Jag trodde aldrig att min tjugosjätte födelsedag skulle bli ihågkommen som en förnedring i stället för ett firande. Ballonger hängde i taket, en köpt tårta stod på bordet med prislappen kvar på…

Jag trodde aldrig att min tjugosjätte födelsedag skulle bli ihågkommen som en förnedring i stället för ett firande. Vardagsrummet var svagt upplyst, ballonger hängde i taket och en köpt tårta stod på bordet med prislappen fortfarande kvar på plasten. Min bror Ryan skämtade om jobbet, min syster Emily scrollade på mobilen, och jag sa till … Read more

17 September 2026

Byl to obyčejný večer, když jsem přiletěl z Tokia. Po dvanácti hodinách v letadle jsem se konečně vrátil do svého bytu v Obsidian Tower. Představoval jsem si, jak se ponořím do toho ticha, které…

Hukot motorů Boeingu 777 byl jedinou stálou věcí v mém životě za posledních dvanáct hodin. Seděl jsem na sedadle 4 a zíral do černočerné prázdnoty nad Tichým oceánem, zatímco jsem popíjel sklenici vlažné vody. Můj odraz v okně vypadal jako duch. Tmavé kruhy pod očima, které nespraví žádný spánek, a pleť bledá po třech letech … Read more

17 September 2026

あいつがトイレに入ってきた瞬間、体が固まった。まさか、ここにいるはずがない。2年前に辞めた会社の上司、安田さん。俺が清掃をしていたら「随分と落ちぶれたな」と嫌な笑みを浮かべて近づいてきた。「仕事ができなさすぎて、こんな雑用を任されてるのか?」「恥ずかしがらなくていい。どこに行っても、無能は無能のままだって分かって満足だ」その言葉を聞いて、4年間いじめられ続けた日々が一気に蘇った。そして次の瞬…

「もしかして、仕事ができなさすぎて、こんな雑用を任されてるのか?」 「目が…だな。」 「ああ、そういうことじゃない。恥ずかしがらなくていいぞ。どこに行っても、無能は無能のままなんだっていうのが分かって、俺は満足だ。」 俺、花宮誠、26歳のサラリーマン。大学を卒業して、大石製薬という会社に入社して4年が経つ。仕事にも慣れ、いろんな人と仲良くしたり、切磋琢磨しながら働いてきた。周りとはいい関係を築けていると思っている。だが、たった1人だけ、どうしても親睦を深められない相手がいる。 それが、直属の上司である安田部長だ。 俺のことが気に食わないのか、毎日のようにしごかれている。ある時は、作った資料を見もせずに「やり直し」と突き返してきたり、またある時は、到底1人では処理しきれない量の仕事を押し付けて、定時で帰ってしまったりする。しかも、その仕事の中には、係長以上の人のサインが必要なものまで含まれていた。 自分の仕事だけでも精一杯なのに、先輩に助けてもらうこともあった。でも、それが余計に安田さんの気に食わない原因なんだろう。 さらに、俺のことだけを狙い撃ちにして、「こんな小さな仕事もできないのか」「やっぱり、あの辺の大学を卒業したやつは、容量が悪くて困る」などと言って、見下してくる。 安田さんは有名な大学を卒業したらしく、自分のことをエリートだと思っているらしい。もちろん、係長にまで出世しているのだから、仕事ができるのは分かっている。ただ、ずっと学歴マウントを取ったり、昔に大成功させた企画の話を何度も何度も聞かされるのは、どうかと思う。 俺は、他の人が誰も知らないような地元の大学を卒業した。まだまだ新人で、大きな企画を任されることもないから、安田さんにとっては自慢するにはうってつけの相手なのだろう。 でも、俺の仕事を中断してまで聞くような話ではない。それに、安田さんが成功させた企画なんて、もう何年も前の話だ。今さら持ち出さないで欲しいと思うのは、間違っていないはずだ。 俺だけでなく、他の先輩たちも同じことを考えているようだった。つまり、俺だけではなく、他の社員も安田さんのことを嫌っていることが多かった。 そんな日々が続いた、ある日のこと。俺は一身上の都合で、転職することになった。 部署内の人たちは、俺がいなくなることを悲しんでくれた。だが、安田さんだけは違った。 「お前みたいな無能がいなくなって嬉しいよ」 そう言って、捨て台詞を吐いたのだ。 最後まで苛立たせる人だなと思いながらも、おそらくもう会うこともないだろう。これもこの会社での思い出だと、その言葉を聞き流すことにした。 そして、安田さんのことは明日から一切忘れて、新しい会社で新規一転、頑張っていこうと心に決めたのだった。 新しく勤め始めた会社。そこには、俺のことをいびる人はいなかった。俺の実力をきちんと見てくれる人ばかりだった。 多少は、「中途採用のくせに、仕事を評価されるなんておかしい」などと、文句や嫌味を言ってくる人もいた。だが、それはどこの会社でも同じことだろう。 俺は気にせず、自分のすべきことをやり続けた。 それから2年後のことだ。 俺が会社のビルのトイレを掃除していると、誰かが中に入ってくる気配がした。 まだ掃除中だと伝えるために、入口の方を振り返ると――そこに、ここにいるはずのない安田さんが立っていた。 俺はあまりの驚きに、何も言えずに相手を見続けてしまった。 安田さんも、まさか俺がいるとは思わなかったのか、目と口を大きく開けて、俺を凝視していた。 しかし、すぐに「にやり」と嫌な笑みを浮かべると、こう言った。 「随分と落ちぶれたな」 彼の言っていることの意味が分からず、「えっ」としか言えないでいると、安田さんは表情を変えずにゆっくりと近づいてきた。 「急に転職したかと思ったら、こんなところで清掃員として働いていたなんてな」 「今だけです。普段は普通の会社員です」 「もしかして、仕事ができなさすぎて、こんな雑用を任されてるのか?」 「いえ、そういうことではなく……」 「恥ずかしがらなくていいぞ。どこに行っても、無能は無能のままなんだっていうのが分かって、俺は満足だ」 安田さんは、俺のことを見下すような目をしながら、上から下までじっくりと見た。 そんなに掃除をしているのが面白いのか、ずっと笑い続けている。その顔に嫌な気持ちになりながらも、なぜここに安田さんがいるのか、疑問をぶつけた。 「この会社と取引をするために来たんだ。無事に成功したが、帰る前にトイレを利用しようと思ってな」 どうやら、俺が今働いている会社と、大石製薬が新しい取引を始めたらしい。そして、安田さんはその担当者として、ここを訪れていたのだ。 俺が納得していると、今度は安田さんが話を始めた。 「そもそも、なんでお前みたいなやつが、この会社で働いてるんだよ」 「どういうことですか?」 「うちの会社が、ようやく取引を成功させた大手の薬品会社だぞ。ここで働いてるなんておかしいだろ」 「そんなに驚くことではないと思いますが」 「お前はいつもそうだ。仕事ができて、周りからちやほやされて。俺だって頑張ってるのに、なんでお前ばかりが好かれるんだ」 安田さんは、急に怒り狂い、俺に罵声を浴びせた。 今まで、そんなことを思っていたなんて。考えたこともなくて、ただ驚いていると、安田さんは「にやり」と笑った。 「でも、お前は今、こんなにも落ちぶれているんだもんな。この会社でトイレの清掃員なんて、恥ずかしいやつだ」 「これには色々と訳がありまして……」 「何も言わなくていい。どうせ、仕事ができなかったり、上司にいびられたりしてるんだろ。気分がいいな」 安田さんは、俺の話を全く聞かず、独り言のようにずっと話し続ける。 「そうだ。もっと仕事を増やしてやるよ」 そう言うと、安田さんは近くに置いてあったバケツを持ち上げたかと思うと、中に入っていた汚い水を、俺に向かって「ばしゃり」とかけた。 「何をするんだ!」 驚いて声をあげるが、安田さんは「ゲラゲラ」と笑うだけだ。 「やっと契約できた、大事な取引先なのに、こんなことしてもいいのか!」 … Read more

