私の名前はゆい。五十三歳になる。今日は、私と息子を裏切った最低の夫の話をしようと思う。あれは今から十年ほど前のことだ。
当時は、夫と高校卒業間近の息子との三人暮らしだった。夫は単身赴任で、ほとんど家に帰ってこなかった。週に一度か二度帰ってきても、すぐに友人たちとゴルフや飲みに出かけてしまい、家族でどこかへ出かけることなど、ほとんどなかった。
そんな夫に不満を言うと、決まってこう言われた。お前たちの生活を支えるために、俺がどれだけ仕事を頑張ってると思ってるんだ。せっかくの休みにリフレッシュしないで、いつ休めっていうんだよ。聞く耳を持ってくれなかった。
しかも夫は、ほんのわずかな生活費しか渡してくれなかった。息子に不自由な思いをさせたくなかった私は、足りない分をパートを掛け持ちして必死に埋め合わせていた。なぜこんなにも夫との間に上下関係があるのか。理由は単純だった。うちが貧しかったからだ。
私の実家は母子家庭で、お世辞にも裕福とは言えなかった。夫や義両親は、貧しい母子家庭の出身だという理由だけで、初めから私のことを見下していた。唯一の頼りだった母は、私が結婚すると安心したのか、すぐに亡くなってしまった。夫は家にいない。私は長い間、ずっと孤独だった。息子だけが、私の生活の希望だった。
そんな苦しい毎日を送っていたある日のこと。玄関のチャイムが鳴った。不審に思いながらドアを開けると、そこに見知らぬ老人が立っていた。その老人は、玄関先でいきなり号泣し始めた。そしてこう言ったのだ。
ゆい、お前のお父さんだよ。どうかお父さんを許しておくれ。
父と母は私が幼い頃に離婚し、それ以来、父とは一度も会ったことがなかった。離婚の理由は、父が仕事ばかりで家庭を顧みなかったからだと聞かされていた。父がどうやって私たちの住所を調べたのかは分からない。しかし、目の前で泣き崩れる父を見て、これまで抱いていた恨みや怒りの感情が、不思議と消えていくのを感じた。私は父を、そのまま家に招き入れてしまった。
それから何度か会ううちに、息子も一緒に父に会うようになった。次第に父と私と息子は、心を通わせるようになっていった。
父と再会できたこと。一人寂しく暮らしている父と、息子も連れて定期的に会っていることを、夫に報告した。夫は少し驚いた様子だったが、俺は別に関係ないから、勝手に会えばいいと言って、また友人たちと出かけてしまった。
ある日、夫がスマホを忘れて出かけてしまった。机の上に置かれた夫のスマホを見つめているうちに、不安な気持ちが湧き上がってきた。実は夫とは、もうずっと夫婦関係がなかった。疲れているからと拒まれてからというもの、傷つくのが怖くて、私から誘うこともなくなっていた。もう十年以上も前のことだ。夫も疲れているだけ。いつかまた私の方を向いてくれる。その確信が欲しくて、ついスマホを覗いてしまった。
そして、激しく後悔した。
夫は真っ黒だった。会社の女性社員と不倫していたのだ。見たくないのに、スクロールする指を止めることができなかった。どれだけの時間が過ぎただろうか。それでも、二人のやり取りを遡るには足りない時間だった。それほど長い間、二人は不倫していたのだ。
目の前が次第に暗くなり、そのまま私は気を失ってしまった。
目を覚ますと、帰宅した息子が、倒れている私を見て心配し、駆け寄ってきているところだった。大丈夫だから、心配しないでと言うと、私のそばに夫のスマホがあるのを見た息子は、こう言った。
母さん、もしかして、やっと気づいたんだ。あの男の裏切りに。
あの男。夫のことをそう呼んだことに私が驚いていると、息子は続けた。
母さん、ごめん。ずっと前に気づいてたんだ。でも、あんなクソ野郎でも、母さんは諦めずに、なんとか家族になろうとしてきたじゃないか。もし母さんがこのことを知ったら、きっとおかしくなってしまうんじゃないかと思って、怖くて、ずっと言えなかった。あんな男でも、いつか父親らしく、母さんと俺に向き合ってくれるんじゃないかって、諦めたくなかったんだ。でも、もう無理だよね。ずっと言えずにいて、ごめん。
そう言って、息子はぽろぽろと泣いた。
私は、夫の裏切りを知った時以上にショックを受けた。息子は、長い間夫の裏切りを知っていながら、私を気遣って知らないふりをしていたのか。そう思うと、胸が張り裂けそうだった。私は息子と抱き合って、一緒に声を上げて泣いた。
そして、私は夫に復讐を誓った。
息子を大学まで行かせて、息子が独り立ちしたら、離婚しよう。私は息子にそう伝えた。すると息子は、大学には行かないと言うのだ。大学には行かず、早く社会に出て自立したいのだと。
