「母さん、正月に私たちハワイ行くんです。なので子供預かってください」――12月の夜、疲れた体でソファに座ってスマホを開いた瞬間、息子からの一方的なメッセージが目に飛び込んできた。しかも続けて「ハワイ旅行、母さんが援助してくれた50万円で行けることになりました。子供たちのこと任せましたよ」と。32年間、正月も働き続けてきた私に、やっと訪れた夫婦水入らずの正月。なのに、私たちの金で旅行に行き、私…

「母さん、正月に私たちハワイ行くんです。なので子供預かってください」――12月の夜、疲れた体でソファに座ってスマホを開いた瞬間、息子からの一方的なメッセージが目に飛び込んできた。しかも続けて「ハワイ旅行、母さんが援助してくれた50万円で行けることになりました。子供たちのこと任せましたよ」と。32年間、正月も働き続けてきた私に、やっと訪れた夫婦水入らずの正月。なのに、私たちの金で旅行に行き、私...

正月に私たちハワイ行くんです。なので子供預かってください。

スマホの画面に表示されたそのメッセージを見た瞬間、私の心臓が凍りつくような感覚に襲われました。送り主は息子の尚弥です。12月18日の夜、病院での仕事を終えて帰宅した私は、疲れた体でソファに座ってスマホを開いたところでした。

メッセージの続きにはこう書かれています。「1月1日から5日までハワイ行ってきます。よろしく」

「よろしく」という言葉だけ。お願いでも相談でもなく、まるで業務連絡のような一方的な通告です。

「ちょっと待って。これって相談じゃなくて、もう決まったことなのよね」

思わず呟いた私の声を聞いて、隣の部屋から夫の浩司が心配そうに顔を覗かせました。

「京子、どうした?顔色が悪いぞ」

「あなた、これ見て」

震える手でスマホを差し出すと、浩司の表情が一瞬で固まりました。そしてさらにスクロールした先に表示された言葉が、私たち夫婦を完全に凍りつかせることになるのです。

スマホの画面を下にスクロールすると、追加のメッセージが目に飛び込んできます。

「ハワイ旅行、母さんが前に援助してくれた50万円で行けることになりました。感謝してます。子供たちのこと任せましたよ」

私と浩司は同時に言葉を失いました。

「私たちの金で旅行に行って、私たちに子供を押し付けるって?」

浩司の声が震えています。

私は前川京子。今年64歳になります。私立病院の調理員として32年間、毎朝早く起きて出勤する生活を続けてきました。入院患者さんたちの「美味しかった」という言葉が、どんなに疲れていても私の心を温めてくれたものです。

息子の尚弥が医師になりたいと言った時、浩司と2人で必死に働いて学費を工面しました。入学金に100万円。決して楽な金額ではありませんでしたが、親として当然のことだと思っていました。

結婚祝いに100万円、マンション購入の頭金に300万円、4人の孫が生まれるたびに30万円ずつ。そして今回のハワイ旅行援助50万円。計算すると、これまでに援助した総額は670万円を超えています。

