あんたの赤ん坊はコインロッカーに放り込んどいたから。」突然我が家にやって来たボスママが、ニヤニヤしながらそう告げた。今日の最高気温は四十度。ロッカーの中はエアコンなんて効かない。あんたの息子として生まれたばっかりに、こんなひどい目に遭うなんてかわいそう。そう平然と言ってのける彼女を前に、私は呆然とした。でも、息子は今ここにいる。クーラーの効いた部屋で、スヤスヤと寝息を立てている。その途端、ボ…

あんたの赤ん坊はコインロッカーに放り込んどいたから。」突然我が家にやって来たボスママが、ニヤニヤしながらそう告げた。今日の最高気温は四十度。ロッカーの中はエアコンなんて効かない。あんたの息子として生まれたばっかりに、こんなひどい目に遭うなんてかわいそう。そう平然と言ってのける彼女を前に、私は呆然とした。でも、息子は今ここにいる。クーラーの効いた部屋で、スヤスヤと寝息を立てている。その途端、ボ...

「あんたの赤ん坊はコインロッカーに放り込んどいたから。」

突然我が家にやって来たボスママが、ニヤニヤしながら告げた言葉に、私は呆然とした。今日の最高気温は四十度くらいになるんだっけ。ロッカーの中はエアコンなんて効かないだろうし、すごく暑いだろうな。あんたの息子として生まれたばっかりに、こんなひどい目に遭うなんてかわいそう。そう、平然と言ってのけるボスママ。だが、私の息子をロッカーに入れたというのは、本当のことなのだろうか。なぜなら、息子なら今ここに一緒にいるのだから。

そう、まだ生後半年にもならない我が子は、その時クーラーの効いた部屋で、スヤスヤと寝息を立てていたのだ。その途端に顔色を変えたボスママを見て、これは冗談ではないのだと気づいた。とにかく助けに行かないと。そして、ここからボスママの転落人生が始まることになる。

私は岡田結衣、三十二歳。大手企業でバリバリ働いていたが、息子の龍太の出産のために育児休暇を取得し、今は育児に専念している。幸い、私の職場は産休や育休が取りやすい環境で助かった。出産を機に実家の近くに新築で家を建てたため、近所に住む義母も何かと助けてくれるし、三つ年上の夫の茂樹も育児に協力的だ。私は恵まれた環境で子育てに励む毎日を送っていた。

しかし、環境は恵まれたものばかりではなく、新しい家のある地域を取り仕切っているボスママが私を嫌っている。私が何かをしてしまい、それで嫌われたのなら納得もするが、そういうわけでもない。新築を建てて引っ越してきて、ご近所に挨拶回りをしていた時から嫌われているのだ。本人から直接聞いたわけではないが、何でも新築で家を建てたことが気に食わないらしい。ボスママこと村木瞳は中古の家を購入してリフォームして住んでいるらしく、新築でないことにコンプレックスを抱いているようなのだ。そんなことで、と思ったが、数人のママ友が言っているため本当のようだ。引っ越しの挨拶に行った時から敵意を剥き出しで、持ってきた手土産も奪うように取られた。そういう人なのだということにして、あまり関わらないようにすればいい。そう考えて、あまり気にしないようにしていた。しかし、私が標的になるだけならまだ良かったが、息子の龍太が標的になると話は別だ。ママ友の集まりということで家で数人のママ友とお茶をすることがあるが、その時にはまだハイハイのできない息子を、シラを切りながらわざと窒息の危険があるうつ伏せにさせたり、周りのものを手に取って口に入れるようになると近くにコインなどを置いたりしてきた。私たちがすぐに気づいて対処するので取り返しのつかない事態は避けられているが、だからと言って放っておいていいような行動ではない。

「瞳さん、なぜいつもこんなことばかりするんですか? これ以上龍太に何かするなら、私も黙っていられませんよ。」

「うるさいわね。別に大事になってないんだからいいでしょ。いい家に住んでるあんたが気に食わないのよ。」

「はい? そんなことで龍太に危険なことをしてるんですか?」

「そんなことって、私にとってはそんなことではないのよ。最初からいい家に住んでるあんたには分からないでしょうけどね。」

彼女はそんな風に勝手なことを言うし、茂樹に相談してなんとかしてもらおうとも考えたが、他のママ友に言っても改善されないし、何をしても無駄だと思っている。私はますます警戒心を強めることになり、瞳さんが来る時にはできるだけ茂樹に龍太を外に連れ出してもらうことにした。実家に預けてもらうこともあり義母に申し訳ないと思っていたが、義母は孫の顔が見られるからと、逆に喜んでいるようだ。