17 September 2026

Zasedací místnost ztichla, když moje dcera řekla: „Tati, miluju tě, ale staří muži by neměli rozhodovat o budoucnosti firmy.” Bylo to druhé zářijové úterý, seděl jsem na židli, na které jsem…

Řekli mi, že jsem příliš starý na to, abych rozuměl vlastní firmě. Moje dcera mi to řekla přímo do očí. V zasedací místnosti, kterou jsem postavil s pomocí úvěru od SBA a jedenácti let šestnáctihodinových pracovních dní. Pak se předseda zeptal na jednu otázku a celá místnost zapomněla dýchat. Předbíhám. Jmenuji se Walter Hensley. Všichni … Read more

17 September 2026

Ik werd wakker met een slang in mijn keel en een telefoon die als een alarmlicht op het nachtkastje lag te knipperen. Negen uur onder het mes. Negen uur waarin een chirurg aan mijn wervelkolom…

Ik werd wakker met een slang in mijn keel en een telefoon die als een alarmlicht op het nachtkastje lag te knipperen. Negen uur lag ik onder het mes. Negen uur terwijl een chirurg aan mijn wervelkolom werkte, drie wervels vastzette, een oude zware blessure eindelijk rechtzette. Toen ik mijn ogen opendeed, schroeide de pijn … Read more

17 September 2026

”Det fanns aldrig några pengar”, sa jag. ”Det fanns bara din mamma.” Orden lämnade min mun innan jag hann hejda dem, och Marissa tittade upp på mig från den uppochnervända hinken bredvid det…

Jag är 68 år gammal och tillbringade 41 år av mitt liv som träbåtssnickare i en liten kuststad som heter Ansel Bay i Maine. Jag byggde och reparerade träbåtar för sitt uppehälle långt efter att större delen av yrket hade gått över till glasfiber och fabrikstillverkade skrov. Jag lärde mig hantverket som lärling under en … Read more

17 September 2026

„Tato, ty jesteś silny. Zrozumiesz.” Te słowa usłyszałem dzień przed moimi siedemdziesiątymi urodzinami. Stałem w kuchni pod Poznaniem, kroiłem jajka do sałatki, na stole leżał biały obrus po…

To były ostatnie urodziny, na które jeszcze czekałem na własnego syna. Siedemdziesiąt lat niby powinno dać człowiekowi rozum, prawda? Powinien wiedzieć, że jeśli ktoś przez lata nie przychodzi, to nagle nie stanie w progu tylko dlatego, że na torcie będzie okrągła liczba. A jednak rano, kiedy wyciągałem z kredensu biały obrus, ten najlepszy, jeszcze po … Read more

17 September 2026

Ho aperto la porta della stanza privata e mi sono paralizzato. Davanti a me, al tavolo di un incontro combinato, c’era la donna che avevo lasciato sette anni prima, senza una spiegazione. Il suo…

“Non ci credo. Toru, sei tu? Stai ancora facendo lavori saltuari? ” Eravamo nella stanza privata del ristorante. La donna seduta di fronte a me teneva tra le mani la mia scheda matrimoniale ed era rimasta immobile, a fissarla. Occupazione e reddito erano volutamente quasi vuoti. Lei guardava il foglio, poi il mio viso, poi … Read more

17 September 2026

“Non riesco a guidare fino a quel colloquio”, ha detto Georgia senza alzare lo sguardo dalla ciotola, mentre Jessica singhiozzava che tutto il suo futuro era rovinato. Mio marito è entrato di…

Non riusciva a guidare fino a quel colloquio, disse Georgia senza nemmeno alzare lo sguardo dalla ciotola, mentre Jessica singhiozzava dicendo che il suo intero futuro era rovinato. Ed è proprio questo che si fa quando si è speciali come te e nessun altro conta niente. Mio marito entrò di corsa dal garage con le … Read more

17 September 2026

「派遣社員のお前は、歩いて帰るんだな」——社員旅行の朝、上司の鶴川はそう言い放った。宿のバスは満席、駅までは山越え。俺は一瞬、何を言われたのか理解できなかった。「ここからですか?それでいいんですね」そう目をまっすぐ見て返すと、彼は一瞬固まり、こう吐き捨てた。「派遣社員が何言ってんだ?社会の負け犬。お前はずっと俺の下の下で、一生頭下げて生きていくんだよ」——そして本当に、俺だけを置き去りにして…

