新社長に呼び出され、面談室でいきなり「君の給料は今の半分が妥当だね」と言われた。システムエンジニアなんて他にいくらでもいる、君の価値なんてそんなもんだ、と笑いながら。10年間、工場を支えてきたシステムを全て作り上げたのは俺だ。なのに、話を聞こうともせず、退職届にサインしろと迫ってきた。最後の「君みたいな人間は嫌いだよ」という言葉に、俺は覚悟を決めた。こんな人の下で働くくらいなら、辞めてやる。…
新社長は俺を見下すように言った。 「不眠普及で給料はこれまでの半分でやってもらわないとね。システムエンジニアなんて他にいくらでもいるんだ。君の価値なんてそんなもんだよ」 条件を飲めないなら、さっさと退職届けにサインして出て行け、と。 俺は無能だと決めつけられ、こちらの話を一切聞こうとしない。足元を見られ、率直に、分かりやすく腹が立った。ここまで下に見られて、この人の下で働くなんて真っ平ごめんだ。 俺は殴り書きのようにサインして、ひっそりと会社を去った。後で俺を追い出したことを後悔すればいい、と思いながら。 俺の名前は平本哲也。ある大手メーカーの子会社に所属するシステムエンジニアで、地方都市にあるメーカー子会社の工場に勤務している。工場内のシステム管理・保守業務の他、製造ラインのシステム設計に関わり、本社との間にある連絡の構築と維持管理もしている。 高校と大学でプログラミングを学び、最初はその道の専門家として学者を目指そうと考えていた。 しかし学者の道は狭き門で、進路選択を本格的に決めなければならない時期に躓いた。大学を出たら大学院に進もうとしていたが、それをしたところで将来が見えるわけではない。思い描く夢に辿り着くにも過酷な競争を勝ち抜かなければならない。努力はしなければならないと分かっていても、大人として自立する現実も大事だと考えた。 大学4年生の春先に、俺は最初の将来の夢を諦めた。 就活の時期は大きく過ぎていて、軌道修正するには遅い時期だった。それでも俺は開き直って就活に励み、今の会社の内定をもらった。 入社して5年目の秋、俺は子会社の社長から地方工場への移動を打診された。 「平本君、申し訳ないが工場には君しかSEを置けない」 「ああ、それはなかなか厳しいですね」 古い工場が改修によって最新式になり、システムの部分でも使用を一新することになった。だが社長は「私はそれだけ君を信頼している」と言った。 「システム開発設計も君を戦闘にして進める。それが完成後、現地では君を責任者として稼働させるつもりだ」 会社にとって極めて重大で重要な任務を、社長は俺に任せた。無理を言っているのは承知しているが、一つ引き受けてもらいたい、と社長は静かに頭を下げた。 このことは今でもよく覚えている。無茶な話だと思いながらも、頼られたことへの嬉しさも感じていた。能力を評価され、やりがいのある仕事をもらえる。エンジニア冥利に尽きる、と俺は思っていた。 社長の申し出を引き受け、俺はそれからシステムの開発と設計に打ち込んだ。まずは会社で仲間たちと大枠を作り上げ、残りは工場で仕上げる。反省し、テストを繰り返し、正式稼働を見届けてからは俺が一人で工場に残った。 5年が過ぎた。今、俺は本当に一人でSEとして工場内のシステムの全てを見守り、維持管理を続けている。 「ありがとう。しかし平本君には苦労しかかけていないな」 工場を訪れるたび、社長は俺を労ってくれた。 「いえ、開発と設計の段階で色々な人に協力してもらいましたからね。そのおかげでスムーズに快適にやれています。ご心配には及びませんよ」 移動前の段階で先を見越したシステム開発に徹していた。現地の工場で自分一人でも回せるように、トラブル対処に時間をかけずに済むように。そのため社長が心配するほど今の業務に厳しさはない。 しかし、セキュリティや警備上の問題、トラブル対応に優れたSEがいないことは俺の気がかりになっていた。 「社長、もしお考えいただけるようでしたらですが、人員の増員はお願いしたいところです」 「いや、それはそうなんだ。元々この工場の規模からしても、システム部ぐらいは設置していてもおかしくはないんだ」 今後工場は規模を広げていくことも決まっていた。