あの日、銀行の窓口で後悔するとは思わなかった。入金に来ただけなのに、窓口の女性――同じ幼稚園のママ友が「なんで貧乏人が窓口に来るの?」と見下すように言ってきた。夫が働く会社の上司のつてで来ただけなのに、地味な服のせいで貧乏人扱いされた。我慢の限界で、私はスマホを取り出し、本店に電話をかけた。「うちの会社の300億の法人口座を解約します」その言葉に、彼女は大笑いした。「おばさん、金持ちのふりし…

あの日、銀行の窓口で後悔するとは思わなかった。入金に来ただけなのに、窓口の女性――同じ幼稚園のママ友が「なんで貧乏人が窓口に来るの?」と見下すように言ってきた。夫が働く会社の上司のつてで来ただけなのに、地味な服のせいで貧乏人扱いされた。我慢の限界で、私はスマホを取り出し、本店に電話をかけた。「うちの会社の300億の法人口座を解約します」その言葉に、彼女は大笑いした。「おばさん、金持ちのふりし...

窓口にいたのは、ママ友の田辺さ子さんだった。娘が同じ幼稚園に通っているけれど、正直あまり仲良くしたい相手ではない。彼女は高級志向で、いつも何かにつけて私を下に見ていたからだ。

「あら、瞳さんじゃない。どうしたの?」
「ちょっと入金をお願いしたくて」
「入金?機械でやったほうが早いわよ。入り口の横にあるでしょ。機械でなら誰の手も煩わせずに済むから、勝手にやってよ」

ニヤニヤ笑いながら言うさ子さんに、私は嫌な気持ちになりながらも「機械は信じられないから窓口でお願いします」と伝えた。

「機械が信じられないですって?今時そんなの、おばさんじゃない?」

おばさん。私とさ子さんは、それほど年が違うわけでもないのに。仕事中にこんなことを言われるなんて、あまりに失礼すぎる。

「あのさ、どうせ少額でしょ。わざわざ窓口でやらないでよ。そういうの面倒なのよね」
「そんなこと言わないで、それがあなたの仕事でしょ?」
「はあ。確かに仕事だけど、瞳さんみたいなおばさんのために窓口にいるわけじゃないのよ。どうせ貧乏なんだから、大した額じゃないんでしょ?そういうの本当に手間だから」

以前から彼女が私を下に見ていることは感じていた。しかし、ここまで露骨に暴言を吐かれるとは思ってもみなかった。

それでも何とか用事を済まそうと、入金伝票に必要事項を書いて窓口に持っていくと、さ子さんは大げさなため息をついた。

「はあ。やっぱりね。何よ、1万円って。だから貧乏人の入金は嫌なのよ。せめて10万くらいは入金しなさいよ。そのくらいの金額も入れられないのに、銀行を使う意味ある?ないわよね」

「1万円でもお金はお金でしょ。銀行なんだから、客が入れたい金額を入金するのが普通でしょ」
「あのね、こういう面倒な金額を入れたがるのって、どう考えても貧乏人の思考よ。無駄なことこの上ないわ」

「あなた、さっきから人のことを貧乏人だと馬鹿にしているようだけど、失礼だとは思わないの?」
「思うわけないでしょ。間違いなく貧乏人だし。大体、銀行にそんな地味な服で来ちゃうとか、自分は超貧乏人ですって宣伝してるようなものよ」

「仕事のついでに来たから、シンプルな服を着ているだけよ。もしかしたら私、ものすごいお金持ちかもしれないわよ」
「ふざけるのも大概にしてよ。金持ちがそんな超地味な服で来るはずないでしょ。ありえないわ」

そう言って、さ子さんは私の仕事を勝手に決めつけ始めた。どうせ小さな会社の事務員だろう、弁護士や医者ならスーツを着ているはずだ、と。

「丁寧な対応を求めてるなら、大金を預けることね。貧乏人のおばさんにVIP対応してどうするのよ」

もう我慢の限界だった。

「少し、いい加減にしてもらえませんか?あなた、本当に態度が悪いわね。こんなに態度の悪い銀行員は初めてです」
「私の態度が悪くなるのは、あんたのような勘違いした貧乏人が来るからに決まってるでしょう。こっちはたくさんのちゃんとした客を毎日さばいてるんだから、貧乏人にまで丁寧な対応なんてやってられないわよ」

「最低ね」
私がそう言うと、さ子さんは聞こえよがしに大きな声で嫌味を言い出した。

「ああ、本当に嫌になっちゃう。1万円をわざわざ窓口で入金するとか、ありえないでしょ?こんな仕事本当にうんざり。なんで貧乏人に頭を下げないといけないのかしらね。どうせ少額でしょうに、銀行なんかに来るんじゃないわよ」

