「おい、貧乏君。今の月収はいくらだ?」…

「おい、貧乏君。今の月収はいくらだ?」...

おい、貧乏君。今の月収はいくらだ?

高校時代、俺を笑っていた同級生たちが、また目の前で同じセリフを吐いた。変わらない侮辱、変わらない態度。その瞬間、笑い声が会場中に響き渡る。昔なら屈辱に耐えながらただ下を向いていたかもしれない。でも今の俺は違う。

「20万だよ」

静かに答えた俺に、彼らは勝ち誇ったように笑みを深めた。目の前で手を叩き、肩を組んで盛り上がる彼らを眺めながら、俺は心の中でため息をつく。相手にするだけ無駄だ。しかし、その笑顔が崩れる日がこんなにも早く訪れるとは、彼らはまだ知らない。

俺の名前はこだま拓也。地方都市に住む30歳になる会社員だ。仕事は建築関係で技術系の部署に所属している。務め先は地方の中堅規模の建設会社なのだが、なかなかに安定していて福利厚生も充実している。それもこれも、務め先が大手建設会社・福田建設の子会社だからだ。福田建設はいわゆるホワイト企業として世間に知られていて、その恩恵は地方にある子会社にまで及んでいる。

手取りの額がいくらかと聞かれてしまえば、都会と比べると見劣りするというところだ。しかし妻と娘の3人暮らしで、必要以上の贅沢を望まなければ満ち足りた生活は可能だ。それに、貧乏育ちだった俺にとって、満ち足りているという今の感覚は大切だ。

「ごめんね。家族に苦労させる人生にしてしまって」
「おばあちゃんは悪くないんだ。別に誰も悪くないよ」

俺は小学生になったばかりの頃、交通事故で両親をなくし、母方の祖父母に引き取られ育ててもらった。母の実家は代々農業を営んでおり、かつてはかなりの規模の畑や田んぼを所有していたらしい。しかし時代と共に農業は規模を縮小。祖父母が俺を引き取り育てようという頃には、家の目の前のわずかな畑で米と野菜を育てているぐらいだった。

「もう少し私がうまくやれていたら」
「おばあちゃん、そんなこといいんだ。俺は育ててもらっただけで感謝してる」

高校を卒業した頃、俺は祖母に謝られていた。俺に貧しい暮らしをさせてしまったこと。特に祖父が亡くなってからの生活を、祖母は悔いていた。祖父が亡くなり、わずかだった畑を切り売りし、祖母は残された畑で懸命に俺のために働いてくれていた。

しかし、暮らしは厳しくなる一方で、俺は小学校から高校までありとあらゆるものを知り合いや親族からのお下がりを使って過ごしていた。小学校時代のランドセル、中高の制服や鞄、その時々の私服。どこか色褪せていたり、流行から微妙にずれた服や持ち物を持っている。

そんな俺は小学校時代から周りでは浮いた存在になっていた。

「おい、貧乏。汚い服着てくるな」
「そうだぞ。お前のせいでみんなの服も汚れるだろ」
「あいつ貧乏。こっち来るな。俺も汚れるだろ」

地方の小さな町の小学校で浮いた子供だった俺は、小学生の頃からとにかく仲間外れの対象になった。俺を嫌ってからかう人は常にたくさんいる。その中でも同級生の吉川正彦とその友人たちが俺にしつこくまとわりついた。持ち物、生活、家族。俺はとにかく俺を作り上げているものをことごとく否定され続けた。

小さな町だから子供時代の顔ぶれは滅多に変わらない。そんな現実も突きつけられた俺は、中学も高校も吉川やその仲間たちと一緒だった。

「おい、貧乏がいるせいで高校生活が台無しなんですけど」
「お前、目障りなんだよ」

高校時代、俺は吉川からこれまでにないくらい頻繁に強く当たられていた。

「お前がどうして高校にいられるんだよ。不思議だよな。町の七不思議にしてもらえるんじゃねえか?」
「ああ」
「ああじゃねえよ。貧乏、お前いいのか?高校なんか通っちゃって」
「え?」
「どうしてだってよ。お前が学費使っちまったらばあさんが苦労するだろ。もし倒れたら病院代が払えないんじゃねえの?」

