朝方の電話で、義父から義母が倒れてそのまま亡くなったと聞かされた時、私はなぜか心が静かに冷めていくのを感じていた。義母を起こして病院へ向かわせ、私は急いでエリさんに連絡をした。エリさんは義兄の嫁だ。私にとっては、たった一人の味方だった。
「ついに、あの日々を返す時が来たね」
エリさんの声は、私と同じ決意で満ちていた。私たちは、もうずっと前からこの日のために準備をしてきたのだ。
数年前、私の父が亡くなった。お葬式に、義両親も義兄も、そして何より夫の友之も参列しなかった。あまりに急な出来事で、私は「葬式に参列するのが普通だ」と指摘する余裕すらなかった。ただ一人、エリさんだけが手伝いに来てくれた。それはそれは心強かった。
そして昨年、エリさんのお母さんが亡くなった。その時も、義兄も義家族も参列しなかった。でもなぜか私は参列した。エリさんが私の父の葬式で助けてくれたから、何かしたいと思ったからだ。義兄や義家族が参列しなかった理由は、後に明らかになった。お葬式の日、彼らは家族旅行の予定を入れていたのだ。まさか、と思った。いくら何でも旅行をキャンセルするだろうと思っていたのに、彼らは参列しない家族だけで、予定通り旅行に出かけたのだ。私だけをエリさんのお母さんの葬式に残して。
私は夫と義兄に直接聞いたことがある。「どうして葬式に参列しないの?」と。すると二人は平然と言った。「だって、血が繋がってないし」。
耳を疑った。血が繋がってなくても、結婚しているんだから関わりはある。嫁の両親なんだから、家族に変わりはないだろう。私は必死に言ったが、二人とも聞く耳を持たなかった。「本当の家族じゃないんだから、わざわざ行く必要ないだろう」と、平気な顔で言い放った。私はもう何を言っても無駄だと諦めた。そして、自分がおかしいのかと思い始めた時、エリさんに相談した。
エリさんも同じことを言われていたらしい。「そんな理由だったのか」と驚き、そして怒りをあらわにした。エリさんは言った。「私、本当に許せなくて、どうしたらいいか色々考えたの。それでいいこと思いついたのよ。よかったら、あみさんも一緒にしない?」
その提案を聞いて、私は大賛成だった。結婚した相手の家族を大切にしないような人たちに、私たちはもううんざりしていたのだ。
仕返しは三つ。一つ目は、旦那の家族の葬式に参列しないこと。二つ目は、義母の葬式の日に離婚届を渡すこと。三つ目は、全てを録音して親戚中に送りつけること。エリさんと私は、その日が来るのを待ちわびながら、変わらない毎日を過ごした。夫婦の会話は元々なかった。だから、ただの同居人だと思うようにしていた。仕返しの日が来たら、すぐに動けるように、私はいつの間にか貯金を始めていた。そして、私名義の車も用意していた。
義母の訃報を受けた朝。私は夫を病院へ向かわせると、すぐに自分の荷物をまとめ始めた。買ったばかりの私名義の車に荷物を積み、コツコツ貯めた通帳をバッグに入れる。服も小物も少なかったので、支度はすぐに終わった。家に残るのは、夫の私物と大型家具、そして記入済みの離婚届けだけ。
準備を終えた私は、エリさんを迎えに行った。エリさんの荷物も驚くほど少なかった。お互いそれを見て笑い合った。二人とも荷物少なすぎない?無意識のうちに、日々荷物を増やさないようにしていたのだろう。早く家を出たいという現れだったのかもしれない。そして私たちは、病院ではなく、それぞれの実家へと向かった。
母に全てを話すと、母は父の葬式に夫が参列しなかったことを、やはりよく思っていなかったと口を開いた。「人としてありえない」と。そして、離婚は大賛成だと喜んでくれた。エリさんの父も同じ反応だったそうだ。私たちは久しぶりに実家でゆっくりし、昼頃には夫と義兄からの電話の嵐を着信拒否にして、夕方、エリさんと合流して温泉宿へ向かった。そこで酒を飲み、カラオケ大会。翌日は、普段行かない高級ランチに買い物三昧。今頃、旦那たちは家に戻って、ガランとした部屋と離婚届を見ているだろう。病院に嫁が来ないことに、親戚に詰められているかもしれない。
