親族が集まった新年の会の最中、私は高熱を押しておせち料理を作っていた。夫と義母に強制されたからだ。二人とも手伝う気は一切なく、私が意識を朦朞とさせているのに、夫は追い打ちをかけるように吐き捨てた。
「熱だとか言ってるけど、どうせ仮病だろ。さっさと用意しろ。客を待たせるな」
いつもの私なら、黙って従っていた。でも今日は違う。私は冷めた目で夫を見返した。
「もうできてるわ。あとは仕上げだけ。あなたの浮気相手を呼び出したら完了よ」
「は?浮気相手?お前、何言ってんだ?熱で頭がおかしくなったのか?」
「花子さん、どこまで私たちを失望させたいの?変なこと言ってないで、嫁の務めを果たしなさい」
夫と義母は呆れた顔をした。でも、私はすべてを知っている。もう遠慮する必要はない。今日、親族全員の前で全部話すつもりだった。
騒ぎを聞きつけて、義父がやってきた。夫と義母は、私が熱があるのに無理をしておせちを作ろうとしていると、自分たちに都合のいいように話をでっち上げた。義父は心配そうに私を見る。結婚当初から優しい義父は、いつも私の味方をしてくれた。
「お父さん、義兄さんもお母さんも嘘をついています。この際なので、すべてお話しします。実は私、二人からずっといびられていました」
「いびられていただと?」
義父は驚き、夫と義母を見た。二人は義父にいい顔をしているから、信じられない様子だ。夫は「何言ってんだ、これは注意だ」と誤魔化そうとする。義母も「家族は助け合うものだ」と流そうとした。
「証拠ならあります。お父さん、これを聞いていただけますか?」
私はスマホを取り出し、録音データを再生した。
「専業主婦のくせに体調管理すらできないのか。正月に熱なんか出しやがって。全くお前は本当に使えない嫁だな」
「ええ、しげちゃんの言う通りよ。花子さん、あなた嫁としての自覚が足りないんじゃないの?」
これはついさっきの会話だ。私はさらに続けて、これまでの日々に録音していた数々の暴言を流した。夫婦のいびりの記録は、ほんの一部でも親族たちの目を覚まさせるには十分だった。
「お前たちは花子さんに、いつもこんなことをしていたのか」
「違うわよ!これは捏造だわ!」
「そうだ、捏造だ!俺たちがこんなこと言うわけないだろ!」
「だが、声は間違いなくお前たちじゃないか。花子さん、本当のことを教えてくれ」
「すべて本当のことです。お父さんの前ではこの二人はいつもいい顔をしていたんです。先ほどの録音はすべてお父さんがいない時のもので、私が何も言い返さないのをいいことに、二人とも好き放題言っていたんです」
いびりをごまかせないと悟った夫と義母は、開き直って私に食ってかかってきた。
「おい、嫁の分際で俺らを悪者にしてるのか!これぐらい嫁なら我慢するもんだろ!」
「そうよ!嫁なんだから、これぐらいのことで騒いでどうするのよ!」
その様子を見て、義父は私の言っていることが本当だと確信したようだった。義父は怒りを込めて、夫に言った。
「お前、花子さんが嫁に来た時、自分が姉の問題で苦しんだ分、嫁には本当の娘のように接したいって言ってたじゃないか。あれは嘘だったのか。お前もお前だ。奥さんが苦しんでいる中、お前も一緒になっていびってどうするんだ?」
夫も義母も、バツが悪そうに黙り込んだ。
「すまない、花子さん。これまでずっと辛い思いをさせてしまったね」
「お父さん、ありがとうございます。でも、いいんです。それも今日で終わりですから」
「今日で終わり?どういうことだ?」
「その話は、この後親族の皆さんの前でしたいと思います。皆さんに知ってもらいたいことがありますので」
私はそう義父に告げ、親族十五人の前に向かった。
「皆さん、お待たせしました。おせち料理を始める前に、皆さんに知っていただきたいことがあります。この資料なんですが、回して見ていただけますか?」
私は分厚い封筒から書類と写真を取り出した。その写真を見て、義父と親族たちは総動然とした。写真には、夫が女性と浮気している現場が映っていたからだ。
「な、なんだよこれ!お前、いつこんなものを?」
夫が顔面蒼白になりながら問い詰める。
「前にたまたま街を歩いていたら、仕事をしているはずのあなたが女性と親しげに歩いているところを偶然見かけたの。その頃には仕事を理由に家に帰ってこない日も増えていたし、浮気していたからだとようやく気づいたわ。すぐに探偵に依頼して調査してもらったら、出るは出るわ、浮気の証拠が」
