「キャンセル料を払えって言うなら、考えがあるわ。この店を父に頼んで襲撃してもらおうかしら?」
ママ友ののり子さんは、勝ち誇ったようにそう言った。
発端は、のり子さんが祖父の経営する寿司店の予約をドタキャンしたこと。私はただ、当然のキャンセル料を請求しただけなのに、のり子さんは支払いを拒否した挙げ句、ヤクザの名前を使って脅してきたのだ。
私は驚きと呆れが入り混じった気持ちでのり子さんを見た。今までだって、こうやって周囲を脅してきたに違いない。
だが、この直後、好き放題やってきたのり子さんに、思いもよらない運命が待ち受けていた。
祖父の店は、高級寿司店だ。私は幼い子どもを育てながら、そこでパートとして働いている。
ある日、祖父が困った顔をしていた。
「どうしたの、おじいちゃん?」
「実は予約をしていた森川さんがまだ来ていないんだ。電話をしても出ないし……」
森川さんとは、のり子さんのことだ。隣の家に住むママ友で、気まぐれで子供っぽい性格に、いつもうんざりさせられていた。
そもそも、のり子さんがこの店に予約をしたいと言い出したのだ。
「私、一度高いお寿司を食べてみたかったの。予約を入れてくれない?」
「今は店が忙しい時期なの。それに、店はかなり値段が高いから、気軽に来られるお店じゃないわよ」
「そう言われると、余計に行きたくなるわね。予約してくれないと、もうあなたの息子さんとは遊ばせてあげないし、ご近所さんにあなたの悪口を言いふらすから」
子供じみた脅しに呆れながらも、私は祖父に頼んでみた。店が忙しいのは本当で、急な予約は大変だったろう。それでも祖父は、のり子さんの子どもが仲間外れにされたら可哀想だと、快く予約を引き受けてくれた。
約束の時刻を過ぎても現れないのり子さんの家を訪ね、インターホンを鳴らすが返事はない。スマホで連絡すると、のり子さんは悪びれもせず言った。
「あら、恵さん。ごめん、ごめん。行くつもりだったのよ。でもね、なかなか予約できないイタリアンのお店がやっと取れて、日程が被っちゃったの。もう、そっちに行くしかないと思って」
「他の店にいるってこと?来られなくなるなら、事前に連絡しなさいよ。こっちは料理も準備して待ってたのよ」
「ママ友同士なんだから、察してキャンセルくらいするのが普通でしょ。それに、あの有名店に行ったって他のママたちに自慢できるじゃない。恵さんの店は、頼めば予約してもらえるんでしょう?優先順位はイタリアンでしょ」
もう、こんな人に二度と予約は入れない。私はキャンセル料を請求した。
「食事代二人分で、百万になるけど?」
「百万?そんな金額になるわけないでしょ」
「これがうちの店の通常料金よ。事前に高いって説明したでしょ。それに、のり子さんは高級な寿司ネタばかり注文していたから、その分高くなるの」
「ママ友なんだから、おまけしてよ。そんな意地悪を言うと、子供を遊ばせないし、悪口を言いふらすからね」
「どうぞ、ご自由に。キャンセル料を踏み倒すつもりなら、こちらも弁護士に相談しますから」
のり子さんは「明日、店に行くから」と一方的に電話を切った。
翌日、のり子さんは息を荒げて店に乗り込んできた。
「ちょっと、恵さん。夫と話したけど、どう考えても百万はぼったくりよ。こんな高級店が悪徳店だとは思わなかったわ。絶対に払わないからね」
「予約する時に何度も説明したでしょ。うちは値段が高いって。予約した日だって、板前さんが早くから市場で仕入れた上等な品だったのよ。この値段になるのは当然なの」
「でもママ友でしょ。百万は無理だから、負けてよ」
「ママ友だからって、何でも許されると思わないで。払う気がないなら、帰ってください。他のお客様の迷惑になるから」
「偉そうにしないで。これ以上生意気な口を聞くと、怖いわよ。なんせ、私の父は暗黒組の組長なんだから。この店を父に頼んで襲撃してもらってもいいんだからね」
のり子さんの父親がヤクザの組長だと聞き、私は驚いた。同時に、少し納得もした。普段から偉そうに振る舞うのり子さんに、近所の人たちが強く言えないのを不思議に思っていたからだ。
