「ちょっと二人とも、ここに座ってくれる?話したいことがあるんだ。」
不安そうな顔で、なみさんと凪紗ちゃんは静かに俺の前に座った。
「俺はなみさんたちに、ずっとここに住んでほしいと思ってるんだ。」
「私の仕事がなかなか決まらないからですよね。ごめんなさい。長いことご迷惑をおかけして。」
「そうじゃないんだ。俺の気持ちを正直に言っておくね。俺はなみさんが好きだ。おかしいかもしれないけど、凪紗ちゃんのお父さんになれたらいいなって思ってるんだ。」
すると、横にいた凪紗ちゃんが間髪入れずに言った。
「凪紗もおじちゃんが大好きだよ。パパになってほしい!」
俺の名前は長峰蒼太。大学を卒業した俺は地元の中小企業に就職した。やりたい仕事ではなかったが、みんなこんな風に働いているのだと思っていた。しかし、五年ほど働いても俺のやる気は芽生えなかった。幸い実家暮らしで給料はほぼ貯金できたので、その金で独立してやろうと思った。
俺は何の趣味もなかったが、唯一料理だけは嫌いじゃなかった。それで俺はあり金を全部はたいてフードトラックを買った。フードトラックを始めたのは、色々なところに行けるのがいいと思ったのと、子供でも買える美味しいものでたくさんの人を幸せにしたいと思ったからだ。
俺の両親は晩婚で、母親が俺を妊娠したのも遅かったから、もう八十も近づいてだいぶ年を取った気がする。両親は基本、俺のやることにいつも反対しない。年が行ってからの子供は可愛いと言って、何でも応援してくれるのだ。
「好きなようにやればいい。父さんたちもたまに買いに行こうかな。」
「小さい頃から私と一緒によく料理したものね。きっと繁盛するわ。」
そんな俺ももうすぐ四十歳になる。この年になるまで彼女がいたことはあるが、みんな結婚となるとやはり俺の職業が気になるらしく、将来の話になるたびに別れ話になってしまうのだった。確かに会社員と比べたら収入は少ない上に保証もない。家庭を持つということは、少なからず安定を求めるのだろう。
店をやっていて地元の友達に会うこともある。
「お前、この店までやるの?儲かったらやめるんだろ?」
俺はそんなつもりは到底ない。ただこの店を長く続けたいと思っている。こんな俺の夢に一生付き合ってくれる人なんて、今後現れるのだろうか。そんな不安はありながらも、フードトラックの仕事を俺は楽しんでいた。
俺のフードトラックの主なメニューは唐揚げだ。単純に自分の好物を商品にしたのだが、これがなかなか評判も良くて、場所を変えてもよく売れる。俺は小さい頃、近くの商店街でよく唐揚げを買ってもらった。揚げたてカリカリで中はジューシーな唐揚げが俺は大好きだった。それで自分でも色々研究して、今の唐揚げの調理法にたどり着いた。
フードトラックで俺は様々な場所へ行く。食材の調達もあるからそんなに遠くまでは行かないが、県内の祭りやイベントに呼ばれればどこへでも行った。その日も俺は町の祭りに店を出していた。外は暑くて汗をかきながらひたすらに唐揚げを揚げていたが、今日はいつもよりも人が多く来てくれる気がする。他の店にも唐揚げはあるのに、俺の店は長蛇の列ができていた。
「この唐揚げ屋、前も来たけど美味しかったよね。」
「うん。他の店よりも大きいし、サクサク。」
そんな声を聞いて俺は一人でにんまりしていた。お客さんにそう思ってもらえたならそれが一番嬉しい。こういう時、俺はこの店をやっていて良かったと心底思えるのだ。
しかし本当に今日は途切れないなあ。俺は一心不乱に唐揚げを揚げて売った。こんな日は誰かバイトでも雇いたいと思うのだが、実際忙しくない日もあるし、難しい決断である。休憩もなく働いていたその時、一瞬だけお客さんが途切れた。俺は今のうちにトイレに行こうと席を外した。
急いでトイレから戻ってくると、俺のフードトラックの横にお母さんらしき人と小さな女の子が立っていた。トラックに乗り込もうとする俺に、母親の女性が話しかけてきたのだ。
「あの、すみません。」
彼女は体調が悪いのか、げっそりして顔色も悪かった。
「はい。」
