「ねえ、今どこにいるの?もう式が始まっちゃうよ」――結婚式当日、新郎の竜太から連絡がありません。電話してもメールしても返事なし。それどころか、新郎側の参列者も、同じ部署の上司も同僚も、誰一人会場に来ていない。嫌な予感がしながら携帯を握りしめていた私に、突然竜太から着信が入りました。画面に映ったのは、参列するはずだった上司や同僚たちが宴会をしている姿。そして竜太は笑いながら言い放ったんです。「…

「ねえ、今どこにいるの?もう式が始まっちゃうよ」――結婚式当日、新郎の竜太から連絡がありません。電話してもメールしても返事なし。それどころか、新郎側の参列者も、同じ部署の上司も同僚も、誰一人会場に来ていない。嫌な予感がしながら携帯を握りしめていた私に、突然竜太から着信が入りました。画面に映ったのは、参列するはずだった上司や同僚たちが宴会をしている姿。そして竜太は笑いながら言い放ったんです。「...

私の不安はピークに達していた。結婚式の開始時刻はもうすぐだというのに、新郎の竜太が一向に姿を現さない。まさか寝坊? それとも事故に巻き込まれた? 電話をかけても、メールを送っても、返事は一切ない。さらに奇妙なことに、新郎側の参列者だけが誰一人として会場にいない。招待したはずの同じ部署の上司や同僚たちの姿もない。一体何が起こっているのか。私の心はざわつくばかりだった。

そんな中、突然私の携帯電話が鳴った。竜太からだ。慌てて電話に出ると、その向こうから聞こえてくる声はいつもより妙にハイテンションで、周囲もなんだか賑やかだ。

「ねえ、今どこにいるの? もう式が始まっちゃうよ」

そう言うと、突然竜太はビデオ通話に切り替えた。画面に映し出された映像に、私は目を疑った。そこには、結婚式に参列するはずだった上司や同僚たちが、宴会をしている様子が映っている。そして竜太は笑いながら言い放った。

「結婚式は嘘です。俺と結婚できなくて残念でした。本気にしてたのか?

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竜太の言葉に、後ろにいた同僚たちもどっと笑い出す。私は言葉を失った。恥ずかしさと悲しみと怒りが一気に込み上げてきて、このまま消えてしまいたいと思った。画面の向こうで、大勢の人間が私を見てゲラゲラと笑っている。

その時だった。

「おい、君。私の顔を忘れてしまったか? とんでもないことをしてくれたな」

父のその一言で、その場の空気が一変した。私の名前はかずみ。二十代の会社員だ。大学卒業後、今の会社に入社して三年目になる。小さい頃から消極的で何事にも引っ込み思案だった私は、自ら人前に出ることが苦手だった。小学生の頃は、いじめとまではいかないが、仲間外れにされることもあった。大人数の場がどうしても苦手で、それは大人になってからも同じだった。

大学時代はサークルにも入らず、とにかく勉強に励んだ。一人で本を読んだり勉強に打ち込むことが、私にとっては趣味のようなものだった。数少ない友人もいたし、私はそれで十分だと思っていた。

ただ、社会人になってからは人間関係に人一倍気を使わなければならなくなった。仕事内容よりも、何よりも、私は人間関係に頭を悩ませることが多かった。周りにどう思われているのか、自分の発言は相手を不快にさせていないだろうか。そんなことばかり考えて仕事をしているうちに、いつの間にか自分から人と距離を取るようになっていた。入社三年目にして、親しく話せる相手は誰一人としておらず、同期の社員にすら飲み会に誘われたことはなかった。

それでも仕事にはやりがいもあったし、楽しかった。同じ部署の人たちとは仕事のこと以外で話すことはない。そんな仕事だけの関係を、入社からずっと続けていた。

そんなある日だった。いつものように一人で黙々と仕事をこなしていると、同じ部署の男性が私に話しかけてきた。

「かずみさんって、いつも仕事が早くて的確で、できる女って感じですよね」

そう言って微笑みかけてきたのは、私と同期入社の男性だった。彼は私とは正反対で、明るくて部署のムードメーカー的存在。女性社員からの人気もある人物だった。そんな彼が、急に頻繁に私に話しかけてくるようになった。初めは注目を浴びるのが気になっていた私だが、そんなことはお構いなしに、彼は来る日も来る日も話しかけてくる。

