清掃員の俺に、委員長の息子がこう言い放ったんだ。「掃除しかできない脳のないじいさんが偉そうに。お前、首だ」って。病院で35年働いてきた俺が、たった一人の研修医の言葉で辞めることになった。職場の仲間たちが止めるのも聞かず、俺は静かに病院を後にした。でもあの時、誰も気づいていなかった。この俺が、かつてこの病院で何をしていたのかを。そして数日後、委員長が息子を連れて俺の家の玄関に現れ、土下座した。…

清掃員の俺に、委員長の息子がこう言い放ったんだ。「掃除しかできない脳のないじいさんが偉そうに。お前、首だ」って。病院で35年働いてきた俺が、たった一人の研修医の言葉で辞めることになった。職場の仲間たちが止めるのも聞かず、俺は静かに病院を後にした。でもあの時、誰も気づいていなかった。この俺が、かつてこの病院で何をしていたのかを。そして数日後、委員長が息子を連れて俺の家の玄関に現れ、土下座した。...

「お前、俺が誰だか分かってるのか?俺様にそんなことを言いやがって。」

清掃員として働く俺に、委員長の息子が顔を真っ赤にして怒鳴った。

親の権力を使ってやりたい放題の彼は、俺に注意されたのがよほど気に入らなかったらしい。

「掃除しかできない脳のないじいさんが偉そうに俺に言い返すなんていい度胸してるよな。委員長の息子に向かうようなバカはこの病院にはいらんわ。お前、首だ」

嫌な笑みを浮かべていうその姿に、俺は怒りを越えて呆れ返る。

今まではなんとか言い聞かせれば分かってもらえるかもしれないというわずかな希望を持っていたが、こんな状態ではそれも難しいだろう。

「じゃあやめさせてもらいますね。お世話になりました」

もうこれ以上労力を費やしたくない俺は、彼の発言に色々思うところはあったがスルーし、病院を出ていく。

さて、これからどうなるかな。

自分の思い通りになって嬉しそうに笑っている彼は、周囲の医師や看護師たちが青ざめていることに気づいていない。

自分が誰を相手にしていたのか、そのことを知った時、きっと委員長の息子も後悔するはずだ。

俺の名前は細川優。とある私立病院に勤務しており、勤務年数は今年で35年になる。かなりの古株と言えるだろう。

俺が今している仕事は清掃スタッフなのだが、大好きな職場を清潔にできる今の仕事が好きだし、やりがいも感じている。職場のみんなも俺によく声をかけてくれて人間関係も良好だ。

そんな俺の楽しい毎日だったが、少し変化が訪れたのは今年の春のこと。

毎年春は研修医がやってくるのだが、今年も例年通り研修医がやってきた。

問題の原因となっているのがその研修医だ。

大体研修医というのは経験が未熟なので腰も低く、真面目に医療に取り組んでいる人が多いのだが、今年の研修医はそういう感じではない。というのもその研修医というのが委員長の次男である三ノ輪美空だからだ。

「俺は委員長の息子だぞ。分かってるのか?」

委員長の息子であることを言い訳に非常に横柄な態度なのだ。

そんな態度で勤務しているから周囲の反発もすごく、度々職場の人間とトラブルを起こしている。

「ちょっと三ノ輪さん困りますよ」
「いやいや、指導なんですから、どうにかしてくださいよ」

今日も俺の仕事中、指導医である浜野さんと三ノ輪さんの言い合いを目撃した。

素直に言うことを聞いてくれない三ノ輪さんの指導を担当するのは相当大変なことだろう。

もちろん委員長の息子がみんな三ノ輪さんのような感じなのかといえば、そういうわけではない。

三ノ輪さんの兄である長男はこの病院ではなく大学病院に勤務している。大きな病院の委員長の息子という立場を鼻にかけることもなく医療に対して真摯に向き合う非常に優秀な人物だ。それに他の医師や看護師たちにも気さくに接し人柄も良いという評判は、この病院で清掃している俺の耳にも入ってくるほど。

同じ親だってのにどうしてこんなにも差があるのかね。

浜野さんも苦労しているようだよ。

仕事中話しかけられた看護師と談笑していると、その看護師も三ノ輪さんの傲慢な言動には頭を悩ませているようだった。

「看護師たちに対してもね、いっつも命令口調。親切にしてもありがとうの一つもないし」
「そうそう。いつも怒った顔してるし、ちょっとしたことでも機嫌悪くするし、研修に来てるんじゃないっつうの」

