ”」電話の向こうで雄介は言葉を失った「じゃあ母さんは捕まるのか?
」「さあ,もうどうでもいいわ. ”」「じゃあ母さんが捕まったら美咲は帰ってくるんだよな. »「はあ? 」「母さんとの同居が嫌だったんだろ.
だから母さんが捕まったら帰ってくるよな. やっぱり俺は美咲がいないと駄目でさ,生活も苦しくて. ”」そう言う雄介の声を聞いて私はぞっとした. 実の母親が捕まるかもしれないというのに,自分の心配ばかり.
それどころか私に戻ってこいなんて. 「私が帰ることはないわ. »「なんでだよ. »「私を追い出して若い女と人生やり直すんでしょ.
»「な,なんでそれを? 」「あんたのことは何でもお見通しなのよ. 離婚のことは弁護士から連絡が行くと思うから. »「はあ,待ってくれ.
»縋るような声を無視して電話を切った
その後,義母はカメラの映像が証拠となり,窃盗で告訴された. 私は接近禁止と,盗まれた金の返還,慰謝料を得て,義母とはそれで終わりにした. 雄介との離婚も成立し,慰謝料を請求した. その後二人は噂になり住む場所を失い,家のローンだけが残って借金に追われながら,狭く古いアパートで暮らしているようだ.
雄介からは復縁や金の無心の連絡が来るようになったが,全て着信拒否した
私は新しい場所で新規一転の暮らしをしている. 貶されることも,こき使われることもない. 自分のために暮らすことができる. そんな当たり前のことが幸せだ.
これからは自分のやりたいことのために生きていこう. そう思っている