「かずみさん、これから休憩ですよね? もし良かったら一緒にランチどうですか? 」

そう言って、二人で初めてランチへ行くことになった。男性と二人きりで食事をするのは人生で初めてのことだ。緊張する私とは反対に、彼は慣れた様子で、そんな砕けた態度が徐々に私を開いていった。

それからというもの、私たちは頻繁に連絡を取り合うようになった。同期で初めて心を許せる、何でも話せる相手ができた。それだけでも大きな進歩だったのだが、そんな彼からある日、交際を申し込まれたのだ。もちろん私が男性から告白されたことも、交際したこともない。彼から「ずっと前から好きだった」と告白され、私は戸惑ってしまった。こんな自分でも好きになってくれる相手がいる。それも、みんなから好かれている私にはもったいないくらいの人物だ。告白を断るなんて選択肢は浮かばなかった。

深く考えずに、私は竜太と交際することになった。私たちの噂は部署内ですぐに広まった。急に仲良くなった私たちを見て、周りもすぐに異変に気づいたようだ。車内でも人気の竜太と交際したことで、周囲から嫌がらせでも受けるのではないかと心配していたが、むしろ逆だった。竜太と交際したことで、彼と親しい人たちとも会話を交わすようになり、私はいつの間にか周囲の輪に馴染むことができていた。今までの私からでは考えられないことだが、竜太と交際してから世界が一変したのだ。仕事は相変わらず忙しかったが、職場に行けば竜太に会える。私は今まで以上に仕事のモチベーションが上がった。

私たちが付き合い始めて半年が経った頃、竜太が食事に連れて行ってくれた。そこはいつも行く店とは違う、私でも知っているような高級レストランだった。

「竜太、ここよく取れたね。ここってなかなか予約が取れない店でしょ」

「ああ。どうしてもかずみを連れてきたくて、結構前から抑えておいたんだ」

そう言って微笑む竜太。その日、私はその素敵なレストランで竜太からプロポーズをされた。まさか交際半年でプロポーズを受けるとは思っていなかった私は、心の準備も何もできていない状態だったが、ただただ嬉しくて、一目もはばからず嬉し涙を流してしまった。こうして私たちは結婚することになった。

お互い忙しい中で結婚の準備をするのは大変だった。まず両家への挨拶だが、竜太の両親は仕事で海外に行っており、帰国の予定はしばらくないという。

「結婚前に顔だけでも合わせたいけど、それも難しそうだね」

「でも私たちだけの問題じゃないし、ご両親に会ってからの方がいいんじゃないかな」

「両親には俺から話しておくよ。俺から話も何度かしているからさ。結婚っても反対することはないから安心してよ。籍だけ先に入れちゃって、結婚式の時に両家で顔合わせってことにしよう」

竜太にそう言いくるめられ、私は彼の両親に会うことがないまま籍を入れることとなった。トントン拍子に話が進んでいく。結婚ってタイミングと勢いなんだなと実感した。

じゃあ婚姻届はいつ出しに行く?

二人の休みが同じ日ってあったっけ? なんとなく婚姻届は二人で市役所へ行き提出するものだと思っていた私は、竜太に予定の確認をした。

「ああ、それなんだけどさ。仕事が詰んでて、なかなか俺の休みがないんだよね。次の休みも休日出勤だし。俺が外回りの時にでも市役所に寄って提出してくるよ。かずみは婚姻届を書いといてくれればいいからさ」

確かに竜太は最近仕事が忙しそうだ。二人の予定を合わせていたら、籍を入れるのも時間がかかりそうだ。なんだか人生の一大イベントを逃したような悲しい気持ちになったが、確かに竜太の言うことも一理ある。結局、私は竜太の主張を受け入れる形となった。

結婚して同居してからも、竜太は変わらず私に対して優しく接してくれた。仕事が忙しいのもあって一緒にいる時間はなかなか作れなかったが、時間ができれば一緒に外食をしたり、散歩をしたりしてたくさん話した。竜太は結婚してから私のことをよく携帯電話で撮影するようになった。

「ちょっとした瞬間でも、思い出として取っておきたいんだ」

そう言っては、私の食事中や散歩中など日常の場面で動画を回していた。さすがにソファーで寝ている時に動画を撮られていたことには腹が立ったが、竜太はいたずらっこのような顔をしてごまかす。

