「ファンタジースイーツとの契約を取ってきたのはこの俺ですよ。10億の契約を藤堂さんに横取りされたんです。」…

「ファンタジースイーツとの契約を取ってきたのはこの俺ですよ。10億の契約を藤堂さんに横取りされたんです。」...

牧村が突然、耳障りな大声で言い放った。
「ちょっと皆さん聞いてください。ファンタジースイーツとの契約を取ってきたのはこの俺ですよ。藤堂さんに10億の契約を横取りされたんです。ひどい人だ。許せない。」
オフィス中が一気に静まり返った。言うまでもなく、今回の契約を取ってきたのは俺だ。というか、牧村はファンタジースイーツとの商談を担当すらしていない。それなのに、まるで自分が手柄を立てたかのように言い放つなんて、どうかしている。

俺が困惑の表情を浮かべていると、今度は新入社員の牧村に続いて、営業部の新しい部長である小野田が口を開いた。
「おい、藤堂。お前、無能の手柄を横取りするなんてとんでもないやつだな。次やったら解雇だ。そのつもりでいろ。」
何度言っても、ちっとも相手にしてくれない小野田の態度に、俺はとてつもなく惨めな気持ちに陥った。

俺の名前は藤堂平。今年で39歳になる普通のサラリーマンだ。俺は子供の頃からアイスクリームが大好きだった。あの甘くて冷たい、まるで魔法のような美味しさがたまらない。母さんの目を盗んでは冷凍庫からアイスを出して食べていたものだ。その度に見つかっては雷を落とされていたのも、今となってはいい思い出である。暑い夏の日に食べるアイスも格別だが、実は冬にこたつに入って食べるアイスもまたおつなものだ。

そんな俺は、大学時代にアイスクリームを製造販売している食品会社に絞って就職活動を行っていた。その甲斐あって、俺は第一志望だったクラブクリームに新卒で採用が決定。以来、この会社で働いている。クラブクリームは日本最大級のアイスクリームチェーンだ。全国に店舗を持ち、独自のアイスクリームを製造販売している。価格は少し高めだが、その美味しさは万人に知れ渡っている。

俺はクラブクリームの本社で営業部の係長を務めている。本当は企画開発部に行って新商品の開発を担当したかったのだが、わがままは言っていられない。不安定な情勢が渦巻く今の時代、第一志望の会社に入れただけでも御の字だ。俺は置かれた場所で与えられた仕事を一生懸命やっている。

入社当時はなかなかうまくいかずに挫けそうになったこともあったが、先輩たちが根気よく支えてくれたおかげで、どうにか係長になることができた。本当に周りの人間には感謝してもしきれない。この春、俺が入社当時からお世話になっていた営業部の部長、森川さんがライバル会社のドリームアイスに引き抜かれて退職した。最初に引き抜きの話を聞いた時は驚いて言葉を失ってしまった。森川さんは向こうの会社で役職が上がるので、部下として本来は心から喜ばなければならないのだが、俺は寂しさが勝って、送別会で号泣してしまった。あの時のことを思い出すと、今でも苦笑いしてしまう。そんな俺を森川さんは「俺より先にお前が泣くなよな」と笑い飛ばしてくれた。思えば、森川さんには随分と世話になったものである。森川さんがいなくなった今、もっとしっかりしなければ。俺は心を新たに、より一層気合いを入れて仕事をすることを心に誓った。

今、俺が力を入れているのは、ファンタジースイーツとの商談だ。ファンタジースイーツはアメリカに本社を置く菓子製造販売会社である。もしもファンタジースイーツとの商談がまとまって、うちとのコラボ商品を販売できることになれば、10億円以上の利益が見込まれるのだ。だからこそ、今はその第一歩として契約を合意させることに全力を注いでいる。ファンタジースイーツは日本に支社がないので、俺はこれまで何度もわざわざアメリカまで出向いてプレゼンを行った。向こうの感触としては上々といった感じだったが、だからと言って手を抜くわけにはいかない。最後の最後まで何が起こるか誰にも分からないのだから、自分の持てる力を最大限発揮して仕事に当たりたい。これが俺の信念だ。