そういうことがあってから数ヶ月後、突然瞳さんが家に押しかけてきた。お茶会でも何でもないのに家に来るなんて珍しいなと思いながら、玄関先で対応した。

「急にどうしたんですか?」

「ふふふ。あんたをびっくりさせるお知らせを持ってきたのよ。」

ニヤニヤと笑う瞳さんを見て、彼女が何を言い出すのかと疑問に思っていると、次の瞬間に放たれた言葉は確かに私を驚かせるものだった。しかし、それは瞳さんが意図したものとは全く違った方向の驚きだった。

「あんたの赤ん坊はコインロッカーに放り込んどいたから。今頃一人ぼっちで泣いてるだろうな。」

「え、何を言ってるんですか?」

「今日の最高気温は四十度くらいになるんだっけ。ロッカーの中はエアコンなんて効かないし。すごく暑いだろうな。あんたの息子として生まれたばっかりに、こんなひどい目に遭ってかわいそう。」

目を白黒とさせる私を見て、瞳さんは愉快そうに笑っている。だが、私が驚いたのは我が子を心配してのことではない。

「でも、うちの息子なら一緒にいますけど。」

「はあ? 一緒にいるって。この家に?」

「ええ、そうですよ。ほら、寝てます。」

そう言って、クーラーの効いた部屋でスヤスヤと眠る龍太を指さす。しかし、瞳さんは私の言葉を信じない。

「嘘よ。そんなはずない。あんた、よその子を預けてるんじゃないの? 実家に預けてるんじゃないの?」

「今日は預けてませんよ。今日は瞳さんが来る予定はなかったため、龍太を実家に預ける必要はなかったんです。何もないのに龍太を実家に預けることは基本しません。」

だが、どうやら本人はそのことを理解していなかったようだ。瞳さんはまたまた得意げに話し始めた。

「あんたの実家の近くに用があって、ちょうどあんたの実家の近くにいたから覗いてみたら、窓際に赤ちゃんがいたのよ。あの家にいる赤ちゃんといったら、あんたの子供に決まってるじゃん。」

瞳さんは大した根拠もないのに、自信満々に述べている。どうやら義母がよその赤ちゃんを預かっていたようだ。龍太の顔をろくに覚えていない瞳さんは、うちの子だと思い込んだようだ。

「で、ちょうど窓の鍵も開いてたし、家の人が見てない隙をついて連れ出したの。あんたが子供の世話を押し付けてサボったせいで、ガキがひどい目に遭ってるのよ。」

「だから、龍太は本当に家にいるんですって。今静かだけど、寝てるだけですよ。」

「嘘よ。そんなはずない。だったら証拠を見せなさいよ。」

また息子に何かされるのではないかと心配だったが、龍太に近づかないことと、姿を確認したらすぐに出ていくことを約束させて家に入れた。息子が起きる前に納得させて、さっさと返した方が被害も出ないと思ったからだ。しかし、スヤスヤと眠る龍太を見て、そんなまさか、と瞳さんは慌て始めた。

「ほら、龍太んは目の前で寝てますよ。さあ、分かったらもう帰ってください。」

「でも、こいつが今ここにいるなら、今ロッカーに入ってる子は誰の子なの? あんたの息子だと思ったからわざわざ運んだのに。まさか、よその赤ちゃんだなんて。」

「え、ロッカーに入れたという話は本当だったんですか? 一体何を考えてるんですか?」

私への嫌がらせのために出たらめを言っていると勘違いしていた私は、ようやくここで彼女が本当にロッカーに赤ちゃんを入れたと知り、驚きを隠せなかった。激しい怒りを覚えたが、ここで言い争っている暇はない。正体は分からなくても、この暑さの中、ロッカーに取り残された赤ちゃんの命が心配だ。相手がよその子なら、何かあったら大変なことになる。

「何言ってるんですか? どこの子だろうと、あなたのしたことは許されることじゃないですよ。どうしよう。ああ、もう、とにかく今すぐそのロッカーまで案内してください。」

私がそう言って急かすと、瞳さんはようやく事の重大さに気づいたのか、青ざめた顔でうなずいた。私たちは急いで車に乗り込み、瞳さんの言うコインロッカーの場所へと向かった。車の中では、誰も言葉を発しなかった。エアコンの効いた車内ですら、嫌な汗が流れるのを感じる。生後間もない赤ちゃんが、あの暑さの中ロッカーに入れられている。考えるだけで、吐き気がしてきた。

