15年前、雨の降る寒い夕方のこと。姉を病気で亡くし、親戚にも引き取られず施設で暮らす12歳だった私は、無意識に足が向いた商店街で、ズブ濡れのまま見知らぬ豆腐屋の前に立ち尽くしていました。すると、小柄なおばあちゃんが店から出てきて、私の顔を見るなりこう言ったんです。「ほら、温かいうちに食べな。」そんな私の亡き姉の口癖と全く同じ言葉を。私は泣きながら初めて、姉が亡くなってからお腹いっぱいまで食べ…

15年前、雨の降る寒い夕方のこと。姉を病気で亡くし、親戚にも引き取られず施設で暮らす12歳だった私は、無意識に足が向いた商店街で、ズブ濡れのまま見知らぬ豆腐屋の前に立ち尽くしていました。すると、小柄なおばあちゃんが店から出てきて、私の顔を見るなりこう言ったんです。「ほら、温かいうちに食べな。」そんな私の亡き姉の口癖と全く同じ言葉を。私は泣きながら初めて、姉が亡くなってからお腹いっぱいまで食べ...

目の前に、色あせた不動産屋の看板があった。10年ぶりに帰ってきた商店街の、あの場所に。

「あんた、もしかしてあの子かい?豆腐屋のばあさんがずっと話してたよ。」

聞き慣れない声に振り向くと、エプロン姿の年配の男が店先からこちらを見ていた。かつて乾物屋を営んでいたおじさんだ。白髪がすっかり増えて、おじいさんになっていた。

「はい。桐山匠です。昔、ふみさんにお世話になりました。」

「やっぱりそうか。大きくなったなあ。立派になって。ふみさんが見たら、どんなに喜ぶか。」

「あの、ふみさんは、どこに?」

声が震えた。一番聞きたくない答えを聞いてしまう気がして、怖かった。だがおじさんは優しく言った。

「心配ないよ。生きてる。ちゃんと生きてるさ。ただ、もう店はできなくなってね。」

15年前のあの日、雨に濡れて立ち尽くす12歳の俺に、温かい豆腐を差し出してくれたおばあちゃん。その優しさの本当の意味を知った時、俺は子供のように泣いた。

俺の名前は桐山匠。27歳。東京で小さな料理屋を開いている。カウンターだけの十席ほどの和食の店だ。3年前に独立して、今ではなんとか予約が取りにくいと言われるまでになった。

けれど俺には、家族がいない。両親は俺が6歳の時に事故で亡くなった。そして、母親代わりに育ててくれた姉も、俺が12歳の時に病気で亡くなった。

天涯孤独。その言葉がぴったり当てはまる人間だった。

そんな俺がどうにか料理人になれたのは、故郷の商店街で一人のおばあちゃんが、温かいものを食べさせ続けてくれたからだ。本当はもっと早く、お礼を言いに帰るべきだった。それができないまま、町を出てしまった。

俺の一番古い記憶は、姉の背中だ。

両親が亡くなった時、姉はまだ二十歳だった。これから自分の人生を楽しもうという年頃だ。それなのに姉は、6歳の弟を引き取る道を選んだ。親戚は誰も、俺たち二人を引き取ろうとはしなかった。それを姉は責めもせず、「匠は私が育てる」と言って頭を下げて回ったらしい。

それからの暮らしは、決して楽ではなかった。姉は昼間は会社で働き、夜は近くの居酒屋で皿を洗った。お金はいつもギリギリで、俺の運動靴はつま先が当たるようになるまで買い換えられなかった。

それでも、不自由な思いをした記憶はない。姉は料理が上手で、安いものを工夫して温かい一皿に変えるのが上手だった。中でもよく食卓に上ったのが、豆腐の料理だ。

「豆腐はね、安いのにお腹も心も膨れるの。偉いでしょ。」

姉はそう言って笑った。その豆腐を買いに、よく二人で商店街の大島豆腐店へ通った。店番をしていたのは、小柄なおばあちゃん。ふみさんだ。姉が財布の小銭を数えていると、ふみさんは決まって形の崩れた小さな揚げだし豆腐を紙に包んで持たせてくれた。

「坊やにおまけだよ。たくさん食べて大きくなりな。」

帰り道、俺は姉と半分こにして食べた。「内緒だよ」と、姉はいたずらっぽく笑った。

ふみさんの店で湯豆腐を食べる時、姉は決まってこう言った。「ほら、温かいうちに食べな。」それが姉の口癖だった。冷めないうちに、一番美味しいうちに、お食べ。たったその一言に、姉の精一杯の愛情が詰まっていた。