それでも私たちは後悔していません。息子家族の幸せが私たちの幸せだと信じてきたからです。ただ1つだけ望んでいたことがありました。

「あなた、今年の正月は2人でゆっくり過ごそうって約束したよね」

私の言葉に浩司が深く頷きます。32年間、正月も働き続けてきた私にやっと訪れる夫婦でのんびり過ごせる正月。それを楽しみにしていた矢先の出来事でした。

翌日の12月19日、尚弥からのメッセージが次々に届き始めます。

「あ、そうだ。子供たちの食事アレルギー対応をお願いね。長男はエビとカニ、次男は卵、長女は小麦、三女は乳製品がダメだから」

「あと長男の塾の宿題見てあげて。医学部目指してるから大事なんだ」

「三女は夜泣きするから、夜中も対応よろしく」

通知音が鳴るたびに、私の心に重い石が積み重なっていくような感覚が広がっていきます。

「アレルギーに塾の宿題に夜泣き対応……これ、24時間休みなしじゃない」

呟いた私の横で、浩司が深いため息をついています。

さらにメッセージは続きます。

「それと、子供たちの着替えと洗濯もお願い。オムツも足りなくなったら買っといて。領収書取っといてね。後で精算するから」

「領収書」という言葉に、私の中で何かが静かに音を立てて崩れていくのを感じました。

12月30日、今度は嫁の美波から電話がかかってきます。

「お母さん、ハワイ楽しみすぎて眠れないんですよ」

明るい声が私の耳に痛く響きます。

「あ、そうそう。子供たち、ゲームとYouTube禁止でお願いしますね。教育に悪いので。それからお菓子も市販のものはダメです。できれば手作りで砂糖控えめでお願いします」

私は思わず言葉を挟みます。

「あの、美波さん。私も仕事があるんですけど」

「大丈夫ですよ。お母さん、調理のプロじゃないですか?子供たち、お母さんの料理大好きって言ってますよ。じゃあよろしくお願いします」

一方的に電話が切れました。

「プロだから無料で働けっていうの?」

私の声が震えています。浩司が静かに私の肩に手を置きました。

「完全に舐められてるな」

そして12月31日、大晦日の朝。玄関のチャイムが鳴り、息子夫婦が4人の孫を連れて現れます。

「母さん、着いたよ。子供たち荷物多いから、リビングまで運んでおいて」

挨拶もそこそこに尚弥が言います。私は必死に言葉を絞り出しました。

「あの、尚弥。ちょっと話があるんだけど」

「悪い、空港行く時間だから。あ、そうだ。子供たちの保険証置いとくから、何かあったら病院連れてって」

「でも正月休みで病院も……」

私の言葉を遮るように美波が明るく言います。

「大丈夫ですよ。お母さん、病院勤務長いから、どこが開いてるか知ってるでしょう。じゃあ子供たち、おばあちゃんと楽しく過ごすのよ」

4人の孫たちが一斉に駆け寄ってきます。

「バーバ、お年玉ちょうだい」

その時、尚弥が何気ない様子で言いました。

「あ、そうそう。お年玉。今年は1人5000円でいいから。領収書いらないから」

「領収書いらない」という言葉。まるで小銭でも渡すかのようなその軽い口調に、私の心が凍りつきます。

「じゃ、行ってきます。ハワイ超楽しみ。お母さん、写真いっぱい撮ってきますね。じゃ、頼んだよ。1月5日の夜に迎えに来るから」

バタンとドアが閉まり、車のエンジン音が遠ざかっていきます。残されたのは私と浩司、そして4人の孫たち。リビングには大量のスーツケースと子供用品が山積みになっています。

「バーバ、お腹空いた。ご飯まだ?」

「僕、ゲームしたい」

「YouTube見せて」

3歳の三女が泣き始めました。浩司が低く呟きます。

「おい、お年玉も当然のように要求して、領収書いらないって」

私は無言で山積みになった荷物を見つめています。その瞬間、私の心の中で一つの決意が静かに、しかし確実に形を成し始めていました。

大晦日の夜、4人の孫たちをようやく寝かしつけた後、私と浩司はダイニングで向かい合って座りました。時計の針は夜10時を指しています。長男の宿題を見て、三女のオムツを変えて、アレルギー対応の夕食を作って……体中が悲鳴を上げているような疲労感が全身を包んでいます。

