夫が突然、そんなことを言い出したのは、新築の一戸建てに引っ越してから半年ほど経った夜のことだった。私たちは結婚してちょうど一年。名義は夫だけだったが、購入費用は半分ずつ出し合い、将来の話し合いもして、子供部屋も二つ作ったばかりだった。
「僕、やっぱり子供作りたくないんだよね。姉さんも、作らない方が楽って言ってるし」
あまりのことに、私は言葉を失った。姉さんというのは、夫の一つ年上の姉だ。夫は昔からこの姉の言うことに幾乎逆らえず、いいなりだった。姉は同じ市内の、二駅ほど離れたアパートに一人で暮らしている。離婚してからあまり経っていないらしい。
「お姉さんが作らないなら、むしろ作った方がいいんじゃない? お父さんとお母さんだって、早く孫の顔を見せてって言ってたし」
私は義両親の言葉を盾に、考え直すように促した。けれど夫は、「うーん、でも姉さんが……」と曖昧に言うばかりだった。
義両親は遠方の田舎に住んでいて、お盆と正月にしか会わない。それだけに、離婚して傷ついている姉を心配し、「たった二人きりの兄弟なんだから、お互い協力し合ってね。私たちの代わりに、お姉ちゃんの面倒を見てあげて」と夫に言っているらしい。
それにしたって限度がある。
まず、家を建てるとすぐに、姉が頻繁に泊まりに来るようになった。義姉の職場には、うちの家の方が近くて便利だというのだ。
「新築の家っていいわね。この家の名義、弟でしょ? 弟のものは姉の私のものよね」
そう言って、夫から合鍵を渡させた。私は夫と大喧嘩になった。
「だって姉さんが、鍵をちょうだいって言うから……」
この男は、何を考えているのだろう。たまに遊びに来るのなら、私だって文句は言わない。しかし、こんな言い方をされて合鍵を渡すなんて、どうかしている。
それ以来、義姉は宣言通り、空いていた部屋を自分の部屋のように使い始めた。大型のスーツケースで私物を運び込み、残業だの飲み会だのと理由をつけては、うちに泊まるのだ。こちらの予定はお構いなしで、事前の連絡もない。
遅い時間にいきなりやって来るのだが、こちらは来るとは知らずに、防犯のためチェーンをかけてぐっすり眠っている。当然、入れない。
「さっさと起きて開けなさいよ!」
夜中に外で大声を出されて、起こされたこともあった。
家の中に入れば、エアコンはつけっぱなし。帰る時にも消さない。日中誰もいないのに、電気代がもったいない。
「お姉さん、せめて部屋を出る時はエアコンを消してくれませんか?」
「何を言っているのよ。帰って来た時、暑いじゃない」
まったく聞く耳を持たない。
何度も夫に文句を言い、一度は思い余って義両親に電話をしたこともあった。すると夫は「だって父さんたちが、姉さんに優しくしろって言うんだ」と義両親のせいにする。義両親も義両親で、「ちかさん、お姉ちゃんは離婚して傷ついているのよ。多めに見てやってくれないかしら」という始末。
こうして義両親も夫も言いなりだから、義姉はどんどん自分勝手になっていったのだろう。
義姉の非常識は、エアコンだけではなかった。
「ねえ、ビールが空になったわよ。お代わり出して」
義姉は無類の酒好きだった。ビールもワインも、何でも飲む。我が家では「他人の家の台所に入るな」としつけられた私は、勝手に冷蔵庫を開けることなど考えられなかったが、義姉は違う。何の躊躇もなく冷蔵庫を開けて、勝手に何でも飲み食いする。
例えば、私が誕生日や記念日に開けようと思って冷やしておいた、ちょっと高めのワイン。名前を書いておいても効果はなかった。
ゴミをゴミ箱に入れるという当たり前のこともできない。ビールの缶は散らかりっぱなしで、お菓子の袋や食べかすはそのまま。冷蔵庫から勝手に出してきた料理や食べ残しも、皿のまま放置しておく。
そのくせ言うことは一丁前だ。
「ちかさん、私は発泡酒よりもちゃんとしたビールがいいの。それに、安いワインは好きじゃないわ。最低でも一本二千円以上でよろしく」
渋々買ってきてレシートを渡すと、
「あなたたちも飲むんだし、あなたたちの家に置くんでしょ。なんで私が払わないといけないの」