「兄ちゃんは食べないの?」幼い俺がそう聞くと、姉は「私はさっきつまみ食いしたから」と言った。今になって思う。あれは嘘だ。自分の分まで俺に食べさせていたのだ。

俺が8歳の誕生日の時、姉はコンビニの小さなケーキに細いロウソクを8本立てて、下手な歌を歌ってくれた。「8歳おめでとう。今年もちゃんと生きてくれてありがとうね。」子供にありがとうと言う姉が、その時の俺には少し不思議だった。今ならわかる。姉は本当に、俺が無事に大きくなっていくことだけを祈るように願っていたのだ。

姉のもう一つの口癖。「ご飯さえちゃんと食べてれば、大抵のことはなんとかなる。だから何があっても、食べることだけはやめちゃだめだよ。」

そんな日々が6年続いた。俺が小学6年生になった年、姉が倒れた。最初は疲れだろうと笑っていたが、病院でそのまま入院になった。病名は子供の俺には難しくてわからなかった。ただ、先生と話した後の看護師さんの顔がいつも曇っていたことだけは、なんとなく感じ取っていた。

それでも姉は、俺の前ではいつも笑っていた。「心配ない。すぐ良くなって、また匠に味噌汁を作るからね。」

学校が終わると毎日病院に通った。姉は嬉しそうに聞きながら、決まって最後に同じことを聞くのだった。「匠、ちゃんとご飯食べてる?好き嫌いしてないかい?」自分の方がずっと辛いはずなのに、姉が気にするのはいつも、俺がちゃんと食べているかどうかだった。

「うん。姉ちゃんこそ早く元気になってよ。」

「うん。姉ちゃんが帰ったら、また二人でいっぱい食べようね。」

小指を立てて指切りをした。姉の小指は驚くほど細くなっていたけれど、その指切りは果たされなかった。入院して半年も経たないうちに、姉は静かに息を引き取った。まだ26歳だった。

姉がいなくなってからの数日間のことは、霧がかかったようにぼんやりとしている。涙さえうまく出てこなかった。ご飯も喉を通らなかった。葬式にはあの冷たかった親戚たちも来たけれど、誰一人、俺を引き取るとは言わなかった。

こうして俺は12歳で、本当に一人ぼっちになった。街外れにある児童養護施設で暮らすことになった。施設の人たちは悪い人ではなかった。むしろよくしてくれた方だと思う。けれど当時の俺は、誰にも心を開けなかった。姉のいない世界は、ただただ寒かった。何を食べても砂を噛んでいるようで、どんどん痩せていった。

そんなある日、学校帰りのことだった。小雨の降る肌寒い夕方、俺はわざと遠回りをして昔のアパートの方へ歩いていた。姉と暮らした部屋にはもう別の人が住んでいる。それでもあの通りを歩くと、ほんの少しだけ姉がそばにいるような気がしたのだ。

気づくと、俺は商店街の中ほどで足を止めていた。姉とよく豆腐を買いに来た、あの豆腐屋の前だった。大島豆腐店という古い木の看板。立ち上る湯気と大豆の匂い。鼻の奥がツンとした。

俺がその場から動けずにいると、店の奥から一人のおばあちゃんが出てきた。小柄で、腰の少し曲がった白髪のおばあちゃんだった。ズブ濡れで突っ立っている俺を見て、おばあちゃんはしばらくじっと顔を見つめていた。それから何かに気づいたように、小さく息を飲んだ。

「あんた、しおりちゃんとこの坊やだね。」

姉の名前が、おばあちゃんの口から出た。俺は何も答えられなかった。声を出したら、泣いてしまいそうだった。小さく頷くのが精一杯だった。

おばあちゃんはそれ以上何も聞かず、ただ静かに言った。「ちょうどおかずを炊いたところでね、一人じゃ食べきれないんだよ。よかったら上がっていきな。」

俺は迷った。知らない大人についていってはいけない。そう教えられていた。それなのに体が動かなかった。湯気の向こうのおばあちゃんの目があんまり優しくて、吸い寄せられるように頷いていた。

店の奥の小さな座敷に通された。古いちゃぶ台の上に、おばあちゃんは湯気の立つ器を次々と並べてくれた。炊きたてのご飯、熱々の湯豆腐、温かい味噌汁。そして俺の前にそれを置きながら、おばあちゃんは言った。

「ほら、温かいうちに食べな。」

その瞬間、俺は固まった。それは姉がいつも俺に言っていた言葉と、全く同じだったからだ。

恐る恐る湯豆腐を一口運ぶと、熱々の豆腐が舌の上でほろりと崩れた。出汁の染みた優しい味。その瞬間、俺の目から涙がボロボロとこぼれ落ちた。自分でも止められなかった。姉が亡くなってからずっと出てこなかった涙が、温かい豆腐一口で溢れ出した。

