俺はクラスで一番目立たない陰キャだった。ある日、駅前でヤンキーに絡まれた時、同じクラスの女子ヤンキー・ユリカに助けられた。それから彼女が気になって仕方なくなり、一緒に昼飯を食べるようになった。映画デートの帰り、勇気を振り絞って告白したら、彼女は「言葉だけじゃ信用できないな」と微笑んだ。その時はただ照れてるだけだと思った。でも、その後に起きた出来事で、俺は彼女の本当の強さと、自分が隠してきた秘…

俺にはずっと友達に秘密にしていることがあった。だから陰キャと呼ばれるくらい目立たないように過ごしていた。そんなある日のこと。地元のヤンキー集団に絡まれてるところを、クラスメイトの女子ヤンキーに助けられたのだ。その時から、それまで気にも止めていなかった彼女が気になって仕方なくなった。彼女のことを目で追い、ついには一緒にお昼を食べる仲に。そして彼女と映画に行った帰りに告白を試みるが、言葉だけじゃ信用できないな。 俺は森山翔太。高校2年生の頃の俺は、クラスでも目立たない存在だった。勉強もスポーツもそこそこできてはいたが、だからと言って人目を引くほどのものもなければ、逆にうざられる要素もない。見た目も地味な、いわゆる陰キャというやつだ。いつもの仲間といつもの話題で時間を過ごす、可もなく不可もない。これが俺の学校生活の基本だった。 だからと言って、そんな生活に不満などない。むしろ、周囲に隠しておきたい秘密があった俺にとっては、売った状況だった。あとは余計なことには首を突っ込まずに、目立たないように過ごすだけ。そう、あの日までは順調にそんな生活を送っていた。 その日の放課後、俺はいつもの陰キャ仲間たちと駅前のゲーセンに立ち寄った。2時間ほど遊び、ゲーセンを出た時のことだ。友達との会話に夢中になっていた俺は、前方から自転車を押しながら歩いてくる人に気づかずにぶつかってしまった。ガシャーンと周囲に大きな音が響く。 俺の方は怪我がなかったが、相手は自転車ごと倒れてしまった。 「すみません。」 「うん。悪くぶつかった相手は、同じ学校のヤンキー連中だった。」 「何してくれてんだよ。」 「本当にすみませんでした。よそ見をしていてぶつかってしまったのは俺の方だ。」 だから俺は一生懸命に謝った。しかしヤンキーたちは、いい獲物を見つけたという感じでニヤニヤと笑っているだけで、許そうという気持ちはさらさらなさそうだ。それどころか、いつの間にか連中の仲間がわらわらと湧いてきて、俺たちを取り囲んでいた。 「ああ、ハンドルがこんなに曲がっちゃったよ。このチャリのハンドルは、おしゃれにまっすぐだったんだぜ。それなのに、こんなにまがりみたいに曲がっちゃってさ。どうしてくれんの?」 あの程度の衝突でそんなに曲がるわけないだろ。最も、こいつらにとって真実はどうでもいいことで、単純に因縁をつけて金を巻き上げるきっかけができた。それだけのことだ。だが、自転車のハンドルが曲がっていないという証拠もない。面倒なことになったと思ったその時だった。 「ちょっと待ちなよ。その子たち、困ってるだろう。」 ヤンキーたちに囲まれた俺たちに、夕方にも声をかけてくる人がいた。声のする方を振り向くと、見たことのある姿が。よく見てみると、同じクラスのユリカだった。 「あんたらさ、因縁つけるとか、今なことしてんじゃねえよ。」 「ちっ、ユリカじゃねえか。めんどくせえやつに見つかっちまったな。」 「ああ、めんどくさいって誰のことだよ。」 ユリカが現れたことによって、それまで強気だったヤンキーたちの勢いは弱っていくのが分かった。ヤンキーたちが関わりたがらないって、どういうことだよ。 「やめと、やめと。行こうぜ。」 倒れた自転車を引き起こすと、そそくさとヤンキーたちが退散していく。塩が引くようにヤンキーたちはいなくなり、ガランとしたその場に立ち尽くす俺たち。あっという間の出来事で、俺たちの理解は追いつかない。すると、呆けている俺たちにユリカが声をかけてきた。 「あんたたちもさ、じんたら歩いてんじゃないよ。気をつけなきゃ危ないだろ。」 「すみません。」 「あのね、私に謝ったって意味ないんだよ。もこんなタイミングよく私みたいなのが通るとは限らないんだからね。」 「ごめんなさい。」 「だから違うだろう。」 「あ、ありがとうございます。」 そうだよな。絡まれてたところを助けてもらったんだもんな。俺たちはユリカにめちゃくちゃ感謝した。同じ年のクラスメートだが、自然と口調は敬語になってしまう。陰キャ仲間たちも危機を脱したことにほっとした表情を浮かべていた。俺もほっとはしていたが、それと同時に頭の中にはてなマークが浮かびっぱなしだ。 それにしても、ヤンキーたちも恐れるユリカって、一体何者なんだろう。 その事件があってからというもの、俺は学校に行ってもユリカのことを目で追いかけるようになっていた。それまではクラスメートという認識だけだったが、あんな面を見たら、ユリカという人物が気になって仕方ない。なんとなく目で追いかけているうちに気づいたことがある。 俺たちは元々が陰キャのグループでクラスから浮いていたが、ユリカはユリカでクラスから浮いているように見えたのだ。だからと言って誰かに嫌われてるとか、のけ者にされているという感じではない。どちらかと言えば、ユリカのことを慕ってはいるが、なんというか、その接し方はクラスメートとしての対等な関係には見えなかった。ことなく周囲のクラスメートはユリカには特別に気を使っているように見える。 なんだこの違和感は?ヤンキーより喧嘩が強いのか?それともやばい連中との付き合いでもあるのか?そんな疑問を抱きながらもユリカの観察を続けていた、ある日のことだ。昼休みになると必ず1人で教室を出て行ってしまう。その後を俺は思い切ってつけていくことにした。 屋上へと続く階段に向かったユリカは、踊り場でスマホを眺めながら、手に持っていた袋からパンを取り出しほおばる。 「あれ?あんたは?」 こっそりと隠れて見ていたつもりが、ユリカに見つかってしまった。俺は勇気を振り絞り、1歩前に出る。 「あ、あの、俺、同じクラスの森山翔太です。」 「うん、知ってるよ。なんか用?」 「えっと、あの、あの時は焦って帰っちゃったから、ちゃんとお礼を言えてなかったなと思って。」 「あの時?ああ、あの駅前でヤンキーたちに絡まれてた。」 「そう、それです。俺なんてされるようなことしてないよ。」 「ちょっと奴らと話しただけだから。」 「それでも、あの時あの場面で止めに入ってくれたのはすごいことだと思うし。」 「はあ、あんなのすごくも何ともないから。」 確かにユリカは話しかけにくい雰囲気を持っている。なんか何とも表現しがたい存在感とでも言うか。だからと言って、話しかけた相手を無にすることはしない。それどころか、ちゃんと会話をしてくれる。クラスのみんなは知らないかもしれないが、彼女は俺たちを助けるためにヤンキーたちに立ち向かうくらい優しい一面を持っている女性だ。そういう彼女を知っているからこそ、俺はここぞとばかりにユリカにグイグイと尋ねていった。 「ところで、昼休みはいつもここで?」 「そうだけど、そのパンはコンビニで買ったの?」 「そうだよ。」 「ふーん。あのさ、俺もここで食べていい?」 こんなことを言うつもりはなかったのに、不意に出た言葉に自分でも驚いた。はあ、なんでだよ。一瞬嫌がるそぶりを見せたユリカ。ちょっと図々しすぎたかなと後悔した。でも、本当に嫌がっていたら、ヤンキーたちの時と同じようにぐっと態度と言葉で威圧されるはずだ。そういう雰囲気ではないから、大丈夫かな。 「じゃあ、俺お弁当取ってくるよ。」 「は?マジかよ。」 俺は嬉しくなって、早く戻るために急いでその場から駆け出す。そしてお弁当を持ってきてユリカの近くに座り、少し強引ではあったけれど一緒にお昼ご飯を食べた。それからはなんとなく、お昼休みには階段に行ってユリカと一緒にいるようになった。 そうなると、それまで一緒にお昼を食べていた陰キャ仲間たちとは別行動になっているわけだが、どうやら正太にも彼女ができたかという感じで、温かい目で見守ってくれていた。まあな、すごい自信だな。この状況を特に違和感があるとは感じていなかった。ユリカのことをもっと知りたい。その思いに俺の心は支配されていたからだ。 俺が持ってきているお弁当は、毎日自分で作っている。ユリカとお昼を一緒に食べるようになってから、彼女が毎日パンを食べているのが気になっていた。そこで俺は、ユリカの分のお弁当も作って持っていくことに。すると予想外にユリカは喜んでくれた。 「嘘。マジで本当にもらっていいの?」 「ああ、どうせ自分の分と母親の分も作ってるから、そのついでだよ。」 … Read more

