会場に響き渡ったのは、取引先の社長による傲慢な要求だった。「全車全商品を半額で納品しろ。嫌なら即刻、契約終了だ。」その言葉に、周りの取引先の面々は顔を伏せ、誰も俺と目を合わせようとしない。勝ち誇った表情を浮かべる中村社長を前に、俺は深く息をつき、冷静に問いかけた。「それ、本気で言ってますか?」しかし、彼の余裕の笑みは消えない。その瞬間、俺の心に決意が固まった。「仕方ありませんね。では、全車契約終了します。」
俺の名前は鈴木渡る。工業部品の製造会社の社長だ。幼い頃から物づくりが好きで、大学卒業後は技術者として会社に就職したが、思うように研究開発ができず不満が募り、一念発起して独立。発明した部品が特許を取得してから経営は順調になり、技術力が確かな会社として取引先も増えていった。
ある日、得意先の中村社長から電話がかかってきた。彼の会社は取引先の中でも規模が大きく、それを笠に着て高圧的な態度を取ることが多い。最近は頻繁に値下げを要求してきている。今回もその話だろう。嫌な予感を抱えながらも、長年取引を続けてきた会社だ。対話で解決できるならそうしたい。俺は嫌な気持ちを抑え、電話に出た。
案の定、中村社長は特許部品の値下げをしつこく迫ってきた。その部品は特許部品である上に受注生産品で、コストもかかるため、これ以上下げれば完全に赤字だ。いくら大口の取引でも、利益が出なければ意味がない。そう説明しても、彼には話が通じない。「とにかく今のままの値段じゃ、このまま取引を続けるのも難しいからな。よく考えておけ。」脅しの言葉を残し、彼は一方的に電話を切った。
それからしばらくして、中村社長の会社主催の懇親会の招待状が届いた。顔を合わせるのは憂鬱だったが、他の得意先の社長たちも大勢来るだろうし、欠席するわけにもいかない。覚悟を決めて、俺は会場へと向かった。
会場にはすでに多くの招待客が集まっていた。すると、取引先の社長の息子である林さんが、申し訳なさそうな顔で近づいてくる。彼は他の取引先の人間たちが集まるのを確認すると、深く頭を下げて、俺に書類の束を差し出した。「こういうことになってしまいました。」受け取った紙には「契約解除通知書」と書かれている。紙の量から察するに、この場にいる取引先全ての通知書があるようだ。
「これはどういうことですか?」冷静に尋ねると、その場にいた者たちは居心地悪そうに目をそらした。その時、一番会いたくない人物の声が聞こえてきた。「林さんの会社からも契約解除を持ちかけられるとは。お前の会社はよほど不満に思われていたらしいな。」振り返ると、勝ち誇ったような顔でふんぞり返る中村社長が立っている。「彼らが一斉に手を引いたら、君の小さな会社なんかひとたまりもないんじゃないか?」彼はそう言って、嫌な笑いを浮かべた。
だが、俺は特に焦ることもなく、軽く肩をすくめて平然と答えた。「そうかもしれませんね。」その態度が気に食わなかったのか、中村社長はむっとして睨みつける。「やけに余裕じゃないか。」そして、傲慢な態度で高々と宣言した。「契約を切られたくなければ、ここにいる全社の全商品を半額で納品しろ。嫌なら契約終了だ。」
その無茶苦茶な要求に、さすがに呆れた。「それ、本気で言ってますか?」冷たい視線を送っても、勝ち誇った中村社長は気づかない。「もちろん、だ。」彼は胸を張って答えた。周りの者たちは、ひたすら俯いている。俺は大きく息をつき、諦めたような声で言った。「そうですか。仕方ありませんね。」
中村社長が勝ち誇ったように笑う。次の瞬間、俺は彼の顔を真正面から見据え、揺るぎない口調で言い放った。「では、全車契約終了します。」
俺の言葉がよほど意外だったのか、中村社長は目をばちくりとさせて驚いた。そして、顔を引きつらせ、目に見えて動揺し始める。「な、何を言ってるんだ?全社だぞ。」「はい、全社で結構です。」「全社と契約を切られてやっていけるわけないだろうが!強がるのもいい加減にしろ!」真っ赤な顔でまくしたてる中村社長に、俺は涼しい顔で言った。「こちらの要求通り全社との契約を終了しただけなのに、何をそんなに怒っているんですか?」「こ、こういう…」「それに、我が社のことは心配していただかなくても大丈夫です。最近、海外との取引が増えてきたので、ちょうどそちらをメインにやっていこうかと思っていたところなんです。」
