「あんたの赤ん坊はコインロッカーに放り込んどいたから。今頃一人ぼっちで泣いてるだろうな」——その言葉を聞いた瞬間、私は血の気が引くような思いがした。数ヶ月前、新築の家に引っ越してきた日から、近所のママ友グループを仕切る瞳さんに執拗に嫌われ続けてきた。彼女は中古住宅に住んでいることが気に入らず、新築の我が家を妬んでいたのだ。それはまだ我慢できた。でも、生後数ヶ月の息子・龍太にまで手を出すように…

「あんたの赤ん坊はコインロッカーに放り込んどいたから。今頃一人ぼっちで泣いてるだろうな」——その言葉を聞いた瞬間、私は血の気が引くような思いがした。数ヶ月前、新築の家に引っ越してきた日から、近所のママ友グループを仕切る瞳さんに執拗に嫌われ続けてきた。彼女は中古住宅に住んでいることが気に入らず、新築の我が家を妬んでいたのだ。それはまだ我慢できた。でも、生後数ヶ月の息子・龍太にまで手を出すように...

私は岡田由実、三十二歳。大手企業で働いていたが、息子の龍太を産むために育児休暇を取り、今は育児に専念している。幸い、私の職場は育児休暇が取りやすい環境だったし、出産を機に実家の近くに新築で家を建てたため、近所に住む義母も何かと手伝ってくれる。三つ年上の夫のシゲルも育児に協力的で、私は恵まれた環境の中で子育てに励む毎日を送っていた。

しかし、環境は恵まれたものばかりではなかった。新しい家のある地域を取り仕切っているボスママが私を嫌っているのだ。私が何かしてしまったのなら納得もするが、そういうわけではない。新築の家を建てて引っ越してきた時から、嫌われているのだ。何でも、ボスママである村木瞳さんは中古の家を購入してリフォームして住んでいるらしく、新築でないことにコンプレックスを抱いているらしい。そんなことで、と思ったが、数人のママ友が言っているため本当のようだった。引っ越しの挨拶に行った時から敵意を向けられ、持ってきた手土産も奪うように取られた。そういう人なのだと割り切って、あまり関わらないようにしようと思っていた。

しかし、私が標的になるだけならまだ良かった。息子の龍太が標的になると話は別だ。ママ友の集まりで家に来た時、まだ寝返りのできない息子をこっそりうつ伏せにしたり、周りのものを口に入れるようになると、近くにコインなどを置いたりしてきた。私たちがすぐに気づいて対処するので、取り返しのつかない事態は避けられているが、それでも許せる行動ではない。

「瞳さん、なぜいつもこんなことばかりするんですか? これ以上龍太に何かするなら、私も黙っていられませんよ」

「うるさいわね。別に大事になってないんだからいいでしょ。いい家に住んでるあんたが気に食わないのよ」

「そんなことで龍太に危険なことをしてるんですか?」

「そんなことって、私にとってはそんなことではないのよ。最初からいい家に住んでるあんたには分からないでしょうけどね」

彼女はそんな風に勝手なことを言うばかりで、夫のシゲルに相談しても、他のママ友に言っても改善されないだろうと思っていた。私はますます警戒心を強め、瞳さんが来る時にはできるだけシゲルに龍太を外に連れ出してもらうことにした。実家に預けることもあり、義母には申し訳ないと思っていたが、義母は孫の顔が見られるからと、逆に喜んでいるようだった。

そういうことがあってから数ヶ月後、突然瞳さんが家に押しかけてきた。お茶会でも何でもないのに家に来るなんて珍しいなと思いながら、玄関先で対応した。

「急にどうしたんですか?」

「ふふふ。あんたをびっくりさせるお知らせを持ってきたのよ」

ニヤニヤと笑う瞳さんを見て、彼女が何を言い出すのかと疑問に思っていると、次の瞬間に放たれた言葉は確かに私を驚かせるものだった。しかし、それは瞳さんが意図したものとは全く違う方向の驚きだった。

「あんたの赤ん坊はコインロッカーに掘り込んどいたから。今頃一人ぼっちで泣いてるだろうな」

「え、何を言ってるんですか?」

「今日の最高気温は四十度くらいになるんだっけ? ロッカーの中はエアコンなんて効かないし。すごく暑いだろうな。あんたの息子として生まれたばっかりに、こんなひどい目に遭ってかわいそう」