13 September 2026

Your Life as the Pharaoh’s Pleasure Slave

The ancient Egyptian royal harem was not a den of sensual indulgence, but rather a sprawling, heavily administered royal compound filled with women whose lives were governed by rigid hierarchy, political intrigue, and the absolute authority of the pharaoh. The institution, known as the Ipet-nesut, functioned as a semi-enclosed government department where personal ambition, survival, … Read more

13 September 2026

How did Ancient Humans Survive Without Food?

In 1944, a group of researchers at the University of Minnesota placed 36 healthy young men on a long-term reduced diet, giving them roughly half their normal calories over a six-month period. The men lost about a quarter of their body weight, their heart rates slowed, and their body temperatures dropped. They became so obsessed … Read more

13 September 2026

結婚式の披露宴で、元いじめっこに「まだシングルマザーやってるの?よく恥ずかしくないわね」と笑われた。私は何も言い返せず、ただうつむいた。でも、その数分後、スクリーンに映し出された映像が、会場の全員を凍らせた。私が誰なのか、なぜ黙っていたのか、そして彼女がこれからどうなるのか——。 続きが気になる方は、コメントで「続き」と書いてください。

披露宴の会場に、冷たい声が響いた。「あら、まだシングルマザーやってるの?よく恥ずかしくないわね。そのワンピース、リサイクルショップのセンスまで貧乏なのね。離婚してろくな仕事もないくせに、娘さんかわいそうすぎる。」 東京都内の高級ホテル。白いシャンデリアの下、丸テーブルに並ぶ招待客たち。午後3時、結婚披露宴が始まったばかりだった。祝福の空気を引き裂いたのは、一人の女の冷たい言葉だった。 地下美咲、32歳。医師の夫と都内のタワーマンションに暮らす専業主婦。高校時代から変わらない、見下すような目で正面の女性を見ていた。 静かにうつむいたのは、井上なお、32歳。5歳の娘を一人で育てるシングルマザーだ。なおは唇を一文字に結び、何も言い返さなかった。あの頃と同じ。何も変わっていない。でも今日だけは、この場で言い返せない。 周りの元同級生たちがくすくす笑い始めた。誰も止めようとしない。なおは静かに、テーブルの下で両手を握りしめた。 この場で自分の口から言えない理由があった。この時、誰も知らなかった。この静かなシングルマザーが何者であるかを。そして、想像もできない逆転が待ち受けていることを。 — 友人の木下真由美の結婚披露宴に招かれたなおは、久しぶりに旧友と顔を合わせていた。真由美とは高校時代からの親友で、唯一の理解者だ。しかしその席に、なおが最も会いたくなかった人物がいた。地下美咲。高校時代のいじめグループのリーダー。7年ぶりの再会なのに、地下はあの頃と何も変わっていない。 なおの記憶が、15年前に遡る。高校1年生の秋、なおはある日突然、地下グループの標的にされた。地味で暗い、というだけが理由だった。翌日から教科書が毎朝なくなり、給食には異物が混入されるようになった。地下はクラス全員に向かって宣言した。「なおと話したら、グループから外すから。そのつもりで」 その言葉が、なおをクラスから完全に孤立させた。1年、2年、3年と、3年間誰一人として声をかけてこなかった。担任に相談しても「気のせいじゃないの」と言われ、保健室の先生に打ち明けると「クラスに馴染む努力をして」と言われた。 その日の帰り道、なおは誰もいない路地で一人泣いた。もう誰も頼れない。自分でなんとかするしかない。それがなおの出発点だった。 家族に心配をかけたくなかった。なおはただ一人で耐え続けた。唯一の味方は、2年生の時に転校してきた真由美だけだった。真由美がグループに入ろうとするたびに、地下は必ず脅した。「次はあんたも標的にするわよ。覚悟しておきなさい」なおは真由美を守るために、「気にしないで、関わらないで」と引き止め続け、3年間ひたすら声をあげることなく耐え抜いた。 真由美を守れた。それだけで、あの3年間には意味があった。今でもなおはそう思っている。 高校卒業後、なおは奨学金でIT系の専門学校に進学し、Webデザイン会社に就職して仕事に打ち込んだ。しかし、就職してすぐの頃から一つの重荷があった。専門学校を卒業した年の秋、父親が突然倒れた。脳梗塞による緊急入院。治療費は積み重なり、家計は傾いた。なおは働きながら、父の医療費を少しずつ負担し続けた。 最後の夜、なおは父の手を握って病室に座っていた。「なおは頑張り屋だな。もう俺の心配はしなくていい」「お父さん、まだそんなこと言わないで」「お前の幸せだけが、父さんの願いだよ」なおが頷くと、父はゆっくりと目を閉じた。父は1年半の闘病の末、なおが22歳の冬に亡くなった。葬儀費用を払うと、貯金はほぼ底をついた。 悲しむ間もなく、今度は母が体を壊した。通院の付き添いと仕事を掛け持ちしながら、なおは働き続けた。「なお、無理しなくていいから。お母さんのことは気にしないで」体はどんどん弱くなっていたのに、母はいつもなおの心配ばかりしていた。「何言ってるの?お母さんがそばにいてくれることが一番大事なんだから」「知ってる。でも、たまには泣いていいんだよ、お母さん」なおの涙が母の手の甲にそっと落ちた。母が息を引き取ったのは、なおが25歳の春だった。 天涯孤独になったなおには、頼れる家族も実家もなかった。「お父さん、お母さん、私ちゃんとやれてるかな?」年に一度、仏壇の前でそっとつぶやくのが唯一の習慣だった。 孤独を抱えたまま27歳で結婚したのは、誰かそばにいてほしいという一心だったかもしれない。しかし夫は育児に一切参加しなかった。なおが仕事を終えて帰宅しても、夫はゲームをしていた。「子育ては女の仕事だろう。俺には関係ない」そんな言葉が二人の間に決定的な溝を作り、娘が2歳になった秋、なおは離婚を決意した。 離婚後、元夫は財産を一切残さず去っていった。なおの手元に残ったのは、2歳の娘と少しの荷物だけだった。それでもなおは、泣き言一つ言わず娘の手を引いて前を向いた。元夫からの養育費は一度も振り込まれることはなかった。 幼い娘を抱えながらフリーランスとして仕事を続け、毎月の生活費、保育園代、家賃を全て自分の稼ぎだけで賄った。娘が寝静まった後も仕事は続き、疲れ果てた体でそれでもなおは画面に向かった。「この子のために、明日もちゃんと働かなければ」その一心だけが支えていた。「絶対に幸せにして見せるから、待っていて」娘の寝顔に触れながら、なおは小さく誓った。 けれどなおの中には、もう一つの思いがあった。自分と同じように孤独なシングルマザーを救いたい。離婚後の孤立感、経済的な不安、「また失敗した」という自己否定の声。あの痛みを、誰か一人でも少なくしたかった。 その思いから、29歳で株式会社ノアを立ち上げ、自宅の一室で就労支援と子育て相談を始めた。設立当初はなお一人だったが、半年後、真由美が「私も手伝わせて」と会社を辞めて駆けつけた。「なおちゃんが一人でやってるなんて見てられないよ」「でも真由美ちゃんには仕事があるじゃない」「大変でも一緒にやる。それだけ。もう一人にしないから」 あの日から3年間、二人は何度も壁にぶつかった。補助金が降りない月は自分たちの給料を削り、夜中に相談電話が鳴れば眠い目をこすりながら出続けた。それでもなおは一度も「やめよう」と言わなかった。 二人で立ち上げたノアは、今や社員150名、全国200拠点に成長し、シングルマザーの就労支援、住居支援、子育てサポートを行っていた。支援した女性の数は5000名を超えていた。内閣府の社会企業家表彰、フォーブス・ジャパンのソーシャルイノベーター30選出。NHKを始め、複数のメディアがノアを取材していた。 しかしなおは、その正体を旧知の人には一切明かさなかった。「誇りたいわけじゃない。娘の隣にいる時間が一番大切だから」そんな思いから、なおはいつも「小さな会社を経営しています」とだけ言っていた。