中村社長は目を見開き、呆然と呟いた。「海外だと?」「ええ。確かに数年前なら、ここにいる取引先全ての契約がなくなるのは痛手でしたが、今は海外の取引先が増えているので、どうとでもなるんです。」俺の会社の製品は、数年前から海外の企業にも知られるようになり、需要が伸びている。「国内で不当な値下げをさせられるくらいなら、これからは海外メインにシフトしますよ。」
俺がそう言った途端、周りの得意先たちが慌てたように声をあげた。「うちは本当は契約解除なんてしたくないんです!」「うちもです!契約解除は撤回してください!」次々に似たようなことを言い始める得意先の面々に、中村社長はぎょっとした顔をする。
得意先の会社の製品には、俺の会社の特許部品がなければ生産できないものが数多くある。うちとの契約がなくなれば、彼らこそが死活問題だ。進んで契約解除しようなどと思うはずがない。取引先の必死の訴えがひと段落したところで、それまで黙っていた林さんが静かに口を開いた。「これは、中村さんの発案です。」
その言葉と同時に、全ての視線が中村社長に集まった。彼は引きつった笑みを浮かべる。「は、林さん、いきなり何を言い出すんだ?」「あなたは大口の取引を盾にして、鈴木さんに契約解除通知書を出すようにと迫りましたよね。」「そんな身に覚えのないことを言われても困るな。俺は何もしていない。」動揺を隠しながら白を切ろうとする中村社長。「俺が林さんを脅したなんて証拠はどこにもないし。ましてや、その通知書を作ったのは皆さん自身でしょ。俺に責任転嫁しないでくれないか?」
開き直った態度に、俺は静かに言った。「証拠なら、ありますよ。」俺の言葉に、彼の顔から笑みが消える。俺は林さんへ目線を送った。彼は頷くと、スーツのポケットからスマホを取り出し、ある録音を流した。「な、なんでこれが…」スマホから流れてきたのは、林さんと中村社長の二人による会話だった。中村社長は、契約通知書を作るよう林さんに迫り、断ろうとする林さんに対し「うちとの大口の取引がなくなってもいいんですか」などと脅している。
青い顔をした中村社長が叫んだ。「捏造だ!こんなこと俺は言ってない!」必死に責任逃れをしようとするが、俺はさらに追い打ちをかけた。「では、こちらの証拠はどうですか?」用意していた書類を取り出し、彼の前で広げて見せる。「これは林さんに送信したメールを印刷したものです。ここには今日の計画の詳細が書かれています。これでも、何も知らないと?」すると、一緒に書類を見ていた他の取引先たちが大声をあげた。「うちに来たメールもまだ残ってるから証拠になるぞ!」「うちもだ!」次々に上がる声に立ちすくみながら、中村社長は林さんを悔しそうな顔で睨んだ。「裏切ったのか?」「最初から乗る気はなかったということです。鈴木さんは大切な取引先ですから。」
実は、林さんは中村社長からこの計画を持ちかけられた時点で、すぐに俺に相談していたのだ。俺は林さんに証拠を残しておくようお願いし、確かな証拠を掴むまで泳がせていた。林さんは「一時的にでもこの人の味方のふりをするのは辛かったですけどね。でもうまくいって良かったです」と笑った。
呆然と眺めていた中村社長だったが、これ以上の悪あがきは無駄だと悟ったのか、膝から崩れ落ちるようにして床にへたり込んだ。この様子を見ていた得意先一同が、一斉に俺に向かって頭を下げた。「申し訳ありませんでした!」彼らは中村社長から、林さんの時と同じような手口で脅されていたらしい。脅された上に、うまくいけば安い値段で仕入れができると注がされ、最終的には従ってしまったようだ。
