義母に犬の糞を素手で拾えと言われ、地面に押し付けられた瞬間、何かが私の中で完全に壊れた。あの日まで、私は夫のために我慢し続けていた。でも、「汚い犬の糞だから、汚いあんたの手で直接掴んで片付けるのがお似合いでしょう」というあの言葉で、私は復讐を決意した。証拠を録音し、町内会長に協力を頼み、私は反撃の準備を始めた。 続きが気になる人はコメントしてね。

義母に犬の糞を素手で拾えと言われ、地面に押し付けられた瞬間、何かが私の中で完全に壊れた。あの日まで、私は夫のために我慢し続けていた。でも、「汚い犬の糞だから、汚いあんたの手で直接掴んで片付けるのがお似合いでしょう」というあの言葉で、私は復讐を決意した。証拠を録音し、町内会長に協力を頼み、私は反撃の準備を始めた。 続きが気になる人はコメントしてね。

乾いた破裂音とともに、義母が私の手から袋をひったくり、コンクリートの地面に叩きつけた。中身が飛び散り、鼻を突く悪臭が広がる。私は一瞬、何が起きたのか理解できなかった。

「あら、汚いわね。早く片付けないとご近所迷惑になるじゃない。」

義母は歪んだ笑みを浮かべ、私を見下ろしている。罪悪感のかけらもない。まるで面白いおもちゃを見つけた子供のような残酷さだった。

「すぐに新しい袋とちりとりを持ってきます」と震える声で言いかけると、義母はかん高い声で遮った。

「何言ってるの?そんなもの必要ないわよ。聞こえなかったのかしら?汚い犬の糞だから、汚いあんたの手で直接掴んで片付けるのがお似合いでしょう。」

血の気が引いていくのが分かった。全身が恐怖と怒りで震え出す。この屈辱を私は決して忘れない。

私は安藤ゆい。ペンネームの三坂ゆいとして、コラムニストとして活動している。4年前に夫の尊と結婚し、彼の生まれ育ったこの町へ引っ越してきた。夫は長会議員として2期目を務める真面目で有能な人物だ。しかし、彼には弱点があった。女手一つで自分を育ててくれた母、安藤証子にだけは頭が上がらないのだ。

義母はこの町で絶大な影響力を持つご意見番だった。役員ですら彼女の顔色を伺う。そして、息子の功績を自分の手柄のように語るのが常だった。

「夜道が暗くて危なかった路地に街灯が増えたのも、うちの尊のおかげなのよ。その尊を育て上げたのはこの私なんですからね。」

そんな義母にとって、私は大事な息子を奪った女でしかないらしい。結婚の挨拶に訪れた日から、その認識は変わっていない。

「いい年をして漫画なんて書いていつまでお子ちゃま気分でいるのかしら。」

私の仕事を公然と見下し、存在自体を否定してくる。それでも私は、夫を一人で育て上げてくれた感謝を忘れたくなかった。少しでも義母の負担を減らし、関係を改善したい。その思いから、義実家で飼われている大型犬・高森の世話を自ら引き受けた。毎日顔を合わせるうちに、高森もすっかり懐いてくれた。

この散歩の時間は、地域の人々と触れ合う貴重な機会でもあった。道端で草むしりをする夫婦や、店の前を掃除している店員と挨拶を交わす。何気ない交流が、この町での私の居場所を作ってくれているようだった。

「おや、安藤さん。いつも高森君のお散歩ご苦労様ですなあ。」

ある朝、町内会長の山田さんが声をかけてくれた。

「おはようございます、山田会長。高森と歩いていると季節の移り変わりがよく分かって楽しいですよ。」

「それは何よりだ。証子さんもあなたのようなお嫁さんが来てくれて、本当に助かっているでしょうなあ。」

山田会長の屈託のない言葉に、私は曖昧に微笑んで頷くことしかできなかった。義母がどう思っているかは、他の誰でもない私が一番よく分かっているからだ。

しかし皮肉なことに、私が地域に馴染み人望を得れば得るほど、義母の態度は氷のように冷たくなっていった。嫁いびりは日に日に因縁じみたものになり、私の心をじわじわと蝕んでいく。