と、一切払う気がない。
風呂だってそうだ。私たちが二人とも入って掃除までしているのに、義姉は勝手に風呂に入り、お湯もそのままで蓋もせず放置。掃除なんて一度もしたことがない。洗面所はあちこちビショビショのままにされる。
「ここに来れば家賃もかからないし、食費もかからないし、掃除もしなくていいし。超楽だわ」
義姉はご機嫌だが、私はかなりのストレスを溜めていた。夫に何を言っても、「でも」「だって」「うーん」と曖昧に濁すだけ。情けなくなるくらい役立たずだった。
私はもう離婚したかった。一方で、「これだけのことで」とも思っていた。義姉のことさえなければ、うまくいくのだ。
私は実家に帰った時、たまたま家にいた兄に悩みを相談した。兄は登山が趣味で、休日はどこかの山に登っていて、普段はなかなか会えない。兄はこんなふうに言った。
「妻を守れない男はダメだぞ。それにな、山では危険を感じたら即撤退だっていうだろう」
「山と一緒にされても……お兄ちゃん、まだ結婚してないじゃん」
「俺は山が命だからな。結婚してなくても分かることはあるさ」
兄らしい言葉だった。私も笑いながら流した。まさか、これが兄との最後の会話になるとは、思いもしなかった。
兄は、登山の途中で遭難したパーティーを助けようとして、自分が代わりに犠牲になってしまったのだ。
葬式が全部終わって、少し落ち着いた頃、両親が私を呼んで言った。
「お兄ちゃんはね、自分に何かあった時は、ちかに全て残すって遺言を書いていたのよ。ちかが色々悩んでいることを知っていたからかもしれないわね」
そう言って、両親はまとまったお金を渡してくれた。兄の遺言書は、遭難中にノートへ走り書きしたものだった。法的な効力はないかもしれないが、両親は「自分たちは老後の資金を貯めているから、あなたが全部受け取りなさい」と言った。保険の受け取り人も私になっていた。
ただし、金額はそこまで高くはなかった。遭難した兄はなかなか見つからず、民間の会社にも捜索を依頼したし、亡くなるまで付き添ってくれた兄の登山仲間たちにも、十分なお礼をしたからだ。
兄が残した遺言には、「後悔しないで生きろ」と書いてあった。
「危険があったらすぐ逃げろって、私には言ったのに」
自分の危険を顧みず、人助けを優先した兄。誇らしいと同時に、悲しかった。
兄を失った寂しさで落ち込んでいたある日、義姉が唐突に言った。
「ねえ、あなたのお兄さん、山で遭難したんでしょ? めちゃくちゃ救助費用かかるのよね。迷惑よね」
なんて失礼なんだろうと思いつつも、私は兄の名誉を取り戻したい一心で答えた。
「でも、兄は保険に入っていましたから」
「まあ、そうなの? じゃあ良かったわね。で、遺産はもらった?」
「お姉さんには関係ないでしょう」
その言葉を、私は必死に飲み込んだ。
「親が生きているので、親が相続人になりますから」
「またまた、少しはもらったでしょ。保険金とか、かなり出たんじゃない?」
義姉は執拗に聞いてくる。夫はスマホでゲームをしているふりをしていたが、指が止まっているところを見ると、聞き耳を立てているようだった。
兄が遭難したと母から電話があった時、夫はこう言ったのだ。
「君がいない間の僕らの食事は誰が作るの? 掃除は? 洗濯は誰がするの? 現地に行ったところで、君にできることなんて何もないんだし、邪魔なだけだよ」
あの姉にして、この弟あり。そう思った。兄の心配より、自分のことだけ。確かに、私にできることはないのかもしれない。けれど、まるで私が夫と義姉の召使いみたいな扱いだ。夫本人は、自分の発言がおかしいとも思っていない。
価値観の違いだけでは片付けられない。夫が義姪にこれだけ優しく、こんなにも寛大に振る舞うなら、私と私の兄に対しても、同じくらいの思いやりと優しさを持ってほしかった。
「捜索隊の人たちにお礼を払ってしまったので、ほとんど何もないんですよ」
私はそう答えた。すると義姉は、
「ばっかじゃないの? そんなのボランティアでしょ。ただでいいでしょ」
と笑った。
私はこれ以上会話を続けたくなかったので、曖昧に笑ってごまかそうとした。すると義姉は調子に乗って、とんでもないことを言い出した。