今日の披露宴にも名刺は持参せず、業務連絡が何件も届いていたスマートフォンの通知もオフにしていた。今日はただ真由美の幸せを祝いに来ただけのつもりだった。 — 乾杯が終わり、披露宴が本格的に始まると、テーブルに和やかな雰囲気が漂った。元同級生たちが近況報告をし合う声が、あちこちから聞こえてきた。地下はワイングラスを傾けながら、隣の女性に語りかけた。「夫がね、去年、部長になったの。先月タワマンに引っ越したばかりで、充実してるわ」女性たちが「素敵ね」と相槌を打つと、地下は満足そうに頷き、視線をなおに向けた。「なおちゃんは今、何してるの?」 テーブルの視線が一斉に集まる中、なおは静かに答えた。「小さなNPO活動を少し」その瞬間、地下の口元に薄い笑みが浮かんだ。「やっぱり安定しない仕事ね。娘さんがかわいそう」という笑い声がテーブルに広がると、元同級生の一人が追い打ちをかけるように口を開いた。「シングルマザーって補助金もらってるんでしょ?楽でいいわね」 なおはゆっくり顔を上げ、静かに答えた。「そんなことはありません」しかし地下は聞いていなかった。「相変わらず暗いね。高校の時から変わってないわね」隣の女性がこらえきれずに笑い声をあげると、なおの胸に15年前の記憶が流れ込んできた。昼食を一人で食べた日、教科書が見当たらず授業に出られなかった日、廊下に響く地下グループの笑い声。あの頃とまるで同じだった。 なおは下を向いたまま、グラスを静かにテーブルへ置いた。真由美は準備室にいて、この状況を知らない。真由美の大切な式を台無しにしたくない。なおは自分にそう言い聞かせた。真由美はなおの唯一の親友だ。両親をなくし、孤独だったなおに、ずっとそばにいてくれた人だ。その真由美の一番大切な日に、嫌な空気を持ち込んでいいわけがない。なおはもう一度、両手をテーブルの下で硬く握った。 しかし地下は止まらなかった。「ところでなおちゃん、今日のドレス、やっぱりリサイクルショップで買ったの?」テーブルの数人がまた笑った。「お子さんは今日、誰に預けてきたの?シングルマザーって大変ね。男性には相手にされないでしょ」 その一言が胸に深く突き刺さり、なおはグラスを置いたまま動けなかった。手の甲がテーブルの下で白くなるほど握りしめられていた。頭の中で娘の顔が浮かんだ。毎朝「ママ、行ってらっしゃい」と手を振る小さな笑顔。「ママのお弁当、好き」と目を輝かせるあの顔。その子のために耐えていると思った瞬間、なおは静かに目を閉じた。娘には今日のことを言えない。「ママ、嫌なことがあったら逃げていいんだよ」と教えてきた自分が、15年前と同じ場所でまた黙ってうつむいていた。 「ごめんね、娘。今日だけは我慢させて」 地下がさらに続けた。「高校の時から思ってたけど、なおちゃんって要領悪いよね。結婚も失敗して、仕事も安定しなくて。人生、もう少しちゃんと考えた方がいいんじゃない?」テーブルに笑い声が広がり、かばう者はいなかった。なおの目の前の風景が少しぼやけていくようだった。泣いてはいけない。真由美の式で泣いてはいけない。 その時、地下がまたなおの方を向いた。「ねえ、なおちゃん。NPOって言ってたけど、それって収入ちゃんとあるの?娘ちゃんを養えてる?」周囲の元同級生が地下の言葉にくすくす笑いながら、面白そうになおを見ていた。なおは静かに息を吸った。「娘は元気に育っています」それだけ言って、また下を向いた。 「そう、大変ね。頑張ってね」地下のその言葉が、嘲笑よりも深く刺さった。なおはそっと立ち上がり、会場の端へと向かった。「あら、もう帰るの?お子さんが待ってるから?お疲れ様ね」また笑い声がした。なおは振り返らず、静かに歩き続けた。 バッグを手に取り、スマートフォンを開いて、真由美へメッセージを打ち込んだ。「ありがとう。本当におめでとう。ごめんね、先に失礼するね」送信ボタンに指を乗せたその瞬間だった。マイクを通じた声が会場全体に響き渡った。「皆さん、少しだけ時間をいただけますか?」 なおの指が止まった。式場のドアに向けていた体が、ゆっくりと振り返った。壇上に立つ真由美の目には涙がにじんでいたが、純白のドレスをまとったその表情には、固い意志があった。「今日、私が一番大切にしている人への感謝を込めた、特別な動画を皆さんに見ていただきたいのです。少し長くなりますが、どうかお付き合いください」 スクリーンに映像が流れ始めると、地下を含む元同級生たちが何気なく画面へ目を向けた。「何の動画かな?ブライダルビデオ?」誰かが軽い口調でそう言った。なおはドア付近で動けないまま、画面を見つめた。 スクリーンに内閣府の紋章が映し出され、荘厳な音楽と共にテロップが現れた。「第7回社会企業家大賞 受賞式」内閣府の大会議場。壇上にはスーツ姿の大臣と受賞者たちの姿があった。司会者の声が流れ始めた。「本年の最優秀受賞者を発表いたします」会場のざわめきが静まり、一瞬の沈黙があった。「受賞者は、株式会社ノア 取締役」 「ノア」という名が聞こえた瞬間、地下の顔色が変わった。日本中のニュースで取り上げられた、あのシングルマザー支援の会社だ。まさか、と思った瞬間、次の言葉が続いた。「井上なおさん」 スクリーンになおの顔写真が大きく映し出された瞬間、会場全体が静まり返った。地下の表情が一瞬で固まり、隣の元同級生も口を半開きにしたまま動かない。地下の手からグラスがかすかに傾き、ワインが揺れた。「あら」と声をあげた隣の女性が、地下の顔を見て黙り込んだ。別のテーブルの女性が「えっ」と小さく声を漏らした。「ちょっと、ノアって知ってる?あの会社だよね」「え、あのシングルマザー支援の」 スクリーンでは、深いネイビーのスーツをまとったなおが、静かで揺るぎない足取りで壇上を歩む姿が続いた。国務大臣から表彰を受け取るなおの姿に、会場から大きな拍手が起きた。続けて字幕が現れた。「全国200拠点、支援実績5000名以上。シングルマザー就労支援、住居支援、子育てサポートの先駆者」 大手企業のCEOたちからの祝辞コメントが次々と流れ、内閣総理大臣からの推薦テロップも映し出された。「日本の社会企業の模範、次世代の支援モデルを示した先駆者」NHKニュースの映像も続いた。全国の支援拠点でシングルマザーたちに寄り添うなおの姿が映し出され、涙を拭いながらなおに抱きつく女性たちの中から一人がカメラに向かって語った。「仕事も住む場所もなくて、娘と二人で暮れていた。そんな私にノアが手を差し伸べてくれた。井上さんに会わなければ、今の私はなかった」 受賞式でのスピーチ映像に切り替わり、なおはマイクの前に立った。「かつて私も、助けを求めても誰にも届かない時期がありました。声をあげることすら怖かった時期がありました。家族も頼れる人も何もなくなった時期もありました。だからこそ、声を上げられない人の声になりたかった」 フォーブス・ジャパンの取材映像も流れ、記者がなおを紹介する声が聞こえてきた。「シングルマザー支援の旗手、日本の社会企業を牽引する人物です」 「ちょっと待って。これ、本当になおちゃんの話なの?」震える声でつぶやいた女性がいた。元同級生たちの顔が次々と固まり、地下のグラスを持つ手が小さく震えていた。ほんの数分前に自分が言い放った言葉が、次々と地下の胸に突き刺さっていった。 動画の最後に、大きなテロップが現れた。「5000人の人生を変えた女性企業家」両親を若くして亡くし、頼れる身内のいない中から作り上げた組織だった。 スクリーンが暗転し、会場に深い沈黙が降りた。誰も何も言えなかった。「なおちゃんが、そんな人だったなんて」誰かがぽつりとつぶやいた。テーブルに静寂が広がった。 沈黙の中で、真由美がマイクを握り直し、涙をこらえながら会場に語りかけた。「なおちゃんは、私の人生を変えてくれた人です。高校の時、私が転校してきた初日に、誰も話しかけてこない教室で、たった一人で声をかけてくれたのがなおちゃんでした。なおちゃんは自分が苦しい立場にいるのに、私を心配していつも私のことを守ろうとしてくれた。本当は一番辛かったのはなおちゃんだったのに。20代でご両親を亡くして、それでも誰にも弱音を吐かなかった。ノアの最初の社員として3年間働いてきた私が言います。この人ほど強くて優しくて、誰かのために生きている人間を、私は他に知りません」 真由美の声が途切れ、嗚咽をこらえる声がマイクに拾われた。その声が会場に響いた瞬間、ホール全体が深い静寂に包まれた。その静寂の中で、真由美の父親が立ち上がった。次に真由美の母親、続いて新郎の両親が立ち上がった。隣のテーブルの招待客も、一人また一人と立ち上がり始め、温かく力強い拍手がホール全体に広がっていった。 なおは入り口付近で立ったまま、全身を震わせながら何度も深々とお辞儀をした。目に光るものを浮かべながら、真由美に向けてそっと微笑んだ。「ありがとう、真由美ちゃん。来てよかった」それだけがなおの胸の中にあった。 拍手が広がる中、一人だけ席に座ったまま動けない人物がいた。地下だった。周囲の視線が音もなく地下へ向かい始めた。ほんの数分前、なおを嘲笑っていた女が、今、石のように固まっていた。 … Read more