会うたびに看護師たちは三ノ輪さんの愚痴を口にする。現場の人間たちはかなりストレスを感じていることがわかる。

ただの研修医だったらこんなことにもならないんだろうが、委員長の息子という肩書きが事態をより深刻にさせている。

ある日、いつものように清掃をしていた俺は、落ち込んだ姿で椅子に座っている浜野さんを目撃した。きっとまた三ノ輪さんの言動に振り回され落ち込んでいるのだろう。

「浜野さん」

浜野さんに声をかけようとしていた俺の背中に何かが当たった。

「ん?なんだ?」

背中の感触に気づき後ろを向くと、俺を見てニヤニヤする三ノ輪さんがいた。俺の足元にはゴミが落ちている。この状況から察するに、三ノ輪さんが俺に向かってゴミを投げたのだろう。なんて人だ。

「じいさん、ゴミが落ちてたから拾ってやったぞ。ちゃんと掃除しとけよ」

そのゴミ、ちゃんと拾って捨てろよな。人にゴミを投げつけておいて、そんな発言ができることに神経を疑う。

「三ノ輪さん。人にゴミを投げるなんて子供でもしませんよ。そういうことはやめてください」

さすがの非常識な行為に俺は三ノ輪さんを注意した。すると三ノ輪さんは吐き捨てるように言った。

「うるせえよ。清掃のじいさんが俺に命令すんな」

三ノ輪さんはそう言ってその場を立ち去ってしまった。

はあ。こりゃみんな手を焼くわけだ。

話は聞いていたが、いざ接してみるとみんなが頭を悩ませるのも納得だ。やっていることが二十歳を過ぎた大人のやることではない。まともに生きてきたら人にゴミを投げつけることが良くないことだなんて重々承知しているはずだ。

「悠作さん、大丈夫ですか?」

俺と三ノ輪さんのやり取りで三ノ輪さんが俺にゴミを投げたことに気づいたのだろう。浜野さんが俺の元に寄ってきて心配してくれた。

「大丈夫だよ。ただ三ノ輪さんにゴミを投げつけられてね。ありゃみんな手を焼いちゃうよな」

浜野さんがあまりにも心配そうに見つめるものだから、俺は心配をかけまいと笑いながらそう返した。

「三ノ輪さんがすいません。いつもあの調子で僕も困ってるんですけどね。注意しても言い返すだけで全く言うことを聞いてくれなくて」

申し訳なさそうに俺に謝る浜野さんを見ていると、なんだか切ない気持ちになってしまう。別に浜野さんは俺に対して何も悪いことをしていない。それどころか浜野さんは俺のことをいつも気にかけてくれている。

「浜野さん、かなり疲れてるね。大丈夫かい?」

「もう本当なら指導を降りたいんですよ。でも委員長から直接に息子を頼むって言われちゃって。委員長に頭下げられたらできませんよ」

ため息混じりにそう話す浜野さんは本当に疲れきっている。

「浜野さんは本当に頑張ってるよ。よくやってる」

「委員長からの頼みだし、プレッシャーもすごいし、毎日胃がキリキリしますよ」

はあ。そう言って浜野さんは笑うが、目が笑っていない。このままだと浜野さんは心労で倒れてしまうかもしれない。しかし清掃員の俺にできることは限られている。

「愚痴はいつでも聞くからね。あまり無理しすぎないようにね」

「ありがとうございます。悠作さん」

俺は優しい言葉をかけることくらいしかできることがない。だがそんな俺にお礼を言って、浜野さんは仕事へと戻っていった。

三ノ輪さんがこのままだと本当にみんなが疲れきってしまうな。

どうにかならないものかと考えていた俺だったが、三ノ輪さんにゴミを投げられた日以降、三ノ輪さんが俺にも嫌がらせをしてくるようになった。

「おいじいさん、ここに埃が落ちてるだろ。ちゃんと掃除しろよな」

汚れているところを見つけては俺が仕事をちゃんとしていないような口ぶりで絡んでくる。掃除をするにも順序があるというのに、あちこちに呼び出されその度に仕事を中断しなければいけないため思ったように仕事が進まない。まあ、三ノ輪さんは自分の子供とも大して変わらないため、あまり気にしないようにしていたのだが、こう頻繁に邪魔されると少し困る。