俺はベローラという大手アパレル会社の営業部にいた。服のことだけ考えて静かに暮らしたいと思っていたのに、なぜか大衆向けの服を量産するこの会社で営業をさせられていた。成績はもちろん下から数えたほうが早い。社長令嬢の北川ミレはやけに俺に絡んできた。デスクに来ては「ヨウ君は才能があるんだから」と毎日話しかけてくる。断ればどうなるか分かっていた。前に営業先とトラブルになった社員は、翌日にはいなくなっていた。 ある日、ミレに高級フレンチレストランに呼び出された。スパークリングワインを飲みながら、彼女は言った。「ヨウ君、私たち結婚しよう。一緒にこの会社を経営したらうまくいくよ。営業部なんて嫌でしょ。私と結婚すれば出世もできる」俺はイラッとした。出世したいわけじゃない。ただ自分が作りたい服を作っていたいだけだ。「お断りします」「え、なんで?」「あなたとは一緒に服を作りたくない」ミレの顔が曇った。ネクタイを力いっぱい引っ張られ、「あんた自分が何言ってるか分かってんの?今誰のおかげで仕事できてると思ってんの?」と怒鳴られた。「あんたなんか自分の力で何もできないくせに」その言葉にカチンと来て、俺はその場を去った。 翌日から出勤しなかった。都心のワンルームにこもり、カーテンを閉め切ってベッドの中で過ごした。「自分の力で何もできないくせに」という言葉が刺さって抜けない。俺はこんなにも無力だったのか。母さんのことを思い出した。父は俺が子供の頃に事故で亡くなり、母は女手一つで俺を育ててくれた。母は服を作るのが上手で、いつも俺の服ばかり作って自分は同じ服を着ていた。小学生の頃、母のために初めて作ったボロボロの服を渡すと、母は涙を浮かべて「ありがとう。これは一生の宝物よ」と言ってくれた。その日から俺はファッションの世界にのめり込んでいった。母は中学校の時に言った。「いつかファッションデザイナーになったりしてね」でも母は俺が専門学校に通っている時に病気で亡くなった。最後に母は言った。「あなたなら絶対大丈夫。みんなが喜んでくれる素敵な服を作れるわ」母の言葉を信じてやってきたつもりだったが、何も報告できていない。墓参りにも何年も行けていなかった。 母とのことを思い出していたら、足が勝手に動いていた。生まれ故郷に帰ると、海辺の堤防に座ってデザインを考えていた中学生の頃を思い出した。すると、上から声がかかった。「また絵書いてるの?」幼馴染みの清水リナだった。明るくて足が速い、陸上部のリナ。「よちゃん、こんなすごい絵がかけるんだね。私にはセンスないから羨ましい」「大したことないよ」「また謙遜しちゃって。でも本当にすごいよ。よちゃんの考えた服、キラキラしてる。この服を着る人のことを一生懸命考えて書いたんだなって感じる」リナは言った。「私、母さんのために服を作ってやりたいんだ」「よちゃんのお母さん、この服すごい似合いそう。美人だもんね」そんな会話をしているうちに、リナが今はアパレルショップを経営していると知った。アーバンアスリートという店だ。靴を中心に、アスリートでもおしゃれに履ける靴を作っているらしい。リナは言った。「よちゃん、靴の絵を描いてくれませんか?私、絵が描けないから、サンプル作ってようやくイメージできるんだけど、コスパもタイパも悪くて」俺は快諾した。靴のデザインを描き始めると、頭の中にどんどんイメージが湧いてきた。お互いああでもないこうでもないと言いながら、デザイン画を何枚も書き上げる。ああ、楽しいな。いつぶりだろう、こんな気持ち。 気づけば俺はリナの店の服もデザインしていた。靴に合わせて服を考え、店内のレイアウトを変え、コーディネートして並べた。週末には観光客が明らかに増え、SNSでも話題になった。売上は過去最高額となり、いつの間にかちょっと有名な店になっていた。俺は都心のアパートを引き払い、地元の1LDKに引っ越して、そこを工房にした。こんなに楽しいのはいつぶりだろう。ある日、リナがそわそわしながら訪ねてきた。「な、なんとベローラから立食パーティーの招待状が来たの」俺はリナにどこの会社にいたのか話したことがなかった。「俺、ベローラにいたんだ」「え、あの営業やってたってベローラで?」「うん」「そっか。だったら、このパーティー行くのやめる」リナならそう言うと思っていた。「いや、行こう」「でも大丈夫なの?」「大丈夫。もう今までの俺ではない」俺はリナと一緒にベローラのパーティーに参加することにした。 パーティー当日、リナはヌーディピンクのドレスに身を包み、髪を巻いて化粧もしてきた。普段はすっぴんなので、大人っぽさに俺は言葉を失った。「ちょ、ちょっとどっか変?ちゃんと言ってよ」「いや、綺麗だよ」「バカ。そんなはっきり言われると照れるじゃない」会場には名の知れたファッションデザイナーばかりがいた。すると、耳障りな声が聞こえた。「あら、元気だった?」ミレだった。「お久しぶりです」ミレは隣のリナを見て「どちら様?」と聞いた。リナが「アーバンアスリートの経営者、清水リナと申します」と答えると、ミレは「あなたが。お店のことはよく調べたわ。陸上やられてたんですって。じゃあこういうところ来るの初めてでしょ。そのドレスも着れてなくて大変でしょう。孫にも衣装ってところかしら」と言い放った。リナの顔が真っ赤になった。ミレが立ち去ると、リナが小声で怒りながら聞いてきた。「ちょっと、あの社長令嬢、孫にも衣装って。しかもよちゃんのこと知ってるんだけど、どういう関係なの?」「ああいう性格なんだ。俺もなんであんなに絡まれるのか分からない」俺たちは料理を食べてやり過ごした。すると、飲み物を取りに行っている間にミレが話しかけてきた。「ねえ、ベローラに戻ってこない?よければ私からパパに直接言ってあげてもいいわ」俺は断ったが、ミレはわざと大きな声で話し続けた。「よ君はもっと大きな会社で羽ばたいて欲しいんだけどな。そんな小さな街の工房みたいなところで働くの、嫌でしょ」「お断りします」思わず声が大きくなってしまった。会場が一瞬で静まり返る。「あんたよくも私に恥かせたわね。もうこの業界じゃ生きていけないわよ。1人じゃ何もできないくせに」「やめてください」リナが割って入った。「よちゃんは何もできなくありません。彼のおかげで私のお店は大きくなりました」するとミレはリナを突き飛ばした。リナが床に倒れ、ドレスのスリット部分が避けてしまった。「気れないもの着てくるからよ。さっさと着替えたらスポーツウェアの方がお似合いよ」そう言い残してミレは去っていった。 俺はスーツの上着を脱ぎ、リナの腰に巻いて控室に向かった。「リナ、本当にごめん」「何言ってんの?よちゃんは何も悪くないじゃん。あの社長令嬢が悪いのよ」言葉は明るいが震えていた。「リナ、怖い思いをさせてごめん。今日はもう帰ろ」「いや」リナは半分泣きながら言った。「だって悔しいじゃん。よちゃんはすごいんだよ。それなのに何もできないとか言いたい放題言いやがって。