「なんであんたたちがここに?」
ロビーの真ん中で、姉が私たちを見つけた。高い天井の下で、その声だけがよく通った。姉は私の靴からコートの襟元まで順番に目で撫でると、隣に立つ私の夫を見て口の端を上げた。
「まだこの人と一緒だったんだ。6年前、この人はいらないって言ったのは姉の方だ。貧乏な男に嫁ぐのはあんたがお似合いよ、と笑ったのも姉だった。こんな高級ホテルに来る余裕あったの?」
私は答えなかった。返す言葉を持っていなかったわけではない。ここで使う言葉ではないと思っただけだ。姉は左手の指輪を光らせ、胸を張った。
「私の夫は、このホテルの総支配人よ。」
隣で夫が天井を見上げた。それから、いつもの声で言った。
「ここ、先月うちが買収したけど。」
姉が笑った。声を上げて、体を折って笑った。笑っていられたのは、そこまでだった。
—
6年前、姉が突き返した縁談を押し付けられたのが、妹の私だった。話はその春から始まる。
私は三倉沢。32歳。痩せたのは結婚してからのせいだ。東京の郊外で生まれ育った。父と母と、2歳上の姉がいる。姉の名前はみずほという。
うちの食卓には、決まった順番があった。焼き魚の大きい方は姉の皿に乗る。私の皿には小さい方が乗る。誰も理由を言わないし、私も聞かない。物心ついた時には、もうそうだった。
母は近所の人に姉を紹介する時、必ず同じ言い方をした。
「上の子はね、顔で得をするタイプなの。」
そして私を指して、こう続ける。
「下はまあ、丈夫なのが取り柄でね。」
私はその度に笑った。笑うのが一番早く終わる方法だと、小学生のうちに覚えた。
高校を選ぶ時も、姉が学費の高い私立の推薦をもらったので、私は公立にした。父にそう言われたわけではない。母が電卓を叩きながら「2人分は無理よね」とつぶやくのを、私が先に受け取っただけだ。
父の口癖は「姉の邪魔だけはするな」だった。私が何かで邪魔をしたことは一度もない。それでも父はその言葉を言い続けた。言い続けることで、順番を確かめていたのだと思う。
短大を出て、私は事務機器のメーカーに入った。営業事務で、伝票と見積もり書と、客からの電話を受ける仕事だ。地味が好きだった。誰かが「あの件、どうなってる」と聞いてきた時、すぐに答えられる自分が好きだった。
姉は都心の商業施設で受付をしていた。制服が可愛いという理由で選んだ職場だ。休みの日は写真を撮って、撮った写真を並べて選んで、選んだ一枚をアップする。それに何百と反応がつく。両親はそれを、自分の手柄のように話した。
入社5年目に、私は社内の表彰をもらった。受注の入力ミスを1年でゼロにした部署に出すもので、伝票を全部見直したのは私だった。嬉しくて実家に持って帰った。母は賞状を裏返した。
「これ、お金は出るの?」
「出ないよ。」
「じゃあ、何なの?」
そこへ姉が入ってきて、爪を見せた。
「ねえ、見てこれ。銀座で入れてきたの?」
母の目がそちらへ移り、賞状は電話台の上に置かれた。翌週、実家に行った時、それはまだ同じ場所にあった。そういう家だ。
私が買ったものも、姉の手に渡ることがよくあった。給料3ヶ月分を貯めて買ったコートを、姉が黙って着て出かけ、帰ってきた時、袖口に化粧の色がついていた。
「クリーニング代、出そうか?」
姉はそう言ったが、財布は出さなかった。母は洗面所から覗いていった。
「みずほが着ると、そのコートも生きるわね。」
私はその日、そのコートを畳んで箱に戻した。以来、一度も出していない。
母には昔から一つの決まり文句があった。
「みずほは美人だから、いい家に嫁ぐわよ。」
それを言う時の母の声は、予言というより予定に近かった。姉が27を過ぎた頃から、その予定はうっすら焦りの色を帯び始めた。
6年前の春だった。休みの日の昼過ぎ、実家に呼ばれた。座敷に分厚い封筒が置いてあり、母はそれを両手で撫でていた。
「みずほにお見合いの話が来たのよ。」
父の元同僚に、樋口さんという人がいる。定年まで同じ職場にいて、退職してからも年賀状のやり取りが続いている人だ。その樋口さんが持ってきた縁談だった。母が中から紙を広げた。
「三倉さん、32歳。旅館経営をされてらっしゃるって。」
「社長?」
その言葉に、母の背筋が伸びた。姉が身を乗り出した。
「社長?どんな会社?」
母が紙を目で追った。背筋は、少しずつ戻っていった。
「ホテルとか旅館の立て直し。」
「立て直しって何よ?」
「潰れそうなところを預かって、よくする仕事らしいわ。」
姉の顔から興味が消えていくのが、隣にいても分かった。父が咳払いをして、紙の下の方を指した。
「社員が4人だそうだ。」
「4人?それ、会社って言わなくない?」
母は紙を手に撮ると、蛍光灯にかざした。作業着に近い格好の男の人が、旅館らしい建物の前に立っている写真だった。髪は短く、笑い方が控えめで、右手に何かを持っている。顔は悪くないけど、母は写真を伏せた。
「これ、自分の車も持ってないって書いてあるわね。」
父の説明はもっと具体的だった。三倉さんの父親が会社をやっていて、それが数年前に立ち行かなくなったこと。残ったものを全部処分して、今は借りたアパートに一人で住んでいること。始めた会社の借入れが800万あること。そのお父さんに、樋口さんは若い頃随分世話になったらしい。父はそこだけ声を落とした。
「樋口さんは義理堅い人で、縁談の紙も自分で作っていた。手書きの部分がある。会社の説明のところに、細かい字でこう添えてあった。『三倉君は、父上の会社の整理を一人で最後までやりました。人に押し付けない人です。』」
母はその行を飛ばして読んだ。飛ばしたことに、多分気づいてもいなかった。姉は父の話が終わる前に立ち上がった。
「ない、ない。無理。」
「まだ会ってもいないだろう。」
「写真で分かるって。」
姉はそう言って、自分の部屋へ行った。廊下の途中で振り返り、私を見て笑った。
「沢なら喜ぶんじゃない?その人。」
冗談のつもりだったのだろう。母も釣られて笑った。父が笑わずに、封筒の角を指で揃えていた。父にとって、この縁談は姉の結婚の話であると同時に、樋口さんへの返事の話でもあった。断るなら、断る理由を自分の口で言わなければならない。父はそれを一番嫌う人だった。
母は伏せた写真を封筒に戻しながら、私の方を見た。見たというより、私がそこにいることを確認したという感じだった。
「沢、あんたはお茶でも入れて。」
私は台所へ立った。湯が沸くまでの間、姉、という母の声が聞こえてきた。読み上げているのだ。『三倉さん、32歳』と、姉の部屋の方へ向けて。もう一度最初から。
湯が沸いた。私は火を止めた。母はまだ、同じところを読み上げていた。
—
「会うだけは会う」という話に落ち着いたのは、父が3日かけて姉を説得したからだ。顔合わせはホテルのラウンジだった。姉は前日に美容院へ行き、当日は母と2人でタクシーで出かけた。
戻ってきたのは、1時間半後だった。玄関の音でそれと分かった。姉は靴を脱ぐ前から喋っていた。
「もう最悪。」
母が続けて入ってくる。母の顔も、同じ色をしていた。父が新聞を置いた。
「どうだった?」
姉はバッグをソファーに放って、腕を組んだ。
「あの人、電車で来たのよ。電車。駅で待ち合わせでもないのに。しかも革靴のかかとが減ってた。」
母が頷いて、補足した。
「腕時計もね、随分古いの。」
「話も面白くないの。ずっと旅館の話。今は静岡の旅館を預かってるとか、そこの仲居さんが何人だとか。私、仲居さんの人数の話をされて、どう返せばいいの?」
姉はそこで笑った。笑った後、はっきり言った。
「こんな貧乏男、絶対に無理。」
父は何も言わなかった。母がお茶を入れに立ち、私は姉のバッグをソファーの端へ寄せた。
その夜、姉は友達と長電話をしていた。ドアが開いていたので、声はそのまま廊下に流れてきた。
「聞いてよ。社長って言うから期待したのに、旅館の掃除の話しかしないの。」
相手が何か言ったらしく、姉が笑った。
「うん。掃除するのは本人。社員4人だよ。4人で会社っていう。」
私は自分の部屋のドアを閉めた。閉めても声は少し届いた。
「まあ、うちの妹ぐらいがちょうどいいんじゃない?」
その時は、冗談だと思った。
—
週末、樋口さんが実家に来た。私は台所で茶を用意しながら、座敷の話を聞いていた。樋口さんの声は低くてよく通る。
「三倉君はな、親父さんの会社を畳む時、社員の最終処遇を全部自分で回ったんだ。最後の一人が決まるまで、自分の仕事を始めなかった。」
父が相槌を打つと、樋口さんは続けた。
「金はない。それは本当だ。だが、あの男が金を持ったら何をするかは、わしには見当がつく。」
父は「はあ」としか言わなかった。樋口さんが帰った後、母は玄関の鍵を閉めながら、こう言った。
「見当がつくって言われてもね。今、ないんだもの。」
その週のうちに、父が私を呼んだ。
「沢、お前、今付き合ってる人はいないな。」
「いないけど。」
「そうか。」
父はしばらく湯のみを回していた。それから、顔を上げずに言った。
「姉さんが嫌だと言ってるんだ。お前が代わりに行け。」
聞き間違いかと思った。父の目は湯のみの底を見ていた。
「代わりって、お見合いに?」
私は座り直した。父は湯呑みを置いて、ようやくこちらを見た。
「見合いというか、その先も含めてだ。」
母が台所から出てきて、私の前に座った。
「先方には、うちの娘を、と言ってしまってるのよ。今更断ったら、樋口さんに顔が立たないでしょ。」
「うちの娘って、お姉ちゃんのことでしょう。」
「娘は2人いるじゃない。」
母の言い方は、どこまでも平らだった。私が数のうちの一つとして扱われているのだと、その平らさで分かった。
「私は、嫌だとは言えないの。」
「言ってもいいわよ。お父さんが樋口さんに謝りに行くだけ。」
「謝りに行くだけ。」その一言が一番効いた。母は私が断れないことを知っていて、断れない理由を私自身に確認させたのだ。
そこへ姉が2階から降りてきた。話は聞こえていたらしい。
「良かったじゃん。」
姉は冷蔵庫を開けながら言った。
「あんたには、お似合いよ。」
お似合い。似合うかどうかを決めるのは私ではないのだと、その時初めて知った。電車で来る人と、電車で通ってる人。ちょうどいい、と。姉はペットボトルを持って、階段を上がっていった。父も母も、姉を止めなかった。
それからの数週間で、我が家では小さなことがいくつも起きた。
まず、三倉さんへ返す写真を私が郵便局へ持っていくことになった。姉が「私が出すのは変でしょ」と言ったからだ。断りの手紙は父が書いたが、宛名を書いたのは母で、切手を貼ったのは私だった。結局その封筒は出されないまま、しばらく玄関の靴箱の上にあった。父が保留にしたのだ。
次に、姉のエステの支払いがあった。母が財布を忘れたと言って、私が立て替えた。4万8000円だった。お金は帰ってこなかった。2ヶ月後、実家で夕飯をご馳走になった時、母は「これでチャラね」と言って笑った。
三つ目に、姉の部屋の片付けがあった。見合いのために出した服がそのままになっていて、母が「あんた、ついでにやっといて」と言った。ついでも何も、私はその日洗濯機を回しに来ただけだった。
そして、親戚への説明も私の役目になった。父の妹、つまりおばから電話がかかってきた時、家にいたのが私だけだったからだ。
「みずほちゃんのお見合い、どうなったの?」
「まだ、決まってないみたい。」
「あら、樋口さんの紹介なんでしょ?断ったら悪いわね。」
私は相槌だけ打った。電話を切った後、母に伝えると、母はこう言った。
「あんた、断ったって言った?」
「言ってない。」
「それでいいのよ。まだ何も決まってないんだから。」
食器を置いた後、しばらく玄関に立っていた。靴箱の上には、出されないままの封筒がまだあった。宛名は母の字で、切手は私が貼ったものだ。
決まっていないのではなく、決められないのだ。姉は嫌だと言い、父は断れないという。その2つの間に開いた穴に、私が押し込まれようとしていた。
職場では、私は割ときちんとした人間で通っていた。伝票の間違いを見つけるのが早いとか、電話の口調が丁寧だとか、そういうことで褒められる。その私が、家に帰ると数のうちの一つになる。不思議なのは、それを不思議だと思わなくなっていたことだ。
夕食の間、母は姉が通っているエステの話をしていた。頬の位置が上がったとか、化粧のりが違うとか。私が代わりに嫁ぐかもしれないという話は、その日一度も出なかった。出さないことで、もう決まったことにしていたのだと思う。
その夜、私は自分の部屋で、断る言葉を3つ考えた。一つは仕事を理由にするもの。一つは体調を理由にするもの。もう一つは、ただ「嫌です」というだけのもの。紙に書いて、破いて捨てた。
翌朝、靴箱の上から封筒が消えていた。父が出したのではなかった。引き出しにしまっただけだった。
—
三倉さんと会ったのは、駅の東口にある古い喫茶店だった。指定したのは向こうで、理由も添えてあった。「ホテルのラウンジは前回で懲りたので、話しやすいところにしました」と。
私が着いた時、彼は先に来ていた。窓際の席で黒板を広げ、電卓を叩いていた。私に気づくと、黒板を閉じ、立ち上がって頭を下げた。
「三倉です。今日はお時間を頂いて。」
姉の言った通り、革靴のかかとは減っていた。腕時計も古い。それから、指先が荒れていた。
注文をしてすぐ、彼は本題に入った。
「先にお詫びしなければならないことがあります。」
「はい。」
「樋口さんから聞きました。お姉様が辞退されて、その代わりに沢さんが、と。」
私は膝の上で手を組んだ。父がどう伝えたのかは知らないが、伝わるところには伝わるのだと思った。彼はまっすぐこちらを見て言った。
「身代わりなんて、失礼です。嫌なら断ってください。」
言い方が事務的だった。同情でもなく侮蔑でもなく、順番が違うから直しましょう、という口調だった。
「言うのも変ですが、こういう話はご本人が決めることです。お家の事情でどうこうというのは、僕が一番嫌いです。」
「嫌い?」
「はい。うちの父が、それで潰れましたので。」
そこで彼はコーヒーを一口飲んだ。
「今日は、断りやすいように来ました。断ったと言えるように。一度あったという形だけ作って、それで終わりでいいです。」
私はしばらく黙っていた。生まれてから26年のうち、私の意思をこんなに早い段階で確認された記憶がなかった。進路も就職も、実家での役割も、いつの間にか決まっていた。
「あの、」私は聞いた。「さんは、どんなお仕事をされてるんですか?」
彼の背筋が伸びた。
「今は、静岡の旅館を預かっています。明り屋という宿で、部屋数は11です。」
そこから彼は喋った。女将の黒沢しずさんが60半ばを過ぎていること。仲居が3人いて、一番若い人が前の年に入ったばかりであること。板前が体を悪くして、その春から息子さんが厨房に立っていること。名前を全部言えるのだ。
「11部屋で、去年は部屋の埋まりが3割でした。今は5割まで来ています。」
「増えたんですね。」
「まだ足りません。」
彼は黒板を開いて、こちらへ向けた。手書きの表だった。日付と泊まった人数と、その日に寄せられた苦情やお礼が、1行ずつ書いてある。
「これは、自分でつけてるんですか?」
「はい。人に任せると、自分が知りたい情報が抜けることがあるので。」
私は表の1行を目で追った。
「布団が重いと言われた、と書いてありますね。」
「その方は80を超えていました。持ち上げられなかったんです。羽毛に変えました。」
社員が4人しかいない会社だから、彼も現場に立つ。給料は社員の4人分を先に出して、自分の分は残った月だけ取る。そう言った。
「今月は取れました。」
そういう時の顔が、子供みたいだった。
「先月は取れなかったんですか?」
「はい。仕入れの支払いが先でしたので。」
