同窓会の会場で、あの声を聞いた瞬間、胃のあたりが重くなった。
「あんた? やっぱり三沢じゃない。相変わらず貧乏人のオーラがすごいわね。遠くからでも分かったわ。」
二十年近く経っても、木田啓子は変わっていなかった。いや、社長夫人という肩書きを得て、昔よりも性格がねじ曲がっていた。私は深くため息をついた。せっかくの楽しい同窓会が、一瞬で色あせた気がした。
啓子は幼稚園の頃から私に意地悪をしてくる子だった。おもちゃを取り上げ、アパート暮らしの私を馬鹿にし、両親にまで「貧乏人」と暴言を浴びせた。中学を卒業して別々の高校に進学し、ようやくあの地獄から解放されたのだ。それなのに、大人になった今も、彼女の言葉は学生時代と少しも変わっていない。
「いつまで俺を貧乏人扱いするつもりだ?」
「貧乏人だから貧乏人って言ってるのよ。よくもまあ、そんな格好で来られたわね」
私は彼女と距離を取ることにした。せっかくの再会を台無しにしたくなかったからだ。しかし、啓子は私がいないのをいいことに、声を大きくして自慢話を始めた。
「私の夫、輸入会社を経営してるのよ。私、社長夫人なんだから。最近は海外旅行が趣味で、よく行くの。欲しいものは何でも買ってくれるのよ」
彼女の鳥巻きたちがキャーキャーと騒ぐ。啓子はチラリとこちらを見て、勝ち誇ったように笑った。私は聞こえないふりを決め込んだ。しかし、私からのリアクションがなかったのが気に入らなかったのか、啓子は私の隣まで歩いてきて、直接話しかけてきた。
「あんたはどうなの? 奥さんを満足させられてるの?」
「俺も家族も、毎日楽しく暮らしてるよ」
「それって、孝志がそう思ってるだけじゃないの? 貧乏人なりに、必死に自分を慰めてるんでしょ? かわいそうに」
さすがに腹が立った。私は小さく言い返した。
「素晴らしいのは啓子じゃなくて、夫さんだろう。お前が自慢することじゃない」
「はあ? 何よ。自分が貧乏だからって、私のこと妬まないでよね。ダッサ」
私は妬んでいない。ただ、彼女の傲慢さに呆れていただけだ。そして、その後の啓子の言葉で、全てが決着した。
「もうさあ、昔からあんたみたいな貧乏人は目障りだったのよ。こんな貧乏人とは、縁を切りたいわ」
「縁を切りたい? お前がそう言うなら、別に構わないけど」
「本当にいいのよ。やっと縁が切れて清々するわ。バイバイ、貧乏人」
私は最後のチャンスを与えたつもりだった。しかし、啓子は気づかない。私はスマホを取り出し、とある番号に電話をかけた。
「もしもし、三沢です。確認したいんですが、明日予定していた5億円の契約の件ですが、うちの妻があなたの奥さんに縁を切られましてね。申し訳ないですが、この契約は白紙にさせてください。詳しい話は、あなたの奥さんから聞いてください」
電話の相手は、啓子の夫だった。私はホテルチェーンの社長をしていて、彼の会社と取引があったのだ。啓子がいくら私を馬鹿にしようと、私はこの十年、必死に働いてきた。古いアパートを民宿に変え、成功させ、今の地位を築いた。それを、彼女は自分の目で見ようともしなかった。
啓子は青ざめた顔で電話に出た。夫の怒鳴り声が漏れ聞こえてくる。
「あんた、何やってくれたのよ!」
「俺が社長だなんて、思わなかったか?」
「だ、だって…あの貧乏アパートに住んでたじゃない!」
「あのアパートは、もう民宿だ。外国人観光客に好評でね。お前の言う『ボロアパート』で、俺は会社を大きくしたんだよ」
啓子は涙目で謝罪を始めたが、その謝罪が自分を守るためだけの薄っぺらいものだということくらい、私にも分かる。私は彼女の謝罪を無視して、その場を去った。
その後、広瀬社長の会社は、私との取引がなくなったことで傾き始めた。そして、啓子は夫に家を追い出されたと聞いた。ブランド品に身を包んでいた彼女は、今では誰も知らないボロアパートに住んでいるらしい。
私は彼女を見ても、何も感じなかった。むしろ、仕事を一緒に頑張ってきた家族や仲間に対して、感謝の気持ちでいっぱいだった。私は、ああはならない。高い立場にいても、傲慢になってしまえば、いつ転落するか分からない。啓子の一件を反面教師にして、私はこれからも地道に、誠実にやっていこうと思う。


