「お金ありがとうございます。でもお母さんは1人で留守番でお願いしますね。」…
電話の向こうから聞こえてきたその言葉に、私の手が思わず震えました。 「お金ありがとうございます。でもお母さんは1人で留守番でお願いしますね。」 たった今、銀行で300万円を振り込んだばかりです。通帳に表示された残高3万円の文字が、今も目に焼きついています。 「え、だって家族旅行じゃないの?」私の声は震えていました。 「あ、それは助かったよ。でもさ、ミキの両親も来るから、人数的にちょっと厳しくて。」 息子の高は、何でもないことのように言います。背後から聞こえてきた嫁のミキの声も、あまりにも軽やかでした。 私は30年間、介護施設で真面目に働いてきました。息子のために、これまで2000万円を援助してきました。そして今回の沖縄旅行のために、老後の貯金から300万円を出したのです。それなのに、私たちは留守番。 手に持っていた沖縄旅行のパンフレットが床に落ちていきます。隣で電話を聞いていた夫の浩の表情が、一瞬で凍りつきました。その瞬間、私の心の中で何かが音を立てて崩れていくのを感じました。 電話を切った後、私はただ呆然と立ち尽くしていました。思い返せば、息子のために人生の全てを捧げてきたように思います。 介護施設で働き始めたのは38歳の時でした。それから30年間、休むことなく働き続けてきました。朝早くから夜遅くまで、利用者さんのために。そして何より、息子の将来のために。 大学の学費に100万円。結婚式の費用に100万円。新婚旅行に50万円。マイホームの頭金に1000万円。孫の教育費は年間50万円を5年間。そして今回の沖縄旅行に300万円。合計で2300万円です。 「浩、夕飯にしようか。」夫の浩がいつものように声をかけてくれます。テーブルに並んだのは、納豆と味噌汁、そして漬け物だけでした。 「また納豆か。たまには肉が食べたいな。」浩が小さくつぶやきます。 「高たちへの援助があるから、ごめんなさい。」私は謝ることしかできませんでした。 その夜、スマートフォンを開くと、ミキのSNSの画面に入りました。高級レストランでの食事写真、新しいブランドバッグ。「また買っちゃった」という幸せそうなコメント。私たちは納豆で我慢しているのに。画面を静かに閉じると、胸の奥が重く沈んでいくのを感じました。 事の始まりは2ヶ月前のことでした。 「母さん、ちょっと相談があるんだけど。」久しぶりに高から電話がかかってきたのです。 「どうしたの?」私は嬉しくなって、明るい声で答えました。 「家族で旅行に行きたいんだ。沖縄。ミキの両親も一緒に。」 「あら、それは素敵ね。」家族旅行という言葉に私の心は踊ります。 「私たちも行けるの?」 「ああ、まあ、それで母さん、費用の援助って…」 その瞬間、ミキの声が聞こえてきました。 「お母さんも来るんですか?」声のトーンが明らかに冷たくなっていました。 「正直、気を遣うんですよね。」その言葉に胸がちくりと痛みます。 「でもお金の援助はお願いできるよね。」高が続けます。私は返事に詰まりました。 でも結局、いつものように「もちろん」と答えてしまったのです。 それから1ヶ月後、旅行のプランを決める会議があると呼ばれました。息子の家に向かうと、そこにはミキの両親もいました。初対面です。 「まあ、お母様っておいくつ?」ミキの母親が、値踏みするような目で私を見ます。 「68です。」 「まあ、結構なお年ね。」その言葉にトゲを感じました。 「そうなんです。だから心配で。」ミキが同意するように言います。 「お母さん、階段って登れます?沖縄、結構歩くんですよ。海に入ったりしたら、体調崩されたら大変ですし。」 私の歯もありました。 「確かに、母さん無理しない方がいいかもな。」高までもがそう言い出しました。 「大丈夫よ。私は元気だから。」私は笑顔で答えましたが、その笑顔を作るのに、どれだけの力が必要だったか。 2週間前、最終確認のために再び息子の家を訪れました。 「そういえば、ホテルの部屋なんだけど。」ミキが言います。「部屋を2つ予約したの。私たちと、私の両親で。」 「私たちの分は?」私が聞くと、ミキは驚いたような顔をしました。 「え、お母さん、本気で来るつもりだったんですか?」 その言葉に、心臓が凍りつくような感覚を覚えます。 「だって、私の両親も来るし、人数的に。」 「そうなんだよ、母さん。ミキの両親すごく楽しみにしてるから。」高が言います。「お母さんは留守番の方が楽でしょう。年齢的にも。」 その言葉が胸に突き刺さります。 「浩、帰るぞ。」隣にいた浩が、怒りを抑えた声で言いました。私たちは何も言わずにその場を後にしたのです。 そして1週間前、高から電話がかかってきました。 「母さん、旅行代なんだけど。」 私は覚悟を決めて聞きます。「いくら必要なの?」 「全部で300万くらい。出せる?」 300万円。私たち夫婦の老後の貯金の大半です。 「出せないなら、旅行自体キャンセルするけど。」高の声には、脅しのような響きがありました。 「ちょっと待て。」浩が電話を取り上げます。「お前、母さんは行かないのに、金だけ出せってことか。」 「だってミキの両親も来るし。母さんがいたら気まずいだろ。」 その後ろからミキの声が聞こえてきました。 「お母さん、空気読んでください。」 … Read more