左遷された日、俺は上司から「子会社に行ってくれ」とだけ言われた。その瞬間、それまで積み上げてきたものが全部崩れた気がした。理由は、新人に厳しくしすぎたこと。しかも相手は社長の娘だって噂で、みんな腫れ物に触るように俺を見てくる。同期は「仕方ないよ」と慰めるだけ、一番厳しく接した新人本人も、後ろめたそうにしながらも何も言ってこなかった。俺は何も間違っていない。ただ教えたことを守るように言っただけ…

左遷された日、俺は上司から「子会社に行ってくれ」とだけ言われた。その瞬間、それまで積み上げてきたものが全部崩れた気がした。理由は、新人に厳しくしすぎたこと。しかも相手は社長の娘だって噂で、みんな腫れ物に触るように俺を見てくる。同期は「仕方ないよ」と慰めるだけ、一番厳しく接した新人本人も、後ろめたそうにしながらも何も言ってこなかった。俺は何も間違っていない。ただ教えたことを守るように言っただけ...

「の神、悪いけど、子会社に行ってもらう」

頭が真っ白になるって、こういうことを言うんだと思った。今まで積み上げてきたものが、一気に音を立てて崩れていく。立っているのもやっとだった。

「の神さん、会社に出て行ってもらうって…つまり、左遷ってことですよね。お先真っ暗じゃないですか」

周りの声は聞こえないふりをして、俺はデスクに散らばった書類や私物を無言で片付け始めた。どうしてこんなことになったんだ。

だが、この移動があの人の心を動かし、俺の人生を成功へと導いていくことになるのだった——

その日は、いつものように昼休み直前まで仕事をしていた。隣の席の後輩が話しかけてきた。

「ねえ、の神さん、聞きました? 今度入ってくる新人、社長の娘さんらしいですよ。なんでも短大卒業後、1年間カナダにワーキングホリデーに行ってたとか」

「社長令嬢か。俺らなんかと住む世界が違ってそうだし、どうやって接すればいいんですかね。下に注意とかしたら首になったりして」

「何バカなこと言ってんだ。社長の娘だろうが、同じ会社の社員なんだから特別扱いなんかしなくていいんだよ。それにうちの社長がそんなに理不尽なことするはずないだろう。無駄口叩いてないで業務に集中しろ」

そう言ったものの、新人が入ってきた日の対応は、正直やりづらかった。俺はいつも通り、きっちりと社会人としてのマナーを教えた。だが、職場の人間はどこか腫れ物に触るような態度で、心なしかビクビクしているようだった。

面談の時間になると、新人はどこか落ち着かない様子で、書類の置き場所を聞いてきた。

「この帳簿はどこに戻せばいいですか?」

「棚の一番上の段だ。それと、書類は必ずファイルに綴じるように。後で見返した時に分かりやすいからな」

少しして、同僚が声をかけてきた。

「小関さんは彼らについていかないの?」

「はい。新人たちにはもう伝えたことがあるんで。それより、会議はどうされますか?」

俺はその場をやり過ごした。だが、この新人との関係が、後に思わぬ形で俺の人生を動かすことになるとは——

その日以降も、俺は厳しく接した。新人のミスを指摘し、報告の仕方、電話の応対、時間の守り方。一つ一つ丁寧に、しかし厳しく教え込んだ。影では「鬼教官」「鬼軍曹」と呼ばれていることも知っている。自分ではそんなつもりはなかったが、まあ、怒られても嫌われてもいい。しっかりと自分の足で立てる社会人に育てるのが俺の役目だから。そのためなら憎まれ役を買って出る。

新人は最初こそ戸惑っていたが、徐々に仕事を覚え、自立し始めていた。俺も少し安心していた。

だが、ある日突然、社長に呼び出された。

「の神、少し話がある」

社長室に入ると、社長は渋い顔で書類を見つめていた。

「お前、新人の教育方針について、クレームが来ている」

「クレーム? 私が何かやりましたか?」

「どうも、お前の指導が厳しすぎて、新人が辞めたいと言っているらしい。特に今回は…まあ、相手が相手だけに、な」

「辞めたい? ですが、彼女は順調に成長しているように見えましたが…」

「本人がそう感じていないんだ。こちらも穏便に済ませたい。お前は子会社に異動してくれ」

…これが、左遷の始まりだった。

だが、俺は異動先で、かつての新人たちが立派に働いている姿を見る機会があった。彼らは誰も、俺を恨んでいる様子はなかった。むしろ、感謝してくれる者もいた。

「あの時、の神さんに厳しくしてもらわなかったら、今の自分はいません」

その言葉を聞いて、俺は思った。自分のやり方は間違っていなかったんだと。そして何より、俺の人生を変えたのは、この異動先で出会った、一人の人物との再会だった。

それは、かつて新人として俺が指導した彼女だった。彼女は今、子会社の責任者として、見事に仕事をしていた。

「の神さん、あの時はきつく当たってしまってすみませんでした」と彼女は言った。

「いや、俺こそ、もっと上手くやれてたらな」

「いいえ、あれがあったから、私は今の自分になれました。本当に感謝してます」

彼女と共に働くうちに、俺は自分の居場所を取り戻した。そして、いつかまた、自分を左遷した本社の社長に、この成果を見せてやろうと思うようになった。

それから数年後、俺は彼女と共に会社を立て直し、見事、本社へ戻ることを果たす。

「お前の執念には、感服した」

社長はそう言って、俺の肩を叩いた。俺は勝ち誇るような笑みを浮かべた。

「社長、俺は自分の教えた新人たちがこれからも成長し続けることを、何より楽しみにしています。だから、これからも厳しくいきますよ」

そう言った俺の言葉に、社長も、かつての新人たちも、笑って応えてくれた。俺の人生で一番大きな失敗は、結果的に一番の成功を生んだのだった。

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