カンファレンスが終わろうとしたその時、後方から鋭い声が飛んできた。
「太田先生、よろしいですか?画像所見から判断しても、もう少し踏み込んだ精査が必要だったのではないでしょうか。保存的治療を選んだ根拠が私には弱く見えます。」
振り返ると、初めて顔を合わせた新任の医師が、まっすぐに俺を見据えていた。瀬名あずさ。30代前半の小児科医だ。
3年前に妻の美を亡くしてから、俺はこの総合病院の内科医として、慎重に慎重を重ねて診療してきた。美も同じ病院の小児科医だった。難しい病気の子どもたちのために、夜遅くまで研究ノートに向かい続ける人だった。その美が自分の体の異変に気づいた時には、もう手遅れだった。他人の命を救う医者が、家族の異変に気づけなかった。その自責の念が、ずっと心の奥に錆びついたように残っている。
そんな俺に、病院長の鈴木が「そろそろ再婚を考えたらどうだ」と言ってきた。3度目の勧めだった。俺はいつも通り曖昧に断った。美の残した研究ノートは、机の引き出しの奥に眠ったまま。開く勇気が持てないまま、3年が過ぎた。
初日の瀬名は、俺の治療方針を正面から批判した。研修医たちが目を伏せ、看護師長が咳払いをする。この病院では珍しい光景だった。彼女の目には、ただの若さゆえの血気盛んな批判というには重すぎる感情があった。敵意。それが何なのか、その時は分からなかった。
その日の夕方、25歳の男性、坂本啓介さんが進行性の脱力と呼吸困難で救急搬送されてきた。バイタルは不安定。症状の進行が異常に速く、典型的なパターンから外れている。手がかりを掴めずにいる俺の前に、瀬名が現れた。
「似た症例を診たことがあります。お手伝いさせてください。」
病室での彼女は、カンファレンスで俺に向けた目とは別人のように丁寧で、患者に柔らかく接していた。だが、治療方針をめぐって再びぶつかった。
「診断を待っている間に患者さんの状態は悪化しています。先生は慎重さを言い訳にしていませんか?」
「言い訳ではない。患者の命を守るための優先順位の話です。」
「優先順位を決めるのは現場の判断です。逃げないでください。」
逃げる——その言葉は、心の奥の古い傷を確かに引っかいた。
夜半過ぎ、啓介さんの呼吸状態が悪化した。駆けつけると、唇が紫がかっている。瀬名も駆けつけ、俺たちは役割を分担して処置にあたった。彼女は一言も余計なことを言わなかった。処置が功を奏し、呼吸は安定した。廊下に出ると、彼女は壁に手をつき、両手で顔を覆っていた。その姿に、3年前の自分が重なって見えた。
翌日、啓介さんの状態は一旦落ち着いたが、根本的な原因はまだ特定できていない。瀬名が海外の医学雑誌のコピーを持ってきた。新しい免疫調整剤の症例報告があるという。類似症例で改善が見られたらしい。だが、国内での実績がほとんどない治療法。俺は慎重にならざるを得なかった。
「失敗を恐れているんですか?それとも責任を取りたくないんですか?」
「意思として責任は常に取る覚悟でやっています。」
「本当ですか?あなたはあの患者さんの可能性を見ようとしていない。最初から安全な道だけを選んでいる。」
「それのどこが悪い。」
「奥様をなくされてからずっとそうなんじゃないですか?」
息が止まった。
「あなたは過去に逃げているだけです。守りに入って踏み込むことを諦めている。それを慎重さと呼んで自分を正当化しているだけです。」
「あなたに何が分かるんだ。」
瀬名は一瞬怯んだように見えたが、すぐに視線を戻した。
「分からないかもしれません。でも、目の前で命が消えそうな時に、過去を理由に動けない医者は見たくないんです。」
そう言って彼女は部屋を出ていった。残された俺は机にうつむき、否定したい気持ちと、否定できる材料を持っていない自分を思い知った。
その夜、病室の前で瀬名に声をかけられた。「少しだけお話してもよろしいですか?」
彼女は言った。「私、25年前にもこの病院でお世話になっているんです。難しい血液の病気でした。当時の主治医の先生が、まだ承認前の新しい治療を必死で受けさせてくださって、それで命を繋いだんです。」
「その先生のお名前は、太田美先生とおっしゃいました。先生の奥様だと伺ってます。」
妻の名を聞いて、俺は言葉を失った。
「啓介を産んだのも、今こうして息子の隣にいられるのも、全部奥様のおかげなんです。ご生前に伺えなかったこと、申し訳ありませんでした。」
彼女は深く頭を下げた。そして、もう一つだけ続けた。