そんなある日のこと、俺がいつも通りモップで床を掃除していると、近くで水を飲んでいた三ノ輪さんが水を床にこぼしてしまった。

「じいさん、仕事だ。早く水を拭けよ」

俺はしっかりと見ていた。水をこぼしたのは事故ではなく故意だ。それを裏付けるように俺に命令している三ノ輪さんはニヤニヤとした悪い笑みを浮かべている。

「三ノ輪さん、わざとこぼしましたよね?」

「わざとじゃないし。言いがかりとかやめろよな。病院を綺麗にするのがあんたの仕事だろう」

相変わらず人を馬鹿にしたような表情で抜け抜けとことを言う。

「三ノ輪さん、あなたの言動は目に余ります。言うことを聞かない。仕事を邪魔する。いくら何でも人が嫌がることをわざとするのは人間性を疑います」

連日仕事の邪魔をされ続けた俺はかなりストレスが溜まっている状態だった。普段こんなに人に対して強くものを言うことはないのだが、我慢の限界に来てしまい、三ノ輪さんに少し強めに注意をした。

すると三ノ輪さんは見る見るうちに顔を真っ赤にさせ、顔を歪めて怒り出す。

「あ?お前、俺が誰だか分かってるのか?俺様にそんなこと言いやがって」

こんな時でも自分の立場を利用しようとするのだから本当にいい性格をしていると思う。

三ノ輪さんが大きな声で騒ぎ出すものだから、周囲の医師や看護師たちも注目しざわざわし始めた。

「三ノ輪さん、私は人として良くないことをしていると指摘しているだけですよ」

感情的に騒ぐ三ノ輪さんとは対照的に、俺は冷静に反論をした。

「掃除しかできない脳のないじいさんが偉そうに。黙って掃除してりゃいいんだよ。大体俺は汚い場所を指摘してやってるだけだ。感謝して欲しいくらいだぜ。全く」

「俺は毎日きちんと掃除をしていますよ。それを邪魔しているのは三ノ輪さんじゃないですか」

「散々忠告したのに俺に言い返すなんていい度胸してるよな。委員長の息子に向かうようなバカはこの病院にはいらんわ。お前、首だ」

よっぽど俺の反論に腹を立てていたのだろう。してやったという嫌な笑みを浮かべて俺を見ている。

今まではなんとか言い聞かせれば分かってもらえるかもしれないというわずかな希望を持っていたが、こんな状態ではそれも難しいだろう。これだけ言っても一つも反省の色が見られない三ノ輪さんに呆れ返ってしまった。

「じゃあやめさせてもらいますね。お世話になりました」

何を言っても無駄なので、俺はもう反論をせず病院をやめることにした。

「後悔しても知らないぞ。仕事をやめてどうやって生活していくんだか」

俺をやめさせようとした張本人がそんなことを言うのか。もうこれ以上労力を費やしたくない俺は、三ノ輪さんの発言に色々思うところはあったがスルーし、病院を出て行こうとしていた。

「悠作さん!」

病院から出ようとする俺を追いかけて、浜野さんがこっちに駆け寄ってきた。

「悠作さんがやめるなんて考え直してください。三ノ輪さんだってふざけていっただけで」

「浜野さんありがとう。でもね、もういいんだ」

浜野さんが心配し、俺を引き止めてくれたのは嬉しかった。しかし俺は気持ちだけ受け取り、笑顔で退職した。

仕事を辞めた次の日、いつもであれば清掃の仕事をしている時間だ。

清掃の仕事で毎日体を動かしていた俺は、仕事がない日常に物足りなさを感じていた。だが長らく仕事に生きてきた俺は、そんなゆったりとした日常を少し堪能しようと決めた。

リビングのソファーに座り、のんびりとコーヒーを飲んでいたところで家のチャイムが鳴る。

「どちら様ですか?」

「わ、私です」

どうやら騒ぎを聞いたのか。委員長が直接私の家を訪ねてくれたようだ。

玄関のドアを開けて家の中に招くと、委員長は真っ青な顔でオドオドしている。その横にふてくされた顔の三ノ輪さんが立っている。

この2人の様子だと謝罪に来たのだろうが、三ノ輪さんは反省しているというわけでもなさそうだ。

「委員長、どうしたんですか?」

俺は委員長にここに来た理由を聞く。

「えっと、昨日の騒ぎを聞きました。本当にうちの息子が申し訳ないことをしました」

「俺は病院には不要だと言われましてね」

俺が三ノ輪さんに言われたことを委員長に告げると、委員長は先ほどよりもさらに顔色が悪くなる。

「病院の医師たちが三ノ輪さんにかなり怒っておりまして、悠作さんが戻ってこない限り出勤しないと言っているんです」

委員長のその発言を聞いた俺は、委員長の焦りように納得した。

医師あってこその病院。医師たちが仕事をしないといえば病院は成り立たない。患者にも影響が出てかなり大きな問題になるはずだ。それに焦り、委員長は三ノ輪さんを連れて急いで謝罪に訪れたのだろう。