13 September 2026

When Did Ancient Humans First Discover Chocolate?

Roughly 5,500 years ago, farmers in the lowlands of what is now southeastern Ecuador cracked open a football-shaped pod growing from a small tree beneath the rainforest canopy. Inside, they found bitter seeds wrapped in a slippery, sweet white pulp. The pulp was the appealing part, sweet and tangy, like a tropical fruit. The seeds … Read more

13 September 2026

「お前には今月付けで会社をやめてもらう。」 10億の新規契約を取った直後、新任の部長に突然そう宣告された。理由も告げず、引き継ぎ書を書けと言うだけ。悔しさと無力感で言葉を失った。だが、翌日、部長から電話がかかってきて、あの契約が一方的に破棄されたと怒鳴られた。私は淡々と告げた。「その案件の相手は私の父親です。」 電話の向こうで部長が絶句する音が聞こえた。…

「お前には今月付けで会社をやめてもらう。」 10億の新規契約の報告を終えた直後、新任の部長に突然そんなことを言われた。あまりのことに聞き間違いかと思い、思わず首をかしげてしまう。 「えっと、すみません。もう一度言っていただけますか?」 部長は、困惑する俺を小馬鹿にしたように一瞥し、今度は嫌味なくらいゆっくりと、ニヤニヤ笑いながら同じ言葉を繰り返した。 「お前に会社をやめてもらうと言ったんだ。本社から人員整理の指示が出ていてな。お前がその対象になった。」 「あの、それは具体的にどういう理由でしょうか? そういう話でしたら、こんな急に決定されるものでは…」 「うるさい。お前ごときが支社の人間の分際で、本社の意向に逆らうのか?」 部長は机をドンと叩き、声を荒げる。 「いいから黙って辞表を書け。あと、その大口取引は私が引き継ぐから、きちんと引き継ぎ書を作っておけよ。」 一方的に言いたいことだけを言って、俺を追い払うように手を振る。 「なんなんだよ。こんな勝手が許されてたまるか。」 俺は怒りと悔しさを胸に会社を去った。 「後で泣きついてきても遅いからな。」 そう胸の中でつぶやきながら。 俺の名前は菅原浩司。とある不動産会社の地方支社に勤務している。いわゆるデベロッパーと呼ばれる類いの企業で、仕事は主に都市開発や再開発、宅地開発、マンション開発など大規模な物件の開発事業だ。とはいえ、俺が務めている地方支社は親会社ほどの大きな規模の受注はなく、宅地や新築マンションの開発、そしてそれらの維持管理が主な業務になっている。 俺は入社3年目で営業部に配属となってから、ずっと営業畑だ。派手なパフォーマンスには向かない性格だったが、その分努力を惜しまず、相手と向き合うようにしている。そんな仕事ぶりが評価してもらえているようで、顧客や取引先は安定した信頼を寄せてくれている。最近では成績自体も上向いており、責任ある仕事を任されるようにもなってきていた。 同僚たちからは「最近調子いいな」「近々昇進か?」などと、顔を合わせれば冗談半分にそんな声をかけられることもある。 どうのというのは噂の域を出ないけれど、それでも俺は、自身が生まれ育ってきた土地をより住みやすく発展させるための一翼を担う今の仕事に、夢と誇りを持っていた。 そんなある日、営業部の部長が本社へ移動することを知らされた。寂しい話ではあるが、物悲しさはいかんともしがたい。部長は俺が営業部に配属となってからずっとお世話になった人だった。 「君は君らしく、これからも頑張ってくれ。」 という力強い言葉に後押しされ、俺は精一杯の笑顔でその新たなる旅立ちを見送った。 移動した部長の後任は、本社勤務だった村井という人物が担うらしい。この支社は政令指定都市にあるため、周囲も田舎というほどではないが、かと言って本社勤務のエリートがわざわざ移動してくるような明確なメリットがある場所でもない。 「部長とはいえ、珍しいこともあるものだな。」 そんな風に不思議に思っていると、噂好きの同僚が早速情報を仕入れてきたらしく、その日の昼休みはその同僚を囲んだ即席座談会となった。 「俺が聞いたところによると、その村井部長、本社で大きなミスをしでかしたらしいんだ。そのミスを焦って隠そうとしたら、それが余計に混乱を生んで、結局契約が一件パーになったみたいで。」 「うわ、えぐいな。まあ自業自得ではあるけど。」 それを聞いた同僚が眉をひそめて相槌を打つ。すると別の同僚が口を開いた。 「ってことは、その村井さんはその責任を取らされて、ここに左遷されたってこと?」 「まあそうだろうね。支社勤務の俺たちからしたら、そんな厄介な人間を押し付けられるのは勘弁してくれって感じだけど。」 情報源である同僚が、参ったとばかりに肩をすくめた。彼の言に同僚たちも深く頷く。それもそうだ。なぜなら、大抵左遷されてくる人間というのは、己の行いを反省するどころか、自身の境遇に対する怒りをそのまま周囲に撒き散らすのが大体のセオリーなのだから。 この支社は土地柄もあるのか、穏やかで温厚な気質の人間が多い。この村井という人物も、どうかあまり主張の激しい人物であってくれるなと、今は祈るしかなかった。 