「本当に、ここなの?」

車を停めた場所は、駅前のコインロッカーが並ぶ場所だった。瞳さんは無言で、一番奥のロッカーを指さした。私はすぐに車を飛び出し、そのロッカーの前に駆け寄った。鍵はかかっていない。恐る恐るドアを開けると、中からは泣き声も聞こえてこない。もしや、もうすでにという不安が頭をよぎる。しかし、ドアを開けた瞬間、中には誰もいなかった。

「何も、入ってないじゃないですか。」

「え? そんなはずない。確かにここに入れたのよ!」

瞳さんは信じられないという顔で、ロッカーの中をまさぐる。だが、そこには何もない。私はホッとしたような、そしてまた新たな怒りが湧いてくるのを感じた。もしや、また彼女の作り話なのか。そう思った瞬間、電話が鳴った。義母からの着信だ。

「はい、もしもし?」

「結衣さん! 大変なの! さっきね、知らない人が突然家に来て、赤ちゃんを連れ去ろうとしたの! 危なかったわよ、本当に!」

「えっ、どういうことですか?」

「窓から顔を覗かせて、ベビーベッドに手を伸ばしてたのよ! 大きな音を立てたら、逃げちゃったけど。でも、あなた、ちゃんと鍵は閉めたわよね?」

義母の話を聞いて、ようやく状況が理解できた。瞳さんはよその子だと思ってロッカーに入れたのは実家の子ではなく、義母が預かっていた赤ちゃんだった。そして、その赤ちゃんは義母が気づいて守ったらしい。しかし、瞳さんはそれがうちの子だと思い込んでいる。だから、ロッカーに入れたのが実は…。いや、待って。義母は「連れ去ろうとした」と言った。窓から手を伸ばしていた、と。ということは、瞳さんが連れ去ろうとしたのはロッカーに入れた子であって…。

「お義母さん、その赤ちゃんは無事ですか?」

「ええ、何とか。今は隣の部屋で寝かせてるわ。でも、本当に怖かったわね。警察に届けた方がいいかしら?」

「いえ、ちょっと待ってください。もしかして、その赤ちゃんって…。」

私は受話器を手にしたまま、隣で蒼ざめている瞳さんをじっと見た。そして、義母に言った。

「お義母さん、今すぐ警察に電話してください。犯人は、もしかしたらまだ近くにいるかもしれないので。」

電話を切り、私は瞳さんに向き直った。彼女は顔を真っ青にして震えている。

「瞳さん。あなた、今、何をしようとしたか分かってるんですか? あなたがロッカーに入れたのは、本当はよその赤ちゃんなんですよ。それが何を意味するか、分かってますか?」

「だ、だって、あの家にいたから…。」

「あの家にいたのは、よその預かりの赤ちゃんです。あなたはそれを自分の勘違いで連れ去り、コインロッカーに入れた。さらに、今度は私の息子を連れ去ろうとしたんです。窓から手を伸ばしていたって、お義母さんが言ってましたよ。今ので、あなたが疑り深い人だっていうのは分かってましたが、もう我慢の限界です。」

瞳さんの顔は、恐怖で引きつっていた。そこまで言って、私はふと思い出したように携帯電話を手に取った。

「警察には、もう連絡してあります。あなたの家にも、これから処理があると思いますよ。」

「ちょっと、何言って…。」

「言ったでしょ。あなたのしたことは、許されることじゃないって。」

数日後、私の家に警察と、そして事件の経緯を聞いた近所のママ友たちが数人訪ねてきた。事情聴取が一通り終わり、警察官が帰っていった後、一人のママ友が口を開いた。

「ねえ、結衣さん。瞳さんのこと、聞いた? 傷害未遂で、告訴されるかもしれないんだって。」

「ええ、まあ、そうみたいね。」

「あれだけ酷いことしてきたんだから、当然よね。赤ちゃんが無事だったから良かったものの、一歩間違えれば死んでたかもしれないんだから。」

「そうね…。」

ママ友たちが帰った後、私は窓の外を見た。今日は、朝から雨が降っている。あの日から、瞳さんの姿を見ることはなくなった。噂では、夫の転勤で急に引っ越したらしい。あの暑い夏の日の出来事は、私にとっても、そして、誰にとっても、忘れられない教訓となった。もしもあの日、義母が家にいなかったら。もしも、瞳さんが鍵のかかっていない窓から侵入して、よその赤ちゃんを連れ去っていなかったら。もしも、ロッカーに閉じ込められたまま気づかれずにいたら。そう考えると、背筋が凍る。私は、深く息を吐き出し、寝ている龍太を抱き上げた。龍太は、何も知らずにすやすやと眠っている。それが、何よりも愛おしかった。そして、私はこの平穏な日常を守るために、これからも決して油断はしないと、強く心に誓ったのだった。

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