夜10時過ぎのリビング。突然呼び出された家族会議で、息子の章から投げつけられた言葉に、私は耳を疑った。
「全部母さんの責任だ。俺たちがこんなに苦しいのは全て母さんのせいなんだよ」
テーブルを挟んで向かい側に座る息子の章と嫁の佳奈。2人の表情は固く、まるで犯罪者を見るような冷たい視線を私に向けていた。
「お母さん、はっきり言わせてもらいます。私たち夫婦の関係が悪化しているのも、家が苦しいのも、全部お母さんがいるからなんです。お母さんの存在自体が私たちの重荷になっているんです」
32年間、朝から晩まで働いて、女手一つで息子を育ててきた私が、なぜこんな言葉を受けなければならないのか。理不尽な言葉の数々に、私は言葉を失い、ただ震える手をテーブルの下で握りしめることしかできなかった。
私の脳裏にこれまでの人生が走馬灯のように蘇ってきた。夫が病気で他界したのは、章がまだ中学2年生の時だった。突然の別れに打ちのめされながらも、息子のために強く生きようと決意し、地元の病院で受付事務の仕事を始めた。月に15万円という決して多くない収入だったが、必死にやりくりして生活を支えてきた。
「母さん、俺、大学に行きたい」
そう言われた時、私は迷わず息子の夢を応援した。奨学金も借りたが、それでも足りない分は、私が深夜のコンビニバイトを掛け持ちして補填した。4年間で600万円。体はきつかったけれど、息子の笑顔が私の原動力だった。
結婚する時も「母さん、結婚資金が足りなくて」と言われれば、必死の貯金から200万円を渡した。孫の翼が生まれてからは、佳奈が仕事に復帰するために、週に何日も朝から夕方まで孫の世話を引き受けた。もちろん1円のお礼もなかったけれど、家族のためだと思えば苦にならなかった。
今では年金と給料を合わせて月に15万円の収入がある。そこから毎月10万円を家に入れ、残りは老後のために貯金してきた。32年間、一度も自分のための贅沢をしたことはない。それなのに、なぜ私が全ての責任を追わされなければならないのか。
「母さん、俺がこんなに苦労しているのは全部母さんの教育が悪かったからだ」
章が急に立ち上がり、私を見下ろしながら言い放った。その目には、かつて私に慕ってくれた息子の面影はなかった。
「俺が会社で出世できないのも、母さんが甘やかして育てたせいだ。もっと厳しく育てていれば、今頃は部長くらいになれていたはずなのに」
「そうですよ、お母さん。章さんの年収が低いのも、結局はお母さんの育て方が悪かったからです。もっと英才教育をしていれば、今頃は年収1000万円くらい稼げていたはずなのに」
「言い訳はいいです」と、佳奈が私の言葉を遮った。「お母さんがいるせいで、私たちは狭い家に住まざるを得ないんです。もしお母さんがいなければ、この駅前でもっと広い家に引っ越せたのに、孫の翼だってもっといい環境で育てられたのに」
私は言葉を失った。この家は、私が頭金の半分を出して購入した家だ。しかも私は自分の部屋は6畳間で我慢し、息子夫婦には広いスペースを使わせている。それなのに、私の存在が邪魔だというのだろうか。
「母さんのせいで佳奈にもストレスがかかっているんだ」と章が妻の肩を抱きながら言った。「佳奈は毎日母さんの世話で疲れているんだよ。料理も掃除も全部佳奈がやっているのに、母さんは何もしないで、ただ飯を食べているだけじゃないか」
実際は、私が毎朝5時に起きて朝食を作り、洗濯をし、仕事から帰ってきてからも夕食の準備をしている。佳奈が家事をするのは週末だけで、それも私が手伝っている。
「お母さんの年金も少ないし、これから介護が必要になったらどうするつもりなんですか? 私たちには翼の教育費だってかかるんです。正直、お母さんの面倒を見る余裕なんてありません」
「そうだよ、母さん。俺たちだって生活が苦しいんだ。母さんが月10万円入れてくれているけど、それじゃ全然足りない。光熱費だって食費だってもっとかかっているんだから」
私1人分の光熱費や食費が月10万円もかかるはずがない。むしろ私は節約のために昼食も職場に弁当を持参し、服も何年も買い換えていない。
「それに母さん、最近物忘れも多いし認知症じゃないの。この前も味噌汁に味噌を入れ忘れていたじゃないか」
「認知症のお母さんの面倒なんて見られませんよ」と佳奈が冷たく言い放った。「施設に入れるにしてもお金がかかります。お母さん、ちゃんと準備してあるんですか?」
