「勝手に敷地に入るなよ」
その日、息子の直樹から放たれた言葉は、私の心に深く突き刺さった。朝の柔らかな日差しが窓から差し込む中、私は孫の顔を見に行こうと支度をしていた。薬剤師として働き始めて三十九年。今日は珍しく午後からの勤務だった。久しぶりに孫と一緒に昼食でも、と思い立って息子の家へ向かった。歩いて十分ほどの距離だ。
玄関でインターホンを押すと、嫁の千春が姿を現した。
「あら、お母さん、今日は何かご用ですか?」
「孫の顔を見に来たんですけど、お邪魔だったかしら」
すると千春の表情が急に固くなった。
「お母さん、前にもお話ししました。事前予約をお願いしますって」
「え、でも義父さんは自由に出入りしていますけど」
その時、奥から直樹が出てきた。
「母さん、父さんには合鍵を渡してあるんだ。でも母さんは事前予約って言っただろう。勝手に敷地に入るなよ」
同じ親なのに、なぜこんな差をつけられるのだろう。私は言葉を失った。
—
その夜、私はひとりでこれまでのことを振り返っていた。息子の直樹が生まれてから三十八年間、私は薬剤師として働きながら家族のために尽くしてきた。直樹の大学までの教育費、約千万円は、ほぼ私の収入から捻出した。夫の義雄は「男は大黒柱だから」と言って、自分の給料は自分の趣味に使っていた。さらに義父母の介護も五年間、私ひとりで担った。夜勤明けでもそのまま義父母の家に通い、身の回りの世話をしていたものだ。
それなのに、今の扱いはどうだろう。
「お父さんは毎日うちで夕食を食べていますよ。お酒も好きなだけ飲んでいます」
千春の言葉が頭から離れない。一方の私は、月に一度の訪問許可。しかも滞在時間は十五分限定だという。
ある日、思い切って直樹に理由を聞いてみた。
「母さん、父さんは男だから合鍵があって当然でしょ。母さんはまあ、外の人みたいなものだから」
外の人。その言葉を聞いた瞬間、私の中で何かが音を立てて崩れていった。三十八年間育てた息子から、私は「外の人」と呼ばれたのだ。
—
その後、息子夫婦から渡された「訪問規則」を見て、私は言葉を失った。まず、訪問希望日の一週間前までに所定の申請書を提出すること。その申請書には、訪問理由、滞在予定時間、持参物の詳細まで記載しなければならない。
「お母さんは時間にルーズだから、きちんと管理が必要なんです」
千春はそう言いながら、ノートを私に手渡した。中を見ると、過去の私の訪問記録が事細かに記されていた。
「三月十五日、予定より十分遅れて到着。理由は道路渋滞と主張するも、その時間帯に渋滞は確認されず」
まるで犯罪者の監視記録のようだ。私は震える手でページをめくった。
さらに驚いたのは、金銭面での扱いの差だった。
「お父さんには毎月十万円のお小遣いを渡しています。お母さんからは十五万円お願いします」
「なぜ私の方が多いのですか?」
「お母さんは医療関係者でしょう。収入も多いはずです。それにお父さんは家族ですから」
また「家族」という言葉で私を除外する。
孫へのプレゼントも事前審査が必要だと言われた。
「お母さんの選ぶものは、教育上良くないものが多いんです。この前の絵本も内容が過激でした」
私が選んだのは、普通の動物の絵本だった。千春は「暴力的なシーンがある」と却下した。一方、義雄が買ってきた水鉄砲のおもちゃは大歓迎されていた。
「お父さんは男の子の気持ちが分かるから」
そんな理由で済まされてしまう。
—
ある日、私は勇気を出して、家族みんなでの食事を提案した。たまには私の手料理を食べてもらいたくて。
すると千春は眉をひそめた。
「お母さん、最近、物忘れが多いでしょう。味付けも変わってきているみたいです。この前、お醤油とソースを間違えたって、お父さんから聞きました」
それは義雄が勝手に調味料の場所を変えたせいだった。でも、そんな言い訳は聞いてもらえなかった。