お葬式が終わるまで、私たちは何も考えずにのんびり過ごし、お葬式が終わった頃合いを見計らって連絡をした。電話では話したくなかったので、義父も呼んで、みんなで話そうとだけメールを送った。数日後、義実家に集まることになった。
「母さんが亡くなったのにお前たちは何してるんだ!」第一声は、旦那と義父の怒号だった。「葬式に出ないってどういうことだ!親戚たちに変な目で見られたじゃないか」と怒鳴り続ける。
私たちは声を揃えて言った。「お母さんと私たちは、血が繋がってないのでは?」そして私は笑顔で続けた。「何言ってるんだ、そうあなたたちが先に言ってましたよね。だから言われた通り、血が繋がってない人のお葬式には出なかっただけですが」
三人は驚きからか、口を開けたまま固まっていた。すると義父が理屈を言い出す。「君たちはこの家の嫁に来たんだから、俺たちと状況が違うだろう」
「自分たちは良くて、私たちはダメなんですね。でももう嫁じゃなくなるので関係ないですよ。お父さんの葬式には出る必要はないですね。残念」と、エリさんがお茶を飲みながら言った。
「なんてこと言うんだ!」と怒り出す旦那たちに、私は言い放った。「じゃあ私たちの親が亡くなった時、何かしてくれた?どれだけ私たちが我慢してたと思うの?嫁の家族も大事にできない人と、一生添い遂げる気にはなれません。血の繋がってる家族だけで生きてくださいね」
そして私たちは席を立ち、そのまま家を出た。続けて三つ目の仕返しに移る。今の会話を全て録音していたのだ。それを親戚一同に送信した。本文にはこう入力した。「私たちの両親は旦那を可愛がっていました。それなのに、血が繋がっていないという理由だけでお葬式にも参列せず旅行へ行ったことを許すべきなのでしょうか。録音を聞いて、どう思ったのか。それは今後知ることになるでしょう」
その後、旦那一家とは直接関わるのが嫌だったので、離婚は弁護士に任せて手続きを進めることにした。プロに任せるのが一番だ。旦那や義父はぐちぐち言っていたそうだが、無事に離婚が成立。優秀な弁護士のおかげで、慰謝料も少しだがもらえることになった。私たちには子供がいなかったので、揉める要素もなく、思ったよりスムーズに離婚できたのは幸いだった。お世話になった義両親が亡くなっても楽しんで旅行に行ける人たちだったので、きっと私たちにも執着はなかったのだと思う。そう思うと少し悔しいが、無事に別れられて清々した。
元旦那は私と離婚し、元々家事ができなかったので家はゴミ屋敷状態。ご飯もコンビニで済ませることが多くなり、不摂生から体調を崩して職場で倒れてしまった。元義兄も同じ状態で、家を解約して義実家に戻ったと聞いた。いつか元旦那も義実家に戻ることになるだろう。
親戚に送った録音とメールは効果絶大だった。親戚みんなから批判の嵐だったようだ。「人としてありえない」「親も親なら子も子だな」「そんな人たちと一生関わりたくない」。そう言われ、その後一切親戚の集まりには呼ばれなくなった。自業自得とはこのことだ。
離婚してからの私とエリさんは、今も変わらず仲良くしている。離婚してからの方が、さらに親密さが増して仲良くなったと思う。お互い仕事を始めて、近くに住んではいるものの頻繁に会うことはできない。だけど連絡は常に取っていて、近況報告は欠かさない。「お互い絶対に幸せになろうね」それが、私たちの合言葉だ。焦っても良いことはない。それは前回の結婚生活で実感している。いつかまたいい人に出会えたら嬉しい。それまで仕事と自分磨きを頑張ろうと、意欲が湧いている。
元旦那と結婚したことは後悔しかないが、エリさんと出会えたことは本当に幸運だったと思っている。出会えていなかったら、私は今も元旦那の家族たちに不満を抱きながら結婚生活を続けていただろう。きっと離婚する勇気なんてなかった。離婚する決意をさせてくれて、今も応援してくれているエリさんを、私は一生大切にしていきたいと思う。ちなみにエリさんは、就職先で学生時代に好きだった人と偶然再会したらしい。今後どうなるのか、私は楽しみで仕方がない。絶対に幸せになってほしいと願うばかりだ。