俺は声をあげて泣きながら、それでも箸を止めなかった。おかずを食べ、ご飯をかき込み、味噌汁をすする。そのぬくもりが、体の芯にまで染み込んでいくようだった。

おばあちゃんは何も言わなかった。ただ隣に座って、背中をそっとさすってくれていた。

「いっぱいお食べ。お腹が膨れれば、辛いことも少しは楽になるからね。」

その言葉も、姉が言っていたこととよく似ていた。俺はその日、姉が亡くなってから初めて、お腹いっぱいになるまで食べた。

施設に帰ろうとする俺に、おばあちゃんは言った。「坊や、お腹が空いたら、いつでもおいで。ここはいつでも空いているからね。」

この日から、俺の帰れる場所が一つできた。

それから俺は、学校が終わると足しげく豆腐屋に通うようになった。おばあちゃんの名前は、大島ふみ。ご主人を何年も前になくして、子供はいなかった。代々続くこの豆腐屋を、たった一人で切り盛りしているのだと知った。

ふみさんは無口な人だった。むしろぶっきらぼうなくらいだ。けれど俺がしょんぼりしていると、決まって何か温かいものを出してくれた。「ほら、出涸らしだよ。食べちまいな。」そう言って差し出されるのは、形の崩れた揚げだし豆腐や、揚げたての油揚げだった。「でき損ない」と言うけれど、どれもちゃんと美味しかった。きっと俺のために、わざと多めに作ってくれていたのだと思う。

施設の相部屋ではいつも気を張っていた。学校でも、親のいない子だと思われないように必死で普通のふりをしていた。けれど豆腐屋の座敷では、誰のふりもしなくてよかった。湯と大豆の匂いに包まれて、俺はようやく息ができた。

ある日、思い切って聞いてみた。「おばあちゃん、俺、手伝っちゃだめ?」ふみさんはちょっと驚いた顔をして、それから小さく笑った。「そうかい。じゃあ、そこの大豆をざるにあげとくれ。」

それが俺がこの店を手伝うようになった始まりだった。水に浸した大豆をざるにあげる。固まった豆腐を切る。でき上がった豆腐を水を張ったケースに並べる。一つ一つ、ふみさんが教えてくれた。

「豆腐ってのはね、正直なんだよ。手をかけた分だけちゃんと美味しくなる。ごまかしが効かないのさ。」

その言葉は、料理人になった今でも俺の仕事の一番の土台になっている。

通い始めて2年が経つ頃には、俺は簡単な豆腐なら一人で作れるようになっていた。初めて一人で作った豆腐をふみさんに味見してもらった日のこと。ふみさんは一口食べて、しばらく黙っていた。失敗だったかと思って俯きかけた時、ふみさんが言った。

「うまいよ、あんた。筋がいいね。ばあちゃんが教えることは、もうあんまり残ってないかもしれないね。」

その言葉が、どんな満点のテストよりも嬉しかった。

ふみさんの店の奥には小さな仏壇があった。そのそばに、古い茶箱が一つ置いてあった。一度何の気なしに開けようとしたら、ふみさんは珍しく慌てた様子で俺の手をやんわり止めた。

「あ、それはばあちゃんの大事なものが入ってるんだよ。あんたにも見せる日が来るかもしれないね。」

その時はただの思い出の品だろうと思って、それ以上は聞かなかった。

俺は正月もふみさんの家で過ごすようになった。施設では正月になると帰れる子は親元へ帰っていく。帰る家のない俺を、ふみさんが「うちにおいで」と言ってくれたのだ。

大晦日の夜、二人で年越しそばを食べた。ふみさんの作る、油揚げの乗ったきつねそばだ。テレビを見ながら他愛のない話をして笑った。家族のいない俺に、ふみさんは家族の時間を静かに分けてくれた。

夏祭りの夜、ふみさんは俺に新しい法被を買ってくれた。「いいよ、こんなのもったいないよ。」「いいんだよ。祭りに制服で行く子がどこにいるんだい?」

ふみさんは俺の手を引いて、夜店を一緒に歩いてくれた。「本当の祖母と孫みたいだね」と近所の人に言われた。俺は照れたけれど、内心それがたまらなく嬉しかった。

帰り道、ふみさんはふと立ち止まってこう言った。「匠、あんたは一人ぼっちなんかじゃないよ。お腹が空いたら、いつでも帰っておいで。ばあちゃんはずっとここにいるからね。」

中学を卒業する頃、最初の大きな壁が立ちはだかった。進路のことだ。施設の子の多くは中学を出ると働きに出る。本当は料理の道に進みたかった。ふみさんの豆腐や姉の作ってくれた温かいご飯のように、誰かのお腹と心を膨らませるような仕事がしたかった。けれど調理の学校に行くにもお金がいる。

