義父の言葉は、まるで鞭のように俺を打った。「こんな貧乏商売の家に娘をやれるわけがないだろう。娘に恥ずかしい思いをさせる気か。」俺は呆然と立ち尽くすしかなかった。持ってきた唐揚げは全てゴミ箱に捨てられ、義父は「まずい。残飯レベルだ。」と吐き捨てた。俺がこれまで何度救われてきたか分からない、母の愛情が詰まった唐揚げを。 俺の名前は川村直。25歳。幼い頃に父が亡くなり、母が一人で弁当屋を切り盛りしながら俺を育ててくれた。最初は客も来ず、声が枯れるまで呼び込みをし、チラシを配り続けた母の姿は今でも忘れられない。やがてその努力が実り、店は少しずつ繁盛していった。看板商品は唐揚げだ。外はカリカリで、かじると肉汁が染み出る。母が夜な夜な試行錯誤して辿り着いた特製のタレがその秘密で、その配合は今も俺には教えられていない。 子供の頃、家が貧乏なことでいじめられていた俺は、母に何も言えなかった。だが母は感じ取っていたのだろう、必ず弁当に唐揚げを入れてくれた。そして決まって添えられていたのは「直なら大丈夫。頑張れ」という短い手紙だった。母は店の忙しさで学校行事に来られたことは数えるほどしかなかったが、そのメッセージを通してたくさんの愛情を感じ、どんなことも乗り越えられた。 高校を卒業し、特に目的もないまま店を手伝い始めると、ちょうど唐揚げの評判が広まり始めた時期だった。遠方からの客も訪れるようになり、俺は本格的に店の一員として立つようになった。母は仕込みに集中できるようになり、店はさらに人気を集めていった ある日、一人の女性客が声をかけてきた。「すみません、唐揚げは今日はないんですか?」透き通るような白い肌に、ぱっちりとした目。彼女は常田めぐと言い、それから度々店に来てくれるようになった。顔を合わせるたびに交わす短い会話が、俺にとって何よりの楽しみになっていった。やがて二人は店の外でも会うようになり、交際に発展した。 めぐは大手出版社の部長を務める父と専業主婦の母の下で育った箱入り娘で、育ちの良さがにじみ出ていた 交際から二年が経ち、俺は結婚を意識し始めたが、悩んでいた。店は繁盛し、一通りの仕事を任せられるようになったが、俺はただの弁当屋の息子だ。めぐの家と釣り合うはずがない。彼女を幸せにできるのか、店に立っていてもそんなことばかり考えていた> それでも俺はプロポーズした。答えはイエス。顔を赤らめながら頷いてくれためぐの姿に、一生彼女を幸せにしようと誓った 結婚の挨拶の日、初めてのスーツに身を包み緊張していると、母が神袋を置いた「これだけあれば大丈夫でしょう。あんたなら大丈夫宣自信持ちなさい。」神袋からはあの香りが漂ってくる。昨日、店の定休日にもかかわらず、母は閉店後に俺のために延々と唐揚げを作ってくれていたらしい。目元にはくまが浮かび、手や腕には火傷の跡がある。「母さん、ありがとう。」「くれぐれも失礼のないようにね。」 俺は大量の唐揚げを提げてめぐとの待ち合わせへ向かった めぐの実家は白い壁と大きな窓が印象的な豪邸だった。玄関では義母がにこやかに出迎えてくれた「そんなに緊張しなくてもいいからね。」リビングに通されると、義父はソファーで新聞を広げたまま、俺の挨拶に顔も上げない。嫌な予感がした 義母とめぐの明るい人柄で、会話は穏やかに進んだが、二人が昼食の準備でキッチンへ立つと、リビングには俺と義父の二人だけが残され、義父の目が鋭く光った「めぐから聞いたんだが、君の家は弁当屋なんだってね。」「はい。小さい頃から母が一人で続けてきて、今ではお客さんもたくさん来てくださっております。」「ふん。順調ね。」義父は小馬鹿にした視線を向け、しばらくの無言の後、煙草の煙を吐き出しながら言った「もしかして、今後君がこの店を継いでいくとか考えてないだろうね。」俺は「はい、いずれは継ぎたいと思っています。」と答えたが、義父の存在感に苛立ちを覚えた そこで俺は持ってきた唐揚げを思い出した。緊張で忘れていたのだ。慌てて紙袋からプラスチック容器を出すと、中から髪切れのようなものが落ち、急いでポケットにしまった「うちの唐揚げを持ってきました。看板商品で、お客様からとても好評なんです. どうぞお召し上がりください。」義父はまるで汚いものをつまむように一つ持ち上げ、一口食べるや、苦しそうな顔をしておえという音と共にティッシュに吐き出した「まずいな、これ。本当に唐揚げなの? まるで残飯レベルだな。」そう言うなり、残りを全てゴミ箱に捨てた 俺は頭が真っ白になった。 信じられなかった।しかし義父はお構いなしに暴言を続ける「こんなまずいのを出しておいて、よく店が順調とか言えるな. あんたのお母さん、料理のこと舐めてるんじゃないの? 