家に帰ってきて、ももこからハートのラッピングがされた箱を渡された瞬間、頭が真っ白になった。バレンタインのチョコだとすぐに分かったけど、まさか私に渡されるとは思っていなかった。だって、ももこは最近ずっとキッチンで何かを作っていて、みなちゃんが「お姉ちゃんは好きな人にチョコをあげるんだ」と言っていたから、私はてっきり誰か他の人に渡すのだと思っていた。なのに、箱には私の名前も書かれていない。ももこ…
手元のチョコの箱を見ながら、俺は頭が真っ白になっていた。たった今、ももこに手渡されたそれは、ハートのラッピングが施された、いかにもバレンタインのチョコレートといった箱だ。 え、じゃあ、このチョコは。 そうだよ。たっちゃんにあげようと思って、ずっと練習してたの。 だって、みなちゃんが、ももこは好きな人にチョコをあげるんだって言うから。 もう、鈍いなあ。 ももこは完全にすねて、横を向いてしまった。つまり、ももこの好きな人というのは、この俺ということか。俺は内心パニックになって、何と言っていいのか分からなかった。 あなた以外に、あげたい人なんていないよ。 俺の名前は篠原達典。大学を卒業する頃に両親を事故で失い、今は一人暮らしだ。家族が住んでいた実家にそのまま住むのは寂しくて、犬を飼うことにした。それが柴犬のきな子だ。 きな子がうちに来てから、もう七年になる。子犬の頃はやんちゃで世話が大変だったが、今はすっかり落ち着いた、賢い家族へと成長した。俺の生活の癒しは、きな子だけだ。 大学を卒業して就職してからも、俺はこの実家に住み続けている。この家を売って小さな部屋に移ることもできたが、父さんや母さんとの思い出が詰まったこの家を手放す気にはなれなかった。 夕方になると、きな子は散歩の時間だと分かっているのか、リードを俺のところまで持ってくる。 よし、散歩に行くか。俺の遊び相手はお前だけだな。 俺たちは毎日、川沿いを一時間ほど散歩していた。きな子はもう七歳。人間の年齢で言うと、もう五十近いらしい。確かに、子犬の頃よりは歩くスピードも落ちてきた気がする。 きな子、長生きしてくれよ。お前までいなくなったら、寂しいからな。 そんな独り言を、きな子が聞いているのかいないのか。家に戻って夕飯の準備でもしようかと冷蔵庫を漁っていると、スマホの着信音が鳴り響いた。 誰だろう。見ると、知らない番号からの電話だった。 もしもし。どちら様ですか。 おお、達典。元気か。 向こうは名乗らなかったが、聞いたことのある声だった。 あ、おじさん。久しぶりです。 亡くなった父には、年の離れた兄がいた。両親が亡くなった時、いろいろな手続きで世話になった人だ。 お前、ちゃんと暮らしてるのか。 はい。まあ、なんとか。おじさんも元気ですか。 すっかり年を取っちまって、ヒーヒー言いながらなんとか暮らしてるよ。 おじさんは笑いながら言った。ところが、急に声のトーンが下がった。 ところでなあ、急なんだが、お前に頼みがあるんだ。 何ですか。 おじさんが俺に頼み事をするなんて、初めてのことだった。 お前、親戚のももこちゃんたちを覚えてるか。 ももこ。確かに、名前は聞いたことがある。うちの両親は兄弟も多く、親戚は名前が覚えられないほどいる。だが、集まりも頻繁ではなかったから、深い付き合いのある人はいなかった。 うん。なんとなく。 下に、ちっちゃい妹もいなかったか。 そうだ。みな、まだ小学生だよ。その二人の親が、最近亡くなったそうなんだよ。二人とも、施設に入るそうなんだがな。 施設。そうなんだ。 俺は自分と同じ境遇の二人に、一瞬で同情心が湧いた。 お前、暮らしに余裕はないか。 え。 叔父の質問は唐突で、意味が掴めなかった。 つまり、二人を引き取れないかという話だ。上の子はもう高校生だし、手がかからないだろう。下の子もしっかりしているよ。両親の保険金もあるようだから、学費とかはそれで賄ってもらえれば。 ちょ、ちょっと待ってよ。おじさん、俺がその二人を育てるってことですか。 無理ならいいんだよ。ただ、あの子たちがかわいそうでね。同じような経験をしたお前なら、気持ちを分かってあげられるんじゃないかと思ってな。俺もできれば引き取りたいが、何せもう年を取ったし、今は年金暮らしで生活に余裕がない。他の親戚にも聞いてみたんだが、まだ幼い子がいたり、俺のように年を取った者ばかりで、みんなダメだったんだよ。 おじさんは電話口でため息をついた。 でも、俺、あの子たちとほとんど話したこともないしな。高校生と小学生の女の子なんて、どうやって接したらいいか。 お前は知らないかもしれないが、お前の両親はあの二人をかわいがっていたんだ。あの二人にとって、お前はその両親の息子だと言えば、きっとお前のところに行きたいと言うと思うぞ。 そうなんだ。知らなかったよ。 俺は、自分が両親を亡くした時のことを思い出していた。もう大学生だったけれど、突然家族を失った時の悲しみは、例えようのないものだった。俺にはこの家が残っていたが、そういう問題ではなかった。もうすぐ一人暮らしをするというタイミングではあったが、急に一人になった俺は、立ち直るのにずいぶん時間がかかった。 しかし、そうは言っても、これはとんでもなく責任の重い話だ。自分でもどうしたらいいか分からないが、このまま断っては、その二人を見捨てるようで心が痛んだ。 分かりましたよ、おじさん。 俺はそばに寄ってきたきな子を撫でながら答えた。きな子も、背中を押してくれているのだろう。 そうか。ありがとう。 おじさんだって、こんなことを頼むのは勇気が要っただろう。俺は電話を終えて、子供たちを迎える準備を始めた。 よし、きな子。買い物に行くぞ。 女の子に必要なものなんて、俺にはよく分からなかった。インテリアショップに行って店員さんに勧めてもらったものを買い、二人が喜んでくれるような部屋にしようと、必死に模様替えをした。家具の組み立ては得意ではないし、初めてのことだからかなり時間がかかった。それでも、両親を失って悲しんでいる二人に、少しでも安心して暮らしてほしいという思いで頑張った。 そして、週末の午前中、二人がうちにやってきた。 こんにちは。木下ももこです。こっちは妹のみなです。 … Read more