「ごめんごめん。つい可愛くって動画回しちゃった」

そんな竜太のいたずらも、結局は許してしまう。そんな些細なことさえ、私にとっては愛されているという安心感になっていた。

新婚だからと言ってのんびりとはしていられない。仕事は相変わらず多忙だ。私は連日の残業の日々。新しい企画を練っていたのだが、やっと自分でも納得できる企画書ができた。竜太と結婚してから、私はますます仕事に力を入れていた。竜太のおかげで少しずつ他の社員とも馴染めるようになってきたが、仕事でも成果を出してみんなから認められたい。そんな一心だった。

残業続きの私を、竜太は心配してくれていた。

「かずみ、ちょっと頑張りすぎなんじゃない? 無理すんなよ。俺が手伝える仕事なら手伝うよ。ちょっと見せて」

そう言って竜太は私の企画書に目を通してくれた。

「うん。いいじゃん。さすが俺の嫁」

そう言って竜太も褒めてくれた。私も今回は自信を持って提案できる。そう思っていた。しかしその翌日、出社するとまさかの事態が起こっていた。なんと私より先に出社した竜太が、私の企画書を上司に提出していたのだ。それも自分の案として。周りの社員たちも声を揃えて竜太を賞賛している。竜太も謙遜しながらも、みんなから褒められて嬉しそうだ。一体何が起こっているのか。私は思考が停止した。

竜太を見てぼーっと立っている私の元に、竜太が近寄ってきた。そして、周りには聞こえないように私の耳元で小さな声で話し始めた。

「かずみの企画書、やっぱりみんな大絶賛だったよ。夫婦なんだし、どっちでもいいだろ。まあ、嫁の立場なら夫を立てるのが普通だからな」

そう言うと、またみんなの輪の中へ戻っていく。私は全身から力が抜けていくのを感じた。ここ数週間、寝る間を惜しんで作り上げた企画だ。それを、夫婦とはいえこんな簡単に私から奪っていくなんて。夫婦だから許されるのだろうか。夫を立てるのが当然なのだろうか。自分でも分からなくて、思考が停止してしまった。

それから数日が経った。私が考えた企画は竜太の案として採用され、そのプロジェクトリーダーは竜太に決定した。部署内は新しいプロジェクトの立ち上げで、ますます忙しくなる。私は再び残業の日々。毎日プライベートの時間などないくらいに忙しく、帰って夕飯を作る時間すらない。仕事帰りにスーパーへ寄って、竜太が好きそうな食材やお弁当を買って帰る。

「竜太、今日も帰りが遅くなっちゃってごめんね。またスーパーのおかずになっちゃったけど、食べて」

私が帰ると、竜太はソファーで横になって携帯をいじっていた。

「え、またおかず? もういいよ。風呂入って寝るから、夕飯はいらない。あ、あと昨日アイロンかけてって言ってたシャツ、そのまんまだったよ。ちゃんとしてくれよな」

「あ、ごめん。最近仕事が忙しくて。明日アイロンかけておくね」

「あのさ、忙しい忙しいって、自分だけが忙しいみたいな言い方しないでくれる?

忙しいのはお互い様だろ。最近は仕事を言い訳に家事もおろそかになってるよ」

「ああ、やっぱり結婚は無理だったのかもな」

竜太はそう言って、わざとらしく大きなため息をついて部屋を出て行ってしまった。竜太に呆れられてしまい、私は大きなショックを受けた。仕事は手を抜きたくない。でも家のこともちゃんとしなければならない。どうすればいいのだろう。私は今できる限りのことをしようと、睡眠時間を削りながら過酷な毎日を送っていた。内心、竜太が早く帰った日は家事をしてくれたらいいのに、と思っていたが、竜太には言えなかった。これ以上竜太の機嫌を損ねたくなかったし、嫌われたくなかった。自分さえ我慢して頑張っていれば、なんとかになる。そう考えていた。

そして、こんなこともあった。私が仕事で男性社員と打ち合わせの日、二人で会議室に一時間ほどこもっていた。無事に打ち合わせを終えて会議室から出てくると、そこには竜太が待ち構えていた。その表情から、すぐに機嫌が悪いことが分かる。竜太は無言で私の手を引いて、人のいないところへと連れて行く。

「お前、一体何してんだよ」

「何してるって、仕事だけど」

「会議室で男と二人きりになって、浮気か? 俺は心配なんだよ。心配させるようなことをしないでくれよ」

男性社員と打ち合わせをすることなんて、今までだって何度もあったことだ。そんなことで竜太が怒るなんて考えもしなかった。私のことでこんなにまで心配してくれる人が、今までいただろうか。そう考えると、竜太の過剰な嫉妬も逆に嬉しく感じる。