「じゃあ、私がここに住んであげるわ。ずっとここに引っ越してこようかなって思っていたの」
「ちょっと待ってください。なんで急にそんな話になるんですか。あなたも何とか言って」
夫は「うーん、まあ姉さんがそうしたいなら、僕は別に」と言う。
なぜ夫がここまで義姉の言いなりなのか、私には分からない。もしかしたら幼い頃からの力関係のまま、弟として姉に従うのが当たり前になっているのかもしれない。それにしたって、頼りにならないにもほどがある。
「だって、ちかさん家族をなくして寂しいでしょ。あなたが遺産をたんまりもらっていたら、気晴らしも兼ねて豪華なパーティーでもしたかったけど、しょうがないわね。あ、そうそう。指輪とか、何か高額なものはもらっていない?」
あまりの無神経さに、私は今にも爆発しそうだった。
「本当にちかさんって使えないわね。しょうがないから、住んであげるわ」
「いえ、そういう問題では……」
「もちろん、ただとは言わないわ。家賃とか生活費で、三万円くらいなら払ってあげるわよ」
「三万円では全然足りませんけど。一緒に住む気なら、食費もお酒代も電気代も、普通割り勘じゃないですか?」
「何を言っているのよ。あなたが寂しいだろうから、住んであげるって言っているんでしょ? 私の善意なのよ。身内なのに、お金を取ろうとしているなんて、本当に最低」
義姉は首を振った。さらに追い打ちをかけるように言った。
「そうそう、弟に聞いたけど、葬式の香典、結構出したんでしょ。なんでそんな無駄なお金使って。そんな余裕があるなら、むしろ今まで通りただでいいじゃない」
夫がそんなことまで義姉に喋っている。もう限界だった。
「はあ。もうお好きにどうぞ。その代わり、離婚しましょう。私はあなたたちの召使いじゃありませんし、会話が通じなさすぎて限界です」
義姉も夫も、私の怒りが理解できないようで、目が点になっていた。私はそのまま家を出て、実家に戻った。
そして信頼できる弁護士に依頼し、夫と離婚することにした。
夫は私から離婚を切り出されるなんて思っていなかったらしい。「別れたくない」と抵抗されたが、絶対に無理だった。そもそも、私が何で怒っているのか分からないこと自体が問題なのだ。
ただ、調停を重ねる間、夫は少しずつ何が悪かったかを理解していったらしい。義姉が暴君で強烈だったとはいえ、結局は夫自身も自分勝手だった。私に対する思いやりがなかったことに、やっと気づいたのだ。
夫は私に土下座をして謝罪した。
「お願いだから、もう一度チャンスが欲しい。僕とやり直してほしい」
そう懇願してきたが、言葉では何とでも言える。影で義姉と私の悪口を言っていた男だ。信用に値しない。
夫は私の意思が変わらないと知ると、「僕が間違っていた」と認め、離婚に同意した。ちょうど遠方への転勤も重なったため、夫は家を売り払った。そのお金で、私への慰謝料の他に、家の購入代金分も一括で返してくれた。
義姉といえば、夫の家がなくなったため自分のアパートに戻ったのだが、冷蔵庫に放置してあったものを適当に食べたら、ひどい食中毒になり入院したそうだ。
「あなたが離婚したせいで」
と、逆切れの電話をかけてきたので、連絡先はブロックした。その後ちらっと聞こえてきた噂では、あちこちの婚活パーティーに出没しているそうだが、トラブルメーカーとして有名らしく、誰からも相手にされないらしい。
それから数年後、私は再婚することになった。
お相手は、兄の友人で、最後まで兄の捜索に協力してくれた男性だ。兄が見つかった後も、少し落ち込んでいた私や両親のことを気にかけてくれて、何かと力になってくれた。
兄はもういない。とても寂しい。
けれど、兄のことを慕ってくれる友人たちがいて、今でも「葬式に行けなかったので」と実家の仏壇に線香を上げに来る人もいる。兄は本当にたくさんの人から愛されてきたのだなと、妹として誇らしく思う。
本当は生きていてほしかった。けれど私は今、とても幸せだ。
全ては兄のおかげ。兄ができなかった分、私が親孝行をしていきたいと思っている。