「じゃあ、生活は?」
「実家から持ってきた米がありました。」
私は笑ってしまった。彼は真顔だった。真顔で米の話をする人だった。
その日は2時間で解散した。私は断らなかった。断る理由を、その場で見つけられなかった。
—
二度目に会ったのは、3週間後だ。彼は明り屋の黒板を持ってきた。前より数字が上がっていた。私は自分の仕事の話をした。伝票と見積もり書の話だ。姉に話せば30秒で切られる種類の話を、彼は最後まで聞いた。
「沢さんは、間違いを見つけるのが早いんですね。地味ですけど、うちに一番足りない人です。」
三度目は、静岡へ行った。明り屋を見せてくれるというので、朝の電車で向かった。小さな宿だった。玄関の式台が欠けていて、彼はそこに自分でモルタルを詰めていた。
女将の黒沢さんは、私の顔を見るなり、彼の背中を叩いた。
「あんた、ちゃんと座って話しなさいよ。」
そして私に言った。
「この人はね、お客様の書いた紙を全部読むんですよ。」
黒沢さんは廊下の突き当たりの箱を指した。宿の意見用紙を入れる箱だ。
「あれを、毎晩この人が裁いていくの。褒めてある紙も、怒ってる紙も、同じ顔で読むんですよ。怒ってる紙の方を、長く読むけどね。」
帰り際、玄関の式台のところで、私は聞いた。
「これ、どうしてご自分で直すんですか?」
「業者さんに頼むほどの面積じゃないので。」
「でも、社長ですよね。」
彼はモルタルのついた手を見た。
「社員は、僕を入れて5人しかいませんから。誰かがやるなら、手の空いてる人がやります。」
その時、私はこの人が「5人の中の1人」として自分を数えているのだと分かった。社長を別枠にしない人だった。
帰りの電車で、彼は窓の外を見ていた。
「うまくいったら、いつか自分たちのホテルを持ちたいです。」
「自分たち」と、彼は言った。会社のことを言っていたのだと思う。でも、私はその言い方を、しばらく覚えていた。
静岡から戻る道で、私は自分に一つだけ確認した。この人と一緒にいて、何かを我慢することになるだろうか。思い当たらなかった。実家で我慢していたことの方が、すぐにいくつも数えられた。
実家では、姉が私のことを触れ回っていた。おばから電話がかかってきた時、開口一番こう言われた。
「沢ちゃん、貧乏くじ引いたんだって。」
「誰がそんなことを?」
「みずほちゃんが。妹が代わりに行ってくれたって、笑ってたわよ。」
私はその電話の後、鏡の前に立った。姉は私を哀れんだつもりでいる。両親は義理が果たせて、安心している。それなら、この結婚は誰のものになるのだろう。
—
四度目に会った日、私は先に口を開いた。
「さん。」
「はい。」
「姉の代わりじゃなく、私があなたと結婚したいです。」
彼はカップを持ったまま、止まった。それから、ゆっくり置いた。
「本当に、いいんですか?」
「決めるのは本人だって、あなたが言いました。」
彼は立ち上がって、深く頭を下げた。喫茶店の中だったので、店の人がこちらを見た。
返事をした10日後、実家から電話が来た。父の声は、祝いの声ではなかった。その電話は、法事の知らせだった。父方の祖父の七回忌が近く、親戚が実家に集まるという。
「ついでに、お前の話もそこでするから、必ず来るように。」
「ついでに」と、父は言った。
法事は寺で済ませ、その後、実家の座敷に14人が集まった。おば夫婦、父の従弟、母方のおば、その他、名前と顔が一致しない人が何人か。姉は一番奥の席に座り、私は父の前に座った。
料理が運ばれ、酒が回り始めた頃、おばが父に聞いた。
「兄さん、樋口さんのお話はどうなったの?」
座敷が、少し静かになった。父は徳利を置いて、背筋を伸ばした。この人は、こういう場で背筋を伸ばす。伸ばしてから、言った。
「樋口さんへの義理は、下の娘で果たした。」
「果たした」と、父は言った。私は自分の膝を見ていた。膝の上の指が、勝手に着物の柄をなぞっていた。
「まあ、それは良かった。」
おばがそう言い、誰かが笑い、話が続いた。続いたことの方が、言葉そのものよりも応えた。姉が箸を置いて、私の方へ体を向けた。声は大きくない。ただ、座敷の全員に届く大きさだった。
「私が譲ってあげたの。」
「譲る?」
私は思わず声に出した。姉は頷いた。
「だって、私が受けてたら、沢には来なかったでしょ。」
おばが笑った。母方のおばも笑った。父の従弟が「姉妹はそうでなくちゃな」と言い、また笑いが起きた。おばが私の方を向いた。
「沢ちゃん、よかったわね。みずほちゃんに感謝しなさいよ。」
「はい。」
そう答えた自分の声が、他人のもののように聞こえた。母方のおばが身を乗り出して聞いた。
「で、お相手は何をしてらっしゃるの?」
母が先に答えた。
「旅館のお手伝いのような、お仕事。」
「会社を経営しています」とは、母は言わなかった。「社長」という言葉は、姉に来た縁談の時には使われて、私の結婚の話では消えていた。父の従弟が笑いながら言った。
「まあ、堅実でいいじゃないか。うちの息子なんか、派手ばかりでな。」
現実、その日一番優しい言葉が、それだった。その日、座敷に集まった親戚の中で、私が自分で決めたと知っている人は、一人もいなかった。
樋口さんは法事に呼ばれていなかった。寺の帰りに車の中で母が言っていた。「呼ぶと、話がややこしくなるから。」
家に帰ってから、私は父に聞いた。
「お父さん、私が自分で結婚したいって言ったのは、話してないの?」
「同じことだろ。」
「同じじゃないよ。」
父は新聞をめくった。
「相手が同じなら、同じだ。」
母が台所から顔を出した。
「沢、そういうことを親戚の前で言わないでね。恥ずかしいから。」
「恥ずかしい」と、母は言った。何が恥ずかしいのか、私はその時聞かなかった。聞いても、答えは出ないと分かっていた。
—
結婚の話は、そこから急に事務的に進んだ。式はしないことにした。私が言い出したのではない。母がこう言ったからだ。
「うちは出せないわよ。姉さんの時に足りなくなるから。」
姉の時は、まだ相手もいなかった。それでも母の中には、予算があった。
「じゃあ、自分たちでやるね。」
「お金あるの?」
「ないから、やらない。」
母は、それ以上聞かなかった。三倉さんは申し訳なさそうに、「2人分の写真だけでも撮ろう」と言ってくれた。私は断った。撮るなら、何かが形になってからにしたかった。
婚姻届は、平日の午前に出した。区役所の窓口は空いていて、係の人が婚姻の位置を直してくれた。それだけだった。外に出たら11月の風が冷たくて、2人で近くの蕎麦屋に入った。
「これで、いいんですか?」と三倉さんが聞いた。
「いいです。」
「後で、後悔しませんか?」
「後悔するなら、あの座敷にいた時点でしてます。」
彼はわずかに笑って、それから真面目な顔になった。
「僕は、沢さんを義理で迎えたわけじゃありません。」
「知ってます。」
「知っててくださいって、ずっと思ってました。」
—
引っ越しの日、実家からは誰も来なかった。ダンボールは12箱で、そのうち3箱は書類だった。三倉さんが軽トラを借りてきて、日曜で終わった。昼にコンビニのおにぎりを食べている時、母から電話が来た。
「今日だったの?行ってくれればよかったのに。」
「先週、行ったよ。」
「あら、みずほの面接と重なってたのね。」
面接というのは、姉の転職の話だ。結局、その転職はしなかった。
「まあ、落ち着いたら顔を見せなさい。」
それで電話は切れた。新しい住所を聞かれることはなかった。
新居は、隣の市の六畳一間に、小さな台所がついただけの部屋だった。家賃は7万8000円。築22年で、風呂とトイレは一緒。台所の換気扇が古くて、ガタガタと音がした。
会社は、社員が4人。三倉さんを入れて5人だ。名前は「ミクラホテルマネジメント」と言った。借入れは800万円。車は、会社で買った中古の軽トラが1台きりで、旅館の送迎にも使っていた。事務所は静岡の明り屋の一室を間借りしていて、東京にいる時はこの部屋が事務所になった。
社員の4人は、みんな一度どこかで潰れた宿から来た人たちだった。一番年上が、大月良平さん。40を目前にして、以前は東北の旅館の番頭だった人だ。宿が畳まれて行き先がなくなったところを、三倉さんが拾った。数字にうるさくて、口も悪い。初めて会った日、大月さんは私にこう言った。
「奥さん、社長は数字を丸めない人ですから、丸めろって言われても、丸めませんから。だから、当分金は残りませんよ。」
「はい。」
「それでも、いいなら。よろしくお願いします。」
そして、深く頭を下げた。
私は仕事を続けた。朝は7時に出て、夜は8時に帰る。帰ってから、明り屋の予約サイトの文章を直す。写真を並べ変える。三倉さんは静岡と東京を行き来していて、いる日といない日が半々だった。いる日は、2人でテーブルに向かった。テーブルは1つしかない。片側で彼が黒板をつけ、片側で私が予約の画面を開く。深夜2時に「腹減りました」と彼が言い、私が卵を焼く。そういう生活が始まった。
金の話は、毎日した。しないと回らなかった。明り屋の布団を変えるのに30万円かかると分かった夜、彼は電卓を3回叩き直した。
「来月の入りが読めれば、行けます。読めなかったら、僕の分を出しません。」
「それ、前も言ってたよ。」
「はい。」
私はその晩、自分の口座から10万円を出した。彼は受け取らなかった。
「それは、沢さんの金です。」
「じゃあ、貸す。利息つけて。」
「いくらですか?」
「卵焼き、10回分。」
彼はしばらく黙って、それから笑って受け取った。返してもらったのは半年後で、封筒の中には10万円と卵のパックが入っていた。そういう会社だった。
—
姉が新居に来たのは、年が開けてすぐだった。「近くまで来たから」と言って、連絡なしに来た。玄関で靴を脱ぎながら、姉は部屋の奥まで首を伸ばした。
「うわ、狭。」
そのまま上がって部屋の真ん中に立ち、ぐるりと回った。
「え?ここでご飯食べて、ここで仕事するの?」
「そうだよ。」
テレビはない。姉は笑った。笑いながら、バッグを床に置くのをためらっていた。
「沢は、あんた昔からそうだよね。文句言わないから、こうなるんだよ。」
私は湯を沸かした。茶碗は安いものしかなかったが、姉はどうせ味など見ない。
「お姉ちゃんは、最近どうなの?」
「私、今いい感じの人がいてね。」
姉の声が、急に明るくなった。
「ホテルに勤めている人で、部署の責任者で、いずれもっと上に行くのだそうだ。そういう人と結婚したら、生活違うよ。」
「そうだね。」
「沢も、今からでも考え直したら?」
そう言った姉の目は、笑っていなかった。私が幸せそうに見えないかどうかを、確かめている目だった。
姉は部屋を出る前に、テーブルの上の黒板を覗いた。三倉さんが置いていったものだ。
「何これ?手書き?」
「そう。」
「パソコンでやればいいのに。」
「本人が、その方が抜けないって。」
姉は黒板を閉じた。閉じる時、指で表紙を弾くようにした。物を乱暴に扱うわけではない。ただ、価値のないものとして扱う手つきだった。
「沢が、こんなのに付き合うの平気なんだ。」
「平気だよ。」
「へえ。」
姉は30分もいなかった。帰り際、玄関に立って靴を履きながら、姉は足元の床を見下ろした。私の靴が1足と、三倉さんの靴が1足。それだけが並べてあった。姉は靴を指さした。
「1、2。」と声に出して数えた。「2人分しかないね。」
そして笑った。その笑い方を、私はもう一度見ることになる。
—
姉から結婚の知らせが来たのは、私が式を入れた翌年の春だった。知らせは、母だった。姉本人からではない。
「みずほがね、決まったのよ。」
母の声は、電話の向こうで弾んでいた。相手は人見啓介さんという人で、都心のシティホテルに務めているという。
「ロイヤルガーデン東京って知ってる?名前だけは。そこの宿泊部長さんよ。36歳で部長なんですって。将来は総支配人だろうって、みんな言ってるらしいわ。」
「みんな」というのが誰なのかは、母は知らないはずだった。
「それでね、式の話なんだけど。」
母が本題に入った。
「式は秋で、会場はそのホテルの宴会場。招待客は120人。うちからは200万円出すことにしたの。」
私は電話を持ち替えた。
「200万?」
「向こうが立派なお式だから、端を欠かせられないでしょ。」
私の式には1円も出さないと言った母が、同じ口で200万円と言った。数字の話をしている時の母は、いつも同じ調子だ。
「沢も来なさいよ。旦那さんも。」
「うん。」
「ああ、それとね。」
母は、思い出したように付け足した。
「祝儀は5万でいいって、みずほが言ってたわ。あんたたち、貧乏だから。」
そして母は続けた。
「それとね、引き出物の受け取りと親戚の送迎、あんたたちに頼みたいのよ。おばさんたち、駅から歩けないでしょ。旦那さんの車があるって聞いたから。」
会社の軽トラのことだった。
「貧乏だから。」その言い方が、姉の言葉なのか母の言葉なのか、私には分からなかった。多分、両方だ。
私はその夜、三倉さんに相談した。彼は黒板から顔を上げて、しばらく黙ってから言った。
「10万にしましょう。」
「うちは、今そんな余裕ないよ。」
「余裕の話じゃありません。値段を決められるのは、こちらです。」
彼はそう言って、封筒を用意した。筆は下手だったが、丁寧に書いていた。
式の1ヶ月前、姉から一度だけ電話が来た。
「沢は、当日の服なんだけど。」
「うん。」
「地味なのにしてね。地味な。親族席じゃないから、目立たれると困るのよ。」
「親族席じゃない」という言葉を、私はその時聞き流した。座席の都合の話だと思っていた。
「あと、旦那さんもちゃんとしたスーツある?」
「あるよ。」
「よかった。作業着で来られたら、困るもん。」
姉は自分の冗談で笑って、それで電話を切った。
—
式の日は、快晴だった。会場に着いたのは朝の8時だった。客が入る前に、母に頼まれた引き出物の箱を運ぶためだ。私がそのホテルの中に入るのは、それが初めてだった。天井が高く、床の大理石に照明が映っていた。廊下を行き来する従業員の背筋が揃っていて、すれ違うたびに会釈をされた。こういう場所で働いている人と、姉は結婚するのだ。
化粧室の場所が分からず、私は廊下で立ち止まった。そこへ、制服の女性が寄ってきた。40前後で、名札には「中林」と書いてあった。
「お手洗いでしたら、この先の右手でございます。ご案内いたしましょうか?」
「大丈夫です。ありがとうございます。」
「本日は、おめでとうございます。」
その人は私に向かって、頭を下げた。私が誰の身内かも知らないまま、そう言ったのだ。
受付で名前を告げると、係の人が名簿を2度見た。
「三倉様は、あちらの席になります。」
案内されたのは、一番後ろのテーブルだった。同じ卓には、新郎の会社の後輩らしい若い人が3人と、名前の分からない年配の人が2人。私は新婦の妹だ。それでも、親族席ではなかった。三倉さんは何も言わずに、私の椅子を引いた。
その席に着くまでに、私たちは朝から動きっぱなしだった。箱は前の晩のうちに店で受け取ってあった。それを置いてから、式が始まるまで軽トラで駅と会場を3往復している。おば夫婦と父の従弟、母方のおば夫婦、それに新婦側の年配の客も載せた。荷物運びの後、三倉さんは車を停め直しに行った。私は車寄せの脇で待った。自分たちが、何をしに来たのか分からなくなっていた。おばは車を降りる時、こう言っていた。
「悪いわね。でも、あんたたちは若いんだから。」
姉は29歳で、私は27歳だった。
親族紹介の時間になった。新婦側の親族として、まず父と母が立った。次におば夫婦。母方のおば夫婦。父の従弟の名が、順に呼ばれた。
私の名前は、呼ばれなかった。司会の人が「以上で新婦側の親族紹介を終わります」と言った。その時、隣の卓の人が「妹さんは、いらっしゃらないの」と小声で言うのが聞こえた。誰かが「ご都合が合わなかったんでしょう」と答えていた。