周りの行員たちは皆、俯いてしまっている。彼女の言動が耳に届いていないはずがないのに、誰も注意しようとしない。

「ほら、おばさん入金完了。次は機械でできるように、しっかり機械の使い方を覚えなさいよ。終わったんならそこどいて、さっさと帰ったら?」

「いい加減にして!」

とうとう私の怒りが爆発した。あまりの大声に、周りの行員も驚いてこちらを見るほどだった。

「何よ、おばさん頭おかしいんじゃないの?わざわざおばさんのために時間を作ってあげたのに、どうなるとかわけわかんない。そんなに気に入らないなら、貧乏人のくせに本店なんかに来るんじゃないわよ」

「そう。分かった。もういいわ」

私はそう言うと、スマホを取り出し、いつも行く支店に電話をかけた。

「支店長を出してくれる?ああ、支店長、神田です。うちの会社の300億の法人口座を解約します。ええ、今すぐに。すぐ解約の手続きを始めてください」

私はそう言って電話を切った。目の前で、さ子さんが目を丸くしている。これで私がお金持ちであると分かっただろう。そう思っていたのだが、なんと彼女は突然笑い出したのだ。

「おばさん、何金持ちのふりしてんのよ。いくら何でも法人口座に300億って、夢見過ぎじゃない?それで私が驚くとか思ったの?ないない。やっぱり貧乏人が考えることって、その程度よね。どうせ自分の旦那とかに電話して人芝居打っただけでしょ」

さ子さんがゲラゲラと笑い転げているところに、予想していた通り、奥から店長が走ってきた。

「こちら、神田様でいらっしゃいますか?このたびは何かご不快な思いをさせてしまったようで、申し訳ございません。私はこの本店の店長の祝いと申します。たった今、支店の方から神田様の法人口座の解約手続きの連絡を受けまして、これは是非ご挨拶をさせていただかねばと思い、馳せ参じました」

「そう。でも遅かったわね。私はもう解約するって決めたから」
「どうかあの奥でちょっとお話をさせていただけませんでしょうか?きっと何か勘違いがあったのではないかと思いますし」
「いえ、勘違いなんてありません」

そこへ、さ子さんが口を挟んだ。

「店長、なんでこんなおばさんに頭を下げるんです?相手は貧乏人なのに。貧乏人にそんなへこへこしても何も出ませんってば」
「いや、田辺君、それは失礼だからね」
「何が失礼なんです?貧乏人に時間を使うなんてもったいないし、意味のないことでしょ」

なぜか店長はさ子さんを怒鳴ることも注意することもしない。それどころか、店長の方が押され気味だ。

「あの、申し訳ございません。どうか奥にお越しいただいて、お話だけでもさせていただけませんでしょうか」
「そんなことをしても、何も変わりません」
「そこをなんとか」

店長はすがりつくような目をして、私に頭を下げながら両手を揉みしめている。あまりに必死な様子に、私は話だけなら、と奥へと足を向けることにした。

案内されたのは個室の応接室で、事務が高そうなケーキと紅茶が用意されていた。私は進められるがままソファーに座ったが、一切手はつけなかった。

「神田様、窓口で何かございましたでしょうか?」
「構いませんよ。問題は彼女ですけれど」
「田辺君ですか?」
「そうです。もともと支店に行くところを、今日は近くで仕事をしていたのでちょっと入金してもらおうと思って来たんです。ところが、あまりにも彼女の態度が悪すぎて。貧乏人と馬鹿にされた上、たった1万円の入金じゃ窓口では手間がかかるから扱いにくいとのことなので」

「そ、そんなことが」

店長は信じられないといった表情を浮かべた。

「それに、彼女が窓口であれだけの暴言を吐いているのに、どうして他の行員は誰も何も言わないんですか?あれは暴言ですよ。ありえないくらいにひどい暴言でした」
「だ、例えばどんな……」
「私の口からは言いたくありません。彼女の隣に座っていた人にでも聞けばいいんじゃないですか?あそこにいた人はみんな聞こえていたはずですから」

「神田様、本当に申し訳ございません。お詫び申し上げます」

店長は私に向かって、九十九折にする勢いで頭を下げた。

「あなたに頭を下げられても困ります。これがこの銀行の教育方針なら、私が何か言うのもおかしいことでしょうし」
「彼女には今後このようなことがないよう、よく言って聞かせます」
「いいえ、結構です」