「委員長、俺はみんなの話をずっと聞いてきました。現場では多くの医師や看護師が困っており、俺は間違ったことを間違っていると指摘しただけなんです」

「本当に面目ない。うちの愚息が」

「ですが、三ノ輪さんは私の言葉に一つも耳を傾けてくれませんでした。それどころか委員長の名前を出して好き勝手し続けたんです。今までずっとみんな我慢していたんですよ」

俺の言葉に委員長も何も言えないようだ。

「は?偉そうにしやがって。父さん、こんな脳なしじいさんの言うこと聞かなくていいよ。出勤してない医師もみんな首にしちゃえばいいんだって」

隣で父親が必死になって謝っているというのに、やはり三ノ輪さんは自分のしたことが全く分かっていないらしい。それどころか、出勤を拒否している医師を首にするだなんてできるわけがないというのに。

「三ノ輪、お前いい加減にしろ」

委員長が三ノ輪さんの態度を大声で叱る。するとその声をきっかけにしたようにして、家の奥から浜野さんをはじめとした出勤拒否した医師たちが姿を表した。

「こいつら、なんで?」

「三ノ輪さん、あなたは知らないようだけどね。悠作さんは脳なしのじいさんじゃないんだよ。俺たちをここまでしっかり育ててくれた恩師なんだ」

浜野さんの言葉に後ろに控えていた医師たちも頷いている。

「恩師だって?だってこのじいさんただの清掃員だろ。なんで医師の恩師なんだよ」

浜野さんたちの言っている言葉が信じられないらしく、三ノ輪さんは鼻で笑うように言った。

「俺は医師免許持ってますよ」

「え?」

三ノ輪さんは俺の言っていることが理解できないと言いたげな表情をしている。

今は清掃員として毎日働いていた俺を、ただの清掃員として三ノ輪さんが認識するのは仕方のないことだ。しかし俺は元々は医師として長年病院に務めていた。

自分で言うのも恥ずかしい話だが、周囲の人間からは名医とも呼ばれており、俺の診察を受けるために地方から病院に足を運ぶ患者もいたほど。

今病院で活躍している浜野さんや他の医師の中にも、俺が指導した医者は多くいる。

俺は中年になってからは新しい医師の育成にも力を入れており、時には医師たちの相談なども受けていた。医学面でも患者さんとの接し方でも、新人の子は悩むことが多い。そんな新人医師を精神面でサポートすることを心がけていたのだ。

しかし俺もいい年になり、医師の激務に体が耐えきれなくなってしまった。体を壊してしまい、限界を感じて医師を引退することに決めた。

「悠作さん、やめるなんて言わないでくださいよ。悠作さんがいるから俺たち頑張って来れたんですから」

俺が医師をやめると言うと、他の医師が辞めないでくれと俺に懇願してきたのだ。しかし俺の体で医師を続けていく自信はない。だがこんなに俺を必要としてくれる人がいる以上、このまま病院を去るのもなんだか申し訳なかった。

そこで思いついたのが、俺が清掃員として働くという案だ。元々掃除は好きだったし、医師や看護師との交流もできる。そうやって今の俺の状態になったのだが、その経緯も三ノ輪さんは知らない。

「そのじいさんが名医?恩師?」

三ノ輪さんが驚くのも無理はない。元医師が今や病院の清掃員だなんて、そんなの連想できるわけがないのだから。

「三ノ輪、本当にお前はなんてことをしてくれたんだ。このままじゃうちの病院は終わりだ」

今まで委員長も我慢してきたのだろうが、俺が三ノ輪さんを許さない限り他の医師たちも戻ってこないというのだから、委員長もかなり感情的になってしまう。

「だって俺知らなかったし」
「知らないじゃすまないくらい問題が大きくなっているんだ。ちゃんと悠作さんに謝りなさい。悠作さんが許してくれなかったらお前にはもう病院をやめてもらう」

委員長もこの事態の深刻さを理解しているため、かなり厳しい言葉で三ノ輪さんを叱っている。自分の息子をやめさせるというのはよっぽどのことだ。委員長のその反応からも、俺が病院にとって必要な人間であることがやっと三ノ輪さんに伝わったようだ。