「俺、高校はやめて働こうと思うんだ。」

ある日、俺はふみさんにそう打ち明けた。ふみさんは手を止めて、しばらく黙っていた。それから低い声で言った。「あんた、本当はどうしたいんだい?」俺は答えられなかった。本当の気持ちを言ったら、わがままになる気がした。

「やりたいことがあるんだろう。だったら、お金がないくらいで諦めるんじゃないよ。」

「でも、お金のことなら心配いらない。ばあちゃんがね、少しだけど貯めてるのがあるんだ。あんたの学費くらい、なんとかになる。」

俺は首を横に振った。「だめだよ、そんなの。俺、おばあちゃんの孫でも何でもないのに。」

その時、ふみさんは初めて少しだけ怒ったような顔をした。「いいか。困った子に手を差し伸べるのに、理由なんかいらないんだよ。ばあちゃんがそうしたいんだ。それだけさ。」

俺は何も言えなくなった。ただ、目の奥が熱くなった。

結局、俺はふみさんの言葉に甘えて高校に進ませてもらった。その代わり、放課後も休みの日もこれまで以上に店を手伝った。少しでも恩を返したかった。高校に入ってからは、ふみさんの台所を借りて、見よう見まねで色々な料理も作った。最初はひどいものだった。味噌汁はしょっぱくて、卵焼きは焦げた。それでもふみさんは、俺の作ったものをいつも残さず食べてくれた。

17歳の誕生日、俺は初めてふみさんに自慢の一品を振る舞った。姉がよく作ってくれた、あの白和えだ。一口食べたふみさんは目を丸くして、それからふっと遠くを見るような顔をした。

「この味だ。」

「え?いや、なんでもないよ。美味しい。とっても美味しいよ、匠。」

そう言ったふみさんの目が、なぜか潤んでいた。

その頃から商店街は、少しずつ元気をなくしていった。街外れに大きなスーパーができて、客がそちらに流れたのだ。シャッターを下ろす店が一つ、また一つと増えていった。再開発の話も持ち上がり、スーツを着た男たちがふみさんの店を訪ねてきた。それでもふみさんは首を縦に振らなかった。

「うちの豆腐を待っててくれる人がいるからね。その人たちがいる限り、ばあちゃんはやめないよ。」

確かに、待っててくれる人はいた。足の悪いおばあさんが杖をついて毎朝豆腐を買いに来る。小さな子を連れた若いお母さんが「ここのおぼろ豆腐じゃないと、うちの子は食べないの」と言って通ってきた。

高校2年の冬。ふみさんが店先で倒れた。配達から戻った俺が見つけた時、ふみさんは台所の床にうずくまっていた。頭が真っ白になった。姉を亡くしたあの病院の廊下を思い出した。また大切な人を失うのか。そう思うと足が震えた。

幸い、命に別状はなかった。過労と年齢から来るものだろうと医者は言った。けれどその時初めて俺は思い知った。ふみさんはもう若くないのだ。いつまでもあの店で俺を待っていてくれるわけではないのだと。

ベッドの上のふみさんは、俺の顔を見ていつものように笑った。「情けないね。こんなことで、あんたに心配をかけて。」

俺は誓った。「おばあちゃん、俺、絶対に立派な料理人になるよ。で、いつか俺の作ったご飯をおばあちゃんに食べてもらう。だからそれまで、元気でいてよ。約束だよ。」

ふみさんは目を細めて、何度も頷いた。「ああ、約束だ。楽しみにしてるよ。」

高校を卒業した俺は、東京の料理屋で修行することを決めた。知り合いの紹介で、住み込みで働ける和食の店が見つかったのだ。

旅立ちの朝、豆腐屋に挨拶に行くと、ふみさんは奥から風呂敷包みを一つ持ってきた。「これ持っておいき。道中でお腹が空くといけないからね。」開けると、ふみさんの油揚げで作った、あの甘いいなり寿司がぎっしりと詰まっていた。

「東京は人が多くて冷たいところだって言うからね。辛くなったらこれを食べて思い出しな。あんたには、帰る場所があるってこと。」

ふみさんはしわだらけの手で、俺の手をぎゅっと握った。その手は、いつかの日の姉の手のように温かかった。

「立派になんてならなくていい。ただ、ちゃんとご飯を食べて元気でいておくれ。それだけがばあちゃんの願いだよ。」

そして、ふみさんはふと何かを言いかけた。「ばあちゃんはね、あんたにいつか言わなきゃいけないことが。」「え?」ふみさんは少しの間迷うように口をつぐんだ。それから首を横に振って、いつものように笑った。「いや、なんでもないよ。さあ、おいき。バスに送るよ。」

