祖母から「あーちゃん、今日は出かけるけど一人で大丈夫?」と聞かれた時、私は迷わず「何言ってるの?私はまだまだ若いんだよ」と答えた。85歳になる祖母は昔から豪快な人で、心配性の私をいつも笑い飛ばす。家族は両親と兄と私の5人暮らしで、それぞれシフト制の仕事をしているから、普段は誰かしら家にいる。でもその日はたまたま祖母が一人で家にいることになった。私は「訪問販売が増えてるから、誰が来ても無視してね」と言い残して家を出た。それがまさかあんなことになるとは思わなかった。
買い物をしていると、祖母からメッセージが届いた。「上水機の訪問販売が来た」とだけ書かれている。シニア向けのスマホで最低限の連絡しかできない祖母からの知らせに、私は慌てて電車に飛び乗った。最近近所で強引な訪問販売の話を聞いていたからだ。家に着くと、玄関には見慣れない靴があった。私は勢いよくドアを開けた。そこには作り笑顔のセールスマンが座っていて、祖母にお茶を入れてもらいながら、水質検査の話をしているところだった。
彼は30代くらいの男性で、私を見ると「お孫さんいくつ?水は健康に一役買ってるんだよ」と話し始めた。コップの水に薬品を入れると、見る見るうちに色が変わった。「この水は非常に汚れている証拠です」と彼は強調する。でも私はウォーターサーバーの会社で働いているから、それが定番の手口だとすぐに分かった。薬品のせいで色が変わるだけだ。しかし祖母は「無料で上水器を置いていってくれるんだって」と信じ込んでいる。セールスマンは畳み掛けるように「最高級の上水器は70万円です。今だけのキャンペーンで、実際は100万円するんです」と言った。
私は慌てて止めに入った。祖母は「ここの家主は私だし、家族に相談なんていらないわ」と意地を張る。彼女はすでに5つも購入する気でいた。セールスマンは「では契約に移らせていただきますね」と書類を広げ、祖母に記入させ始めた。私は「あなたはどこの会社の人ですか?クーリングオフはできますよね?」と質問したが、彼は鼻で笑って「キャンペーン価格だからクーリングオフはできません」と言い放った。祖母は契約書を書き終え、現金を用意するために部屋を出ていった。その間にセールスマンはキッチンに浄水器を取り付け始めた。
祖母が厚みのある紙袋を持って戻ってきた時、玄関のベルが鳴った。帰ってきたのは母だった。セールスマンは「水道局の方から委託されてきました」と自己紹介したが、母は一瞬目を光らせた。続いて父が帰ってきて、セールスマンはまた説明を繰り返す。そして兄が帰ってきた時、彼はセールスマンの前に立ちはだかった。「うちに何か売り付けようとしましたね。まさか詐欺じゃないですよね」と問い詰めた。兄はジムのトレーナーをしていて、体が大きく、セールスマンは青ざめた顔で座らされた。
私は淡々と事実を並べた。「水道局の方から委託されたって言うけど、それは法律事務所から来たってことですよね?詐欺の常套句です」と私は指摘した。セールスマンは反論できず、目を泳がせる。母はスマホを取り出し、帰宅してからの会話をすべて録音していたのだ。祖母からのメッセージを受け取った時点で、母は詐欺だと確信していたらしい。私はさらに追い打ちをかけた。「この浄水器、5年前に問題があって販売中止になったモデルですよ。私、ウォーターサーバー会社で働いてるので分かるんです」と名刺を差し出すと、セールスマンの顔は真っ青になった。
父が問い詰め、母が録音を再生し、私が技術的な嘘を暴き、兄が逃げ道を塞いだ。セールスマンは泣きながら「会社の社長は父親で、倒産して訪問販売に転校した」と白状した。私たち家族は思わず笑ってしまった。「倒産して詐欺って、根性腐ってますね」と私が言うと、彼はうつむいた。私が帰宅する時に見かけた高級車は彼のものだった。祖母は近所の被害者たちに電話をかけ、警察も呼んだ。数日のうちに、騙されたご近所さんたちの被害額は全額返済された。セールスマンは詐欺罪で逮捕されたらしい。
後日、私は思い出したように祖母に聞いた。「ねえ、あの紙袋にはいくら入ってたの?」祖母は何のことか分からないという顔をして、部屋からあの紙袋を持ってきた。私が開けると、中に入っていたのは風呂敷に包まれた漫画雑誌だった。「これを渡して、すぐにバレたらどうするつもりだったの?」と聞くと、祖母は笑って言った。「いざとなったらボケたふりでもすれば何とかなると思ってね。それに、これは私のおすすめだから読んで欲しかったんだよ」私は祖母がまだまだ元気で、賢い人だと確信した。我が家は今日も笑いに包まれている。