「京子、大丈夫か?」

浩司の心配そうな声に、私はゆっくりと顔を上げました。

「ねえ、あなた」

「ん?」

「私たち、今年の正月どうする予定だった?」

「2人でゆっくり温泉でも行こうって」

浩司の声が少し震えています。

「そうよね。32年間、正月も働いてきた私にやっと訪れる夫婦水入らずの正月」

私の言葉を聞いて、浩司がじっと私を見つめます。

「京子、何か考えてるな」

「え、ちょっと……いいえ。とても良いアイデアがあるの」

「まさか」

「え、そのまさかよ」

浩司の目が大きく見開かれます。

「京子、本気か?」

「本気も本気。大本気よ。あなた、ついてきてくれる?」

躊躇いなく浩司が力強く頷きました。

「当たり前だ。32年間頑張った妻の正月休みを邪魔する奴らは、俺が許さん」

その言葉が私の背中を強く押してくれます。

「ありがとう。じゃあ、今から準備するわ」

私はスマホを取り出し、旅行予約サイトを開きました。検索窓に入力する文字はたった1つ。

「ハワイ」

翌朝、1月1日午前5時。私はスマホの画面を見つめながら浩司に声をかけます。

「あなた、息子たちの飛行機、ハワイに着いたみたい」

「そうか。じゃあ、こっちも動くか」

2人で静かに起き上がります。スーツケースはすでに玄関に用意してありました。私は予約確認画面を開きます。そこに表示されているのは「ハワイ・ワイキキビーチホテル チェックイン1月1日 チェックアウト1月6日 大人2名 総額45万円」という文字です。

「京子、本当にいいのか?孫たちを置いていくんだぞ」

浩司が最後の確認をするように聞いてきます。

「何が?息子たちだって子供を置いて行ったじゃない。しかも私たちの金で旅行に行って。私たちが自分の金で旅行に行って、何が悪いの?」

「確かにな」

私はリビングのテーブルに一通の封筒を置きました。中にはメモが入っています。

「尚弥へ。所用ができたので1月6日まで留守にします。子供たちは家にいるので、そちらで対応してください。緊急連絡先は携帯ですが、出られないかもしれません。母より。よろしく頼んだ。今度は私が使う番」

私の言葉に浩司が小さく笑います。

「俺たちの32年間の貯金、今こそ使う時だ」

「そうね。息子たちに援助ばかりしてきたけど、たまには自分たちのために使わないと」

午前6時、私たち夫婦は静かに自宅を後にしました。向かう先は息子夫婦と同じハワイです。

そして1月1日午前10時(日本時間)、ハワイのホテルに到着した尚弥のスマホに、実家の固定電話から着信が入ります。電話に出ると、子供たちの鳴き声が響いてきたはずです。

「パパ、バーバがいないの」

尚弥の驚く声が想像できます。

「え、どういうこと?」

「お手紙があって……」

長男がメモを読み上げる声。そして尚弥が母親の携帯に電話をかける音。何度かけても繋がらない電話。父親の携帯にかけても同じアナウンス。美波の慌てふためく様子が手に取るようにわかります。

同じ時刻、私たちは成田空港のラウンジにいました。スマホの画面には次々と着信の通知が表示されています。

「尚弥からの着信15件、美波からの着信……」

「すごい電話の数だな」

浩司が呆れたように言います。

「そうね。でも私たちは電波の届かないところにいるから」

私は穏やかに微笑みながら答えました。

「機内モードにしてるの」

「え、とても大事な所用があるので、申し訳ないけど電話には出られません」

空港のアナウンスが響きます。

「ハワイ・ホノルル行き、間もなく搭乗開始いたします」

私と浩司は立ち上がり、手をつないで搭乗ゲートに向かいます。スマホの画面にはさらに着信通知が増えていきます。尚弥からの着信23件、美波からの着信15件、LINEメッセージ38件。私はスマホを機内モードのままバッグにしまいました。

「よろしく。今度は私が言う番です。所用があるので、そちらでよろしく」

飛行機が滑走路を走り始めます。窓の外に広がる青い空を見つめながら、私は心の中で静かに呟きました。

こうして私たち夫婦の本当のハワイ旅行が始まったのです。息子夫婦が私たちの援助で予約したのと同じワイキキビーチでも、私たちのホテルは息子たちのホテルよりワンランク上のオーシャンビュースイート。自分たちで稼いだお金で、自分たちの幸せのために使う。これがどれほど素晴らしいことか、息子たちにはきっと一生わからないでしょうね。