このまま帰ったらあいつの言うことが正しくて私たちが負けたみたいじゃん」そんな風に考えてくれていたのか。「リナ、ありがとう」ボロボロと泣くリナを思わず抱きしめてしまった。「戻ろう」「え、でも私こんな格好だし」俺は控室を見渡した。「大丈夫。俺に任せて」 会場ではベローラの社長が挨拶をしていた。そこへ俺はリナの手を取り、エスコートして入っていった。リナのドレスは、避けてしまった腰から下を切り落とし、会場のカーテンを利用してロングドレスに仕立て直していた。袖には大きなリボンをつけ、髪もハーフアップにした。会場がざわついた。「わあ、あのドレス素敵」「まるでシンデレラね」リナに「誰がこのドレスを作ったんだい?」と聞くと、リナは「彼です。東堂ヨウです」と答えた。すると、ラックスの元プロジェクトリーダーが近づいてきた。「東堂?あの時の…俺が間違っていたんだ。あれはお前のデザインだった。本当に申し訳ないことをした。ずっと後悔していたんだ」俺は専門学校を卒業後、ラックスに入社し、最年少デザイナーとしてパリコレに出せる服を作るプロジェクトに携わっていた。しかし、ある日、俺が考えたはずのデザインと全く同じものが、先輩の名前で置かれていた。「お前、人のもん真似したって本当か?」複数の社員が俺がデザイン画を持っていくのを見たと言った。俺はパニックになり、何も言えなかった。「無能だな。もう2度と顔を見せるな」そう言われてクビになった。実際は先輩チームの人間たちが俺を落とし入れるために仕組んだデマだった。リーダーは言った。「あいつらにやらせてみたら、デザインのコンセプトを何一つ説明できなかったんだ。問い詰めたら、お前のデザインを盗んで落とし入れようとしたと白状したよ。本当にすまないことをした」俺はやっと誤解を解くことができた。リーダーは会場全体に向かって言った。「彼はかつてラックスで最年少デザイナーとして活躍し、天才とまで呼ばれたものです。私は彼の作品を心からリスペクトします」会場から拍手が送られた。 すると、ベローラの社長がマイクに向かって言った。「素晴らしい。君は以前うちにいたそうじゃないか。どうかね。もっといい待遇で迎えようじゃないか」しかしミレが止めた。「パパやめましょう。あの人のデザイン、うちの会社のコンセプトに合わないのよ」パーティーが終わり、控室に戻ると、ミレが走り寄ってきた。「ちょっと待って」「何?」ミレは呼吸を整えて言った。「ごめんなさい。言い訳をさせて欲しいの。私のママは、私が高校生の時にパパに追い出されちゃったの。パパに新しい愛人ができて。私はママが大好きだった。でもママは私についていくことを許してくれなかった。ママがいなくなった後の私の人生は本当に真っ暗で、もういつ死んでもいいと思ってた」ミレの目には涙が溜まっていた。「でもね、高校からの帰り道、あなたが公園にいるのを見かけたの。あなたはとても暗い表情をしていて、最初はホームレスかと思ったわ。でも毎日スケッチブックを眺めていたの。あなたがスケッチブックの中の1枚を破ってゴミ箱に捨てたことがあって、私はそれを拾ったの。本当に素敵な服の絵が書いてあって、感動したの。その日から目標ができたの。パパの会社をついで素敵な服をいっぱい作るんだって。だからどうしてもあなたが欲しかった。あなたのデザインで私の会社を大きくしたかった。私は知ってたの。あなたが盗作なんてしてないって。でもどうしても私のところに来て欲しかった。だから知っていたのに黙ってたの。ごめんなさい」ミレは深く頭を下げた。「ベローラで営業部になったのも、最初デザイン部でうまくいかなかったでしょ。解雇されそうになったからパパにお願いして、営業成績を残せば会社に残してくれるってなって、営業部に行ってもらったの。でもあのままやめていたほうがあなたにとって良かったのかもしれない。私のエゴで残ってもらって、散々嫌な思いもさせて。本当にごめんなさい」ミレはジャケットのポケットから何かを取り出した。「これはあなたにお返しします。大事なものだと思うから」それは俺がどん底の時に公園で捨てたデザインだった。母さんと一緒に描いた、あのプロジェクトの原画だ。後悔してゴミ箱に戻った時にはもうなかった。「きちんと取っておいてくれたんですね。ありがとう」俺は頭を下げた。ミレはすっきりした顔で言った。「ああ、やっと全部言えた。私もやっとスタート地点に立てる。これから頑張るね。だからあなたもいい服を作り続けてね」そう言って手を差し出してきた。俺はその手を握った。 あれから1年後、俺は自分のブランドを立ち上げた。名前はリバース。生まれ変わるという意味だ。リナの店の売上も順調だ。俺もアパレル業界でちょっとした有名人になった。数年ぶりに母さんの墓参りに行った。「母さん、やっと俺、自分だけの服を作ることになったんだよ。報告遅くなってごめんね」母さんが「頑張ったね」と言ってくれている気がした。墓参りからリナの工房に戻ると、リナが「ちょっとよちゃん、こっち手伝ってってば」と人使いが荒い。「はいはい、お姫様」リナがじりじりと近づいてくる。後ろはもう壁だ。「お礼してあげるね」そう言ってリナは俺の腰に手を回してきた。「ちょ、無理、無理、無理」俺の腰に回した手で勢いよくくすぐってくる。「何期待しちゃったの?バカ」こんなに俺が笑って過ごせる日が来るなんて。どんなに暗いどん底に落ちても、自分を見失わずにいればいつかは光が差し込んでくる。誰かが俺を導いてくれたように、俺も誰かを導けるような存在になれたらと思う。 ある日、福人の宴会が突然キャンセルされた。雨に打たれる温泉旅館の玄関先で、女将が立ち尽くしていた。「赤木君、うちの旅館、もうダメかもしれない」震える声で女将が告げる。俺の部長が約束した大型予約が、当日にドタキャンされたのだ。俺の中で怒りの炎が燃え上がった。あの男、最初から予約する気なんてなかったんだ。従業員たちの奮闘、大量の仕入れ。全てが水の泡になろうとしていた。その時、俺の脳裏に1つの計画がひらめいた。「俺に任せてください。必ずなんとかします」俺は携帯を取り出し、ある番号を押した。「もしもし、緊急事態です。今すぐ集まってください」温泉旅館を救うため、俺の復讐が今始まろうとしていた。俺の名前は赤木ダイキ、32歳。つい昨日まで海外で過ごしていたが、今はこうして日本の土を踏んでいる。東京丸ノ内の高層ビル街に、大和観光株式会社の本社がある。日本を代表する旅行代理店であり、全国の旅館やホテルと太いパイプを持つ業界の雄だ。俺は5年ぶりにその本社に足を踏み入れようとしていた。エレベーターで14階、新規事業開発部に向かう。ドアが開くと、社員たちの視線が一点に集中していた。その先には、瘦せた中年男性が立っていた。「君が赤木君かね。私は鏡イチロウ。この部の部長を務めている。君の経歴は聞いているよ。確か中卒だったね」周囲がざわついた。「海外で何をしてきたのかは知らないが、大した仕事ができるとは思えんな。方向音痴の君に、我々が打ち出している広告の文字が読めるのかね。