「あんた、結婚式来ないでくれる? 中卒のあんたが式場にいると、恥ずかしいのよ」…

「あんた、結婚式来ないでくれる? 中卒のあんたが式場にいると、恥ずかしいのよ」...

「あんた、結婚式来ないでくれる?」

兄の婚約者・島田彩佳は、兄が席を外した瞬間にそう言い放った。中卒の俺が式場にいたら恥ずかしい、と。

俺は高橋健太、27歳。家族は両親と兄の4人だが、正確には「俺以外」がエリート一家だ。父も母も名門大学を出て超一流企業に勤め、兄も同じ道を歩んでいた。幼稚園からお受験を突破し、小学校、中学校、高校と優秀な学校に進み、成績はいつもトップだった。

だが、高校に進学した頃から、この家の「学歴至上主義」に疑問を持ち始めた。勉強よりも大事なことがあるんじゃないか。自分にはもっとやりたいことがあるんじゃないか。そう思い始めると、机に向かっても頭に入らない。成績は落ちていき、ついには「勉強なんて時間の無駄だ」とすら思うようになった。

俺は高校を中退した。

両親は激怒した。「一家の恥だ」と散々言われた。しかし、兄だけは違った。「いつか健太の本当にやりたいことが見つかるさ。ゆっくり探していけばいい」と、そう言ってくれた。

そこから俺はいろんなアルバイトに挑戦した。しかし飽きっぽい性格が災いし、どれも長く続かない。変えては辞め、変えては辞め。そんなことを繰り返しているうちに5年、6年が過ぎた。同世代が社会で働き始めるのに、自分は何もできていない。焦りだけが募り、やがて完全に引きこもってしまった。

毎日薄暗い部屋で、自分の至らなさを恨む日々。体も心も限界だった。

そんな時、部屋のドアがノックされた。「健太、大丈夫か?」。兄だった。家を出て一人暮らしをしている兄が、俺を心配してわざわざ訪ねてくれたのだ。「外に出る元気がないんだよ」とだけ答えるのが精一杯だった。

兄は言った。「外に出るのが辛いなら、家の中でできることを探してみたらどうだ? 今はネットで繋がって完結する仕事もたくさんあるぞ」

その言葉で視野が開けた気がした。できないことがあるなら、できることから探せばいい。俺はネットの世界から自分のやりたいことを探し始めた。元々勉強が得意だった俺は学習能力を発揮し、数年後には在宅の仕事で生計を立てられるようになった。あの時アドバイスをくれた兄には感謝してもしきれない。

そんなある日、昼頃に目を覚ましてリビングに行くと、兄が帰ってきていた。そして兄の隣に見慣れない女性が座っている。ジャージ姿で寝癖のついた俺に、少し見下すような目を向けていた。

「ケ太、この人は島田彩佳さん。結婚を前提にお付き合いしてる」と兄は紹介してくれた。

「こんな格好ですいません。弟の健太と申します」

「島田彩佳です。お兄さんとお付き合いさせてもらってます。どうぞよろしくお願いします」

言葉は丁寧だったが、彼女は兄と同じ有名大学を出て大手IT企業に勤めているという。心の中では俺を見下しているかもしれない、と感じた。

兄が車を回しに行って二人きりになった時、彼女は態度を変えた。

「ねえ、あんたさ、高校中退ってことは中卒でしょ。あんたみたいなのと家族になるの恥ずかしいんだけど」

「あんまり私たちの前に出てこないでね」

兄が戻ってくると、彼女はくるっと態度を変えてにこやかに振る舞った。最初は「すごい人だな」と脳天気に考えていたが、その後も兄はしばらく彼女を連れて実家に帰ってくるたび、彼女は兄の前では優しく振る舞い、兄がいなくなると俺を見下す言動を繰り返した。次第にその態度はひどさを増していった。

そしてついに二人の結婚が決まった。両親は育ちの良い彼女との結婚を喜び、話は円満に進んだ。挨拶が終わり、食事をしようということになった時、彼女に呼び止められた。

「ねえ、あんたは結婚式出席しないでくれる?」

「あんたみたいな中卒が式場にいたら恥ずかしいのよ。弟だったら、お兄さんの顔を立てると思って出席は遠慮してよ」

ビールとグラスを持った兄が怒りの表情で彼女を見た。「おい、何をバカなこと言ってるんだ」

「ケ太は俺の自慢の弟だ。恥ずかしいことなんてあるわけがないだろう」

兄は彼女に「お前から謝れ」と言った。「すまなかった。俺はお前に来てほしい。彩佳に言われたことは気にせず式に出席してくれ」

尊敬する兄から頭を下げられ、俺は「うん」と頷いた。しかし彼女は不満な顔を崩さず、その後も兄が席を外すたびに「本当に来ないで。私たちのせっかくの結婚式を邪魔しないで」と繰り返し言ってきた。