吉川は勉強や部活で抱えた苛立ちを俺にぶつけていたらしい。彼は地元の名家の長男で、町では幼い頃から注目を集めていた。おまけに子供時代から成績優秀で将来を期待されている。そんな立場だから、滅多にやたらに好きなことばかりしていられない。吉川はストレスを抱えて、潰れそうになる俺に当たっていたようだ。

高校3年の受験期には、吉川と仲間たちは一時、進学一色とばかりに大学受験に取り組んだ。将来を期待されている吉川は都内の有名大学の理学部を目指していた。仲間たちも理系で、全員が一応真面目に勉強している。その反面、俺は進路を考え悩んでいた。

「おばあちゃん、一般企業に就職するのは手っ取り早いんだけど、できたら公務員試験を受けたいんだ」
「あら、いいわよ。挑戦してみなさい」
「ああ、けどちょっと勉強しないといけないから、参考書とかそういうのがかかるよ」
「そんなもの気にしなくていいのよ」

当時の俺には進学への憧れがあった。地元の公立大学なら自分でバイトしながらなんとか通える。そう思って一時は受験も考えたのだが、祖母を思うと気が引けた。どんなにお金をかけずに勉強しようとしても、避けられない負担は多い。

結局俺は就職を選ぶことにした。それも民間企業ではなく、地元の市役所職員を目指す。吉川たちが受験勉強をするように、俺も公務員試験のための勉強に打ち込み、高卒枠での合格をもぎ取った。

高校の卒業式では、大学進学組がそれぞれどの大学に行くのかで盛り上がるそばで、俺は黙って過ごしていた。

高校を卒業し、足早に就職し、俺はとにかく自分と祖母のために働かなくてはいけないと意気込んでいた。しかしその意気込みが強すぎたのか、俺は時々ふと自分が空回りしていると思うようになった。自分や祖母のために働くと言っても、何をどうしたいかまで考えていなかった気がする。自分がやりたい仕事が市役所や公務員の役割の中にあるのか、初歩的な調べ物さえしなかった。

自分の職業選択のやり方にまで遡り、自分のしたいこととしていることに疑問を感じる毎日。

「おばあちゃん、ごめん。俺、退職したいんだ」
「え?」
「仕事はもちろん探す。それにバイトもするから」

市役所に入って1年、俺は退職を決めると祖母にその気持ちを伝えていた。祖母は俺の決断に愕然としていたが、それ以上何も俺を責めようともしなかった。

市役所をやめ、俺は自分が何をしたいのか、本当に興味がある仕事は何かと考え、現在身を置いている建設業界を目指すことになった。

役所を辞めて10年経った。今俺は大手の福田建設の子会社にいるが、それは10年前の大きな決断があったからだ。給料は確かに物足りないのかもしれないが、仕事はやりがいがたっぷりある。それに妻の優香とも会社で知り合い結婚した。世の中にはいい暮らしや贅沢を楽しんでいる人もいるだろうが、俺は俺なりに幸せを感じている。

「はい、同窓会のお知らせ招待状。ポストに入ってましたよ」
「え?ああ、そうか」

ある日、高校の同窓会から俺に知らせが届いた。高校時代の担任が還暦を祝う賀会の開催の招待状。封筒の中にはそれが入っていた。俺に知らせを渡した優香は、俺に出席するかどうかを尋ねず、何も言わない。彼女は俺の過去を知っているから、昔を思い出しそうなことには口を出してこないのだ。

「面倒といえば面倒だな」
「ま、そうだよね」
「でもなあ、先生にはお世話になったから」

招待状と知らせを見ながら俺は昔を思い出していた。正直言って、同窓会で会いたくないと思う人の方が多い。俺も当時の担任にはそれはもう世話になったのだ。当時の担任は吉川たちを牽制し、俺の進路について熱心に話をしてくれていた。俺は当時の担任への感謝の気持ちを選び、同窓会への出席を決めた。

その当日、会場は地元の有名ホテルだったが、受付時間に到着するとすでに多くの同窓生たちが集まっていた。

「よっ、久しぶり」
「久しぶり。元気そうだな」
「ああ。いや、同窓会だから戻ってきたんだけど、結構な人数が集まるんだな」
「本当だよな。俺も来てびっくりしたよ」

会場に入ると俺は高校時代の友人たちに声をかけられた。友人たちは故郷に残ったり、他の地方に移り住んだりと、今はちりじりになっている。中には卒業以来の再会となった友人もいて、話はつきず盛り上がった。

