「新製品なのに、新しさはかけらもない。よくもまあ、そんなに胸を張れるものですね」——定例会議で、新社長は俺の三年がかりのプレゼンを鼻で笑い、その場で解雇を宣告した。「ガラクタしか作れないような老人は不要です」と。五十五歳、定年前の集大成として心血を注いだ新製品を、彼は不良在庫の象徴としてゴミ箱ごと俺に押し付けた。同僚が異を唱えても、社長は無表情で睨みつけて黙らせた。俺は黙って会社を去った。長…

「新製品なのに、新しさはかけらもない。よくもまあ、そんなに胸を張れるものですね」——定例会議で、新社長は俺の三年がかりのプレゼンを鼻で笑い、その場で解雇を宣告した。「ガラクタしか作れないような老人は不要です」と。五十五歳、定年前の集大成として心血を注いだ新製品を、彼は不良在庫の象徴としてゴミ箱ごと俺に押し付けた。同僚が異を唱えても、社長は無表情で睨みつけて黙らせた。俺は黙って会社を去った。長...

「新製品なのに、新しさはかけらもない。よくもまあ、そんなに胸を張れるものですね」

外し系コンサル会社から転職してきた新社長は、俺の新商品のプレゼンを鼻で笑うと、俺のやってきたことは時間の無駄だと怒りをあらわにした。

「誰でも思いつきそうなことに時間を使う。これで満足して、自分は素晴らしいと自己陶酔していたんでしょう」

「いえ、そんなことは」

俺が反論しようとすると、補足説明をしようとすると、社長は手を挙げて制した。そして「どうして定年を控えた年の人間が開発系の部署を率いる立場にいるのか」と、呆れたようにため息をついた。

「ガラクタしか作れないような老人は不要ですよ。やめてください」

社長ははっきりとした口調で、俺に解雇を宣告した。一部の社員が慌てて異を唱えてくれたが、社長は無表情で社員たちを睨みつけ、それ以上の発言を封じ込めた。

こうして俺と、俺の考えた商品は、会社の不良在庫、無駄金を注ぎ込んだ象徴として、会社からその存在を完全に抹消されてしまったのである。

それが、社長の人生をぶち壊す始まりになるとも知らずに。

俺の名前は小野一。精密機器メーカーに勤め、開発系部門に所属する会社員だ。大学の理工学部と大学院を出て就職して以来、会社と研究開発一筋に生きてきた。

同業他社ではあったが、当時は国内初のカメラとフィルムのメーカーとして名を馳せていた会社は、俺が就職する頃には日本を代表する精密機器メーカーに進化を遂げていた。カメラのレンズの製造も手掛けていたが、実験機材の製造や精密部品の製造も行う一流の科学系企業。俺はそんな会社に入社し、長年実験機材の開発に従事していた。今は研究部門の役職も得て、後進の育成も任されている。

「小野さん、予算が追加になったそうですね」

「ああ、みんなの協力のおかげもあってね」

現在五十五歳の俺は、ある新製品の開発プロジェクトを率いている。定年前の大仕事であり、開発しようとしている新製品は、俺の入社以来の悲願。会社にいる間に絶対に実現したい企画だった。

俺に声をかけた後輩は、その新規プロジェクトの進捗を喜んでくれていた。研究と開発の経過報告への社内の反応が良く、企画への予算の増額が決まったのである。

「小野さんの企画は、これからの会社の柱になる事業になるかもしれませんね」

「そんなこと、おこがましいよ」

後輩も、俺が率いるプロジェクトに参加し、その成功のために頑張ってくれている。そして会社も、俺の挑戦を受け入れて背中を押してくれている。

これまでの俺は、研究者として働き、自分の長所を生かしてきた。その結果、俺はいくつかのヒット商品の開発者にもなれた。時には仲間のサポートに回り、同僚と連名で人気商品を市場に送り出したこともある。

俺は会社に、環境と機会を与えてもらってきた。自分が活躍したのではなく、活躍させてもらった。これまでの社会人人生を、俺はそう思っている。

「この新製品は、私からの会社への恩返しの品にしたいと考えてるんだ」

おこがましいと思いつつも、俺は新製品にそんな気持ちを込めていた。定年前の集大成と、会社に育ててもらった結果を還元する。俺はそう決めて、新製品の開発に没頭していた。