私は、学歴社会の日本で大学に行かなければ今後の人生で苦労すること。息子を大学まで行かせるだけの資金はしっかり貯めているから、お金のことは心配しなくていいと言った。それでも息子は聞こうとしなかった。
困り果てた私は、息子を説得してもらおうと、父に来てもらうことにした。夫の裏切りのこと、息子の進路のことを、全て父に話した。長年一緒に暮らしてこなかった父に全てを打ち明けるのは戸惑いもあったが、他に頼れる人もいなかった。今更ながら父に甘えたいという気持ちもあった。
父は私の話を黙って聞いた後、じっと息子の瞳を見つめた。そして、しばらく二人にしてくれと言った。
しばらくして私が戻ると、息子はキラキラした瞳で言った。
母さん、やっぱり俺、働く。じいちゃんが会社を紹介してくれるって。
私はてっきり父が息子を説得してくれると思っていたので、父に詰め寄った。すると父は、何も心配しなくて大丈夫だと微笑むのだった。
その微笑みの理由が知りたくて父に話を聞いた私は、それならと納得した。
その後、夫が単身赴任で家にいない間に探偵を雇い、完璧な証拠を揃えてもらった。探偵費用は重かったが、父が負担させてくれと言うので、その厚意に甘えることにした。そして、義実家に内容証明郵便を送り付けてやった。
すると、その日の夜、顔を真っ赤にした夫と義両親が、家に押しかけてきた。夫は私を殴りかかるかのような勢いだったが、寸前のところで義両親に止められていた。夫が声にならない声でまくし立てるので、話にならないとばかりに義母が前に出てきて、こう言った。
ゆいさん、多めに見てあげなさいよ。随分長い間、養ってあげたでしょう。それに、あなた、うちの息子と離婚して、どうやって生きていくつもりなの? ご実家は母子家庭で、お母様ももう亡くなられて、頼るところもないじゃない。うちの息子から慰謝料もらって、離婚でもするつもり? その慰謝料で、あなた一生生きていくつもりなの?
義母が気持ちよさそうにまくし立てるのを、一通り聞いてあげた後、私は事前に用意しておいた離婚届をすっと机の上に置き、こう言った。
慰謝料はいりません。もとより、夫からはほんのわずかなお金しかもらっていませんでしたから。その代わり、今後一切、私と息子に近寄らないでください。
どこにも頼るところのない私が、離婚なんて望むはずがないと高をくくっていたのだろう。夫も義両親も、離婚届を見て驚いていた。しかし、慰謝料はいらないという言葉に、夫はぴくりと反応したようだった。急に冷静になり、お前がそう言うなら仕方ないなと、離婚に同意したのだ。
息子の大学費用はどうするんだと義両親が言うと、離れたところから話を聞いていた息子が進み出て、大学には行かないで働くと言った。義両親と夫は、やっぱりお前の息子だな。大学に行かないなんて発想、うちの家計じゃまずありえないからな、と言って散々私たちを馬鹿にした後、さっさと出ていった。
そしてその次の日、今度は夫の職場と不倫相手の自宅宛てに内容証明を送り付けてやった。
ダブル不倫だったので、相手方の旦那さんが激怒し、夫の職場に乗り込んできて大波乱になったようだ。なんとか復縁してくれと、義両親が夫を引き連れてやってきて、土下座までされたが、私は問答無用で追い返してやった。夫は十年以上も不倫していたから、相手方から巨額の慰謝料を請求された上に、会社も解雇されたそうだ。
実はあの日、父は微笑んだ後、私にこう言ったのだ。
私はね、会社の社長をやっているんだ。これまで何度も、お前の母さんに援助を申し出たんだが、断られてしまってね。最低限の養育費以外の一切のお金を受け取ってもらえなかった。そのせめてもの罪滅ぼしをしたくて、お前をずっと探していたんだよ。
父の会社名は、私や息子でさえも知っている超有名企業だった。父は、自分の全ての遺産を私に譲ること。そして、息子にその気があるのなら、自分の会社を継がせようと思っていることを、私たちに話したのだった。
あれから十年が経った。
今年二十八歳になる我が息子は、父の会社の若手ホープとして、若くして営業課長に抜擢されたばかりだ。ゆくゆくは次期社長になるため、日々修行中である。仕事に忙しいながらも、毎日楽しくて充実してるよと、嬉しそうに話してくれた。
そして、こう付け加えた。
ああ、そうそう。あの男から連絡が来てさ。なんとかして俺と繋がろうと必死なんだよ。就職できなくて困ってるみたいで、泣きつかれてさ。仕方ないから、うちの会社の下請けの下請けの、そのまた下請けの工場を紹介してあげたところ。激務だから、早死にしちゃうかもね。
息子と二人で顔を見合わせて笑った後、また会う約束をして別れた。
私の方はと言うと、ずっとアプローチされていた方と、これからデートの約束をしている。父とは現在同居しており、父は趣味仲間とのんびりと、残りの人生を楽しんでいるようだ。