「おい、ビンボ」

俺が友人たちと歓談していると、背後から聞きたくないあだ名で呼ばれた。振り返るとそこにはあの吉川がいて、俺を見てにやついていた。吉川は俺に歩み寄ると、俺をじっくり眺めて鼻を鳴らした。

「おい、聞いたぞ。お前、1年で市役所やめてるんだってな」
「うん。まあね」

吉川はどこで聞いたのか俺の過去を蒸し返すと、俺に肩を無理やり組ませて大声で話し始めた。

「貧乏から脱出のチャンスだったのに。市役所やめて。もったいないね。それが貧乏の思考だよな」

吉川は楽しそうに言うと、俺の顔を周囲に見せるように俺の肩を掴んで回した。

「ちょっと仕事して他に儲かることでもないかとか思ったんじゃねえの。だから安定の公務員をやめた。そういうことだろ」
「それはどうだろうね」
「どうだろうって。そうに決まってるよね」

吉川は俺について勝手な分析をして大きく笑う。

「それでお前が今どうしてるのか当ててやる。あれだろ?ニート」

「ははっ」

という吉川の笑い声が響くと、それに応じるかのように吉川の友人たちも笑う。

「それで安定の公務員の職を捨てた貧乏君。今の月収はいくらなんだい?」

俺と肩を組んだままの吉川は、流行りの芸人のフレーズで俺から月収を聞き出そうとした。吉川の問いに答える義理は今でもなかったような気がしている。だが、この時の俺はとにかくそんな状況が煩わしくて、解放されるならと思い答えていた。

「まあ20万程度だよ」

隠すというのもバカバカしいと思い、俺は正直に答えていた。さらに俺は勤務先も聞かれ、それにも言われるがまま福田建設の子会社だと答えていた。

「なんだよ。どこまでもだせえな」
「おお、しかも下っぱかよ。月収20万クラスじゃフズランクの下っぱだな」

俺の月収と勤務先を知った吉川たちは、俺を冷めた目で見て嘲笑った。

「俺たちさ、今は偶然その福田建設にいるんだよな。全員本社勤務」

吉川は得意満面といった様子で、自分と友人たちの勤務先を自慢した。

「そうか。お前はうちの子会社で働いてるのか」
「ああ、まあね」
「なんだよ。バカにしてやろうと思ったのに。調子乗るわ」

吉川は舌打ち混じりにそうつぶやくと、俺の肩から手を離した。

「同窓会に来てなんで子会社の社員と話さなきゃいけないんだ」
「それは君からだろう」
「うるせえな。ていうか下っぱの分際で調子乗って同窓会なんか来るなよな」

吉川の上機嫌は瞬時に不機嫌に入れ替わっていた。吉川は俺を怒鳴ると、近くのテーブルに置いてあったビールを手に取り、それを俺に向かってぶちまけた。

「目障りだよ、ビンボ」
「おい、ビンボ、こっち向け」

ビールをかけられた俺は呆然とするしかなく、その場に立ち尽くす。すると、この一連を吉川の友人たちが携帯で撮影していた。

「動画を撮っているのか?」
「そうだよ。カメラの方を向けよ」
「せっかくのいいネタなんだよ。ビンボも協力しろや」

携帯を構える男も吉川もその友人たちも、また笑顔を見せている。さすがの俺もそんな態に何か言いたくもなったが、ここで応戦すればより面倒になると思った。

「悪いけど帰るよ」

俺は吉川たちにそう告げ、彼らの輪から離れた。その時にはすでに、仲の良かった友人たちと顔を合わせ、お世話になった当時の担任にも受付で挨拶を済ませていたこともあり、満足していたのだ。自分にとって思い残すことはない。だから俺は吉川たちからは離れることを決めた。

「なんだよ貧乏。逃げるのか」
「貧乏の上に負け犬にもなるのか」

会場を出ようとする俺の背中には吉川からヤジが浴びせられていた。しかし俺はそれも相手にすることなく、宴会場を後にした。

「ちょっと何なのそれ?」

想定よりも早い俺の帰宅。家に帰ると優香に驚いた顔で迎えられた。俺が優香に同窓会で何が起きたかを話すと、優香は俺よりも怒り浸透で声をあげた。

「ちょっと信じられないんだけど。何なのよ。いい年した大人が」
「まあ、昔からそういう人たちだからさ」
「だとしても、どこまで性格が歪んでるのよ」

吉川たちの愚行を知った優香は、本当にどこまでも怒っていた。

「なんだろうね。別に今更あなたに謝罪したって、それも自己満足だなと思って、ずれてるなとか思う」
「まあそうかもね」
「でも、だからって今でも昔と同じことしようとする。何なのよ。せめて黙って静かにしてたらいいんじゃないの?」
「それができない人たちなんだねえ」