その時、ふみさんが何を言おうとしたのか。俺はずっと気にかかっていた。店を出る時、ふみさんはこうも言った。「しおりちゃんも、きっと喜んでるよ。」

なぜふみさんがそんなに姉のことを思ってくれるのか。その時の俺は深く考えなかった。ただ、姉を覚えていてくれることが嬉しかった。

こうして俺は18歳で、生まれ育った町を出た。

東京での修行は、想像していたよりもずっと厳しかった。朝は誰よりも早く起き、夜は遅くまで皿を洗った。先輩に怒鳴られ、包丁を握る手はあかぎれだらけになった。何度もくじけそうになった。その度に、ふみさんのいなり寿司の味を思い出した。「辛くなったらこれを食べて思い出しな。あんたには帰る場所がある。」

修行を始めて何年か経った頃、一度全てを投げ出して逃げ出そうとしたことがある。大きな失敗をして、親方に「お前には向いてないんじゃないか」と言われたのだ。その夜、ふみさんに電話をかけた。久しぶりに聞く声は、相変わらずぶっきらぼうで温かかった。もうやめたいかもしれないと、情けないのを承知で弱音を吐いた。

ふみさんはしばらく黙って聞いていた。それから静かに言った。「匠、豆腐はね、何度でも作り直せるんだよ。失敗したって、また大豆を煮るところからやり直せばいい。料理ってのは、きっとそういうもんだろう。あんたはまだ、大豆を煮始めたばかりじゃないか。」

その言葉に、俺はまた前を向くことができた。「何度でも作り直せる」という言葉は、それからの俺のお守りのような言葉になった。

そうして俺は少しずつ、一人前の料理人に近づいていった。ふみさんとは手紙のやり取りが続いた。修行の様子を書いて送ると、短い返事が来た。無理をするな。ちゃんと食べているか?書いてあるのはいつも、俺の体を気遣う言葉ばかりだった。年賀状には、いつも同じ一言が添えられていた。「ちゃんとご飯を食べていますか?」たったそれだけの言葉が、どれだけ俺を支えてくれたか分からない。

ところが修行を始めて5年ほど経った頃から、ふみさんの手紙がパタリと来なくなった。俺が出した手紙にも返事がない。心配になったけれど、その頃の俺はちょうど店を任される仕事も増えて、目の回るような忙しさだった。きっと店が忙しいのだろう。年を取って手紙を書くのがおっくうになったのだろう。そう自分に言い聞かせた。落ち着いたら必ず帰ろう。そう思いながらも、俺は目の前の仕事に追われ続けた。

やがて俺は修行先から独立して、東京の片隅に自分の小さな店を持った。カウンターだけの十席の和食屋。看板に掲げたのは、豆腐料理だった。ふみさんに教わった味と、姉が作ってくれた味。それが俺の料理の全ての原点だった。

店は少しずつ評判になっていった。雑誌の取材も来た。常連さんも増えた。どこの誰とも知らなかった施設の子が、自分の店を持つまでになった。

けれど一番見せたい人に、俺はまだその姿を見せられずにいた。ふみさんに会いに行かなければ。そう思うたびに、なぜか足がすくんだ。手紙の返事が来ないことが、ずっと心の奥に小さな棘のように刺さっていた。もし悪い知らせが待っていたら。そう考えると、帰るのが怖かったのだ。

それでも、ある朝。俺はようやく決心した。店が休みの日、ふみさんのためにいなり寿司を作った。あの日ふみさんが持たせてくれた、あの甘いいなり寿司だ。それを重箱に詰めて、9年ぶりに故郷へ向かう電車に乗った。今度は俺が、ふみさんに食べてもらう番だった。

ところが商店街に足を踏み入れて、俺は立ちすくんだ。記憶の中の活気のある通りは、もうどこにもなかった。半分以上の店がシャッターを下ろしている。そして、大島豆腐店のあった場所には、あの白い湯気を上げていた小さな店は跡形もなく消えていた。

代わりにそこにあったのは、色あせた不動産屋の看板だけだった。

「豆腐屋のばあさん、よくあんたの話をしてたよ。東京で料理人になった、自慢の子がいるってね。あんたから届いた手紙を、宝物みたいに大事に持っててなあ。」

ふみさんは、店を畳んで4年ほど前に、川の向こうの老人ホームに移ったのだという。体が言うことを聞かなくなって、一人で豆腐を作るのが無理になったのだと。

俺はおじさんに礼を言って、走り出した。重箱を抱えて、川向こうの老人ホームまでただひたすら走った。走りながら俺は祈っていた。間に合ってくれ。どうか、間に合ってくれ。姉を見送れなかったあの時のように、また大切な人に間に合わないなんて。そんなことには、もう耐えられなかった。