目を白黒とさせる私を見て、瞳さんは愉快そうに笑っている。だが、私が驚いたのは我が子を心配してのことではなかった。

「でも、うちの息子なら一緒にいますけど」

「はあ? 一緒にいるって、この家に? 実家に預けてるんじゃないの?」

「今日は預けてませんよ。今日は瞳さんが来る予定はなかったので、龍太を実家に預ける必要はなかったんです」

何もないのに龍太を実家に預けることは基本しない。だが、どうやら彼女はそのことを理解していなかったようだ。

「またまた。私、たまたま用事があって、ちょうどあんたの実家の近くにいたから覗いてみたら、窓際に赤ちゃんがいたのよ。あの家にいる赤ちゃんと言ったら、あんたの子供に決まってるじゃない」

瞳は大した根拠もないのに自信満々に主張している。どうやら義母がよその赤ちゃんを預かっていたのだ。龍太の顔をろくに覚えていない瞳さんは、うちの子だと思い込んだようだ。

「で、ちょうど窓の鍵も開いてたし、家の人が見てない隙をついて連れ出したのよ。あんたが子供の世話を押し付けてサボったせいで、ガキがひどい目に遭ってるのよ」

「だから、龍太は本当に家にいるんですって。今静かだけど寝てるだけですよ」

「嘘よ。そんなはずない。だったら証拠を見せなさいよ」

また息子に何かされるのではないかと心配だったが、龍太に近づかないことと、姿を確認したらすぐ出ていくことを約束させて、家に入れた。息子が起きる前に納得させてさっさと返した方が被害も出ないと思ったからだ。しかし、すやすやと眠る龍太を見て、そんなまさかと瞳さんは慌て始めた。

「ほら、龍太は目の前で寝てますよ。さあ、分かったらもう帰ってください」

「でも、こいつが今ここにいるなら、今ロッカーに入ってる子は誰の子なの? あんたの息子だと思ったからわざわざ運んだのに。まさか、よその赤ちゃんだなんて」

「え、ロッカーに入れたという話は本当だったんですか? 一体何を考えてるんですか?」

私への嫌がらせのために出鱈目を言っていると勘違いしていた私は、ようやく彼女が本当にロッカーに赤ちゃんを入れたと知り、驚きを隠せなかった。激しい怒りを覚えたが、ここで言い争っている暇はない。正体は分からなくても、コインロッカーに取り残された赤ちゃんの命が心配だ。

「何を言ってるんですか? どこの子だろうと、あなたのしたことは許されることじゃないですよ」

「ど、どうしよう」

「ああもう、とにかく今すぐそのロッカーまで案内してください」

幸い、龍太は抱っこ紐で抱き抱えたままダッシュしても起きる気配もないほど爆睡していた。その状態で駆けつけたのは、急げば五分もかからない駅のコインロッカー。瞳さんに開けさせると、それほど長い時間が経っていないからか、中にいた子はまだ息があった。私はひとまず最悪の事態にならなかったことに安堵したが、赤ちゃんの息は荒く、顔も赤くて、どう見ても熱中症からの脱水症状にまで及んでいるだろうと考えられた。しかし、次の瞬間、瞳さんの口から出た言葉は信じられないものだった。

「なんだ、生きてるじゃん。心配して損したわ。ああ、残念。あんたの子があの世に行けば、子供のいる私の方が明らかに上になれたのに」

「はあ? 今そんなこと言ってる場合ですか? あなたは何の関係もない赤ちゃんや、この子のお母さんにとんでもないことをしたんですよ」

私は瞳さんが龍太の命を狙ったことに愕然とした。それよりも、関係のない他人を巻き込んだことを絶対に許せないと思った。しかし、瞳さんは全く反省の色を見せないどころか、この後に及んでも赤ちゃんやそのお母さんを心配する様子も見せなかった。私は湧き上がる怒りに言葉を失い、立ち尽くしてしまった。

「なんか面倒なことになりそうだし、あとはあんたがどうにかしといて」

ところが彼女は私の怒りなど全く気づいていないようで、私と赤ちゃんをその場に残したまま、あっという間にどこかに行ってしまった。私は赤ちゃんを優先させるため、瞳さんには構わず救急車を呼び、病院に搬送してもらった。また、すかさず義母にも連絡を入れた。

「まあ、とりあえず見つかってよかったわ。その子は私の友達の孫なの。突然いなくなったから、どうしようかと途方に暮れていたところだったのよ」

義母はその友人に連絡を入れて、赤ちゃんのお母さんに保険証を持って病院へ来るように伝えてくれた。

「にしても、その瞳さんはなんてことをしてくれたのかしら。さすがに人の命に関わることをするのは許すわけにはいかないわね」

義母も私と同じく瞳さんへの怒りで声が震えている。間もなく病院に到着し、赤ちゃんは適切な処置を受けた。幸い発見が早かったので、しばらく様子を見ればこのまま退院も許されるとのことだった。病院のベッドで眠る赤ちゃんは、私の息子とそんなに月齢も変わらないように見えた。そんな子が弱々しい様子で横たわるのを見ていると、心が痛んだ。そして危機を脱したことに安堵すると、私の中には再び瞳さんに対する怒りが再燃してきた。一歩間違えば龍太がこうなっていたかもしれない。何しろ、本来瞳さんが狙ったのはうちの子だったのだから。何の抵抗もできない赤ちゃんを狙うなんて絶対に許せない。私は彼女に対して容赦はしないと決めた。

