「警察です」——その冷たい声を聞いた瞬間、買い物袋を握る手が震えた。姉夫婦は双子の六歳の誕生日プレゼントを買いに行くと言ってタクシーに乗った。飲酒運転のトラックが追突し、二人は一瞬でいなくなった。葬儀の日、親戚たちは「子供三人抱えて、さらに二人預かるなんて絶対無理」と責任を押し付け合っていた。「二人は俺が育てます」——気づけば俺はそう宣言していた。独身の俺に、みんな反対した。それでも、血のつ…

「警察です」——その冷たい声を聞いた瞬間、買い物袋を握る手が震えた。姉夫婦は双子の六歳の誕生日プレゼントを買いに行くと言ってタクシーに乗った。飲酒運転のトラックが追突し、二人は一瞬でいなくなった。葬儀の日、親戚たちは「子供三人抱えて、さらに二人預かるなんて絶対無理」と責任を押し付け合っていた。「二人は俺が育てます」——気づけば俺はそう宣言していた。独身の俺に、みんな反対した。それでも、血のつ...

姉の家で双子のマナとアンナの世話をしていると、スマホに着信が入った。姉からだと思って画面を見ると、知らない番号だった。胸騒ぎがして電話を取ると、冷たい声が言った。「警察です」。

あの日、姉夫婦は双子の六歳の誕生日プレゼントを買いに行くと言ってタクシーに乗った。飲酒運転の大型トラックが追突し、タクシーは大破。二人は一瞬にして命を奪われた。誕生日パーティーの準備をして、みんなで笑い合うはずだったのに。

葬儀の日、孝介さんの親戚たちがひそひそと話していた。「無理よ、うちはそんな余裕ないわ」「子供三人抱えて、さらに二人預かるなんて絶対無理」「じゃあ施設に預けるしかないわね」「かわいそうだけど、そうするしかないわよ」。言い訳を並べ立て、責任を押し付け合うように話す人たち。両親を失ったマナとアンナが、知らない人たちに囲まれて施設で暮らす姿を想像すると、胸が押しつぶされるようだった。

「二人は俺が育てますから」

気づけば、俺はそう宣言していた。「え、大丈夫なの?あなた独身でしょ?」「無理しなくていいわよ。施設に預けたほうが安心よ」。みんな反対したが、俺の意思は固かった。父も母もいない。たった一人の姉もいなくなった。今、血のつながった家族はマナとアンナだけだった。この二人を施設に預けるなんて、優しかった姉が望むはずがない。俺は姉の代わりに双子を育てる覚悟を決めた。

葬儀の数日後、反対する親戚たちを説得し、正式に引き取ることが決まった。不安げな様子のマナとアンナの手を握りしめ、俺は改めて誓った。「大丈夫だよ。俺がずっと守るから」

仕事と育児の両立は想像以上に大変だったが、マナたちの笑顔が俺の支えだった。「てっちゃんのカレー、ちょっと辛いね」「ママが作るカレーはもっと甘かったな」。時々両親を思い出しては寂しがる二人だったが、決して涙は見せなかった。俺に気を使って我慢しているのかもしれない。そう思うと胸が引き裂かれる思いだった。

当時、残業や休日出勤が多い営業部で働いていたが、定時で帰れるオペレーション部への移動願いを出した。営業の仕事はやりがいがあり、惜しい気持ちもあったが、未練はなかった。今の俺にとって何よりもマナとアンナが大切だった。

慣れないコールセンターの仕事はなかなか大変だったが、ちょうど同期で仲の良かった山本がいてくれて、精神的に助けられていた。「みつ井君、何なの?今の対応、お客様に失礼でしょ」

課長の川上さんはすごく厳しい人で、俺は何かと注意され、怒鳴られた。「営業部では優秀だったのかもしれないけど、ここでは新人なんだからね。もうちょっと気を引き締めて仕事してよ」「もしかしてコールセンターの仕事、舐めてる?」 厳しい目つきで睨みつけられる。昼休みに山本が「課長、ちょっと言いすぎだよな。あんまり気にすんなよ」と慰めてくれたが、俺はこんなことで負けてはいられなかった。何しろ、守るべき存在がいるのだから。

その日も課長に絞られ、ちょっと落ち込みながらマナとアンナを迎えに行った。小学校近くの学童保育に通う二人を迎えに行くのは午後六時。平日の二回、三人でスーパーに寄って買い物してから帰るのが習慣になっていた。「もう冷蔵庫に何もなかったな。買い物行ってから帰ろう。今日は何が食べたい?」「ハンバーグ!」 無邪気にはしゃぐ二人を連れていつものスーパーに寄る。「二人合わせてハンバーグシチューとかどう?」「いいね。美味しそう」