「瀬名先生も、子供の頃に奥様の研究で命を救われたお一人だと、ご本人から伺いました。」
俺は顔を上げた。瀬名の敵意の正体が、ようやく見えた気がした。
医局に戻り、机の引き出しを開けた。一番奥に眠っていた美の研究ノートを、両手で取り出した。表紙を開く。美の丁寧な文字で、症例と仮説、薬剤の組み合わせがびっしりと書かれている。最後の数ページには、未完成の新しい免疫調整剤を組み込んだ治療案。瀬名が見せてくれた論文と、骨格がほとんど同じだった。
翌朝、俺は美のノートを抱えて小児科の部屋をノックした。瀬名にノートを開いて見せると、彼女の目が頁に吸い寄せられ、指が途中で止まった。唇がわずかに震えている。
「これは、美が残した研究ノートです。あなたが昨日見せてくれた論文と、骨格がほとんど同じだ。」
「太田先生、これをずっとお持ちだったんですか?」
「ずっと引き出しの奥に閉じ込めていました。開く勇気がなかった。」
瀬名はゆっくりと話し始めた。彼女自身も小学6年の時に難病を患い、どこの病院でも見放され、最後に紹介されたのがこの病院の太田美先生だった。
「美先生は私の手を握って、『必ず直す方法を一緒に探しましょう』とおっしゃってくださいました。その手の温かさを、今でも覚えています。」
「だから、奥様が亡くなられたと知った時、本当に悲しかった。そしてこちらに赴任して、ご主人である先生が何もかも閉じてしまったように見えた時、許せなかったんです。奥様の研究を、奥様の意思を、一番近くにいた人が捨てているように見えて。」
「敵意の正体はそれだったんですか?」
「敵というより、当たりでした。申し訳ありませんでした。」
彼女が頭を下げる。俺はゆっくりと首を振った。
「謝らないでください。あなたの言葉がなければ、私はこのノートを一生開かなかった。啓介さんのために、この治療法を一緒に詰めてもらえませんか?」
「はい、お願いします。」
その足で俺は院長室へ向かった。未承認の治療法を使うための緊急倫理委員会を要請する。鈴木は渋った。「統合の話が大詰めだぞ。下手な事例を作って南石を見せられたらどうする。」
「統合の話と、目の前の患者の命は別の話です。」
俺がこれほど強く反論したのは初めてだった。鈴木は短く息を吐き、認めた。「分かった。委員会は明日の朝一番で召集する。書類は全部揃えておけ。」
翌日、坂本啓介への新しい治療が始まった。点滴のラインが繋がれ、薬剤がゆっくりと体内に入っていく。最初の数時間は何も変化がなかった。モニターの数値はわずかに揺れるだけだ。夕方、瀬名が呟いた。
「炎症の値、少し下がってきましたね。」
数字はゆっくりと、しかし確かに動き始めていた。俺は一度目を閉じた。美のノートに走り書きされていた文字が、瞼の裏に浮かんだ。あの仮説は、間違っていなかった。
1週間後、啓介はベッドの上でゆっくりと自分の足を持ち上げて見せた。膝が少しだけ曲がる。母親が両手で口を覆って泣いた。
「動いた……動いたよ、母さん。」
数日後、坂本が花束を抱えて医局を訪ねてきた。震える声で絞り出した言葉は、「太田先生、瀬名先生、本当にありがとうございました。25年前に奥様が繋いでくださった命が、今度は息子の命を救ってくれました。」だった。
俺は花束を受け取り、しばらく言葉が出なかった。「美にも伝えておきます。きっと、あなたと啓介さんのことをずっと見守っていたはずです。」
彼女が帰った後、俺は屋上に上がった。しばらくして瀬名も階段を上がってきた。「太田先生、ここにいらしたんですね。」
「美とよくここでお茶を飲みました。研究で行き詰まると、必ず屋上に出てくる人だったんです。」
「素敵な方ですね。」
「ええ、本当に。」
俺は手すりに手をかけ、空を見上げた。3年間ずっと胸の奥で錆びついていた何かが、少しだけ軽くなっていた。妻を救えなかった事実は消えない。だが、妻が残したものは確かにここで続いている。
「瀬名先生、あなたが噛みついてくれなかったら、私はあのノートを開けなかった。本当にありがとう。」
「私の方こそです。先生は、奥様が信じた医者そのものでした。最初からそう信じていればよかった。」
彼女は深く頭を下げた。俺は言った。「美のノートには未完成のページがたくさんある。続きを一緒に書いてくれませんか?」
瀬名は顔を上げ、晴れやかな笑顔を見せた。「はい、喜んで。」
風が止んだ。空の端で最初の星が瞬き始めていた。俺はもう一度、深く息を吸い込んだ。



