俺は清森勤、ちょうど五十歳になる派遣会社の正社員だ。二十六歳でこの会社に転職し、四十歳まで本社に勤務していた。新卒で入った会社を二年で辞め、転職先も同じく二年で辞めた。理由はなんとなくだ。自分には合わない。そんな適当な理由だった。二十六歳の時、履歴書に自己都合退職が二件もある俺をすんなり雇ってくれたのは今の社長だった。ある日、酒の席で思い切って聞いてみたことがある。どうしてまたすぐ辞めそうな俺を採用してくれたんですか? 社長は笑いながら言った。社員はみんな俺の子供みたいなもんだ。いろんな経験をして欲しいし、挫けていくのもいい。清森君もうちで色々経験していくといい、そう思っただけさ。その言葉に俺は感激し尊敬した。その感情は仕事を続けるうちに、自然と憧れへと変わっていった。俺もいつか社長みたいになりたい、そう思うようになった。社長は常に営業に飛び回り、支社へ足を運び、会社の外を駆け回っていた。そして度々本社に顔を出しては、みんなを和ませ励ましてくれた。自分が一番大変な仕事をしていた。俺はその姿に憧れて、日々の仕事を頑張った。そして当時の社長と同じ四十歳になった時、思い切って社長に願い出たのだ。社長のような人になりたい、自分をあなたのように支社へ派遣してほしい、と伝えると、社長は笑いながら承諾してくれた。俺ももう五十四歳だ、飛び回るのはそろそろきついなと思っていたところだ、大変な仕事だから誰かに頼むのは気が引けていた,と言う社長に、俺は言った。俺なら適任です,独身だし友達も少ない,社長のために会社のために,自分のために是非頑張らせてください,と。ああ、清森君に任せるよ,しっかり頼むよ,と社長は頷いた。本社から旅立つ日、同期の佐藤君が見送りに来てくれた。新卒で入った彼は俺より年下だが、同じ志を持つ何でも話せる仲間だった。佐藤君、会社が大きくなって大変な時に俺が勝手に本社を抜けて本当にすまない,と謝ると、彼は笑って言った。何言ってんだよ,俺もなんとか社長の助けになりたいと思ってたんだ,あの年になっても支社へ飛び回って大変そうだとは思ってた,だが俺も家族ができて子供もまだ小さい,代わりにはいけない,お前が行くって聞いた時は嬉しかったよ,と。俺は佐藤君と握手を交わし、新幹線の改札を通った_。そして俺は十年間、全国の支社を飛び回った_社長がしていた仕事は俺が思っている以上に大変だった_支社は基本的に支社長に採算がある_しかし現場に近い支社にはそれぞれの事情がある_地域の特性や立地条件、周囲の事業者との関係性、俺は支社と本社の間に入って連絡を取り合い、時には予算や人員の調整を本社に交渉した_いきなり本社から派遣された俺を、最初はどこの支社も煙たそうにした_本社から来たからって支社長より偉いわけじゃない_頭を抱え、うまくいかない悔しさに一人で泣くこともあった_しかし頑張って状況を改善させると、素直に喜んでくれた_支社内の小さい飲み会なんかにも呼ばれ、いろんな人といろんな話をするのが楽しかった_幾度もそんなことを繰り返し、気がつけば十年_俺は再び本社に戻ることになった_あの日からもう十年か_懐かしい街並みを見ながら本社に向かう_佐藤君とよく飲みに来てた居酒屋も、大手のチェーン店に変わっていた_本社も移転して、今は大きなビルに入っている_オフィスビルに着くと、あの同期の佐藤君が待っていてくれた_家族は元気か? という問いに、ああ、おかげ様でな,と彼は答え、統括部への配属を願い出たのだと教えてくれた_統括部? 今まで会社になかった新しい部署だ_ゆくゆくは俺や社長が担当していた仕事を担当するようになる部署だが、今は本社内の総務を担当しているところだ_何か役に立てるかと思ってな,と佐藤君は言った_十年ぶりに会うが、相変わらずチャレンジャーだな_俺はどうもあの部署が苦手だ_新しい人たちばかりいるせいか、話が合わなくてな_特にあそこの課長は,と言うと、佐藤君は言葉を濁した_だがこれからの会社には必要だよ,いつまでも社長に頼ってられないだろう,俺もまたそこで一から頑張るよ,と彼は続けた_困ったことがあったら言ってくれ,と言う佐藤君に礼を言い、俺は統括部へ向かった_統括部に着くと、新しい部署だけあって若い人が多かった_一番奥に座っている二十代後半の男性に声をかける_西原課長でしょうか?