ハワイに到着した私たち夫婦を待っていたのは、温かい風と眩しい太陽、そして真っ青な海でした。

一方、同じハワイにいる息子夫婦の様子は全く違うものだったはずです。

1月1日、尚弥は部屋で何度も母親の携帯に電話をかけ続けていたことでしょう。

「くそ、なんで出ないんだ」

美波が焦りを隠せない様子で聞いてきます。

「ねえ、本当にどうするの?子供たち、10歳と8歳と5歳と3歳よ。一番下なんてまだ3歳」

「分かってる、分かってるよ。でも今帰ったら往復の航空券30万円がパーだ」

「お金の問題じゃないでしょう」

「じゃあお前が帰れよ。俺は仕事で疲れてるんだ。このハワイ旅行だって、お前が行きたいって言ったんだろ」

「何言ってるの?母さんに50万もらったから行けるぞって言ったの、あなたでしょう」

せっかくのハワイ旅行初日から夫婦喧嘩が始まっているはずです。

1月2日、近所から尚弥の携帯に電話が入ります。

「あの、お宅のお子さんたち、昨晩から泣き声がすごくて、大丈夫ですか?」

「すみません。今海外にいまして……」

「え、子供たちだけで家に?それ、大丈夫なんですか?」

尚弥は言い訳を書きながら答えたことでしょう。

「母が……いや、すぐ戻るように手配します」

電話を切って頭を抱える尚弥の姿が目に浮かびます。

1月3日には長女から電話がかかってきます。

「パパ、三女が熱出してる。38度5分」

「え?」

美波が叫びます。

「ねえ、やっぱり帰ろう」

「くそ。航空券、今から取ったら片道でも20万以上するぞ」

「お金の話してる場合?」

「分かった、分かったよ。……いや、母さんに連絡取れれば」

再度私の携帯に電話をかけても、やはり繋がりません。

1月4日、美波が提案します。

「お父さんの実家に連絡してみたら?お父さんの兄弟とか」

尚弥は父の兄に電話をかけます。

「ああ、浩司なら所用で旅行に行くって年末に聞いたぞ」

「旅行?どこに?」

「さあ。今度2人でゆっくりするって言ってたな。32年間、正月も働いてきたから、今年は夫婦水入らずでって」

その言葉を聞いて、尚弥の顔から血の気が引いていったはずです。

「どうした?何かあったのか?」

「いえ、何でもないです」

電話を切った尚弥を、美波が不安そうに見つめます。

「どうしたの?」

「母さんたち、旅行だって。夫婦水入らずで」

「え、まさか」

その瞬間、2人は同時に気づいたことでしょう。自分たちが両親の正月休みを奪ったということに。

一方、同じ時期の私たちは全く違う時間を過ごしていました。

1月1日、オーシャンビュースイートの部屋。窓から見える海の美しさに思わず息を飲みます。

「わあ、素晴らしい眺め。32年分の疲れが吹き飛びそうだ」

浩司が嬉しそうに言います。

「あなた、あの人たち今頃どうしてるかしら?」

「さあな。でも俺たちには関係ない。今は俺たち2人の時間だ」

「そうね」

私たちはバルコニーでシャンパンを傾けました。

1月2日、ワイキキビーチ。私たち夫婦はビーチチェアでのんびりと過ごします。

「ねえ、見て。あそこのカップル、息子たちじゃない?」

浩司が指を差すと、確かに尚弥と美波の姿が見えます。

「本当だ。同じホテルかもな」

「でも顔が暗いわね。楽しんでないみたい」

「そりゃそうだろ。子供たちのこと心配で、ハワイどころじゃないだろうな」

「自業自得よ。私たちはちゃんと引き継ぎもなく押し付けられたんだから」

「その通り。さ、ランチに行こう」