老人ホームで名前を告げると、職員さんがふみさんの部屋まで案内してくれた。窓辺の椅子に腰かけて、ふみさんは外をぼんやりと眺めていた。小さな、小さな背中だった。記憶の中のふみさんよりずっと小さく、ずっと年を取っていた。85歳になったのだと職員さんが教えてくれた。

「おばあちゃん。」

俺が声をかけると、ふみさんはゆっくりとこちらを振り向いた。かすんだ目が俺を捉えたけれど、すぐには誰だか分からないようだった。無理もない。最後に会ってから9年が経っている。俺はあの頃の少年ではなく、すっかり大人になっていた。

「ふみおばあちゃん、だよ。桐山匠。豆腐屋でお世話になった、匠だよ。」

その瞬間、ふみさんの目が大きく見開かれた。しわだらけの手が、わなわなと震えた。「匠、匠かい?本当に、匠なのかい?」

「うん、匠だよ。会いに来た。遅くなって、本当にごめん。」

ふみさんの目から、ポロポロと涙がこぼれ落ちた。俺はその小さな体をそっと抱きしめた。骨と皮ばかりの軽い体だった。それでもそのぬくもりは、あの日の豆腐屋の座敷と何一つ変わっていなかった。

「よく、来てくれたね。ばあちゃんは、もう一度あんたに会いたかったよ。」

俺たちはしばらく、手を取り合って泣いた。それから、9年分の話を少しずつかわした。「立派になったね。料理人になったんだってね。あんたの店が載った雑誌、見たよ。職員さんに頼んで、何度も読んでもらったんだ。」

「うん。豆腐料理の店なんだ。おばあちゃんに教わった豆腐が、俺の店の看板なんだよ。」

ふみさんはそれだけ言って、また目元を拭った。

一通りの話を終えた後、俺は持ってきた重箱を静かに開けた。「おばあちゃん、これ、いなり寿司。俺が作ったんだ。昔、東京に行く俺におばあちゃんが持たせてくれたやつ、覚えてる?」

ふみさんはそれをじっと見つめ、それから一つ手に取って口に運んだ。ゆっくりと噛みしめるように味わった。「はあ、おいしいよ。あんた、こんなに美味しいものを作れるようになったんだね。」しわだらけの頬を、涙が伝った。

そして、ふみさんはふと真剣な顔になっていった。「匠。ばあちゃんはね、あんたに渡さなきゃいけないものがあるんだよ。あの茶箱を、覚えているかい?あれをずっと、あんたに渡す日を待っていたんだ。」

ふみさんはベッド脇の引き出しから、見覚えのあるあの古い茶箱を取り出した。震える手で蓋を開けると、中に入っていたのは一通の古い手紙と、一枚の色あせた写真だった。

写真に映っていたのは、間違いなく姉と幼い俺だった。商店街の七夕飾りの前で、姉が俺を抱っこして、二人で笑っている。

「これ、どうして。おばあちゃんが、こんな写真を。」

「これはね、あんたのお姉さんが、しおりちゃんがばあちゃんに預けていったものなんだよ。」

ふみさんは、ゆっくりと語り始めた。15年もの間、ずっと胸の奥にしまってきた本当のことを。

しおりちゃんが入院する少し前のこと。あの子は一人で店に来て、こう言ったんだ。「おばさん、お願いがあります。」「私、もう長くないかもしれません。悪い病気が見つかったんです。」「私がいなくなったら、匠は一人ぼっちになってしまう。あの子はまだ12歳なんです。」「あの子はきっと、お腹を空かせて、この商店街を通ります。私とお豆腐を買いに来た、この道を。だからおばさん、もしあの子がここを通ってお腹を空かせたら、どうか温かいものを食べさせてやってくれませんか?あの子に、不自由な思いだけはさせたくないんです。」

しおりちゃんは深く頭を下げて、何度も何度もお願いした。私は約束したよ。「任せときな」ってね。そしたら、あの子はこう言ったんだ。

「私、匠にご飯を食べさせる時、いつもこう言ってたんです。『温かいうちに食べな』って。」

そう言って、しおりちゃんは初めて笑ったよ。

「だからばあちゃんは、あんたにその言葉をかけ続けてきた。しおりちゃんの代わりにね。あんたがお姉さんの言葉だと気づかないように。ただ近所のばあちゃんの口癖だと思ってくれるようにね。それが、しおりちゃんのもう一つのお願いだったんだよ。あの子に、施しを受けていると思わせたくない。ただ近所のおばあちゃんに可愛がられてるって、それだけでいいんですって。」

「あの子は、あんたの好きなもの全部教えてくれた。甘いものよりしょっぱいもの。豆腐は冷たいのより温かいのが好き。白和えが大好物だって。だからばあちゃんは、あんたの好きなものが何でも分かったんだよ。」

