夜中、トイレに起きて廊下を通りかかった時、息子の声が聞こえた。「あのババア、いつ追い出すんだよ」。息子の嫁と、笑いながら話している声だった。10年間、女手一つで育て上げ、家も財産も全部、息子のために残してきた。それなのに、私が寝ている隙に、私を施設に追いやる計画を立てていたのを知った。何も言わずに笑顔でい続けた。だって…私は、自分をバカにした人たちに、思い知らせてやる方法をちゃんと知っている…

夜中、トイレに起きて廊下を通りかかった時、息子の声が聞こえた。「あのババア、いつ追い出すんだよ」。息子の嫁と、笑いながら話している声だった。10年間、女手一つで育て上げ、家も財産も全部、息子のために残してきた。それなのに、私が寝ている隙に、私を施設に追いやる計画を立てていたのを知った。何も言わずに笑顔でい続けた。だって…私は、自分をバカにした人たちに、思い知らせてやる方法をちゃんと知っている...

「あのババア、いつ追い出すんだよ」
深夜の静まり返った台所から、私が心から愛し、身を削って育ててきた一人息子・健二の声が聞こえた。その一言が耳に入った瞬間、手に持っていたコップが滑り落ちそうになった。私は暗い廊下の影で、息を殺して立ち尽くすしかなかった。

つい数時間前まで、「母さんの煮物は世界一だね」と笑顔で言っていた息子の口から、そんな言葉が出るなんて信じられなかった。台所のわずかな明かりの中で、健二と嫁の絵理が何やら話し込んでいる。その空気は昼間の穏やかさとは打って変わり、どろりとした悪意に満ちていた。

何かがおかしい。いや、おかしいのは私の方だったのかもしれない。
私はこれまで、亡き夫が残してくれたこの家と財産を守り抜き、息子のためならと自分を犠牲にしてきた。全ては健二の幸せのため。そう信じて疑わなかった。だが、この時私はまだ知らなかった——彼らが私の背後で、どれほど恐ろしい計画を立てていたのかを。

そして数日後、彼らが私の本当の姿を知り、人生で一番の後悔をすることになるとは、この時は夢にも思っていなかった。

私は暗闇の中で静かに決意した。全てを犠牲にしてきた母親が、その愛を一度捨てた時、どれほど残酷な結末が待っているか。彼らにはたっぷりと味わってもらうことにしよう。

深夜の台所で換気扇の回る低い音だけが響く中、私は音を立てずに自分の部屋へと引き返した。足取りは重いはずなのに、不思議と頭はさえ渡っている。
「いつ追い出すんだよ」——その言葉を反芻するたび、心の中で何かが音を立てて崩れ、同時に冷たい炎が燃え上がるのを感じていた。

この物語は、ある夜の裏切りから始まる。一人の母親による壮絶な復讐劇であり、そしてその先にある誰も予想しなかった真実の物語だ。

私は寝室のベッドに横たわり、天井を見つめた。暗闇に慣れた目が、壁にかけられた夫の写真を捉える。
「お父さん、ごめんなさい。私、もういい。お母さんでいるのはやめるわ」

翌朝から始まる地獄の幕開けを、私は静かに待っていた。時計の針が刻む音が、まるで処刑台へのカウントダウンのように聞こえていた。
私の人生をかけた、最後のそして最大の大勝負が始まろうとしていた。

愛する息子に裏切られた母親が下した、残酷な決断とは一体どのようなものだったのか。それは健二たちが夢にも思わなかった、衝撃的な結末へと繋がっていくことになる。

その第一歩として、私はまず振る舞いを変えることにした。彼らが焦りと本音を表し、自滅していく姿を特等席で見るために。暗い部屋の中で、私の唇がわずかに弧を描いた。それは長年封印してきた、かつての私の顔だったのかもしれない。
静寂が支配する家の中で、私の心だけが激しく、そして冷たく脈打っていた。
明日、この家から何かが失われ、何かが始まる。その確信だけが私を突き動かしていた。

翌朝、私はいつも通り午前5時に目を覚ました。カーテンの隙間から差し込む朝日が、昨夜の出来事が夢ではなかったことを残酷に突きつけてくる。私は重い体を引きずるようにして起き上がり、まず仏壇に向かって手を合わせた。
「お父さん、おはようございます」
写真の中の夫は、いつも通りの穏やかな微笑みを浮かべている。夫が亡くなってから10年。私は女手一つで一人息子の健二を育て上げてきた。