親族たちは夫に冷たい視線を浴びせる。義父は大激怒だ。
「お前、よくも浮気なんて!恥ずかしくないのか!」
「ち、違う!そんなのただ一緒に歩いているだけの写真だろう!」
私は無言で、ホテルに入っていく夫と女性の写真を差し出す。
「大体俺は悪くない。向こうから言い寄られて断りきれなかっただけだ。俺は悪くない!」
「断りなさいよ。あなた結婚してるのよ。まあ、どうせそれも嘘で、あなたから迫っているんでしょうけど。他にもお伝えしなければいけないことがあります。義兄さんはただ浮気していただけではないんです」
私は攻撃の手を緩めず、もう一つの事実を暴露した。
「この写真を見てください。この写真の女性、よく見ると先ほどのホテルに入っていく写真の女性とは違いますよね。実は夫は三人の女性と浮気しており、日によって会う相手を変えていたんです。そしてそのうちの一人との逢瀬の場所は、平日のパチンコ店だったんです。だから、夫はスーツを着ているんです」
「平日?どういうことだ?仕事中じゃないのか?」
「そうです。私もどういうことか不思議に思って、夫の部下に連絡を取り状況を確認しました。すると夫は、社長の息子という立場を利用して部下に仕事を押し付けていたことが判明したんです。部下が何も言うことができないのをいいことに」
「なんだと?」
親族の中には義父の会社の役員もいる。この場で夫の不倫とサボりを暴露したことで、会社での夫の信用がなくなることは間違いない。すべて私の計画通りだ。
「ち、違います!全て合成で、嫁が俺のことを落とし入れようとしているだけなんです!」
夫は否定するが、私はさらに別の録音データを流した。
「仕事なんてちょろいちょろい。面倒なことは全部部下に任せて、目の前の大きい仕事だけやっとけばいいんだから。親の会社だから将来は社長の席が保証されてるんだぜ。安泰、安泰」
「な、なんでこれが…」
「あなたが浮気相手と会っている時に自慢げに言っていたのを、私が雇った探偵が録音してくれたのよ」
夫はそこまで知られていると思っていなかったのか、顔面蒼白になりブルブルと震え出した。義父はそれ以上に怒りで震えている。
「義兄さん、社会をなめるのもいい加減にしろ。そんな心構えでお前を会社に入れているのは、将来会社を継がせるためでも何でもない。お前には社会性が足りないと思って、外に出すより自分の監視下に置いた方がいいと思ったからだ。お前の評判を聞いて安心していたが、ここまで期待を裏切っていたとはな」
「父さん、ごめんなさい!花子、悪かった!皆さん、本当にすみません!」
夫は義父の怒りを納めるために土下座を始めた。しかし義父と親族たちは夫を許せない。もちろん私も。
「お前には会社をやめてもらう。親子の縁も切らせてもらうぞ」
「そ、そんな!あなた、それはあんまりじゃないの!義兄さんは少し間違ってしまっただけよ!こんな簡単に首だとか親子の縁を切るだなんて!」
これまで黙っていた義母が割り込み、夫の味方をした。どんな時でも自分の息子が一番可愛いようだ。
「お母さん、あなたもお父さんに隠していることありますよね」
「何を言うの?そんなことあるわけないじゃない。全く嫁の分際で我が家を掻き乱して、ただじゃおかないわよ」
「全て事実を言っているまでです。お母さんが義兄さんにお小遣いをずっと渡していたこととかね」
「何を言うの?そんなことしてないわよ!」
「おかしいと思ってたんです。いくらお父さんの会社で働いているとはいえ、会社員以上の給料をもらっていないはずですから。それなのにこんなに浮気相手と会って散財できるなんて。そんなお金、あるわけないと思っていたら、自分から暴露してくれました。ここで私は最後の録音データを流します」
「もう義兄さん、お父さんには内緒よ。私の両親の介護でお金がいるって言って、お父さんからお金をもらってるんだから。本当は私の援助なんて両親は必要じゃないのに」
「分かってるよ、母さん。いつも助かってる」
「いいのよ。あなたの力になれることが心の底から嬉しいの。お父さんなんて、お金がなかったらとっくに離婚しているわ」
「な、なんだこれは?嘘よ!こんなの捏造よ!」
義母は否定するが、これが実際の録音であることぐらい、この場にいる誰もが分かっている。
「お母さんはお父さんに嘘をついてお金をもらい、夫に横流ししていたんですよ。そのお金が全て浮気相手に流れているとも知らずに。こんなバカ息子でも可愛くて仕方がないんでしょうね」
「花子!お前、こんなことしやがって!この家にも盗聴機を仕掛けてたのか?」