そして結婚式当日。俺は結局、式に出席しなかった。連日の徹夜で体調が悪い、と両親に嘘をついた。俺が出席することで彼女が不機嫌になり、式の間ずっと不満な顔をしていたら、兄にとっても悲しい式になる気がしたからだ。

式は滞りなく進行し、披露宴の時間を迎えた。彩佳の会社の上司である坂本浩司という人物が、二人に声をかけた。

「ところで拓也君に聞きたいんだが、弟の健太さんは来られてないのかな?」

そう言われた兄が彩佳を見る。健太の名前が出たことで、彩佳の表情が曇った。

「島田君が何かを知ってるのか?」

彩佳が開き直ったように言った。

「私が来ないでって言ったんです」

「なぜだ?」

「あんな中卒のクズなんて、社会で何の役にも立ってないんだから、相手にしなくていいでしょ」

坂本は一瞬大声で怒鳴りそうになったが、式の最中であることを考えて抑えた。

「お前、健太さんが何者か知らないのか?」

「は?」

「健太さんはな、うちと提携している会社の社長なんだぞ」

彩佳が言葉を失う。実は俺は、彩佳が務めるIT企業と提携している個人会社を経営していた。常に在宅でリモートで仕事をしていたため表に出ることがなく、彩佳は関わりのない部署にいたため、自分と会っても自社と関わりのある人物だとは知りようもなかったのだ。そして俺の仕事は、その企業の中枢を担う部分を担当していた。俺に手を切られたら、会社は大損害を被る事態となる。

「そんなことも知らないぐらい適当に仕事をしているお前と違ってな。健太さんはものすごく会社に貢献してくれてるんだ。その人を捕まえて中卒のクズとはどういうことだ?」

彩佳は呆然としていた。そして至って冷静に怒っていた坂本だったが、次第に顔を青ざめ、慌てて携帯を取り出すと式場の外に出て俺に電話をかけてきた。

「健太さんですか? この度はうちの社員が失礼なことをしてしまって、本当に申し訳ありません」

「いや、それは坂本さんが悪いんじゃないですから」

「いえ、これは私の教育の至らなさが招いたことです。本当に申し訳ありません」

「確かに兄の弟としては気にしなければいいだけの話ですけど、仕事の相手として考えると、ちょっとかわいがなものかとは思います」

「おっしゃる通りです。このことはしっかりと社内で問題として扱い、処分します。なので今後とも弊社とのお付き合いをどうぞよろしくお願いいたします」

「それはこちらこそ。どうぞよろしくお願いいたします」

その頃、彩佳は青ざめた顔で、今にも泣き出しそうだった。

その後、彩佳は会社を首になった。そして、今まで俺に対して吐いていた暴言や見下した態度を取っていたことも、兄の知るところとなった。

「お前、2度と俺の弟を見下したような態度取るなよ。暴言も許さん。今度そういう振る舞いをしたら離婚だからな。肝に命じておけ」

普段穏やかで優しい兄からそう強く言われ、さすがに反省したらしい。あれ以来、俺に対する態度が180度変わった。

ある日また昼頃に目が覚めてリビングに行くと、兄と彩佳さんが来ていた。

「あ、健太君、おはよう。昨日も夜遅くまで仕事大変だね」

「あ、ええ、そんな」

「あ、コーヒー飲むでしょ? 今から入れるからちょっと待ってて」

「あ、はい」

彼女が台所に立つ。正直、態度が変わりすぎて気持ちが悪いぐらいだった。

「兄貴、ちょっと怖いよ」

「まあでも、あれなら問題も起こさないだろ」

「まあそうだね」

兄と二人でそう話した。確かに、この様子なら兄の奥さんとしても問題を起こさないだろうし、何より俺自身が家で心なく仕事ができるので良かったんじゃないかと思う。

彩佳さんが入れてくれたコーヒーは美味しかった。それを飲み干すと、俺は席を立った。

「じゃあ、俺はまだ仕事があるので」

「そっか。頑張ってね」

そう笑顔で言う。やはり少し気持ちが悪い。慣れるには、もう少し時間がかかりそうだ。

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