その日から、私は笑顔を絶やさないようにした。完璧なほど優しい母親を演じ続けた。健二と絵理が怪しむ様子を見せる前に、まずは朝食の支度だ。台所に立って味噌汁の匂いを立たせ、彼らが階段を下りてくる音を待つ。
「おはよう、母さん」
「おはよう、健二。今日もいい天気よ」
何の違和感もない朝。だが、その裏で私の手はわずかに震えていた。

「そういえば、今夜は遅くなるわ」
食器を片付けながら絵理が言った。私は何気なく返す。
「あら、またボランティア活動?」
「ええ、まあ」
絵理の顔に一瞬、見えにくい淀みが走った。

ボランティア。はじめは感心していた。だが、夫の残した日記帳に挟まれていた一枚の写真を見つけてから、私は疑い始めていた。
新宿の裏通り、改装された古びたビルの一階。その入り口に、見覚えのある赤いコートを着た絵理の姿があった。あの場所の名前は——私はすでに調べていた。

「今日は、夜まで買い物に出かけるわ」
そう言って私は家を出た。行き先はもちろん、新宿の地下。あの違法カジノの入口を見張るためではない。私は地元の信用金庫で、ある人物と会う約束をしていた。

カジノの収益をどこかの口座に流している人物がいる。それが誰なのか——その手がかりを掴むために、私は数週間前から行動していた。
私をバカだと思っていたのかもしれない。でも、この母は、息子を育てるために情報収集の力を使う術をたくさん身につけてきた。

午後、私は帰宅した。健二はまだ帰っていない。私は台所で、ひっそりとある書類を取り出した。そこには、夫の名前で残された土地の登記簿と、それとは別に健二が勝手に書いた、私の名前を除外した相続手続きの偽造書類があった。
「息子さんに頼まれたんです。あなたの署名が必要だって、そう言われて」
書類を用意してくれた司法書士の言葉が頭に蘇る。健二は、私の知らないところで、この家と土地の名義を自分に書き換えようとしていたのだ。

夕方、健二が帰ってきた。
「母さん、少し相談があるんだけど」
「何? ご飯食べながら聞くわよ」
「いや、その……母さん、最近物忘れが多くない? 一人でいるのも危ないし、施設に入ったほうがいいんじゃないかなって」
私は心の中で凍りついた。それでも、顔には優しい微笑みを浮かべた。
「施設? 急にどうしたの?」
「絵理が心配してるんだよ。母さんも年だし、そろそろ身の回りのことをちゃんとしてくれる人が必要だって」
「そう……。絵理さんがね」
私は俯いた。その瞬間、腕時計が午後七時を指した。聞こえてくるのは、台所の換気扇の音だけではない。どこかで人の気配がする。

「ねえ、健二。あなた、私を追い出すつもり?」
私は単刀直入に言った。
「は? 何言ってるんだよ、母さん」
「あの夜、絵理さんと話してたでしょ。『あのババアをいつ追い出すんだよ』って」
健二の顔色が一瞬で変わった。
「聞いてたのか……」
「ええ、全部聞いてたわ」

息子の目が、私に向かって挑戦的に細められる。
「だったら、もう言うよ。母さんは邪魔なんだよ。この家は俺が継ぐべきなんだ。父さんの遺産は、全部俺のものだ」
その言葉を聞いた瞬間、私の中で何かが音を立てて崩れ落ちた。同時に、冷たい感情が静かに燃え上がった。
「そう……。あなたがそう言うなら、私はもう母をやめるわ」
私の口から、想像以上に静かな声が出た。

翌日、私は朝から出かけた。行き先は、新宿の地下。あの違法カジノのフロアに、私は堂々と足を踏み入れた。
「ちょっと、一般客はここでカードをやるんだよ」
「私は客ではないわ。あなたの上の人に用があるの」
受付の男が警戒した目を向ける。私はカバンから一通の封筒を取り出した。
「これを渡してちょうだい。あの人は、これが何か分かるはずだから」

数時間後。私のスマホに、一本の電話が入った。
「場所は、いつものビルの地下二階だ。来い」
私はタクシーを拾った。行き先を告げて、後部座席で目を閉じた。頭の中では、あの日の健二の言葉が反響している。
「母さんは邪魔なんだよ」
——そう、あなたが選んだ道よ、健二。