2人の言葉は、まるで私を追い出すための口実を並べているようだった。私がこの家にいることが、そんなに迷惑なのだろうか。
「母さん、はっきり言うけど」と章が再び口を開いた。「母さんの存在自体が、俺たち家族の重荷なんだ。母さんがいなければ、俺たちはもっと幸せになれるんだ」
その瞬間、私の心の中で何かが音を立てて壊れていった。
「母さん、実は知ってるんだ」と章が、獲物を見つけたような目で続けた。「母さんの貯金、1500万円くらいあるだろう。銀行の通帳、この前見えちゃったんだよ」
私の血の気が引いた。確かに、32年間必死に働いて貯めた老後資金が1500万円ほどある。それは誰にも迷惑をかけずに老後を過ごすための、私の唯一の心の支えだった。
「そのお金、俺たちに渡してくれないか?」
「何を言っているの?」
「だって考えてみてよ」と佳奈が身を乗り出してきた。「そのお金があれば、私たちの問題は全部解決するんです。翼の教育費も住宅ローンの返済も、全部それでなんとかなるんです」
「でも、それは私の老後のための……」
「母さんには年金があるだろう。月8万円くらいあるんでしょう。それで十分生活できるじゃないか」
年金だけでどうやって生活しろというのか。病気になったら、介護が必要になったら、どうすればいいのか。
「お母さん、私たちだって必死なんです」と佳奈が泣き真似のような口調で言った。「翼の将来のことを考えたら、今お金が必要なんです。お母さんだって、孫の将来は大切でしょう」
「もちろん翼のことは大切よ。でも……」
「じゃあ、決まりだね。明日にでも銀行に行って手続きしてもらえる?」
「待って。それは無理よ。そのお金は私が病気になった時や、介護が必要になった時のために……」
「だからその時は俺たちが面倒を見るから」と章が言った。
今こんなにも私を邪魔物扱いしている息子が、将来私の面倒を見てくれるはずがない。
「母さん、これは要求じゃない。母親としての義務だ」と章の声が急に威圧的になった。「全部母さんの責任なんだから、金で解決するのが当然だろう。母さんの教育が悪かったせいで俺たちがこんなに苦労しているんだ。その責任を取るのは当たり前じゃないか」
「そうですよ、お母さん。お母さんの失敗のツケを、私たちがずっと払ってきたんです。せめて金銭的な保証くらいはしてもらわないと」
私は2人の顔を見つめた。そこにはもう、私の知っている息子夫婦の面影はなかった。金に目がくらんだ、見苦しい欲望だけが見えた。
「それに母さん」と章がとどめを刺すように言った。「正直言って、母さんがいなくなってくれればこの家も広く使えるし、生活費も浮くんだよ。でも出ていけとは言わない。その代わり、せめて貯金は渡してくれ。それが母さんにできる唯一の詫びだろう」
詫び。私はつぶやいた。何の詫びなのか。息子を愛し、全てを捧げてきた私が、なぜ詫びなければならないのか。
「お母さん、私たちも鬼じゃありません」と佳奈が優しいふりをして言った。「お金を渡してくれれば、お母さんはこのままここに住んでいていいんです。ただし、生活費は今まで通り月10万円入れてもらいますけどね」
貯金を全て取り上げられた上に、さらに月10万円を払い続けろという。それでは、私は一体何のために生きているのか。
「母さん、返事は?」と章がせかすように聞いてきた。「俺たち本気だからね。母さんが渡さないなら、他の方法を考えるしかない。例えば成年後見制度とか。母さん最近本当に物忘れが多いし、判断能力が低下しているって、医者に診断してもらうこともできるんだよ」
脅しだった。露骨な脅迫だった。私の息子が、私を脅迫している。
私は静かに立ち上がった。足が震えていたが、それを悟られないようにゆっくりと息子夫婦を見下ろした。
「分かりました。私が全て悪いのですね。私の存在が、あなたたちの不幸の原因なのですね」
「やっと分かってくれたか」
「じゃあ、明日まで考えさせてください」
「分かった。でも明日には返事をもらうからね」
2人は満足そうに顔を見合わせた。まるで獲物を仕留めたハンターのように。
私は自分の部屋に戻りながら、心の中で静かに決意した。その瞬間、私の中で何かが完全に切れた。もう、この理不尽に耐える必要はない。私は、私の人生を取り戻すことにした。
自室に戻った私は、静かにドアに鍵をかけた。リビングからは、息子夫婦の話し声が聞こえてくる。きっと、明日に入る1500万円の使い道について嬉しそうに相談しているのだろう。