「この家にじゃないわ。盗聴を仕掛けていたのは、あなたによ」
「あ、なんだと?!」
「あなたのスーツに盗聴機を仕込んでおいたの。私は手段を選ばないの。あなた、お母さんにいつもお金せびってるくせに、お金がないお金がないって言ってたわよね。どれだけパチンコに費やしてるの?あ、違うわね。浮気相手に」
「うるせえ!元はといえば、お前がしっかり嫁の務めを果たしていなかったことが原因じゃねえか!もっとできた嫁なら、俺だって浮気なんかしなかったよ!」
「そ、そうよ!全ては嫁であるあなたの責任よ!」
二人が私に食ってかかるが、この場にいる誰もが私の味方なのは確かだ。義母の本性を知って、義父と親族たちの怒りは頂点に達した。
「よくわかった。これまで俺はお前たちに騙されてきていたことが」
「あ、あなた、ごめんなさい!義兄さんのためだったの!可愛い私たちの息子じゃない!」
義母はようやく義父の怒りに気づいたのか、慌てて夫と同じように土下座して謝罪した。だが、義父はもう覚悟を決めたようだった。
「もうお前のことは信用できない。息子だけが可愛くて嫁のことをいびって、俺のことは財布としか思っていないような奴はな。離婚しよう」
「離婚?なんでそんなこと言うの?!あんまりじゃない!あなたがいないと生きていけないわ!お願い、考え直して!」
「無理だ。もう顔も見たくない。さっさと荷物まとめて出ていけ。夫、お前もだ」
義父は夫と義母を義実家から叩き出そうとするが、私はそれを止めた。
「少し待ってください。私の計画はまだ終わりじゃありません」
そして私は、ある人たちに電話をかけた。数分後、義実家のインターホンが鳴った。そこに現れたのは、三人の女性たち。その姿を見て、夫が震え出す。そう、その女性たちは夫の浮気相手たちだ。
私は夫に宣言していた通り、夫の浮気相手を呼んで待機してもらっていた。夫の浮気が発覚した後、連絡を取って話したのだが、どうやら三人とも夫から独身だと聞かされて付き合っていたらしい。この三人からは謝罪をしていただいた。そして、私が三人を許す条件として、今回の夫への復讐に協力してもらったのだ。
「このおせち料理は、体調の悪い私に変わって彼女たちに作ってもらったの。そして親族に謝罪をしたいということで、今日来ていただいたんです」
こうして三人の浮気相手が次々と夫との関係を暴露した。ここまで来ると、浮気相手ではなく、夫に対する怒りしか湧いてこない。
「どこまで用意してんだよ…」
「だから言ったでしょ。あとは仕上げだけ。あなたの浮気相手を呼び出したら完了よってね」
こうして私には敵わないと思ったのか、夫と義母は完全に沈黙した。私は離婚と慰謝料を請求した。
数ヶ月後、私と夫は離婚が成立し、慰謝料もしっかり請求した。夫は義母にお金をもらっていたのにも関わらず、パチンコで借金まみれであることが判明。もちろん、婚姻中の借金だからと言って私に返済義務はない。夫は義父の会社も首になり、ボロボロになりながら慰謝料のために働く日々を送っている。義母も義父と離婚し、一人きりとなった。義母は義父の収入でずっと生活してきた専業主婦のため、一人ではまともに生活できず、息子を頼ろうとするも、お互いの罪を擦り付け合って喧嘩になり、絶縁状態だそうだ。
一方、改めて義父から謝罪をされた。
「今回のこと、私自身も長年気づくことができずに、本当に申し訳なかった」
「いえ、お父さんはいつも私のことを気にかけていただいたこと、分かっていますから。それに私自身も夫とお母さんの言いなりになって、相談できずにすみませんでした。もっと早くに相談していれば、もっといい道があったのかもしれません」
「いやいや、お互い気づけてよかったよ。花子さんはまだ若いんだし、これからいくらでもやり直せるよ。あと今回の件で思ったんだが、花子さんは段取りを立てて物事を進めていく力がすごいと思う。もし花子さんさえよければだけど、うちの会社で働いてみないか。他の役員も同じことを感じていたようなんだ」
「そんなお世辞でも嬉しいです。お誘いありがとうございます。せっかく頂いたお話なのですが、自分の力を試したいと思って、新しい就職も決まっているんです」
「そうか。それは残念だな。だが、花子さんならどんな場所でもやっていけるよ。これからも何か困ったことがあれば、遠慮なく相談してくれ」
「はい、ありがとうございます」
どんな経験も人生の財産になる。こうして私は、新しいスタートを切った。