「認知症の疑いもあるかもしれませんね。一度、検査を受けた方がいいのでは?」
千春の冷たい視線が私を刺した。
最も傷ついたのは、孫との関わり方についての制限だった。
「お母さんは不潔だから、孫に触らないでください」
「え? 私、毎日お風呂に入っていますし、清潔にしています」
「でも病院で働いているでしょう。いろんな菌を持っているかもしれません」
薬剤師として衛生管理には人一倍気を使っている私に対して、こんな因縁をつけるのだ。一方で、義雄は孫を抱きしめ放題だ。
「お父さんは違います。もう仕事もしていませんし、安全です」
この二重基準に、私は怒りを通り越して悲しくなった。
ある時、千春が決定的な一言を放った。
「正直に言いますね。お母さん、あなたは家族というより、監視対象なんです」
「監視対象?」
「はい。何をするか分からない危険な存在として見ています。だから管理が必要なんです」
その瞬間、私の中で張り詰めていた何かが、プツンと切れる音がした。私は薬剤師として三十九年間、患者のために働いてきた。息子のために全てを捧げ、家族のために尽くしてきた。それなのに、私は「危険な存在」で「監視対象」とまで言われるのか。
—
理不尽はまだ続いた。ある日、息子の家に書類を届けに行った時のことだ。事前予約をして、許可をもらっていた。しかし玄関で千春に止められた。
「お母さん、靴を脱ぐ前にこれを履いてください」
渡されたのは使い捨ての靴カバーだった。
「これは何のために?」
「感染予防です。お母さんは病院勤務ですから」
私は唇を噛みながら、靴カバーを履いた。家の中に入ると、さらなる制限が待っていた。
「お母さん、このラインから先には行かないでください」
リビングの入り口に赤いテープが貼られていた。
「孫はリビングで遊んでいるので、感染予防のためです」
私は廊下に立ったまま、遠くで遊ぶ孫を見つめることしかできなかった。
しばらくすると、孫が私の足元に来て手を伸ばしてきた。私も思わず手を伸ばそうとしたが、千春が鋭い声をあげた。
「触らないでください! お母さんは汚いんです!」
孫は驚いて泣き出した。私の心も深く傷ついた。
「汚いって……。私のどこが汚いというのですか?」
「病院の菌、薬品の匂い、全てです。お父さんとは違います」
もう我慢の限界だった。
—
その夜、私は義雄にこれまでのことを相談した。長年連れ添った夫なら、きっと私の味方をしてくれると信じていた。
「義雄さん、聞いてください。千春さんに監視対象だなんて言われて……」
夫は新聞から顔を上げることなく、つぶやいた。
「お前が嫌われるのは自業自得だろ。俺はうまくやってるんだ。お前も少しは気を使えばいいのに」
「でも、私だけ制限されるなんておかしくないですか?」
すると夫は急に声を荒げた。
「俺の立場を悪くするな! せっかく息子夫婦と良い関係を築いているのに、お前が波風を立てたら台無しだ!」
私は言葉を失った。夫は続けた。
「第一、お前は空気が読めない。千春さんが嫌がることばかりする」
「私が何をしたというのですか? 孫に本を買って読み聞かせたり、料理を作ろうとしたり」
「向こうには向こうのやり方があるんだ」
「でも義雄さんは好きなだけ孫と遊んでいるじゃないですか」
「それは俺が信用されているからだ。お前とは違う」
夫の言葉は私の心に深い傷を残した。三十八年間、苦楽を共にしてきた夫が、私を差し置いて息子夫婦の味方だったのだ。
「義雄さん、私たちは夫婦でしょう。なぜ私だけが差別されなければならないのですか?」
「差別じゃない。区別だ。お前が問題を起こすから、向こうも警戒するんだ」
「問題なんて起こしていません」
「お前はいつもそうだ。自分は悪くないと言いはる。だから嫌われるんだ」
夫との会話は平行線を辿るばかりだった。最後に、夫は吐き捨てるように言った。