そして、俺の熱意が先方に伝わったこともあり、ファンタジースイーツとの契約は合意に達することができた。その報を聞いた時の社員のみんなの喜びようは、言葉では言い表せないくらいだった。しかし、そんな歓喜に満ちた表情のまま喜ばない人間が2人だけいた。それは営業部の新しい部長の小野田と、今年入ったばかりの新入社員の牧村だ。こいつらは何が気に食わないのか、やたらめったら俺を目の敵にしている。まるで徒党を組んでいるかのごとく、2人揃って俺を攻撃してくるのだ。最初の頃は俺も自分に何か非があるのかと思って落ち込んだりもしたが、この頃はあまりにもネチネチと嫌味を言われるので、なんだか相手にするのが馬鹿らしくなってきている。

今回のこともそうだ。牧村の突然の宣言に、俺はどうしていいのか分からず困惑するばかりだった。こいつらはどこか別のパラレルワールドで起きていることでも言っているのだろうか。営業部の他の仲間たちも、俺と同様に一体何が起きているのか理解に苦しんでいるようだ。俺がどれだけファンタジースイーツとの契約合意のために頑張ってきたかをみんな知っているので、余計に混乱をきたしている。

俺はようやく気を取り直して抗議した。
「ちょっと待ってください。ファンタジースイーツと何度も商談を行ってきたのはこの私です。牧村は今回の件に何一つ関わっていません。」
しかし、小野田はまるで聞く耳を持たない。
「はいはい。自分の手柄ばかり求める奴ってのは大体そういうこと言うんだよね。そんな典型文で俺は騙されないからな。」
と首を横に振った。冗談ではない。俺はとてつもなく惨めな気持ちに陥ってしまう。ふと牧村を見ると、こちらを嫌らしい目つきでニヤニヤと笑いながら眺めている。一体何がおかしいというのだろうか。

俺のことが気に入らないからと言って、こんな理不尽な目に合わせていい理由になるはずはない。他人を侮辱することは人間として最低の行為だ。それをこいつらは堂々と何食わぬ顔でやってのける。そんなろくでもない才能は、今すぐ捨て去ってしまえばいいのに。

俺は苛立ちながら抗議した。
「小野田さん。部長として部下の話を聞くくらいの度量があなたにはないんですか。」
すると、小野田は一気にその見苦しい顔をさらに歪めて、
「おい、お前一体誰に向かって口を聞いているんだ。なんだその態度は。自分の立場を弁えろ。」
と怒号を浴びせかけてきた。どうしてこの俺がこんな無能に怒られなければならないのだろうか。俺は売り言葉に買い言葉で言い返そうとしたが、寸前のところで思いとどまった。こういう相手には、いくら正論を振りかざしたところで何も効果がないのだ。喧嘩するだけ時間の無駄になってしまう。時は金なり、こんな連中に自分の大事な時間を費やしてやる必要なんてどこにもない。

俺は自分の心を落ち着けることに努めた。深呼吸を繰り返す。そんな俺の様子を見て、小野田と牧村は俺が何も言い返せなくなったと勘違いしているらしい。2人で顔を見合わせてゲタゲタと不気味な笑い声をあげている。まるで異世界の化け物のようだ。

俺はイラッとしたが、ここで心を乱されてはならない。どうにか冷静さを保ち、落ち着いて小野田にこう言った。
「わかりました。私の話を聞いていただけないのであれば、今日限りでクラブクリームをやめさせてもらいます。」
毅然とした態度の俺の言葉に、小野田は少し驚いたらしい。しかしすぐにいつもの調子で、
「あっそ。わかった。じゃあさっさと荷物まとめて出ていけ。」
と答えたのである。本当にとんでもない人間だ。というか、こんなのと同じ人間だとは思いたくない。俺は小野田の言葉通り荷物を片付け、足早にオフィスから去ったのだった。