「あの、唐揚げを一ついただくことはできないでしょうか?」
「おじちゃん、お願い。お腹が空いたよ。」
女の子もボロボロの服を着ているし、顔も薄汚れている。この時代にまさか物乞いなのか。俺は二人を見てこの事態に驚いた。
「子供の分だけでもいいので、どうかお願いします。」
俺はこんなことに会ったことがないから、正直どうすれば良いか分からなかった。ここであげても、この人たちの本当の救済にはならないのではないかとも思った。しかし、今目の前で空腹で倒れそうにしている人を、俺はやっぱり見過ごすわけにはいかない。
「いいですよ。その代わり、少し店を手伝ってくれると助かります。」
俺は彼女たちに提案してみた。その方が気兼ねなく食べられるかと思ったからだ。
「はい。もちろんです。私たちにできることなら何でもします。」
彼女の顔は晴れやかになって、目には涙が浮かんでいた。すっぴんだが、明るい表情になった彼女は美人だった。俺は揚げたての唐揚げを彼女たちに差し出した。
「たくさん食べてください。その分働いてもらうんで。」
冗談っぽく俺は言った。
「ありがとうございます。すごく美味しそう。」
早速唐揚げを頬張る二人を横目に、俺はまた行列ができ始めた店の仕事に戻った。しばらくすると、食べ終わった二人が店に入ってきた。
「ごちそうさまでした。」
「すっごく美味しかったよ。さ、元気が出た。」
「こんなに大きくて美味しい唐揚げ食べたの初めて。」
その女性はなみと言った。娘の凪紗ちゃんは六歳になったばかりだそうだ。
「俺は蒼太です。よろしく。」
「じゃあ早速だけど、その油をこっちにくれる?それで二人には接客の方をお願いしたいです。」
「了解しました。」
なみさんはこういう仕事をやったことがあるのか、すぐにテキパキと働き出した。お腹を満たしたからか顔色も良くなって、さっきより元気だ。凪紗ちゃんも元気な声でお客さんに唐揚げを渡してくれている。俺は一人で調理の方に集中できるからとても効率が良く、行列もどんどん短くなっていった。
閉店時間になり、俺はトラックを片付けて二人に声をかけた。
「今日は手伝ってくれてありがとう。忙しかったから助かりました。お礼に夕飯でも奢らせてください。何が食べたいですか?」
「いいんですか?」
「凪紗、ファミレスに行きたい!」
「凪紗、そんなわがまま言っちゃだめよ。」
「ファミレスでいいんですか?俺は全然いいですよ。みんな好きなもの食べられるし。じゃあトラック閉めるんで行きましょう。」
俺たち三人は近くのファミレスに入った。
「わあ、嬉しい。凪紗、お子様ランチが食べたい。」
「うん。じゃあお子様ランチ頼もう。」
凪紗ちゃんはメニュー表のパフェの項目を見て目を輝かせている。俺はそんな凪紗ちゃんを素直に可愛いと思ってしまった。
「パフェも頼む?」
「いえ、お子様ランチで十分です。」
「じゃあご飯の後にまだ食べられそうだったら頼もう。」
俺がそう言うと、満面の笑みで凪紗ちゃんは頷いた。
「すみません。じゃあ私はこのパスタで。」
「オッケー。俺はハンバーグ定食にしよう。じゃあ頼みますね。」
俺たちは一日働いた後で相当お腹が空いていた。料理が来ると三人とも夢中で食べていた気がする。
「おいしい。ちゃんとしたご飯を食べるのは久しぶりなんです。」
え、俺はその言葉にびっくりしたが、そういえば昼間この人たちはお腹を空かせて食べ物を求めていたのだ。
「実は今月はもうお金がなくて、食べ物も買えなくなってしまいました。」
なみさんはパスタを食べ終わると、今までの経緯をゆっくり話してくれた。
「私は音楽家の夫と結婚しました。夫の家族は何代も音楽をやっている一家で、私だけ未経験の人間だったんです。結婚当初からかなり肩身の狭い思いをしましたが、その時はまだ夫がかばってくれてたんです。」
空になったお皿を見つめながら、切なそうに言った。
「でも数年後にこの子が生まれて、みんなこの子も音楽の才能があるだろうと思い込んでいたんですね。ピアノやバイオリン、フルートまで習わせたんです。私はこの子が楽しめるならと思っていました。でもこの子には向いていなかったようで、練習も嫌がるしちっとも上達しない。この子を見て、義両親はもちろん夫まで冷たくなったんです。」