だが、脅されて諦めるわけにはいかない。どうしたものかと考えていると、祖父が話に割って入った。
「ちょっといいかい?お嬢さんは暗黒組の組長さんの娘だと言っったね。暗黒組は、お嬢さんが組の名前を使うのを了承しているのかい?ヤクザの世界では、名を使うというのは重要な意味があるんだよ」
「何を言ってるの?当然でしょ。私の父は暗黒組の組長で、ゆくゆくは親分になる人なの。私の言葉は、組長の言葉と同然に決まっているじゃない」
「そうか。だが、それは組長の意見であって、親分の意向ではないってことだね。なら、今の暗黒組を束ねる親分さんの話も聞いてみようか」
「何言ってるの?暗黒組の親分が、こんなところに来るわけないでしょ」
「いや、暗黒組の親分さんは、この店を贔屓にしてくれているんだよ。今日も予約が入っていて、もうすぐ来るところなんだ」
のり子さんが嘲笑うように言ったその時、黒塗りの高級車が店の前に止まり、中から暗黒組の親分が姿を現した。祖父の言う通り、親分はこの店をよく会合などに使ってくれる常連なのだ。
「ああ、久しぶりだな。どうした?店の中が随分と騒がしいが、揉め事でもあったのか」
祖父は、のり子さんがドタキャンしたこと、料金を支払わないこと、そして暗黒組の名を使って店を潰すと脅したことを親分に説明した。
すると親分は、驚いたようにのり子さんを見た。
「なんだって?暗黒組を名乗った上、この店を潰すだと?おい、お前、本当に組長の娘なのか?」
「はい。親分、いつもお世話になってます。聞いてくださいよ。ひどいんですよ。ママ友同士なのに全然話が通じなくて、弁護士に相談するとか言うんです」
「馴れ馴れしく口を利くな。俺は、お前みたいな女は知らん」
親分は声を上げると、後ろに控えていた男を呼びつけた。どうやら、それがのり子さんの父親らしい。
「おい、山口。こいつは一体どういうことだ?説明しろ」
「あ、パパ!もう聞いてよ、パパ!恵さんったらひどいのよ。予約をキャンセルしたら、キャンセル料二人分で百万だって言うのよ。ぼったくりでしょ、悪徳商売よ!」
「なんだと?いくら何でも百万は高すぎる。確かに、ぼったくりだな。親分、この店は少し値段が高すぎますよ」
のり子さんの父親は、どうやら娘に甘いらしい。だが、その言葉を聞いた親分は、のり子さんの父親を怒鳴りつけた。
「おい、山口。俺がどうしていつもこの店を会合に使っているか、知らねえのか?お前、一体何年組長を務めてるんだ?」
「確かに親分はこの店を贔屓にしてますが、何か理由があったんですか?」
周囲にいる部下たちがざわつき始める。本当に知らないのか、といった様子だ。
親分は呆れたようにため息をついた。
「この店はな、俺がまだヤクザの世界に入る前、行く当てもなく、路頭に彷徨れいていた頃に、腹を減らして今にも倒れそうになっていた俺を助けてくれた店なんだよ。店の主人は、俺を見つけると店に入れてくれて、温かい飯を作って振る舞ってくれたのさ。その後も、何も聞かずに何度も食事を恵んでくれた。そのおかげで、俺は生きる気力を取り戻すことができたんだ。つまり、この店の主人は、俺にとって命の恩人同然なんだよ」
祖父は、照れ臭そうに頭を下げた。私がパートを始める前から親分はこの店の常連だったが、まさかそんな理由があったとは思いもしなかった。
「いいか、山口。俺にとってこの店は、深い恩のある大事な店なんだ。お前もヤクザなら、恩義くらい分かってるだろう。なのにお前の娘と来たら、恩人の店で騒ぎを起こした上、悪気はなかったなんてよく言ったもんだ。実は今日の会合では、お前とお前の娘について話し合うつもりだったんだが、どうやらその必要もなさそうだな。こんな娘を持つお前に、組長なんてやらせられねえ。いいか、山口。お前は、今限りで破門だ。二度と組の名前を語るんじゃねえぞ」
「え、破門ですか?そんな急に!今まで組のために尽くしてきたじゃないですか!」
「待ってよ、パパ。パパが組長じゃなくなるの?組長じゃないパパなんて、ただの無能なジジイじゃない?私はまだパパの介護なんてしたくないわ」
「お前、実の親に何て言い草だ!」