その後、俺はある人物に電話をかけた。そしてアポイントを取ってその人物の元へ出向き、今回の件について全て洗いざらい話したのである。その人は俺に、
「大変だったな。あとは僕に任せてくれ。」
と温かい言葉をかけてくれた。それから数日後、仕事を終えた俺の元に1本の電話がかかってきた。出てみると、相手はあの小野田だ。小野田はものすごく焦った様子で、
「おい藤堂、一体どういうことだ。説明しろ。」
と大声で言ってきた。説明して欲しいのはこっちの方である。いくら要件を尋ねても「説明しろ」の一点張りで話にならない。仕方がないので、俺は小野田に言われた通りクラブクリームの本社まで出向くことにした。

クラブクリームの社屋に到着すると、かなり憔悴した様子の小野田と牧村が俺を待っていた。そのまま俺は会議室へ連れて行かれる。そこで小野田はこう言ったのである。
「藤堂、お前、うちの会社をやめる時にファンタジースイーツとの契約を破棄しただろう。全くとんでもない男だ。なんてことをしてくれたんだ。恥を知れ。」
小野田の言う通り、俺はクラブクリームをやめると同時にファンタジースイーツにも連絡を入れ、契約を破棄したのである。俺は、
「当然のことをしたまでです。」
ときっぱりと言い放つ。そんな俺の落ち着き払った態度が、小野田の怒りの炎にますます油を注いでいるようだ。小野田は真っ赤な顔になりながら、
「どうして勝手に契約破棄したんだ。お前が取ってきた契約だろうが。」
と怒鳴った。俺は指摘した。
「それはおかしいですね。先日あなた方は、この契約についてそこにいる牧村の手柄だと私に言い放ったばかりじゃありませんか。矛盾してますよ。」
小野田は「ぐっ…」と、まるで獣の唸り声のようなものをあげた。

俺はこいつらにとどめを刺すためにも、
「ここを辞めた後、私はすぐにファンタジースイーツに連絡を入れました。それと共に、前部長の森川さんにも全てお話ししたんです。」
と教えてやった。さらに俺は言葉を続けた。
「そして、森川さんが色々と手を回してくれたおかげで、私はドリームアイスの営業部で働くことになりました。同時に、ドリームアイスとファンタジースイーツとの契約も合意に達したんですよ。」
ドリームアイスはクラブクリームのライバル会社だ。常に業績のトップを争っている。森川さんが専務として引き抜かれたのもこのドリームアイスだ。そんな縁で俺はこの会社で働くことになったのである。同時に、今回の件を森川さんがファンタジースイーツに全て伝えてくれたことにより、ドリームアイスの担当者は俺のことを好意的に思ってくれたらしい。そんなわけで、今度はドリームアイスとファンタジースイーツとの契約が合意に達したのである。

俺から事の顛末を教えられた小野田と牧村の顔は、見る見るうちに真っ青に変化していった。血の気が引いているのがこちらにも分かるくらいである。俺は、
「そういうことなので、もういいですか?仕事終わりでこちらも疲れているので、この辺りで。」
と、さっさと帰ろうとした。しかし牧村が俺を引き止める。
「待ってくださいよ。ドリームアイスとファンタジースイーツが手を組んだら、うちの会社の業績がドリームアイスに一気に抜かれちゃうじゃないですか。そんなひどいことをするなんて最低だ。」
俺とこいつら、果たしてどっちが最低か。考えなくても分かることだ。こいつは自分のことは散々棚に上げるくせに、他人をやたら批判したがる質らしい。なんとも厄介な存在だ。できれば今すぐ俺の目の前から消えて欲しいくらいだ。まだ若いくせに、こんなに根性が腐っているなんてどうしようもない。このままでは、こいつは一生まともな人間になることなんてできないだろう。

小野田も牧村の言葉に火が付き、
「そ、そうだ、そうだ。お前、人として終わってるぞ。ライバル会社に転職するなんて、どう考えても虫が良すぎるだろうが。」
と俺を侮辱してきた。もしもこいつらを黙らせる薬があるならば、例えどれだけ高額だったとしても、きっと今の俺は買ってしまうだろう。本当に耳障りな連中だ。こいつらの声は何かに似ている。俺は足を止めた。そうだ、この声はハエがブンブンと飛んでいる音によく似ているのだ。ハエはハエらしく、汚いものだけにたかっていればいいのに。