俺は唖然とした。そんな映画やドラマみたいな家が本当にあるのだと。
「でもいくらなんでもひどいな。実の娘や孫に。」
「私も初めは信じられませんでした。夫も、私はともかく娘には自分の才能を受け継いでいてほしかったんでしょうね。そうではなくてショックだったんじゃないかな。それがやっぱり、私の結婚は間違っていたんです。ただ一つだけ、この子が生まれてくれたことだけは感謝しています。」
「ママ、おじちゃん、お子様ランチ終わったよ。ごちそうさま。」
「お、凪紗ちゃんすごいな。じゃあご褒美にチョコレートパフェも頼んじゃおう。」
「わーい。やった!」
凪紗ちゃんがパフェを頬張っている間になみさんは話の続きを聞かせてくれた。
「私はついに我慢できなくなって家を出ることにしました。自分が侮辱されることは我慢できるけれど、娘まで辛い思いをさせるのは許せなかったんです。私は義両親や夫に出ていくことを告げました。少し引き止められるかとも期待したんです。でも結果は、義両親にも夫にも『好きにしろ』と言われました。私たちは自分たちの少ない荷物を持って、追い出されたも同然でした。」
「それでどうしたんですか?」
「私は自分の泣けなしの貯金で古いアパートを借りました。家賃も交渉して安くしてもらって。でもこの子がいるから仕事も探せなくて、気づいたら貯金も底をついていました。今月はもう家賃を滞納して三ヶ月目になるので、そのアパートからも退去命令が出ていて、食べ物も買うお金がなくて、あの、お祭りに行ってみたんです。」
なみさんの話は俺が思っていた以上に過酷だった。
「他のお店にもいくつかお願いしたんですよ。おこぼれがあったら恵んでくださいって。でも皆さん商売だし、他のお客さんもいるし、できないのは仕方ないですよね。そんな時、蒼太さんのお店にたどり着いたんです。」
俺は二人が自分の店に来てくれて本当に良かったと思った。俺だって人の手が欲しかったわけだし。これは神様のお導きか何かだろう。
「でも私たち、あの家にいる時よりもよっぽど幸せなんですよ。こんなお金のない生活なのに、心は夫といる時より平穏です。凪紗もわけもなく泣くようなことがなくなりました。でもさすがに家も食べ物もなくなったら生きていけないですよね。」
なみさんは真剣な表情になって俺の方を向いて言った。
「蒼太さん、お願いがあります。」
「はい。何でしょうか。」
「明日からも私たちを働かせてくれませんか?」
「うん、お手伝いします。」
パフェをペロリと食べ終わった凪紗ちゃんも話に入ってきた。俺は少し考えて、彼女にこう言ったのだ。
「ちょうど今月はイベントが多くて、手伝ってくれる人が欲しいと思っていたんです。それに、俺はここに住んでいるんだけど一人だから、部屋もたくさん余ってるんだよね。」
そうやってなみさんをちらりと見ると、彼女は瞬きをして俺が言おうとしていることを理解したらしい。
「もしかして、それって…」
「うん。もしよかったら、うちに住んだら?」
「え、おじちゃんの家に住むの?」
なみさんは思いもかけない話にあわあわしている。
「え、そんな、本当にいいんですか?」
「どうせうちで働いてもらうんだったら、家から一緒にトラック乗っていけた方がいいでしょう。気楽にシェアハウスみたいなもんだと思えばいいよ。」
俺は自分でも大胆な提案をしたなと、この時は思った。まさかこの二人が俺の本当の家族になるなんて、この時は思いもしていなかったのだ。
なみさんは何度も俺に頭を下げた。
「ありがとうございます。何度言っても足りないくらいです。蒼太さんは私たち親子の命の恩人です。」
「まあまあ、もうあのボロいお家に帰らなくて済むね。」
なみさんと凪紗ちゃんは抱き合って喜んでいる。こうして俺は二人をうちに呼び寄せることになった。
二人は一度アパートに戻り、物をまとめてきた。二人なのにそれだけというくらいの荷物しかなかった。俺の家に上げると、二人は悲鳴をあげた。