私はそこにいた。同じ部屋の、一番後ろに。
三倉さんが、私の手の甲を軽く叩いた。それだけで、立ち上がらずに済んだ。
宴が進み、新郎新婦が各卓を回った。姉は白いドレスの裾を持ち上げ、笑いながら卓を渡っていく。うちの卓に来た時には、もう笑い疲れていた。
「来てくれたんだ。おめでとう。」
「ありがとう。」
姉は隣の啓介さんを振り返り、こう言った。
「妹。あと、その旦那さん。」
名前は言わなかった。啓介さんは礼儀正しい人だった。腰をきちんと折って、こう言った。
「本日はありがとうございます。ゆっくりしていってください。」
そして、次の卓へ移った。私の顔を見た時間は、3秒もなかったと思う。
同じ卓の若い男性が、その背中を見送ってから言った。
「人見部長、すごいですよ。うちのホテルで、あの歳で部長は初めてです。」
「そうなんですか。」
「来年あたり、もっと上に行くって言われてます。」
その人はグラスを傾けて続けた。
「現場も分かってる人ですから、宴会の当日に自分で椅子を運んだりするんですよ。」
その話を聞いた時、私はまだ啓介さんを悪く思う理由を、一つも持っていなかった。その日、啓介さんは120人と挨拶をした。私たちは、その中の2人だった。名前も職業も、姉が説明しなかった以上、啓介さんが知る機会はなかった。
引き出物の祝い袋を持って会場を出る時、私は席次表をもう一度見た。うちの卓の欄には、こう書いてあった。「新婦の妹夫妻」。名前ではなかった。
ロビーへ降りると、さっきの中林さんが立っていた。宴の終わりに合わせて、出口の辺りでお辞儀していた。誰が身内で誰が客かなど関係なく、出ていく人全員に同じ角度で頭を下げていた。三倉さんが足を止めて、その様子を見た。
「いいホテルですね。建物じゃなくて、人が。」
帰りの電車で、三倉さんが言った。
「さっきの、あの柱。あの位置、もったいないですね。」
「そう?」
「あれは、直せます。」
私は笑った。彼はどこへ行っても、同じ目で見る。
「直したいの?」
「いえ、人のところですから。」
その時の彼は、本当にただの感想として言っていた。
家に帰ってから、私は封筒の控えを引き出しにしまった。10万円と書いた控えだ。
母から翌日、電話があった。
「祝儀、多すぎるって、みずほが言ってたわよ。」
「そう。」
「見え張らなくていいのに。あんたたちに返す余裕なんてないでしょ、って。」
私は返事をしなかった。
—
秋が深まる頃、母から式のアルバムが届いた。送り状には、母の字で「よく撮れてるから、見てね」とあった。姉と啓介さんの写真、両親の写真、親族紹介の写真。私と三倉さんが映っている写真は、1枚もなかった。アルバムはそのまま棚の上に置いた。以来、一度も開いていない。
その年、会社は静岡の明り屋に続いて、山梨の宿を1つ預かった。2件目だ。借入れは増えて、私の帰宅は遅くなった。日付が変わってから予約サイトの文章を直す日が、週に3日あった。三倉さんは月の半分を外で過ごすようになった。夜、電話で話す。その日は何人泊まったとか、風呂の追い焚きが壊れたとか、そういう話だ。
「そっちは、大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。」
「無理しないでください。」
「そっちこそ。」
そんな会話を、狭い部屋で一人でしていた。不思議と、惨めだとは思わなかった。姉の式で一番後ろの席に座っていた時の方が、ずっと惨めだった。私が包んだ祝儀袋の名前は、席次表のどこにもなかった。
—
姉の式から3ヶ月が過ぎた冬に、明り屋の黒板の数字が黒字に変わった。うちが預かってから、初めてのことだった。11部屋の宿で、部屋の埋まりが7割まで来た。三倉さんは電卓を3度叩き直し、それから台所にいる私を呼んだ。
「沢さん、どうしたの?」
「黒です。」
それだけ言って、彼はテーブルに座り直した。喜び方の下手な人だった。
黒字に変わるまでの間、明り屋は見た目をほとんど変えていない。変えたのは、順番だ。夕食の時間を30分遅らせて、風呂の混む時間とずらした。仲居が3人しかいないので、配膳と布団敷きがぶつかっていたのだ。それから、部屋の案内を1枚の紙にまとめた。その紙を作ったのは私だ。夜中に書いて、女将に見せて、3度直した。
「難しい言葉を使わないでね。」
黒沢さんはそう言って、湯のみを置いた。
「お客様は、うちの説明を読むために来てるんじゃないんだから。」
黒字になった週の週末に、2人で静岡へ行った。女将の黒沢さんが宿の座敷に社員全員を集めていた。黒沢さんは座敷して、深く頭を下げた。
「うちを預かってくださって、ありがとうございました。」
大月さんが慌てて手を振った。
「女将さん、まだ途中ですよ。」
「途中でもね、うちの黒板が黒くなったのは、14年ぶりなの。」
その後、女将さんは私を廊下に呼んだ。突き当たりに置いてある木の箱の前だった。宿の意見用紙を入れる箱だ。
「これね、うちの先代は、数だけ数えてたの。今月は何枚、先月は何枚って。それで良かった悪かったって言ってた。」
「読まなかったんですか?」
「読まないの。褒めてある紙は、嬉しいから読む。怒ってる紙は、読まない。」
女将さんは箱の蓋を持ち上げた。
「お客様の声はね、数えるものじゃなく、読むものよ。」
「はい。」
「あんた、読める人でしょう。」
そう言われたのが、その日一番嬉しかった。
東京へ戻る電車で、私は三倉さんに言った。
「あの箱の紙、私が全部読もうか。」
「全部ですか?」
「明り屋も、山梨の方も、これから増える分も。」
彼はしばらく黙っていた。それから、はっきり言った。
「お願いします。ただ、大変ですよ。」
「大変なのは、知ってる。」
その日から、私は宿の意見用紙を全部読むようになった。月に1度、各宿からダンボールが届く。その中の紙を1枚ずつ読んで、日付と部屋番号と書いてある内容を打ち込んでいく。褒めてある紙は5分で終わる。怒っている紙は、その日のうちに現場へ電話をかける。
最初の月は120枚、翌月は180枚になった。分かったことがある。怒っている紙には、傾向がある。料理が冷たかった。部屋が寒かった。音がうるさかった。この3つはどの宿にもあって、どれも直せる。直せないのは、「約束が違った」という紙だ。禁煙の部屋を頼んだのに違った。眺めのいい部屋と言われたのに違った。この紙を書いた人は、2度と来ない。文字が丁寧で、最後に「もう結構です」と書いてある。
私はその紙だけ、別の色のファイルに入れることにした。三倉さんがそれを見て言った。
「なぜ、分けるんですか?」
「これだけは、直すのに時間がかかると思うから。人の頭の中を直すことになるから。」
彼はしばらく、そのファイルを見ていた。それから、「そうですね」と言った。この色のファイルが一番厚くなる宿は、いつか私たちが引き受けることになる。
年が開ける頃、会社の名前が変わった。それまでは「ミクラホテルマネジメント」という、誰の記憶にも残らない名前だった。三倉さんが社名を買えたいと言い出した時、大月さんが「明り屋にしましょう」と言った。
「最初に黒字にさせてもらった宿の名前です。うちが立ち上がる時、ただ1件預けてくれたのは、そこですから。」
三倉さんは、黒沢さんに電話をかけた。電話口の黒沢さんは、しばらく何も言わなかったそうだ。それから「好きにしなさい」と言って、切ったという。
「明り屋ホスピタリティ」。看板も作らなかったので、名前が変わったことに気づいた人は、ほとんどいなかった。実家にも言わなかった。機会がなかったし、行ったところで母は社名を覚えない。その代わり、黒沢さんには新しい名刺を送った。返事の葉書には、大きな字で1行だけ書いてあった。「重たい名前を背負わせて、ごめんなさいね。」三倉さんはその葉書を財布に入れた。今も入っている。
—
社名を変えてすぐの2月に、父方の祖母の十三回忌があった。法事は同じ寺で、その後、実家の座敷に集まる流れも変わらなかった。違ったのは、姉が来ていなかったことだ。
「みずほはね、旦那さんの、お仕事のご都合で。」
母がそう説明した。誰も追求しなかった。一番奥の席には、母が座布団だけ残していた。誰も、そこには座らなかった。母はまた、父の前に座った。
母は姉の近況を配って歩いた。夫がシティホテルの部長であること。そのうち、もっと上に行くらしいこと。住まいが新しくなったこと。「今度、みずほのところの旦那さんが総支配人になるかもしれないんですって。」言うたびに、母の背筋が伸びた。あの日、縁談の紙にあった「社長」という言葉を読んだ時と同じ、伸び方だった。
料理が出て、酒が回り、話があちこちに散った。しばらくして、おばが私の隣に来て、ちょっと腰を下ろした。
「沢ちゃん、あれからどうなの?」
「元気でやってます。」
「そう。まあ、みずほちゃんも、気にしてたわよ。あんたに押し付けちゃったって。」
私はおばの顔を見た。
「押し付けた?」
「違うの?」
おばは少し声を落とした。
「みずほちゃんはね、あの縁談、断ってないって言ってたわよ。まだ、考えてるうちに、沢ちゃんが先に会いに行っちゃったんだって。横取りって言葉は使ってなかったけどね。まあ、そういう風に聞こえたわ。」
私は箸を置いた。
「おばさん、それ、違います。」
「あら。」
「姉は、一度会って、その日のうちに無理だって言いました。その後、父が私に代わりに行けって言ったんです。」
言いながら、自分の声が震えているのが分かった。震えているのが、悔しかった。おばは私の腕を軽く叩いた。
「まあまあ、姉妹でそういうこと、言い合わないの?」
「言い合ってるんじゃなくて、」
「沢ちゃんが、幸せならいいじゃないの。」
そこでおばは立ち上がり、母のところへ行って何か話し始めた。私の話は、そこで終わった。
隣にいた父の従弟が、ちょっとした品を持ったまま私に聞いた。
「沢ちゃんとこは、旦那さん、何してる人だっけ?」
「宿の立て直しを、しています。」
「ああ、掃除の会社か。」
「いえ、まあ。」
「体が資本だからな。」
その人は悪気なく言って、笑って席を立った。悪気がない分、直しようがなかった。
そのまま座敷の反対側へ移って、父と酒を酌み交わし始めた。
「上のお嬢さんは、いいところに嫁がれたそうで。」
「まあ、おかげ様で。」
父はそう答えた。下の娘の話は、出なかった。
—
その日、たった1人だけ順序をそのまま口にする人がいた。台所で洗い物を手伝っていたら、樋口さんが顔を出したのだ。法事には呼ばれていなかったが、お線香だけあげに来たという。樋口さんは私を見て、口の端だけで笑った。
「沢さん、三倉君は元気か?」
「元気です。」
「そうか。」
樋口さんは靴を履きながら、独り言のように言った。
「あの話はな、上のお嬢さんが、会った日のうちに断ってきたんだ。わしが電話を受けた。夜の8時だったよ。」
「覚えてるんですね。」
「わしが持っていった話だからな。誰が断って、誰が受けたかは、間違えられん。」
樋口さんは玄関を出て、振り返らずに帰って行った。
実家を出る時、母が玄関まで来た。
「沢、さっき、おばさんに何か言ってたでしょう?」
「縁談の話です。」
「もう、やめてちょうだい。」
母は靴箱に手をついた。
「終わった話でしょう。蒸し返して、誰が得するの?」
「私は、事実を言っただけだよ。」
「事実で、人の顔は立たないのよ。」
その言葉だけは、母の本音だったと思う。
帰りの電車で、私は樋口さんの言葉を思い返していた。「夜の8時に、断りの電話が来た。」その人は、そこまで覚えている。覚えている人が1人いるということは、記憶が1つ残っているのと同じだ。仕事でもそうだ。誰かが日付と覚えている限り、話はそこまで戻せる。戻したいわけではなかった。ただ、戻せる場所があるのとないのとでは、立っていられる強さが違う。
私はその夜、電車の中で考えた。おばに言い返して、何になっただろう。おばは、姉の話の方を信じたいのだ。信じたい方が真実になる家で、私は26年暮らしてきた。訂正しても、信じたい方を選ぶ人しか、いなかった。
—
母から電話が来たのは、祖母の法事から3ヶ月ほど後の、春だった。
「沢、みずほの旦那さんね、総支配人になったのよ。総支配人。あのホテルで一番偉い人よ。37歳でなんて、あそこの歴史で初めてですって。」
母は同じ話を3回した。2回目には「歴史で初めて」か「創業以来初めて」に変わり、3回目には「新聞にも乗るかもしれない」になっていた。新聞には、乗らなかった。
その頃、姉から一度だけ連絡が来た。年賀状でも電話でもなく、短い文面だった。「うちの人が総支配人になりました。沢も大変だと思うけど、頑張ってね。」返信は打たなかった。何を打っても間違いになる文面だった。
代わりに、姉が写真をアップし始めた。その頃から、姉のページの投稿には決まった書き方がついた。「支配人夫人の休日」。そう書いて、白いシーツと窓とテーブルの上のグラスが映っている。窓の外には緑らしいものが見える。下には、いつも同じような言葉が並んでいた。「素敵ですね。」「羨ましいです。」「旦那様が素敵だから。」姉はその1つ1つに、短く返していた。「主人が無理を言って、取ってくれるんです。」無理を言って。私はその言い方に一度引っかかって、そのまま流した。ホテルに勤めている人の家族なら、そういうこともあるのだろうと思ったのだ。
私は月に1度くらい、その写真を見た。見て、閉じた。
そのうち、と言っても1年ほど経ってからだ。妙なことに気づいた。写真の日付が違うのに、部屋がいつも同じなのだ。窓の外の景色が同じ角度で、カーテンの掛かり方の位置も同じ。テーブルの木目の傷まで、同じだった。
私は宿の紙を、毎月何百枚も読んでいる。部屋の細かい違いが目に入る癖がついていた。同じ角部屋。日付は、春と夏と冬。その時は、それだけだった。
—
その頃、うちの会社は伸びていた。明り屋と山梨の宿の後、長野の温泉旅館を預かった。次が北陸の小さなホテル。その次が四国の宿。どれも赤字で、どれも預ける側が最後の手段として持ってきた話だった。
三倉さんのやり方は、毎回同じだ。まず1ヶ月泊まり込む。従業員の名前を全部覚える。黒板を自分で開く。そして一番最初に直すのは、客室ではなく順番だった。私は東京で紙を読み、企画を書いた。
女性の2人客が増えていると気づいたのは、紙からだった。同じ宿に2泊する人が「2泊目が暇だった」と書いていた。何枚もあった。それで、2泊目に何もしなくていい過ごし方を作った。朝食の時間を選べるようにして、風呂を貸し切りにできる枠を昼にも作って、部屋に本を置いた。30冊ずつ、宿ごとに選んだ。連泊の予約が、半年で2倍になった。
備品も統一した。歯ブラシもタオルも、宿ごとにバラバラだったものを1つにまとめて、仕入れの単価を下げた。浮いた分は、布団に回した。大月さんが会議で言った。
「奥さんの仕事が、一番金になってますよ。」
「社長も、沢さんも、知ってます。」
北陸のホテルを預かった年に、そこで働いていた若い子が、辞めると言い出したことがある。親に「そんな仕事はいつまでも続けるものじゃない」と言われたのだそうだ。三倉さんは、その子の実家に行った。会社の車で片道4時間かけて行って、両親に頭を下げて、うちがどういう会社かを1時間説明して帰ってきた。その子は、今も辞めていない。私はそれを姉には話さなかった。話しても、社員の親のところへ自分で出向く社長は、姉の中では「立派な人」にならないと分かっていた。
—
勤め先を辞めるかどうか、私は半年迷った。決め手になったのは、宿から届いた1枚の紙だ。長野の旅館に2泊した年配の女性が、2泊目の夜に書いたものだった。夫をなくしてから、初めて一人で泊まったと書いてあって、最後にこうあった。「あの本棚に、主人が好きだった本が入っていました。誰が選んだのですか?」