1月3日の夜、高級レストランでのディナー。

「ねえ、スマホ見てもいい?」

「ああ」

私は機内モードを解除しました。すると通知が一気に押し寄せてきます。尚弥からの着信120件、美波からの着信87件、LINEメッセージ214件。

「すごい数だな。読まないのか?」

「え、読んだら気分が悪くなりそう。せっかくの食事が台無しよ」

私は再び機内モードにしました。

「あなた、今私とっても幸せよ」

「俺もだ。32年間、こんな風に2人きりで旅行したことなかったわね」

「ああ、いつも息子のため、孫のために働いてきたからな。でも今回は違う。自分たちのための時間。誰にも邪魔されない本当の休日」

「これからはもっとこういう時間を作ろう」

「え、そうしましょう」

私たち夫婦は本当の意味で自分たちの人生を取り戻していました。息子たちが私たちの金で味わおうとしたハワイの幸せを、私たちは自分たちの力で心から味わっていたのです。

1月5日、帰国前夜。私たちはホテルの部屋で荷造りをしながら、これから起こることについて話し合っていました。

「帰るな」

浩司が静かに言います。

「え」

「そして息子たちと対峙する時だな。どうするつもりだ?」

「どうもこうも。ただきちんと話をするだけよ。私たちがどう感じたか、これからどうしたいか」

「厳しくなるな」

「当然よ。甘やかした結果が今回の事態なんだから」

私はスマホの機内モードを解除しました。一気に届くメッセージの数に思わず目を見張ります。最新のLINEにはこう書かれていました。

「母さん、お願いです。連絡ください。子供たちが心配です。今すぐ帰ります。だから連絡ください」

「お母さん、すみませんでした。反省しています。お願いです」

私は深呼吸をして返信を打ちます。

「6日の夜に帰ります。その時きちんとお話ししましょう。子供たちのことは心配しないでください。近所の佐藤さんに頼んで毎日様子を見てもらっています。食事も用意してもらっています。費用は後で請求します」

送信ボタンを押すと、すぐに尚弥から返信が来ました。

「母さん、無事だったんですね。でも佐藤さんに……」

私は冷静に返信します。

「領収書取っといて、後で精算する。あなたたちが言った言葉ですよ」

「母さん……」

それ以上返信は来ませんでした。

1月6日夜8時、成田空港から帰宅した私たちを待っていたのは、玄関前で待ち構える息子夫婦と孫4人の姿でした。

「母さん!」

「お母さん!」

4人の孫たちが泣きながら抱きついてきます。私たちは静かに玄関に入り、スーツケースを置きました。

「母さん、どこに行ってたんですか?」

尚弥の声が震えています。

「どこって、ハワイよ」

私は穏やかに答えます。尚弥と美波が同時に目を見開きました。

「え?」

「お前たちと同じハワイだ」

浩司が静かに続けます。

「ワイキキビーチホテル。あなたたちよりワンランク上のスイートルームだったけど」

美波が信じられないという表情で聞いてきます。

「え、同じホテル?」

「ええ、1月2日のビーチであなたたち見かけたわよ。険しい顔してたけど、楽しかった?」

尚弥が言葉を失っています。

「なんで……なんでそんなこと?」

「なんでって?私たちも旅行に行きたかったからよ。32年間、正月も働いてきた。今年こそ夫婦でゆっくりしようって約束してたの。でも子供たちを……あら、あなたたちも子供たちを置いて旅行に行ったじゃない。何が違うの?」