と尋ねると、彼は顔を上げ、冷たい目で俺を見た_社長から聞いてるよ,長年本社を離れ頑張ってきた人って,ようするにずっと地方に飛ばされていた要員だろ,そういう方法はもう古いから、ここじゃ通用しないけど,どうすんの? と吐き捨てるように言った_自分なりに頑張ってきたのに,俺は頭を下げるしかなかった_申し訳ありません,長く離れていたせいでまだ本社のことはよく分かっていません,ご指導いただければと思います,と頭を下げると、課長は鼻で笑った_おい,おじさんのくせにプライドないのかよ,ま,気に入った,今の時代のやり方をしっかり見習っとけ,と_そして俺は一人の若い社員について、仕事のやり方を教わった_一通りの仕事を覚えると、すぐに課長の指示で一人で仕事をするように言われた_最初は失礼な態度を取られたが、やっと認めてくれたか,そう思った_しかし違った_俺が不明なところを周りに聞こうとした時、課長はそれを遮った_おい,こいつには何にも教えなくていい,俺の教育方針だ,分かってるな,と若い社員にすごみを利かせた_俺は若い社員に謝り、しばらくしてから課長に直接聞きに行った_あの,西原課長,ここがどうしても分からなくて,と言いかけると、課長は黄色い目でこちらを睨んだ_今忙しいんだよ,見てわかんないのか? といきなり怒鳴られた_気難しい人だな,と思いながらも、俺は課長を観察し、やっと一息ついて椅子にもたれかかる瞬間を見つけて、また聞きに行った_すると課長はいきなり机を叩いた_そんぐらい自分で考えろよ,おい,全員よく聞け,こいつには今後何にも教えなくていい,ここにいないやつにもそう伝えておけ,徹底しろよ,と大声で指示を飛ばした_なんでこんな理不尽なことを,と怒りが湧いてくる_課長は立ち上がり、立ち尽くす俺とすれ違いながら言った_ああ,そういうことだ,おじいさん,ポンと俺の肩を叩いて去っていった_誰にも教えてもらえない_初期からのベテランとはいえ、新しい部署の仕事がすぐできるわけなんてない_だが俺も長年の支社勤務で鍛えた根性がある_地道にマニュアルや過去の帳簿を読み漁り、部署のやり方を盗んで仕事をした_細かい決まり事や書類の作り方は全く分からなかったので、課長が不在の時に他の若い社員に聞いて回り、こっそり教えてもらった_意外にもみんな素直に教えてくれる_大きな改善に関わる書類を独力で作り上げると、みんなは目を丸くして褒めてくれた_お疲れ様です,さすがですね,そう言ってくれたり、中にはお菓子や飲み物を差し入れてくれたりする人もいた_課長が席を外している時は雑談し合うこともあった_俺は課長に報告書を提出しに行った_西原課長,ご指導のおかげで何とか頑張り完成しました,こちらをお願いします,と言うと、課長はめんどくさそうに報告書を受け取り、ちらっと見てデスクの上に投げた_はあ,あんまり調子に乗るなよ,と眉をひそめる_本当に気難しい人だ_しかし頑張っていれば、いつかは認めてもらえるだろう_総務というのはなかなかに大変だ_細かな会議のスケジュール、人員調整、備品管理に頭を悩ませる_大きいことから小さいことまで、本当に骨が折れる仕事だった_それでも俺は希望してこの部署に来た_なんとか力になりたいと日々頑張った_そんなある日、西原課長から声がかかった_今週末にこの日で飲み会を開くから,お前明日までに宴会場確保しとけよ,と_今週末ですか? 急なことで驚いて聞き返すと、課長は嫌な笑みを浮かべた_ああ,そんぐらいできないのか,できなきゃ無能だぞ,お前の歓迎会をしてやるから,お前に場所を選ばせてやろうって言うんだ,文句言わずにさっさと探せ,と_相変わらずきつい言い方をする人だ_俺の歓迎会なのに、なぜそんな無茶をさせるんだろう_しかしあの気難しい課長が、やっと俺を認めてくれそうだ_これはチャンスと捉えよう_分かりました,すぐに探します,と返事をし、俺は周りの若い社員に事情を話した_するとすぐにスマホで色々と調べてくれた_ああ,ここも予約でいっぱいか,こっちも,あ,ここはどうですかね?