だが俺たちの祈りも天には届かなかったようで、本社から移動してきた村井部長は、初日の自己紹介から早々に俺たちを威圧してきた。 「本社から移動してきた村井だ。私の見たところ、どうもこの支社は生ぬるい人間が多くていかん。私が来たからには、今までのような生ぬるいことは言わせないので、そのつもりで。」 村井部長はそう言い放って、営業部全体を困惑させた。何とも答えず顔を見合わせている俺たちに向かい、馬鹿にしたような一瞥をよこすと、話は終わったとばかりに彼はさっさと自席へ戻っていく。 「ねえ、何? あの態度。よろしくの一言くらい言えないの?」 デスクの隣の同僚が、部長に聞こえないように声を潜めながらも、ぷりぷりと怒っている。俺は思わず苦笑した。気持ちは分かるが、まあ今まで本社のエリートだった人間にとっては、支社の人間なんて大体虫けら同然に見ているのだろう。 「まあまあ、向こうも着任したばかりだし、そのうち態度も軟化してくるかもよ。」 そう言って俺は同僚を慰め、まずは今抱えている案件に全力で向き合おうと気を取り直して、自身の仕事に取りかかった。 だがそれからも、村井部長は支社の雰囲気に馴染むこともなく日々が過ぎた。そればかりか、彼は部内で一番遅く出勤してきた後、滅多に自身のデスクから動くことはない。そして一日中何をしているのかといえば、ひたすら自分のスマートフォンやパソコンばかりを触っていたり、ひどい時には居眠りをしていたりする。 着任してきて一ヶ月が経ってもその状態で、俺はあまりにやる気のない村井部長のその姿に、心底がっかりしてしまった。最初からこちらを見下しているのは分かっていたし、お世辞にも品行方正とは言いがたいその態度からして、問題があるのはその通りなのだろう。だがそれでも俺はどこかで期待していたのだ。何せ本社勤務だったエリートの仕事ぶりを間近で見る機会なんて、支社にいる限りは早々ない。自己紹介であんなことを言うくらいなのだから、言動に問題はあるにしろ、さぞ冴えた仕事ぶりを披露してくれることだろうと、俺は正直少し楽しみにもしていたのである。 だが蓋を開けてみれば、村井部長は自身の仕事をほとんど部下に押し付けて、一日中ずっと遊んでばかりいる。もはや入社一年目の新人の方が数倍仕事をしている。 だというのに、彼は自分のことは棚に上げて、部下の成績については過剰なほど敏感になった。今日も部長の机の前には、一人の部下が丸めて佇んでいる。その顔色はこちらの胸が痛くなるほど青ざめているのだが、部下のそんな様子を顧みもせず、村井部長は先ほどからネチネチと彼のミスをあげつらっては叱責していた。 「お前さ、入社して何年目なんだよ。今時新人でさえこんなミスしないぞ。それにお前、この頃全然契約が取れてないじゃないか。なんだ? さては私を舐めてんのか?」 「そ、そんな…そのようなことは決して…」 「ふん。じゃあその証拠に、契約の一つでも取ってきてみろよ。」 いきなり怒鳴る村井部長の姿を、フロアにいる誰もが白けた目で見ている。この仕事は一件一件の金額が大きい分、そんなに簡単には新規契約など取れるものでもない。今やり玉に挙げられている部下だって、それこそ毎日様々な手段を工夫して顧客獲得に一生懸命になっていることは、部内の人間なら誰でも知っていることだ。それを、ろくに仕事もしない人間がああだこうだとけなしていいはずがない。 俺はたまらず声を上げ、二人の間に割って入った。 「お話中失礼します。彼に電話がかかってきていて、どうも急ぎの要件みたいで。」 そう言って部下を呼べば、あれだけ怒鳴ったのにまだ怒鳴り足りないのか、いささか不服そうな顔をしながらも、村井部長はさっさと去れとばかりに手を振り、部下を解放する。 「すみません。どちら様からのお電話ですか?」 密かにほっとした顔をして足早に俺へと近づいてきた部下に、俺はこっそりと囁く。 「ああ、ごめん。電話は嘘。そうでも言わなきゃ解放してもらえないだろう。適当に応対してるふりして、そのまま外回りに行くといいよ。」 … Read more

13 September 2026

Do Wild Animals See Humans As Weak?

Wild animals do not evaluate humans the way a biology textbook would suggest. A lone human body is soft-skinned, clawless, and slow compared to many predators. Yet across the globe, wildlife consistently treats people as a danger far greater than our physical limitations would imply. In one striking experiment in South Africa’s Greater Kruger region, … Read more

13 September 2026

ある日、ボロボロの身なりの老人が俺の小さな工場に来て、「社長、どうか私を日給100円で雇ってください」と言った。顔の半分は火傷の跡で覆われていて、俺は思わず息を飲んだ。事情を聞いて同情し、月1万円で雇うことにした。ところが数日後、事務所の電話が180件も鳴り響き、みんな「伊崎さんの陶器が欲しい」と言う。まさか、あの老人が30年前に一世を風靡した有名陶芸家だったなんて。しかも、彼を雇う前に、あ…

