黄色い封筒だった。いや、正確には薄いサーモンピンクに近い色だった。しかし後月千鶴の目には、それは間違いなく赤く映った。差出人には「沼津市税務課」と印刷され、件名には「市民税・県民税及び国民健康保険料等に関する最終通知」と記されていた。
千鶴は郵便受けからその封筒を取り出したまま、玄関の三和土に立ち尽くした。震える指で封を切り、中から二枚の紙を取り出した。一枚目は通知書。二枚目は手続きの案内だった。本文の冒頭にはこうあった。「今年度の市民税と国民健康保険料の未納分について、所定の期日までに納付がない場合、地方税法の規定に基づき預金口座の差し押さえ及び不動産に関する処分手続きを開始する」。
千鶴はその文章を三回読んだ。一回目は意味を追い、二回目は数字を確認し、三回目は読み間違いがないかを確かめた。どこにも間違いはなかった。期日は2月14日。今日から数えて十六日後。金額は、分割払いの申請が認められた分を差し引いても、なお一括で用意しなければならない部分が残っていた。通帳の残高では、到底足りなかった。
一昨年の春から秋にかけて、病院が人手不足を理由に夜勤のシフトを増やしてほしいと打診してきた。断る理由がなかった。お金が必要だったし、断れば次から声がかからなくなるかもしれないと思った。それで数ヶ月間、いつもより多く働いた。その積み重ねが、住民税非課税世帯の基準をわずかに超えた。たった数万円の差だった。それが保険料の区分を一段上げ、市民税の新たな課税を生み、手元に残る金を月に約三万円も減らした。
三万円というのは、一ヶ月分の電気代とガス代と息子の食費の合計とほぼ同じだった。
千鶴は封筒を茶箪笥の引き出しの奥に押し込むと、台所の椅子に座って天井を見た。白い天井には、去年から気になっている染みが一つあった。北側の屋根の雨漏りが原因だと検討はついていたが、業者に見てもらう金がなかった。見積もりは取ってあった。最低でも四十五万円かかるという。その金が、いつになっても用意できないことを、千鶴はとっくに知っていた。
二階から、断続的にキーボードの音が漏れてくる。息子の両太。四十二歳になる息子は、十年間、この部屋のドアの向こうにいる。千鶴が一日三度、ドアの前に食事を置く。それがこの家の形だった。食事がなければ、両太はこの家の中で完全に見えなくなる。それだけは、絶対にダメだった。
十二月、娘の弓から連絡が来た。「土曜日そちら方面に出張があるから夕方による。5時頃。夕飯はいらない」。千鶴は四日かけて準備をした。古い雑誌を押し入れにしまい、薬の瓶を隠し、病院の清掃員として働いていることを示すものは全て押し入れの奥の段ボール箱に押し込んだ。そして二階の両太のドアの隙間に、折りたたんだ紙を差し込んだ。「土曜日の夕方5時頃、お姉ちゃんが来ます。その間、部屋から出ないでください。お願いします。お母さんより」
弓は洋菓子の箱を持って来た。最中を一つ食べて、お茶を半分飲んで、それから、突然、こう言った。「お母さん、正直に教えて。お兄ちゃん、仕事本当にしてるの?」
千鶴は目をそらさなかった。「してますよ。在宅で色々と」
弓の声は低く、平坦だった。「お母さん、いい加減にしてよ。もう四十二でしょ。普通の四十二歳が何をしてると思う? お母さんが全部やってあげるから、あの人出てこないのよ。困らないから。お腹が減ってもドアの前に食事が来るから。お母さんが変わらないと、あの人も変わらないよ」
千鶴には反論する言葉が出てこなかった。夜中に通帳を眺めるたびに、同じことを自分でも考えていたからだ。しかし、考えるたびに、その先が見えなかった。もし食事を出さなければ、両太はどうなるのか。その先を想像するたびに、思考は止まった。
弓は立ち上がり、廊下へ出て、階段を上がっていった。千鶴が追いかけると、弓は両太の部屋のドアを叩いていた。「お兄ちゃん、私、弓。ちょっと開けてくれない? 話したいことがあるの」
返事はなかった。弓はもう一度、今度は強く叩いた。「聞こえてるでしょう? 逃げないでよ。お母さんがどれだけ大変か分かってるの?」
その時、部屋の中から音がした。椅子が動く音。そして何か重いものが床の上を転がり、ドアの内側に当たる鈍い音。続いて、壁越しに新しい息遣いが漏れてきた。言葉ではなく、ただの呼吸の音。弓がわずかに後ずさった。その目の中にあったのは、怒りではなく、恐れに近い何かだった。