ある日の夕食時、私は得意の煮物を大皿に盛り付けて義実家へ届けた。野菜が苦手な義母のために、隠し味に蜂蜜を少し加えた特製だ。

「お母さん、夕飯のおかずにいかがですか?たくさん作ってきたんです。」

「あら、ありがとう。ちょうどお腹が空いていたのよ。気が利くじゃないの。」

義母は満面の笑顔でそれを受け取った。その表情に安心したのも束の間、彼女は受け取った大皿をひっくり返し、キッチンの生ゴミ用のゴミ箱へと逆さにしたのだ。

「ごめんなさいね。なんだか変な匂いがするから、とてもじゃないけど食べられたものじゃないわ。」

「そんな…味見もちゃんとしたのに、腐っていることなんて絶対にありません。」

私の抗議に、義母は心底軽蔑したような目を向けた。

「あら、私の鼻がおかしいとでも言うのかしら。それともあなたは腐ったものを平気で人に食べさせるような非常識な人間なの。」

あまりの言い草に言葉を失う私を、義母は冷たい目で見下していた。

さらに、漫画家としての仕事への妨害もエスカレートした。アシスタントを入れず一人で全ての作業をこなす私にとって、締め切り前の数日間はまさに戦場だ。義母はそのタイミングを正確に把握し、わざと深夜に電話をかけてくる。

深夜1時を回った頃、けたたましい着信音で集中が断ち切られた。画面には義母の名前が光っている。

「もしもし、ゆいさん、今すぐ家に来てちょうだい。急用ができたのよ。」

「こんな時間にですか?何か大変なことでもあったんですか?」

「電話で長々と話している暇はないの。いいからすぐに来なさい。」

嫌な予感を覚えつつ、万が一を考えて急いで向かう。しかし、そこで待っていたのは悪意に満ちた用事の数々だった。

「ああ、来てくれたの。戸棚の一番上にある大皿を取って欲しくてね。私じゃどうにも届かなくて。」

それは少し背伸びすれば義母でも簡単に届く高さだった。黙って皿を下ろすと、彼女はさらに要求を続ける。

「ついでにあそこの電球がチカチカするから交換してちょうだい。これからテレビの裏の配線が気になるから、全部綺麗に束ねてくれる?」

明け方近くまでかかって全ての作業を終えた私に、義母は感謝の言葉一つかけなかった。それでも私が不満を口にせず耐え続けていたのは、全て夫のためだった。母と妻の間で板挟みになり、心を痛めている夫をこれ以上悲しませたくない。いつかきっと誠意が伝わる日が来るはず。そう信じることで、かろうじて正気を保っていた。

しかし、そんな淡い期待はある日の午後、あまりにも突然に終わりを告げた。

その日も高森との夕方の散歩を終え、いつもの道を通って義実家へと戻ってきた。西の空が赤く染まり始め、どこかの家から夕飯の支度の良い匂いが漂ってくる。右手にはきちんと処理を済ませた高森の糞が入ったビニール袋が揺れている。

義実家の玄関が見えてきたところで、私は足を止めた。玄関の前に義母が仁王立ちで私を待ち構えていたからだ。腕を組み、無表情なその姿は異様な威圧感を放っていた。隣を歩く高森が低く喉を鳴らす。

私はリードを強く握りしめ、覚悟を決めて義母の元へ歩み寄った。

「お帰りなさい。散歩ご苦労だったわね。」

ようやく私に気づいた義母の言葉は、不気味に響く。その声には嫌みに加えて、得体の知れない粘つくような悪意が感じられた。

私が何かを答えるより早く、義母は電光石火の速さで動いた。私の右手からビニール袋をひったくると、コンクリートの地面に思いっきり叩きつけたのだ。乾いた破裂音とともに袋は破れ、中身が飛び散った。

