「お前の娘がどうなるか分からないと思えよ」—そう告げて電話を切った誘拐犯は、私が裏社会のドンだと知らなかった。私は表向きはアパレル会社の社長、でも本当の顔は現事組の組長だ。娘を奪われた私は、自ら人質になることを提案して相手の居場所を突き止めようとした。だが、あの男は二度目は容赦しなかった。海沿いの倉庫で目を覚ましたとき、私を待っていたのは10億の身代金と、私を盾にしようとする卑怯な奴らの顔だ…

「お前の娘がどうなるか分からないと思えよ」—そう告げて電話を切った誘拐犯は、私が裏社会のドンだと知らなかった。私は表向きはアパレル会社の社長、でも本当の顔は現事組の組長だ。娘を奪われた私は、自ら人質になることを提案して相手の居場所を突き止めようとした。だが、あの男は二度目は容赦しなかった。海沿いの倉庫で目を覚ましたとき、私を待っていたのは10億の身代金と、私を盾にしようとする卑怯な奴らの顔だ...

娘を誘拐した男の声は、冷たく一方的だった。

「いいか?言う通りにしないと、お前の娘がどうなるか分からないと思えよ」

そう言って電話は切れた。ついさっきまで、確かに娘は目の前にいた。赤いバケツを持って庭で遊んでいた。目を離したその隙に、攫われてしまったのだ。

警察には連絡するな。身代金は3億。男は自らヤクザだと名乗った。

私の名前は八宮裕子。表向きは大手アパレルブランドの経営者。だが裏の顔は、現事組というヤクザ組織の組長だ。父の跡を継いで仕方なく、だった。本当は小さな店をやりたかった。しかし、代々受け継いだ組織は勢力を拡大し、今では「裏社会のドン」と呼ばれるまでになっている。

娘のためなら3億など惜しくない。すぐに準備しなければ。後悔は後回しだ。

私はあえて、男の誘いに乗ることにした。

「お願い。娘のことが心配なの。私が人質になるわ。娘を解放して。私を人質にすれば、会社から5億でも10億でも引き出せる。3億は組に渡して、残りはあなたのものにすればいい」

男は明らかに揺れていた。しかし、背後から別の男の声が聞こえる。どうやら組長が指示を出しているらしい。

「いや、人質は娘だけでいい。あんたは金を準備しておけ」

そう言い残して、電話は切れた。私はすぐに現事組の事務所へ連絡し、若頭に金庫から3億を用意させた。若頭は「娘さんのために使ってください」と、迷いなく承諾してくれた。

約束の時間、男から電話がかかってきた。

場所を教えろと言うと、男は渋々ながら兵気組の事務所の住所を口にした。私は車で向かい、3億の入ったアタッシュケースを持って中へ入った。

和室に通されると、兵気組の組長が現れた。だが、組長は私の顔を見るなり、目を丸くして絶句した。

「わ、わしが兵気組の組長だが、あ、あなたは…八宮の姐さんではございませんか?」

私は微笑んだ。「あなたとは初対面だったかしら? 私の可愛い娘を攫ったのが、あなたの組の人間だと聞いてね。娘は無事なの?」

組長はその場に土下座した。「まさか誘拐した相手が現事組の娘さんだったとは…この度は大変な不始末を。申し訳ございません!」

組長は部下の柏木を叱り飛ばし、すぐに娘を連れてこさせた。しおりは不安そうに俯きながら部屋に入ってきて、私の姿を見るなり飛びついてきた。

「ママ! 怖かった…!」

大きな怪我はなかった。だが、強い恐怖を味わったのは間違いない。

組長は3億を全額返し、深々と頭を下げた。「どうか、この件は内密に…」

娘が無事だったから、私は見逃すことにした。「今回だけは特別に、音沙汰なしにしてあげる。でも、次はないからね」

そう言って家へ戻った。だが、その背中を、柏木は納得いかない顔で見つめていた。

数日後、私は娘を保育園に迎えに行き、帰り道にコンビニへ寄った。車を降りた瞬間、見知らぬ男たちに取り囲まれた。チンピラ風の男たちは、いきなり催涙スプレーをかけてきた。