ビルの地下二階。薄暗い廊下の突き当たりに、重厚な鉄のドアがあった。私は深呼吸を一度だけして、ドアをノックした。
「入れ」
中には、一人の中年の男が座っていた。スーツ姿だが、指にはいくつかの指輪。一目で堅気ではないと分かる。
「あなたが、私に用があるっていう人?」
男は私を上から下まで見渡した。
「あなたが、カジノの帳簿を握っている元刑事の奥さんか」
「ええ。私の夫は、あなたたちのことを追っていた。そして、息子と嫁が、あなたたちの情婦と繋がっていることも」
男の顔色が変わった。
「何が言いたい?」
「この情報を、あなたに提供するわ。その代わり、ある取引に協力してほしいの」

私はカバンから、さらに数枚の写真と書類を取り出した。そこには、絵理がカジノの関係者と金を受け渡しする姿、そして健二が彼らと会っている写真があった。
「私を追い出すために、あなたたちの力を借りるつもりだった男の愚かさを、思い知らせてやりたいの。この情報を、警察に売ることもできる。そうしたら、あなたたちも終わりよ」
男はしばらく黙っていたが、やがて口元をわずかに上げた。
「……面白い。あんた、ただのババアじゃないな」

その夜、私はいつものように晩ご飯を作った。健二も絵理も、何食わぬ顔で食卓に着いている。
「母さん、なんか今日はいい匂いだね」
「おでんよ。健二の好きなやつ」
「やった!」
私は笑顔を絶やさなかった。この顔を、もう終わらせるために。
そして三日後。朝、インターフォンが鳴った。ドアを開けると、そこには警察官が立っていた。
「健二さんと、絵理さんはいらっしゃいますか?」
リビングでコーヒーを飲んでいた健二の手が、ピタリと止まった。
「……何の用ですか」
「新宿の違法カジノに関する事情聴取です。あなた方の関与が疑われています」
健二の顔から血の気が引く。絵理も、持っていたカップを落としそうになった。
「ま、待ってください。何かの間違いで」
「間違いかどうかは、調べてみれば分かります。ご同行ください」

私は二人を、静かに見送った。そして、一人残された家のリビングで、私は深く息をついた。テーブルの上には、あの封筒。
「私は何もしていないわ。ただ、真実を教えただけ」
そうつぶやきながら、私は夫の写真を見上げた。
「お父さん。これで、あなたの思いは果たせたわね」

その日の夕方、健二が帰ってきた。顔は疲れきっている。
「母さん……ごめん」
土下座をするように、頭を下げる健二。
「俺が……俺が全部悪かった。絵理に言われるまま、母さんを追い出そうとした。母さんのこと、騙してた。この家も、父さんの遺産も、ぜんぶ自分のものにしようとしてた」
私は何も言わず、ただ彼を見下ろした。

「母さん、頼む。なんとかしてくれないか。事を大きくされたら、俺は……」
「健二」
私は彼の言葉をさえぎって言った。
「あなたは、とうの昔に私を失ったのよ。今さら謝っても、遅いわ」
「母さん……!? 」
「私は、あなたに言ったわよね。母をやめるって」
私は微笑んだ。あの夜、台所で復讐を誓った時と同じ、冷たい微笑みを。
「どういう意味だよ……本当に、俺を売ったのか?」
「売った? いいえ。ただ、事実を伝えただけ。あなたが自分で作った穴に、あなた自身が落ちただけよ」
健二の顔は、みるみる青ざめていった。

しかし、それだけでは終わらなかった。翌週、今度は税理士が訪ねてきた。
「健二さん。相続税の申告に関する不正が見つかりました。父君の遺産を過少申告していた事実が発覚しています。追徴課税と罰金が発生しますが、説明できますか?」
健二は、絶望の表情を浮かべた。

私はその間ずっと、家の二階の窓から、彼が対応している姿を見守っていた。もう何も感じない。ただ、夫との約束を果たしたという事実だけがある。

そしてその年の秋。私は一人で、海を見に行った。亡き夫とよく来た場所だった。
「お父さん。10年分の借りは、返せたと思うわ」
風が気持ちよく吹く。私は砂浜に立って、遠くの水平線を見つめた。
「私はもう、あの家にはいないわ。あの家も土地も、健二にあげることにしたの。そして、私はここを離れて、ゆっくり余生を送ることにする」
私は、ポケットから一通の封筒を取り出した。そこには、新しい人生を始めるための銀行の預金証書と、一人で生きていくことを決めた宣言書が入っていた。
「これで、母としての役割は、本当に終わり。今度は、私の人生を生きるわ」

海風が、私の髪をなびかせた。あの夜、台所で聞いた息子の一言が、私はようやく自由にしてくれたのかもしれない。
私は、振り返らずに歩き出した。新しい人生へ向かって。

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