飛んだお荷物が送られてきたものだ」俺は平静を保った。「私なりに精一杯努力してまいります」「ふん、努力か。とりあえず君には雑用をやってもらおう。類の生理とかお茶とか、そういうのなら君のような人間でもなんとかやれるだろう」そう言って鏡は背を向けた。「お前は鞄持ちとして俺についてこい」今日の商談先は箱根の天空の湯。女将の天宮さんと会う予定になっている。その言葉を聞いた瞬間、俺の心臓が大きく跳ねた。天宮。まさかあの天宮さんなのか。中学生の頃、俺を支えてくれた優しいお姉さん。初恋の人。俺は14歳の時に両親を交通事故で失い、近くに住む叔父に引き取られた。しかし叔父は家事の全てを押し付け、俺の貯金も使い込んでいた。「一刻も早くこの家を出なければ」そう決意した俺は中卒で働く決意をした。いつも腹をすかせていた俺にとっての救世主、それが天宮さんだった。天宮さんは俺が下校に通る道にあった温泉旅館、天空の湯の若女将だった。放課後になると必ず立ち寄り、ご飯を食べさせてくれた。「大君、将来の夢は何?」と聞かれ、「天宮さんみたいな人になりたいです。誰かを助けられる人に」と答えたのを覚えている。そんな思いを胸に、俺は海外で働き、今ここに戻ってきた。 天空の湯に着くと、5年ぶりの天宮さんの姿があった。「大和観光の皆様、お待ちしておりました」つややかな黒髪、優しさに満ちた瞳。かつての面影を残しつつ、より成熟した美しさをまとっていた。しかしその美しさとは裏腹に、天宮さんの目元には疲れの色が見えた。鏡が話を切り出した。「弊社で大規模な社員旅行を計画しておりまして、100人規模の宴会になるのですが、是非天空の湯にお願いできないかと」「100人ですか?」天宮さんの声には驚きと共にわずかな希望の色が混じっていた。「しかし条件がありまして。宴会をお願いする前に、まずは私を客としてもてなしてくれませんか?私が客の役をしますので、あなたには心身誠意もてなしていただきたいんですよ」鏡は身を乗り出し、今にも天宮さんに触れてしまいそうなほど近づこうとしていた。「部長。身体的接触は社内の規定違反となりますよ」俺はそう言って立ち上がった。鏡は大きくため息をつき、ようやく天宮さんから体を離す。「やれやれ。中卒の若造には、こういった人付き合いの大切さも分からないようで困ったものだ」鏡は早々に旅館から立ち去ってしまった。俺がビジネスバッグを手に戻ろうとすると、天宮さんに呼び止められた。「大君よね。久しぶり。立派になったわね」振り返ると、微笑む天宮さんの姿があった。「本当に久しぶりです」俺の声は震えていた。「あの時の少年が、こんなに頼もしくなるなんて」天宮さんの瞳の奥には、疲れと不安が潜んでいた。「天宮さん、さっきの鏡部長の言葉なんて気にする必要はありません。あんな条件、断ってしまっていいんです」「でも、旅館の状況を考えると、大きな予約を簡単に断るわけにも」天宮さんの声はかれていた。数日後、オフィスに天宮さんからの連絡が入った。鏡部長、天空の湯の天宮さんから接待を受けると連絡がありました。鏡の顔がニヤリと笑みを浮かべる。「よし、これで決まりだな」俺は拳を強く握りしめた。「部長、私も同席させていただけないでしょうか?」「何?お前が同席だと?冗談じゃない。お前みたいな中卒がいたら酒がまずくなるだろう。邪魔を滾まえろ」俺は何度も頼み続け、しぶしぶながら鏡は同意した。接待当日、天宮さんは不安な表情を浮かべていた。鏡は満面の笑みで天宮さんに近づいていく。俺は咳払いをして割って入り、お茶を頼んだ。その後も、鏡が天宮さんに触れようとするたびに、わざとらしく転んだふりをして間に割って入ったり、トイレはどこかと尋ねたり、掛け軸の意味を大声で聞いたりと、あらゆる邪魔をし続けた。「赤木、お前はなぜここにいる?邪魔だ。もう十分だ。これ以上の接待は結構だ。約束は約束だ。100人規模の宴会予約してやろう」悔しそうに言い放った。天宮さんの表情が明るくなる。「本当ですか?ありがとうございます」帰り際、天宮さんは俺に小さく頭を下げた。「大君、本当にありがとう」「いえ、当然のことをしただけです」「でもあなたがいてくれて本当に心強かったわ。昔から大君はいつも私を守ってくれる人だったものね」その言葉に胸が熱くなった。「天宮さんこそ、俺を支えてくれました。あの頃、天宮さんの優しさがなければ、今の俺はなかったと思います。もしよければ、またお話できませんか?昔みたいに」天宮さんの表情が柔らかく緩んだ。「え、もちろんよ。いつでも話しましょう。大君の顔を見るだけで、私、勇気が出るの」数日後、俺は天空の湯に電話をかけた。天宮さんの声は少し疲れているように感じられた。「準備の方は大丈夫ですか?何か手伝えることはありませんか?」「ありがとう、大君。本当に優しいのね。実はね、今100人分の仕入れで大忙しなの。食材や飲み物、それに温泉タオルも準備しないといけなくて」宴会当日、俺は仕事が終わるとすぐに天空の湯へ向かった。途中から雨が降り始め、空は灰色に覆われていた。旅館に近づくにつれ不安が大きくなっていった。100人規模の宴会だというのに、道が空いているのだ。旅館の前に着いた瞬間、俺は息を飲んだ。雨の中、1人佇む人影があった。天宮さんだった。「天宮さん!」俺は慌てて駆け寄った。「どうしたんですか?こんな雨の中で」天宮さんは深いため息をついた。「鏡さんから連絡があったの。100人の宴会予約、キャンセルにするって。理由も説明もなく」あの男、最初から100人の宴会予約なんてするつもりがなかったのか。あるいは俺が邪魔をした腹いせに、土壇場でキャンセルしてやろうという腹積もりだったのかもしれない。「どうしよう。これだけの仕入れをして、従業員のみんなも頑張って準備したのに。最近旅館の経営がうまくいっていないのは見れば分かるわよね。これを機に大和さんから仕事がもらえるかもしれないと思ったのに。それをキャンセルされてしまったら、もううちの旅館は…」天宮さんの声が震えている。「天宮さん、俺に任せてください」「大君、何を?」俺は携帯を取り出すと、迷いなく番号を押した。「申し訳ありません。赤木と申します。社長とお話させていただきたいのですが」数分後、俺は社長と直接話をすることができた。状況を簡潔に説明し、俺の提案を伝えた。「分かりました。すぐに動きましょう」社長の力強い返事に、俺は安堵のため息をついた。それからの1時間はまるで夢のようだった。社長の指示で大和観光の幹部たち、取引先の重役、さらには地元の著名人たちまでもが、次々と天空の湯に集まり始めたのだ。「大君、これは…」天宮さんの目は驚きで大きく見開かれていた。「100人規模の宴会、まだキャンセルではないですよ、天宮さん」俺は微笑みながら言った。天宮さんの目に涙が光っていた。宴会が始まり、旅館内が賑わう中、俺は社長と別室で向かい合っていた。数分後、鏡部長が息を切らせて部屋に入ってきた。「お前、中卒の分際で社長の横になんて座っていいわけがないだろうが」社長は厳しい目つきで鏡を睨みつけた。