元々料理なんてできなかった俺だが、二人の希望を叶えてあげたくて、検索したレシピを片手になんとか頑張っていた。味が薄かったり濃かったり失敗することも多いのだが、二人はいつも「美味しい美味しい」と食べてくれた。頭の中で材料を考えながら食材を選んでいると、「てっちゃん、あの女の人、知ってる人?」 野菜売り場で玉ねぎを選んでいた俺の袖をマナが引っ張った。「ほら、あの人、さっきからずっとこっち見てるの」。マナがそっと指さした先にいたのは、なんと買い物かごを手にした川上課長だった。俺たちを睨みつけるように立っていた。そして、つかつかと俺たちの方に近づいてきたかと思うと、いきなり「娘さん?」と聞いてきた。

「ええ、まあ」。詳しく説明するのも面倒だし、適当に言葉を濁した。「そうなんだ。何作るの?」 課長はそれだけ言って、カートに乗せたかごを覗き込んでくる。「ハンバーグ?」「残念。ハンバーグシチューでした」。アンナが無邪気に答えた。「ふーん。そんなの作れるの?みつ井君」「いや、作れるっていうか、わかんないっすけど。初めて作るんで」。いきなり登場した川上課長に動揺して、どもりまくる俺。「無理でしょ。私、作ってあげる」。え? 川上課長はそう言うと、持っていたかごを俺たちのカートの下に乗せた。そして俺の手からカートを奪い、「えっと、あとはニンジンとじゃがいも」とぶつぶつ言いながら食材を次から次へとかごに放り込んでいく。「え、ちょ、ちょっと」 俺が止める間もなく、レジに向かった。「よし、これで材料は揃ったわね。じゃ、行きましょう」「うちはどこ?近いの?」「うん。すぐそこだよ。お姉さん、ついてきて」。人懐っこい二人は嬉しそうにはしゃいで案内し始めた。予想もしなかった状況を把握しきれず、頭が真っ白になってしまった。俺は呆然としながら、三人についていくしかなかった。

家に着くと「意外と綺麗にしてるじゃない」と部屋を見回し、おもむろにキッチンに向かった川上課長は、早速料理を始めた。「わあ、お姉さん上手だね」。手際よく玉ねぎをみじん切りにする川上課長に向かって、パチパチと手を叩くマナ。俺のそばにいたアンナは「てっちゃんのお友達?会社の人?」と不思議そうに俺を覗き込んだ。「うん。上司の川上さんだよ」「上司?」 首をかしげるアンナに説明する余裕もなかった。ただこの状況を受け入れるのに必死だったのだ。

川上課長はあっという間にハンバーグシチューを完成させた。「美味しい!」「本当だ。すっごく美味しいよ」。目をキラキラさせてハンバーグを頬張る二人。「てっちゃんも、ほら、早く食べて」 二人にせかされ、動揺しつつもハンバーグを口に運ぶ。「お、本当だ。うまい」。程よく煮込まれた柔らかなハンバーグがシチューと溶け合い、口の中でほろりと崩れる。俺なんかにはとても作れない、絶品の味だった。「すみません。なんだか、こんなことしていただいて、申し訳ないっていうか」。厳しくて苦手な上司である川上課長に夕食を作ってもらうという事態となり、俺は未だに混乱していた。「子供たちのため。それだけ」「あ、そうですか。ありがとうございます」。訳のわからないまま、とりあえずお礼を呟いたのだが。

「じゃあまた明日。明日は何が食べたい?」 帰り際、川上課長はまた衝撃的なことを言い始めた。「お姉さん、明日も来てくれるの?」「えっと、じゃあね。明日はカリカリの唐揚げがいい」「あんも」「わかったわ。任せといて」。川上課長は喜ぶ二人に小さくウインクして帰って行った。え、今ウインクした? 厳しくて眉間にしわを寄せてばかりの川上課長の意外な表情に、俺はすっかり固まってしまった。怖くて苦手だったはずの川上課長だが、その表情は柔らかく、それにとても綺麗で、胸がどきっとしたのだ。

その日以来、川上課長はなぜかうちに来て夕食を作ってくれるようになった。時には部屋の掃除まで。もちろん、川上課長にそんなことしてもらう理由はないし、申し訳なさすぎてやんわりと断っていたのだけど、川上課長は聞く耳を持たなかった。俺が亡くなった姉の子供を引き取って育てているってことを知っているのかどうか、確かめたことはない。もしかしたら俺のことを、双子の娘を持つシングルファーザーだって勘違いしている可能性もある。情けられているのか、子供たちを不憫に思っているのか。都合のいい話ではあるが、実際料理や家事をしてくれるのは非常にありがたかったので、俺はその辺をうやむやにしたまま確かめられずにいた。何より、川上課長が来てくれると子供たちが嬉しそうだったし。

そんな日々が三ヶ月ほど続いた頃。川上課長は相変わらず会社では厳しく、毎日理不尽に叱られてばかりいた俺だったが、自分の気持ちの変化に気づいた。こんなに厳しくされるのも、きっと理由がある。根は優しく思いやりのある人だから。そう思うようになっていたのだ。子供たちを見る川上課長の目は慈愛に溢れ、まるで女神のようだった。料理上手で優しい川上課長に、俺はだんだん惹かれ始めていることに気がついた。