俺はな、仕事柄美食を食ってきたけど、こんな脂臭いやつ初めてだよ。」その時、義母とめぐが大量の料理を持って戻ってきたが、二人の間に流れる陰鬱な空気に、思わず沈黙した「いや、ちょっとすみません. お手洗いに。」俺は逃げるようにトイレへ向かい、個室の扉を閉めた瞬間、溢れ出た涙が止まらなかった 悔しかった。弁当屋を蔑むあの言葉が、母の愛情をゴミ箱に捨てたあの行為が、何よりも悔しかった。俺はめぐと結婚したところで、この先やっていけるのかと不安になった。気持ちを落ち着けようと顔を洗い、ポケットに手を入れると、先ほどの髪切れが出てきた。開いてみると、見慣れた字が並んでいる「直なら大丈夫. 頑張れ。」母からの精一杯のメッセージだった「こんな時でも、母さんはかよ。」呟いて笑おうとしたが、懸命に唐揚げを作ってくれた母を思い出し、涙がまた込み上げてきた 家までの帰り道、足取りは重かった。「ただいま。」「お帰りなさい. 今日はどうだった? 」母は明日の仕込みをしながら聞いてくる「あ、うん. 良かったよ. ご両親もいい人だったし,豪華な食事もいっぱい出てきたし。」そう言っても、母は手を止めてじっと俺の顔を見つめた「何かあったんじゃないの? 」すべてお見通しだった。俺は打ち明けた。義父が唐揚げを捨てたことも、貶した言葉も、全部話した。その間、母は何も言わず、ただ頷きながら聞いていた。そして話し終えると、突然笑い出した「その人ね,首になるかもねえ。」「え、どういうこと? 」母はそれ以上何も言わず、また仕込みを再開した あの最悪な結婚挨拶から数日後のことだった. 閉店後、片付けをしていると来客があった「申し訳ありませんが、どちら様ですか? 」そこにはめぐと両親の姿があった. めぐの目は真っ赤で、顔もやつれて見える「とりあえず中に入ってよ. 」重い話になることは間違いない めぐたちの話によると、あの日俺が帰った後、義母がゴミ箱に捨ててある大量の唐揚げを発見したらしいのだ。「どういうことなの? 」と義父を問い詰めたが、最初は白を切ろうとしていた。そこにめぐも参戦し、二人で詰め寄せると、ようやく観念して白状したという「あの人、ひどすぎるわよ」義母が怒り心頭で言うと、義父はしぶしぶ頭を下げた「この間は君に酷いことをした。大変すまなかった。」だが、すぐに付け加えた「唐揚げを捨ててしまったことは申し訳なく思っている. だが、こんな貧乏商売の家に娘をやれるわけないだろう. 娘に恥ずかしい思いをさせる気か。」 俺が再び怒りで言葉を失ったその時、後ろから母の声がした「初めまして. 先日は息子が大変お世話になりました。」母は静かに前に出て、義父を見据えて言った「常田さんは、こんな見窄らしい弁当屋が作った唐揚げがよっぽどお口に合わなかったようですね. 本当に残念なことでした. つきましては,息子とのお話はなかったことにさせていただきます。」義父は嘲るように反論した「はあ? 何言ってんだお前. こんな貧乏臭い店をやってるような人間と、取引なんてあるわけないだろう. 毎日油まみれで頭おかしくなったんじゃないのか? 」だが母は一切表情を変えなかった「それはおかしいですね. 常田さんがお務めしている会社の菅野さんという方から,料理本のお話を頂いているはずなんだけど。」「え,菅野さん? 」義父の顔が一瞬で蒼白になった 実は、めぐと付き合い出した頃から、あるテレビ番組でうちの店が取り上げられたことをきっかけに、取材が増えていた。唐揚げをはじめとする惣菜の絶品さに加え、母のサッパリとしたキャラクターが受け、最近では「惣菜が美味しい弁当屋のマリコ」としてテレビに引っ張りだこになっている。特に、有名人のオタクの家を訪ね、冷蔵庫の食材だけで絶品おかずを作り出す番組が人気で、その撮影で店を不在にすることが増えていた。その間、仕込みから接客のほとんどを俺が一人で担い、売上は順調に伸ばしていたそしてこの度,母は義父が務める大手出版社から専属契約を打診されたのだ。料理本をシリーズで出す契約で話が進んでいるという「専務から直接話が来たということは,それだけ会社が期待をかけている案件でしょう. ダメになれば,会社にとって大きな痛手になるに違いないわ. 明日,菅野さんの部署にお断りの連絡をしなきゃね。」ようやく事の次第に気づいた義父は、その場で土下座をした「こちらこそ,ご無礼をいたしました. 川村さん,どうか料理本の件,考え直していただけませんか? 」母はそんな義父を見下ろし,静かに言った「常田さん,あなたは息子のことさえ謝ればいいと思ってるでしょ? この店はね,亡くなった主人が,最後までこの店のことや家族のことを気にかけていたの. 亡くなった後に日記が出てきてね,こう書かれていたの. … Read more