「新社長が外部から来るとは、社長も思い切ったな」

「そうだな。この会社は代々、創業家の関係者か社内の人間で受け継がれてきたもんな。それを思うと、社長は本当に会社を変えたかったんだな」

そして、新製品の開発が始まって半年。予定されていた社長の勇退の日がやってきた。

国内を代表する精密機器メーカーとして、会社はこれまで社長を内部から選んでいた。創業家の血縁者か、生え抜きの社員のどちらか。歴代社長の成り立ちはそうなっていて、勇退する社長は創業家の血縁者の一人だった。

社長は好奇心旺盛と言われ、経営には堅実な手法も用いていたが、開拓と挑戦を好む一面があった。会社としてカメラメーカーを立ち上げてみたり、ゲームアプリの開発のためにITベンチャーとの業務提携も行う。会社に常に新しい風を吹き込もうと、改革も試みていた。

自らの勇退と新社長を社外から招くことも、社長の改革案の一つだった。

「この新しい挑戦に心が踊る。今の私は本当に希望に満ち溢れています」

新社長の清水氏は、社長就任挨拶で最高の笑顔を見せた。国立最高峰の大学を卒業後にアメリカへ留学。MBAを取得し、ビジネススクールとロースクールにも通う。そのまま現地のシンクタンクに入り、コンサルタント会社に移った。長年アメリカで暮らし、コンサル会社の日本支社立ち上げのために帰国。しばらくしてコンサル会社を離れ、日本国内の有名企業を渡り歩いたという。

「私はこれまで数多くの企業に席を置き、様々な現場を見てきました。困難に直面することもありましたが、その一つ一つをクリアにしてここまで来た。自分のいる場所が変わっても、私にとって仕事とはそういうものだと考えています」

四十代半ばと若い清水社長は、若さに似合わない貫禄を漂わせていた。スピーチは最後まで声に張りがあり、自信に満ち溢れていた。

そして、その後の社員に向けた挨拶でも、清水社長の勢いは変わらなかった。

「皆さんには、過去という言葉を忘れていただきたい。前例やこれまでの歴史にこだわらない。新しいものを生み出すことに集中してほしい」

スピーチの時に笑顔だった社長は、各部署への挨拶では打って変わって厳しい表情を見せた。会社の業績に不満はないが、慢心が見える社員たちに緊張を与える。

「有名企業の社員。そんな看板は役に立たない。これまでの意識を変えられないようなら、やめてもらいます」

社長の宣言に、社員たちは言葉を失った。だが社長は、社員たちの反応などどこ吹く風で、さっさと挨拶を切り上げた。

「ロゴが変わるって本当なんだね」

「ええ、もう手続きも完了寸前だそうです」

「清水社長って、行動力の塊なんだな。やっぱり海外経験者は違うっていうか」

清水社長は就任三ヶ月で、思い切った行動に出た。会社のロゴマークと社名の一部変更。社長からのサプライズとして発表され、社員たちはそれをニュースや報道で聞く事態になった。自分と社長が引き連れてきた社員たちが計画を進め、ロゴマークと社名はあっという間に鮮やかに新しいものに変わった。

その他に清水社長は、会社直属の研究施設の売却の検討と、複数の大学との共同研究プロジェクトからの撤退も視野に入れていた。研究施設も大学との協力関係も、会社の屋台骨の一つ。清水社長はそれらを「古臭さの象徴」と切り捨て、世界に目線を向けるためには不要だと断言していた。ロゴと社名の一部変更も、世界へのアピールのため。

そんな社長の意思を、生え抜きの重役たちは問題視していた。守るべき伝統とそうでないものを分けるべきだと社長に意見し、意見交換を求める。しかし社長は、そんな重役たちを「権力に固執する会社の悪」と断罪して、会社から追放してしまった。

「清水社長は、会社の空気を一気に変えたな」

同期が俺に言った。社長が重役たちを追放して以来、社内には苦しく暗い雰囲気が充満していた。何かしてしまえば、自分も会社にいられなくなる。若手もベテランも、そんな恐怖を感じて怯えている。