「竜太、心配かけてごめんね。浮気なんて絶対にありえないから。心配させちゃってごめんね」

そう言って、私はその場で竜太をなだめた。結婚してからというもの、竜太の今まで見えていなかった側面が垣間見える。正直ちょっとめんどくさいところもあるが、包み隠さず全てを見せてくれる竜太に、私は幸せを感じていた。

入籍してからしばらく経った後、竜太からご両親の帰国日が決まったと報告を受けた。それに合わせて結婚式の日取りも決めた。

「一生に一度の結婚式だから、思い出の一日にしよう。かずみのウェディングドレス姿を見るのが楽しみだよ」

そう言って、竜太は結婚式を心待ちにしていた。私自身はウェディングドレスを着たいという願望も特になく、目立つことも好きじゃないため結婚式にこだわりもなかった。しかし竜太がどうしても結婚式をあげたいというのだ。日程はご両親の帰国に合わせて組んだし、その頃にはちょうど私たちの仕事も落ち着いている頃だ。一生に一度の記念すべき一日だ。私も気持ちを切り替えて、結婚式に臨もうと考えていた。

結婚式までは、竜太と二人で式場に打ち合わせに行ったり、ドレスの試着をしたりと忙しい日々を送った。そんな日々を送る中で、私自身も結婚式が少しずつ楽しみになってきていた。そして、ついに結婚式当日。前夜は実家に泊まり、そのまま両親と式場へ向かう。プランナーさんや会場スタッフさんと着々と準備を進めていくが、前日まで連絡が取れていたはずの竜太から連絡がない。何度電話をかけても、メールをしても返信がないのだ。もしかしたら寝坊したのかもしれない。式場へ向かう途中で事故に巻き込まれたのかもしれない。そんなことが頭に浮かぶ。

そして、竜太だけではない。会場にはなぜか竜太の参列者が一人も現れない。それどころか職場の上司や同僚など、仕事関係の参列者さえ誰一人いない。一体どうなっているのか。不安になり、直属の上司である富田部長にも連絡を取ってみるが、電話は繋がらない。どうすることもできず、ただただ時間だけが迫る。

そして、結婚式開始の5分前、突然私の携帯電話が鳴った。竜太からだ。

「もしもし、竜太? 今どこにいるの? もう式の時間が迫ってるよ」

焦っていた私は開口一番にそう言った。電話の向こうから聞こえてくる竜太の声は、いつもよりテンションが高く、周囲がガヤガヤしている様子が伺える。

「なんだか賑やかだけど、今どこにいるの?

もう式が始まっちゃうよ」

私がそう言うと、突然竜太はビデオ通話に切り替えた。携帯電話の画面に移された映像に、私は目を疑った。そこには、結婚式に参列する予定だった富田部長や同僚たちが宴会をしている様子が映し出される。

「驚いた? 結婚式は嘘です。俺と結婚できなくて残念でした」

竜太がそう言うと、後ろにいる同僚たちもみんな釣られて笑い出す。

「誰がお前と結婚なんかするかよ。こんなのに騙されるなんて、お前は本当にバカだな」

竜太はゲラゲラと笑いながら、呆然としている私に全てを話した。竜太が私に近づいてきたのは、車内の仲間たちとの遊びの延長で、罰ゲームだったという。罰ゲームを受けることになった竜太は、私に近づき告白をした。そこからどんどんエスカレートし、今に至るというのだ。

「お前、全然気づかないんだもん。俺も困っちゃったよ。でも俺のこと本気で好きだったよな? 俺みたいな住む世界の違う人間と、少しの時間だけでも夢を見ることができて、お前も幸せだったろ。感謝しろよ」

そう言って、今まで竜太が撮影した私の動画をその場にいるみんなで見て、ゲラゲラと笑っている。顔から火が出そうとはこのことだ。私は恥ずかしくて何も言葉を発せない。こんな惨めなことはあるだろうか。ここから消えてなくなりたい。あの涙を流したプロポーズも、あの寝顔の動画も、全てさらされて笑い物にされている。彼らは私の動画を酒の肴にして宴会をしていたのだ。