選んだのは、私だ。私はその紙を持って、そのまま辞表を書いた。2年前に、私は勤めていた会社をやめた。10年いた職場だった。送別会で、上司が「三倉さんがいなくなったら、伝票が止まる」と言って笑った。笑いながら、少し泣いていた。
翌週から、私は明り屋ホスピタリティの社員になった。肩書きは、企画。名刺には、会社の名前と自分の名前だけを刷った。「社長の妻」だと言わない方が、現場の人が本音を言うと分かっていたからだ。
実家には、辞めたことを言わなかった。言わなかったというより、聞かれなかった。母の電話は月に1度か2度あって、話の8割は姉のことだ。残りの2割は、父の血圧と近所の誰かの話。母の方から私の仕事に触れたことも、一度だけある。
「沢のところは、まあ、掃除みたいな仕事なの?」
「掃除じゃないよ。宿を預かって、立て直す仕事。」
「同じでしょう。」
「違うよ。」
「今は、預かってる宿が10件になった。」そこまで行って、私は続きを飲み込んだ。母が興味を持ったからではない。
「あら、そう。それより、みずほがね。」
そうやって話が戻るのを、私はもう知っていた。私の方から仕事の中身を説明したことは、これとは別に2度ある。2度とも、最後は母の同じ言葉で終わった。「姉さんの前では、言わないでね。」3度目から、私は黙った。
結婚記念日に、実家から連絡が来たことはない。電話は来る。誕生日にも、来る。ただ、あの日のことだけは、6年の間一度も話題に出なかった。
姉の角部屋のことも、私は誰にも言わなかった。言い訳がなかったのだ。他人のホテルの話で、私はその客ですらない。実家に言えば「妹が姉を妬んでいる」という話に、必ずなる。三倉さんに言えば、仕事として調べようとするかもしれない。それは、一番してはいけないことだと思った。だから、私は月に1度写真を見て、閉じた。それを3年続けた。
一度だけ、三倉さんの前で写真を開いてしまったことがある。三倉さんは画面を覗いて、「いい部屋ですね」と言った。それだけだった。角部屋の位置も、テーブルの木目の傷も見ていない。人の家のアルバムを見る目だった。私は、すぐに画面を閉じた。
—
姉とは、5年前のあの式の日から一度会っていない。正月に実家へ行く日をずらすようになったからだ。ずらしたのは私ではなく、母だった。
「みずほたちは元日。沢は2日にしてちょうだいね。」
そう言われて、「はい」と答えた。2日の実家は静かで、母は前の日の話をずっとしていた。
入社した翌年の秋、会社に1件の相談が持ち込まれた。持ってきたのは取引のある銀行で、話の中身は都心にあるシティホテルの再建だった。客室は180室。埋まるのが100室に届かない日が続いている。数年前までは130室が当たり前だった宿だ。設備が古く、人件費も光熱費も重い。
大月さんが資料を見て、最初に言った。
「これは、うちの手に終えませんよ。」
規模が違うのだ。うちが預かってきたのは、11部屋や30部屋の宿だった。180室の都心のホテルは、うちの宿を何件も束ねた大きさだ。ところが、三倉さんは資料をめくる手を止めなかった。
「大月さん、この落ち込み方、変じゃないですか?」
「変?」
「客室の落ち方じゃない。」
三倉さんは数字の並びを指でなぞった。
「建物が古くて客が減る時は、全部の部屋が同じように落ちます。でも、ここは上の階だけ落ちてる。それも、平日だけ。」
「団体が抜けたんでしょう。」
「団体が抜けたら、宴会場も落ちます。宴会は落ちてない。」
彼は資料を閉じた。
「これは、運用の落ち方です。」
その時、私は隣の席で別の宿の紙を読んでいた。ホテルの名前は、会議の最初に一度だけ出ていた。聞こえてはいた。ただ、頭が受け取らなかった。うちに来る話は、いつも名前を聞いたこともない宿ばかりだったからだ。
大月さんが資料の表紙を、こちらへ滑らせた。
「ロイヤルガーデン、東京。」
指先が冷たくなるのが、分かった。
—
私はその日の夜、三倉さんに話した。姉の夫がそこの総支配人であること。姉が式を挙げた場所であること。写真の角部屋のこと。全部、話した。三倉さんは長いこと黙っていた。それから言った。
「教えてくれて、助かりました。」
私は、決めていたことを言った。
「私、この件からは外れる。」
「外れる?」
「身内がいる案件で、私が口を出したら、判断が濁るから。」
翌朝、私は大月さんにも同じことを言った。大月さんは書類から顔を上げ、眼鏡を外した。
「奥さん、それ、逆です。」
「逆?」
「奥さんが企画から降りたら、この会社は誰が客の紙を読むんですか?」
「でも、人事の処遇と身内の話には、口を出さない。そこだけ線を引いてください。」
「仕事から降りるのは、それこそ、もったいないですよ。」
私はその場で、線を引いた。人の処遇には触れない。姉のことは、自分から言わない。ただし、紙は読む。
私は、資料を開かなかった。開くことになったのは、その半年後だ。
年が開けて、私の肩書きが変わった。企画統括。名刺を作り直す時、大月さんが横から口を出した。
「統括って、書いてください。書かないと、外の人が奥さんを『社長の奥さん』としか見ませんから。」
連泊のプランは、その頃には全部の宿に入っていた。備品の統一も終わって、仕入れの単価が2割下がっていた。会社が預かる宿は13になり、社員は47人になった。事務所も、明り屋の一室から東京に借りた部屋へ移っていた。創業の時の4人は、4人とも残っている。
ロイヤルガーデン東京の話は、冬から本格的に動き始めた。規模が大きすぎるという大月さんの心配は、正しかった。だから、うちは一社では買わなかった。取引のあるファンドと一緒に、建物を持つための会社を作った。金の大半はファンドと銀行で、うちが出せたのはごく一部だ。三倉さんの財布から出た金は、1円もない。ただ、中で働く人を雇い、日々の判断を下す運営会社は、うちのものだ。建物の値段の話はあちら。人と現場の話はうち。だから、人の処分も、うちで決める。決めるのは、社長一人ではない。建物を持つ会社からも2人、うちの取締役に入ってもらっている。
買う側の調べ物を仕切ったのは、年明けにうちへ入った芦田弘だった。前は監査法人にいた人で、50を過ぎている。声が小さく、断定をしない。買収が決まった後、芦田さんの部署は社長の元から外れた。報告先は取締役で、社長は報告を受けるだけになる。三倉さんが、自分でそう決めた。
うちに来て最初の会議で、芦田さんはこう言った。
「私は、これは手がかりですとしか申しません。手がかりを答えと言い換えるのが、一番危ないので。」
大月さんが「回りくどい人が来た」と言い、三倉さんが「そこがいいんです」と言った。
契約の話が進む間、私は自分に引いた線を守っていた。その代わり、紙は読んだ。
買う前の調べ物で、うちは相手方にいくつも資料を出してもらう。財務の資料、契約の一覧、設備の記録。その中に、私は苦情の記録を入れてもらった。
「宿泊のお客様から寄せられたご意見は、過去の分もお願いします。」
そう頼んだのは、私だ。相手方の担当者は、少し困った顔をした。
「あれは、保管の決まりがはっきりしていませんで……」
「ないならないで構いません。あるだけで。」
3日後、段ボールが2つ届いた。あの秋の会議から、半年が過ぎていた。中身はコピーの束だった。送り状には「フロントより」とだけ書いてあった。誰の名前も入っていない。原本ではない。誰かが手元に取っておいた、控えだ。日付は3年前の春から、箱が届く前の月まで。ホチキスで月ごとに止めてあって、右上に小さく鉛筆の数字が入っていた。整理番号だ。
芦田さんが箱を覗いて言った。
「これは、上回した控えですね。」
「控え?」
「原本は、総支配人室か総務の方にあるはずです。回した人が、自分の手元にも同じものを取っていた。整理番号が抜けていないので、途中で捨てていません。」
「なぜ、そんなことをするんでしょう?」
芦田さんは箱の淵を指でなぞった。
「回しても、何も戻ってこないということが続いた時に、人はこうします。」
私はその2箱を、2週間かけて全部読んだ。夜、テーブルの上に並べて読む。褒めてある紙が半分。残りのほとんどが、直せる苦情だった。あの色のファイルに入る紙は、この2箱では1月に1枚あるかないか。それが、3年分途切れずに続いていた。うちの宿なら、一軒あたり1年で1枚か2枚しか出ない。この紙が一番厚くたまる宿。私たちが引き受けようとしているのは、そこだった。
「約束が違った」という紙。そして、その紙のほとんどが、同じ形をしていた。予約した部屋に泊まれなかったという苦情だ。読み進めるうちに、書かれている言葉が揃っていることに気づいた。「当日になって、部屋が変わると告げられた。理由を聞くと、支配人のご関係者が使われるのでと言われた。」同じ回しが、10枚を超えていた。
部屋を変えられた日付には、偏りがあった。連休の前後、花火の日、暮れの20日過ぎ。ホテルが一番混む日ばかりだった。空いている日を選べば、誰も動かさずに済んだのだ。
私は打ち込む手を止めた。ホテルでお客様を1つ上の部屋にお通しするのは、珍しいことではない。空いていれば、記念日のお客様にそうする。それは現場の判断でやることで、うちの宿でもやっている。でも、これは逆だった。予約が決まっている人を、下ろしている。
1枚だけ、明らかに違う紙があった。3年前の4月の日付で、手書きだった。他の紙が3行か4行なのに、その紙だけ裏まで使ってあった。字が丁寧で、線が定規で引いたようにまっすぐだった。そこには、こう書いてあった。
「結婚25年の記念に、半年前からあの部屋を取っておりました。当日、支配人のご関係者が使われるので、別のお部屋に移っていただきたいと言われました。妻には理由を言えませんでした。もう2度と来ません。」
名前が書いてあった。会社名も役職も、書いてあった。私はその紙を持ったまま、しばらく動けなかった。
支配人のご関係者。その言葉が誰を指すのか、私はもう分かっていた。買う前の調べ物で、うちは各部の間取りと客室の写真のデータを受け取っている。窓の向きとカーテンを止める金具の位置と柱の入り方を合わせれば、部屋は1つに絞れる。3年間、月に1度だけ開いていた写真の角部屋。その番号は、この紙に書かれた部屋番号と同じだった。
分かってしまったからこそ、私は自分に禁じた。断定してはいけない。私はその関係者の妹で、この会社の企画統括だ。私が名前を出した瞬間に、これは「身内の話」になる。身内の話になったものは、記録ではなく感情として扱われる。
だから、私はその紙を、他の束に戻した。そして、事実だけを並べた。3年間で、当日に部屋を変えられたという苦情が27件。そのうち20件までが、同じ部屋番号だった。数字を出した後、私は三倉さんに、紙の束と、日付ごとの件数と部屋番号だけを並べた一覧を渡した。買う前の資料に、その部屋に誰が泊まったかまでは入っていない。名前の書かれた1枚は、上から3枚目に混ぜてあった。
彼は1時間かけて、全部読んだ。読み終わって、最初にこう言った。
「この27件、その後、また来てくださったかどうか、後で必ず付き合わせてください。」
「うん。」
「多分、ほとんど戻ってきておられないと思います。」
「うん。」
「じゃあ、ここは客を減らしたんじゃない。減らされたんです。」
彼は束を揃え直し、名前の書かれた1枚のところで手を止めた。
「この方は、25年に1度の日を潰されています。」
「そうだね。」
「沢さん。」
彼は顔を上げなかった。
「この紙、誰の関係者かは、書いてありませんね。」
「書いてない。」
「じゃあ、書いてあることだけで、計画を作りましょう。」
私は頷いた。線の引き方が同じ人と、一緒に働けるのは幸運なことだと思う。
そこまで決めてから、私は再建の計画書を作り始めた。計画書の第1項は、客室の改修でも料金でもない。
「客室は、どなたのご関係者であっても、こっそり開けておくことはしない。ご予約で決まっているお部屋は、後から動かさない。」
「空いている時に、1つ上のお部屋へご案内するのは、現場の判断で行う。ただし、ご案内できるのは、どなたのご予約も入っていないお部屋に限る。」
その2つが、第1項と第2項だ。書きながら、これが誰かを指す文章になるかもしれないと思った。それでも、この3年で27人のお客様が同じ理由で帰っている。欠かさずに済ませる道は、なかった。
計画書は、素案を作って現場に配ることになった。現場に配るものに、作った人間の名前は載せない。名前が乗ると、内容ではなく誰が言ったかで受け取られるからだ。現場が読むのは、項目だけが並んだ数枚の紙になる。署名のページと根拠の紙を付けた原本は、社内に一部だけ置いた。芦田さんは、出来上がった原本は東京の事務所の金庫で預かると言った。鍵は2つ作られ、1つを芦田さんが、もう1つを私が持った。どちらか一方では開かない。
「これは、開ける日が来るまで、開けない方がいい類いのものです。」
「開ける日って、来ない方がいいですね。」
芦田さんはそう言って、その話を終わらせた。
その頃、母から電話があった。
「沢、あんた、おばさんに何か送った?」
「送ってないよ。」
「そう。この間ね、おばさんが言ってたのよ。沢ちゃんとこ、まだ大変なんでしょ、って。」
「誰がそんなことを。」
「みずほじゃない?あの子、心配してるのよ。」
「心配?」その言葉を、母は本気で使っていた。私は受話器を持ったまま、台所の窓を見ていた。姉が親戚に何を話しているかは、6年前から変わっていないのだと思った。妹は貧乏な男に嫁いだ。今も苦労している。そう言っておけば、姉の話は座りがいい。
「お母さん、うちが今どのくらいの会社だと思ってる?」
母は黙って、それからこう言った。
「そういうこと、言うのやめなさい。惨めになるだけよ。」
私は笑ってしまった。笑ったまま、電話を切った。
—
買収が成立したのは、その年の夏の終わりだった。売買の書類にも、その8月の日付が入った。私は裏まで字の詰まったあの1枚を透明な袋に入れ、計画書の一番最後に閉じた。名前と会社名の上には、後で白い紙を当てられるようにしておいた。芦田さんは表紙をめくって、一度だけ頷いた。
現地へ行くことになったのは、買収の書類が済んだ翌月だった。秋の、よく晴れた日だ。目的は視察と、総支配人への中間報告だった。買収の後、うちは伝票と宿泊の記録を付き合わせる作業を始めていて、その途中経過を現場の責任者に伝える。「沢さんが、先に耳に入れておくのが筋です」と言ったからだ。
約束は、午後1時。大月さんと芦田さんは、午前のうちに入っていた。大月さんは別室で幹部と設備の打ち合わせをし、芦田さんは大会議室で資料を並べているはずだった。芦田さんとは、その朝一番に事務所で会っている。2つの鍵で金庫を開け、計画書の原本を渡した。芦田さんはそのまま先にホテルへ回り、私と三倉さんは後の電車に乗った。
彼は紺のジャケットに、いつもの鞄。私は、仕事の時の服だ。会社の車を使うこともできたが、都心は駐車場の方が面倒だと彼が言った。
前の晩、私は久しぶりに眠れなかった。行かないという選択も、まだあった。私が同席しなくても、報告は成り立つ。それでも行くことにしたのは、三倉さんにこう言われたからだ。
「沢さんが作った計画です。現場に説明する時、書いた人がその場にいないのは、僕は嫌です。」
「私、姉のことは話しません。計画の話をします。」
「それなら、行ける。」
そして、着くのが早すぎた。乗り換えがうまくいって、約束の1時間前に駅に着いてしまったのだ。
「どうします?」
「中で待たせてもらおう。」