のり子さんの父親は激怒し、店内で言い争いが始まる。その様子に呆れた親分が話に割って入った。
「うるさい。お前ら、まだこの店に迷惑をかけるつもりか?いいか、山口。俺が今日の会合でお前の処遇を決めるつもりだと言った理由は、お前の娘だ。のり子が、部下の間で噂になってるんだよ。組の事務所に勝手に入って金庫の金に手をつけたり、やたらと組の名前を出して近所を脅している女がいるってな。それがどうやら、お前の娘らしいんだ。組長の身内を名乗り、随分と金を巻き上げてるらしいぜ。俺はお前がそんなことをするやつじゃないと思っていたが、お前の娘を見る限り、犯人はもう決まったようなもんだろ。ほら、お前の娘を見てみろ。服も靴も、みんなブランド品じゃねえか。お前の娘は、そんなに稼ぎのいい旦那を捕まえたってのか?」
「いえ、娘の夫は至って普通の会社員のはずですが……」
「何よ。悪い?このブランドのバッグも靴も、確かに組のお金で買ったものよ。でも暗黒組はパパの組なんだから、娘の私が好きにしたって良いでしょ。お金だって、パパがヤクザの組長だって言ったらママ友が勝手に貸してくれただけよ。別に脅して出させたわけじゃないわ」
「のり子、お前、そんなことしてたのか?それは脅して金を巻き上げてるって言うんだよ!うちの組は、一般市民に手を出すのは御法度なんだぞ。それに、金を好きにしろなんて、お前に言ったことはない」
「お前の娘は、中身のない女だな。山口、分かっただろ。お前は破門だ。娘を制御できなかったんだから、仕方ないだろう」
のり子さんの父親は、全てを受け入れたように、その場でがっくりと膝をついた。
「ちょっとパパ、パパが組長じゃなくなったら困るんだけど。稼ぎのない人を養う余裕は、うちにはないから」
「おい!人みたいに言ってんじゃねえぞ。お前は組の金をちょろまかし、組の名前を散々語って、組の名を汚しやがったんだ。その分の損害賠償ってのを払ってもらおうか。そうだな。締めて、一億円ってのはどうだ?」
「え、ちょっと待ってよ。私は一般人だから、そんなの支払う必要ないわよね。暗黒組は一般人に手を出さない組なんでしょ?」
「お前の場合は別だ。散々ヤクザの名前を使っておいて、都合が悪くなると一般人のふりをするんじゃねえ。この、コウモリ女が。まあ、お前が払いたくないってなら、別にいいさ。こっちにも考えがある。ヤクザ流の、けじめをつけてもらうだけだからな」
「ちょっと、嫌よ!大体、私は盗んでないわよ。組のお金だって、ちょっと借りるだけだし。ママ友だって、勝手にお金を差し出してくれたんだもの。脅してるとか盗んだとか、いちいち言い方が大げさなのよ。私を悪者にしようって言うんでしょ。やっぱり、ヤクザって卑怯なのね」
のり子さんは、頬を膨らませて文句を言う。彼女の呆れた言動に、祖父がついにのり子さんの頬を殴りつけた。
「いい加減にしないか。さっきから黙って聞いていれば、自分は悪くない、相手が悪いと、何でも人のせいにしてばかり。全く、反省の色が見られないじゃないか。いいかい。君は子供の親なんだろう。子供というのは、親の背中を見て育つものなんだ。親がそんな自分勝手な振る舞いを当然のようにしていては、子供が常識を身につけず、善悪の区別さえ分からなくなってしまうよ。そうなったら困るのは、君の子供なんんだ。もっと、社会人としての常識というものを身につけなさい」
「何よ!女の顔を殴るなんて!ひどい!」
「ああ、確かに私はひどいことをしたよ。だけど、君はそれほど失礼な振る舞いをしてきたんだ。それを自覚しないとダメだよ。いいかい?まずは、うちの店のキャンセル料をちゃんと支払う誠意を見せなさい。それから、暗黒組に迷惑をかけたことを、きちんと詫びるんだ。自分の非を認め、罪を償い、子供に恥ずかしくない親にならないとダメだよ」
「で、でも、百万なんて払えないもの。そうだ、夫に頼んでみるわ。夫だって、店の予約に賛成してたんだし、支払う義務があるはずだもの」
のり子さんは夫に電話をした。
「どうした?のり子、こんな時間に会社に電話するなと言ってるだろ」
「あなた、大変なの!私、キャンセル料が百万で、パパが組長を破門されて、慰謝料が一億なの!」