「すっごい広いし、綺麗!」
「本当に蒼太さんだけでここに住んでいるんですか?」
「もう十五年くらいになります。あまり物も置かないから、綺麗に見えるだけですよ。あ、お風呂入れるから、凪紗ちゃんと入って。」
「お風呂…あのアパートになかったんです。いつも二人で濡らしたタオルで体を拭いて、髪の毛は洗面所で洗いました。」
「お風呂入れるの?ママ、良かったね。」
二人とも興奮しながらお風呂場へと向かった。俺は二人用に布団を出したり、寝る支度をしてあげた。
「お風呂を先にいただきました。とっても気持ちよかったです。」
なみさんは濡れた髪を乾かしながら俺に言った。女性に免疫のない俺は、濡れ髪の美人が自分の家にいると思うだけで緊張してしまう。
「あ、う、うん。よかった。あ、部屋はここを使ってね。」
俺は二階の広い部屋を二人に案内した。
「蒼太さん、本当にありがとうございます。私、早く仕事を見つけて、ここを出ていけるように頑張りますね。」
そう言ってにっこり笑う彼女に、俺は複雑な心境だ。別にそんなすぐ出ていかなくてもいいのにな。仕事も他で探さなくてもいいのに。俺は一人そんなことを思っていた。しかし、そんなことは彼女には言えなかった。とにかく、家がなくなってしまう彼女たちに安心して暮らしてもらうことが最優先だ。
「これからよろしくお願いします。」
「こちらこそ、ご迷惑をおかけしますが、どうぞよろしくお願いします。」
俺となみさんは丁寧に頭を下げてお辞儀し合った。顔を上げて笑い合っていると、凪紗ちゃんも笑った。
「なんか面白い。」
こうして俺たちの共同生活は始まった。朝目覚めると、キッチンからいい匂いがしてきた。
「おはよう。」
「あ、おはようございます。蒼太さん。冷蔵庫の卵をお借りして、目玉焼きを作りました。」
「ありがとう。」
俺は誰かの朝ご飯で朝を迎えるなんて、実家生活以来だった。誰かと一緒に住むということは、こんなに幸せなことなのか。
「おじちゃん、おはよう。」
「うん。凪紗ちゃん、よく眠れた?」
「うん。うちの布団よりふかふかで、いっぱい寝ちゃった。」
「そっか、よかった。」
なみさんが用意してくれた朝ご飯をみんなで食べて、俺たちは出店の準備を始めた。鶏肉の扱いや下ごしらえ、トラックに乗せるものの準備を一通り教える。
「なるべく早く覚えますね。」
「うん、助かるよ。なみさんはどこかお店でバイトしてたの?随分慣れてるし、接客も上手だよ。」
「ああ、はい。昔、焼き鳥屋でバイトしてたことがあるんです。だから少しは飲食店の仕事はやれるつもりです。」
力こぶを見せてなみさんは笑った。言う通り、なみさんはすぐに仕事を覚えた。凪紗ちゃんは可愛らしい声で呼び込みをしてくれたり、接客を手伝ってくれるから、うちの店の看板娘になりつつあった。
なみさんはトラックの出展がない日には就職活動をした。しかし、小さな子がいるシングルマザーはなかなか仕事が決まらないらしかった。彼女は焦っていたが、俺はむしろこのままなみさんにトラックを手伝ってほしかった。でも、それは押し付けかもしれないし、もっと違う仕事をしたいとなみさんは思っているのだと、俺は言い出せなかった。
そんな生活が半年ほど続き、俺たちのフードトラックも忙しい営業を続けていた。なみさんたちが手伝ってくれるようになってから効率が良くなり、売上も倍増するほどだった。しかも今年はイベントに呼んでもらえることも増えて、毎日のように仕事があったのだ。それに、一緒に三人で暮らして、こんなに毎日笑って過ごすことが、俺には初めての幸せだった。もう彼女たちがいない生活なんて考えられないほど、俺にとっては二人が掛け替えのない存在になっていた。
俺はこの日、なみさんにちゃんと話をしようと思ったのだ。
「ちょっと二人とも座ってくれる?話したいことがあるんだ。」
「はい。何でしょう。」
なみさんは不安そうな顔になって俺の前に座った。凪紗ちゃんもママの横にべったりとくっついている。
「あれから半年経つけど、俺はこのまま二人にうちで働いてほしいと思っているんだ。なみさんはどう思う?」