ロビーの椅子で待つ予定だったのを、正面に変えた。それだけのことだった。回転扉を抜けると、天井が高い。床の大理石に照明が映って、そこだけ水が溜まっているように見えた。5年前、姉の式でここに来た時と、何も変わっていない。
フロントに人が立っていた。40代の女性で、背筋が真っすぐだった。名札に「中林」と読める字があった。私はその顔を覚えていた。5年前、化粧室の場所を教えてくれた人だ。向こうは当然、私を覚えていない。それでもこちらへ向かって、同じ角度で頭を下げた。
「いらっしゃいませ。」
その角度も、5年前と同じだった。こういう人が1人いる宿には、客が必ず戻ってくる。人ではなく運用が落ちているという、三倉さんの読みは多分当たっているのだ。
三倉さんは足を止め、ロビーの真ん中に立っている太い柱を見上げていた。
「柱の位置、やっぱりもったいないですね。」
「5年前も、同じこと言ってた。」
「同じものを見れば、同じことを思います。」
私は笑った。その笑い声で、振り返った人がいた。
ロビーの奥、ラウンジの入り口の辺りに、4人連れの女性がいた。昼食の帰りらしく、みんな手提げ袋を持っていた。その中の1人が、こちらを見て立ち止まった。
姉だった。
「なんで、あんたたちがここに?」
高い天井の下で、その声だけがよく通った。5年ぶりだった。髪の色が明るくなっていて、着ているものが変わっていた。それ以外は、何も変わっていなかった。
姉は歩いてきた。歩きながら、私の靴からコートの襟元まで順番に目で撫でた。それから、隣に立つ三倉さんを見て、口の端を上げた。
「まだ、この人と一緒だったんだ。」
友達の1人が追いついてきて、姉の腕に触れた。40前後の、髪をまとめた人だった。姉が「まゆみさん」と呼んだので、名前だけは分かった。
「知り合い。妹。」
姉はそう答えて、少し笑った。
「6年前にね、私に来たお見合いがあったの。それを、この子が。あら、まあ、色々あってね。」
「色々」の後に、姉の全部が入っていた。
姉は、私の鞄を見た。3年使っている布の鞄で、角がわずかに擦り切れている。
「その鞄、まだ使ってるんだ。」
「使えるから。」
「使えるかどうかの話じゃないでしょう。」
姉は自分の鞄を持ち上げた。金具に、店の名前が入っていた。
「こういう場所には、こういう場所の格好があるのよ。恥ずかしいのは、私なんだからね。」
私は、頷きもしなかった。
「今、どこに住んでるの?」
「まだ、あの部屋。」
「引っ越したよ。」
「へえ。どの辺?」
「同じ市の中。」
姉は「ふうん」と言って、それ以上聞かなかった。聞けば答えの出る質問を、姉は途中でやめる癖がある。答えが自分の予想と違うと困るからだ。
車のことも聞かれた。持っているかと聞かれて、「会社のがある」と答えたら、それで満足したようだった。
姉は改めてロビーを見回した。ゆっくり、見せつけるように首を回した。
「で、何しに来たの?こんな高級ホテルに、来る余裕あったの?」
私は答えなかった。答える言葉がなかったわけではない。ここで使う言葉ではないと思った、だけだ。
「ラウンジ?あそこ、コーヒー1杯で2000円するけど。」
まゆみさんが笑った。姉も笑って、私に言った。
「無理しなくていいのよ。駅前にチェーンの店、あるから。」
三倉さんは、何も言わずに立っていた。彼は昔からこうだ。人が話している間は、黙っている。黙っているのを、姉は別の意味に取った。
「ねえ、旦那さん。」
姉は三倉さんに向き直った。
「今も、旅館のお仕事?」
「はい。」
「大変ね。うち、たまに温泉行くけど、ああいうところの人って、休みないんでしょ?」
「休みは、取れます。」
「ふうん。」
姉は口の端を上げたまま、続けた。
「うちの主人ね、去年は海外の同業の会合に呼ばれたのよ。ああいうところに呼ばれる人と、呼ばれない人がいるじゃない。」
「そうですね。」
「気を悪くしないでね。そういう世界があるってだけの話。」
三倉さんは「はい」と答えた。腹を立てた様子はなかった。彼は本当に、そういう世界があると思っただけだったと思う。
姉は三倉さんのジャケットの袖口を見た。見て、目だけで笑った。
「そのジャケット、いつのかしら?」
まゆみさんが「ちょっと」と、姉の袖を引いた。姉は止まらなかった。
「いいのよ。身内だから。」
そして、姉は一番言いたかったことを言った。
「でも、本当にあんたに譲って正解だったわ。」
「譲って」。その言葉を、私は6年前の座敷でも聞いた。あの時、姉は親戚の前で「私が譲ってあげたの」と言い、笑いが起きた。
私は黙っていた。黙っていることになれすぎているのだと、その瞬間だけ思った。
姉は左手を持ち上げた。指輪が、照明を受けて光った。それから、胸を張って、はっきり言った。
「私の夫は、このホテルの総支配人よ。」
その声は、ロビーの端まで届いた。フロントにいた中林さんが、こちらを見た。見て、すぐに視線を落とした。落とし方が、早すぎた。ロビーにいた何人かが、声のした方へ顔を向けた。宿泊客も、荷物を運んでいた係の人も、一瞬だけ止まった。姉はその視線を浴びて、満足そうだった。
「支配人夫人って言われるの、慣れちゃった。」
姉は続けた。
「私が予約するといつも、一番いい部屋にしてくれるの。まあ、そういうものなのよ。ここは。」
まゆみさんが「いいなあ」と言い、姉が「今度、みんなで泊まりましょう」と言った。
「実家にも、言ってあるの。両親、喜んじゃって。」
姉はそこで、私を見た。
「お母さん、沢のこと、心配してたわよ。いつまで、あんな生活するのかしらって。」
「あんな生活」。私はその言い方を、多分一生忘れない。
その時、頭の中で別のものが並び始めた。3年間、月に1度だけ開いて閉じてきた写真。窓の外に緑が映っていたあの角部屋。2週間かけて読んだ2箱の紙。当日になって部屋を変えられた27人。裏まで字の詰まったあの1枚。その全部が、今、同じ場所を指していた。あの紙を書いた人は、25年に1度の日をここで潰されている。その同じロビーで、姉は「いつも一番いい部屋にしてくれる」と笑っている。
胸の辺りが重くなった。怒りというより、順番が違うという感覚に近かった。材料が揃ったからと言って、私が言うことは何もない。私は自分に線を引いている。人の処遇には触れない。姉のことは、自分から言わない。
だから、私はそのまま帰るつもりでいた。姉が最後に、こう言うまでは。
「沢も、ここで働けたら良かったのにね。掃除でも何でも、人は足りてないらしいから。」
そう言った後、姉は付け足した。
「悪気で言ってるんじゃないのよ。働くのは、いいことだもの。」
まゆみさんは、今度は笑わなかった。代わりに、隣で音がした。三倉さんが、鞄を持ち直した音だった。
三倉さんはゆっくりと、ロビーの天井を見上げた。柱でも照明でもなく、建物そのものを見る目だった。その横顔で、その日は黙っていられないのだと分かった。
三倉さんは天井から目を戻し、姉の方を見た。そして、いつもの声で言った。
「ここ、先月うちが買収したけど。」
ロビーの音が、一瞬だけ遠くなった。姉は口を開けたまま、止まった。まゆみさんが「え?」と、小さく言った。
「はあ?」姉の声は、裏返っていた。三倉さんは、それ以上何も言わなかった。言い返すでも、誇るでもない。事実を1つ置いただけ、という顔をしていた。
数秒後、姉が笑い出した。最初は喉の奥で、それから声を上げて、最後は体を折って笑った。
「何それ?何それ?」
姉はまゆみさんの腕を掴んだ。
「聞いた?このホテルを買収したって。」
「はあ。」
「もうやめてよ。恥ずかしいから。」
姉は笑いながら、目尻を拭った。新居に来た時、うちの狭い玄関で靴を「1、2」と数えた時と同じ笑い方だった。数えて、足りないものを見つけた時に、姉はこの笑い方をする。
「沢、あんた、旦那にそういうこと言わせるの、やめなさいよ。6年経って、見え張るようになったの?」
「言わせてないよ。」
「じゃあ、本気で言ってるの?もっと悪いじゃない?」
姉は、もう一度笑った。
「あのね、ここ、100年近くやってるホテルなの。旅館屋さんが買えるようなところじゃないのよ。」
まゆみさんが小さく言った。
「みずほちゃん、そのへんで。」
「いいのよ。妹だから。」
姉は私に向き直った。
「沢、いい?世の中には順番があるの。あんたたちがやってるのは、潰れかけたところを安く借りて回すお仕事でしょ。それはそれで立派。でも、こういうところとは、違うの。」
「そうだね。」
「分かってるなら、いいのよ。」
姉はそう言って、私の肩を軽く叩いた。ねぎらったつもりだったのだと思う。姉はそれから、思い出したように聞いた。
「今日は、車で来たの?」
さっきの続きだったのだろう。
「電車です。」
三倉さんは、腕時計を見ながら答えた。6年前と同じ時計だった。
「その方が、着く時間が読めますので。」
「旅館屋さん」。さっき、姉はそう言った。それが、姉の中の一番軽い呼び方だった。三倉さんは、その呼び方に何も言い返さなかった。もう一度時計を見て、それから私を見た。
「僕は、先に上がって待っていましょうか?」
聞いたのは、私のためだった。この場を離れれば、姉との話はここで終わる。私は、首を横に振った。理由は自分でも、よくわからなかった。
その時だった。ロビーの奥、階段の方から、足音が近づいてきた。1人ではない。先頭を歩いていたのは、大月さんだった。上着を着て、書類を抱えて、少し急いでいた。その後ろに、このホテルの人が4人。制服とスーツが混じっていた。
大月さんは私たちの数歩手前で止まり、姿勢を正した。
「三倉社長、お待ちしておりました。」
そして、頭を下げた。続いて、後ろの4人が下げた。4人、バラバラではなく、同じ深さで、同じ速さで下げた。そういう訓練をしている人たちなのだ、とその角度で分かった。
「早く着いてしまって、すみません。」
三倉さんが言うと、ホテル側で一番年上らしい男性が顔を上げた。
「とんでもございません。会議室のご用意は、できております。」
「助かります。」
姉の笑い声が、止まっていた。正確に言うと、止まったのではなく、途中で切れた。息を吸ったところで音が消え、口だけが開いたままになっていた。まゆみさんが姉の顔を見た。他の2人も見た。姉は、誰とも目を合わせなかった。その目が、頭を下げた4人の背中を行ったり来たりしていた。
「ちょっと、」姉が言った。「これ、何?」
誰も答えなかった。答える必要のある質問ではなかったからだ。姉はまゆみさんの袖を引いた。
「ねえ、この人たち、なんで頭下げてるの?」
まゆみさんは答えられなかった。袖にかかった姉の手をそっと外して、半歩下がった。
一番年上の男性が、うちの本部長にこう聞いた。
「大月本部長、ご案内は正面からでよろしかったでしょうか?」
「本来は通用口の予定でした。社長が早く着かれたので、今回は。次からは、正面でお迎えいたします。」
そのやり取りを、姉はすぐそばで聞いていた。その男性が、丁寧に続けた。
「本日は、お金の使われ方と、お部屋の埋まり方の中間のご報告ということで、伺っております。総支配人にも、午後1時とお伝えしてございます。」
大月さんが「はい」と受けた。その男性は、そのまま言い出した。
「総支配人は、今、上から降ります。」
「では、降りて来られるまで、待ちます。」
三倉さんはそう言って、ロビーの椅子の方を指した。待つと言われて、4人が慌てた。慌てさせた本人が、一番平気な顔をしていた。
大月さんがこちらへ向き直り、私にも頭を下げた。
「三倉さんも、お疲れ様です。」
「三倉統括」。名刺に肩書きを入れてから、うちの会社の人は外でも私をそう呼ぶ。社長の妻としてではなく、統括として。
姉の目が、今度は私に向いた。
「と、か、って。声が小さかった。」
「沢、あんた、この人たちの三倉沢です。」
私はそこで初めて、姪に自分から名乗った。
「明り屋ホスピタリティで、企画をやっています。」
「明り屋。」姉はその名前を、初めて聞く外国語のように繰り返した。「聞いたことない。」
「うちは、看板を出さないので。」
大月さんが横から補足した。
「全国14箇所の宿とホテルの運営をお預かりしております。他は運営だけですが、このホテルは建物を持つ会社にも、うちが金を出しております。うちにとっては、初めてのことです。」
その時、正面の階段を降りてくる人がいた。紺のスーツに、金の細いネクタイピン。歩き方が、ロビーの人たちと違った。歩幅が一定で、視線が動かない。
姉の夫だった。5年前、この人が私の顔を見ていたのは、3秒もなかった。覚えてはいないはずだ。
啓介さんは階段を降りながら、こちらの人だかりに気づき、早足になった。
「お待たせいたしました。本日は……」
そこまで行って、啓介さんは三倉さんの顔を見た。困った。本当に、足がその場で止まった。そして、一度切れた。
「社長。」
三倉さんは軽く頭を下げた。
「三倉です。先日は、書面ばかりで失礼しました。」
啓介さんの顔から、色が引いていくのが離れたところからでも分かった。啓介さんは、1ヶ月前からその名前を知っていた。書類の上で、何度も見ていたはずだ。ただ、会ったことはなかった。買う側と現場の責任者が顔を合わせる場は、そこまで一度もなかったのだ。だから、啓介さんは名前と顔が繋がった瞬間に、止まった。
そして、その次の瞬間に、隣に立っている私を見た。私を見て、その隣にいる姉を見た。啓介さんの視線が3度往復するのを、私は数えていた。3度目で、啓介さんは口を開いた。
「失礼ですが、こちらの方は……」
「妻です。」
三倉さんが答えた。私は、その後を引き取った。
「三倉沢と申します。」
会釈をしながら、私は啓介さんがどこで気づいたのかを考えていた。多分、名前ではない。姉は6年間、私の勤め先の名前を人に言わなかった。「妹は貧乏な男と結婚した」としか、言わなかったはずだ。名前を言えば、相手が誰なのかを説明しなければならなくなる。姉は、それを避けてきた。気づかせたのは、並んで立った私と姉の顔が似ていることだったのだと思う。「似ている」と言われたことは、子供の頃から一度もなかったのに。
姉が、夫に駆け寄った。
「あなた。」
姉は返事を待たなかった。
「ねえ、この人が、変なこと言ってるんだけど。」
啓介さんが、低い声で妻の名を呼んだ。
「みずほ。」
姉は、夫の顔を見ずに続けた。
「このホテルを買収したとか言うのよ。旅館屋さんが。」
啓介さんは、妻の腕を抑えた。指に、力が入っていた。
「やめなさい。」
「え?」
「やめなさい。」
2度目の声は、ロビーに響くほどではなかった。それでも、姉は黙った。姉が人に言われて黙るのを、私は初めて見た。
大月さんが咳払いをした。
「人見総支配人、大会議室でよろしいですね。」
「はい。」
「では、こちらへ。」
ホテルの人たちが、動き始めた。フロントの中林さんが、その様子をじっと見ていた。見ていたというより、目を離せずにいた。
歩き出す前、三倉さんが中林さんの方へ向き直った。
「先ほどは、ありがとうございました。」
中林さんが、慌てて頭を下げた。
「とんでもございません。」
「いい入り方ができました。回転扉を抜けたところでもう、あなたが立っておられた。おかげで、どこへ行けばいいのかを一度も探さずに済みました。」
何のことか、私には分かった。三倉さんはいつも、宿に入った最初の30秒で全部を見る。
私たちが歩き出すと、姉がついてきた。まゆみさんが「みずほちゃん」と呼んだが、姉は振り返らなかった。エレベーターの前で、姉が私の腕を掴んだ。爪が、手首に当たった。姉が最初に口にしたのは、謝罪ではなかった。
「騙したの?」
姉は手を離さないまま、言った。
「本当は、最初から金持ちだったんでしょう。それを隠してたんでしょう。」
エレベーターの扉が開いた。ホテルの人が、押さえて待っている。
「みずほ、やめなさい。」
