運動会の昼休み、姉が私に近づいてきて、わざわざ聞こえるように言った。「どうせあの人に捨てられて、借金でもしてるんでしょ。借金生活で苦しそうね。」周りの保護者たちの視線が一気に私たちに集まる中、私は何も言い返せずにいた。すると、隣にいた小学生の息子が、突然こう宣言したんだ。「借金があるのはパパだよ。」姉は馬鹿にしたように笑ったけど、息子の次の言葉で、その顔が一瞬で歪んだ。私はその時、この日のた…
「借金があるのはパパだよ。」 空のその言葉に、エリの顔が歪んだ。彼女は鬱陶しそうに、幼い空を見下ろす。 「ガキの嘘はいいから。」 「その言い方はないんじゃない?いくら子供相手だからって、失礼よ。」 「失礼はそっちでしょ。それに嘘をついてまで構ってほしいなんて。親子とも哀れね。」 クスクスと笑う彼女に、私もいい加減言い返そうとした。しかし、その直後、先に空が口を開いた。 「だってパパは無能なんだもん。借金ばっかりで仕事もまともにしないって。もう片方のおじいちゃんが嘆いてたよ。」 そして語られた真実に、エリの目が丸くなった。 — 私は湯川まみ。小学生の息子・空を育てている専業主婦だ。かつてはアパレル関係で働いていたが、今は在宅で仕事をしている。 田舎出身の私は人見知りがほとんどなく、同じ年の子供はもちろん、近所のおじいちゃんやおばあちゃんともすぐに友達になっていた。 「ゆきさん、来たよ。」 「あら、いらっしゃい。」 特に仲良くしていたのが、隣の家に住む松田ゆきだった。当時の彼女はよく家で絵を描いており、私はそれを見るのが好きだった。そのため、毎日のように押しかけていたが、毎回ゆきは温かく迎えてくれた。 「まみちゃんは、将来何になりたい?」 突然の脈絡のない質問に、すぐに答えられなかった。すると、ゆきは困ったような顔になる。 「ごめんね。困らせちゃったかな?」 「うん。急だったからびっくりしただけ。」 彼女の表情を見て、なんとかいつもの笑顔に戻ってほしいと思った私は、必死に考えた。正直、夢や目標などなく、大人になったらという妄想もしてこなかったので、話せる内容がない。 「ゆきさんみたいになりたい。」 私の返答に、彼女は一度目を丸くし、今度は柔らかく微笑んだ。 「ありがとう。まみちゃんがそう言ってくれるなら、もう一度頑張ろうかな。」 この時の出会いがきっかけで、私の進む道は決まった。ゆきから絵を習い始め、多くの絵画を見たり描いたりしているうちに、興味はデザイン関係へ。さらに、もっとたくさんの服を見て学びたいと考え、進路を服飾系にし、アパレルの世界に飛び込むことを決意した。 進学を機に地元を離れ、ある店に就職。色々なことで悩み、もみくちゃにされながらも、とにかく日々頑張っていた。 「君の評判は聞いてるよ。若いのに優秀なんだってね。」 そこに声をかけてきたのが、一つ年上の剛だった。彼は私が働いているお店の本社の社長で、将来会社を継ぐため、あちこちの店舗を見て回っていた。その際に私に目をつけたらしい。 「実際に会ってみたら、一目惚れしてしまった。よければ付き合ってほしい。」 やがて剛から告白され、交際を開始した。約2年の交際期間を経て彼からプロポーズされて私たちは結婚。さらに1年後に空を妊娠し、普通の家庭を築いていた。 「ねえ、今日お友達と遊んで行ってもいい?」 「いいけど、一度おうちに帰ってくるのよ。」 「はーい。」 小学校に通い始めた空は友達に恵まれ、毎日元気に駆け回っている。今でこそ安心して彼を外出させられるが、幼少期はとても大変だった。 剛と相談し、空を保育園に入れたのは3歳の時だ。そして私は店に戻り、妊娠前と同じように働き始めた。 「え、熱ですか?はい、分かりました。」 しかし、預けて1時間もすると、保育園から連絡が来るように。店長や同僚に頭を下げて早退するのが、週に何度も続いた。 次第に、周囲の人々に迷惑をかけることに罪悪感を覚えていく。 「ねえ、剛もたまにはお迎えに行ってくれない?」 「無理、無理。俺は社長で忙しいんだ。それに、そういうのは母親の仕事だろ。」 その頃には剛が社長を継いだ関係で、彼は仕事を言い訳に育児には参加しなかった。私の両親が住む田舎は新幹線を使って3時間の距離のため、頼るのは難しい。義両親に関しては、余生を楽しみたいと旅行に出ているので、私は誰にも頼れない状態だった。 「あなた、父親でしょ。」 「だから俺の役目は、お前らが食べるのに困らないように稼ぐことだ。」 剛は私の言葉を突っぱねるだけ。ただでさえ店に迷惑をかけ、一人で育児をしている状況なのに、彼の態度で私はさらにイライラしていた。 「というか、そんなに大変なら仕事やめたら?俺だけで十分養えるし。」 「それは……」 剛のセリフに、思わず口ごもる。本当は私も退職した方がいいと思っていた。おそらく剛は今後も育児には関わらないだろう。一番手っ取り早い方法は、私が専業主婦になることだ。しかし、せっかく憧れて飛び込んだアパレル業界なのに、という考えが頭をよぎる。 「分かったわ。」 それでも、空の方が大事だ。悩んだ末、私は家庭に入ることを選んだ。 専業主婦になってから空のそばにいる時間が増えた関係か、少しずつ熱を出す頻度が減っている。だが、油断はできない。外で思いきり遊べば、翌日には寝込む。体力がなかなかつかず、すぐに疲れてしまう。だからと言って、ずっと家の中で遊ばせるのも違う気がする。 私の退職に伴い、保育園も退園したので、空の様子を見ながら一日中寄り添う日々を送っていた。 「今日、会議で遅くなる。」 「そう。分かったわ。」 一方、剛とはどんどん関係が冷えていく。ほぼ毎日、残業やら飲み会やらと言っては深夜に帰宅し、さっさと寝室にこもっていた。空の顔すら見ようとせず、ただ寝に帰ってくるような状態だ。私も最近は剛の食事を作らず、夜中に放置された洗濯物を回収して洗うだけ。そんな環境だからか、空も剛には関心がない。 これって、家族である意味あるのかな。離婚した方が育児環境としてはいいだろう。しかし、今の私は専業主婦だ。あれだけ迷惑をかけた職場に戻るのも戸惑いがあるし、かと言って他に当てもなかった。下手に剛と別れて、空に貧乏な思いをさせてはいけない。私は何度も悩んだ。 状況が変わったのは、空が小学校に入った後。その頃にはすっかり体調も安定し、問題なく学校に通うようになっていた。そうなると、私は昼間に時間を持て余し始める。空の弁当作りの合間に家事をするため、効率のいいやり方を編み出していたので、午前中には大体終わってしまう。 「久しぶり。もしよければ、お茶でもしない?」 … Read more