「あ、そうそう。お前に紹介したい人がいるんだ。俺の大事な人」

竜太は無言の私に、さらに追い打ちをかけるように話し続ける。そして、ある女性を呼んだ。その女性は、私も知っている同じ部署の女性社員だった。二人は携帯電話の画面越しに私に見せつけるかのように抱き合い、熱いキスを交わす。

「紹介します。俺の本当のフィアンセです」

そう言うと同時に、周りの人々から拍手と歓声が湧き起こる。この様子から見て、おそらく私以外の人間たちは、この二人が交際していることを知っていて、私が弄ばれているのを影で笑って見ていたのだろう。なんて卑劣な人たちなのだろう。私は恥ずかしさより、怒りの感情がふつふつと湧き起こってくる。

「いい加減にしなさいよ。いくら何でもやりすぎよ。こんなこと、冗談で済ませられることじゃないわ。その人とできてるんならそれで構わない。私とは今すぐ離婚してちょうだい。その代わり、慰謝料も請求するから」

今にも泣きそうになりながらも、私は必死に声を荒げた。

「はあ? 慰謝料?

なんでお前にそんなもの払わないといけないんだ。そもそも俺たち、籍入れてないだろう」

竜太はそう言ってゲラゲラと笑っている。それに釣られるかのように、周りの人たちも笑い出す。私はその状況に耐えられず、俯いていた。そこに、一部始終を静かに見ていた私の父がゆっくりと近寄り、携帯電話の画面越しに話し始めた。

「富田君、久しぶりだね。もう私の顔を忘れてしまったか」

そう言って、父は富田部長に話しかけた。その瞬間、カメラ越しでも富田部長の顔色がみるみる変わっていくのが分かった。

「社長? どうしてここに? 」

竜太や周りの社員たちも、社長がこの場にいると知り、慌て始める。そう、私の父は私の勤めるこの会社の社長なのだ。社長令嬢である私は、その事実を周囲には知らせていなかった。人事部のごく一部の人間のみが知っていて、私から誰かに言うことはなく、部署内でもそのことは伏せていた。昔から社長の娘として扱われることも嫌だったし、忖度されることも嫌だった私は、父に頼んで娘であることを伏せ、一般社員と同じように自力でこの会社に入社した。入社してからも、周りの社員たちに気を使われるのではないかと思い、今までずっと黙っていたのだ。

私が社長の娘であることを理解すると、富田部長は慌てて駆け出した。携帯の画面から富田部長が消えたかと思うと、数十秒後には私たちがいる控室に、息を切らしながら現れた。どうやら同じ結婚式場の別室で宴会を開いていたらしい。

「し、社長。まさか社長の娘さんだとは知らずに…この度は本当に申し訳ありませんでした」

そう言って父に向かって頭を下げる富田部長。だが、父の怒りは収まらない。

「富田君、もう後の祭りだよ。もう君たちの部署は閉鎖だ」

「え、閉鎖?! 社長、そこまですることないじゃないですか」

「何を言っている。君の部署は今まで何か功績を残してきたのか?

私の知る限り、ここ数年はずっと業績は悪化の一途を辿っているじゃないか。元々閉鎖のことは考えていたが、今回のことで決断できたよ。娘もいる部署だし、もう少し様子を見ようと思っていたが、そんな必要はないみたいだしな」

父曰く、元々部署の閉鎖の話は何度か会議で上がっていたらしい。しかし、娘の私が所属している部署ということもあって、なんとか存続できていたというのだ。

「部署の閉鎖に伴い、君たちは全員解雇だ。もう明日から出社しなくていい」

父は語尾を強めて、そう言い放った。電話越しにこのやり取りを聞いていた社員たちは、呆然としている。さっきまでゲラゲラと笑っていたのが嘘かのように、場が凍りついている。

いつの間にか、竜太も私たちの控室へとやってきた。解雇を宣告されたからか、竜太は半ば逆上状態だ。

「おい、よくも俺たちを騙してくれたな。ずっと社長の娘ってことを隠して、俺たちを影で笑ってたんだろう。なんて性格が悪いんだ」

自分のことは棚に上げて私を責める竜太。あまりに一方的に攻めてくるため、私も言いたいことを言ってやろうと覚悟を決めた時、部屋の扉から誰かが入ってきた。

「竜太、もうやめなさい」

そう言って入ってきたのは、竜太の両親だった。

「お、おやじ? なんでここに? 」

元々結婚式などあげるつもりもなかった竜太は、両親も呼んでいなかったため、突然現れた自分の父と母に戸惑っている。

「私が呼んだんだよ。竜太君、かずみから君のことを聞いてちょっと心配だったから、色々調べさせてもらったよ。ご両親が海外にいるなんて嘘までついてかずみを騙したつもりかもしれないが、私まで騙せると思ったかい? 」

父は、私と竜太の交際が始まってから竜太に対して不審感を持ったようで、探偵を雇って調べ上げていたのだ。

「君のご両親、うちの子会社で働いているんだ。いつから海外赴任になったんだい?