「お母さん、一体何を?」

突然の暴挙に思考は停止し、ただアスファルトに散らばった糞を見つめることしかできない。そんな私を見下ろし、義母は口元に歪んだ笑みを浮かべた。

「あら、汚いわね。早く片付けないとご近所迷惑になるじゃない。」

その言葉に罪悪感のかけらもない。まるで面白いおもちゃを見つけた子供のような残酷な響きだけがあった。

「すぐに新しい袋とちりとりを持ってきますから」と震える声で言いかけると、義母のかん高い声が遮った。

「何言ってるの?そんなもの必要ないわよ。」

義母は一歩私に近づき、私の目を見据えて信じがたい言葉を放った。

「その糞を今すぐ素手で拾いなさい。」

一瞬、何を言われたのか理解できなかった。聞き間違いだろうか。しかし、義母の目は正気で、その表情は真剣そのものだった。

「聞こえなかったのかしら?汚い犬の糞だから、汚いあんたの手で直接掴んで片付けるのがお似合いでしょう。」

あまりの暴言と侮辱に血の気が引いていくのが分かった。恐怖と怒りで体が震え出す。しかし義母は私の反応を意にも返さず、さらに近づくと私の右手を力任せに掴み上げた。骨がきしむような痛みが走り、悲鳴を上げる。

「やめてください。離してください。」

必死の抵抗も虚しく、私の手は無理やり地面の糞へと押し付けられていった。指先に伝わる不快な感触、鼻を突く悪臭。視界が歪み、涙が頬を伝う。尊厳が踏みにじられていく感覚に、意識が遠のきそうになった。

義母は私が全ての糞を拾い集め、新しい袋に入れ終えるまで、すぐそばで腕を組み満足そうに眺めていた。彼女のサディスティックな欲望が満たされていくのが、その表情から見て取れた。

ようやく全ての作業を終え、汚れた手で立ち尽くす私に、彼女は最後の一撃を食らわせた。

「ああ、ご苦労様。そんな汚い手で作った料理なんて、とてもじゃないけど食べたくないわ。私のお昼ご飯はそこのコンビニで何か適当に買ってきてちょうだい。」

それは私がこれまでよかれと思って続けてきた料理の腕そのものを、根本から否定する言葉だった。言い残し、義母は満足したように踵を返して家の中へと姿を消した。ガチャリと玄関の扉が閉まる乾いた音が鼓膜に突き刺さる。

その場に一人残された私は、汚れた自分の両手を見つめた。涙は乾いていた。心の中で張り詰めていた最後の糸が、ぶつりと音を立てて切れたのだ。もう我慢する必要などどこにもない。夫を悲しませたくないというちっぽけな思いも、いつか分かり合えるかもしれないという愚かな期待も、全て消え去った。

この瞬間から、私の全てはあの悪魔のような義母への復讐のためだけに動き出した。

汚れた手を洗うのも忘れ、私は義実家を飛び出した。込み上げてくるのは涙ではなく、全身を焼き尽くさんばかりの熱い怒りの炎だった。もう一刻の猶予もない。私は震える足を懸命に動かし、まっすぐに一つの場所を目指した。町内会長の山田さんの自宅だ。

呼び鈴に応答があり、玄関先に現れた山田会長は私の鬼気迫る形相に驚いた様子だった。

「安藤さん、どうかなさいましたか。すごい顔色ですよ。」

「山田会長、お願いがあります。少しだけこれを聞いていただけませんか。」

息を切らしながらスマートフォンを取り出し、録音アプリを起動させた。そして、先ほど録音された生々しい音声データを再生した。

「その糞を今すぐ素手で拾いなさい。汚い犬の糞だから、汚いあんたの手で直接掴んで片付けるのがお似合いでしょう。」

スピーカーから流れる義母のかん高い暴言と、私の必死の抵抗の声。最初は戸惑っていた山田会長の顔が、時間の経過とともにみるみる険しくなっていく。全てを聞き終えた彼は、怒りに肩を震わせ拳を握りしめていた。

