夕方の閉店間際、厨房から出てきた僕の前に、エリアマネージャーの彩花が立っていた。彼女は決して穏やかとは言えない表情で、売り上げの数字が書かれた書類をこちらに突き出した。
「明さん、先ほどの接客はいかがなものでしょうか。ご老人に柔らかい料理をおすすめするのは、客単価を下げる行為でしかありません」
「お言葉ですが、僕は客単価よりお客様の満足度を考えています。リピーターとして来ていただけることを期待してのことです」
「私は社長の娘です。父が求めるやり方は理解しています。こういう都心の店の営業では、あくまで効率が求められる。やり方が合わない場所で働くのはお互い不幸です。人との繋がりが強い、最果て支店で働くのはいかがでしょうか」
それが、僕にとっての左遷だった。大自然に囲まれた山奥の、時給据え置き、売上最下位の店。僕が店長を務めていた大都会店は、彩花が引き継ぐことになった。
「売上ナンバーワン店ですけど、彩花さんならさらに伸ばせますよ」
そう言って笑顔を保つのが精一杯だった。
「確かに、僕は彩花さんの求めるやり方にはフィットしなかったのかもしれない。でも、この仕事で大事なことは、どの場所でも変わらないはずだ」
そう心に誓い、僕は新たな店舗へと向かった。
「ここが最果て支店か……確かに、ボロボロだな」
看板は錆びつき、店内は薄暗い。入ってきた僕に、従業員の視線は冷たかった。
「みなさんこんにちは。今度新たな店長として赴任してきた明です。よろしくお願いします」
「あー、うす」「どうも」
全然、歓迎されていない。
「今日は現状を把握したいので、みなさん普段通りに営業してみてください」
そう言ったものの、時間が経つにつれて現実は明らかになっていった。お客さんが全然来ない。いや、お客さんどころか、道路にもほとんど車が走っていない。従業員たちは時計ばかり見ている。時間が早く経つことだけを考えている。
夕方の五時を過ぎた頃、店内に時報のチャイムが流れた。
「あ、時間になったな」「じゃあお先」「じゃあね」
店じまいの速さに、僕は呆然とした。これではダメだ。このままじゃ終わる。絶対に、終わらせない。
一方その頃、僕の後釜として大都会店の店長になった彩花は、早速問題を起こしていた。
「売上が一気に落ちてるんですけど、何があったんですか?」
そう聞いてきた本部からの問い合わせに、バイトリーダーが答える。
「赤井店長のやり方とは真逆でしたからね。赤井さんは常にお客様目線に立っていました。でも、彩花店長は店の都合を客に押し付けています。余りそうな材料があれば無理なセットメニューを作って消費しようとする。利益率の高いアルコールをしつこくおすすめする。それで店に来づらくなって、赤井さんの常連さんもみんな離れてしまいました」
「売上の低下は、あなたのそのやり方が原因です」
バイトリーダーにこんなことを言われるなんて、と彩花は唇を噛んだ。
「私、彩花さんにはついていけませんので、今月でやめさせていただきます」
「ちょ、ちょっと待って!」
彩花は焦った。まるで思い通りにならない。このままだと、父に何を言われるか分かったものじゃない。
「でも、どうせ明君も、私以上に苦しんでるはずよ」
そう自分に言い聞かせながら、彼女は日々悪化していく数字と格闘し続けていた。
その頃、僕は最果て支店で状況を変えるために動き始めていた。何もかもが絶望的なこの環境で、ただ座って嘆いているわけにはいかない。僕は車を走らせ、この地域に何があるのかを調べ始めた。
古びた農場の前に車を停めると、一人の年老いた男性が野菜を育てていた。僕は車から降り、その男性に話しかけた。すると、農場の奥から一人の女性が出てきた。アンナさんという、この土地で暮らす女性だった。
「あの、あんた、うちの農場に来て親父と喋ってるやつは、本当に店長なの?」
「はい、明です。この辺りの食材を探していて」
「なんか親父と意気投合して、いろんな野菜を試食してるんだけど、今度は漁に行くんだってさ」
「あいつは一体何をやってるんだ」
それを見ていた従業員の一人が、呆れたように言った。確かに、普通のチェーン店の店長がやることではない。でも、僕には確信があった。この場所には、物語の始まりが眠っている。
