初めての結婚が終わった時、俺は女性という生き物が怖くなっていた。
元嫁は俺の10歳下で、職場で一番目立つ綺麗な女性だった。必死にアプローチして、やっと振り向いてもらえた。最初は嫉妬深いところも可愛いと思えた。しかし結婚して半年も経つと、その嫉妬は鬱陶しいだけになっていた。仕事の話で同僚の女性と話すだけで、「他の女と話さないで」と言われる日々。さらに家事は全て俺に押し付けられ、彼女はソファでスマホをいじるだけだった。
それでも俺は結婚記念日を大切にしようと、仕事を早く切り上げて家に帰った。ケーキを買って、彼女の好きなおかずも買って。玄関に知らない靴があるのを見た時、てっきりサプライズを用意してくれたのかと思った。
リビングには誰もいない。寝室から聞こえてくる異変に気づき、扉を開けると、ベッドの上には元嫁と俺の上司がいた。
「お前が悪いんだ。仕事ばかりして私を放っていたじゃないか」
これが彼女の言い訳だった。上司も「俺が悪いんだ」と繰り返すだけ。俺は離婚し、会社も辞めた。それ以来、女性と関わること自体が苦痛になった。店員さえも男性を選んでいた。
そんな俺を親友の新一が無理やり合コンに連れ出した。あんまり女性を避けてると、人生楽しくないだろ、と。ありがたいことに、断れなかった。
合コン会場で、俺は一人の女性と話すことになった。えみ香さん。40代で、恋愛経験はゼロだと聞いた。対して俺はバツイチ。正直、気が合うとは思っていなかった。
「けやさんも合コンは初めてなんですか?」
「ええ、友達に無理やり連れてこられて」
「私と一緒ですね」
そんないきさつで、彼女と話し始めたんだけど、驚くほど気が合った。俺が好きな男性向けの漫画を彼女も読んでいて、趣味の話で何時間でも盛り上がれる。若くて元気な女性よりも、落ち着きのある大人の女性が俺に合っているのかもしれない。そう思えるほど、彼女との時間は楽しかった。
後日、一緒に食事に行くことになった。俺は何を着ていくか朝から悩んで、待ち合わせ場所で彼女を待った。彼女が現れると、驚いた。髪が綺麗に巻かれていて、服も清楚で、まるで別人のように可愛くなっていた。
「やっぱり変ですよね? あの子たちがこのくらいはしておいた方がいいって言うから。今すぐ着替えてきます」
「あ、いや、違うんです。つい見とれてしまって」
「けやさん、からかわないでください」
彼女は真っ赤な顔で下を向いた。
食事をしながら話すのは、女性とこんなに楽しく会話ができるなんて何年ぶりだろう、と思えるほどだった。漫画の話、食べ物の話、映画の話。彼女と会うようになって、俺の毎日は明るくなっていった。あんなに苦手だった女性への警戒心も、彼女といることで少しずつ溶けていった。
ある日、待ち合わせに彼女が12分遅れて現れた。前から気になる店に行こうと約束していた。そんな時に、あの合コンで一緒だったチャラオに出くわした。新一の同級生らしい、軽薄な男だ。
「おいおい、熟年カップルのデートかよ?」
チャラオはえみ香さんを馬鹿にした口調で捲し立てる。
「その年で若作り頑張られてもさ、痛いっていうか。笑っちゃうよね」
瞬間、俺の中で何かが弾けた。
「黙れ。お前みたいに人を外見でしか見れないやつに、えみ香さんの良さが分かるはずがない。お前のような男は、一生誰からも相手にされず、1人で過ごすことになるんだよ」
チャラオは顔色を変えて、そそくさと逃げていった。えみ香さんが嬉しそうに笑う。
「今のけやさん、かっこよかったよ。あの人のことは気にしなくていいから。実はね、あの日の合コンで、あの男は私の助手に手を出そうとしたの。あの子は振り払ったけど、それからしつこく連絡してくるようになって、私も心配してたの」
なるほど。だからあんな言い方をしてきたのか。
「でも、あんな風に怒ってくれて嬉しかったな」
そう言って微笑むえみ香さんに、俺は自分の気持ちを抑えられなくなっていた。
「えみ香さん。俺、えみ香さんのことが好きなんだ。結婚を前提に付き合ってもらえませんか?」
俺は頭を下げて、手を差し伸べた。すると、えみ香さんが焦った様子で言った。
「あ、あの…返事をする前に、言わなきゃいけないことがあるの」
真っ先に「嬉しい」という返事が返ってくると思っていた俺は、驚いて彼女の次の言葉を待った。
彼女が深く息を吸って、言った。
「実は私…あの漫画の原作者なの」
俺が一番好きで、毎週欠かさず読んでいる、あの漫画。彼女が出会った頃に「最新刊が楽しみだ」と話した、あの漫画だ。
「この前の合コンで一緒にいた2人は、私のアシスタントです。それと…私、今まで恋愛したことがないんです」
俺は驚きすぎて、言葉が出なかった。漫画原作者だと? 確かに彼女の接し方に、男性への免疫のなさは感じていた。でも、まさか漫画家だなんて。
彼女は続ける。「部屋に缶詰になって作業することもあるし、女性らしくない部分もあるけど…それでも大丈夫ですか?」
俺は笑いながら、彼女の目を見て言った。「そんなのどうでもいい。俺はえみ香さんと一緒にいられれば、それでいいんだ」
その言葉を聞いたえみ香さんの目から、涙がすっとこぼれ落ちた。
その日、俺は彼女の部屋にお邪魔した。机の上には漫画の原稿が広がっていて、現実のものとは思えなかった。「本当に本当だったんだな」と呟くと、彼女は口元を隠して「内緒だよ」と可愛らしく言う。あの日、彼女が俺の大好きな漫画の最新刊の話を聞いて、嬉しそうな顔をした理由がようやく分かった気がした。
後から知った話だが、えみ香さんのアシスタントの一人は、新一の彼女だった。彼女はえみ香さんの恋愛をずっと心配していて、幸せになってほしいと願っていたらしい。涙を流しながら、彼女は言った。「あの合コンで先生がけやさんを見た時、この人しかいないって直感で感じて。私も嬉しいんです」
あの合コンがなければ、俺はえみ香さんに出会えなかった。彼女のおかげで、女性が怖いという呪縛から、俺は解放されたんだ。
交際を始めて2年後、俺とえみ香さんは入籍した。早いもので、今年で10年目になる。3人の子供にも恵まれて、今は毎日が幸せだ。
えみ香さんには、一生大切にしなければいけないものをたくさんもらった。可愛い子供たちと、可愛くて自慢の俺の妻。この幸せは、もう誰にも壊させない。俺が一生かけて、守っていくんだ。