「なんだかな。誰も何も言えなくなった」

「何か言えば、首を切られかねないからな。若けりゃまだ会社に見切りをつけて次を探す手もあるだろうが」

「そうだな。俺たちは黙って乗り切るしかないか」

同期と目を合わせて苦笑する。俺と同期は、お互い定年前に会社の変革に立ち会うなど予想していなかった。世の中が自分にとって都合よく動いていないのは分かっているが、それでも急な状況の変化にはついていけそうにない。年齢を実感しながら仕事を続け、俺は定例の商品開発会議に向けて準備を整えていた。

清水社長就任後、初の定例会議。俺はそこで、自らの集大成となる新商品の完成を報告することになっていた。社長の交代がありながらも、会社に守られていたプロジェクト。その大団円を前に、俺は密かに興奮していた。

会議当日、俺は気持ちを落ち着かせ、淡々とプレゼンに勤めた。

「今回開発しました商品は、高齢者と医療現場を繋ぐツールとなります。通院中の高齢者、入院中や施設の入所者、様々な背景を持つ高齢者の方々に使っていただける、そんなデバイスです」

俺の発表を聞いた社員たちから、感嘆の声が漏れる。時代に合わせた製品であり、会社のこれまでの技術を注ぎ込んだ一品。ユーザーを高齢者に設定したのは、「いずれ自分もこんなツールを使いたい」という思いつきから始まっている。

「医療関係者とユーザーが共有できるデバイスであり、操作性はシンプルかつ分かりやすくしています。価格は抑えめにし、家にあるかもしれないデジタル製品とのリンクも可能です」

製品の説明をしながら、完成までの数年の日々を思い出す。最初は思いつきから動き出し、協力者を募ってここまで来た。会社への恩返しの開発にしようと決めてからは、成功だけを信じてきた。

「私からの報告は以上となります」

俺が頭を下げると、社員たちは拍手をしてくれた。少し照れ臭いなと感じ、表情を変えて頭を上げると、清水社長がため息をついていた。

「そんなもの、世の中には掃いて捨てるほどありますよ」

社長は俺に拍手をした人たちも睨むと、そのままの視線を俺に向けた。

「新製品なのに、新しさはかけらもない。よくもまあ、そんなに胸を張れるものですね。誰でも思いつきそうなことに時間を使う。これで満足して、自分は素晴らしいと自己陶酔したんでしょう」

「いえ、そんなことは」

「そうなんじゃないですか。だから今日、あんな風に誇らしげにできたんだ」

社長からもう一度、大きなため息が漏れる。目を据わらせ、分かりやすく椅子に座る姿勢を崩さない。

そんな社長に、俺は新製品について追加の説明をした。

「少し補足させてください。新製品の将来的な可能性を」

俺が追加資料を手に取ると、社長はそれを手で制した。

「あなたも、言ってみたら老人みたいなものだ。社会人としては定年間近のね」

「ああ、それはそうかもしれませんが」

「老人に将来など考えられるわけがない。頭に入っている知識は古く、記憶も少しずつおぼろげになる。そんな人に、先々が考えられますか」

社長は不機嫌そうに、俺の年齢について言及した。

「どうして定年を控えた年の人間が、開発系部署を率いる立場にいるのか。年齢を言うのは野暮かもしれませんけど、嫌になりますよ。年長者が上にいるから、若手が押さえつけられて出てこれない。古い考え方に若者を付き合わせ、力を持ったと勘違いしている」

社長は俺をこき下ろし、そのまま牙を向いた。

「あなたには、ここを出て行ってもらいたい。子会社の研究補助員。それで残りの時間を過ごしてもらいたいですね。もう一切、何かできるなどと思って欲しくもない」

俺を会社から追い出しはしないが、これまでの立場は剥奪する。社長は俺にそんな宣告をした。若手に何かを教えるなどおこがましい。これからは若手のサポートだけをして、口を開くな。社長は遠回しにそんなことも言った。