そして、俺は思い切って川上課長に聞いてみた。「課長、俺ずっと知りたかったことがあって、聞いてもいいですか?」 昼休み、屋上で一人弁当を食べていた課長に声をかけた。「俺たちによくしてくれるのは、一体なぜなんですか?」 川上課長はしばらく黙った後、静かに口を開いた。「覚えてない?私、あなたがうちの部署に移動になる前、何度かあなたと会ってるの」

川上課長が話したのは、思いもしない過去だった。「裕子の葬儀。あなたは憔悴しきってたわよね」。俺は何も知らなかったのだが、川上課長は姉・裕子と中学からの親友だったという。双子が生まれた時もお見舞いに来てくれていたらしい。もちろん、姉の葬儀の時も。「あなたが移動してきた時、裕子の弟さんだってすぐわかった。でも、スーパーであなたと子供たちを見た時は、本当に驚いたの」。川上課長は姉がいなくなった後、子供たちがどうしているのかずっと気になっていたという。施設に預けられ、寂しい思いをしているんじゃないかと、自分の無力さを責めていたそうだ。「大切な親友である裕子の残した可愛い子供たちだけど、赤の他人である私が引き取るにはあまりにもハードルが高くて。まさか独身の弟さんが引き取ってるとは、夢にも思わなかったわ」。そう話す川上課長の目には涙が光っていた。「力になりたいって思ったの。傲慢な、ただの自己満足なのかもしれないけれど。私にできることは何でもしたいと思って」

「そうだったんですか」。たくさんの友達に囲まれていた姉だけど、その中でも一番の親友が川上課長だったなんて、思いもしなかった。「でも、迷惑だったらもうお家には行かないわ。私、嫌われてるもんね。怒ってばっかりの、同じ上司なんて嫌よね」「そんなことない!」 俺は必死で首を横に振った。「正直、最初は苦手でした。川上課長のこと。でも、今は」「今は?」 川上課長が潤んだ目で俺を見つめた。「今は、好きです。優しくて愛情深い、川上課長のことが。これからもずっと一緒にいられればいいなって」

「みつ井君」。川上課長は人差し指を立て、そっと俺の唇に押し当てた。「今日もお家に行っていい?みつ井君の大好物の肉じゃが作るから」「もちろん」。こうして俺は初めて自分の気持ちを川上課長に伝えることができた。課長が俺のことをどう思っているのかは分からない。でも、自分の気持ちにはっきりと気がついた。今、課長への思いはもう誰にも止められなかった。

そしてその日の夜、川上課長はいつもにも増して大きな買い物袋を手にうちにやってきた。いつものように手早く料理を仕上げ、俺の大好きな肉じゃがが食卓に並ぶ。マナもアンナも、なんだか全て分かっているかのように、顔を見合わせてニコニコ笑っている。「てっちゃんの大好きな料理だね」「うん。そうだね」。美味しそうに食べ始めた二人を眺めながら、川上課長はしみじみと言った。「私ね、この時間が本当に幸せなの。このままずっと続けばいいのになって思ってる」。キッチンのカウンターに置かれた姉夫婦の写真を見つめ、そしてゆっくりと俺の方を振り返った課長。「裕子。私に任せてくれないかな?可愛い子供たち。それに、あなたの大事な弟を」

「課長っていうの、もうやめない?あこって、名前で呼んでほしい」。それってつまり、昼間の俺の告白に対する答えであるのなら、それはつまりオーケーということなのか。「てっちゃん、やったね。おめでとう」「二人は結婚するの?私たちのお父さんとお母さんになってくれるの?」 俺の頭の中が整理される前に、子供たちが声をあげた。「そうなると私も嬉しいな」「あ、あこ課長。もう課長はやめてってば。あこって呼んで」「あ、あこさん」。子供たちの手前、抱きしめたい気持ちをぐっと抑えながら、あこさんの手を握りしめた。

こうして俺たちは気持ちを伝え合い、晴れて恋人同士となった。厳しくて怖くて苦手な上司が、俺の可愛い彼女になったのだ。こんな結果、予想もしていなかった。そして半年後には結婚。姉の裕子、そして子供たちが結びつけてくれた、奇跡的な縁でしかない。俺一人で子供たちを守ると誓ったけれど、これからはあこも一緒だ。それがどれほど心強いことか。

「姉貴。孝介さん。これからも俺たちを見守っててくれるかな?俺、あこと一緒に頑張るから」。二人の写真に話しかけると、開いていた窓からすっと温かい風が吹き込み、カーテンを揺らした。柔らかな光が差し込む部屋で、俺は改めて誓った。あこ、そしてマナとアンナを、何よりも大切にしようと。

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