「これはあまりにもひどすぎる。証子さんはあなたに対して、こんなひどいことを…」

「今日に限ったことではありません。もう我慢の限界です。」

「当然です。許されることではない。私にできることがあれば何でも言ってください。全面的に協力します。」

山田会長の力強い言葉に、私は深く頭を下げた。夫は長会議員という立場上、有権者の声を政策に生かすことが求められる。そのため私は日頃から住民の方々と会話する際、後で正確に内容を確認できるようにボイスレコーダーをオンにする習慣があった。その習慣が皮肉にも、義母の非道を証明する決定的な証拠を残してくれた。

強力な味方を得た私は、すぐに自宅マンションへ戻ると、パソコンを起動し、いつもコラムを掲載している新聞社の担当編集者へ電話をかけた。

「もしもし、三坂です。急で大変申し訳ないのですが、明日の朝刊に掲載予定の記事を、これから送るものに差し替えていただくことは可能でしょうか?」

驚く編集者に事情を簡潔に説明し、私は半ば強引に了承を取り付けた。そして、義母による長年の嫁いびりの実態を冷静かつ克明に綴った告発記事を書き上げた。怒りに任せて感情的に書くことはしない。あくまで客観的な事実だけを淡々と、しかし読者の心に突き刺さるように言葉を選び抜いていく。それが物書きとしての私のプライドであり、最大の武器だった。

さらに、この記事のオンライン版には、暴言がはっきりと聞き取れるようにノイズを除去し短く編集した音声データを添付した。仕上げに、山田会長の協力のもと、完成したオンライン版記事のURLを町の電子回覧板と全世帯が加入している町内LINEグループに、深夜0時を回った瞬間に一斉送信してもらった。新聞の紙媒体より格段に早く配信されるオンライン版。特にスマートフォンに慣れた若い世代を中心に、町のご意見番・安藤証子の本性が真夜中のうちに知れ渡ることになるだろう。

全ての準備を終えた私は、静かに夜が明けるのを待った。復讐の第一幕はもう始まっているのだ。

翌朝、私は何事もなかったかのような穏やかな表情で義実家のキッチンに立っていた。いつものように義母の朝食を準備するためだ。ダイニングテーブルでは、先に起きてきた義母が配達されたばかりの朝刊を広げている。私のコラムが掲載されているページに目を通した義母は、興味深そうに眉を上げた。

「あら、まあ、ひどい嫁いびりがあったものね。こんな鬼みたいな義母が本当にいるのかしら。」

味噌汁の味付けに文句をつけながら、彼女は記事の内容を完全に人ごととして捉えていた。私が三坂ゆいのペンネームで活動していることなど、知るよしもないのだ。

食後のコーヒーを優雅にすする義母は、親しげに口元を歪める。

「世の中には本当にろくでもない人間がいるものね。このお嫁さんかしら。」

彼女が自分自身を棚に上げて嘲笑った、まさにその瞬間だった。インターホンの音を無視して、玄関の扉がどんどんと激しく打ち鳴らされたのだ。

「何なのよ、朝っぱらから。」

驚く義母を尻目に、私はゆっくりと玄関へ向かう。扉を開けると、そこには鬼の形相をした山田会長を筆頭に、町内会の役員数名がずらりと並んでいた。

「安藤証子さん、緊急の町内会議を招集しました。今すぐ公民館までご同行を願います。」

山田会長の有無を言わせぬ迫力に、義母はたじろぐ。

「私に何の用ですの?まだ朝食も済んでいないのに。」

「あなたの都合など聞いていません。これは決定事項です。」

役員たちに両脇を固められ、義母はまるで犯罪者のように公民館へと強制的に連行されていった。公民館の会議室にはすでに他の役員たちも集まっており、異様な緊張感に包まれている。会議の議題はもちろん私のコラム記事についてだった。内容の審議を問われた義母は、そこで初めて自分が断罪されるために呼び出されたのだと理解した。