「本当はね、何度もあんたに言ってしまいたかったよ。あんたが自分は一人ぼっちだって、寂しそうな顔をするたびにね。違うんだよ。あんたには、こんなにあんたを思ってるお姉さんがいたんだよって、教えてあげたかった。でもそれは、しおりちゃんとの約束だからね。だからばあちゃんは、ずっと黙って豆腐を作ってきた。あの子の代わりに、あんたのお腹を膨らませてきたんだよ。」

俺は、もう言葉が出なかった。その日、雨に濡れて立つ俺にふみさんが差し出してくれた温かい豆腐。そしてあの優しい言葉。それは偶然なんかじゃなかった。姉だったのだ。姉が自分の命がもう尽きると知って、最後の力を振り絞って、俺のこれからをふみさんに託していた。

俺がふみさんの店で食べた温かいご飯の一つ一つ、かけてもらった優しい言葉の一つ一つ。その全部の向こうに、姉がいた。姉の愛が、ふみさんの手を通して、あの日からずっと俺に届き続けていたのだ。

俺はその場で泣き崩れた。声をあげて、わんわんと泣いた。姉ちゃん、姉ちゃん。心の中で何度も呼んだ。会いたいよ。一目でいいから、もう一度会いたいよ。ありがとうって、言いたいよ。

12歳のあの日から、俺はずっと姉に置いていかれたんだと思っていた。世界でたった一人、取り残されたのだと。違った。俺は一人ぼっちなんかじゃなかった。姉は形を変えて、ずっと俺のそばにいてくれたのだ。

あの白和えを食べたふみさんが「この味だ」と涙をこぼした理由も、店を出る俺に「しおりちゃんも喜んでるよ」と言った理由も、今、全部分かった。ふみさんは15年もの間、たった一人で姉との約束を守り抜いてくれていたのだ。

ふみさんは、泣きじゃくる俺の背中を、あの日と同じようにゆっくりとさすってくれた。

「これはね、しおりちゃんがあんたに宛てて書いた手紙だよ。匠が大きくなって、私のことを笑って思い出せるようになったら渡してくださいって、預かったものさ。もう、渡してもいい頃だね。」

俺は震える手で、その手紙を開いた。15年前の姉の文字が、そこにあった。

「これを読んでいるということは、あんたはちゃんと大きくなれたんだね。良かった。本当に良かった。姉ちゃんはあんたを残していくことだけが、心残りでした。ごめんね。もっとそばにいてあげたかった。あんたの成人式も、お嫁さんも、見たかったな。でも姉ちゃんは知ってるよ。あんたは強い子だから、きっとちゃんと幸せになれる。ご飯をちゃんと食べなさい。お腹が膨れていれば、大抵のことはなんとかなるから。あんたを助けてくれた人に、ありがとうを言うんだよ。姉ちゃんは、いつでもあんたのそばにいます。」

俺は姉の手紙を何度も何度も読み返した。涙で文字が滲んで見えなくなった。「あんたを助けてくれた人にありがとうを言うんだよ」という姉の一言が、胸に刺さった。

俺は顔を上げて、目の前のふみさんを見た。姉の言う「助けてくれた人」は、他でもないこの人だった。俺はふみさんの両手を握って、ありったけの思いを込めていった。

「ふみおばあちゃん。本当に、本当にありがとう。あなたがいてくれたから、俺は生きてこられました。」

ふみさんはただ首を横に振って、俺の手を握り返してくれた。その手はあの頃よりずっと小さく、しわだらけになっていた。けれどそのぬくもりは、あの日雨に濡れた俺に温かい豆腐を差し出してくれた時と、何一つ変わっていなかった。

その日から、俺の生き方は変わった。もう二度と、大切な人を一人にはしたくなかった。東京に戻った俺はすぐに動き出し、役所や施設に頭を下げて、ふみさんを俺の店の近くの施設に移す手続きを進めた。数ヶ月後、ふみさんは俺の店から歩いて10分ほどの施設に移ってきた。

店の定休日には必ず会いに行った。車椅子を押して近くの公園を散歩した。春には桜を、秋には紅葉を一緒に眺めた。そして、店から持っていった温かい料理をふみさんに食べてもらうのが、俺の何よりの楽しみになった。

ふみさんは会いに行く度に、姉の話を聞かせてくれた。それは俺の知らない姉の姿だった。豆腐を選ぶ時、いつも真剣な顔で一番形のいいものを選んだこと。俺のために「おまけ」の揚げだし豆腐をもらうのを、本当はちょっと申し訳なさそうにしていたこと。「弟が世界で一番可愛いんです」と、よく笑っていたこと。