そう言って一生懸命探してくれたのは、ちょっとおしゃれな雰囲気の中華料理のレストランだった_会費は一人六千円と少し高いが、カクテルやスパークリングワインの飲み放題がついていて、若い人でも楽しめそうだ_俺はすぐにその店に予約の電話をし、なんとか場所を確保できた_そして各個人に連絡をして会費を取った_嬉しいことに三十人全員が参加してくれるそうだ_歓迎会当日の土曜日の夜,俺は少し早めにレストランに着いた_店の人に案内されて広間を見ると、綺麗な食器や料理が並べられ、ショーケースにはビールやスパークリングワインが入っていた_内装も凝っていておしゃれだ_俺は適当な席に座って待っていたが、開始十分前になっても誰一人として来ない_おかしい,と思いながらも五分前になっても誰も来ない_少し焦った俺は西原課長に電話をかけた_課長,まだ誰も来てなくて,課長も遅れていらっしゃるんですか? と聞くと、課長は冷たく言い放った_鈍いやつだな,まだわかんないのか,お前の歓迎会なんて誰が行くかよ,いくら待っても一人も来ないよ,お前の会費は確認は本当はみんな断りづらかったんだろうな,今日の昼間に俺が連絡を取ったら全員不参加になったよ,と_俺は動揺した_まさかそんなはずはない_きっと課長に何か言われたに違いない,と思ったが、どうすることもできない_どうするんですか? 三十人分の料理を用意してくれたお店にも申し訳ないじゃないですか,と言うと、課長は笑いながら言った_じゃあお前が三十人分食えばいいだろ,キャンセルしたいなら店に土下座でもしておけよ,時代遅れのおっさんはそういうの得意だろ,じゃあな,と電話を切られた_直しても拒否され、他のみんなに電話をかけても誰一人連絡が取れなかった_俺はひらめいた_何も俺の歓迎会じゃなくてもいいじゃないか,呼べるだけの知り合いを呼んで、みんなで楽しく飲もう_すみません,今から知り合い呼びますから,と店の人に声をかけ、俺は十年前の知り合いに片っ端から電話をかけた_まず電話をかけたのは佐藤君だ_今すぐここで三十人規模のパーティーを開きたい,それだけ言うと、彼は分かった,こっちでも人を集めると、まるで何かを察したように二つ返事で人数集めを引き受けてくれた_俺はかつて一緒に仕事をした取引相手や同業者にもお誘いの電話をかけた_あれよあれよと人は集まり、席数の半分が埋まった頃、佐藤君から電話が来た_俺も含めて十五人だが参加できそうだ,と_ありがたい,さすが佐藤君だ,と俺は安堵した_三十分後には立派な宴会になっていた_懐かしい顔触れに囲まれて、俺も料理とお酒を楽しんだ_宴会の隙を縫って、俺は佐藤君に事情を話した_佐藤君は深いため息をついた_はあ,だから少ないんだよ,こういうことを平気でやる人間は,まさか君にもするとは思わなかったがな,と_君にも前にあったのか,と聞くと、彼は西原課長が過去にも同じようなことをしてきたことを教えてくれた_そして歓迎会は懇親会に名を変えて無事に終わった_しかし俺は課長を許せなかった_翌日出社した俺は、まっすぐ課長のデスクに向かった_課長は足を組み、背もたれに深くもたれ座っていた_おいおい,よく来れたな,今までのやつはこれで辞めていったけどな,と挑発的に言う_なぜこんなことをするんだ? と静に聞くと、課長は平然と言った_これからの会社のために考えてやってんだよ,お前みたいなやつには分からんだろうがな,会社のためだと?