啓介さんが、妻の手を解こうとした。姉は、放さなかった。
「答えてよ。私を騙したの?」
「違うよ。」
私は、姉の目を見て言った。
「私たちが結婚した頃、本当に、お金はなかったよ。」
「嘘。」
「家賃7万8000円の、六畳一間の部屋だった。テレビもなかった。お姉ちゃん、来たことあるでしょ?」
姉の指の力が、少し緩んだ。
「あれは、お芝居でしょ。」
「6年もお芝居する人、いないよ。」
「じゃあ、なんで?」
姉はそこで、言葉に詰まった。
「じゃあ、なんで今、こんなことになってるの?」
私は答えた。
「2人で、ここまで来ただけ。」
姉の手が、私の腕から離れた。姉は、そのまま動かなかった。私は続けた。
「6年で14件だよ。全部、誰かが手放そうとしてた宿。」
「そんな話、聞いてない。」
「聞かれたことないもん。」
私はそう言った。責めたつもりはなかった。ただ、事実がそうだった。姉は口を開けたまま、私を見ていた。信じていないのではない。信じたくないのでもない。その手前で止まっている顔だった。姉の頭の中では、人は最初から持っているか、最初から持っていないかのどちらかなのだ。「持っていなかった人が持つようになる」という道筋が、そこにはない。
「6年でしょ。」
姉が、やっと言った。
「6年で、そんなことある?」
「あるよ。」
「どうやって?」
私は、その質問に答えなかった。答えられなかったのではなく、答えが長すぎたのだ。明り屋の意見箱の紙。夕食の時間を30分ずらしたこと。深夜2時の卵焼き。社員の親のところへ出向いた日。2泊目の本棚。全部を並べても、姉には一行も届かないと思った。
その時、姉がどんな顔をしたのか、私はよく覚えていない。覚えているのは、その顔がすぐに切り替わったことだ。
エレベーターの中で、誰も喋らなかった。階数の表示だけが動いた。姉は鏡になった壁に自分を映して、髪を直していた。こういう時に髪を直せる人なのだと、私はそこで知った。
—
会議室は、3階にあった。古い建物らしい部屋で、天井の飾りが凝っていた。長いテーブルがあって、椅子は白。先に入って待っていた芦田さんの横に、大月さんが座った。案内してくれたホテルの方たちは、扉の前で頭を下げて下がった。
姉は当然のように、啓介さんの隣に腰を下ろした。芦田さんが顔を上げた。
「恐れ入ります。そちらの方は、どちら様でしょうか?」
姉が、自分で答えた。
「妻ですけど。」
芦田さんは、書類を畳んだまま、姉の方へ向き直った。
「では、奥様。ご遠慮いただくのではなく、逆に、お残りいただきたいのです。」
「は?」
「ご予約のお名前とお電話番号は、こちらで控えております。その控えの中に、奥様のお名前がございます。記録の上では、無料でご提供したお部屋をお使いになっている、ご本人です。事実の確認を、させていただきます。」
姉の眉が動いた。
「その場合、これはただ聞いていただく席ではなく、こちらから伺う席になります。この席でお話になったことは、記録に残ります。それでよろしければ。」
「何でも、いいわよ。」
姉は椅子に深く座り直して、腕を組んだ。「記録」という言葉を、多分聞き流していた。
立ったまま、三倉さんが口を開いた。
「条件を1つ。お客様のお名前と、会社の名前は伏せてください。人の処遇の話も、この場ではしません。」
「承知しました。」
芦田さんは書類の並びを一度組み替えてから、頷いた。
窓際の席に着く時、三倉さんは私の椅子を引いた。姉がそれを見て、口を歪めた。
「そういうの、慣れてるのね。」
「6年やってるので。」
三倉さんは、笑いもせずに答えた。姉は、何も返さなかった。
姉は最初の5分、機嫌が良かった。正確には、機嫌を作りに行った。
「ねえ、沢。私、さっきは知らなかったから。」
「うん。」
「まあ、姉妹なんだしね。」
姉は椅子ごと、こちらへ体を向けた。
「今度、スイート泊めてよ。」
私は、返事をしなかった。
「家族割りとか、あるでしょ?オーナーの身内なんだから。」
「うちに、そういう制度はないよ。」
「作ればいいじゃない。」
姉は指を折り始めた。
「スイートで、朝食付き。あと、レストランも。あそこのフレンチ、1人1万するのよ。」
「お姉ちゃん。」
「あ、もちろん、全部ただとは言わないわよ。半分でいいから。」
「半分でいい」と姉は言った。冗談のつもりはない。姉の中では、それが普通だった。姉は笑った。笑って、それから思いついたように言った。
「そうよ。うちの人も総支配人なんだから、これから2人で会社を大きくできるじゃない。」
啓介さんは、何も言わなかった。その横顔を、私は見ていた。ロビーで色が引いてから、この人の顔色は一度も戻っていない。妻が身内の話をしている間も、ずっと机の一点を見ていた。
三倉さんが、座り直した。
「人見さん、先にお話ししておきます。」
「はい。」
「うちが、このホテルを引き受けた理由です。」
姉が「今、その話?」という顔をした。三倉さんは、構わなかった。そこから三倉さんは、資料も見ずに話した。
「昨年の秋に話を頂いた時、うちの本部長は反対しました。規模が違いすぎると。それは、正しい意見です。」
大月さんが、小さく頷いた。三倉さんは続けた。
「ただ、数字の落ち方が変でした。建物が古くて客が減る時は、全部の回が同じように落ちます。ここは上層階の客室稼働率だけ、それも平日だけ、落ちていました。宴会の売上には、同じ落ち込みがありません。」
「はい。」
「建物の落ち方でも、人の落ち方でもない。運用の落ち方です。運用なら、直せます。だから、うちが手を上げました。」
三倉さんは、そこで一度言葉を切った。
「確信が持てたのは、今年に入ってからです。お客様のご意見を3年分読ませていただいて、苦情の内容がある1つの問題に集中していると分かりました。」
三倉さんは、啓介さんを見た。
「読んで、もう1つ分かりました。上の階だけが落ちていた理由です。当日にこちらの都合でお部屋を移っていただいたのは、全員、上の階のお客様でした。高いお部屋を取ってくださる方。2度と、戻ってきてくださらない。落ちるのが上からになるのは、それでです。」
姉が「へえ」と言った。中身を聞いていない相槌だった。啓介さんが、この部屋に入って初めて、自分から口を開いた。
「その3年分のご意見なんですが。」
芦田さんが、口を挟んだ。
「原本は、こちらの総支配人室に上がっているはずのものです。私どもがお預かりしたのは、現場で取られていた控えでした。」
啓介さんの肩が動いた。それ以外は、動かなかった。動かないことが、答えのように見えた。
「人見さん。」
三倉さんが呼びかけた。
「先月から、うちの名前はご存知でしたよね。」
「知っておりました。」
「ご家族には?」
啓介さんはそこで、ようやく妻の方を見た。
「話しておりません。」
「なぜですか?」
「話すと、外で話しますので。」
啓介さんは、それだけ言った。それきり、妻の方へは目を戻さなかった。姉が顔を上げた。
「何を話すのよ。うちが売られたことは、お前も知ってただろう。」
「知ってたけど、どこに売られたかなんて、興味ないもの。」
姪はそう言った。自分で言ったのだ。誰に責められたわけでもなく。
「だって、そんなの、あなたが総支配人でいることに関係ないでしょ。」
啓介さんは答えなかった。代わりに、ネクタイの結び目に指をかけて、わずかに緩めた。その仕草を見て、私は思い出したことがある。5年前、姉の式でこの人は120人の卓を回っていた。若い部下が「現場も分かってる人」だと自慢げに話していた。宴会の当日に、自分で椅子を運ぶのだと。あの時、私はこの人を悪く思う理由を1つも持っていなかった。今も、まだ持っていない。私が持っているのは、2箱分の紙だけだ。
芦田さんが中間報告の綴りを机に置き、表紙をこちらへ向けた。綴りの表紙には、ホテルの名前と日付と「中間報告」という字だけが印刷してあった。その下にもう1冊。表紙に印刷はなく、右下に小さく番号だけが打ってあった。
「こちらが、再建の計画書の原本です。現場の皆様にお配りしたのは、項目だけの素案で、根拠の資料と作成者の署名がついているのは、この1冊だけです。」
啓介さんが、顔を上げた。芦田さんはそのまま続けた。
「素案に、作ったものの名前は入れておりません。入れますと、内容ではなく、誰が言ったかで読まれますので。」
啓介さんは何か言いかけて、言い直した。
「原本は、初めて見ます。」
「はい。私どもで鍵をお預かりし、今、2人で開けてまいりました。」
三倉さんが、表紙をめくった。1枚目に、番号のついた項目が並んでいた。その第1項を、芦田さんが読み上げた。
「客室は、どなたのご関係者であっても、こっそり開けておくことはしない。ご予約で埋まっているお部屋は、後から動かさない。」
空気が変わった。芦田さんは続けて、第2項を読んだ。
「空いている時に、1つ上のお部屋へご案内するのは、現場の判断で行う。ただし、ご案内できるのは、どなたのご予約も入っていないお部屋に限る。」
啓介さんは、その行から目を離さなかった。素案で読んでいるはずの1行だ。今、声に出して読まれたことで、それが誰のために書かれたのかが分かったのだと思う。
三倉さんが補足した。
「良い部屋へのご案内、そのものは喜ばれる仕事です。ただ、喜ばれたお客様の顔しか見えません。うちは、見えない方から先に直します。それを、計画の一番上に置きました。」
大月さんが、横から言い添えた。
「現場の皆さんは、あれを本社から降りてきた指示だと思って、読んでおられます。」
啓介さんが、間を置いてから言った。
「うちのものは、あれを守るのが大変だと言っておりました。」
「現場の皆さんに、守っていただいたんですね。」
三倉さんはそう返した。皮肉ではない。
私は、この1項を書いた夜を覚えている。候補はいくつもあった。売りを戻す話も、料金の話も、どれも金になる。それでも、これにした。戻ってこない人を作るのをやめない限り、何をしても穴の開いた桶に水を注ぐのと同じだ。三倉さんはその順番に、一言も口を出さず、翌朝、判を押して返してきた。
姉が口を挟んだ。
「そんなの、当たり前じゃない。」
姉の方を見た人は、いなかった。
「当たり前のことを、なんでわざわざ一番上に書くのよ。」
「書かなければならない理由が、ここにあります。」
芦田さんは、計画書の最後のページを開いた。透明な袋に入れて、閉じてある手書きの1枚だった。裏まで字が詰まって、線が定規で引いたようにまっすぐだ。芦田さんは袋の上から白い紙を当てた。
「お客様のお名前と会社名は、伏せます。」
そして、残った部分だけを読み上げた。
「結婚25年の記念に、半年前からあのお部屋を取っておりました。当日、支配人のご関係者が使われるので、別のお部屋に移っていただきたいと、言われました。妻には理由を言えませんでした。もう2度と来ません。」
読み終わった後、誰も喋らなかった。窓の外で、車の音がしていた。
芦田さんが日付を言った。
「3年前の4月です。同じ理由でお部屋を移っていただいたというご意見は、3年で27件。そのうち20件までが、同じ部屋番号です。」
「この27件で、その後もう一度ご予約をいただけたのは、2件だけです。」
啓介さんが、目を閉じた。それから、聞いた。
「その2件は。」
芦田さんが答えた。
「どちらも、ご予約くださったのは、お部屋を移っていただいたご本人ではありません。ご事情をご存知ないご家族が、代わりにお取りになり、そのままお泊まりになりました。」
芦田さんは、そこで一息置いた。
「これは手がかりです。これだけで断定はしません。ただ、27件が同じ形をしているのは、偶然では起きにくいことです。」
芦田さんが計画書を滑らせ、三倉さんが引き取った。
「計画には、客室の改修も入れてあります。180室を、36室ずつ5回に分けます。1年で終える工程です。ただ、改修は最後です。」
啓介さんが、ページから目を離した。
「最後と申しますと。」
「部屋を新しくしても、部屋の約束が守られないなら、同じことが起きますから。」
三倉さんは計画書のページに指を置いたまま、続けた。
「それから、もう1つ決めてあります。開いているからと言って、値段を下げない。一度下げたお部屋の値段は、元には戻りません。3年かけて、下げずに埋めます。」
啓介さんは、テーブルに置いた手を動かさなかった。
—
その時、扉が小さくノックされた。大月さんが立って、行って開けた。フロント課長の中林さんだった。芦田さんが呼んでおいたらしい。急いで来たのか、息が上がっていた。
「失礼いたします。」
大月さんは扉を閉め、自分の席へ戻った。芦田さんは書きかけの紙を伏せ、啓介さんの方を向いた。
「人見総支配人、恐れ入りますが、一旦お席を外していただけますか?」
「いえ、指示を出したのは私です。私の前で、聞いてください。」
「それはできません。」
芦田さんの声が、そこだけ強くなった。
「上司の前で話したことは、後から『上司がいたから、そう言ったのだ』と扱われます。それは、あなたにも不利になります。」
啓介さんは、しばらく動かなかった。それから椅子を引いて、立ち上がり、出ていった。
芦田さんは、姉の方も見た。
「奥様は、そのままで結構です。先ほど申し上げた通り、聞き取りとして、お残りいただいております。奥様に関わることも出てまいりますので、ご本人のいない場では、確かめられません。」
芦田さんは、中林さんに向き直った。
「どうぞ、おかけください。お願いして伺うもので、命令ではありません。ここでお話しくださったことで、あなたが不利になることはありません。考課や評価も、変わりません。」
中林さんは息を吐いた。座らず、両手を前で組んだ。芦田さんは、伏せていた紙を戻した。
「3年前の件です。整理番号の入れ方、階段の綴りにあるお名前、勤務の記録。この3つから、控えを取っておられたのは、あなただと分かりました。」
芦田さんは、そこで顔を上げた。
「その時のことを、覚えていらっしゃいますか?」
中林さんは、啓介さんが出ていった扉を一度見た。
「4月の初めでした。当日の朝に、一番いいお部屋を1つ開けるようにと、指示がありました。私は申し上げました。そのお部屋は、半年前からご予約が入っております、と。そうしましたら、別のお部屋にご案内するようにと、もう一度言われました。ご案内しました。」
中林さんの声は、震えなかった。
「その後、あのお客様が書かれた紙は、上へ回しました。上にも書きました。『半年前のご予約を、当日に変更。指示は総支配人から』と。」
「控えを取り始められたのは、その時からですか?」
「いいえ。回せば、何か戻ってくると思っておりました。2度目も同じでしたので、3度目からは、上へ回す紙全ての控えを取ることにしました。それより前の分は、3年前の春まで遡って、階段の綴りから移しました。日付が抜けると、意味がないと思いましたので。」
「日付の方は、抜けている月はありませんか?」
「3年分、全部あります。」
「本日中に、写しをいただきます。」
芦田さんはそう言ってから、付け足した。
「同じ指示を、受けた方が他に4名。すでに伺いました。4名とも、おっしゃることは同じでした。そのうちのお1人が、あなたに指示を伝えた方です。その方も、『総支配人に言われて、伝えただけ』だ、と。」
芦田さんは、中林さんの言葉をそのまま書き取っていた。
「3年前のその一件では、お代はどうなりましたか?」
「差額を、お返しするようにと申し上げました。通りましたか?」
「通りませんでした。ご不便のお詫びとして、翌朝のお食事を付けました。帳簿には、そのお食事だけが残っています。」
中林さんの声が、そこで低くなった。
「あのお客様は、ご夫婦でお見えでした。お連れ合いの方は、お部屋が変わったことを、ご存知ないまま。」