「ああ、私の仕事がなかなか決まらないからですよね。ごめんなさい。」
「いや、そうじゃないんだ。むしろ俺は最初から、なみさんに仕事が見つからなくてもいいのになって思ってた。ごめん、蒼太さん。」
「それから、こんなのは迷惑なのかもしれないけど、一応俺の気持ちは伝えておくね。俺はなみさんのことが好きです。許されるのかは分からないけど、凪紗ちゃんのお父さんにもなれたらいいなって思ってる。」
凪紗ちゃんは「お父さん」というワードに反応して、俺の言いたいことが分かったようだ。
「え、私もおじちゃんのこと好きだから、パパになってほしい!」
嬉しいことを言ってくれると、俺は思わず顔がほころんだ。すると凪紗ちゃんはこっそりとなみさんに耳打ちして、俺に言った。
「じゃあ、ママの秘密も言うね。ママもおじちゃんが旦那さんになったらいいなって言ってた。」
「ちょっと、凪紗!」
なみさんは真っ赤になって慌てている。
「え、そうだったの?俺はなみさんがそんな風に思ってると思わなかった。仕事を見つけて早く出て行きたいのかなって。その希望を応援できてない自分が嫌だった。」
「そうだったんですか?私は蒼太さんのお仕事を手伝わせてもらって、こんなに周りを幸せにできる仕事って素敵だなって実感して、でも私がここに座ってお仕事もさせてもらうのは約束と違うし、図々しいなって思っていて…」
俺たちは言葉にしないことで勘違いし合っていたことに気がついた。
「なんだ、そうだったんだ。よかった。こんな不安定な仕事だけれど、なみさんが一緒に働いてくれたら、俺はそれほど嬉しいことはないよ。」
「私も蒼太さんの仕事を支えていけたら幸せです。」
それから、なみさんはもじもじしながらこう言ってくれた。
「私も蒼太さんが大好きです。」
俺は嬉しくて飛び上がりそうになった。ずっと家族になってくれたらいいなと思っていた人たちに「大好き」と言われるなんて、夢のようだった。俺たちは三人で笑い合った。幸せすぎて、俺は泣きそうになっているのを必死に隠した。
俺たちは正式に交際を始めたが、特に今までと生活が変わることはなかった。みんなで一緒に朝起きてご飯を食べ、仕事に行って帰ってくる。夜ご飯もみんなで食べてから寝るという、相変わらずハードスケジュールな毎日だった。それでも、なみさんが俺の彼女になったんだと思うだけで、俺はウキウキした気持ちが込み上げてきた。
そんなある日、実家の母から電話がかかってきたのだ。
「蒼太?久しぶりね。お仕事忙しいの?最近実家に顔を出さないから、お父さんと心配してたのよ。」
そういえば、三人で暮らし始めてから実家に行くのもすっかり遠のいていた。
「そうだね。久しぶりに帰ろうかな。」
俺の実家は隣の町だからそう遠くはない。俺は言ってもいいか迷ったが、母には伝えておこうと思った。
「母さん、帰る時に一緒に連れて行きたい人がいるんだけど、いいかな?」
「え、一緒に?誰なの?彼女なの?」
「まあ、そんなところ。」
俺はまだ結婚も決まったわけではないけれど、一緒に住んでいる以上、親にも紹介したかった。
「きゃあ、そうなのね。どんな方なの?おいくつ?」
母は彼女のことが気になるらしく、細かく質問してきた。それはそうだ。俺が彼女を紹介するなんて、何十年ぶりくらいだから。
「あのさ、母さん、一応言っておくけど、彼女は離婚歴があるんだ。そして彼女には娘さんもいる。」
俺は正直に母親になみさんの事情を話した。でも彼女は素晴らしい人で、俺のことも全力で支えてくれていると話した。母は先ほどの興奮は収まったようで、静かに話を聞いていた。
「というわけで、今度の休みに行くよ。」
「分かったわ。父さんと待っているわね。」
母が大人しくなってしまったことに不安はあったが、うちの両親はそんな偏見で人を見ないだろうと俺は信じていた。
しかしいざ実家に行くとなると、やはり緊張するものだ。それはなみさんも同じようだった。
「私なんかがご両親にお会いしてもいいでしょうか?」