「鏡君、君には期待していたのだがな。この旅館、天空の湯に100人の客を呼んでやるから接待しろと女将に言ったそうじゃないか。それが社会の常識を弁えたもののすることかね。それに要望通り接待をさせたにも関わらず、今日になって急に宴会の予定をキャンセルしたというが、それはどういうことかね」「あれはビジネス上の判断でして…」「接待を強要し、突然キャンセルすることがビジネス上の判断というのか」社長は冷たく言った。「鏡、君は赤木君のことを誰だと思っている?」鏡は困惑した表情で答えた。「中卒の、使えない部下であると思っていますが」「鏡、まさか君がそこまで人を見る才能がないとはな。赤木君は我が社の海外支社で、次期社長候補として活躍していた優秀な社員なんだよ」鏡の顔から血の気が引いていく。「2年前、赤木君が海外出張した際のことだ。彼の斬新なアイデアと卓越したリーダーシップが、我が社の海外展開に大きな転機をもたらした。その功績が認められ、海外支社の社長から次期社長として推薦したいという連絡があってね。私は赤木君に日本の現状を視察し、改善策を練ってもらえないか依頼したのだ」俺は静かに話し始めた。「私がここに来たのは単なる視察ではありません。この会社を、そして日本の観光業を再び輝かせるためです。ただ、俺が急に海外支社から次期社長候補としてやってきたとれば、社員の皆さんは忖度した態度を取ってしまうと思いました。それではありのままの大和観光の姿が見えない。俺はそれを危惧して、わざと何も言わないで新規事業開発部へ来たんですよ」社長が俺の肩に手を置いた。「赤木君の真の姿を隠していて申し訳なかった。しかし、今回のようなことが起こって問題に気づくことができた。感謝しているよ。しかも問題が大きくなる前に、解決する方法まで提示してくれるとは」俺は鏡部長を見た。「会社には根本的な改革が必要だと考えています。腐敗した体質を一掃するためには、象徴的な行動が必要です。鏡部長の行動は単なる個人の問題ではありません。これまでの会社の体質が生み出した結果です。ここで厳正な処分を下さなければ、真の改革は始まりません」社長は深く考え込んだ後、ゆっくりと頷いた。「鏡君。君の行為は会社の信用を著しく損なうものだ。ハラスメント、差別的言動、そして業務上の背信行為。これらは到底許されることではない。よって君を、新たにできる海外支部へ移動させようと思う。新規事業開発部からは手を引いてもらおう」鏡はがっくりと膝をついた。「社長、お願いします。せめて日本にいさせてください」「何をそんなに怯えることがあるのかね。君が中卒だと馬鹿にしていた赤木君は、立派に海外での仕事をこなして帰ってきたじゃないか。転機だと思って受け入れなさい。まあ、少し給料は落ちるがね。物価が日本よりも低いから、生活水準はむしろ上がるだろう」「ね、ネパール?そんな遠いところに…社長、私は日本語しか喋ることができません」鏡は必死に訴えたが、社長は黙って首を振った。「鏡部長、あなたは今まで多くの人を傷つけてきた。俺に対する態度や、簡単に大規模な宴会をキャンセルする姿勢。自分でも分かるでしょう。ネパールで人の温かみや、真剣に仕事へと取り組む姿勢を思い出してきてください。学歴なんて関係ありません。努力する気持ちがあれば大丈夫ですよ」鏡は何も答えなかった。その夜、宴会は大成功を収めた。最後の客が帰った後、俺は天空の湯の玄関先に立っていた。夜空には星がまたたいている。「大君」振り返ると、月明かりに照らされた天宮さんの姿があった。「本当に本当にありがとう」「当然のことをしただけです」「違うわ。大君がいなかったら、この旅館はきっと終わりだった。でもあなたのおかげで、これから大和観光さんとの定期的なお仕事も決まって、天空の湯はまだやっていける未来が見えたの。本当に立派になったのね、大君。でも…大君は随分と遠い人になっちゃったのね」その言葉に俺は息を飲んだ。「海外で活躍して次期社長候補になったんでしょう?今日いらした大和観光の方々から聞かせてもらったわ。私とは全然違う世界の人になったんだなって」俺は強く、しかし優しく言った。「違います。俺は変わっていません。天宮さんにとって、あの頃と同じダイキです。確かに立場は変わりました。でも俺の気持ちは少しも変わってないんだ。天宮さん、覚えてる?俺に英語を教えてくれたこと」「え、もちろん覚えているわ」「あの頃、俺は毎日のように天空の湯に立ち寄っていた。お腹を空かせた俺に、天宮さんはいつも温かい食事を用意してくれた。それだけじゃなかった。『大君、世界は広いのよ』って言って、生活の場で使う生きた英語を教えてくれた。天宮さんと英語で話した時間、本当に楽しかった。英語だけじゃなかった。海外の文化や習慣、ビジネスマナーまで、本当に様々なことを教えてくれて、あのおかげで俺は海外でうまく働けてたんだ」天宮さんは少し照れたように目を伏せた。「私も大君に教えながら学んでたのよ」「天宮さんが教えてくれたことが、今の俺を作ってくれた。海外で仕事をしている時、辛い時も悲しい時も、いつも天宮さんのことを思い出してた。今頃天宮さんも旅館で頑張ってるんだろうなって。俺に美味しいご飯を食べさせてくれた天宮さんを思い出して、俺はなんとか踏ん張れた」俺は続けた。「天宮さん、俺がなんで海外に行ったか分かる?」「えっと、やっぱりキャリアアップのため、それか移動の辞令が出たとか」「違うんだ。確かに辞令は出たけど、俺が海外に行った本当の理由、それは天宮さんの温泉の良さを世界中に伝えたかったから。それに、小さい頃にあなたと約束したことを叶えたかったから」天宮さんの顔に驚きと感動が交錯する。「まだ俺が子供だった時、天空の湯に来るたび、天宮さんは遊んでくれたよね。その時に約束したんだ。いつか俺が大人になったら、この旅館を世界中の人に宣伝して回って、お客さんで溢れさせて見せるって。天宮さんに教えてもらった英語や海外の文化を学んでいくうちに、俺は思ったんだ。この素晴らしい温泉、この心のこもったもてなし。これを世界中の人に知ってもらいたいって。だから海外に出て、日本の温泉文化の素晴らしさを伝え続けてきたんだ。今ようやく、その約束が果たせそうだ」俺は一歩、天宮さんに近づいた。「そして、もう1つ理由があるんだ。天宮さんにふさわしい人間になりたかった。天宮さんと結婚したいって、小さい頃から思ってたから」天宮さんの目が大きく見開かれた。「でも、あなたのことが好きだと気づけた当時、中学生の頃の俺は、天宮さんの伴侶としてふさわしくなかった。自分1人で生きていくこともできなかったのに、何が結婚したいだって思ってたから。だから1人前になって、小さい頃の約束を果たせたら結婚を申し込もうって思ってたんだ。俺、必死で頑張って、やっとここまで来たよ」俺は天宮さんの手をそっと取った。「天宮さん、俺と結婚してください」月明かりに照らされた天宮さんの顔に涙が光っていた。しかしその唇は優しく微笑んでいる。