「なぜ、そう思われますか?」
「ロビーで、ご主人がお連れ合いに、こう話しておられたからです。『こちらの方が、静かだそうだよ』と。」
私は膝の上で指を組んだ。その手に、力が入った。芦田さんは、書き取った紙を声に出して読み返した。中林さんは、その下に署名した。
芦田さんが、中林さんを扉まで送った。入れ替わりに、啓介さんが戻ってきた。芦田さんは、席に着いた啓介さんに向き直った。
「今、伺った内容の写しは、後ほど読んでいただきます。違うところがあれば、その時に。」
姉が、椅子の上で身じろぎした。
「ちょっと待って。」
姉は、芦田さんの方へ身を乗り出した。
「その部屋って、どこの部屋よ?」
芦田さんは、番号を言わなかった。言わない代わりに、こう言った。
「窓からの緑が見える、角のお部屋です。」
姉の口が、閉じた。鞄の持ち手から片手を離して、膝の上に置いた。
3年前の4月に、その部屋で誰かが記念日を祝うはずだった。私は、姉があの角部屋の写真を投稿した月を、3年分覚えている。その4月にも、1枚あった。知らせるつもりはなかった。芦田さんが読み上げた手書きの1枚が、もうこのテーブルの上にある。
芦田さんが続けた。
「そのお部屋のご利用は、記録の上で偏っております。詳しくは、後のページで申し上げます。」
「私は、知らない。」
姉の声が、高くなった。
「私は、総支配人の妻よ。夫が取ってくれた部屋に泊まっただけ。何が悪いの?」
三倉さんではなく、大月さんが答えた。
「奥様。『総支配人の妻』という役職は、うちの会社にはございません。」
大月さんは、表情を変えなかった。旅館が畳まれるのを一度見た人の、言い方だった。姉が、大月さんを睨んだ。
「何それ?嫌味?」
「規定の話です。役職がないということは、権限もないということです。」
「権限なんていらないわよ。夫がいいって、言ったんだから。」
そこで、啓介さんが口を開いた。
「みずほ。」
「何?」
「もういい。」
姉は、夫を見た。
「なんで私が怒られてるの?私は、妹の会社に頭を下げに来たわけじゃないのよ。」
そして、姉は言ってしまった。
「大体、この人たちが今こうしていられるのは、私が譲ってあげたからでしょ。」
その一言で、その場の空気が、もう一度変わった。啓介さんが、ゆっくり顔を上げた。
「譲った?」
「そうよ。私が受けてたら、沢には来なかったんだから。」
「お前、俺には、違うことを言ったよな。」
姉の肩が、跳ねた。啓介さんは続けた。
「妹に横取りされた、と言った。まだ考えている途中だったのに、先に会いに行かれた、と。結婚してから、何度も聞かされた。」
姪が、言いかけた。
「それは、どっちなんだ?」
姪は、答えなかった。この縁談を持ってきた父の元同僚、樋口さんは、姉が自分で断りの電話をかけてきた時刻を覚えていた。姉があった日の、夜の8時だと。私はそれを、言わなかった。樋口さんは、誰かを追い詰めるために日付を覚えている人ではない。言わなくても、姉はもう答えられなかった。
姪は6年間、人前で使う話と、家の中で使う話を別々に育ててきた。2つが同じ部屋に置かれたのは、その時が初めてだった。私は、口を出さなかった。出す必要がなかった。あの座敷で私が一度だけ聞き返した時は、その後に笑い声が続いた。その日は、笑う人が一人もいなかった。それだけのことで、6年分の何かが、ようやく静かになった。
三倉さんは手元の計画書を閉じ、署名のページを開いて、テーブルの上を滑らせた。
「素案には入れなかったページです。ご確認ください。」
啓介さんが、手を伸ばした。そこには、作成者の署名があった。啓介さんは、それを声に出して読んだ。読まなくても良かったのに、読んでしまったのだと思う。
「企画統括、三倉沢。」
姉が、そのページを覗き込んだ。姉は署名を、2度読んだ。3度目に読んだのは、日付の方だった。日付は、ロビーで私に会うより前のものだ。姉が知りたかったのは、多分そこだった。私が姉を見てから書いたのかどうか。違う。事実がそこにある。それで、足りた。
—
芦田さんが中間報告の綴りを開いたのは、その後だった。表紙に印刷のある、薄い方だ。芦田さんは最初のページに指を置いた。
「まず、このホテルがなぜ手放されることになったかを、整理しております。」
姉が、横から言った。
「経営が悪かったからでしょ。」
芦田さんは、否定も肯定もしなかった。
「お部屋の埋まり方が落ち始めた時期があります。3年前の暮れです。」
啓介さんが、繰り返した。
「暮れ。」
「はい。ここで、大きな法人のご契約が1つ、更新されずに終わっています。年間で3200泊。1泊1万5000円ほどでした。」
芦田さんは、そこで一度間を置いた。
「平日の夕方に、上の階のお部屋へ入ってくださるご契約でした。平日1日あたりに直すと、13室ほどです。」
三倉さんが口を挟んだ。
「それで、あれだけ落ちるものですか?」
芦田さんは、首を横に振った。
「13室では、落ち込みの説明になりません。180室のうち130室が売れた、当たり前の宿です。」
ただ、と芦田さんは手元の一覧を開いた。
「同じ年に、更新をされなかった法人が、確認できただけであと4社。いずれも小さなご契約です。それでも、営業以外のお客様が戻らなくなった分を足せば、平日の落ち込みのおよそは、説明がつきます。」
啓介さんが、小さく答えた。
「価格の折り合いがつかなかったと、聞いております。」
芦田さんが、目を上げた。
「そう記録されています。ただ、私どもから先方に伺いました。」
芦田さんはページをめくり、先方がその大きなご契約をやめた理由を読んだ。
「当社の担当者が予約しておりました客室が、本ホテルのご都合により、当日になって変更されました。以後、当社の宿泊は他へ移します。」
短い文だった。この出来事があったのは、3年前の4月。契約が終わったのは、その年の暮れだ。後の4社も、書かれていることはほとんど同じだった。3年前の4月。裏まで詰まったあの紙と、同じ月だ。
姉が、首をかしげた。
「それが、どうしたの?」
「その大きなご契約でお部屋を取っておられた方が、先ほど読み上げた、25年の記念日の1枚をお書きになった、ご本人です。」
姉は、何秒か黙り、それから笑った。
「たまたまでしょう。」
「そうかもしれません。」
芦田さんは、姉の一言を書き取った。
「これも、手がかりです。ただ、こちらがお部屋を変えたこと。先方が年の暮れにご契約をお切りになったこと。そこから平日の埋まりが戻らないこと。この3つが、並びます。」
芦田さんは、綴りの後ろから1枚を抜いた。
「ご本人には、先週お会いしております。お勤め先では、社員が自分の用事で泊まる時も、会社の窓口を通す決まりでした。記念日の一件が、そのまま会社のご契約を切る話になったと、伺っております。」
「3年前のことを、まだ覚えておいででした。『ご自分の記念日だったので』と。」
啓介さんが、口を開いた。
「そのお客様は、他に何かおっしゃっていましたか?」
「金額の話は、一言もございませんでした。ただ、こうもおっしゃっています。『半年前に取ったお部屋が、当日に変わった。それをお連れ合いに説明できなかったのが、一番応えた』と。」
芦田さんは、抜いてあった1枚を綴りへ戻した。
「もう1つ、宿泊をいただかなかったご利用を、見ております。」
啓介さんが、テーブルの上で手を組み直した。芦田さんは、その手を一度見てから言った。
「先に申し上げておきますが。」
芦田さんは、姪の方へも顔を向けた。
「ホテルの総支配人には、宿泊代をいただかずにお客様を泊める枠がございます。どこにもある制度で、取引先のご案内や、お詫びに使います。」
「そうよ。」
姉が、身を乗り出した。
「あるって言ってるじゃない。」
「はい。こちらでは、総支配人の判断で無料にできるのは、お1組2泊まで。1年に40泊までと、決められてます。1泊2万5000円ほどの計算で、金額にしますと、年に100万円の枠です。」
姉の動きが、止まった。芦田さんは数字を読んだ。
「実際に無料で泊まられたのは、3年で210泊。3年分の枠は120泊ですから、90泊が枠の外です。」
三倉さんが聞いた。
「金額にすると。」
「枠の外の90泊だけではございません。210泊全てで見ております。その理由は、この後、問題点として申し上げます。金額は、枠を数えるための2万5000円ではなく、そのお部屋が実際に売れていた値段で計算しました。同じお部屋でも日によって上下いたしますので、一番安かった時の値段で揃えております。3年で、およそ840万円です。」
誰も、何も言わなかった。芦田さんが読み上げた。
「問題は3点です。1点目、枠を超えています。2点目、誰が承認したかの記録がありません。宿泊の記録は残っております。部屋番号も、日付も、お名前も。ただ、誰の判断で無料にしたのかという欄だけが、3年間ずっと空です。ですから、枠の内側の120泊も、正しいご利用とは確認できません。210泊全てで計算したのは、それが理由です。」
ここで、啓介さんが弁明らしいことを言った。
「その都度、口頭で出しておりました。」
答えたのは、芦田さんだった。
「その言葉は記録します。ただ、口頭のご証言ですと、後から誰も確かめられません。次の方が同じことをしても、止められないということになります。」
啓介さんは、黙った。芦田さんは、次の項目へ進んだ。
「3点目、お使いになった方も、お部屋も偏っております。210泊のうち、140泊が同じ角部屋です。その140泊は、ご予約にすると70回。1回につき、きっかり2泊です。無料にできるのは、お1組2泊まで。70回とも、その上限ちょうどでした。」
芦田さんは、名前の並んだページを開いた。
「お名前は、10通り以上。ほとんどは、ご一緒にお泊まりになった方のものでした。ただ、お申し込みの電話番号は、3つしかございません。」
姉の顔から、表情が抜けていった。それでも、姉は聞き返した。
「電話番号?」
「はい。」
私は、目を上げた。名前は書き分けられる。電話番号は、書き分けられない。同じ3つの番号から、あの角のお部屋が抑えられていた。芦田さんは、そこから先を言わなかった。言う必要がなかったからだ。そのまま、次のページへ移った。
「経費の方にも、同じ形が出ております。その前に1つだけ。」
芦田さんはページに手を置いたまま、一旦顔を上げた。
「これは調べ物ではなく、お返しするお金の話です。当日にこちらがお部屋を変えた27件のうち、11件。安いお部屋へお釣りいただいたのに、代金は高いお部屋のままでした。差額は、合わせて38万円ほど。うちの利益には入れず、お返しする金として分けてあります。」
啓介さんが、テーブルから手を離した。芦田さんの声の調子は、変わらなかった。
「金額を4つ申し上げます。経費が3つと、先ほどの無料のお部屋が1つ。今の差額はお返しする金ですので、この4つには入りません。性質が違いますので、足し合わせた総額は、申し上げません。」
芦田さんが、名目の欄を辿った。
「1つ目。会社が実際に払った金です。車両を社用でなく家の用事に使われた、燃料代と駐車場代で、20万円。2つ目。館内のご飲食が、お客様を呼ぶための費用という名目で処理されたもの。およそ230万円。会社から出た金としては、消えていません。付け替えられたのは、名目です。3つ目。備品の仕入れです。同じ品物が、よそより高く入っておりました。相場との差は、3年分で170万円ほど。仕入れ先を決めた書類にも、決めた方の名前がありません。4つ目。無料で泊まられたお部屋の、840万円。これだけは、出ていった金ではなく、売れていたらいくらか、という見積もりです。」
三倉さんが言った。
「金額の話ではないですね。」
「はい。誰が承認したかが、残っていないという話です。」
姉が、「840万」とだけ、数字を拾った。芦田さんは、そのまま続けた。
「もう1つ。経理の担当者は、気づいておられました。3年で3度、書面の問い合わせが出ています。『館内の飲食費用が伸びる理由を教えて欲しい』と。」
啓介さんは、顔を上げなかった。芦田さんは、返事の控えを開いた。
「3度とも、総支配人が『確認済み』と書いております。4度目は、ありません。問い合わせを出しておられた方は、2年前に別の部署へ移られました。」
椅子の軋む音がした。芦田さんは、中間報告の最後のページを開いた。
「お客様のご意見は、月ごとにまとめて総支配人室へ上がる決まりです。『会議しました』という判が押されております。総支配人のものです。」
芦田さんは、判の跡を見せた。
「3年間、毎月押されております。」
啓介さんが、目を閉じた。芦田さんはその欄に指を置いて、続けた。
「押されておりますが、その後に動いた記録がございません。部屋の運用も、担当への指示も、何も変わっておりません。」
芦田さんは、声を落とした。
「私が申し上げられるのは、ここまでです。これは経費の話ではなく、管理の話になります。」
姉が、椅子を鳴らして立ち上がった。
「何なのよ。さっきから。」
大月さんが、腰を浮かせた。
「奥様。」
「うちの人は、ここで一番偉いのよ。」
姉の声は、もうさっきまでの高さではなかった。上がっているのに、力が入っていない。
「総支配人なんだから、部屋くらい好きにできるでしょう。私は総支配人の妻なんだから、それくらい当然じゃない。」
三倉さんが、姉の方へ向き直った。
「違いますよ。」
短かった。姉が、息を吸った。三倉さんは、声を変えずに言った。
「総支配人は、ホテルを任されている人です。ホテルを自分のものにしていい人じゃありません。」
部屋が、静かになった。三倉さんは続けた。
「任されている人には、任せた側に説明する義務があります。無料で泊めてもいい。ただ、誰の判断でそうしたかを、残す。残せないことは、しない。それだけです。」
「そんなの、細かいことじゃない。」
「細かいことです。」
三倉さんは頷いた。
「宿の仕事は、細かいことでできています。」
三倉さんは、テーブルの上で手を組んだ。
「僕は、11部屋の宿から始めました。あそこに裁量の枠はありません。誰かをただで泊めたら、その日の仕入れができなくなる。だから、記録を残しました。残さないと、自分でも分からなくなると。」
「義理じゃない。規模が大きくなると、分からなくなる方が早くなります。」
三倉さんは、姉ではなく、啓介さんの方を向いた。
「180室あれば、誰が決めたかの欄が1件分空いていても、誰にも見えません。3年経てば、その空欄が200を超えます。」
—
この報告の間、私は一言も喋らなかった。喋らないと決めていたからではない。喋る場面が、一つもなかったからだ。数字を出したのは、芦田さん。現場の話をしたのは、中林さん。線を引いたのは、三倉さん。私がしたのは、2週間かけて紙を読んで、事実を並べたことだけだ。
芦田さんが読み上げ始めてから、姉は一度も私を見なかった。多分、この部屋の中で私が一番「関係のない人間」に見えていたのだと思う。
姉は、座り直さなかった。立ったまま、啓介さんを見下ろした。
「あなたも、何か言ってよ。」
啓介さんは、両手をテーブルに置いていた。そして、こう言った。
「みずほ。座ってくれ。」
その日、この人が妻に頼んだのは、それだけだった。姉は椅子に浅く腰を下ろし、その後、しばらく何も言わなかった。言わない代わりに、鞄の持ち手を握ったり、放したりしていた。それから、思い出したように言った。
「私は、悪いことなんてしてない。」
誰も、答えなかった。
「泊まってって言われたから、泊まっただけよ。友達を連れて行ったのだって、みんな喜んでたし。ホテルだって、部屋が埋まってた方がいいでしょ。」
「そのお部屋は、埋まっておりました。開けるためにお客様に、移っていただいています。」