ある夏の日、ボロボロの身なりの老人が俺の経営する小さな金属加工工場を訪ねてきた。最初は断ろうと思った。しかし、老人の身の上話を聞いて、俺は告げた。「わかりました。食事付き、月1万円で雇います。」老人は目に涙をためて何度も礼を言った。 俺の名前は花村信助、35歳。父が亡くなってから小さな工場を継いで3年になる。従業員は俺を含めて6人。建物も老朽化し、経営は厳しい。母は病気で入院中で、俺は工場の管理と事務を一人でこなしていた。 ある日、道端で中学時代の同級生・勝野正彦に声をかけられた。彼は近所で食器を作る会社を経営していて、規模も売れ行きも俺の工場とは比べ物にならないほど大きい。 「お前んとこ、まだ工場続いてるのか?」 「ああ、なんとかね。」 「相変わらず下請けの下請けみたいな仕事だろ。うちみたいに優秀なデザイナーもいないから、オリジナル商品も作れないしな。」 悔しかったが、正彦の言うことは一理あった。俺の工場にはデザイナーを雇う余裕などない。正彦は高級そうなスーツを着て、俺のボロボロの作業着を見下すように笑いながら去っていった。 母の病室に花を飾ると、母は嬉しそうに笑った。母は昔から花を生けるのが好きで、そのきっかけは有名な陶芸家のファンだったかららしい。 「慎助、工場の方はどう?」 「なんとかやってるよ。」 俺は無理に笑ったが、母は心配そうな目をしていた。 「あなたには技術もセンスもあるんだから、苦しかったら工場を閉めて別の仕事をしてもいいのよ。」 「ありがとう。でも、父さんと母さんがやってきた工場を守りたいんだ。」 母は頷いたが、顔には申し訳なさが滲んでいた。 翌日、猛暑日になると天気予報が告げる中、俺は事務作業をしていた。すると従業員の一人が困った顔で呼びに来る。玄関先に、ボロボロの身なりの老人が立っていた。年齢は70歳前後。顔には大きなマスクをしている。 「どうかなさいましたか?」 「社長、どうか私を日給100円で雇ってください。」 俺は老人を応接室のソファに座らせ、冷たい飲み物を出した。彼はそれを飲み干し、少しだけ顔色が良くなったように見えた。 「あなたのことは何とお呼びすれば?」 「藤堂高弘と申します。」 「どうしていきなり雇ってほしいと?しかも100円だなんて。」 藤堂さんはぼそぼそと語り始めた。 「私には自慢できる経歴などありません。現在71歳で、この30年はアルバイト経験しかないのです。最近まで大きな工場で働いていましたが、雇い止めになって、住むところも失いました。この年齢でこんな私を雇ってくれるところなど、どこにもありませんでした。」 「うちも従業員は足りているんです。」 藤堂さんはすがるような目で「そこをなんとか」と懇願した。俺はふと、暑いだろうからマスクを取ってはどうかと提案した。 「あ、それはお見苦しいものを見せることになるかと。」 彼がマスクを外すと、俺は息を飲んだ。マスクで隠れていた顔の半分は、ひどい火傷の後のようなケロイドで覆われていた。元の顔立ちがわからないほどの傷だった。 「すみません。事情も知らずにマスクを取るように言ってしまって。」 藤堂さんは昔、自宅が火事になり、この怪我を負ったらしい。それが原因で全てを失い、家族からも見放されたのだという。 「この顔ですから、どこも気味悪がって雇ってはくれません。当然かもしれませんが。」 俺は深い同情の気持ちを抱いた。そして、膝を打って告げた。 「わかりました。食事付き、月1万円で雇います。この工場の2階に居住スペースがあるので、そこを使ってください。食事は俺が作るものですから、そこまで豪華ではないですが。」 藤堂さんは目を見開いた。 「ちょ、ちょっと待ってください。1万円?私は100円でもいいと…」 俺は少し笑ってしまった。 「そんな100円で人を雇ったら、俺が捕まってしまいますよ。とりあえず明日からよろしくお願いします。」 藤堂さんは見る見るうちに目に涙をため、俺の手を握り深く頭を下げた。 「花村社長、ありがとうございます。本当にありがとうございます。」 俺は自分の給料を削ればなんとか彼を雇えると思った。とにかく目の前の藤堂さんを救いたかったのだ。 従業員に藤堂さんを雇うことを説明すると、彼らも温かく迎え入れてくれた。最初は検品や簡単な金属加工を任せたが、藤堂さんは仕事の覚えも早く、手先も器用で、俺は感心した。 藤堂さんが働き出した日の夜、食事をしながら彼と話した。 「花村製作所では陶器の製作を行っているんですね。きちんとした焼き窯もありました。」 「ええ、祖父の代から使っているものですから古いですけどね。藤堂さん、焼き物に興味がおありですか?」 「ええ、過去に少し。趣味で焼いたこともあります。」 俺は余った陶器の材料や上薬などを使って、オリジナルの作品を焼いていいと彼に告げた。すると藤堂さんは顔を輝かせた。 「仕事を与えてくださっただけではなく、作陶の許可までいただけるなんて。ありがとうございます。生活に張りが出ます。」 「いいんですよ。藤堂さんの作品ができたら、是非見せてくださいね。」 俺は藤堂さんを雇ったことを後悔していなかった。彼は覚えも早く、ちゃんと仕事をしてくれていたし、温厚な性格で職場にも溶け込んでいた。俺の生活はさらに苦しくなったが、それでも生き生きとした藤堂さんを見られるのが嬉しかった。 それから、俺の工場は短い盆休みに入った。3日間の休みの間も俺は事務作業があったが、最後の1日だけは完全な休みをもらい、母と長い時間を過ごすことができた。 仕事が始まる日、出社してみると事務所の電話が鳴り響いていた。滅多にならない電話なので慌てて取ると、女性の声がした。 「花村製作所さん?陶芸家の中野城さんのブログで紹介されてた、伊崎さんの陶器が欲しいんだけど。」 「え?陶芸のブログ?何のことでしょう?」 「花村製作所で作ってるんでしょ?とりあえず連絡先を伝えておくから、伊崎さんの陶器ができたらすぐ連絡をちょうだい。」 はて何のことかと思いながら連絡先を控え、電話を切った。そして留守番電話の件数を見て、俺は目を見張った。なんと180件を超えている。1つ1つ聞いてみれば、みんな同じことを言っているのだ。 「ブログで見た伊崎さんの陶器が欲しい。」 … Read more

13 September 2026

新しく来た部長に「中卒か」と初日から見下され、毎日「お前の学歴でよく生きてこれたな」と笑われていた。我慢の限界だったある日、部長は社長と役員の前で「彼の特技は英語です」とニヤニヤしながら言い放った。英語ができない俺を晒し者にする気だ。でも、部長は知らない。俺がアメリカの大学を出ていることを。俺は一歩前に出て、英語で話し始めた。部長の顔が青ざめていく。 コメントで続きを読んで。