店長が必死に頭を下げ、冷や汗を拭っているそばで、本人は涼しい顔をしている。自分が原因でこんな事態になっていることが、理解できていないらしい。

「店長、なんでそんなにペコペコ頭を下げるんです?さっきも聞いたけど、このおばさんが何なわけ?」
「おい、田辺君!」
「そうでしょ?この人が貧乏人なのは見れば分かるのに。なんでそんなに小さくなる必要があるのよ。ここは本店なんだから」
「本店だろうと何だろうと、相手はお客様ですよ。それに、この方は有名アパレル店の社長さんで、うちの大得意様です」
「バカなこと言わないでよ。こんな地味なおばさんが、どうして有名アパレル店の社長なのよ。そんなことあるわけないでしょ」
「バカなことを言ってるのは君の方だ。謝るんだ。とにかく謝って、300億の取引をこのままにしてもらわないと、我が銀行がどうなるか」
「どうにもならないから、300億なんて嘘よ」
「嘘なわけないだろう!」

とうとう店長も我慢の限界が来たらしい。ところが大声を出した途端、はっとして口を閉ざしてしまった。しかも、さ子さんの顔色を伺っているような気がする。

「あ、あの、神田様。彼女は新人なもので、物事がよく分かっておりませんで……」

店長はしどろもどろに言い訳を始めた。

「新人だったら、物事が分かっていなくてもいいの?」
「い、いえ、決してそんなことは……」

私はさ子さんに話を向けた。

「さ子さん。あなた、新人なの?」
「まあね。でも、新人とかって関係ないわよ。なんせ私はこの銀行の頭取の孫だもの」
「頭取の孫?」
「ええ、そうよ。頭取の孫だから、私がすることが正義なわけ」

なるほど。頭取の孫だから、さ子さんはあんな態度を取れる。そして今まで何をしても許されてきた。そういうことか。

「それで、頭取の孫だから同僚や上司もみんな見てみぬふりをするのね?」
「ええ、おかげさまで」

やっと店長の態度と、さ子さんが平然としている理由が分かった。その馬鹿らしさに、私はため息をついた。

「これじゃあ、まともな人が育つはずがないですね」
「お恥ずかしい限りですが、おっしゃる通りでございます」
「うるさいわね。何を偉そうに言ってるのよ。頭取の孫が銀行で一番偉いのは言うまでもないでしょ。だからみんな私に何も言わないの。それのどこに問題があるっていうのよ。それとも、妬んだりするの?」
「気にはならないわ。仮に妬む気持ちが生まれたとしてもね」
「なんですって!」
「つまり、頭取の孫なら何をしてもいいと思ってるってことでしょ」
「当たり前じゃない。私以上に大きなコネを持ってる人なんていないんだから」
「コネって言ってみれば、結局はただの後ろ盾でしょ。それがなければ、単なる無能ということでしょ」
「何よ!コネも才能の1つなんだから!」

「申し訳ございません。大変失礼いたしました。今後はしっかり教育いたしますので、どうか今回だけは見逃してください。お願いします」

店長は米つきバッタのように頭を下げ続けている。

「いいえ、店長さん。これは物事が分かっていないというレベルではありません。失礼にもほどがありますよ。それに『見逃す』って何ですか?こっちは不愉快で仕方がないんです。散々嫌な思いをしたのに、新人だから見逃せって言うんですか?」
「おっしゃる通りです。田辺君、神田様に謝罪するんです。謝罪してください」
「なんで私が謝らないといけないのよ。そんなに謝りたいなら、店長が謝ればいいでしょ。私には関係ないわ。私は間違ってないんだから」

さ子さんの言い草を聞いて、店長の顔には絶望感が広がっていた。

「そういうことだから、300億は解約してください。支店まで行かなくても、ここで解約できますよね?」
「ああ、それはそうなんですが……今一度お考え直しいただけませんか?さすがに300億全部というのは……」
「それはそこの彼女に行ってください。私はこのまま預けていようと思っていたんですから。その気持ちを返させたのは、彼女の態度です。そして、あなたたちの頭取の孫の対応でしょう」
「確かに……しかし、一度に全額というのは……」

「大丈夫です。とりあえず、この銀行に入れますから」

私はそう言って、別の銀行の通帳をテーブルに置いた。

「ここの銀行に300億を移します。別に構いませんよね?この通帳の銀行は大変小さいですが、対応も良くて、私としても気に入っている銀行の1つなんですよ。それに、この銀行とはもう取引をするつもりはありませんから、ここに預けているよりはよっぽどましです」