「姉ちゃん、そんなこと言ってたんだ。」

「ああ。あんたのことになると、もう目尻が下がりっぱなしでね。本当に、いいお姉さんだったよ。」

ある日、俺はふみさんのために湯豆腐を作った。俺の店で一番の自信作だ。ふみさんに教わった豆腐作りの全てを注ぎ込んだ一品だった。白い湯気の立つ器を、俺はふみさんの前にそっと置いて言った。

「おばあちゃん、温かいうちに食べな。」

それは姉が俺に、そしてふみさんが俺に、何度も何度もかけてくれたあの言葉だった。今度は俺が言う番だった。

ふみさんはしわだらけの顔で俺を見た。それからくしゃくしゃの笑顔になって、何度も頷いた。「ああ、いただくよ。ありがとう、匠。」湯豆腐を一口食べて、ふみさんは「美味しい」と子供のように笑った。

「おばあちゃん、これからは俺がおばあちゃんの家族だから。もうどこにも行かない。ずっとそばにいるから。」

ふみさんはしばらく俺の顔を見ていた。それからうるんだ目で、静かに言った。「贅沢なおばあさんだね、私は。これでしおりちゃんに、いいご報告ができるよ。」

「まだだよ、おばあちゃん。報告はまだまだ先。これから、いっぱい美味しいもの食べてもらうんだから。」

「そうだね。じゃあ、もう少し欲張って生きてみようかね。」

そう言って笑うふみさんの手を、俺は両手でそっと包んだ。あの日、泣きじゃくる俺の背中をさすってくれた、あの温かい手だった。

それから2年の月日が流れた。ふみさんは東京での穏やかな日々を静かに過ごした。俺の店の常連さんたちとも顔なじみになり、「匠の東京のおばあちゃん」として、みんなに可愛がられた。以前よりもずっと、よく笑うようになった。会いに行く度に「来てくれたのかい」と、嬉しそうに目を細めた。

ある日、ふみさんがぽつりと言ったことがある。「匠。私はね、子供がいなかったろう。だからずっと、自分には家族なんてものは縁がないと思って生きてきた。でも、最後の最後にあんたっていう、こんな立派な家族ができた。長生きはするもんだね。」その言葉を聞いて、俺はまた泣きそうになった。家族がいないと思っていたのは、俺だけじゃなかった。俺とふみさんは、お互いにかけていた家族になれたのだ。

そして、去年の冬。ふみさんは眠るように、静かに息を引き取った。85歳だった。最後の時、俺はちゃんとその手を握っていた。姉の時には、できなかったことだった。ふみさんは最後に、小さな声でこう言った。「美味しいものを、たくさんありがとうね。私は、幸せなばあさんだったよ。」

「こちらこそ、ありがとう。おばあちゃん、ありがとう。」

俺は何度も何度も礼を言った。涙が止まらなかったけれど、それは姉を見送ったあの時のような、ただ寒いだけの涙ではなかった。ふみさんは最後まで温かい場所で、笑って旅立っていった。それが俺には何よりの救いだった。間に合ったのだ。今度こそ俺は、大切な人の手を最後まで離さずにいられた。

葬儀には、あの乾物屋のおじさんを始め、商店街の人たちも大勢駆けつけてくれた。みんな、ふみさんの豆腐に長年世話になった人たちだ。「いい人生だったよ、ふみさんは。」誰かがそう言って、目を赤くしていた。

ふみさんの遺骨は、ご主人が眠る故郷のお墓に納めた。そして俺は、家の小さな仏壇にあの色あせた写真を飾った。七夕飾りの前で笑う、姉と幼い俺の写真だ。その隣に、ふみさんの写真も並べた。血は繋がっていないけれど、確かな俺の大切な家族が、そこでいつも笑っている。

俺の店は、今日も変わらず営業している。品書きの中ほどに、俺は一つ料理を加えた。姉の白和えという名前の、小さな一品だ。姉がよく作ってくれた、あの味。注文してくれたお客さんが「なんだかほっとする味だね」と言ってくれるたびに、俺は心の中で姉とふみさんに礼を言う。あの白和えは、今では店の一番の人気だ。

俺はもう、自分のことを天涯孤独だとは思わない。血が繋がっていなくても、家族はできる。姉が残してくれた縁が、ふみさんというもう一人の家族を、俺に授けてくれた。

人は温かいご飯と、たった一言の優しさで、こんなに救われるものだと、俺は身を持って知っている。豆腐は手をかけた分だけ、ちゃんと美味しくなる。人の縁も、きっと同じなのだと思う。だから俺は今日も、心を込めて出汁を引く。それが、姉とふみさんが俺にしてくれたことへの、せめてもの恩返しのつもりだ。

毎朝、俺は二人の写真に手を合わせる。「行ってきます」と。

姉ちゃん、ふみおばあちゃん、温かいご飯を、本当にありがとう。俺はもう、一人じゃないよ。

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