「自分の本来の立場を分かっていただきたい。役割とはそういうものだと、移動先で学んではいかがですか」

社長に冷たく微笑まれ、俺は小さく首を横に振った。

「申し訳ありませんが、その命令には従えません。それに、自分を老人だと言われるのも、将来を考えられないというのも、納得できません」

首を振ったその勢いで、俺は社長に反論した。

「私はまだ新しい知識を吸収することを望んでいます。それに、まだそれが可能だとも思っている」

「どこからそんな自信がおありですか。それも老人特有の感覚なんじゃないですかね」

「何をおっしゃるんですか」

「年を重ねた。それだけで全能になった気がしてるだけ。今のあなたは、私にはそう見えます」

社長は俺の話を遮り、冷たく言い放った。俺の言うことなど聞く価値がないと目を閉じ、またため息をつく。そうして間を取り、目を開ける。

「ガラクタしか作れないような老人は不要ですよ。やめてください」

社長ははっきりとした口調で、俺に解雇を宣告し、今すぐ会議室から出ていけと命じた。

それに一部の社員が異議を唱える。

「やりすぎだ」

「せめて話し合いを」

社長に数人が助言するが、社長は聞く耳を持たなかった。

「申し訳ないが、人事に関しては私が決めさせてもらいます。それに、私にはそういった権限があるんですよ」

自分を諫めようとした社員たちに、社長は切り札をちらつかせた。笑うでもなく、怒るでもなく。無表情で社員たちを睨みつけ、社長はそれ以上の発言を封じ込めた。

俺は結局、本当に社長に首を切られてしまった。

整理解雇という形を取られた俺は、黙って会社を去るしかなくなった。ほんの一瞬抵抗してみようかとも思ったが、無駄だと諦める。そうして俺は、定年を前に会社を離れることになったのだった。

会社を辞めて数日後、俺は長年の取引先だった山村さんという人の会社に足を運んでいた。

「という次第で退職しまして。退職というか、そうさせられたんだろうな」

「そういうことですか」

山村さんは、代々続く医療機器メーカーの社長だ。一種の同業他社として、在職時代は取引と様々な仕事の付き合いがあった。

「ちなみに、例の新製品とプロジェクトはあちらに残してきたの」

俺はこの日、山村さんに退職の報告とこれまでのお礼を伝えに来ていた。山村さんは俺を快く迎え入れてくれたが、俺の退職の経緯を聞いて落胆した。

「もったいない。小野さんの技術者と研究者としての成果なのにね」

俺が心血を注いで開発していた新製品のことは、山村さんもよく知っている。開発中から俺は山村さんに相談をして、時にはアドバイスももらっていた。

「三年かけたんですがね。もう辞める時には、こんなものいらないと、プロジェクトも何もかも破棄だと」

俺が笑いを交えてプロジェクトと製品開発の日々を振り返ると、山村さんは目の色を変えた。

「こういうことなら、まだ目はあるじゃないか」

山村さんの張りのある声に驚き、俺は目を見開く。山村さんはそれから今後の計画を話してくれたが、その時の俺は随分と間抜けな顔をしていたことだろう。だが山村さんは俺を上手に誘導し、俺に起業の機会を与えようとしてくれた。

山村さんは俺の手を引くかのごとく、俺を自分の会社に招き入れた。

「ここで再出発したらいい。前の職場での悲願を、自分の会社で達成しろ」

俺は山村さんの言葉と心遣い、それまでの関係性を含めて、ここならばと息を取り戻した。

そして山村さんの会社に合流して半年。俺はついに会社を変えて、自分の夢だった新製品を世に送り出した。

ケアモニタリングデバイスと名付けられた製品は、今時流行りのスマートウォッチ型。その中身は装着者の二十四時間の健康状態をモニタリングし、さらに病気の兆候と服用中の薬の情報を登録して使う。有名病院や大学病院の一部には、ケアデバイスの管理システムとソフトを利用してもらった。このシステムでデバイスの使用者情報を共有して、患者の管理を円滑かつ合理的に行ってもらう。将来的には、各病院の会計と電子カルテシステムにも接続させる予定だ。

現状では装着者の健康管理に役立て、病院の医師や看護師との簡易的な連絡装置としても使ってもらう。

デバイスを発表してから半年の間で実用実験を行い、使用者たちの声を集めた。似たようなガジェットはすでに世の中にはあるが、それは全て汎用品。医療の分野でも使えるが、医療目的の使用に限定されず特化もしていない。その点、ケアデバイスは完全に医療機器としてリリースされていた。

