「あんたの赤ん坊はコインロッカーに放り込んどいたからね」
突然我が家に現れたボスママが、ニヤニヤしながらそう告げた。私は呆然とした。何を言っているんだ、この人は。
「今日の最高気温は40度くらいになるんだっけ? ロッカーの中はエアコンも効かないし、すごく暑いだろうな。あんたの息子として生まれたばかりに、こんなひどい目に遭うなんてかわいそうに」
そう平然と言ってのけるボスママ。だが、私は彼女の発言に驚きはしたものの、息子の心配はしていなかった。
なぜなら、うちの息子は今、この家で、クーラーの効いた部屋ですやすやと眠っているからだ。
その瞬間、私の顔色が変わるのを見て、ボスママの表情が一瞬で固まった。
冗談ではないと気づいたらしい。
とにかく、この状況をなんとかしないと。ここから、ボスママの転落人生が始まることになる。
私は岡田ゆみ、32歳。大手企業で働いていたが、息子・龍太の出産を機に育児休暇を取得し、今は育児に専念している。実家の近くに新築で家を建てたこともあり、近所に住む義母も何かと手伝ってくれる。夫のシゲルも育児に協力的だし、私は恵まれた環境で子育てに忙しい日々を送っていた。
だが、環境が全て恵まれていたわけではない。新しい家の地域を取り仕切っているボスママが、私をひどく嫌っているのだ。何か私がやらかしたわけではない。新築の家を建てて引っ越してきた時から、なぜか敵視されている。「新築で家を建てたことが気に食わないらしい」と、数人のママ友が教えてくれた。ボスママ、村木瞳さんは、中古の家を買ってリフォームしたことにコンプレックスがあるらしい。
引っ越しの挨拶に行った時から、手土産を奪うように取られ、テキーラを向けられた。まあ、そういう人なんだと思い、なるべく関わらないようにしていた](しかし、私が標的になるだけならまだ良かった。息子の龍太が標的になると、話は別だ)[ママ友がうちに集まった時、彼女はまだハイハイもできない龍太を、うつ伏せにしたり、周りのものを口に入れそうになったりするような危険な状況を、わざと作り出した。私たちがすぐに気づいて対処するから、まだ大ごとにはなっていないが、決して許される行動ではない]わ胸を撫で下ろした。赤ちゃんは病院で適切な処置を受け、幸い発見が早かったので、しばらく様子を見れば退院も許されるとのことだった。病院のベッドで眠る赤ちゃんの姿は、私の息子と月齢もそんなに変わらないように見えた]。そんな子が、弱々しい様子で横たわっているのを見ると、心が痛んだ]。そして、自分の息子が狙われたのだという事実が、改めて私の中で怒りとなって再燃した]一歩間違えば、龍太がこうなっていたかもしれない。何の抵抗もできない赤ちゃんを狙うなんて、絶対に許せない]私は彼女に対して、容赦はしないと決めた。やがて、赤ちゃんのお母さんと、おじいさんであり義母の友人でもある中澤さんが、病院へ駆けつけた]「私がきちんと見ていなかったばかりに、お子さんをこんな目に合わせてしまい、本当に申し訳ありません」私は言葉をつまらせ、義母と一緒に彼らに深々と頭を下げた。「いやいや、急に預けてしまったこちらにも責任があります。ですから、どうか頭を上げてください」中澤さんの話では、赤ちゃんのお父さんが最近病気になってしまい、お母さんの負担を減らそうと、中澤さんが孫を預かることが多くなっていたそうだ]。この日も、中澤さんが面倒を見るはずだったのだが、急な仕事が入り、義母に預けたとのことだった。赤ちゃんのお母さんも、「大事には至らなかったので、気になさらないでください」と、かえって義母を気遣ってくれた]。その後の後始末:その後、私は瞳さんに連絡を取ろうとしたが、メールも電話も返事がない]面倒なことになると思って、私からの連絡は全て無視しているのだろう]少し思い知らせる必要がありそうね——私は、彼女に今回のことを後悔させるための計画を立て始めた。まず、他のママ友にお願いして、瞳さんにメールをしてもらった]。内容は、「ゆみが生意気だから、どうにかして悔しがる顔が見たい。瞳さんなら、何かいい案があるのではないかと思って、話をさせて欲しい」というものだ]]それから2日後、まんまと瞳さんは指定されたカフェにやってきた]カフェに入ってきた瞳さんに、こちらから声をかける「あら、瞳さん、偶然ですね。最近,全然連絡つかなかったけど,元気にしてました? 」「え、なんであんたがいるのよ」嫌そうに顔をしかめた瞳さんは、この前のことを私に話そうとしない]どうやら、自分が連れ出した子供が無事だったかどうかには、全く興味がないようだ。「せっかく会ったんだから、一緒にお茶しましょうよ」「はあ? あんたと私が二人で,冗談はやめてよ」「ていうか,私は別で予定があるの」「その、別で待ち合わせをしている人は,ここには来ませんよ」「はあ?

なんであんたがそんなこと分かるのよ。まさか私を騙したの? 」瞳さんは、嫌そうにしかめた顔から、怒りの表情へと変えていった「瞳さん、あなた、あの時,赤ちゃんに対してどれだけひどいことをしたか分かってます? 」「やっぱりその話をするの? もういいじゃん。どうせあの後助かったんでしょ。死んでないんだから,別にいいでしょ」男性の色一つない彼女の態度に、少しでも心代わりを期待した自分を殴りたくなった]「全く反省していないことは,よくわかりました。ところで,あの赤ちゃんは誰の子なのか知ってますか?