「そ、それは…」

竜太は、全てバレていると知ると、何も言えずに言葉に詰まってしまう。

「社長、この度はうちの不出来な息子が大変ご迷惑をおかけいたしました。結婚式場のキャンセル代金は全てこちらが支払います。どうかお許しください」

そう言って、竜太のご両親は揃って父の前で土下座した。竜太は自分のために頭を下げている両親を目の当たりにして、気まずそうに目をそらす。土下座している二人を見ても、父の怒りは収まる様子はなかった。

「それともう一つ、気になることがあってな。富田君、君たちの部署でお金の使い方が気になって色々調べさせてもらったんだが、おかしなお金の動きがあってね」

父の話によると、私たちの部署のお金の使い方が車内で問題視され、秘密に行われた調査の結果、富田部長の横領が発覚したというのだ。富田部長は横領したお金で、部署の社員たちと毎晩のように飲み食いをしていたのだ。社員たちは、富田部長に全ての罪をなすりつけるように、何も知らなかったと口々に言い始める。

「な、何言ってんだお前たち。俺のお金で好き放題飲み食いした挙げ句に、こんな裏切りしやがって。とにかく全員同じだ」

「うちには君たちみたいな社員は要らん」

父はそう一括した。その後、社長である父は予告通りに、富田部長や竜太を含む私以外の部署の人間全てを解雇した。突然一つの部署がなくなって会社自体の損失になるのではないかと懸念したが、そんなことはなかった。元々大きな業績を上げていたわけでもなかったし、ただただお金がかかる部署だったのだろう。むしろ、なくなったことで会社としてはプラスに働いたようだ。その後の調査で、部署の人間たちは取引先との接待や飲食代として高額の水増し請求をしていたことも発覚する。みんな忙しいふりをして、実際の活動は報告の半分ほどだったのだ。私だけがただただ一心不乱に仕事に打ち込んでいたのかと思うと、なんだか情けなくなってくる。

竜太は解雇された後、もう二度と私の前に姿を現さないだろうと思っていたが、解雇されてからすぐに向こうから連絡が来た。

「俺たち、もう一度やり直さないか? 俺とお前の仲だろ? なあ、頼むよ。謝るからさ」

この男にはプライドというものがないのだろうか。私が社長令嬢だと知ったからだろうか。態度を一変させ、私に泣きついてきたのだ。

「人のプライベートな写真や動画を拡散させて笑い物にしたのよ。そんな人、許せるはずないじゃない。許して欲しかったら、あなたも同じように自分の動画でも拡散させなさいよ。謝罪動画の一つや二つ投稿したら、考えてみてもいいわよ」

私がそう伝えると、プライドを捨てた竜太はその日のうちに謝罪動画をアップし、私に動画を送ってきた。

「ほら、ちゃんと言われた通りにしたぞ。これで許してくれるのか? 」

「あら、誰が許すなんて言ったの?

許すも許さないも、私が決めることよ。そして、あんなことしたんだから謝罪するのは当たり前でしょ。子供でも分かることじゃない。まあ、許したからってあなたと一緒になるつもりはこれっぽっちもないけどね」

そう言って、私は竜太の連絡先を携帯から削除した。

今回の一件で、私は精神的に強くなれた。今までからは考えられないくらいに、自分の気持ちを口に出すことができるようになったのだ。引っ込み思案だったあの頃とは違う。人の言いなりだった昔の自分に教えてあげたい。自分の人生を切り開くのは、自分自身なのだと。私は今、父の会社の別の部署に配属され、いきいきと働いている。社長の娘だということも、今までのように隠さなくなった。しかし周りの人から特別扱いを受けることもない。みんな私を一人の人間として信頼し、認めてくれている。そんな素敵な仲間たちに囲まれ、今日も私の周りは笑顔で溢れている。