やがて、赤ちゃんのお母さんと、おじいさんであり義母の友人でもある中澤さんが病院へ駆けつけた。

「私がきちんと見ていなかったばかりに、お子さんをこんな目に合わせてしまい、本当に申し訳ありません。私なんて、どうお詫びしたらいいか」

言葉をつまらせ、義母の横で私も彼らに深々と頭を下げた。

「いやいや、急に預けてしまったこちらにも責任はありますので、どうか頭をあげてください」

どうやら中澤さんのところでは、赤ちゃんのお父さんが最近病気になってしまい、お母さんの負担を減らそうと中澤さんが孫を預かることが多くなっていたそうだ。そんなわけでこの日も中澤さんが面倒を見ていたらしいのだが、急な仕事で義母にお願いしたとのこと。中澤さんの横で、赤ちゃんのお母さんも「大事には至らなかったので気になさらないでください」と義母を労わってくれた。

その後、私は瞳さんに連絡を取ろうとしたが、メールも電話も返事がない。面倒なことになるだろうと、私からの連絡を全て無視しているのだろう。少し思い知らせる必要がありそうだ。私は瞳さんに対し、今回のことを後悔させるための計画を立て始めた。まずは他のママにお願いして、瞳さんにメールをしてもらった。内容は、「私が生意気だからどうにかして、悔しがる顔を見たい。瞳さんなら何かいい案があるのではないかと思い、話をさせて欲しい」というものだ。

それから二日後、まんまと瞳さんは指定されたカフェにやってきた。カフェに入ってきた瞳さんに、こちらから声をかける。

「あら、瞳さん、偶然ですね。最近全然連絡つかなかったけど、元気にしてました?」

「え、なんであんたがいるのよ」

嫌そうに顔を歪めた瞳さんは、私を見てもこの前のことを話そうとはしない。どうやら自分が連れ出した子供が無事だったかどうかには、全く興味がないようだ。

「せっかくあったんだから、一緒にお茶しましょうよ」

「はあ? あんたと私が二人で? 冗談はやめてよ。ていうか、私は別で予定があるの」

「その別で待ち合わせをしている人は、ここには来ませんよ」

「はあ? なんであんたがそんなこと分かるのよ。まさか、私を騙したの?」

瞳さんは嫌そうに歪めた顔から、怒りの表情に変わっていった。

「瞳さん、あなたあの時、赤ちゃんに対してどれだけひどいことをしたか分かってます?」

「やっぱりその話をするの? もういいじゃん。どうせあの後助かったんでしょ。死んでないんだから、別にいいでしょ」

少しでも反省の色がない彼女の態度に、心の変化を少しでも期待した自分を殴りたくなった。

「全く反省していないことはよく分かりました。ところで、あの赤ちゃんは誰の子なのか知ってますか?」

「はあ? そんなの知るわけないじゃん。てかなんであんたが私に説教しようとしてんの?」

「だそうですよ」

私はそこで、後ろの席で身を隠していた人に向かって声をかけた。すると、隠れていた中澤さんが姿を表した。

「君がうちの孫を連れて行った犯人か」

瞳さんは彼の顔に見覚えがあったようで、首をかしげながら考え込んでいる。誰だっけと懸命に思い出そうとしている様子なので、私は瞳さんに紹介してあげた。

「瞳さん、この方はあの子のおじい様で、中澤さん。お母さんのお友達でもあるんです」

苗字だけでは分からなかったらしく、瞳さんはまだよく分からない顔をしている。

「どんなお仕事をしているかも教えてあげた方がいいですかね。ある銀行のすごく偉い人って言ったら分かるでしょうか?」

そこまで聞いて、瞳さんは銀行と中澤という名前で思い出したらしく、みるみる青ざめていった。瞳さんの旦那さんは銀行員で、大手で安定していると周りのママ友に自慢していた。その旦那さんが働く銀行のトップが、この中澤さんなのだ。

「うちの孫を連れ出したのが、まさかうちの社員の奥さんだったとはね」

中澤さんは態度こそ穏やかだったが、目が笑っていないどころか、親の敵を見るような目をしていた。まあ、実際は親ではなく孫の敵なのだが、そこまでの怒りを向けられて、瞳さんはさすがに体を小刻みに震わせている。