「まあ、販売するとなれば生産体制を考えないとな。納入先にご迷惑をおかけできませんね」

「長いこと待たせるわけにはいかないね」

実用実験の成果は、満点と言っても過言ではない。医療関係者の間では、ケアデバイスへの期待の声も高まっていた。実験に協力していた病院だけではなく、多くの病院や個人経営のクリニックまで、導入を検討して相談中の医療機関も多い。

俺は正式な販売を前に、山村さんと相談を重ねた。工場の稼働時間の調整と人員のやりくり。製造の遅れが出ないように配慮して、販売開始に備えていた。

前の職場の清水社長から電話をもらったのは、山村さんとそんな話をしていた最中だった。

「あんた、何勝手なことをしてくれたんだ。ケアデバイスはうちの製品だろう。よそで油を売るなら、今すぐうちに戻れ」

ケアデバイスの評判の良さは、清水社長の耳にも届いているようだった。社長は俺が電話に出るや否や怒鳴り散らし、今すぐにでも前の職場への復帰を俺に命じた。

「恩を仇で返すつもりか。そうはさせない。あんたにはうちでデバイスを売ってもらう」

社長には何も見えていないらしい。俺は電話を耳から話して、社長が静まるのを待った。

「清水さん、よろしいですか」

社長が吐息で間を置いたのを逃さず、俺は切り出した。

「そちらでデバイスを売るも何も、あなたはその権利も製品の情報も、全て手放したじゃないですか」

「な、なんだよ。それは言葉の綾だ」

「いえ、あなたは私に書面まで渡しましたよ。ケアデバイスの全て。開発データも情報も、プロジェクトに関わる資料も。とにかくあなたは一切合財いらないから、私にゴミ箱ごと持って出ろと。そんな書面を、署名と捺印つきで」

「ああ、ちくしょう」

清水社長の怒りに任せた悪態が耳に届く。だが、その後は言葉が続かないらしく、社長は無言になっていた。

清水社長は、とんでもない過ちをしたと後悔している。俺はそう思っていた。社長は俺に首を言い渡し、退社の手続きを進める中で、ケアデバイスの破棄も命じていた。俺の開発した商品を、会社の不良在庫、無駄金を注ぎ込んだ象徴と罵倒したケアデバイス。社長は俺がいなくなれば誰も気にかけない製品だからと、俺が渡した書面まで用意して、徹底した厄介払いをしていたのだ。

「私が今、山村社長の会社でお世話になっているのはご存知なんでしょうね」

「お、ああ、そうなのか」

「そうなんですよ。よくしていただいて。その上で、私はケアデバイスの権利を山村社長に十億で買っていただきました」

「なんだと」

「そんな勝手が。勝手も何も、先に権利を手放してゴミだとおっしゃったのはあなたですよ」

山村さんに退職報告をしたあの日、ケアデバイスの状況を知って目を輝かせた山村さん。山村さんは俺に会社への合流を持ちかけ、ケアデバイスを自分に売って欲しいと、俺に頭を下げていた。十億でいいだろうかと書面まで提示して、山村さんは本気だった。俺は山村さんの申し出を全て飲み込み、ケアデバイスの権利を売って山村さんの会社に入った。そして満を持して、ケアデバイスを世に出したのだ。

「今更、こういうのを虫のいい話と言うんでしょうね」

「な、なんだよ」

「自分が何をしたのかも忘れ、目先の儲けに飛びつこうと権力を振りかざそうとする。清水さんのやろうとしていることは、傲慢極まりない。自分が気に食わず排除した事柄が儲かりそうだと分かった途端、勢いだけで我が物にしようとする。自分が何をどうしていたのかも忘れて。情けないと思いますよ。あなたが私にこんな話をしようとするのは」

「おい、あんた、言わせておけば」

「この際だから言わせてもらいます。あなたは私を老人だ、無能だ、なんだと言って会社から追放しましたが、こうなってはどちらが無能なんでしょうか」

自分の人生で初めて、そこまで率直に人をけなしていた。そしてそれで、俺は清水社長を心底から恨んでいたのだと知った。

「これでよろしいですか。私はこれから海外出張がありますので、失礼いたします」

清水社長の相手をしているほど、俺は余裕のあるスケジュールで動いていなかった。ケアデバイスの情報が海外にも知れ渡り、今では商談のために日本を出る機会も増えているのだ。俺は清水社長との通話を打ち切ると、荷物を手に取って部屋を出た。