漁港でのことだった。魚の鮮度は落ちやすく、味は天下一品。思わず声が出た。
「うまい! ぜひともうちの店で出させていただけませんか?」
「あの、明さん、店に何かあったんですか?」
「いや、大丈夫です。せっかくいい食材があるなら、使わない手はないでしょ」
「で、あんた何してんだ?」
「この辺りを色々回って、名産品などを調べているんです」
「そんなのはどうせやっても無駄だろ」
「無駄なんかじゃないですよ。観光資源、食材、美しい自然。ここには素晴らしいものがたくさんある。それをうまく使えれば、あの山奥の最果て支店だって、ナンバーワンの繁盛店にできるはずです」
「マジか……この状況からてっぺん取りに行こうってのか」
「でも、川魚さんはチェーン店だろ。店長がそんな自由に材料を仕入れていいのかよ」
「先ほど上司だった方に許可を求めたら、好きにやればと、どうでも良さそうに言われました」
「はは、そりゃあ、最初から失敗すると思われてるんだな」
「そうみたいですね」
僕が苦笑いすると、料理担当のカーリーさんが、試作品の料理を持ってきてくれた。
「うちの調理担当のカーリーが作った隠しイベントだ。半分分けてやるよ」
「ありがとうございます。いただきます……あ、うまい!」
その味に、僕は感動した。カーリーさんは腕が確かだ。ただ、家族のことがあるから地元にいるだけで、本当はもっと大きな仕事ができる人物なのだそうだ。
「みそさんも、本当は都心の店で働いてたんだけどな。あいつ、ふわふわしてるから、世話焼きの保守主義な本社とは合わなくってな」
「そんなことがあったのか」
次の日、僕は三人を呼び寄せた。
「アンナさん、カーリーさん、みそさん。さっき僕は言い忘れていました。ここにある素晴らしいものは、あなた方、人材もです。是非、この店をナンバーワンにするために力を貸していただけませんか?」
「まあ、ずっと腐ってるなんて格好悪いしな。お前とチャレンジする方がずっと楽しそうだ。やってやろうぜ、店長」
「私がこの町について知ってることは、全部教えてやるよ」
こうして、僕らの挑戦が始まった。最初に手をつけたのは、小さな工場への弁当の納品だった。街外れの工場で夜勤のラインが増えることになり、食事を取る場所がないという話を聞きつけたのだ。
「夜勤用の消化のいい弁当を作れば、売れると思うぜ」
「いいですね。やりましょう」
車で客を迎えに行くサービスも始めた。廃車寸前だった迎えのバスを、アンナさんが自ら修理してくれたおかげだ。
「昔車いじってた時に、覚えた技術でよかったぜ。客をわざわざ迎えに行くなんて発想、本社のエリート様たちじゃ思いつかねえよな」
「いらっしゃいませ。お兄ちゃん、また来たの? わざわざ県外から」
「ここで食べたジビエや魚が忘れられなくてね。料理担当さんの腕もすごいし」
「どうも」
ラーメン店の店長であるみそさんのネットワークも、大きな力になった。
「お客さんを一組連れてきたぜ。ユーチューバーの緑さんだ」
「ヤッホー! 緑です。こっちに来てくれてありがとう。もう、この店の料理が忘れられなくて」
「なんのなんの。うちのチャンネル開設当初から見てくれていたみそさんの頼みとあれば、ただでさえ行くところですが、こうして店の紹介もさせてもらってます」
「いらっしゃいませ。こちら、ご予約されていたメニューになります」
「お、これはまさに、あのアニメで食べられていたものと同じもの! 再現度ハンパない!」
アニメの聖地巡礼で有名になったスポットが近くにあることも話題になり、コラボメニューまで開発された。みそさんの交渉力のおかげで、出版社とのコラボも実現した。
「好評みたいですね」
「みそさん、出版社とのコラボの交渉、ありがとうございました」
「いいよ、いいよ。向こうも地域貢献したかったみたいだったし、あとは聖地巡礼のカリスマたる緑さんが気に入ってくれれば万々歳だよ」
「コラボメニューって安直なものになりがちだけど、これは作り込みがガチですぞ。これはテンション上がりますな」
「緑さん、これどんどん宣伝してね」
「まかせて!」
ある日、バイトの子が僕に尋ねた。
「店長、どうして私たちのアイディアを次々に採用してくれるんですか? 前の本部から来た店長は真逆でした。マニュアルを守ってそればっかりで」