「……分かりました」

がっくりと肩を落とした店長は、しぶしぶながら解約手続きをした。手続きが終わると、私はすぐに立ち上がり、部屋から出ていった。

私が出ていった後、店長はソファーに崩れ落ちたらしい。

「田辺君……なんてことをしてくれたんだ」
「何よ、店長。そんなに顔を真っ赤にして怒らなくてもいいでしょう?」
「『何よ』じゃないんですよ!神田様は大事なお得意様なんです。あの300億の契約がなくなったら、この支店は潰れてしまうかもしれない」
「銀行が潰れるわけないじゃない」
「それ、本気で言ってるんですか?最近、アメリカの銀行が2行も破綻したのを知らないんですか?銀行が潰れないという神話はもう消え去ったんです」
「それはアメリカの話でしょ。ここは日本よ。外国の国の話を気にしてどうするの?」
「日本だって潰れないとは言い切れないんですよ」
「大丈夫大丈夫」

脳天気なさ子さんの言い草に、ついに店長の我慢は限界を迎えた。

「いい加減にしてください!頭取の孫だからって、これは仕事だぞ!君がしたことは、銀行員として社会人としてあるまじきことだ。そんな腑抜けた考えでいられたら、銀行が潰れるばかりか、本店だけじゃない。支店の全員が路頭に迷うはめになるんだ。頭取の孫なら、それくらいのことを考えてみろ!君はそんなことも分からないほど頭が悪いのか!」

店長の叱責に、さすがのさ子さんも今まで自信たっぷりに話していたのが嘘のようにしどろもどろになった。

「え、だって……そんなこと言われても、あんな格好してたら金持ちだなんて分からないじゃない」
「貧乏人だから何なんです?貧乏人でも同じお客様でしょ!」
「だって、みんな休憩時間に貧乏人が窓口に来るなって言ってるし、少ない金額を入金されたら仕事が増えるって。私はみんなのために言ったのに」
「窓口業務はそれだけ忙しいんだから。それはみんなが言ってることも間違いですが、それをお客様に言うのはもっと間違いです」
「でも、1万円ぽっち時間の無駄になるし、だから機械でやればって言ったのに、あのおばさんが嫌だって言うから……」

子供のような言い訳を続けるさ子さんに、店長は指を突きつけた。

「もういい。君は首だ」
「え!首になんてできるわけないでしょ!私は頭取の孫なのよ!」
「頭取には私から話しておきます」

さすがのさ子さんも、店長が本気だと分かってうろたえ始めた。

「そんな……こんなことぐらいで私を首になんてできるはずない」
「こんなこと?どこが『こんなこと』なんですか?首にされたくなかったら、300億の解約を取り消してもらってきなさい」
「嘘よ。私は頭取の孫なのに、なんでこんなに怒られるのよ」

初めて怒られたさ子さんは、どうしたら良いか分からないようだった。それから彼女が取った行動は、私に謝りに来るわけではなく、祖父である頭取に泣きつくことだった。

「ねえ、おじいさん。助けて」
「なんだ、冴子じゃないか。どうした?」
「助けてよ。店長が私を首にするとか言ってて、こんなバカな話あるわけないわよね。私は何も悪くないのになんで首にならなきゃいけないのよ!」
「それは……神田の300億の件か?」

祖父からそう言われ、さ子さんは顔を真っ赤にして、「それよ、それ!」と大声でまくし立てた。しかし頭取は真剣な表情で彼女を見る。

「何も悪くないだと?仕事で300億もの損失を出したんだ。首になる程度で済んで良かったと思え」
「おじいさん、なんてこと言うのよ!おじいさんなら首を取り消すことぐらいできるでしょ!」
「いくら頭取でも、それは無理な話だ」
「どうしてよ!どうしてもなんだ!」
「首をつなげたかったら、自分の行いを反省して心から神田様に謝罪するんだ。そして、改めて契約を取り付けてこい」
「そんなの嫌よ。頭を下げろってことでしょ。そんなの私のプライドが許さないわ」
「それができない限り、お前の解雇は撤回されることはない」
「孫が解雇されてもいいの?」
「お前の首よりも、社員の生活の方が大事だ」

頭取に泣きつけば何でも解決してくれると思っていたさ子さんは、自分より銀行や行員が大事だと言われ驚いたようだった。祖父に助けてもらえなかったさ子さんは、今まで努力することなどなかった自分は他の会社では務まらないと判断し、私に謝罪することにしたらしい。