私は押入れから古いスーツケースを取り出した。亡き夫と新婚旅行に行った時に使った、思い出の品だ。ほこりを払いながら、私は静かに荷物をまとめ始めた。必要最小限の衣類、下着、薬、そして夫の写真。大切なものは、意外と少ないものだ。32年間この家で暮らしてきたが、私が本当に必要としているものは、このスーツケース1つに収まってしまった。
深夜、私はスマートフォンで市役所のホームページを開いた。世帯分離届のページを熟読する。同じ住所に住んでいても、生計が別であれば世帯を分けることができる。私には収入があり、独立して生活できる条件は全て満たしている。
次に、不動産情報サイトを検索した。駅から徒歩15分、築30年の1DKアパート。家賃は月5万円。狭くて古いけれど、私1人なら十分だ。何より、誰にも責められない自由な空間。それだけで私には天国のように思えた。
物件の詳細を確認し、不動産会社の営業時間をメモした。朝一番に電話して、すぐに内見の予約を入れよう。そう決めた。
私は震えるペンを握り、息子夫婦への置き手紙を書き始めた。
「あなたの言う通り、全て私の責任だそうですから、私はこの家からいなくなります。これであなたたちの問題は解決するでしょう。明日、世帯分離の手続きをします。もう私たちは同一世帯ではありません。あなたたちで頑張ってください。母より」
短い手紙だったが、これで十分だった。長々と文句を書いても意味がない。ただ事実だけを淡々と伝えればいい。封筒に手紙を入れ、「母へ」と書いた。生活費なんてもう渡さない。全て私の責任だと言うなら、私がいなくなれば解決するはずだ。
午前4時。家中が静まっているのを確認し、私は静かに玄関から出た。夜明け前の闇の中、街灯だけが道を照らしている。不思議と悲しみはなかった。むしろ重い鎖から解放されたような清々しい気持ちだった。
駅前のビジネスホテルにチェックインした。狭い部屋だったが、1人になれる空間があることが嬉しかった。
朝、身支度を整え、朝食を軽く済ませた。8時30分、市役所の開庁と同時に窓口へ向かう。
「世帯分離届を提出したいのですが」
職員の方が丁寧に説明してくれた。必要書類を記入し、印鑑を押す。たったそれだけの手続きで、私は息子家族から法的に独立することができる。
「はい、受理されました。これで世帯分離の手続きは完了です」
職員の言葉を聞いて、私は深く息を吐いた。これで私は自由になった。もう息子夫婦に、私の財産を要求する権利はない。
午前9時。市役所を出てすぐ、不動産会社に電話した。
「昨日ネットで見た物件なんですが、内見できますか?」
「はい、午前10時でしたらご案内できます」
約束の時間に不動産会社へ向かい、1DKのアパートを内見した。日当たりは悪く、設備も古い。でも私にとっては最高の城だった。
「即入居可能ですよ」
営業マンの言葉に、私は迷わず契約書にサインした。敷金、礼金、諸費用で30万円。安くはないが、自由への投資だと思えば安いものだ。
午後、私は新しいアパートの鍵を手にしていた。スーツケース1つだけの荷物を部屋に運び込む。がらんとした部屋だったが、これから少しずつ自分の空間を作っていけばいい。100円ショップで最低限の食器や調理器具を購入し、スーパーで1人分の食材を買った。誰に遠慮することもない、自分だけの買い物がこんなにも楽しいなんて。
夕方、新しいアパートで買ってきた座布団に座り、静寂を味わった。誰も私を責めない。誰も私に要求しない。完全な静寂。
その時、スマートフォンが鳴り始めた。息子からの着信だった。きっと置き手紙を見つけたのだろう。私は着信を無視し、そのまま電源を切った。明日から、新しい人生が始まる。誰のためでもない、私だけのための人生が。
翌朝、私は新しいアパートで目覚めた。カーテンのない窓から差し込む朝日が眩しく、でも心地よい。誰にも起こされることなく、自分のペースで朝を迎える幸せを噛みしめた。
スマートフォンの電源を入れると、着信履歴が100件を超えていた。全て章からだ。メッセージも50通以上。最初の方だけ確認してみた。
「母さん、どこ行ったの?」
「冗談でしょ? すぐ帰ってきて」
「世帯分離って何? 意味が分からない」
「とにかく話し合いを待ってるから」
既読はつけずに画面を閉じた。今更話し合うことなど、何もない。
3日後、職場にも章から電話がかかってきた。
「谷口さんの息子さんから電話です」