「とにかく、余計なことはするな。俺の老後の楽しみを奪うな」
—
翌週、息子夫婦から家族会議の召集があった。指定された日に息子の家を訪れると、リビングに通された。そこには息子夫婦が、まるで裁判官のように並んで座っていた。
「母さん、今日は大事な話がある」
直樹が切り出した。表情は固く、まるで他人と話すような口調だった。
「これからのことをはっきりさせておきたいんだ」
千春が書類を取り出した。そこには「家族ルール」と書かれていた。
「お母さんには、これを守っていただきます」
内容を見て、私は息を飲んだ。
・訪問は月一回まで、事前予約必須。
・滞在時間は一時間以内。
・孫との身体接触は禁止。
・プレゼントは事前承認制。
・金銭援助は月十五万円を指定口座に振り込み。
・家族行事への参加は招待制。
・緊急時以外の電話連絡は禁止。
「これは、あまりにも酷すぎます」
「母さん」
直樹が私の言葉を遮った。その目は冷たく、私を見据えていた。
「はっきり言うよ。母さんは、もう家族じゃない」
その瞬間、部屋の空気が凍りついた。私の耳には、自分の心臓の音だけが響いていた。
「母さんは外の人として接してくれ。これが僕たち夫婦の結論だ」
千春も頷いた。
「そうです。他人なんですから、ちゃんと距離を保ってください。お父さんは家族ですけど、お母さんは違います」
義雄はただ黙って頷いていた。むしろ満足そうな表情さえ浮かべていた。
「他人ですか?」私は震える声で確認した。
「ああ。血は繋がっていても、もう家族じゃない。これまでの関係性を見直した結果だから」
直樹の言葉には一片の情もなかった。
「三十八年間、あなたを育ててきた母親が他人ですか?」
「過去は関係ないでしょう。今後の話をしてるんだよ」
千春が書類を私に突きつけた。
「これにサインしてください。以上です」
私は書類を手に取った。手が震えて、文字が滲んで見えた。でも内容ははっきりと分かった。私を家族から排除する、残酷な宣告だった。
その時、私の中で何かが変わった。悲しみが、怒りが、そして最後には静かな決意に変わっていくのを感じた。
「分かりました」
私は立ち上がった。三人の驚いた顔が見えた。
「他人として扱われるなら、私も他人として行動させていただきます」
「母さん、感情的にならないで」
「感情的? いいえ、とても冷静です。他人として合理的に行動するだけです」
そう言い残して、私は家を出た。玄関で振り返ることはしなかった。
—
帰り道、私の心は不思議なほど落ち着いていた。
そう、私は他人なのね。口に出してみると、むしろすっきりした。
なら、他人としてするべきことをしましょう。
その夜、私はひとつの決意を固めた。家族と呼ばれない人間に、家族としての義務はない。そして、他人には他人の生き方がある。
私は静かに、次の行動を考え始めた。
家族会議から戻った私は、すぐに行動を開始した。まず、家にある重要書類を全て確認することから始めた。
金庫を開けると、そこには私が忘れかけていた真実があった。土地の権利書。そこにははっきりと、私の名前が記されていた。
息子夫婦が住んでいる土地は、実は私の父から相続した土地だったのだ。当時、義雄夫には資力がなく、私の土地に家を建てることで、やっと息子家族の家が実現したのだった。
そういえば、この件について、何も相談されたことがない。私は苦笑した。家族でないなら、土地を無償で使わせる理由もない。
次に確認したのは預金通帳だった。薬剤師として三十九年間働いた私の退職金三千万円は、全て私名義の口座に入っている。さらに父から相続した資産も合わせると、五千万円の現預金資産があった。
他人なら、これを上げる必要もないですね。
それから、私は信頼できる弁護士の元を訪れた。
「松田さん、つまり、土地の明け渡しを要求したいということですか?」