私の言葉に尚弥は何も答えられません。リビングに移動して、私たちは向かい合って座りました。

「でも、母さんに頼んでたじゃないですか」

尚弥が必死に言います。

「頼んだ?『よろしく』。それのどこがお願いなの。しかもあなたたちのハワイ旅行、私が援助した50万円で行ったのよね」

美波が小さな声で答えます。

「それは……感謝してます」

「感謝してるなら、なぜ『楽しみすぎて眠れない』なんて私に言えるの?私たちの金で旅行に行って、私たちに子供を押し付けて、私たちの正月休みを奪って」

浩司が厳しい声で続けます。

「しかも『お年玉1人5000円でいいから』だと。当然のように言うな。お前、親を何だと思ってる?便利な道具か、ATMか」

美波が慌てて言います。

「そんなつもりじゃ……」

「じゃあ何のつもり?アレルギー対応、塾の宿題、夜泣き対応、洗濯、手作りお菓子。一体私が何者だと思って頼んだの?」

私の言葉に美波は答えられません。

「プロのベビーシッターだって、正月料金なら1日5万円は取るわよ。4人で5日間、単純計算で100万円。それを無料でやれって」

尚弥が弱々しく言います。

「母さん、その……俺たち家族じゃないですか?」

私は冷たく答えます。

「家族?家族なら相手の都合を聞くものよ。家族なら感謝の言葉を言うものよ。家族なら援助してもらったら、それを当然と思わないものよ」

浩司が続けます。

「家族だからこそ尊重し合うんだ。お前たちがしたのは尊重じゃない。搾取だ」

息子夫婦は完全に言葉を失いました。私はテーブルに書類を広げます。

「これ見て。これ、私たちがあなたたち夫婦にした援助の記録よ」

書類には「医学部学費援助 100万円、結婚祝い 100万円、マンション購入頭金 300万円、出産祝い 120万円、ハワイ旅行援助 50万円、その他 100万円、孫の世話(時給換算)約240万円、総額約1110万円」という数字が並んでいます。

「2000万円……」

尚弥の声が震えています。

「2000万円以上。私たち夫婦の32年間の貯金の半分以上。これだけ援助してきて、私たちが求めたものは何だと思う?」

尚弥は答えられません。

「感謝もお返しもいらなかった。ただ尊重して欲しかっただけ。私たちにも自分たちの人生があるって分かって欲しかっただけ。でもお前たちは俺たちを便利な道具としか見てなかった」

浩司の言葉がリビングに重く響きます。

「今回私たちがハワイに行ったのは仕返しじゃないの。これが対等な関係だって教えるためよ」

「母さん……」

「あなたたちが子供を預けて旅行に行けるなら、私たちも旅行に行ける。あなたたちが私たちの金を使えるなら、私たちも自分の金を自分のために使える。当たり前のことでしょう」