受付の同僚が困った顔で受話器を差し出す。
「今、手が離せないので」
私は静かに断った。同僚は不思議そうな顔をしていたが、それ以上は聞いてこなかった。
1週間後、章からのメッセージの内容が変わってきた。
「お母さん、生活費はどうするの? 今月も入れてくれないと困る」
「世帯分離したって、親子は親子でしょ。責任があるはずだ」
「佳奈が怒ってる。どうしてくれるんだ?」
私は全て無視した。世帯が別になった今、私には何の義務もない。
2週間が過ぎた頃、事態は急変した。職場の昼休み、同僚の田中さんが心配そうに声をかけてきた。
「谷口さん、息子さんと何かあったの? さっき『母親を捨てた息子』って噂話してる人たちがいて」
どうやら章が私を探すために、親戚や近所の人に連絡を取ったらしい。その結果、「母親を追い出した息子」という噂が広まってしまったのだろう。
「大丈夫よ。私は自分の意思で家を出たの」
私は微笑みながら答えた。田中さんは複雑な表情だったが、それ以上は追求してこなかった。
3週間目、章の務める会社でも問題が起きていたようだ。後で聞いた話だが、章の上司が彼を呼び出し、「お前、お母さんを追い出したって本当か?」と言ったらしい。章は必死に弁明したようだが、「親を大切にできない人間は信用できない」と言われ、重要なプロジェクトから外されてしまったとか。
佳奈の方も大変だったようだ。ママ友の間で「義母を追い出した嫁」というレッテルを貼られ、子供の習い事の送迎グループからも外されてしまったそうだ。
そして、ちょうど1ヶ月が経った日。私がアパートに帰ると、玄関の前に2人が立っていた。息子の章と嫁の佳奈だ。2人とも顔色が悪く、特に佳奈は泣きはらしたような目をしていた。
「母さん」と章が力なく呼びかけてきた。
「何の用よ」
私は鍵を取り出しながら、冷たく聞き返した。
「母さん、お願いだ。助けてくれ」
章が突然土下座をした。隣で佳奈も慌てて頭を下げる。
「お母さん、申し訳ありませんでした。私たちが間違っていました」
「何が間違っていたの?」と、私は玄関のドアを開けながら聞いた。
「全部です。母さんのせいにしたこと、金を要求したこと、全部間違っていました」と章が顔を上げずに言った。
「それで、家に戻ってきてください。お願いします」と佳奈が泣きながら懇願した。「生活費の10万円がないと、本当に生活が回らないんです。住宅ローンも払えません」
なるほど。結局はお金の問題か。私は小さくため息をついた。
「あなたたち、私に言ったわよね。『全部母さんの責任だ』って」
2人は顔を見合わせた。
「『私の存在が重荷だ』って言ったわよね。『私がいなければ幸せになれる』って」
「あれは感情的になって……」
章が言い訳を始めたが、私は手をあげて制した。
「世帯分離したから、私たちはもう家族じゃないの。あなたたちが望んだことでしょう」
「でも、血は繋がってるじゃないですか」と佳奈が必死に訴えた。「お母さんには息子を助ける義務があるはずです」
「義務?」と、私は思わず笑ってしまった。「あなたたち、私の貯金1500万円を要求した時、なんて言った? 『母親としての義務だ』って言ったわよね」
2人は黙り込んだ。
「でも、世帯が別の他人にお金を渡す義務なんてないわ。あなたたちだって、外の人には頼めないって言うでしょう」
章が顔を真っ赤にして立ち上がった。
「母さん、それは……」
「ごめんなさい。私、忙しいから」
私は2人を残して、アパートの中に入った。
「母さん、お願いだ」とドアの外から章の叫び声が聞こえてきた。「せめて50万円だけでいいから貸してくれ。来月の支払いができないんだ」
「お母さん、翼のことも考えてください。孫が可愛くないんですか?」と佳奈の鳴き声も聞こえてくる。
私はソファに座り、静かにお茶を飲んだ。ドアの外の騒ぎは30分ほど続いたが、やがて静かになった。
翌日、章から最後のメッセージが届いた。
「お母さん、俺たち離婚することになった。佳奈が実家に帰ると言っている。家も手放すことになりそうだ。全部めちゃくちゃだ。母さん、どうしてこんなことに?」
私はメッセージを読んで、静かにスマートフォンを置いた。
どうしてこんなことに? それは、あなたたちが選んだ道でしょう。私を責め、私の存在を否定し、私から金を巻き上げようとした。その報いが帰ってきただけだ。因果応報というものだ。