「ちょっと急すぎるわよ。でも嬉しいわ。結婚はいきなりすぎるからまだダメよ。お互いのこともっとしっかり知っていきましょう。でも大君さえよかったら、お付き合いしたいわ。私、あなたより年上だけど平気かしら?おばさんだなって幻滅しない?」不安そうにそう呟いた天宮さんに、俺は慌てて首を振った。「おばさんなんて思いません。天宮さんはずっと、俺にとって綺麗なお姉さんですから」「大君は、ずっと変わらない優しい目なのね」そう言って微笑む天宮さんを、俺は抱きしめた。温かい体温と懐かしい香りが俺を包み込む。「大きくなったのね、大木君」夜空には満点の星が輝いていた。あれから1年が経った。ある日、俺の机に一通の絵葉書が届いた。差出人は鏡部長だった。ネパールの風景が描かれた絵葉書には、鏡の小さな字で綴られたメッセージがあった。「赤木君、元気にしているか?私はネパール支社で日々奮闘している。正直最初は左遷されたと思い込み落ち込んでいた。しかしここでの経験は私の人生観を大きく変えた。学歴や地位で人を判断していた自分が、いかに愚かだったか痛感している。君の真の価値を見抜けなかった自分を恥じる。赤木君はすごいやつだった。ネパールの支社で働くようになって、君が海外で成果を上げたのがいかにすごいことかよく分かった。本当にすまなかった」俺の中で、過去の記憶が蘇る。しかしそれも今は遠い昔のことのように感じられた。俺は正式に日本本社の次期社長候補に指名され、新規事業開発部で日々奮闘していた。仕事を終え、俺は急いで天空の湯へ向かった。玄関に立つと、懐かしくも新しい香りが鼻をくすぐる。「大君、お帰りなさい」天宮さん、いや、今はサヨと呼んでいる彼女が優しい笑顔で迎えてくれた。あの日から俺たちは恋人として歩み始めた。互いの忙しさを理解し合い、支え合いながら、少しずつ関係を深めている。俺は彼女の手を取り、そっとキスをした。「今日はどんな1日だった?」サヨの問いかけに、俺は笑顔で答える。「充実していたよ。でも君に会えるのが一番楽しみだったんだけどね」そう言って彼女を抱き寄せると、サヨは頬を真っ赤に染めて俺の胸に顔を埋めた。実は来年のクリスマスに正式にプロポーズする計画を立てている。指輪もすでに用意してあるんだ。「ねえ、大木君」サヨの声に俺は我に帰った。「うん」「これからも一緒に頑張っていこうね」その言葉に俺は強く頷いた。「ああ、もちろんさ。君となら、どんな困難だって乗り越えられる」サヨの手を握りしめながら、俺は未来を思い描いた。天空の湯のさらなる発展、会社の成長、そしてサヨとの新しい人生。全てが順調に進んでいるけれど、これが終わりじゃない。むしろ新たな挑戦の始まりなんだ。そう思いながら、俺はサヨと共に夕暮れの空を見上げた。明日もきっと素晴らしい1日になるだろう。 社員旅行先で、派遣社員というだけで俺は1人宿に置き去りにされてしまった。「派遣社員のお前は、歩いて帰るんだな」俺は一瞬何を言われているのか理解できなかった。ここから駅までは一山越えなければいけない上、宿のバスも予約で満席だった。「ここからですか?それでいいんですね」俺がそう言って上司の目をまっすぐ見ると、上司は一瞬圧倒されたように固まったが、「派遣社員が何言ってんだ?頭おかしいんじゃないか。社会の負け犬。お前はずっと俺の下の下で、俺に一生頭下げて生きていくんだよ。じゃあな、社員様は人足先に帰るわ。お前は必死に俺たちの後追いかけてきな」そう言い放つと、その場から出ていった。「ここまでするかね」と呆れた俺は、いつもと違う電話を取り出すと、「やっぱダメですね。あいつクズです」そう言って電話を切った。俺のこの1本の電話が、上司と会社の未来を変えることになる。俺の名前は高野ハルト。事情があり職を点々としているが、友人はすぐにできるし、仕事の技術もあるし、人を見極める力はある方だと思っている。今度派遣社員として入社したのは、とある大手企業だった。そこには、相手が派遣社員というだけで馬鹿にしてくる上司、鶴川部長がいた。「おいおい、こんなこともできないのかよ。これ午前中で終わらせて」と言われ、やっと終わったと思ったら、「あ、それボツになったやつだった。ボツにしたいくらい使えない派遣社員だなって思ってたら、ボツ案件渡しちゃったよ」膨大な資料を抱えた俺がエレベーターに乗ろうとすると、「大して会社に貢献してないのにエレベーターに乗るなよ。派遣社員は歩け」と言って、目の前で閉められたりした。ここまで徹底的に嫌がらせされると、むしろ笑えてくる。階段へ向かおうとすると、1人の正社員が声をかけてきた。「本当すいません。半分持ちます」暗い顔をした追川さんという社員だった。他の正社員は見て見ぬふりをしていた。みんな鶴川の仕返しが怖くて何も言えないのだ。職場環境はかなり悪く、ほとんどの社員が暗い顔で仕事をしている状態だった。そんな中、社員旅行に行くことになった。宿について早々、レンタルする予定だったタオルセットは俺の分だけなく、食事も席に着こうとするとすぐに鶴川に呼ばれた。「お前、派遣のくせに来たのか?度胸試しか?」「来ていいって言われたんで」俺が涼しい顔で答えると、「その態度がダメなんだよ。役立たずでごめんなさいって態度できないかな。言うなれば謙虚な心だな。あと、俺みたいなダメなお前を気にかけてくれる上司への感謝の心だな」と、30分近く罵倒され続けた。そのうち俺の反応の薄さに飽きたのか、「次だ。お前もあっち行け」と解放された。熱々だった知る物は冷め、自分で焼くスタイルだった肉はカピカピになっていた。すると鶴川が大きな声で追川さんに絡み始めた。「おいおい、そんなしけた顔してたら酒がまずくなるだろう。飲んで少しはマシな表情になれよ」「私はいいです」「俺の酒が飲めないってかん」最近ではセクハラではないかと思うくらい、今時珍しい脅し文句に驚かされる。追川さんが絡まれているので助けようと思い、俺は調理してもらったものをかき込むように食べると、追川さんの元に向かった。「なんだ?お前の番は終わったぞ。あっち行け」「いえ、お話があって。酒なら俺が飲むんで。追川さんは弱いみたいですし、飲ませて何かあったら社長に報告行きますよ」そう言うと、鶴川の目が変わった。ニヤニヤと嫌味な笑みを浮かべながら、おちょこではなくコップに日本酒を注いで渡してきた。俺はその酒を黙って飲み続けた。鶴川は無言で日本酒を渡し続けたが、俺は平気な顔をし続けた。結局、鶴川の方が先に潰れ、他の正社員に連れられて部屋に帰っていった。翌朝、出発時間まであったのでゆっくり部屋の荷物をまとめていると、鶴川が部屋までわざわざやってきて、「派遣社員は、飲んだ次の日ものんびりできていいな。派遣社員のお前は、歩いて帰るんだな」と言ってきた。「ここからですか?あなたはその選択で大丈夫ですか?この先責任取れますか?」俺がそう言って鶴川の目をまっすぐ見ると、鶴川は一瞬圧倒されたように固まったが、「派遣社員が何言ってんだ?頭おかしいんじゃないか?