「悠作さんすいませんでした」

深く頭を下げ、そのまま動かなくなった三ノ輪さんをしばし見つめる。

「三ノ輪さん、顔をあげてくれ」

俺の言葉を聞いて三ノ輪さんは俺の顔を見た。今にも泣きそうな表情をしている。

「俺はね、浜野さんから聞いてるよ。君は知識も豊富で実力も高いって」

「え?」

「きっと君は本当に頑張って研修医になったんだろう」

優しく俺がそう語りかけると、三ノ輪さんの瞳から涙がこぼれる。

「浜野さん、そんなこと言ってくれてたんすか?」

そう。浜野さんは三ノ輪さんの日々の言動に頭を悩ませていたものの、三ノ輪さんの実力はしっかりと評価しているからこそ、その言動さえ治ればと浜野さんはいつも悩んでいた。しかし、いつも好き勝手していた三ノ輪さんはそれを全く理解していなかった。

「浜野さんから聞く限り、優秀な医師になれる素質があると思うんだ。横柄な態度をついていないで、みんなと仲良く仕事をすればもっと今よりも楽しく働けるはずだよ」

「本当にすいませんでした」

俺の言葉を聞いて三ノ輪さんは再び深く頭を下げて謝罪をしてくれた。その様子は、委員長に連れてこられて不貞腐れた表情だった三ノ輪さんとは別人のように感じられた。本当に心から反省して謝罪してくれたのだろう。

いつもプライドが高く周囲の人を見下していた三ノ輪さんが自発的に謝っている姿なんて見たことがない。

「分かった。今までのことは水に流すよ。ただこれからは礼儀正しくみんなと仲良く働くんだよ」

俺は他の医師や看護師に対して失礼な言動をしないことを条件に、三ノ輪さんを許すことにした。

その後の三ノ輪さんは、今までとは別人のように穏やかで周囲の人とうまくやっているようだ。

「あ、浜野さん、三ノ輪さんはどうだい?」
「頑張ってくれてますよ。本当に悠作さんのおかげです」

以前は三ノ輪さんに振り回され、よく落ち込んでいた浜野さんだが、三ノ輪さんとも良い関係を築けているようだ。

「いや、三ノ輪さん、悠作さん、本当に今まですいませんでした」

清掃員として復帰し、初めて三ノ輪さんと院内で会った時、少し話す機会があった。

三ノ輪さんが周囲に横柄な態度をつき、困らせていた原因となったのが家庭環境らしい。昔から三ノ輪さんは優秀な兄と比較され、強いコンプレックスを持っていたらしい。そのため三ノ輪さんは人一倍勉強を頑張り立派な医師になれるように努力していたようなのだが、三ノ輪さんを心配した委員長が勝手に研修先を決めてしまったことに腹を立てたようだ。

確かにそんなことをされたら反発したい気持ちも出てしまうかもしれない。

「父さんのしたことは本当に腹が立ちましたが、俺もガキでした」
「少し大人になったようだね」

そんな話をしながら俺らは笑った。

「悠作さんの家で浜野さんが俺を評価してくれたって聞いた時、本当に嬉しかったです。今まで兄と比較されていたので、俺のことを見てくれてる人がいるんだなって」

兄に対する劣等感を抱えていた三ノ輪さんだが、今は周囲の人間にもしっかりと評価され、自信を持って働けているようだ。委員長に勝手に決められた研修先ではあったが、しっかりと実力を評価してくれる人たちに囲まれているという点は良かったと思う。

俺の家を訪問後、三ノ輪さんは委員長に自分の気持ちを正直に打ち明けて和解したそうだ。

「本当に悠作さんには迷惑をかけました」
「息子にもね、きつく言われましたよ。過保護すぎるって」

委員長は別に三ノ輪さんを嫌いだったわけでも期待していなかったわけでもないという。ただ末っ子の三ノ輪さんが心配で、ついついいつも手を貸してしまっていたそうだ。しかし、今回のトラブルをきっかけに委員長も自分の悪い点を反省し、今は良い距離感でうまくやれているらしい。

一時はどうなるかと思ったが、この調子なら三ノ輪さんが周囲の人間とトラブルを起こすことはないだろう。

本当に大変ではあったが、みんなにとって良い状態を作り出すことができたのだから、苦労した甲斐もあるというもの。

そして俺は今日もいつもと同じように清掃をしている。もう医師としては頑張れないが、そこで働く人間を支えられたらと思っている。みんなが頼ってくれる限り、俺はできるだけ力になろう。清掃員として働く限り。

Thumbnail