「落ち着いてくれ。お前はいつも話にまとまりがないんだよ。一体、何があったんだ?」
のり子さんは、それまでの出来事を全て夫に話した。私だったら、とても正直にそんなことは言えないと思うが、のり子さんは全く自分が悪いと思っていないから、全て言えるのだろう。
夫は驚いてしばらく絶句した様子だったが、すぐにのり子さんを怒鳴りつけた。
「お前、そんなことをしていたのか?以前からお前の非常識な振る舞いでご近所さんに迷惑をかけていると思っていたし、それで俺は何度も頭を下げてきたが、まさかそこまでひどいことをしていたとはな。のり子、悪いが、お前とはもうやっていけない。離婚してくれ」
「え、なんで?どうして?」
「そうやって、何が悪いのか全く分かってないのが一番悪いんだよ。一億の支払いも、百万のキャンセル料も、お前がしっかり支払うんだ。いいか?俺はお前のしでかした悪事と、一切関係ないからな」
「待って、嫌よ!離婚するなら、慰謝料と養育費を全部払って!」
「あのな、慰謝料ってのは、悪いことをした方が払うんだぞ。ヤクザの金を盗んで、ご近所さんを脅して金を巻き上げるなんて、犯罪じゃないか。普通は、お前が慰謝料を払う側なんだよ。悪いが、養育費も支払わないぞ。子供の親権は、俺が取るつもりだからな。お前みたいに借金まみれになる女に、子供は育てられないだろ。心配するな。お前に養育費を請求するつもりはない。その代わり、子供に合わせるつもりもない。二度と、俺たちに関わらないでくれ」
のり子さんの夫は、そう告げて電話を切った。
のり子さんは、認められないといった様子で、通話が終わったスマホに声を上げていた。
「そ、そんなの絶対に嫌よ!なんとしても、慰謝料と養育費を払ってもらうんだから!」
すると、親分が口を開いた。
「まあ、そんな顔をするな。良かったら、俺が店のキャンセル料を肩代わりしてやろうか。百万は、俺が支払おう。これ以上、この店に迷惑はかけたくないしな」
「本当ですか?親分、懐が深いです!」
のり子さんの顔が、パッと明るくなった。自分が支払いをしなくていいと分かった喜びしか見られない。
「よし。支払いは肩代わりする。だが、キャンセルの支払いは、当然、利子をつけて返してもらうぞ。俺の顔に泥を塗った慰謝料と賠償金も合わせて、締めて二億だ」
「二億ですって!?ちょっと待ってよ、さっきの倍じゃない!」
「当然だろ。こっちは悪徳なヤクザだからな。お前、この店を散々、ぼったくりだ、悪徳商売だって悪口を言ってたが、俺が本物の悪徳ってやつを教えてやるよ。さて、どうせお前なんざ、働いたこともないんだろ?心配するな。仕事はうちで紹介してやる。最近は熟女ブームってのもあるからな。うちで経営する熟女専門の店で働いてもらうとするか。お前でも、体を張って稼げば、二億なんてチャラに払えるかもしれないぞ」
「いやよ!そんな汚い仕事、絶対に嫌!」
「分かってねえな。お前には、もう選択権なんてねえんだよ。さて、早速店に案内しようか。おい、こいつを連れて行け」
泣き叫ぶのり子さんを、部下たちはしっかりと腕を掴んで連れ去っていく。店を出たかと思うと、その瞬間、外が騒がしくなった。
驚いて外を見ると、部下たちがのり子さんの髪を掴み、引きずり倒していた。どうやらのり子さんは、よほど組員たちから恨まれていたらしい。その制裁を受けているようだ。
「おい、お前ら。やるなら、もっと遠くでやれ。ここでは店の迷惑になるからな」
親分に言われ、部下たちはのり子さんを黒塗りの高級車に乗せて、連れ去っていった。
「のり子さん、これからどうなるんですか?」
「何?恵ちゃんは、知らない方がいいさ。どうせ、一生関わることもないしな。さて、遅くなっちまったが、そろそろ食事にしようか」
店に入っていく祖父と親分の姿を見て、私は自然と頭を下げた。二人の絆と思いやりが、この店の心となって、今まで続いているのだ。それを思うと、私も自然と身が引き締まる。
同時に、連れ去られたのり子さんのことを思い出し、今日も家族が仲良く、平和に過ごせることの大切さを、改めて思い知るのだった。