俺は、
「今回の件に関して、あなた方がまだやっていないことがあります。それは何か分かりますか。」
と尋ねた。無能な2人は顔を見合わせて首をかしげている。礼儀を知らないこいつらにそんなことを聞いた俺もバカだったかもしれない。俺は咳払いをして、
「あなたたちはまだ私に謝罪していません。今回の件に関して、速やかに謝ってください。」
と謝罪を促した。すると小野田は目を見開きながら、
「はあ?冗談じゃねえよ。なんでこの俺がお前みたいなポンコツに頭を下げなくちゃならないんだ。」
と声を荒げる。牧村も、
「俺が藤堂さんに謝って何か意味あるんですか?そもそもそんなことを俺に要求するなんておかしいですよ。これは上層部に報告する案件ですね。」
と、わけのわからないことを言った。

だめだ。こいつらはとても俺の手には負えない。というか、こいつらを黙らせることのできる人間なんて存在するのだろうか。人間というものは実に多種多様だ。だから分かり合えない人同士というのが存在したって何もおかしくない。それにしても、ここまで話が通じないなんて。俺は大きなため息をついた。こういうクズがいるから、いつまで経っても世の中から争いがなくならないのだろう。何とも迷惑な存在である。

俺はこいつらと言い争うのを諦めることにした。
「もういいです。他人を散々侮辱しておきながら、謝ることすらできない人とは、これ以上話したくありません。」
と告げる。小野田は、
「とにかく、うちとファンタジースイーツとの契約を今すぐ元に戻せ。これは部長命令だ。」
と俺に言う。俺はふっと笑い、
「申し訳ありませんが、私はもうクラブクリームの人間ではないのでお断りします。代わりに、そこにいる牧村でも使ったらどうですか。」
と告げる。さらに俺は、
「まあ、無能で仕事も覚えようとしない新入社員には、逆立ちしたって契約を取ってくることなんてできないでしょうけど。」
と強い口調で反論した。それを受けて小野田は何も言い返せず、悔しそうに唇を噛んでいる。牧村は、
「ちょっと部長、なんとか言ってくださいよ。あんな奴に言い負かされて平気なんですか。」
と小野田に八つ当たりした。すると小野田は、
「うるさい。大体、お前がもっとしっかりしていればこんなことにはならなかったんだ。」
となぜか仲間割れをし出す始末。牧村もそれに反論し、
「なんですって?お言葉ですが、部長の方こそやり方が雑だったんじゃないですか。冗談じゃないですよ。」
と反抗している。こんな見苦しい喧嘩をこれ以上見学したところで、何の得もないだろう。そう思った俺は、やがて取っ組み合いを始めたクズ2人を残して、会議室からさっさと出ていったのだった。

その後、今回の件が営業部の人間からの報告でクラブクリームの上層部に伝わったらしい。事態を重く見たクラブクリームの社長は、会社に不利益を与えたとして、小野田と牧村に解雇処分を下した。仕事を失った小野田は再就職を探しているが、なかなか見つからず苦戦している。年齢がネックになっているのはもちろんのこと、その自分勝手な性格が災いして、ことごとく面接で落とされているらしい。牧村はといえば、しばらくは親の脛をかじって実家暮らしで、のんびりとニート生活を送っていたようだ。しかし、いつまで経っても働こうとしない息子の姿に両親は激怒。ある日突然、実家を追い出したらしい。今は住む場所すらなく、路上で生活しているという噂である。

一方、俺はといえば、ドリームアイスで楽しく働いている。俺はここでも営業部に所属しているのだが、一つだけクラブクリームにいた頃と違うことがある。それは、俺が部長を務めているということだ。俺は営業部長として、取引先にも部下にも気を配りながら仕事をしている。ファンタジースイーツとのコラボ商品はSNSで爆発的に広まり、かなりのヒットを記録している。製造が追いつかないほどだ。みんな嬉しい悲鳴をあげながら、次なるヒット作に向けて営業部としてできることを模索している。森川さんも、
「藤堂、うちの会社に連れてきた僕としても鼻が高いよ。」
と微笑んでくれた。俺はこれからも、自分にできることを最大限の力でやりながら、大好きなアイスを消費者の皆さんに届けていきたい。

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