優香は、俺の身に起きたことを同窓会の運営や主催に報告すべきだと言った。今更何をしても何か起きるとは思えないが、今後のためになるかもしれないと優香は考えているようだった。

「でも、あんまりことを荒立てたくないかな」
「なんで?」
「いや、吉川たちは福田建設の本社勤務らしいんだ。俺は福田の子会社にいるからさ。なんかまた妙に騒いでも」
「え、そうなの?」
「まあ、そうなんだ」
「へえ」

俺は優香に吉川と友人たちの勤務先と、自分の勤務先の関係性を明かした。優香はそれを聞くと少し驚いたような表情を見せ、軽く微笑んで立ち上がった。

「ねえ、この後私が電話しても、別に気にしないでね」
「ああ。うん」

立ち上がった優香は携帯を手に俺から離れた。その後、優香がどこかに電話しているその声は聞こえたが、俺は特に気にするでもなく過ごしていた。

宴会の翌朝、休みだった俺は遅くまで寝ていた。気が済むまで寝たいと思っていたが、寝室に先に起きていた優香が入って起こしてくる。

「起きて」
「何?」
「とりあえず俺を見て」
「え?」

まだ寝ぼけている俺に、優香は携帯を差し出した。

「あのね、昨日のあなたが出た同窓会で撮られた動画が炎上してるの」
「え?」

俺が携帯の画面に焦点を合わせると、そこには確かに前日の同窓会の様子が映っていた。吉川にビールをかけられる俺と、その様子を見て大笑いする吉川と友人たち。動画にはしっかりと音声も入っていて、「高卒底辺やろう。クズ。下っぱが偉そうにしやがって」という俺への罵倒も残っていた。

「辛いかもしれないけど、最後まで見て」
「ああ。うん」

優香に促されて動画の続きを見ると、そこでは吉川たちが自分たちが福田建設の社員だと話す様子も記録されていた。前日の騒動のありのままの動画。俺は動画を見ながら、動画への反応を記したコメントに目をやった。

「建設か。一流企業でもクズみたいな社員はいるよな」
「この人たちエリートでしょ?こんなことするんだ」

コメントには吉川たちへの非難が書き込まれていた。中には後々問題になりそうな誹謗中傷をめいたコメントもあり、何もかもが炎上そのものの状態になっている。正直この炎上は予想外だった。

「え?ああ、そうだな。これどうして表に出たんだろう?」
「ああ、確かに」

動画を見終えた俺と優香は、動画の出所を気にしていた。そもそも俺は途中で退席しているだけに、同窓会の一部始終を知らない。疑問を解決したくなった俺は、最後まで同窓会にいたであろう友人に連絡を入れた。

友人に炎上騒ぎについて尋ねると、彼も当然のように知っていた。そして友人は炎上の真相まで分かっていた。

友人の話では、動画を撮影していた吉川の友人が動画の公開先を間違えたというのだ。吉川の友人は鍵をかけたSNSのアカウントに限定公開するはずが、鍵も何もないオープンのアカウントに動画をあげてしまっていた。吉川の友人や吉川本人が気づいた時には、もうすでに事態は収拾のつかない状態になっていた。

「それはもう自業自得だよね」

友人の話を聞いた俺も、それしか言えずに絶句する。そばで話を聞いていた優香も、あきれた様子で首を横に振っていた。

「あのさ、私、昨日の夜電話してたんだけど」
「ああ。うん」
「この件で、吉川君たちが処分されるみたいなんだよね」
「え、そうなの?」
「うん。実は私、お父さんに電話したんだよね。こんなことがあったみたいに」

友人との連絡を終えた後、優香が「実は」という感じで前日の晩の行動を明かした。優香は俺の身に起きたことに深く怒り、その勢いで自分の父親に電話をしていた。優香の父親というのは、福田建設の社長の福田氏だ。つまり、福田建設社長は俺の義父ということになる。

「なんか親の七光を使うみたいなんだけど、どうしても許せなくて」
「あの、ありがとう」

事実を告白した優香は、どこか罰が悪そうだった。自分がしたことと、吉川たちの身に振りかかった炎上は別として、同時に進行していた。その一連の流れに優香もついていけないようだった。