そうだよ,お前みたいな老害を消しておかないとな,なあ,みんなもそう思うだろ,と周りに問いかけた_皆は俯いたまま、こちらを見ようともしない_課長は勝ち誇ったように笑みを浮かべて立ち上がり、すれ違い様に俺の肩をポンと叩くと、そのままオフィスの出口に向かって歩き出した_俺はもう我慢できなかった_怒りのままに課長を呼び止めた_待てよ,西原,と_課長は足を止めて振り返った_ああ,なんだその口の聞き方は,と_会社のためと言ったな,ああ,そうだよ,保身のために邪魔するような老は時代遅れだよ,経費と人件費の無駄遣いだ,分かったか? じゃあ聞くが,お前は人として正しいことをしてるのか? これのどこが会社のためだ? 人としてふざけるな,と俺は声を大きくした_将来の会社のためにやってるんだよ,こっちにも責任ってのがあんるんだよ,こいつは部下を守るためにも邪魔なやつは消してやるんだよ,と課長は言い返した_それを聞いたみんなは、たまらないような顔をしている_俺は一段と声を大きくした_みんなも本当にこれが正しいと思ってるのか?
何のために会社に入ったんだ? こんなことをするためか? こんなことを続けて、自分の会社が好きになれるのか? と_みんなは変わらず俯いたままだ_悔しさで涙が出てくる_本心のままに話しているのに、誰も聞いてくれない_どうなんだよ,と大声で叫ぶ_すると、どこからか誰かの声がした_すみませんでした,と_また聞こえた_すると、みんなが口々にすみませんでしたと続いた_中には泣いている人も、唇を噛みしめる人もいた_ああ,やっぱりそうだったんだ,したくてしているわけじゃないんだ,と俺は少し安心した_そんな中,課長が怒鳴った_おい,誰だ?
謝ったやつは分かってんのか? 俺の親父に言えばな,お前らなんかすぐ首にできんだよ,と_顔を真っ赤にした西原課長に、俺は言った_君のお父さんって,取引先の桜ソーシングの西原社長のことか? ああ,そうだよ,分かってんなら話は早いな,とりあえずお前は首だ,と課長は勝ち誇った_西原社長には,この前社長同士の会合でお会いしたよ,と俺は静かに言った_はあ? なんであんたが,と課長は面食らう_俺が次期社長だからだ,社長の引き継ぎで会合に参加した,と_次期社長?
課長はあ然とした_俺は少し目を閉じた_社長に次期社長になってくれと言われた時のことを思い出していた_支社で頑張っているある日,現場に社長が来た_その晩,社長と二人で食事をした_いや,違うんだ,君に相談したいことがあるんだ,と社長は切り出した_実はな,俺は引退することにしたんだ,すぐにではないがな,自分の好きで起こした会社だが,ここまで大きくなったのはみんなのおかげだ,本当に感謝している,と_俺は少しパニックになった_そんな社長,俺は今まであなたに憧れて,それに社長がいなくなったらこの会社は,と言いかけると、社長は俺を制して言った_そこでだ,俺が引退してからも,みんなを支える人間がいる,代わりか,目の前にいるじゃないか,どうだ? やってみないか? と_俺にはとても社長なんて,と言うと、社長は優しく言った_いや,清森君ならできるよ,俺が現役で頑張っていた頃とまた時代も違う,新しい風を会社に入れながら,君の思うようにやればいい,それにすぐじゃない,あと数年研鑚を積んで心の準備もしてからだ,悪くない話だろ,頼むよ,と_俺は答えることができなかった_涙目で社長を見ることしかできない_君ならいや,君にしか頼めないんだ,どうか引き受けてくれ,と社長は言った_俺には引き受けるしかなかった_憧れの社長,今まで俺たちを大切に思ってくれていた社長の頼み_はい,なんとかやってみます,と心のない返事をする俺に、社長は笑っていった_願い出てくれた時みたいに,俺なら適任ですと言ってはくれないか? と_君なら適任だよ,頼むぞ,清森君,と_そして俺は研鑚に励み、本社に戻ってきた_久しぶりの会社の雰囲気を掴むために現場に入る相談を社長にした_すると,妙に離職