私は窓の外を眺めた。小さなアパートの窓からでも、青い空は見える。自由な空が、どこまでも広がっていた。
あれから3ヶ月が経った。私の新しい生活は、想像以上に充実していた。朝は自分の好きな時間に起き、好きなものを食べ、好きなテレビを見る。誰に文句を言われることもなく、誰に責められることもない。これが本当の自由というものだと、今更ながら実感していた。
職場でも変化があった。
「谷口さん、最近本当に明るくなったわね。表情が柔らかくなって、10歳は若返ったみたい」と田中さんが笑顔で声をかけてくれた。
「そうかしら」と、私も自然と笑顔になった。確かに、鏡を見ると以前より生き生きとした自分の顔があった。ストレスから解放されると、人はこんなにも変わるものなのだ。
「実は私も、息子夫婦との同居で悩んでいて」と田中さんが小声で相談してきた。「谷口さんみたいに、自立する勇気があればいいんだけど」
「勇気なんて大げさなものじゃないわ。ただ、自分を大切にすることを選んだだけよ」
私の言葉に、田中さんは深く頷いていた。
週末には新しい趣味も始めた。近所の公民館で開かれている絵画教室に通い始めたのだ。60歳を過ぎてからの新しい挑戦だったが、筆を持つ時間が何より楽しい。
「谷口さんの絵、とても温かみがあって素敵ね」
教室の仲間たちとも、いい関係を築けていた。誰も私の過去を詮索することなく、今の私を受け入れてくれる。それが心地よかった。
息子夫婦の状況は、風の噂で耳に入ってきた。章と佳奈は結局離婚し、家も手放したそうだ。章は会社での立場も悪くなり、地方の営業所に飛ばされたとか。佳奈は実家に戻ったが、「義母を追い出した嫁」というレッテルは消えず、再婚も難しいだろうと言われていた。
孫の翼のことは気がかりだったが、私にできることは何もない。いや、正確に言えば、私がすべきことは何もないのだ。親の責任は親が負うもの。他人の私が介入すべきことではない。
ある日、銀行で用事を済ませていると、見覚えのある後ろ姿を見かけた。章だった。やつれた顔で、ATMの前で何度も暗証番号を入力している様子。きっと残高不足で引き出せないのだろう。
かつては「母さんの1500万円をよこせ」と言っていた息子が、今は数万円の出金にも苦労している。私は静かにその場を離れた。声をかけることはしなかった。同情もしない。これは、彼が選んだ道の結果なのだから。
夕方、アパートに戻ると、郵便受けに一通の手紙が入っていた。章からだった。
「母さん、元気ですか? 俺は今、1人暮らしをしています。給料も減って、生活は苦しいです。でも、これは全部自分のせいだと分かっています。母さんに言ったひどい言葉、要求したこと、全部間違っていました。母さんがいてくれたから、俺たちは生活できていたんですね。今更ですが、心から謝りたいです。本当にごめんなさい。でも、もう許してもらえないことも分かっています。母さん、どうか元気で、幸せに暮らしてください」
手紙を読み終えて、私は深くため息をついた。謝罪の言葉は嬉しかったけれど、もう遅いのだ。壊れた関係は、簡単には修復できない。私は手紙を引き出しにしまった。返事を書くつもりはない。彼には彼の人生があり、私には私の人生がある。それでいいのだ。
最近、私は自分の人生を振り返ることがある。32年間、必死に働いて全てを息子に捧げてきた。それは決して無駄ではなかったと思う。でも、自分を犠牲にしすぎていたことも事実だ。理不尽に屈してはいけない。自分の尊厳は自分で守らなければならない。我慢にも限界がある。これらは60歳を過ぎて、私が学んだ大切な教訓だ。
もし同じような境遇で苦しんでいる方がいたら、伝えたいことがある。あなたには、自分を守る権利がある。例え相手が実の息子でも娘でも、理不尽な要求に答える必要はない。あなたの人生は、あなたのものだ。誰のためでもなく、自分のために生きていいのだ。
今、私は本当に幸せだ。小さなアパートでも、1人の食事でも、全てが自由で、全てが私の選択だ。誰にも責められず、誰にも否定されず、自分らしく生きることができる。これ以上の幸せがあるだろうか。
夜、ベッドに入る前、私は必ず夫の写真に話しかける。
「あなた、私、やっと自由になれたわ。これからは自分のために生きていくから、見守っていてね」
写真の夫が、優しく微笑んでいるように見えた。
人生は一度きりだ。誰かのために我慢し続ける必要はない。理不尽には立ち向かい、自分の幸せを掴む勇気を持ってほしい。