清水社長と話をしてから数ヶ月後、俺は前の職場にまつわる噂を耳にした。

「あちらさん、退職者が増えてるらしい。社長がどうもなりふり構わず暴れてるみたいでね」

同僚が呆れたように、俺の前の職場の現状を話す。前の職場では、清水社長が暴走をしていた。俺にけなされ、振られ、怒り心頭で社員たちに八つ当たりをしたようだ。ケアデバイスを超えるような製品を今すぐに作れと言い放ち、事業計画まで強引に変更した。そのせいで会社は混乱に陥り、職場環境も悪化。サービス残業が当たり前になり、短絡的な人事移動も繰り返される。研究開発系に人を回すため、営業や総務からも人を移動させて現場を引っかき回した。

「ここで仕事をしていられないと、社長に単価を切って辞める人もいるらしいよ」

「そうか。そうなったのか」

前の職場の人間たちのことを思うと、何ともやるせない気持ちになった。しかしそんな思いに浸る間もなく、俺の現職場にも前の職場の知り合いが合流するようになった。俺を頼って助けを求めた人もいれば、何も知らずにたまたま入った人まで。その数は決して少ないとは言えなかった。

「あの時は本当に申し訳ありませんでした」

前の職場が危ないという話を聞いてから数ヶ月、俺は山村さんや同僚たちと前の職場を訪れていた。ある程度の年齢の前職場の重役の一人に謝罪され、俺はそれを受け入れる。

「今日は、御社との話し合いを。そして、今後の私どもへの援助の形を決めていただきたく」

俺たちがここに呼ばれたのは、前の職場を救うため。清水社長の暴走の果てに、業績を大きく落とすことになっている。研究開発も営業も麻痺し、先の見通しが短期間ですら見えない。前の職場はそうなって、山村さんの会社に救済を頼んだのだ。

その交渉の席には、清水社長に反旗を翻した重役たちが顔を揃えていた。意外なことに、清水社長本人も、重役たちに引きずり出されたらしくそこにいた。

「どのような形でも、私どもは受け入れます。とにかくどうなったとしても、会社を残したい。それだけです」

清水社長は居心地が悪そうに、何も言わずに座っていた。決然と誠実に話すのは重役たちだけで、社長はもう何も考えていないようだった。

「よろしいですか。私から一つ、お願いがあります」

山村さんの会社が前の職場を救済するにあたって、俺はある条件を付け加えた。

「清水社長に、謝罪をしていただきたい。私にではなく、会社を混乱させたことに関してです。ご自身の行いを認めて謝り、進退もお考えいただきたい」

俺は自分の意見として伝えたが、山村さんからも同意を得ていた。山村さんも、清水社長の辞任を要求するつもりでいたのだ。

「それは避けられないと、こちらでも考えております」

重役の一人が俺の意見に賛成し、清水社長の辞任に言及した。清水社長が反論する機会は、それで本当になくなった。交渉はそれから滞りなく進み、俺は山村さんと同僚と言葉少なに前の職場を後にした。

「清水さんは、もうどこにも行けないだろうね」

交渉が終わり、一ヶ月もしないうちに清水社長は前の職場を去った。華やかな経歴を持つエリート社長の転落劇。清水社長の辞任劇はニュースでも騒がれ、経済雑誌ではセンセーショナルな見出しをつけられ話題にされた。

「清水さんは、今はただの人として、行く場もなく呆然としているそうだ。自宅に引きこもっているらしい」

そんな噂だけが、どこからか聞こえてくる。

一方、俺は今、ケアデバイスの売り込みのために駆け回っている。それと同時に、山村さんが救済した前の職場にも顔を出す。俺の前の職場はあれから、山村さんの会社が吸収して子会社になった。名前は残し、救える社員は救って働いてもらっている。

前の職場の消滅は避けられ、俺は少し安堵していた。それでも満足してはならないと、自分を戒める。世界的に話題の製品の開発者になったかもしれないが、俺は単なる研究者に過ぎない。俺はこれからも探求心を忘れず、誠実に自分の道を歩んでいく。そう心に誓っている。

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