「えっと、お父さんと話したんだけど、こんなことになって会社に悪影響が出てるみたい」
「ああ、そうだね」
「だから吉川君たちは処分されるんだけど、それも結構厳しくなるみたい」

福田建設の品位を貶めた吉川たち。そしてそれを知った福田建設社長の義父の動きは早かった。優香が言うところでは、義父はすでに吉川たちに出勤停止を言い渡している。さらに処分が決まるまでは自宅謹慎も命じていた。

「まあ、お父さんというか、福田建設の処分決定を待つって感じね」
「うん。そうだね」

SNSでの吉川たちの大炎上。それと並行している吉川たちの勤務先での処分。俺は炎上の中に登場していた人間の一人として、なんとも不思議な気持ちで事態を見守ろうとしていた。

「拓也君も大変な目にあったなあ」
「いや、俺はまあ、あの場にいてしまったような、そんな気分なんですが」
「いや、居合わせたんじゃない。巻き込まれてしまったんだ。不届きな輩に」

炎上動画を見て炎上の真相を知ったその日の夜、義父から俺に電話があった。義父は俺を気遣うと、俺に吉川たちにこれから下す処分を伝えた。

「彼らはこのまま懲戒解雇になる」
「そうなんですね」
「あの動画にその理由が全て詰まっている。それだけで十分だ」

義父の怒りも相当なようで、吉川たちについて語る時には少し声を荒げていた。

吉川たちの処分とその後の動向が分かったのは、同窓会から数ヶ月経った頃だ。福田建設を懲戒解雇となった吉川たちは、再就職を試みたようだが、SNSに残された動画がデジタルタトゥーとなり、何もうまくいかなくなった。吉川に至っては、実家の親族から一度村八分状態になってしまった。

そんな逆境を作った吉川は、一族から勘当され、地元はもちろんのこと、東京からも姿を消した。

「え、嘘だろ?」

吉川が一族から勘当されて1年後、彼はニュースでその名を読み上げられていた。テレビのニュースに出てきた彼は、容疑者として名前と顔をさらされる。

一族から勘当された吉川は、騒ぎの後に知り合った悪友に誘われて、闇バイトに手を染めたらしい。最初は俺オレ詐欺の受け子。その後は闇バイトの元締めの一人。とんでもない世界でステップアップしていた吉川は、ついに足がつき、昔からの友人たちと共に逮捕されたのだ。

ニュースを見た俺は何も言えなくなっていた。ろうじて口を開いた時には、吉川たちへの哀れみの情を漏らしていた。

「なんだろうね。それこそどこかで自分の性格でも見つめ直せたりしていたら、こんな風にはならなかったかもな」

俺の心のどこかには、哀れだという気持ちもあった。それでも、元から恵まれていた彼らに対して、妬みや周囲の言葉もあったのではないかと思ったのだ。

「そんなことを思わなくていいのに。ねえ、拓也ってどうしてそこまで優しいわけ?」
「いや、分からないよ」

吉川たちの現状を嘆く俺に、優香は苦笑していた。優香には強いところがあるだけに、俺の平和主義な部分が気にかかったのだろう。

「あ、そういえばどうするの?福田建設に移らないかっていう話は」
「それは申し訳ないけど断るよ」

ニュースを見ていたテレビを消すと、優香が俺に尋ねた。吉川たちの逮捕が報じられる数日前、俺は義父から福田建設への合流を打診されていたのだ。子会社での仕事ぶりを評価した義父は、東京の福田建設で力を試してみないかと俺を誘った。

「ここにいないといけないというか、俺は満足してるんだ。ここにいればおばあちゃんにも会いに行けるし、大事なことも忘れずにいられるから」

俺は義父の誘いを断ると決めていた。地元には辛い思い出もあるが、今手にしている幸せな生活もある。今を大事にしたいからこそ、俺は大きなチャンスにかけることを望んでいなかった。

祖母の家に優香と娘を連れて行き、祖母の手料理を楽しむ。畑仕事を手伝い、何もない静かな時間を過ごす。俺に必要なのは、そういう自分らしさや平穏さだ。

何も変わらず、誰のことも憎まず、大切な人たちと人生を送る。

俺はそう決意して、今の全てを大切にしようと誓った。

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