「はい。息子夫婦には、私は他人だと言われました。他人に無償で土地を貸す理由はありません」
弁護士は私の話を聞いて、深く頷いた。
「法的には全く問題ありません。むしろ、今まで無償で使わせていたことの方が、税務上の問題になりかねませんね」
「どのくらいの期間で明け渡してもらえますか?」
「通常なら六ヶ月ですが、親族関係ということで、三ヶ月の猶予を設けるのが妥当でしょう」
私は必要な書類の作成を依頼した。
—
その後、不動産会社も訪れた。
「都心に近い、駅から徒歩五分のマンションをお探しですか?」
「はい。一人暮らしには十分な、セキュリティのしっかりした物件を」
良い物件がすぐに見つかった。ワンルームの高級マンション。管理も行き届いており、同年代の入居者も多いとのことだった。
「来月から入居可能です。松田さんのような方なら、審査も問題ないでしょう」
全ての準備を進めながら、私は不思議な解放感を味わっていた。他人として扱われることで、むしろ自由になれたのだ。
最後の準備は、職場での相談だった。
「松田さん、そんなことがあったんですか?」
後輩の薬剤師たちは、私の話に驚いていた。
「でも松田さんなら、どこでも歓迎されますよ。うちの系列病院でも、ベテラン薬剤師を探していますから」
ありがたいことに、新居の近くの病院で働けることになった。
—
準備を終えた夜、私は静かに夕食の支度をした。義雄は相変わらず、息子の家で夕食を食べているようだ。
「これが、この家での最後の夕食ね」
私は自分のために、好きな料理を作った。誰に気を使うこともなく、自分の好みの味付けで食事を楽しんだ。
それから、私は手紙を書き始めた。家族宛てではなく、関係者宛てに。内容は事務的に、必要事項だけを記した。
・土地の明け渡し期限
・私の転居先は非公開であること
・今後の連絡は全て弁護士を通すこと
そして、最後に一言だけ添えた。
「他人として扱われた以上、他人として行動いたします」
手紙を封筒に入れ、テーブルの上に置いた。
今夜、私はこの家を出ます。三十九年間の薬剤師人生で築いた財産と、新しい人生への希望を持って。
さようなら。
私は誰もいない家に向かって、静かにつぶやいた。もう振り返ることはない。他人には、他人の生き方があるのだから。
—
深夜二時、私は音を立てないように荷物をまとめた。必要最小限の衣類と、大切な書類だけ。三十八年間暮らしたこの家に、未練はなかった。
玄関を出る前にもう一度、手紙を確認した。
「義雄様、直樹様、千春様。もう、家族へとは書けません」
静かにドアを閉め、待たせていたタクシーに乗り込んだ。
運転手が尋ねる。
「お早いですね。旅行ですか?」
「いいえ、新しい生活の始まりなんです」
夜明け前の道路を走りながら、私は清々しい気持ちでいた。
朝七時、義雄が起きてきて、私の姿がないことに気づいたようだ。その頃、私はホテルで朝食を取っていた。
後から弁護士に聞いた話では、手紙を読んだ義雄は真っ青になって息子に電話をかけたそうだ。
「大変だ! 澄子が出ていった!」
「何を言ってるんだ、父さん。母さんがそんなことするわけない」
「手紙がある! 土地を明け渡せって!」
その瞬間、電話の向こうで千春の悲鳴が聞こえたそうだ。
「土地? 何の話ですか?」
慌てて手紙を確認した息子夫婦は、ようやく事の重大さに気づいたのだった。
「三ヶ月以内に土地を明け渡すこと。これ、本当なのか?」
「お母さんの土地だったなんて、聞いてません」
千春の声が震えていたと、後で義雄が弁護士に話していた。
「すぐに母さんに連絡を!」
電話に出ない。メールも返事がない。
—
三日後、息子夫婦は弁護士事務所に現れた。
「母の居場所を教えてください」
「申し訳ございませんが、依頼人の指示により、居所は非公開です」
「でも、話し合いが必要です」
弁護士は冷静に対応した。