千鶴は弓の腕を取った。「下に行きましょう」
二人は茶箪笥の前に座った。しばらく沈黙が続いた後、弓が疲れた声で言った。「あの人、大丈夫なの?」
「大丈夫です」
「お母さん、本当に大丈夫なの?」
「大丈夫です」千鶴の声は揺れなかった。
弓は何かを言いかけて、やめた。代わりに最中をもう一つ取って口に入れた。子供の頃、甘いものを食べる時だけ幸せそうな顔をした。今もそれは変わっていなかった。弓は帰り際、玄関で振り返った。「またね、お母さん。元気でね」
千鶴はドアを閉め、鍵をかけ、二階に上がって、両太の部屋のドアの前にいつものように盆を置いた。「ご飯ですよ」返事はなかった。いつも通りだった。
一月の終わり、赤い封筒が届いた。千鶴は病院に電話をして、体調不良を理由に夜勤を休んだ。市役所の収納課で、若い職員に状況を説明した。職員は丁寧な口調で、分割申請の再審査の可能性と、仮に認められても延滞金が加算されること、最終的に滞納した場合の法的措置について、一つ一つ説明した。千鶴は頷きながら聞いていた。言葉は頭に入ってきては、すぐに出ていくような感覚だった。
手続きを終えて外に出ると、細かい霧のような雨が降り始めていた。傘を持っていなかった。千鶴はそのまま歩き出した。特にどこかに行くつもりはなかった。足が自然と、子供たちが小学校に通っていた頃の道へ向かった。踏切の前に来た時、ちょうど遮断機が降り始めた。雨に濡れた線路は、曇り空の下でも妙に光って見えた。遠くから列車の音が聞こえ、風が来て、コートの裾がはためいた。その時、胃の奥から熱いものが押し上げてくる感覚がした。焼けるような痛みが喉の奥を駆け上がり、千鶴は思わず前かがみになった。膝に手を当て、深く息を吸った。
列車が通り過ぎ、遮断機が上がった。千鶴はゆっくりと体を起こし、いくつかのことを確認した。足が動くこと。手が動くこと。家に両太がいること。今日の昼、食事を届けないとしたら、両太はどうするか。それを確かめに帰る必要があった。それだけは、はっきりしていた。
千鶴は踏切を渡り、来た道を引き返した。
二月に入ってすぐ、熱が出た。38度2分。仕事を休まなければならない熱だった。病院に電話を入れ、ベッドに横たわりながら、冷蔵庫の中のものだけで両太が生きていけるか考えた。自分では動けなくても、ドアの隙間から紙を入れることもできない。どうしようもなかった。やがて眠った。
目が覚めると、台所から音がしていた。水流れる音、鍋が置かれる音、引き出しが開く音。千鶴は片肘をついて、障子の向こうを見た。そこに、人の輪郭があった。両太だった。背中を向けて、台所に立っていた。崩れかけのグレーのスウェット。後ろから見ても乱れていると分かる髪。細く白い首筋。
両太は卵を取り出し、鍋に入れ、何かを作っていた。千鶴は声をかけなかった。声をかけることで、その場を離れてしまうかもしれない。今この瞬間、両太が台所に立っていることが、壊れ物のように感じられた。
三十分ほどして、廊下に足音がした。素足の音。それが今の入り口に近づいてきて、両太が立っていた。手に、千鶴がいつも食事を運ぶ時に使っている古い木の盆を持っていた。その上に茶碗が一つ、小皿が一つ。茶碗の中には、薄い、水分の多い粥。表面に卵がほぐれて混じっていた。小皿には、細く刻んだネギが数本。
両太は部屋に入ってこなかった。視線は盆に落ちたままだった。「そこ、置いときます」
声は低く、少しかれていた。長い間使っていない声のようだった。盆を茶箪笥の上に置くと、素早く背を向けた。入り口のところで足が止まった。ほんの一秒か二秒。振り返らずに、小さく、ほとんどつぶやくように言った。「ごめん」
それだけ言って、廊下に出ていった。足音が階段を上がり、ドアが閉まる音がした。
千鶴はゆっくりと体を起こし、茶箪笥の前まで膝で移動した。粥を一口食べた。薄かった。味付けはほとんどなく、塩が少し入っているかどうかという程度。卵は火が通りすぎて、白身が少し硬くなっていた。ネギの切り方はバラバラで、長いものと短いものが混在していた。温度は、ちょうど良かった。
