「随分と落ちぶれたなあ」
その声を聞いた瞬間、2年前の記憶が一気に蘇った。俺、花宮誠は大石製薬を辞めてから新しい会社で順調にやっていた。そこには俺をいびる奴なんていなくて、実力を認めてくれる人ばかりだった。なのに、どうしてよりによってこんな場所で——会社のビルのトイレ掃除をしている時に、あの安田部長と再会するんだ。
安田さんは有名大学を出たエリートで、俺のことを底辺大学出身の無能だと毎日のように見下していた。資料をやり直しと突き返され、到底1人では捌けない量の仕事を押し付けられ、定時で帰るのはいつも俺だけ。他の社員たちも彼を嫌っていたけど、俺が一番の標的だった。
「急に転職したかと思ったら、こんなところで清掃員として働いてたなんてなあ」
安田さんは嫌な笑みを浮かべて近づいてくる。
「今だけですよ。普段は普通の会社員です」
そう言ったけど、彼は鼻で笑った。
「もしかして仕事ができなさすぎて、こんな雑用を任されてるってことか。自業自得だな」
「いえ、そういうことではなく……」
「恥ずかしがらなくていいぞ。どこに行っても無能は無能のままなんだっていうのが分かって、俺は満足だ」
その瞬間、俺の中で何かが切れた。この男に何を言っても無駄だ。でも、どうしても伝えなければならない事実がある。俺がこのビルにいる理由——それは決して落ちぶれたからじゃない。俺はこの会社の……その言葉を言おうとした時、トイレのドアがもう一度開いた。入ってきたのは、俺の現在の上司だった。
「花宮さん、お客様がお待ちですよ。今日のプレゼンの準備、もう整いましたか?」
安田さんの顔色が一瞬で変わった。俺はゆっくりと彼に向き直り、笑みを浮かべた。
「安田さん。聞きたかったんですが、あなた、今どこで働いてるんですか?」
彼の顔は真っ青になっていた。