油断していた私は、抵抗する間もなく意識を失い、縛られてどこかへ連れ去られた。

気がつくと、倉庫のような場所にいた。目を閉じたまま、会話を聞く。

「いいか、身代金は10億だ。3時間以内に持ってこい。場所は…俺が指定した海沿いの倉庫にしろ」

どうやら私を誘拐し、部下に身代金を請求させているのは、あの柏木だった。そして、彼が集めたのは兵気組の組員ではなく、町のチンピラ集団らしい。どうやら組長の判断ではなく、柏木の完全な独断のようだ。

やがて、現事組の若頭が倉庫にやってきた。

「お待たせいたしました。10億お持ちしました。組長を返していただけますか?」

柏木は金を見せろと言い、若頭は車の鍵を落としたふりをして床に屈んだ。その瞬間、発煙筒が倉庫の中に投げ込まれた。

「撃て!」

柏木が叫ぶと同時に、現事組の組員たちが倉庫に雪崩れ込んできた。チンピラたちは混乱し、次々に叩きのめされていく。喧嘩に慣れていない彼らは、あっという間に床に転がった。

「この…! よくもやりやがったな!」

柏木は私に掴みかかろうとした。人質の私を盾にするつもりなのだろう。だが、その時、私はすでに縄を解いていた。

「自分がしくじっただけだろう。この腰抜けが」

私はすぐに柏木を殴り、気絶させた。煙が晴れると、チンピラたちは全員伸びている。

私は倉庫全体に響く声で言った。

「あんたたち、どうせ金で雇われたチンピラだろう。このまま海に沈めてやってもいいが、チャンスをやる。二度と現事組に逆らわないと誓えるなら、今すぐ立ち去れ」

チンピラたちは這うようにして逃げていった。残ったのは、柏木ただ一人だった。

「金でチンピラを雇うなんて、考えが甘いよ。支払いがなければすぐに離れる。命が危なくなれば逃げる。そんな連中を頼りにするなんて、人望がないんだろうね」

「うるせえ! 組長がお前に手を出すなって言うから…!」

私はすぐに兵気組の組長を呼び出した。組長は倉庫に現れると、床に転がる柏木を見て、全てを察したように土下座した。

「すいません、姐さん。今回はうちの不始末です。本当に申し訳ございません」

「ええ、まさかこんなに早く二度目の誘拐をされるとは思わなかったよ。これは全部、組長さんの指示かい?」

「いえ、柏木の独断です。私は彼に何度も念を押したのですが…」

「そうかい。それで、こいつはどうするんだい? 組長の監督不行き届きってことになるけど、軍資金を出すのかい?」

「いや、この件はあくまで柏木の独断です。柏木の身柄はそちらに預けます。どうか好きなようにしてください」

柏木は露骨に慌て始めた。

「ま、待ってくださいよ、組長! 俺を見捨てるんですか!?」

「知らん。俺はあれだけ現事組には手を出すなと言ったはずだ。お前の命だけで償えるなら、そうする。それが組を守るってことだ」

私は柏木の前に座ると、問いかけた。

「さて、お前のケジメだが、めんどくさいから金か命か、どっちかで払ってもらうよ」

「金で償います! いくらでも!」

「そうかい。お前は10億の身代金を請求したよね。だから慰謝料は10億だ。払えば見逃してやるよ」

「じゃあ10億で…あの向こうの車に積んである…」

「あれはお前の金じゃないだろう」

若頭が柏木を蹴飛ばした。

「確かに組長を助けるために10億を持ってきたが、それを手に入れる前にお前は叩きのめされたんだ。あれはお前の金じゃない」

柏木は絶望した顔で黙り込んだ。借金を背負っても10億なんて返せない。臓器を売っても足りない。それをヤクザの彼は嫌というほど理解していた。

「決められません…無理です…」

私はしばらく彼を見つめ、やがて静かに言った。

「そうだね。このまま生きていても、もうあんたには辛いことしか残ってない。今、静かに終わらせてやるのが優しさだろうね」

若頭と部下たちが柏木を取り囲んだ。そして、倉庫から連れ出し、海へと向かっていった。きっと、そのまま海の藻屑となるのだろう。

数日後、娘はまだ怯える様子を見せることもあったが、少しずつ元気を取り戻していった。私は夫と娘と三人で、家族が全員無事でいられる幸せを噛みしめていた。

ダメな部下を持つと、組長も大変だね。

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