「あなた方は、松田澄子様を他人として扱うよう言われたそうですね。他人同士の交渉は、代理人を通すのが適切です」
千春が泣き崩れた。
「そんな……。お母さんに謝りたいんです」
「謝罪されるなら、書面でお願いします」
一週間後、引っ越しを終えた私の元に、息子夫婦からの手紙が転送されてきた。
「母さん、ごめんなさい。僕が間違っていました。もう一度、家族としてやり直したいです」
「お母さん、私が悪かったです。どうか許してください」
私は手紙を読んで、静かに微笑んだ。でも、返事を書く気にはなれなかった。
—
二週間が過ぎた頃、息子夫婦はついに私の住まいを突き止めた。マンションのロビーで、彼らは必死に頼み込んできた。
「母さん、お願いします。土地の件は考え直してください。私たちが悪かったんです。もう一度、チャンスをください」
千春も涙を流していた。
「お母さん、本当に申し訳ありませんでした。これからは、本当の家族として……」
私は落ち着いた声で答えた。
「あら、私に何かご用ですか?」
「母さん、すみません……」
「どちら様でしたか? 私、他人の名前は覚えが悪くて」
直樹の顔が青ざめた。
「母さん、僕だよ。息子の直樹だよ」
「ああ、以前、家族だった方ですね。でも、あなた方は私を他人だとおっしゃいました。それに、他人に土地を無償で貸す理由はありません」
私は千春の方を向いた。
「それに、事前予約はされましたか?」
「え?」
「他人が会いに来るなら、事前予約が必要でしょう。あなたが決めたルールです」
千春は言葉を失った。
「母さん、本気なの?」
「ええ、本気です。あなた方が私を他人扱いした時から、これは決まっていたことです」
私は踵を返して、エレベーターに向かった。
「待って、母さん!」
振り返ることなく、私はエレベーターに乗った。扉が閉まる瞬間、崩れ落ちる息子夫婦の姿が見えた。
—
その夜、義雄からも電話があった。
「澄子、いい加減にしろ。家族なんだから」
「あら、義雄さん。私を家族と呼ぶのは、矛盾していませんか?」
「何を言ってるんだ?」
「息子夫婦の前で、私が他人だということに同意されました。それは、他人の妻というのも変な話ですから、離婚届を送らせていただきます」
電話の向こうで、義雄が息を飲む音がした。
数日後、土地の明け渡しについて、息子夫婦は必死の抵抗を試みた。別の弁護士を立てて、交渉してきたのだ。
「長年住んでいる以上、権利があるはずだ」
しかし、私の弁護士は冷静に対処した。
「使用貸借契約で、いつでも返還を求められます。むしろ、今まで固定資産税も払わずに住んでいたことが問題です」
結局、息子夫婦に勝ち目はなかった。
最後の切り札として、彼らは孫を連れて再びマンションに現れた。
「バーバ」
幼い孫の声に、一瞬心が揺れた。でも、千春が孫に指示を出すのが聞こえた。
「ちゃんとお願いしておばあちゃんに許してもらうのよ」
孫を利用する卑劣さに、私の決意はより固くなった。
「申し訳ありませんが、お引き取りください」
「母さん、孫に会いたくないの?」
「会いたいですよ。でも、他人の子供に勝手に会うわけにはいきません」
私は管理人を呼んだ。
「すみません。この方たちが帰らないので」
管理人が来ると、息子夫婦は諦めて帰って行った。
—
こうして、私の完全なる逆転は成功した。
新居での生活が始まって、三ヶ月が経った。私の人生は、想像していた以上に輝かしいものになっていた。
朝は大きな窓から差し込む朝日で目覚める。誰かの顔色を伺うこともなく、自分のペースで朝食を楽しむ。この当たり前のことが、こんなにも幸せだとは思わなかった。
新しい職場の同僚たちは、私を心から歓迎してくれた。
「松田さんの薬の知識は本当にすごいですね」
「患者さんへの対応も素晴らしいです。うちに来てくれて、本当に良かった」