「非常に情けないお願いだということは分かっているのですが、どうか先ほどの契約解除通知書は破棄していただけないでしょうか?」「我が社からもお願いいたします。どうか…」彼らは口々に契約継続を懇願し、再び深く頭を下げた。今回の主犯は中村社長であり、彼らがいやいや従っていたことは分かっている。だが、最終的に計画に乗ると決めたのは彼ら自身だ。とはいえ、心から謝罪していることもよくわかる。俺も彼らとの契約を切りたいわけではない。今回は多めに見ることにした。「わかりました。では、先ほどの通知書は見なかったことにします。」その言葉に、彼らは顔を明るくし、目に涙まで浮かべながら何度も感謝の言葉を述べた。
ただし、釘は刺しておく。「ただし、今回だけです。二度目はないですからね。」途端に真顔になり、直立不動で頷く彼らを見て、もう大丈夫だろうと確信した。
残る問題は、中村社長だけだ。彼は未だに床に座り込んで項垂れていたが、俺が近づくと顔をあげた。「このようなことになってしまい、残念です。俺はなんとか話し合いで解決しようと思っていたんですが。」中村社長は返す言葉もないのか、口をつぐんだまま視線をそらした。反省している様子は全くない。俺は静かに言い放った。「これ以上、あなたの会社と取引を続けることはできません。今日限りで全ての契約を終了させてもらいます。」すると彼は驚いた表情で慌てて立ち上がった。「ちょ、ちょっと待ってくれ!他の取引先のことは許してたじゃないか!なんでうちだけ?」まさか自分も許されると思っていたのだろうか。その図々しさには呆れるばかりだ。「他の皆さんはあなたに脅されて、いやいや従っていただけですし、誠心誠意謝ってくれましたからね。」「謝ればいいのか?謝る!土下座でも何でもするから、契約解除だけは考え直してくれ!」そう言って、彼は本当に土下座をしようとする。だが、俺は彼が本格的に頭を下げる前に、それを止めた。「土下座をしようが何をしようが、契約解除を撤回するつもりはありませんよ。信用を失った相手とは取引できないので。」「そ、そこをなんとか…」「無理です。今までお世話になりました。」冷たく言い放つと、がっくりと肩を落とす中村社長を残して、俺は会場を後にした。
数日後、俺は林さんを食事に誘った。証拠集めに協力してくれたお礼だ。「今日は俺のおごりだから、好きなものを頼んでくれ。」「そんなお礼を言わなきゃならないのは、むしろこっちなのに。」林さんは遠慮していたが、最終的には俺に押し切られる形でビールとつまみを頼んだ。乾杯を交わし、俺はあの日の後どうなったのかを尋ねた。
林さんによれば、俺が帰った後に懇親会は結局中止となり、中村社長は招待客たちから散々攻められたそうだ。中にはその場で契約解消を申し出た会社もあったという。「ただでさえ鈴木さんのところの部品が使えなくなって大変だっていうのに、他の取引先まで撤退しちゃったらどうなるんでしょうね。」「まあ、かなり苦労することは間違いないだろうな。」
俺たちの予想通り、それから中村社長の会社の経営は急激に悪化した。特許部品を供給できなくなり、生産に大きな支障をきたすようになったのだ。さらに懇親会での騒ぎが尾を引き、離れていく取引先も後を絶たない。社内では中村社長の責任を問う声が日増しに大きくなり、彼は最終的に会社を追われることとなった。噂では、家族や親族からも見限られ、一人寂しく暮らしているという。会社の方は新たな社長が就任し、立て直しを図っているようだ。その新社長からはもう一度契約してもらえないかという話をもらったが、すぐには決められないと返事をした。今後のやり方や会社の状況をしっかり見極め、慎重に判断するつもりだ。
一方の俺は、この一件を教訓に、より強固な技術を築くべく研究開発に尽力し始めた。特許部品という強みを持ってはいるが、これ以上大企業に侮られることのないよう、さらなる成長を目指さなければならない。今回の騒動を経て、社員たちの結束も強まり、会社全体の士気も高まったようだ。
俺は技術者としての情熱を胸に、頼れる仲間たちと未来へ向けた新たな一歩を踏み出すのだった。