三口目を食べた時、目の奥が熱くなった。箸を置き、しばらく茶箪笥の木目を見ていた。泣くつもりはなかった。泣いても粥が覚めるだけだった。それでも、目の奥の熱は引かなかった。千鶴は視線を上げずに、粥を食べ続けた。両太が刻んだ、不揃いなネギを、全部、粥の中に混ぜて食べた。
翌日、熱は少し下がった。千鶴は午前中にゆっくり起き上がり、台所に行った。そして、自分と両太の分の粥を炊いた。卵を一つ解いて回し入れた。前日より細かく刻んだネギを散らした。盆に乗せて二階に運び、部屋の前に置いた。「ご飯ですよ」返事はなかった。しかし、台所で自分が粥を食べていると、二階でドアが開く音、廊下を歩く音、盆を取り込む音、そしてドアが閉まる音がした。千鶴はその音の順序を聞きながら、粥を最後まで食べた。
三日目、熱は平熱近くまで下がった。千鶴は茶箪笥の引き出しを開け、この一ヶ月に積み重なった書類を全部取り出した。税の通知書、分割払いの申請書の控え、健康保険料の納付書。それらを日付の順に並べ直し、一枚ずつ内容を確認した。数字は、相変わらず厳しかった。しかし、頭の中には数字とは別の何かがあった。ここ三日、両太の部屋の前に置いた盆は、毎回空になって戻ってきていた。それだけのことだった。ただ、それが何かを変えていた。
午後、千鶴はスマートフォンで、沼津市内の不動産屋の番号を調べた。そして、一軒に電話をかけた。「二人で住めて、古くても構わない。家賃が安い物件を探しているんです」
「二人とは、どのようなご関係ですか?」
「母と息子です」
電話を切った後、千鶴は今の壁を見た。夫の死後、一人で維持してきた家。庭の木は枯れかかり、北側の屋根は雨漏りしたままで、壁紙は角から少し浮いている。手放すことへの惜しさが全くないとは言えなかった。しかし、それは今この瞬間に決定的な重さを持つものではなかった。屋根は直せないまま、税金は払えないまま、この家にこれ以上止まることはできなかった。それが事実だった。
夕方、千鶴は台所で、冷凍のうどんを茹で始めた。今日は、今の電気をつけて食べようと思った。特に理由はなかった。ただ、そうしようと思った。両太の分のうどんを一玉多く入れ、二つの盆に同じものを同じ量よそった。うどんと、昨日の残りの煮物と、番茶。
両太の盆を持って二階に上がり、部屋の前に置いた。「ご飯ですよ」いつもと同じ声で、いつもと同じ言葉だった。返事はなかった。千鶴は廊下に立ち、ドアを見た。ドアは閉まったままだった。階段を降りながら、これからのことを少し考えた。新しい場所がどこになるかは、まだ分からなかった。もっと狭くて、もっと古いところになるだろう。両太がそこで暮らすことができるかどうかも、分からなかった。しかし、今日できることは今日する。それだけだった。
今に戻り、電気をつけた。自分の盆を茶箪笥に乗せ、座った。うどんをすすった。温かかった。出汁の味がした。特別ではない、普通のうどんだった。ただ、温かかった。食べながら、二階の音を聞いていた。しばらくして、ドアが開く音、廊下を歩く音、盆を引き取る音、そして、ドアが閉まる音。
千鶴は箸を持ったまま、天井を見た。両太が、盆を取りに来た。うどんだったけれど。
その夜、布団に入る前に、不動産屋の担当者からメッセージが届いていた。「来週の水曜日に一度ご来店いただけますか」。千鶴は短く返信した。「はい、伺います」送信してから、スマートフォンを枕の横に置いた。電気を消し、暗い部屋の中で目を開けていた。天井の染みのことを考えた。この家に、長くいてきた。来年のこの時期には、ここにいないだろう。それをどう感じるかを確かめようとしたが、うまく確かめられなかった。喪失というほど重くはなく、安堵というほど軽くもなかった。ただ、これからのことが、少しだけ実感を持ち始めていた。それだけだった。
二階から、低い音量の音楽が聞こえてきた。両太の部屋からだった。何年かぶりに聞く音だった。千鶴はそれを聞きながら、目を閉じた。あの粥の味を思い出した。薄くて、卵が硬くて、ネギが不揃いで。それでも、温かかった。両太が作った粥だった。十年で初めて作ったものだった。うまくはなかった。しかし、それが今日の千鶴には、十分だった。
二階の音楽は、千鶴が眠りに落ちるまで、続いていた。