「申し訳ありませんでした」

さ子さんは私の前で深々と頭を下げたが、とりあえず頭さえ下げておけばなんとかなると思っているのが見え見えだった。

「この通りです。だから300億の契約を解約しないでください」
「どうして私が口座を解約しても、さ子さんには関係ないでしょ」
「あるから来たんじゃないの。このままだと私、首になっちゃうの」
「ふうん。頭取の孫なのに、首になるの?」
「そうなのよね。おかしいと思うのよ。なんで頭取の孫なのに首になるのか。店長も頭がおかしいし信じられないわよ」
「信じられないのは、あなたの言動と態度よ」
「え?そう?結構ちゃんと謝ってると思うんだけど」

一応謝罪と言われて会っては見たが、下心の見える態度は長くは持たず、さ子さんの口調があっという間に元に戻ってしまった。

「あなたは未だに、自分の方が格上だと思ってるのね。そんな人の謝罪を受け入れるほど、私は優しくはないの」
「そうかな。別に問題はないと思うんだけど。とにかく私は謝ってるんだし、本当に申し訳ないと思ってるんだから。ほら、頭も下げてるし。だからね、頼むから契約を取り消してよ」
「ふざけないで。そんな態度で許されると思ってるの?」
「私が首になっちゃうじゃない!」
「そんなこと知りません。もう話すことはないから、帰ってください」

結局、謝罪するということの意味も分からずにやってきたさ子さんは、表面だけの謝罪の言葉を並べて、なんとか自分の首をつなごうとしていた。それが余りにもあからさまで、私は許すことはしなかった。自分のことしか考えていない彼女が許せなかったのだ。

私に許されなかったさ子さんは、300億の損失を出したとして銀行を解雇されることとなり、頭取の孫という肩書きもなくなった。頭取の孫ではなくなったさ子さんは、親からも縁を切られた。さらに夫からも離婚を告げられ、子供の親権も夫が持つことになり、養育費や何やらで一瞬で一文無しになった。

さ子さんは初めて自力で働くことになり、就職先を探そうとしたが、元々コネで銀行の仕事をしていたこと。また、せっかく入社した会社でも性格の悪さが職場内での人間関係に悪影響を及ぼしたせいで、色々な仕事を経験したもののどれも長続きせず、今はコンビニのバイトとして働き詰めの日々を過ごしているという。

私は法人口座の300億の契約を解約した後、夫が働く会社の上司から紹介してもらった銀行でお金を預けることにした。さすがに300億ともなるとどこの銀行も丁寧で、特別室に案内されての契約だ。

しかし、大事なのはそこではない。私は今回のことがあって、余計に地味な服装で銀行へ行くようになった。社長という肩書きを捨てた人間が、どんな扱いをされるのか興味が湧いたからだ。

ところが今度の銀行では、前回の銀行とはまるで違う扱いを受けた。果たしてこの銀行は誰にでもこんなに親切なのかと思って見ていると、ある光景を目にした。

ある日、一人の老婆がやってきた。どう見ても裕福には思えない彼女は、杖をつきながらよろよろとした足取りで、一歩一歩踏みしめるように歩いていた。一旦は機械に向かったものの、やはり馴染めないのか、彼女は窓口に向かい、窓口の女性に1万円を差し出すと「入金をしたい」と申し出た。

窓口の女性は「機械で入金をした方が早い」と説明はしたものの、老婆は「機械の使い方が分からない」という。すると窓口の女性はにっこりと微笑んだ。

「分かりづらいですよね」

そして入金表を差し出し、「ここに記入して持ってきてもらえますか?」と言った。すると老婆は「目が見えないから」という。老眼になると目が見えづらくなるのは当然のことだ。さて、銀行側はどんな対応をするのかと思っていると、窓口担当は接客担当の行員を呼び、丁寧に老婆に書き方を教えていた。

なんとか記入することができると、今度は接客担当が窓口につなぎ、行員同士も「ありがとうございます」「よろしくお願いします」とにこやかに言葉を交わしていた。老婆は椅子に案内され、座って待つように言われていたが、今度は呼び出しの声に反応しない。するとまた先ほどの接客担当が登場し、「呼ばれましたからあちらにどうぞ」と老婆のそばまで行き、声をかけて案内した。

こうして一連の作業が終了すると、老婆は何度も頭を下げ、感謝の言葉を口にしていた。行員の方を見ると、ニコニコと笑顔を絶やすことなく「お気をつけて」と頭を下げて見送っていた。

なんとも心温まる光景に、私は「この銀行に300億もの預金を預けたことが、間違いではなかった」と心から思い、安心したのだった。

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