「ま、まさかあのコラムは私のことだと言いたいの?」

役員の一人が頷くと、義母は顔を真っ赤にして叫ぶ。

「馬鹿馬鹿しい。こんなのただの創作よ。誰が書いたか知らないけれど、目の敵にして訴えてやるわ。」

騒ぎ散らす義母を、山田会長が冷たく一蹴した。

「お黙りなさい、証子さん。この記事を書いた人気作家・三坂ゆい先生は、何を隠そう、あなたの隣にいるお嫁さんのゆいさんご本人ですよ。」

「はあ?この子が作家?」

信じられないという顔で私を見る義母に、山田会長はさらに追い打ちをかける。

「ゆいさんは地元観光協会からの正式な依頼を受け、町の広報紙で漫画を連載し、観光客誘致に多大な貢献をしてくださっている。この町にとって最大の功労者の一人です。その方をあなたは…」

「だから何だっていうのよ。大げさなのよ。ちょっとした嫁と義母の間のいざこざでしょ。」

悪びれず開き直る義母の姿に、私は静かにスマートフォンを取り出した。そして、オンライン版に添付するために短く編集したデータとは別に、昨日の暴言の一部始終を記録した、より長尺で加工前の録音データをその場で再生した。

「聞こえなかったのかしら。汚い犬の糞だから、汚いあんたの手で直接掴んで片付けるのがお似合いでしょう。」

公民館の会議室に、義母の醜い声と私の嗚咽が響き渡る。静まり返った役員たちの前で、音声は無常にも真実を語り続けた。再生が終わると、山田会長が重々しく口を開いた。

「これでもまだいざこざとおっしゃるか。」

義母は顔面蒼白になり、言葉を失っている。その後、役員たちによる短い話し合いの結果、義母に対する処分が満場一致で決定された。

「安藤証子さん、あなたを町の輪を著しく乱し、町の発展を妨害した重要人物と認定しました。よって本日付けで、町内会が主催する全てのイベント、集会、寄り合いへの参加を一切禁じます。」

それはこの狭いコミュニティにおいて、社会的な死を意味する処分だった。

「ふざけないで。私は絶対にこの町から出ていかないから。」

義母は最後の力を振り絞ってそう叫ぶと、悔しさに顔を歪ませながら足早に公民館を後にした。しかし、彼女の本当の地獄はまだ始まったばかりだった。

町内会から事実上の追放処分を言い渡され、完全に孤立無援となった義母。しかし、誇大な自己愛の持ち主である彼女が己の非を認めて反省するはずもなかった。

それから数日後、義母は起死回生を狙い、最も卑劣で愚かな最後の手段に打って出た。それはゴシップを得意とする週刊誌を利用して、私の本性を世間に告発するという計画だった。もちろん、その全てが彼女のでっち上げた嘘と妄想の産物だ。

ある日の夜、私のスマートフォンに夫から着信があった。電話の向こうの彼の声は、ひどく思い詰めている。

「ゆい、か…実はさっきお袋から電話があって…」

夫の話によると、義母はすでに週刊誌に接触し、取材のアポイントメントを取り付けたらしい。そして、その取材の場に息子である尊も同席させ、私の言う通りに証言しなさいと一方的に強要してきたというのだ。長年母親に逆らえずに生きてきた夫は、電話口では力なく了承してしまったと悔やんでいた。しかし、彼は続けてこう言った。

「でももうお袋の言いなりになるのはたくさんだ。俺はお袋の間違いを正したい。だから頼む。ゆいも取材の日に一緒に来て、真実を話してくれないか。」

その声は震えていたが、そこには固い決意が感じられた。私は夫の申し出を静かに受け入れた。

そして、約束の取材当日がやってきた。舞台は義実家のリビング。部屋の中央に置かれたソファーには、私と夫、そして義母が並んで腰かけている。向かい側には週刊誌の記者と名乗る中年男性と若いカメラマンが座り、私たちの顔をしげしげと観察していた。