芦田さんがそう言い、姉は口を噤んだ。
—
会議が終わって、私たちは1階へ降りた。ロビーにはまだ、姉の友人たちが残っていた。まゆみさんが心配そうにこちらを見て、それから目をそらした。姉は友人のところへ行かなかった。エレベーターの前で、壁の方を向いて立っていた。
フロントの内側に、館内の飲食から回ってくる伝票のトレーがある。支払いの済んでいないものが入る。中林さんが1枚を抜き出して、芦田さんに渡した。芦田さんは両手で受け取り、日付を確かめた。その日の昼、姉たち4人が食べた食事の伝票だった。勘定書きの欄には「販売促進費」と書いてあった。お客様を呼ぶための費用のことだ。
帰る前に、三倉さんはロビーの脇にある待ち合いの隅で、啓介さんと2人になった。私は、少し離れたところにいた。声は、聞こえた。
「人見さん、誤解のないように申し上げます。」
「はい。」
「身内だからという理由で、解雇することも、かばうことも、しません。」
さっきまでエレベーターの前にいた姉が、いつの間にか近くまで来ていた。そして、横から割って入った。
「じゃあ、首にはしないってこと?」
「そうは、申し上げていません。」
三倉さんの体は、姉の方へは動かなかった。
「身内だからという理由を使わない、と申し上げました。処分があるかないかは、調査の結果を見て、会社が決めます。」
それでも、姉は自分に都合のいい方だけを聞き取ったらしい。肩から力が抜けたのが、離れていても分かった。姉はまゆみさんの方を振り返って、小さく頷いてみせた。だから、姉はその続きを聞いていなかった。
「この件の判断からは、僕が外れます。」
啓介さんが、顔を上げた。
「外れるとおっしゃいますと。」
「あなたは、僕の義理の兄にあたる方です。僕が処分を決めれば、甘くしても厳しくしても、『身内だから』と言われます。それはあなたにとっても、不利益です。」
三倉さんは、続けた。
「調査の結果は、正式に取締役へ提出します。決めるのは、その場です。」
「承知いたしました。」
「それから、聞き取りの機会は必ず設けます。今日お話ししたことも、記録として残します。」
啓介さんは、深く頭を下げた。
「ありがとうございます。」
それから、姿勢を戻さないまま、言った。
「1つだけ、申し上げてよろしいでしょうか?」
「どうぞ。」
「部屋を開けろと指示を出したのは、妻に言われたからではありません。私が判断しました。」
姉が「あなた?」と言った。啓介さんは、妻を見なかった。
「最初の1度は、詫びのつもりでした。ここでは何もできない人間だと、妻に思われたくなかった。」
「2度目からは、断る理由を自分で作れなくなりました。」
三倉さんが、確かめた。
「今のお話も、先ほど申し上げた記録に入れます。よろしいですね。」
啓介さんは、すぐに答えた。
「はい。妻のせいにしておく方が、私には楽です。弁護をしたくないので、『私が判断した』と書いてください。」
三倉さんは、「分かりました」と受けた。
—
帰りの電車で、三倉さんが言った。
「疲れましたね。」
「うん。」
「今日、沢さんは、会議では何も言いませんでしたね。」
「言うことが、なかったから。」
「そうですか。」
彼は、それ以上聞かなかった。窓の外を見て、しばらくしてから、こう言った。
「あの、中林さんという方は、残ってもらいましょう。」
視察の後、ホテルの現場は、先に変わり始めていた。無料で泊める枠の運用が変わった。誰の判断でそうするのかを、必ず紙に残す。残せないものは、やらない。それだけの変更なのに、最初の月は現場から質問が50件近く来た。
中林さんは、フロントの課長のままだ。三倉さんは「動かさないでください」と言った。
「あの方が動くと、この現場は『記録を残した人が損をした』ことになります。」
改修の着工は、年明けと決まった。私はその期間の宿泊プランを作り始めた。改修中の回を避けて泊まれる、連泊のプラン。うちが得意としてきた形だった。
そうして、2ヶ月が過ぎた。聞き取りは、2度行われた。伝票と宿泊の記録の付き合わせが、終わった。人事の委員会にかけた上で確定した報告が、運営会社の取締役会に上がった。その場には、建物を持つ会社から来た社外の役員が2人いた。三倉さんは審議の間、席を外していた。私も、処分の話には最後まで、一言も口を出さなかった。
前の晩、三倉さんはいつもより長く黒板をつけていた。私は、聞いた。
「怖い?」
「怖いというより、申し訳ないです。」
「誰に?」
「あの現場の人たちに。上が変わるのは、下の人にとっては、毎回、試練みたいなものですから。」
決まったことは、取締役会の翌日に、文書で出た。人見啓介は、ロイヤルガーデン東京の総支配人の職を解かれる。処分としては、一番重いものではなかった。
車両の20万円は、本人が全額を会社へ戻した。飲食の230万円は、名目の付け替えで家族の利用と確かめられた分を、本人が返した。仕入れの170万円は、業者から本人へ渡った金がないかまで調べて、出てこなかった。懐へ入れた形跡がないので、警察に届ける話にはしないことになった。お部屋の840万円は、出ていった金ではなく「売れていたらいくらか」の見積もりだから、返す形にはならない。返せないから軽いのではなく、返せないところまで使わせたことの方を、会社は重く見た。理由の欄には、こう書かれていた。「管理職として、任せることができない」。それだけだった。
—
姉から電話が来たのは、その日の夜だった。9時を過ぎていた。私は洗い物の途中で、水を出したまま手を拭いて出た。
「沢。」
名前を呼ばれた瞬間に、何の用件か分かった。
「聞いたわよ。うちの人、外されたって。」
「そう。」
「そうって、何よ。あんたの旦那に言ってよ。啓介さんを、総支配人に戻してよ。」
「なんで、私が。」
「姉妹でしょ。」
姉の声が、受話器の中で割れた。
「あんたたちのせいでしょ?あんな細かいこと、どこのホテルだってやってるわよ。それを、わざわざ調べて、わざわざ人前で。」
「調べたのは、会社だよ。あんたの旦那の会社じゃない?」
「うん。でも、三倉さんは、判断から外れた。」
「外れたって、何よ。そんなの、やろうと思えばどうにでもできるでしょ。」
私は、水を止めた。
「お姉ちゃん。」
「何よ。」
「私、口を出さなかったんだよ。あの日も、あの後も。」
「だから、出してって言ってるの。」
姉はそこで、泣き出しそうな声になった。
「『支配人夫人』って、みんなに言ってたのよ。今更、どう言えばいいの?友達にも、お母さんにも。」
「本当のことを、言えばいいよ。」
「本当のことって、何よ?」
「啓介さんが、総支配人ではなくなったって。」
姉は、黙った。それから、絞り出すように言った。
「そんなの、言えるわけないでしょ。」
肩書きの話だった。啓介さんが仕事でどう評価されたかでも、これから2人でどうするかでもない。姉が失って困っているのは、人にどう言うかだった。
「お姉ちゃん。」
私は、もう一度呼んだ。
「1つだけ、聞いていい?」
「何よ。」
「三倉さんのこと?」
「お姉ちゃんが、私に譲ってくれたんだよね。」
受話器の向こうが、静かになった。
「6年前、親戚の前で、そう言ったよね。『私が譲ってあげたの』って。それは、『譲って正解だった』って、あのロビーでも言ってたよ。」
姉は、何も言わなかった。
「じゃあ、お姉ちゃんが『譲って正解だった』って、合ってるんじゃないの?」
長い息の音が、聞こえた。
「ずるい。」
姉は、そう言った。
「そんな言い方、ずるい。」
「ずるいかな?」
「そうよ。だって、あんた、あの時は、何も言わなかったじゃない。」
「うん。言わなかった。」
私はそこで、初めて自分の声が落ち着いているのに気づいた。
「言っても、笑われて終わりだったから。」
姉は、答えなかった。言わなかったのは、私が弱かったからじゃない。言う相手がいなかっただけ。
「今は、お姉ちゃんが聞いてる。だから、言ってる。それだけだよ。」
電話は、姉の方から切れた。
—
それから5日ほどして、両親がうちに来た。来ると言われて、断らなかったのは、断る理由を作る方が面倒だったからだ。私たちの住まいは、4年前に越した2部屋の古いマンションだ。駅から歩いて12分。買ったのではなく、借りている。
母は玄関で靴を脱ぎながら、部屋を見回した。
「あら、前より広いのね。」
「うん。」
「もっといいところに、住めばいいのに。」
その一言で、母は何も変わっていないと分かった。父は座って、湯のみを両手で持った。持ってから、なかなか本題に入らなかった。
「沢。」
「うん。」
「三倉さんは、その、元気か?」
「元気だよ。」
「そうか。」
父は湯のみを置いた。
「あのな、なんだ。家族なんだから、一度、みんなで食事でも、と思ってな。」
母が、すぐに続けた。
「そうよ。三倉さんも、立派になったわね。あんな、大きいホテルの。」
そこで、母は言葉を選んだ。
「オーナーさんってことになるの?」
「会社が、持ってるだけだよ。」
「でも、社長さんの奥さんでしょ、あんた。」
母は、身を乗り出した。
「行ってくれればよかったのに。お母さん、何にも知らなかったんだから。」
母は鞄から、折りたたんだ紙を出した。開くと、うちの会社が前の年に出した宿の一覧だった。どこかで、印刷してきたらしい。
「これ、全部、あんたのところなの?」
「会社が、預かってる宿だよ。」
「すごいじゃない。近所に行ったら、みんな驚いてたわよ。」
「もう行ったのか」と、私は思った。
「言ってくれれば、よかったのに。」
母は、もう一度同じことを言った。
「2度、言ったよ。」
「え?」
「2度、説明した。2度とも、『姉さんの前では言わないでね』って、言われた。」
母の口が、止まった。父が、咳払いをした。
「まあ、その、過ぎたことだ。」
「うん。」
「これからのことを、考えよう。家族なんだから。」
私は、湯のみを持ったまま、父に聞いた。
「お父さん。」
「なんだ。」
「立派になったから、家族なんですか?」
父は、答えなかった。母が「そんな言い方」と言いかけて、やめた。
私は、父の顔を見た。
「6年前の法事の日、親戚みんなの前で、お父さんは何て言った?」
父は、湯のみを見ていた。
「『樋口さんへの義理は、下の娘で果たした』。そう言ったよね。あの時、私は義理を果たすための道具だった。今は、社長の奥さんだから、家族なんだよね。」
母が、私の腕に触れようとした。私は、避けなかった。避けなかっただけで、こちらからその手を取りはしなかった。母は、口を開いて、閉じた。
「あんた、そういう子だったかしら?」
「そういう子だったよ。言わなかっただけ。」
母は、父を見た。父は、目を合わせなかった。
私は、言った。
「絶縁するとは、言わないよ。電話も出る。何かあれば、行く。でも、前みたいには戻らない。」
父は、最後まで何も言わなかった。帰る時、母が玄関で振り返った。
「みずほのこと、たまには、考えてやってね。」
私は、頷かなかった。2人が出ていった後、玄関に残っていたのは、私と三倉さんの靴だけだった。私はその2足を並べ直しながら、6年前に断らなかった理由を、もう一度思い出していた。
—
啓介さんは、その後、配置の知らせを受け取ってから、自分で辞めたらしい。別の宿にいると聞いた。どこの宿かは、知らない。姉は「総支配人じゃないなら、意味ない」と言い、啓介さんは「お前が客室を自分のもののように使ったのも、原因だろう」と返したそうだ。相手の何を見て結婚したのかが、そこで出た。今は、別々に暮らしている。母から聞いた話だ。
母は、前ほど姉の話をしない。話すことがないのではなく、話すと座りが悪いのだ。
実家には、年に2度行く。お茶を飲んで帰るだけだ。行く日を決めるのは、母だ。正月と盆。正月は、元日が姉で、私は2日になる。2日の実家は、静かだ。父は血圧の話、母は近所の話をする。私の仕事の話は、2人とも聞かない。それで構わない。話しても、姉と比べる材料になるだけだ。
1年が過ぎて、改修が終わった。5回に分けた工期は、2週間遅れた。ロビーの柱は動かせなかったが、照明を落とし、椅子の向きを変えた。それだけで、水溜りのように光っていた床が、落ち着いて見えた。
連泊のプランは、思ったより早く動いた。2泊目に何もしなくていい過ごし方。朝食の時間を選べる仕組み。部屋に置く30冊の本。どれも、うちの宿でやってきたことだ。都心では通らないと言われたが、通った。平日の埋まりが戻り始めたのは、そのプランを入れて半年してからだ。新しくした部屋のおかげではない。予約した客が、予約した部屋に泊まる。3年崩れていた「それ」が、元に戻った。
稼働率が揃った日は、朝から雨だった。雨の日のロビーは、床が滑る。中林さんは、朝一番の客が来るまでに、マットを3度置き直していた。三倉さんは、離れたところから見ていて、後で一言だけ言った。
「あの人がいる間は、大丈夫です。」
階層の途中で、私は手紙を書いた。宛先は、結婚25年の記念日をあのホテルで潰された方だ。中林さんが申し出て通らなかった差額は、会社から返した。その案内に同封して、私の名前で出した。返事は、来なかった。それでいい。
—
改修が終わった頃、明り屋の黒沢さんから葉書が来た。女将は73歳。筆跡は、相変わらず大きい。一行だけ、書いてあった。「あの箱の声は、まだ読んでいますか?」
廊下の突き当たりの、あの木の箱だ。返事を書いた。「明り屋の箱も、他の宿の分も、月に1000枚を超えます。それでも、全部読んでいます」と。
姉からの連絡は、その後ほとんどなかった。一度だけ、年末に「元気ですか」と届いた。私は「元気です」と返した。それ以上は、書かなかった。責めるつもりはない。ただ、あの春に姉が私に押し付けた縁談。そこから始まった日々は、私のものだ。もう、返す気はない。
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話は、少し戻る。あの雨の日の夕方、私は三倉さんとラウンジにいた。窓の外が暗くなり、席が半分ほど埋まっていた。
「沢さん。」
三倉さんは、持っていたカップを置いた。
「あの時、僕と結婚したことを、後悔していませんか?」
「してる。」
三倉さんの手が、カップの手前で止まった。
「え?」
私は、笑った。
「もっと早く、自分から結婚したいって言えばよかった。」
三倉さんは、何秒か黙り、肘をついた。
「それは、後悔とは言わないんじゃないですか。」
「じゃあ、何て言うの?」
「順番の話だと思います。」
三倉さんは、カップを取り、一口飲んで、戻した。
「うちの仕事も、大体そうです。物を新しくする前に、順番を直す。」
「あの春から8年。私の順番を直すのに、それだけかかったね。」
「まだ、途中です。」
初めて会った日、喫茶店で明り屋の黒板を見せてくれた時も、同じ顔で「まだ足りません」と言った。三倉さんは背を起こして、私を見た。
「これからは、言いたいことを、先に言ってくださいね。」
「言うよ。あの喫茶店にいた私は、断り方ばかり考えてたもの。」
姉は、あの春、「貧乏だった三倉さん」を恥だと思った。でも、私が選んだのは、いつか会社を大きくする男ではなかった。何も持っていなかった頃から、私を「数のうちの1つ」ではなく「1人の人間」として扱ってくれた人だった。あの日、「嫌なら断ってください」と言われていなければ、私は多分、今もどこかで誰かの順番を待っていたはずだ。
順番を待たされた人は、大抵、黙って帰る。だからこそ、書いてくださったお客様の声は、これからも自分で読んでいきたい。
ちなみに、姉が自慢していたあのホテルは、今も私たちの会社が運営しています。あの計画書の一番上に書いた一行も、まだ生きています。
「ご予約で決まっているお部屋は、後から動かさない。」