その計画の中でシステム部門の対応が遅れている事実は、社長も把握している。 「これは喫緊の課題として取り組まなくてはいけないね。こちらでも調整するが、平本君も優秀な知り合いがいたら紹介してくれ」 社長は工場にシステム部を設置することを決めてくれた。新規でのSEの採用と、俺が責任者になった現地での募集も行った。 全ては前向きかつ現実的に進んでいたと思う。 しかし、この順調な流れの中で社長が病に見舞われた。命に関わる病を患い、入院を余儀なくされた社長は、そのまま慌ただしく会社を去った。社長職を辞任し、俺には社長から無念を綴った詫び状が届けられた。 「これからどうなるんだろうね」 「ああ、もしかしたら何もかも一からやり直しだったりしますかね」 社長不在の状況が続き、工場内も落ち着かない。俺は部署の同僚と日々の不安を語り合いながら、時が経つのを待った。 新社長は親会社から招かれるみたいだ。そうらしいね。けどそうなると、僕たちには何の馴染みもないというか、謎だらけって感じだね。 先代社長の辞任から2ヶ月後、新社長の人事が発表され、通達された。親会社のメーカーから出向の形でやってくるそうだが、俺や工場の人たちはどんな人なのか全く分からない。名前すら通達のタイミングで初めて知った。新社長の仕事のやり方、工場についての認識。知りたいことは山ほどあったが、そんな声を届ける術もない。 こうして会社と工場の船出は少々不安定なスタートを切った。 新社長の名前は日田孝太郎。親会社では長年、交渉や折衝のスペシャリストとして活躍していた人だそうだ。問題が表に出る前に沈静化をする役割を背負い、会社の闇を影として支えた頭の切れる人物。 工場に日田新社長が視察に訪れる直前には、こんな人物評が広まっていた。 「賢くて交渉ごとにたけた人なら、うまくやってくれるんじゃないかな」 「まあとにかく大手の会社で出世してきた人なんだもんな。子会社の社長だからって能力のない人は据えないだろうし」 人物像が見えないという恐怖感を持たれていた新社長は、こうして少しずつ期待の目で見られるようになっていく。話をしてみなければ分からないという前提はあったものの、優秀な人だと聞かされてこちらは安心する。 しかし、この期待感は実際に対面したことで見事に打ち崩されてしまった。 「あなた方は最新式の工場というその看板に甘えている」 職員との顔合わせから新社長の挨拶になり、日田社長は開口一番こう切り出した。 「製品を製造する過程で人と資金を使うというのは理解する。しかしここには製造部門には不要と思われる無駄が多い。それも呆れるほど多い」 日田社長は険しい表情で、自身が工場で存在価値がないと考えている部署や部門、携わっている人員について触れる。俺の中に嫌な予感があった。俺のしているシステム関連の業務は、用途によっては製造に直接関係しているとは言えない。こちらに批判の矛先を向けないで欲しい。俺は黙ってそう願っていたが、日田さんは俺に視線を向けた。 「この工場ではシステムが過剰に適用されているようだ。外部に委託すればいいものまで自社で構築して維持管理を続けている。その他にもそもそも不要と思われるものすら存在して、予算を無駄遣いしている」 日田さんの目だけではなく、周囲の人たちも俺をなんとなく見る。やり玉にあげられた。新社長に吊るし上げにされてしまった人。周囲の人たちの内心にはそんな感想があったのではないか。 応対はしたが、誤解を解いて日田さんに自分の業務と立場を理解してもらわなければ。俺はひとまず腰を上げ、新社長への面談を申し入れた。その機会は早々に実現し、俺は社長室に呼ばれ、日田さんと差しで話すことになった。 「あなたが平本さん」 俺を上から下までじっくり眺めると、日田さんは小さなため息を漏らした。 「優秀だ、やり手だと聞いていたけど、ただの金食い虫じゃないか」 「え、あの、何をおっしゃって」 「だから君がこの工場に根を張るシステムも作り上げたんだろう。そう聞いているよ。全く余計なことしてくれて」 … Read more