「マニュアルも確かに大事です。でも、ここではマニュアルを守るだけでは、いずれ赤字になってしまいます。だから、アンナさん、カーリーさん、みそさんの力が必要なんです。その上で、お客様のための原則を忘れなければ、この店はV字回復できる。そう思っています」
「たくよ。そこまで信じられたら、やるしかねえだろうがよ」
「店長、今度の祭り、うちの店も出店しようぜ。カーリーの料理のうまさを知れば、店に来てくれたり、弁当を注文する人も増えるはずだ」
「いいですね」
三人の力を借りて、最果て支店は大きく売上を伸ばした。そして、グループの店長たちを集めた、年間店舗表彰式の日がやってきた。
「店長、本当にうちらも来てよかったのか?」
「なんか、場違い感がすごいんだけど」
「大丈夫ですよ。今日は定休日ですし、せっかく頑張ったんですから、堂々と出席するべきです」
「お前、緊張してるのか、開き直ってるのか、わからねえやつだな」
「よく来れたわね。最果て支店が、なんでわざわざ東京に来てるんでしょうね」
彩花が嫌味を言ったが、僕は気にしないことにした。
「いいじゃないですか。結果で黙らせてやりましょう」
「これより、川魚荘グループ年間店舗表彰式を開催いたします。社長の挨拶です。早速ですが、各賞を発表してください」
「はい。ではまず、V字回復賞。昨年度の最下位から全国上位へと、大きな躍進を果たした、最果て支店!」
「え、やった!」
「全国480店舗中480位という最下位からの、大変なジャンプアップでした。では、明店長、ご登壇ください」
「え、マジ? 嘘だろ?」
「やべ、口元緩んじまうわ」
「あ、店長呼ばれてんぞ。さっさといけよ」
「おい、どうした?」
「そちらの方々は、我が最果て支店の頼もしい従業員さんたちです。彼女たちがいなければ、この賞は得られませんでした。アンナさんの行動力、カーリーさんの料理、みそさんの宣伝力。本当に感謝しています」
「そ、そういえば、あれって、彩花さんと同じように、左遷された子たちじゃないの? それが、V字回復の原動力の一つに……」
彩花の顔色が、さっと変わった。
「正直なところ、最果て支店は、今年にも撤退するという方針でした。ですが、これほどのV字回復を見せ、それだけでなく、地元の方々との繋がり、観光業などへの貢献など、我がグループの新たな可能性を示してくれました。明店長、それに皆さん、ありがとうございました」
「あれ? アンナ、うるっときてるだろ」
「うるせえ。ほら、店長もらってこい」
「はい、ありがとうございます」
壇上で表彰状を受け取りながら、僕はこの瞬間のことを噛み締めていた。あのボロボロだった店が、ここまで来るとは。
「でも、V字回復賞なんて、前年度の成績が低かった店しかもらえない賞。本当に栄誉のある賞は、次よ」
「では、次に、店舗売上年間ランキングを発表いたします」
「大都会店に決まってるわ。来い来い」
「最果て支店!」
「あ……」
「よし!」
「さ、さすがですね。彩花エリアマネージャー兼店長」
「当然よ。あ、ビビったけど……でも、なんとか面目は保てたわ」
「おめでとうございます。今のお気持ちは?」
「V字回復を成し遂げた明店長の手腕は素晴らしいですが、やはり彼のような特殊な方法に頼るよりも、地道にマニュアル通りに業務を実行すること。それが大事だと思います。この売上が、その大事さを証明したと言えるでしょう。結果が全てですから」
「ぐっ……」
「本当にそうかな」
「え?」
「では、続いて、顧客満足度を発表します」
「はい。続いて、リピーターの多さ、それに、クレームの少なさです。ランキングはこちらになります」
「な、なにこれ?」
「何ですかこれ? チェーンを存続するのに、何よりも大事なのは売上です」
「果たして、そうでしょうか」
「え、パパじゃない……社長」
「売上だけ高くて、顧客満足度が低い。これは恐ろしいことです。これは、エリアマネージャーとしての権限を使い、売上を何とかして伸ばすため、お客様の満足からはほど遠いキャンペーンなどを打ったからではないですか? 長期的な展望を持たずにそういうことばかりすると、お客様は離れていく。それは、今のリピーターの少なさに現れています」