「君が移動してきた中卒か。」 新しい部長に挨拶をした瞬間、そんな言葉を浴びせられた。どうして君みたいな中卒がここにいるのか分からんが、しっかり働くように、と。頭には来たが、俺は「はい」と短く答えて自分のデスクに戻った。 俺の名前は間田勇気。35歳の会社員だ。妻と1歳の娘の3人暮らしで、娘が可愛くて仕方がない。妻と出会ってから、俺は幸せを感じている。だが、子供の頃はそれなりに苦労してきた。 中学生の時に両親を事故で失った。父方の祖父母は俺が生まれる前に亡くなっていて、母方は祖母の体が弱く入退院を繰り返していて、祖父が面倒を見ているので、俺を引き取る余裕なんてなかった。一時は親戚をたらい回しにされたが、中学3年の頃、母の弟である叔父から連絡があった。海外で仕事をしている叔父が一時帰国するという。叔父は海外に行く前は頻繁に会っていて、父とも仲が良く、俺にもよくしてくれていた。そんな叔父が「俺を引き取る準備ができたから、遅くなってごめん。俺のところで生活すればいいよ」と言ってくれた。親戚の家で肩身の狭い思いをしていた俺は、すぐに頷いた。 しかし、俺を引き取ってくれていた親戚はそれを良しとしなかった。親戚のところには俺の両親の保険金や遺産が預けられていたらしい。俺がいなくなると、そのお金が使えなくなるから困るというわけだ。そこから親戚と叔父の間で揉め、叔父は「じゃあ、勇気のことを厄介扱いしないでください。服装や持ち物も、勇気の欲しいものを与えてやってください。世間体やお金のために勇気を利用するな」と言った。ようやく親戚は諦めたという。結局、俺は中学卒業と同時に叔父のところに行った。 そんな過去があったが、人に話して面白いものでもないので、俺の生い立ちを知る人はあまりいない。俺は2年前に今の会社に来た。知り合いに声をかけてもらって転職したのだ。その後、娘も生まれた。仕事もうまくいっていたし、苦労してきた分報われたと思う。 しかし、数ヶ月前に部長が変わった。それから部署の雰囲気は悪くなる。部長は名門大学を卒業しているらしく、エリートだ。「この中でまともな学歴はほとんどいないなあ」と部署内を見回していったことは記憶に新しい。しかも、どこで聞いたのか俺に向かって「お前、中卒らしいなあ。そんな学歴で今までどうやって生きてきたんだよ。せいぜい俺の出世の足を引っ張るなよ」と言ってきた。 そう言われても、俺は真面目に生きてきたし、俺の人生をとやかく言われる筋合いはない。反論するのも馬鹿らしくて、俺は「はい」と返事をする。それ以来、部長は機会があるごとに俺を中卒だと見下してくるのだ。 部長があまりに俺を中卒だと連呼するので、部長の取り巻き連中も俺を見下すようになった。そんな様子を見て、同僚の神川がこそこそと声をかけてきた。 「おい、いいのかよ、お前の学歴って。」 俺は神川の言葉を遮る。「はあ、いいんだよ。何言っても無駄だろ。」 そう言うと、神川は腑に落ちない顔をした。実は理由があって、俺の最終学歴は口止めしてある。仲のいい同僚や人事部、社長など知っている人はいるが、今のところそれ以外には広まっていない。 この会社では高学歴で出世している人もたくさんいる。まあ、そんなのはどこの会社もそうだろう。世間的には名門大学卒だとエリートだ。部長もその1人で出世コースのようだ。そのことに異論はないが、だからと言って人の学歴を見下してくるのはどうなのか。 部長に言い返してやりたい気持ちはあるが、それなら俺は仕事で見返したいと思った。ちょうど大きな案件を抱えているし、これを成功させれば部長だって少しは俺のことを認めるだろう。そういう仕事をしていけば、いつか部長も分かってくれる。俺はそう思い、一層仕事に力を入れた。 それから半月後、部長が「明日、社長と役員が視察に来ることになった。面倒だがしょうがない。お前らちゃんと仕事しろよ」と言った。視察の詳しい目的は分からないが、今までも役員が突然視察にやってきたことは何度かある。部長はこの視察を面倒な行事だと捉えているようだ。「ああ、面倒だなあ。視察だなんて。何しに来るんだよ。」部長は1日中ぐちぐち言っている。周りの社員の中には「まあまあ、そう言わずに」と部長の肩を持つエリート組もいるが、大半は部長を白い目で見ていた。 すると、俺を見て部長が突然「ああ、そうだ。面白いことを思いついた」と言い、それからニヤニヤと上機嫌になった。何を企んでいるのだろうか。 翌日、出社するとすぐに社長と役員が来て、部署内の空気は張り詰める。挨拶の時間になり、部長が挨拶を始めると、「うちには面白い人材がいるんです」と話し始めた。社長は「おお」と言って部長の話に前のめりだ。部長が何を言うのかと思ったら、「この部署に中卒の社員がいてですね。まあ、学歴なんて関係なく優秀だからここにいるんですよね」と俺を見てニヤニヤし出す。俺のことを言っているのか?部長が俺のことを優秀だというなんて、裏があるのだろう。 社長と役員は部長の行動を監視するように見ていた。部長は俺に前に来るよう指示して、「間田君と言うんですけど、中卒なんですよ。私なら恥ずかしくって言えませんが、彼は中卒だと知られても堂々としている。それから、彼の特技は英語なんです」と言い出した。 俺は昨日の部長のニヤニヤとした顔を思い出し、こういうことだったのかと理解する。きっとこの後、英語で話をしろとか言ってくるのだろう。俺は部長に英語が得意だなんて言ったことはない。多分部長は、中卒だし、俺は英語ができないと思っているはずだ。そこで英語のできない俺をさらし上げて笑い物にする気なのだ。 俺の予想通り、部長はニヤニヤと笑いながら「さ、視察にいらっしゃった社長と役員方にご挨拶しなさい。もちろん君の得意な英語でだ」と言った。 散々中卒だと馬鹿にしてきて、まだこんな落とし入れるような真似をするのか。そう思うと、今まで流してきた怒りが爆発した。社長に直接話せる機会なんてほとんどない。むしろいい機会だ。俺は部長に向かって「部長って英語できるんでしたっけ?」と言うと、部長は「当然だ。私を誰だと思っているんだ?名門大卒なのだから、英語くらいできて当然だよ」と答える。適当な英語ではごまかせないぞと念を押された気がした。そもそも部長は、俺には英語なんて話せないと思っているのだろう。 「分かりました。」 俺がそう言うと、社長や役員の視線が俺に集まる。俺は一歩前に出て話し始めた。その瞬間、部長は目を見開いて信じられないという顔で俺を見る。役員は頷きながら社長に耳打ちをし、社長の顔はだんだん厳しくなった。 「あ、おい、何を言っているんだ」と部長は俺を止めにかかったが、俺は止まらない。そして俺は英語で部長の悪態をぺらぺらと話し、今までの行いを暴いたのだ。 他の社員は「えっ」と言いながら隣の社員と耳打ちをしたり、俺をじっと見たり、反応は様々だ。部長は俺の言っていることを少しは理解しているらしく、少なくとも部長を褒めているわけではないと悟り、慌てている。社長に耳打ちをしている役員は、俺が話している内容を社長に通訳しているのだろう。 全て話し終わると、俺は一礼をする。次に口を開いたのは社長だった。「今の話、本当かね。」部長に向かってそう言うが、部長は俺の話を全て理解していないので「あ、ああ。いえ、その…」とどもる。 俺は部長に向かって「僕の挨拶、どうでしたか?部長は全て理解していただいたんですよね。」と言うと、部長は俺を睨みつけた。「お前、英語ができたのか?」 俺は笑って言った。「アメリカで生活していましたからね。僕はアメリカの大学を出ていますし、妻もアメリカ人です。会社ではほとんど使っていませんが、アメリカ人の友人も多いので英語はよく使うんですよ。」 社員の間でどよめきが起こる。驚いて声を出せずにいる部長に、俺はもう一言。