重苦しい沈黙を破ったのは義母だった。彼女はハンカチで目元を押さえ、悲劇のヒロインを演じながら震える声で語り始める。

「この女が安藤家に嫁いでからというもの、私たち家族の平和な日々は地獄へと変わってしまったんです。」

そこから先は、まさに嘘八百を並べ立てた悪質な毒舌会だった。

「見てください。この痣、あの女に突き飛ばされた時のものですわ。」

そう言って見せた腕の痣は、数日前に自分で柱にぶつけて作ったものだ。息子の食事にこっそり虫を混ぜていたこともあったと言う。あまりにも荒唐無稽な作り話に、私は呆れて言葉も出ない。極めつけはこんな告発だった。

「それだけではありません。この女は夫のライバルである長会議員の広報官と不倫までしているんですよ。私はこの目で2人がホテルに入っていくのを見ました。」

涙ながらに訴える義母の迫真の演技に、記者は真剣な顔で頷きペンを走らせている。一通り義母の話を聞き終えた記者は、私の隣に座る夫へと視線を移す。

「ご主人にお伺いします。今のお母様のお話は全て事実なのでしょうか?」

部屋中の視線が夫の口元に集中する。義母が勝ち誇ったような笑みを浮かべて促した。

「お前が見てきた真実を、ちゃんとお話ししなさい。」

夫は一度固く目を閉じ、何かを振り払うように小さく息を吐くと、ゆっくりと口を開いた。そして、記者の目をまっすぐに見つめ返し、凜とした揺るぎない口調で言い放った。

「いえ、今母が言ったことは全て完全な出鱈目です。」

その言葉は静かな会議室に驚くほどはっきりと響き渡った。一瞬の沈黙の後、最初に我に返ったのは義母だった。

「尊!何を言っているの?私を、この母親を裏切るの?」

語気を荒げて激怒する義母を、夫は悲しげな表情で見つめ返す。そして、これまで胸の内に溜め込んできた全ての思いを吐き出し始めた。

「裏切っているのはお袋の方じゃないか。俺はずっと知っていたんだ。お袋が俺の見ていないところで、どれだけ妻のゆいをいびり抜き苦しめてきたのかを。」

彼は記者たちに向き直り、深々と頭を下げた。

「申し訳ありません。母は長年に渡り、妻に対して精神的な虐待を繰り返していました。先日の犬の糞の件も、全て事実です。」

「何よ。私はお前のためを思って…」

義母は、尊が2期目の選挙で当選できたのは他ならぬ自分のおかげだと信じて疑わなかった。しかし夫はそんな母親の思い込みを、残酷な事実で打ち砕く。

「お袋のおかげだって?冗談じゃない。1期目の後、あんたの傲慢で高圧的な態度が原因で、俺の支持率がどれだけ下がったか知っているのか?講演会の参加者も町の人たちも、みんな口を揃えて言っていたよ。『安藤先生はいい人だが、あの母親だけは勘弁して欲しい』ってな。俺はあんたのせいで、次の選挙に落ちる寸前だったんだ。」

そして夫は私の手を強く握りしめ、記者たちにはっきりと宣言した。

「そんな絶望的な状況から俺を救い、2期目当選へと押し上げてくれた最大の功労者は、ここにいる妻のゆいです。彼女の地域への献身的な活動と、それによって得られた町民からの熱い人望がなければ、今の俺はなかった。」

その言葉に、私は思わず涙がこぼれそうになるのを必死でこらえた。最後に夫は実の母親に向かって、生涯で最も辛いであろう宣告をする。

「お袋が育ててくれたことには心の底から感謝してる。でも、あんたがゆいにしてきたことは、人として絶対に許されることじゃない。もうあんたを母親だとは思えない。今日限りで縁を切らせてもらう。」