色々な事情や、俺が初婚ということも、もしかしたら彼女は気にしているのかもしれない。俺も少し両親に抵抗があったらと思うと、なみさんを傷つけてしまうかもと不安にはなった。
実家に近づくと、玄関の前に二人が立っていた。二人ともニコニコしながら、まだかまだかと待ちわびていたようだ。
「いらっしゃい。よく来たわね。」
母の一言で俺は安心した。
「暑かっただろう。中に入って、冷たいものでも飲もう。」
父も嬉しそうに挨拶してくれた。
「初めまして。なみと申します。この子は凪紗です。今日はお邪魔します。」
なみさんも笑顔で迎えてくれた両親にほっとしたようだった。
「あら、可愛い子。さあ、さあ、上がって。お腹空いたでしょう。」
家に上がると、母の手料理がたくさんテーブルに並んでいた。
「こんなに作ってくれたんだ。ありがとね、母さん。」
「何が好きか分からないから、いつも作るようなものになっちゃったけど、食べられるものだけ食べてね。」
この料理の数々を見ると、俺の料理好きも母の影響なのだろうと実感する。母がお茶を入れてくれて、やっと食事が始まった。母はなみさんと話したいらしく、隣に座ってあれやこれやと質問している。
「フードトラックの仕事を手伝ってくれてるみたいだけど、大変じゃない?それに不安定な仕事だから、なみさんも心配でしょう。」
「そんなことないですよ。転がるように入ってきた私たちに、蒼太さんは丁寧に仕事を教えてくれました。それに不安定だなんて思いません。蒼太さんのトラックは大人気で、どこでもすぐ行列を作るんですよ。そんなお仕事をしている蒼太さんを尊敬しています。」
「うん。凪紗、おじちゃんの唐揚げ美味しくて大好き!」
凪紗ちゃんにも褒めてもらえて、父と母はこれ以上ないくらい嬉しそうな顔をしている。
「それで、結婚するんだ?式は?」
突然父がそんなことを言うもんだから、俺はお茶を吹き出しそうになった。
「父さん、俺たちまだ付き合い始めたばかりだよ。」
「できれば、小学校に上がる前に結婚できればと思っています。」
「お、それはまた…」
なみさんの返答にも俺は驚いて何も言えなかった。なみさんは俺の方を見ていたずらっぽく笑った。なみさんもそのつもりでいてくれたのだ。俺たちの気持ちが通じ合って良かったと、俺は一人で感動していた。
「結婚式も早めにあげるつもりだよ。なみさんのドレス姿、早く見たいし、父さんと母さんも見たいだろう。」
「もちろんよ。ああ、楽しみだわ。」
「まさかこの年になって初孫に恵まれるなんてなあ。」
そんな話をして、その日はお開きになった。
「今日はありがとな、なみさん。」
「こちらこそありがとうございました。蒼太さんのご両親も本当に優しくて素敵なお二人で、あのご両親あっての蒼太さんなんだなってよく分かりました。」
「なみさんが言ってたこと、本当だよね。」
「え、何のことですか?」
なみさんはとぼけた顔でそう言った。
「いやいや、結婚はもうすぐとか、式はおいおいとかさ。」
なみさんは笑顔になってこう言った。
「蒼太さんが良ければ、お嫁さんにしてください。」
「わお。プロポーズは俺からと思ってたんだけど。」
「ごめんなさい。」
数ヶ月後、俺たちは入籍した。なみさんの言う通り、凪紗が一年生になる直前に籍を入れ、二人とも無事に長峰なみ、長峰凪紗になった。
「これからも、俺と一緒に長い人生を一緒に歩んでください。」
「はい。これからもずっと蒼太さんのそばで、幸せな家族を守っていきます。」
「私もパパみたいな人のお嫁さんになりたいなあ。」
「おいおい、お嫁さんはまだ早くない?」
「蒼太さん、すっかり親ばかですよ。年頃になったらどうしましょう?」
「凪紗、彼氏ができたらちゃんとパパに紹介するんだぞ。」
「もう、蒼太さんたら。」
なみが俺の肩を叩いて笑う。
「あんた、パパはしょうがないな。」
二人にパシパシ叩かれて、俺も一緒になって笑った。これからも未来には何が待ち受けているか分からない。しかし、その度に俺は家族の大切さを実感して、この二人を全力で守っていこうと思う。そしていつまでも二人の手を離さずに、人生という荒波を乗り越えていきたい。