「僕がこの会社に転職してきたのは、そちらにいらっしゃる真辺さんに誘われたからなんですよ。」そう言って、役員である真辺さんに視線を移す。先ほど社長に通訳をしていたのはこの真辺さんだ。部長は「え」と声をあげた。 真辺さんは頷いて「私の妻もアメリカ人でね。妻と間田君の奥様がアメリカ人のコミュニティクラブで知り合って、そこからずっと仲がいいんだ。妻から間田君の話を聞いた時、我が社で力を発揮してくれると思ってアプローチしたんだよ」と笑う。そこで社長が「彼が真辺君一押しの社員だったか。アメリカの名門大学を出ているんだろ。ここにいる誰よりもエリートだな」と豪快に笑った。 部長はうろたえて「はあ?アメリカの名門大学?どういうことだ?だってお前は中卒じゃ…」と言う。自分の生い立ちを話すのはあまり好きではないが、俺は手短に「幼い頃両親が事故で亡くなりまして、中学までは親戚のところで面倒を見てもらっていましたが、所詮は場でアメリカで仕事をしていた叔父に引き取られたんです。だから向こうで勉強して大学を卒業しました。その頃叔父が帰国することになったので、俺も一緒に日本に帰国しました」と話す。 そこで真辺さんが笑って言った。「それで当時友人だった奥さんが間田君を追いかけて来日したんだろう。羨ましいな。」その言葉で車内は一瞬和やかな空気に包まれる。しかし部長だけは俺を睨みつけていた。 社長は部長に向き直り、「それで、今の話は本当なのか」と言う。「え、あの、何のことで…」とうろたえる部長。そこで真辺さんが口を挟んだ。「間田君が話した内容は理解しているよな。」厳しい口調に部長は青ざめる。俺はそこで「部長は名門大卒で英語ができるのは当然なんですよね。部長は全て理解していると思いますが、僕が今話したのは、部長はよく俺のことを中卒だと馬鹿にしてきたこと。他の社員のことも見下したり馬鹿にしたりしていること。それと昨日はこの視察を面倒だと周りにぐちぐち言っていたという内容です」と言うと、他の社員も「うんうん」と頷いた。 俺は続ける。「僕の日本での学歴は中卒ですから、わざわざ訂正しようとは思いませんでした。それに、学歴だけで優劣をつける人は嫌いなので、アメリカの大学を卒業しているというのも伝えなかっただけです。」 部長は口ごもっている。社長は「そうか」と言って頷いた。俺は社長と目があったので、思い切って口を開く。「僕は学歴よりも仕事ぶりで評価して欲しいです。だからきちんと仕事をして成果を出せば、部長も認めてくれると思っています。今はまだ部長から見下されていますが、僕は必ず仕事で見返したいと思います。」 これは俺の決意だ。次の瞬間、拍手が湧き起こる。真辺さんは「さすが俺が見込んだだけのことはあるな」と笑った。そして社長が部長に向かって「君は学歴でしか判断できないらしいが、人間に部長なんて勤まるのか?社内で君の悪い噂が聞こえてきているので、今日はそれも含めた視察なんだ」と言う。部長の顔はどんどん青ざめていく。真辺さんはそれを無視して「では、仕事を始めてください」と言った。 部長は目に見えてイライラしている。社長の目もあるので表だって何かを言ってくることはないが、俺のデスクの後ろを通る時にわざと俺にぶつかってくるし、小声で嫌みを言ってくる。やることが小学生以下だ。 「お前、余計なことをしてくれたな。」そう後ろから刺されたので、思わず振り返り「僕が英語を話せるわけがないと思って、わざわざ英語で挨拶しろなんて言ってきたんですよね。自分のことを棚にあげて何なんですか?部下に恥をかかせて、それが自分の恥になると思わないんですか?」と言ってしまった。社長の視線がこちらに向いたので、部長は慌ててその場を去っていく。 その瞬間、俺宛ての着信があると言われ、電話に出た。「はい、ありがとうございます。」俺は先方の言葉に勢いよく返事をする。そして電話を切り、喜びを顔に表した。 「間田君、もしかして…」隣の席の神川に声をかけられたので、俺は勢いよく頷いた。受け持っていた大きな案件が無事に決まったのだ。 すぐに部長に報告しようとすると、部長の姿がない。きょろきょろしていると、真辺さんに声をかけられたので、俺は案件が決まったことを報告する。「すごいじゃないか。快挙だよ。」真辺さんも喜んでくれて、すぐに社長まで話が行った。すると真辺さんが社長に「あの案件、彼を中心に任せてみてはいかがでしょう」と言う。俺は何のことか分からず首をかしげたが、社長は「ああ、そうだな」と言って頷いた。 部長はタバコでも吸いに行っていたのだろう、俺が社長と話しているところに部長が戻ってきたので、俺は部長に案件が成功したという報告をした。「ああ、よくやった」と口では言っているものの、部長は青筋を立てている。社長はそれに気づいていないようで、「間田君に任せたい仕事がある」と言い出した。とある外資系企業とのプロジェクトで、もちろん英語が必須になるし、責任者がいなくて悩んでいたという。そこで俺に白羽の矢が立ったそうだ。真辺さんが「本来なら部長に任せようと考えていましたが、ここ数時間見させてもらっただけでも部長は適任とは思えなかったので、とりやめました」と言う。 部長は悔しそうに唇を噛んだ。俺は「はは、はい、是非やらせてください」と返事をし、部長に向かって「部長の出世の足を引っ張らないように頑張ります」と言った。すると周りから笑いが起こる。俺は社長と真辺さんに向かって「いつも僕は中卒だからと、部長に出世の足を引っ張るなと言われていたもので」と言うと、部長は俺を睨みつけるが、言い返すことはできないようだ。 その後、社長らが視察を終えて帰ると、俺は部長に呼び出される。嫌な予感しかしなかったので、俺は隣の席の神川に部長から呼び出されたことを話し、指定された会議室に向かった。案の定、部長は俺に向かって「ふざけるな。お前のせいで俺は面目丸つぶれだ。今からでも遅くない。あの真辺とかいう役員に連絡して、俺の鉱石を伝えろ」と言ってくる。「鉱石って何ですか?名門大卒の部下しかいないということですか?学歴で部下にランク付けをしていることですか?それとも自分の仕事を部下に押し付けて、いい評価を自分のものにしていることですか?」俺は腹が立っていたので、言いたいことを言ってやった。 部長は「うるさい。アメリカの名門大卒なんて、証拠もないのにどうとでも言えるだろう。アメリカの女はお前みたいな中卒が好みなのか。どうせお前の嫁なんて、大したことないやつなんだろう」と言ってきた。俺は手を出しそうになる衝動を抑えて口を開く。「妻は素晴らしい人だ。部長に何が分かるんですか?会ったこともない人に対して、よくそんなことが言えますね。部長こそ名門大学卒なんて信じられません。確かに学力はあったのかもしれませんけど。それ以外の人間性、社交性、一般常識、どれを取っても小学生以下じゃないですか?」 そこまで言うと、部長は俺に掴みかかってきた。その時、会議室のドアが開く。「そこまでですよ。部長の暴言は全て録画させてもらいました。明らかにパワハですよね。」スマホを構えながら入ってきたのは神川だ。部長は俺を突き離し、「お前ら覚えとけよ」と吐き捨てて出ていった。 その後、俺は真辺さんに相談し、神川が抑えてくれた部長のパワハの証拠を渡した。部長は降格。しかも降格した途端、今まで部長についていたエリート社員たちは手のひらを返した。「降格した人に興味なんてありません」と言われている現場を見てしまい、俺は思わず笑いをこらえきれなかった。 元部長は、今まで見下していた平社員に降格の視線に耐えられなかったようで、いつの間にか退職したそうだ。俺は新しいプロジェクトを任されて充実している。妻も喜んでくれているし、妻と娘の笑顔にいつも癒されている。真辺さんと神川にも感謝だ。

13 September 2026