お前の人生がどうなろうと、俺の人生に何か影響を与えることなんてないんだよ。社会の負け犬。ちょっと酒が強いからって調子に乗るなよ。お前はずっと俺の下の下で、俺に一生頭下げて生きていくんだよ」そう言い放つと、部屋から出ていった。俺は嫌な予感がして、急いでフロントに向かうと、駅まで乗るはずだったチャーターバスはもう出てしまっていた。宿のバスも予約で満席だと言われた。「ここまでするかね」と呆れた俺は、いつもと違う電話を取り出すと、「やっぱダメですね。昨日泊まった宿に置いてかれました」そう言って電話を切った。そして、追川さんに電話をして状況を確認した。「昨日、俺をかばってくれたのにすまない」「大丈夫です。これはこれで早く仕事が終わったので」そう言って電話を切ったが、鶴川のあまりの行動にドン引きしているのは明らかだった。俺はため息をつきながら、あるところへ電話した。「あの、さっきの件ですけど確認があって。時間外の手当てと帰りの運賃もきちんと請求しますけど、ちゃんと支払ってくれますよね」「出します、出します。かわいそうすぎて、おとぎ話の主人公みたいね」電話口の女性はあまりに珍しいケースに笑いが込み上げてきてしまったようだった。翌日、鶴川から朝からずっと鬼電が入り続けていた。少し焦ったような声も入っていたが、こちらは特に用がなかったので、しばらく無視をしていた。そしていいタイミングで再度電話が来たので、今度は出ることにした。「お前、今どこにいるんだよ」「俺ですか?置いて行かれたんで、バカンスを楽しんでいますよ」そう笑いながら言うと、鶴川は焦ったように続けた。「今すぐ戻ってきてほしい。会社が大変なんだ」「使えない派遣社員の俺がいなくたって、あなた困らないはずでしょう」「そ、そんなこと言うなよ。社長が、お前がいなきゃ会社が倒産するって言ってるんだよ」「いやいや、無能で役立たずでいらないから、旅行先に捨てていったんじゃないですか。ご自分で言った言葉には責任を持ってくださいよ」俺は意地悪く鶴川を責め続けた。「それは俺が悪かった。お前がいないと、俺の首も危ないんだ。頼む」「しょうがないですね」そう言うと、俺は目の前にある扉、鶴川や社長がいる会議室の扉を開けた。鶴川はびっくりするも、電話をしまいながら俺の方に駆け寄ってきた。「おお、お前いたのか?じゃあ、社長。社長がお探しの派遣です」そう言って俺の背中に手を回し、社長の前に俺を押し出した。「君が高野か」社長の顔は曇った顔をしていた。すると取引先のアントライの社長と役員たちが会議室に通されて入ってきた。アントライ側は「早速だが」と言って、新規取引を中止すると社長に告げた。社長は驚いて顔面蒼白となった。この取引がなくなれば、この会社の存続はなかなか難しいものになるからだ。「何か我が社に落ち度がありましたか?改善できることはいくらでもしますので、取引中止だけは」「全ては高野さんから報告が来ています。とてもじゃないが、こんなことをしでかす人間がいる会社なんて、信用できないんですよ。そこの社員に話を聞いたらいいでしょう」そう言って、アントライの社長は鶴川の方を睨みつけた。鶴川はその顔がまるで妖怪でも見たかのように青ざめながら、「お前、どういうことだ?ただの派遣員じゃなかったのか?」と聞いてきた。「ただの派遣員ですよ。ただ雇用主がこの会社じゃなくて、取引先のアントライの方だったってことです」そう言って俺はニヤッと笑って見せると、鶴川の顔は恐怖の色を見せた。俺は企業に潜入してその会社の実態を探る探偵だ。今までありとあらゆる会社に潜入してきたが、それでもこの会社はかなりひどい。サービス残業が横行し、各種働き方の制度があるのに、時短や定時で上がる人の立場が低く見られていたり、派遣社員への差別があまりにひどいだけではなく、周りもそれが通常運転なので不思議に思っていない節があった。俺は社長にも調査結果の内容を話した。社長の顔がみるみる白から赤へと変わっていった。「鶴川君、本当かね?現場の総括は君に任せているだろう」「いや、そんなことはないですよ。全部こいつの出たらめです。よく分からない派遣のやつと、長年一緒に頑張ってきた俺と、どっちを信用するんですか?」「これは派遣が嫌がらせの訴えをしたという次元の話ではないんですよ。アントライから正式に受けている調査ですから、きちんと証拠は残っています。音声や動画もありますから、後でゆっくりご覧いただけたらと思います」そして、普段はここまでしないのだが、さすがに今回は旅館に置き去りにされた恨みがあったので、その場で続けて鶴川の不正にも言及した。「それとね、もう1つ鶴川さんについてご報告があります。あなたは切退費と言って、会社のお金で頻繁に夜の町へ行ってますよね。不透明な交際費が多すぎます」俺は鶴川が夜の町へ出かけている写真を机にばらまいた。鶴川は顔を真っ赤にさせ、慌てて写真をかき集めた。さすがに観念したんだろう。その後は別人のように大人しくなり、何も言わなくなってしまった。アントライ側は「私たちはこれで失礼しますので、あとはお2人だけで」と言って立ち上がった。俺はアントライの社長たちと共に部屋を出たが、社長が鶴川を罵倒する声は廊下にも聞こえるほどだった。社長は鶴川をすぐに首にした上で、アントライに再度取引を求めたようだが、結局アントライは予定通り取引をやめ、それに救いをかけていた会社は倒産してしまったそうだ。ある1人を除いては、正直心苦しいとは思わなかった。すると、ちょうど個人の携帯に連絡が入った。宛名は追川さんだった。「今日よかったら飲みに来ませんか」といった内容だった。俺はもちろんと返し、居酒屋に向かった。「当たり前かもしれないけど、旅行の後から会えなくなって心配したよ」「派遣先に報告したら、そのまま行かなくていいって言われたんですよ。あの後色々あってね、会社が倒産するかもって聞いて不安に思っていたら、たまたま仕事ぶりを見たとかで、アントライからヘッドハンティングされてね」「今の会社どうですか?」「もう最高だよ。怒鳴る人もいないし。肩書や雇用状況じゃなく、個人を見て話してくれるからね」そう言って笑顔で話す追川さんは、前より笑顔が増えた気がした。俺は会社から会社に移る時、連絡先を全て削除して次に向かう。これは会社の規定による。電話を切った後、鶴川だけでなく追川さんからも定期的に電話が来て、俺の派遣会社にも心配の電話をしてきた彼に、俺はほだされてしまったのだ。「でもやっぱり、なんで俺だったのか全く分からないんだよね。なんか推薦してくれた人がいたらしいんだけど、明かせないって教えてくれなくてさ」「そうなんですね。追川さんの良さに気づいた人がいたんでしょうね。世の中捨てたもんじゃないですね」そう言って居酒屋の片隅で笑い合った。次も彼に会えるかは分からないけども、彼の笑顔がこの先続けばいいなと思った。そして今日も俺の元には潜入の依頼が入る。今度はどんな結果になるのか楽しみだ。

17 September 2026