涙を流しながらの、魂からの絶縁宣言だった。完全に追い詰められた義母は、もはや正気を失い、最後の悪あがきとばかりに叫び散らす。

「この子は騙されているんです!息子は勉強ばかりで世間知らずなんです!この女が議員である息子を利用して、何か甘い汁を吸おうと企んでいるに違いありません!」

しかし、その声も虚しく、記者たちからはこらえきれないといった様子の失笑が漏れ始めた。中年記者は呆れたように首を振り、義母に告げた。

「お母さん。残念ですが、奥様がご主人を利用するメリットなんて、限りなくゼロに等しいですよ。」

「な、なんですって?」

そう、義母は何も知らなかったのだ。

「三坂ゆい先生の父君は、経済界の大物である三坂グループの会長で、現職の国会議員も頭が上がらないほどの人物です。これは少し調べれば誰でも分かる、公然の事実です。」

その事実を記者から突きつけられ、義母は口をパクパクさせ、完全に思考を停止させていた。自分のちっぽけなプライドを守るために戦ってきた相手が、雲の上の存在だったと知ったのだ。呆然とする義母の姿に、夫は全てを諦めたように力なく呟いた。

「もうやめてくれ。これ以上の醜態の上塗りは、本当にやめてくれ。」

その言葉が、義母の完全敗北を告げるゴングとなった。

あの壮絶な取材から数週間が過ぎた。結局、義母の告発記事が週刊誌に載ることはなかった。それどころか、取材テープに残された義母の暴言と夫の告白は、別の形で町の人々の知るところとなった。町内会の追放処分そのものに法的な強制力はなかった。しかし、町民全員から向けられる冷たい視線と無視は、どんな法的措置よりも義母の心をえぐったようだった。

誰からも相手にされず、挨拶すら返されない日々。スーパーへ行けばひそひそと噂され、道を歩けば子供たちから遠巻きに指を差される。あれほどまでに固執していた町のご意見番という立場は、今や形もない。その耐え難い居心地の悪さに、義母は自らこの町を去ることを選んだ。引っ越し先は、隣町の寂れた集落にある、今にも崩れそうなボロ民家だと風の便りに聞いた。環境が変わろうと、あの歪んだ性格が改善されることはなかったらしい。隣町でも自分の価値観を一方的に押し付け、若者や子供たちに説教をして回っては煙たがられているという。かつての権威も自慢の息子も失った彼女は、完全なる嫌われ者として孤独な老後を送っている。まさに自業自得の末路だろう。

一方、私たち夫婦には穏やかで輝かしい日々が訪れていた。夫の尊は先日行われた長会議員選挙で見事3期目の当選を果たした。嫁いびり事件を経て、母の呪縛から解放された彼は、以前にも増して町民一人一人の声に耳を傾け、政策に反映させている。そんな夫の真摯な姿は多くの町民の心を打ち、今では町の誰もが認めるリーダーとなった。

そして私もまた、この町にとってかけがえのない存在としてようやく認められることになった。人気漫画家・三坂ゆいが、実は長会議員の妻・安藤ゆいであったという事実は、瞬く間に街中に広まった。今では町の広報紙のデザインや観光パンフレットのイラストなどを一手に任されるようになっている。自分の持てるスキルで、愛する夫が守るこの町に貢献できる。これ以上の喜びはない。

あの事件をきっかけに、私たち夫婦の絆は以前とは比べ物にならないほど強く、そして深くなった。辛い日々を共に乗り越えたからこそ、お互いを心の底から信頼し尊敬し合える関係を築くことができたのだ。

義母が出ていった義実家は、先日引き払うことになった。その際、私たちは家族として大型犬の高森を正式に引き取ることにした。広々としたマンションのリビングで、高森が安心しきったように鼻息を立てている。その穏やかな寝顔を、夫と二人で並んで眺める。

「高森もすっかりこの家の子になったわね。」

「ああ。ゆいがいてくれて、本当に良かった。ありがとう。」

夫はそう言って、私の肩を優しく抱き寄せてくれた。もう私の心に暗い影を落とすものは何もない。愛する夫と忠実な愛犬・高森。そして、私を温かく受け入れてくれたこの町の住民たち。かけがえのない宝物に囲まれて、私の幸せな日々はこれからもずっと続いていく。

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