三十九年のキャリアが正当に評価され、必要とされる喜び。これが、本来私のいるべき姿だった。
週末は、薬剤師の知識を生かしたボランティア活動に参加している。高齢者向けの服薬指導教室では、私の説明を熱心に聞いてくださる方々がいる。
「松田先生のお話、とても分かりやすいです」
先生と呼ばれることに、最初は戸惑ったが、今では自然に受け入れている。私の知識と経験が誰かの役に立っている。それだけで、何より嬉しい。
マンションの住人との交流も始まった。同じ階に住む元教師の田辺さんと、元看護師の上杉さん。三人で始めた読書会は、今では十人以上が参加する楽しい集まりになっている。
「松田さんの選ぶ本は、いつも考えさせられます」
「医療の視点からの意見、とても勉強になります」
尊重され、扱われるべき者として扱われる。当たり前のことが、こんなにも心地よいものだとは。
—
ある日、偶然にも町で千春を見かけた。やつれた顔で、スーパーの特売品を必死に探している姿。以前の威勢はなかった。
後で聞いた話では、土地を失った息子夫婦は、高額の家賃に苦しみながら賃貸アパートで生活しているそうだ。義雄からの援助も期待できず、千春はパートに出始めたとか。
因果応報とは、このことだろうか。私は特に同情も感じなかった。他人の生活に、興味はない。
義雄も、一人暮らしを始めたそうだ。息子夫婦も、合鍵を渡していた父より、土地を持っていた母の方が大切だったことに、ようやく気づいたのだろう。今では義雄も事前予約制になったと聞いた。自分がしたことが、そのまま帰ってきただけのこと。
私は新しい生活を、心から楽しんでいる。先月はボランティア仲間と京都旅行に行った。誰の許可もいらない、自由な旅。美しい紅葉を眺めながら、私は心の底から解放感を味わった。
「松田さん、次は北海道に行きましょう」
「いいですね。私、ずっと行きたかったんです」
行きたい場所に行き、会いたい人に会い、やりたいことをやる。六十三歳にして、手に入れた本当の自由だ。
時々、息子夫婦から手紙が届く。もう読むこともなく、そのまま処分している。他人からの手紙に、興味はない。
—
最近、新しい趣味も始めた。若い頃から興味があった、陶芸だ。
「松田さん、センスがありますね」
先生に褒められて、まるで少女のように喜んでしまった。作品を褒められることが、こんなにも嬉しいなんて。
銀行の残高を見るたびに、安心感に包まれる。五千万円の資産は、私だけのもの。誰かに渡す必要もない。私の老後を支える、大切な財産だ。他人には、財産を渡す義理はありませんから。
最近では海外旅行の計画も立てている。ヨーロッパの美術館巡り。ずっと夢だった。
息子夫婦の現状について、時々耳に入ってくる。経済的に苦しく、夫婦仲も悪化しているとか。でも、それは他人の話。私には関係ない。
ある日、私の話を聞いた友人が言った。
「松田さんの決断は正しかったと思います。理不尽な扱いに我慢する必要なんてない」
「ええ、今思えばもっと早く決断すべきでした。でも、今が幸せなら、それでいいじゃないですか」
その通りだ。過去を悔んでも仕方がない。大切なのは、今と未来。
家族だからと言って、どんな扱いも我慢する必要はない。他人扱いされたなら、他人として堂々と生きればいい。差別や理不尽な扱いを受けている人がいたら、どうか諦めないでほしい。あなたには、自分を守る権利がある。そして、幸せになる権利もある。
私のように、遅すぎることはない。今日から、新しい人生を始められるのだ。
事前予約、他人、監視対象。かつて私を傷つけた言葉は、今では私を自由にしてくれた、魔法の言葉となった。
最後に、ひとつだけ言わせてください。他人扱いした人を、後から家族と呼ぶことはできません。鍵を渡さなかった扉は、二度と開くことはないのです。
これが、私の完全勝利の物語。
今、私は心から言える。私は、本当に幸せです、と。