この瞬間、息子夫婦は初めて理解したのだと思います。親も1人の人間だということ。親にも自分の人生があるということを。

私は新しい書類を取り出しました。

「これからは新しいルールで付き合いましょう」

そこには「孫の預かりは事前相談制、金銭的援助の見直し、正月盆などの帰省は強制ではない、感謝の言葉の徹底、対等な関係の構築」という項目が並びます。

「母さん、これは……」

「これに同意できないなら、今後私たちは一切の関わりを持ちません。援助も孫の世話も全てお断りします」

美波が涙声で言います。

「お母さん、すみませんでした」

「お母さん、父さん、本当に申し訳ありませんでした」

2人は深く頭を下げます。

「分かればいいの。私たちはあなたたちを愛してる。でも愛情を搾取されるのはもう嫌なの。親だって人間だ。疲れるし、傷つくし、自分の人生を楽しみたい」

浩司の言葉に尚弥が小さく頷きます。

「近所の佐藤さんへの費用15万円。これ、今週中に払ってちょうだい」

「わかりました」

私は立ち上がり、階段に向かいます。

「じゃあ、私たちは2階に上がるわ。明日から仕事だから、もう寝るの。あなたたちも子供たちを連れて帰りなさい」

尚弥が立ち上がり、深く頭を下げました。

「母さん、今回のこと本当に反省してます」

「言葉じゃなくて行動で示してちょうだい。それができたら、また普通の家族に戻れるわ」

美波も涙を拭いながら言います。

「お母さん、今日のこと一生忘れません」

私は優しく微笑みます。

「忘れていいのよ。ただ尊重だけは忘れないでね」

息子夫婦は4人の孫を連れて帰って行きます。玄関で尚弥が振り返りました。

「母さん、父さん、ハワイ楽しかったですか?」

私は心から笑顔で答えます。

「ええ、とっても。32年間で1番幸せな正月だったわ」

「良かったです」

ドアが静かに閉まります。リビングに残った私と浩司。浩司が優しく声をかけてくれました。

「京子、よくやったな」

「あなたのおかげよ。1人じゃできなかった」

「これからはもっと俺たちの時間を大切にしような」

「え、そうしましょう」

私たちは手を取り合い、こうして本当の意味で自分たちの人生を取り戻したのです。

そして3ヶ月後、4月。桜の花が美しく咲く季節になりました。私と浩司が近所の公園を散歩していると、スマホにメッセージが届きます。息子からです。

「母さん、今週末、孫を預かってもらえませんか?僕たち結婚記念日で食事に行きたいのですが。もちろん、都合が悪ければ大丈夫です」

丁寧な言葉遣いに私は微笑みます。

「いいわよ。でも土曜日だけなら。日曜はお父さんとゴルフの約束があるから」

「ありがとうございます。土曜の夕方、迎えに行きます」

その週末、孫たちを預かった私たちに、翌週宅配便が届きました。中にはハワイ土産と手紙が入っています。

「母さん、父さんへ。先日は子供たちを預かっていただき、本当にありがとうございました。おかげで妻と久しぶりにゆっくり話すことができました。これ、僕たちがハワイで買ったものです。あの時は本当に申し訳ありませんでした。でもおかげで大切なことに気づけました。母さんと父さんもまた旅行に行ってください。いつもありがとうございます。尚弥・美波より」

浩司が手紙を読んで嬉しそうに言います。

「変わったな、あいつら」

「ええ、ようやく大人になったのね」

「京子のおかげだ」

「いいえ。私たち夫婦の勝利よ」

4月中旬、息子夫婦のバーベキューに招待されました。

「母さん、父さん、来てくれてありがとう」

尚弥が笑顔で迎えてくれます。

「久しぶりね。孫たち、元気そう」

4人の孫が無邪気に駆け寄ってきました。

「バーバ、ジジ」

美波が手作りのサラダを持ってきます。

「お母さん、これ私が作ったサラダです。お母さんに教わったレシピで」

「あら、美味しそう」

バーベキューを楽しみながら、美波が聞いてきます。

「お母さん、ゴールデンウィーク予定ある?」

「ええ、お父さんと温泉旅行を予約してるの」

「そっか、いいな。楽しんできてね」

「ありがとう。でも帰ってきたら、また孫たちに会いに来るわ」

「いつでも歓迎です。でも無理はしないでくださいね」

美波の言葉が心に温かく響きます。長男が私の横に来て、小さな声で言いました。

「バーバ、この前はありがとう。パパとママ、すごく楽しかったって言ってたよ」

「そう、よかったわね」

「バーバもジジと楽しんでね」

その言葉に思わず目頭が熱くなります。

「ありがとう」

浩司が優しく言います。

「孫たち、成長したな」

「ええ、本当に」

これが対等な関係。お互いを尊重し、感謝し合う関係。私たちがずっと望んでいた家族の形でした。

今回の出来事を通して、私は学びました。理不尽に屈してはいけないということを。自分の尊厳は自分で守るべきだということを。

32年間、私は良い母親であろうと頑張ってきました。でも良い母親は都合の良い母親ではありません。自分を犠牲にし続けることが愛情ではないのです。

親も1人の人間です。夢もあれば疲れもする。自分の人生を楽しむ権利があります。でも多くの親はそれを忘れてしまいます。子供のため、孫のためと自分を後回しにして、その結果何が起こるか。子供は親を便利な道具と思い始めます。親の援助を当然と思い始めます。それは親にとっても子供にとっても不幸なことなのです。

今の社会は「親は子供のために尽くすべき」という風潮が強すぎます。でもそれは違います。親子関係も対等であるべきです。尊重し合い、感謝し合う関係であるべきです。

私が今回あのような行動を取ったのは仕返しではありません。息子たちに気づいて欲しかったからです。親も自分の人生を生きる権利があるのだと。

もしあなたが理不尽な扱いを受けているなら、1人で我慢し続ける必要はありません。正当な権利を主張することは決して悪いことではありません。自分を大切にすること。それが本当の意味で周りの人も大切にすることにつながるのです。

あなたには幸せになる権利があります。誰にもそれを奪う権利はありません。人生は一度きり。後悔のない選択を。そして覚えていてください。正義は必ず勝利します。

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