「ごめんなさい。まさかトップのお孫さんだなんて思わなくて」

「どこの誰だろうと、赤ちゃんにやってはいけない行動をしたことに変わりはないだろう。瞳さんはさっきまでとは打って変わって大人しくなり謝罪し始めたが、すかさず中澤さんがピシャリと劇を飛ばした」

「私の肩書きにしか謝罪できないようでは、それは本物の反省とは言えない。なぜこんなことをしたのか、説明してもらおうか」

「それは、その……」

瞳さんはしどろもどろになり、俯いてしまった。私への嫌がらせとは言えるわけがないだろう。

「全く。由実さんは何が起きたのかきちんと説明してくれたのに、本人がこれではどうしようもないな」

中澤さんの言葉に、瞳さんはがばっと顔を上げると、私を指さして憎々しげに睨みつけてきた。

「何よ。つまりは全部あんたのせいじゃない。なんて余計なことをばらすの? あんたが何も言わなければ、こんなことにならなかったかもしれないのに」

「私じゃなくて、瞳さんの自業自得ですよね。中澤さんが怒ってるのは、あなたがお孫さんを危険に晒したからです。自分の行動の結果ですよ」

まるで自分が被害者のようにわめき立てていた彼女は、私に言い返されて一瞬言葉に詰まったけれど、次の瞬間、予想外の言葉を言い放った。

「第一、私が子供を置いてったっていう証拠はないでしょ。てか、私そんなことしてないし」

「はい? 今更何を言い出すんですか?」

「あんたに話した内容はただの冗談よ。ロッカーを開けたら空っぽでドッキリでしたって予定だったのに。まさか本当に赤ちゃんがいるなんて思いもしなかったわ」

ヘラヘラと笑いながら明らかな嘘を話す瞳さんに、私たちは呆気に取られてしまった。

「そんな話が通じると思ってるんですか?」

「本当のことよ。偶然にしても奇跡的よね。私の悪ふざけのおかげで赤ちゃんが見つかって、それで助かったんだから、逆に私のお手柄じゃない?」

「いやいや、あなたが赤ちゃんをコインロッカーに入れるところは、駅の防犯カメラにばっちり映ってましたよ。警察がちゃんと確認したので間違いありませんよ」

「え、警察? なんで?」

まさか警察沙汰にまでなるとは思っていなかったようで、瞳さんは目を見開いて口もぽかんと開けている。

「なんでって、子供を勝手に連れて行ったことも、その子をロッカーに放置したことも、立派な犯罪ですよ」

「はあ? 警察まで呼ぼうなんて、やりすぎでしょ」

「やりすぎじゃないですよ。あなたのやったことを知った中澤さんが被害届を出しています。だから警察が動いたし、防犯カメラもちゃんと確認したんですよ」

「え、じゃあ、私は捕まるの?」

瞳さんの顔色はもはや青ざめるを通り越して真っ白になり、目は虚ろになっていた。この機会にちゃんと反省してくださいね、と私が言いかけた時だ。彼女はいきなり逃げ出そうとして、カフェの入り口に向かって走り出した。

「こんなことで捕まるなんて、真っ平ごめんよ」

けれどそれは一歩遅く、あらかじめ連絡しておいた警察が外で待ち構えていた。

「やだ、私は悪くない。悪いのは全部あの女なんだから」

警察に連行される最中も瞳さんは抵抗し、誰でもいいから助けてという目を向けてきたけれど、当然ながら誰にも相手にされない。それが分かると、私にすがるような視線を向けてきた。

「ごめんなさい。謝るから助けてよ」

「今更何をどうやって助けろって言うんですか? 大人なんだから、自分のしたことはちゃんと反省して、きちんと償ってくださいね」

「そんなの嫌よ。誰かお願いよ」

瞳さんは絶望して、涙と鼻水でべちゃべちゃの顔のまま警察に連れて行かれた。

その後、生後数ヶ月の他人の赤ちゃんをロッカーに放置した事件として、瞳さんは実名を出されてニュースで報道された。これにより、瞳さんを知っている人全員に、瞳さんがどんなヤバい人なのかが知れ渡ることになる。瞳さんの旦那さんは、トップに迷惑をかけたこととニュースで報道されたこともあり、すぐに離婚したそうだ。逮捕された瞳さんがどんな判決を受けるかはまだ分からないが、釈放されても前科持ちということで簡単には就職できないし、離婚して旦那もいないので、明るい未来は待っていないだろう。あの赤ちゃんは元気になり、無事にお母さんの元へ戻ることができた。私も今は何の気兼ねもなくお茶会をできるようになり、他のママ友たちとも仲良くなり、充実した毎日を送っている。

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