」「はあ? そんなの知るわけないじゃん。てかなんであんたが私に説教しようとしてんの? 」「だそうですよ」私は、後ろの席で身を隠していた人に向かって声をかけた。すると,隠れていた中澤さんが姿を表した]「君が,うちの孫を連れて行った犯人か? 」瞳さんは,彼の顔に見覚えがあるようで,首をかしげながら考え込んでいる。「瞳さん,この方は,あの子のおじい様で,中澤さん,お母さんのお友達でもあるんです」苗字だけでは分からなかったらしく,瞳さんはまだよく分からない顔をしている]「どんなお仕事をしているかも,教えてあげた方がいいですかね。ある銀行のすごく偉い人って言ったら,分かるでしょうか?
」そこまで聞いて,瞳さんは,銀行と中澤という名前で思い出したらしく,みるみる青ざめていった瞳さんの旦那さんは銀行員で,大手で安定していると周りのママ友に自慢していた]その旦那さんが働く銀行の遠取りが,この中澤さんなのだ]「うちの孫を連れ出したのが,まさかうちの社員の奥さんだったとはね」中澤さんは態度こそ穏やかだったが,目が笑っていない]親の敵を見るような目をしていた」瞳さんは,さすがに体を小刻みに振わせている「ごめんなさい。まさか遠取りのお孫さんだなんて思わなくて,どうか許してください」「私の肩書きにしか謝罪できないようでは,それは本物の反省とは言えない」中澤さんがピシャリと一喝した「なぜこんなことをしたのか,説明してもらおうか」瞳さんは,しどろもどろになり俯いてしまった]「ゆみさんは,何が起きたのかきちんと説明してくれたのに,本人がこれでは,どうしようもないな」中澤さんの言葉に,瞳さんはガバッと顔をあげると,私を指さして睨みつけてきた]「何よ! つまりは全部あんたのせいじゃない! あんたが何も言わなければ,こんなことにならなかったかもしれないのに! 」「私じゃなくて,瞳さんの自業自得ですよね。中澤さんが怒ってるのは,あなたがお孫さんを危険に晒したからです」「自分の行動の結果ですよ」まるで自分が被害者のように喚いていた彼女は,私に言い返されて一瞬言葉に詰まったが],次の瞬間,予想外の言葉を言い放った]「第一,私が子供を置いてったっていう証拠はないでしょ。てか私,そんなことしてないし!
」今更,何を言い出すんですか? 「あんたに話した内容は,ただの冗談よ」「ロッカーを開けたら空っぽでドッキリでした,って予定だったのに。まあさっか,本当に赤ちゃんがいるなんて思いもしなかったわ」ヘラヘラと笑いながら明らかな嘘を話す瞳さんに,私たちはあきれてしまった]「あの,そんな話が通じると思ってるんですか? 」「本当のことよ」「偶然にしても奇跡的よね」「私の悪ふざけのおかげで赤ちゃんが見つかって,それで助かったんだから,逆に私のお手柄じゃない? 」その傲慢さに,流石の私も絶句した]「いやいや,あなたが赤ちゃんをコインロッカーに入れるところは,駅の防犯カメラにばっちり映ってましたよ」中澤さんが,静かに告げた]「警察がちゃんと確認したので,間違いありませんよ」「え,警察?
なんで? 」まさか警察沙汰にまでなるとは思っていなかったようで,瞳さんは目を見開いて口をあんぐりと開けている]「なんでって,子供を勝手に連れて行ったことも,その子をロッカーに放置したことも,立派な犯罪ですよ」「はあ? 警察まで呼ぼうなんてやりすぎでしょ」「やりすぎじゃないですよ」「あなたのやったことを知った中澤さんが,被害届を出しています」「だから警察が動いたし,防犯カメラもちゃんと確認したんですよ」「え,じゃあ私,捕まるの? 」瞳さんの顔色は,もはや青を通り越して真っ白になり,目は虚ろになっていた]この機会に,ちゃんと反省してくださいね——私がそう言いかけた時だ]「こんなことで捕まるなんてまっぴらごめんよ!
」彼女はいきなり逃げ出そうとして,カフェの入り口に向かって走り出した]しかし,それは一歩遅く,あらかじめ連絡しておいた警察が外で待ち構えていた]「やだ,私悪くない! 悪いのは全部あの女なんだから! 」警察に連行される最中も瞳さんは抵抗し,誰でもいいから助けて,という目を向けてきた]。それが分かると,今度は私にすがるような視線を向けてきた]「ごめんなさい! 謝るから助けてよ!
」「今更,何をどうやって助けろって言うんですか? 大人なんだから,自分のしたことはちゃんと反省して,きちんと償ってくださいね」「そんなの嫌よ! 誰かお願い!
」瞳さんは絶望して涙と鼻水でべちゃべちゃの顔のまま,]警察に連れて行かれた]その後偶々:その後,数ヶ月の他人の赤ちゃんをロッカーに放置した事件として,瞳さんは実名を出されてニュースで報道された]これにより,瞳さんを知っている人全員に,彼女がどんなやばい人なのかが知れ渡ることになる]瞳さんの旦那さんは,遠取りに迷惑をかけたことと,ニュースで報道されたこともあり,]すぐに離婚したそうだ]逮捕された瞳さんがどんな判決を受けるかはまだ分からないが,]釈放されても前科持ちということで簡単には就職できないだろうし,]離婚して旦那もいないので,明るい未来は待っていないだろう]あの赤ちゃんは元気になり,,無事にお母さんの元へ戻ることができた。私も今は何の気兼ねもなくお茶会をできるようになり]],他のママ友たちとも仲良くなり,,充実した毎日を送っている。