「都にある大都会店が、最果て支店より圧倒的に有利なのは当たり前ですし、特に大都会店へのクレームはひどいものですね。食事が終わっていないのに、すぐに次の注文を迫られる。水が減っていなくても、ドリンクをしつこくすすめられる」
「だ、だって、客単価を上げないと……大体、クレームなんて、どこにでもあるでしょ! 最果てだって、きっと……」
「えっと、あ、確かに、ありますね。ですが……」
「ほら! なんていうやつ」
「いえ、なんでもないです……」
「それに、彩花エリアマネージャーは、明店長のやり方を特殊と言いましたが、彼の基本的なやり方は、大都会店の店長の頃から何も変わっていません。徹底したお客様ファースト。歯が弱くなったご老人には柔らかい料理をすすめる。お客様をよく観察し、心地よい空間を提供する。ただそれだけのことです」
「で、でも、そんな細かいサービスなんて、いちいち対処できないですよ! 私はエリアマネージャーもしていて、店を細かく見る余裕も……」
「店長を兼任すると言ったのは、あなたでしょ?」
「え……」
「それに、忙しいなんてのは、ただの店側の都合です。お客様には、関係ありません」
「ちょっと質問なんだが、大都会店の売上は、明店長が店長だった時と比べて、どうなんだい?」
社長の問いかけに、本部の社員が答えた。
「はい。大きく売上を落としていますね」
「あ、それはつまり……おい、なんだ。あいつより、うちの店長の方が上だったってことじゃん。わかりやすいな」
店内がどっと沸いた。
「補足すると、去年の顧客満足度、リピーターの多さ、クレームの少なさの全ては、大都会店がナンバーワンでした。店長が変わった途端、最下位にまで落ちたのです」
「する補足……」
「売上が下がったのは、物価上昇による客離れなど、いろんな要因があって……」
「そんなの、どこの店舗だって同じだろう? どこの店だって、いろんな事情があって、売上を伸ばそうとしてる。最果て支店に来た明店長は、あんたとは圧倒的に不利な状況にいた。でも、少しも言い訳せず、打開策を探った。パパの元でぬくぬくと育って、失敗すりゃ言い訳。そんな人間とは、違うってことさ」
「アンナ、熱い……」
「う、うるせえ」
「それにあれだよ。彩花さんには、明店長だけじゃなく、みそさんにも世話になったからな」
「あんな完全な、プライドの粉々になるまでの敗北。明君に負けたくないと思って、売上を伸ばそうとしたのが、ああなるとは……」
「明君にお願いがあります」
社長が、壇上からこちらを見つめていた。
「あなたの力を生かし、関東統括部長となって、我がグループのさらなる飛躍に力を貸していただきたいのです」
「え、関東統括部長って、エリアマネージャーの一つ上だよね? ってことは……」
「私の上司になるってこと? そんな!」
「ちょ、ちょっと待って! 異例の人事なんて、さすがにそれは、少しは私の立場も……」
「結局、お前は親に頼るのか。結果が全てなんじゃないの?」
「彩花。親としても、一人の社会人としても言いたい。明君の元で、大切なことを学び直すべきです」
「うっ……」
その後、彩花はプライドの高さゆえに、現状に我慢がならず、退職していった。それから就職するも、人間関係がうまくいかず、連戦連敗の日々。社長令嬢でなければ、自分は何者でもないと痛感する日々を送っているようだ。僕が移動を告げられた際に一緒にいた店長二人も、彩花に習って強引なやり方で売上を落としていたらしく、彩花の退職に伴い、会社にいづらくなって辞めていったようだった。
そして、僕はというと。
「ありがとうございました!」
「ふう、本日も大盛況だったな。しかしどうした、店長。本当に本部に戻らなくてよかったのか? 関東統括部長って言ったら、将来の役員は確実だろ」
「どこにいても、お客様のために働くことはできますから」
「明店長、真面目だなあ。ここでアンナさんと離れたくなかったんです、とか言えば、みんながぐっと来たんじゃないの?」
「は? 何を言ってるんだ、お前は」
「店長、試作の料理ができたから食べてほしい!」
「おい、カーリー。抜け駆けすんじゃねえよ」
「ははは」
何かよく分からないけど、諦めなければ、逆転はある。
それが、僕たちの証明した答えだ。