率が高い部署があった_一番大変な道を進んできた俺は迷わずにそこを選んだ_そして離職率が高い原因が,今はっきりと分かった_西原課長,昨日の歓迎会にも西原社長は来てくれたよ,君のことを伝えると,誠意を込めて謝ってくれた,そして君を鍛えて欲しいとお願いされたよ,少し二人で話さないか,と俺は言った_真っ青な顔になる西原課長を連れて,俺は開いている会議室に入った_彼を座らせて,途中で買った缶コーヒーを彼の目の前に置いた_まだ会って日が浅いんだ,君のお父さんから聞く限り,優秀な人間だそうじゃないか,と切り出すと、西原課長は缶コーヒーを一口飲み,冷たく言った_謙遜も遠慮もなく言えば,優秀だと思いますよ,と_そんな君がなぜあんなことを優秀だからって,と聞くと,彼は拳を強く握りしめ,話してくれた_彼は以前,営業の会社にいたそうだ_そこで大変な苦労をした_古い習慣を大事にする会社で,接待や上司との付き合いを強要された_それが嫌で独自に頑張って成績を上げた_すると,それを妬んだ上司からひどい扱いを受けたそうだ_侮辱,いじめ,嘲笑、聞く限り最低だった_だから老は一人残らず駆逐するんだ,どうせお前も一緒だろ,と彼は荒げた_そうか,だから自分より年上の人たちだけを辞めさせてたのか,他のみんなも守るために,と俺は納得した_辛い思いをしたな,もう大丈夫だよ,俺がそうはさせないよ,約束する,と俺は言った_信用できるか?
次期社長ってことを隠してたやつなんかが,と彼は睨む_まあそうだな,でも聞いてくれ,と俺は憧れの社長のことを話した_社長は誰よりも仲間を大切に思っていた_自分が一番大変な仕事をしていたのは,仲間を守るためだった_俺はその思いを受け継ぐために社長になるんだ,社長が社員はみんな俺の子供みたいなもんだと言ってた意味が,君のおかげで分かったよ,これからはどんな壁にも俺が立つよ,君が辛い目に遭うなら,俺が代わりに引き受けよう,だから一緒に頑張っていかないか,と_西原君は声をあげて泣いた_優秀なのに理不尽な理由で虐げられる_立場や権力を盾に不合理なことをさせられる_本当に辛かったんだろうな_翌日,西原君は課長からの降格を自ら願い出た_突然だし,実際に優秀だったこともあり引き止めた_しかし彼は頑なだった_みんなに示しがつかない,一から頑張りたい,とかみんなに頭を下げて回り,なんと社長にも頭を下げに行った_義理堅く真面目で責任感の強い人だ_その姿はとても頼もしく思えた_思えば入社してから今まで,ただ前だけを見てまっすぐ歩いてきた_この道はどこに続いているんだろうか_不安になって迷った時,立ち止まって少し目を閉じる_そうすると俺にはあの優しい社長の声が聞こえる_そして俺はまた歩き出すことができる_俺も誰かの道になれるよう,このままっすぐ歩いていこう_俺が正式に社長になってしばらくしたある日,廊下で西原君に呼び止められた_社長,と_おお,西原君,どうした? 何かあったか? と聞くと、彼は言った_いえ,特に何も,俺,あなたみたいに泣きたいです,と_その言葉を聞いて、俺は胸が熱くなった_昔の俺を思い出した_俺もあの時,社長にそう言ったんだったな_俺は逆境が好きだ_逆境は人を強くする_もし躓いたとしても,他の抜け道を探せばいい_一歩ずつでも登り続けていけば,きっと思い描いていた以上の景色を見られると思うから_俺はそう言って,西原君の背中を押した_その日からまた新しい日々が始まった_離職率の高かった統括部も,新しい風が吹き始めていた_課長は変わった_いや,俺が変わったのだ_かつては理不尽なことで頭を悩ませたあの場所も,今では俺にとって大切な居場所になっている_人が変わり,関係が変わり,会社が少しずつ良くなっていく_その変化の真ん中に,俺は立っている_社長としてではなく,一人の人間として_俺はこのままっすぐ歩いていく_憧れの社長がそうだったように,俺も誰かの道になれるように_誰かの光になれるように_そして俺は,静かに前を向いた_