49日法要が終わり、親戚たちが帰った静まり返った実家。私はすり切れた古い畳の上に正座し、目の前で繰り広げられる信じられない光景をただ見つめていた。
「嫌だわ。お母さんったら、こんな立派な真珠のネックレスを隠し持ってたのね。あら、こっちの金の指輪もすごいわ。これ、純金じゃない?売ったら結構なお金になりそうね」
下品な歓声を上げながら、義母が大切にしていた箪笥を漁っているのは、義姉の霊子55歳。高級ブランドの黒いワンピースに身を包み、派手な赤いネイルの指先で、宝石箱から次々と高価な品を自分のバッグへ放り込んでいる。先ほどまで親戚の前では「お母さん」と嘘泣きして涙を濡らしていたというのに、身内だけになった途端、この有り様だ。
「小岸さん、お義母さんの遺品整理は、もう少し落ち着いてからでもいいのではありませんか?まだ49日が終わったばかりですし」
私がたまらず控えめに声をかけると、霊子は宝石箱を抱え込んだまま振り返り、鋭い目で私をぎろりと睨みつけた。
「はあ?何言ってんのよ。落ち着いてからって、あんたがこそこそ盗む前に、長女の私がしっかり管理してあげるって言ってんの。大体ね、弟が死んだ後も図々しくこの家に居座って、お母さんの年金で飯を食ってたんでしょう。泥棒猫が偉そうに口出ししないでちょうだい」
その侮辱の言葉に、私は思わず唇を噛みしめ黙り込んだ。膝の上に置いた、ひび割れて荒れ果てた自分の両手が、小刻みに震えているのがわかった。
飯を食ってただけなんかじゃない。夫の匠が突然の交通事故で亡くなって間もなく、一人残された義母が脳卒中で倒れた。右半身に麻痺が残り、言葉も不自由になってしまった義母を、施設に入れることも見捨てることも、私にはどうしてもできなかったのだ。
「小岸さん、少しだけでも手伝ってくれませんか」
藁にもすがる思いで何度も電話をした。しかし霊子は「私は社長夫人で毎日忙しいの。下の世話なんて汚いこと、私にできるわけないでしょう。あんた暇なんだから、最後まで面倒を見なさいよ」と吐き捨て、この3年間、一度もお見舞いに来ることはなかった。
それからの日々は、まさに地獄のような戦いだった。夜中の頻繁なトイレ介助。喉に詰まらせないように介助する食事。床ずれを防ぐための体位変換。私の睡眠時間は毎日3時間にも満たず、白髪は増え、心身ともに限界を超えてボロボロになっていた。それでも「さゆりさん、ごめんね。ありがとうね」と、不自由な口で泣きながら感謝してくれる義母のためだけに、私は歯を食いしばって頑張ってきたのだ。
そんな私に、霊子は今日この日まで何の感謝もせず、むしろ邪魔者扱いしてきた。最後の最後まで、あの人は自分のことしか考えていない。そう思うと、怒りよりも先に、深い悲しみと虚しさが胸いっぱいに広がった。
私は静かに立ち上がり、押し入れの奥から、義母が「万が一の時は」と言って預かってくれていた、古びた封筒を取り出した。それは、何かの書類と、一通の手紙が入っていた。手紙には、義母の震える文字でこう書かれていた。
「さゆりへ。あなたにだけは、この家のすべてを託します。私の本当の気持ちは、この手紙に込めました。霊子には、何も渡してはいけません」
その手紙を読み終えた瞬間、私の手は震えが止まらなかった。そして手紙に同封されていた、一枚の黒い名刺。金色の文字で刻まれていた名前を見た瞬間、私は自分の目を疑った。それは、この地域で有名な大手法律事務所の、あの人の名前だった。
どうして義母が、こんなすごい人と繋がっていたのだろう。私は数秒間、茫然自失の状態でその名刺をじっと見つめた。そして、ゆっくりと息を吸い込み、震える手で封筒の中の書類を一枚ずつ取り出した。そこには、予想だにしない真実が記されていた。
義母は、私が知らない間に、すべての準備を整えていたのだ。霊子に一円も渡さないための、完璧な準備を。
翌朝、早々に霊子が実家にやってきた。昨日の夜、あれだけ念を押したのに、何の連絡もない。そして、義母が遺した私宛ての手紙と書類の存在を知った時、彼女の顔色は一瞬で青ざめていった。
「何よこれ!こんなの、私が知らないわ!お母さんは私にだって何か遺してくれてるはずよ!」
必死に声を荒げる霊子を見て、私は静かに言った。
「お義母さんが私に託してくれたものは、この家のすべてよ。あなたに渡るものは、何もない」
その瞬間、霊子の顔から血の気が引いていった。彼女は、自分がこれまでしてきたことの代償を、ようやく理解し始めたのかもしれない。そして、それこそが、彼女にとって人生最大の後悔となることを、まだ知らなかった。



