「え、カニじゃないの?」義母と義妹夫婦が、私が重箱を開ける手を止めさせた。その瞬間、私は二年分の我慢が限界に達した。去年も同じだった。義実家の正月準備は、いつからか私がおせちを用意するのが当たり前になっていた。義父は温厚だけど、義母と義妹夫婦は手土産どころか、私が持ってきた料理を我先に食べ尽くす。夫の公平は「味なんて分からない家族だし」と苦笑いするだけ。私は毎年、義母に「これくらい払ってもら…

「え、カニじゃないの?」義母と義妹夫婦が、私が重箱を開ける手を止めさせた。その瞬間、私は二年分の我慢が限界に達した。去年も同じだった。義実家の正月準備は、いつからか私がおせちを用意するのが当たり前になっていた。義父は温厚だけど、義母と義妹夫婦は手土産どころか、私が持ってきた料理を我先に食べ尽くす。夫の公平は「味なんて分からない家族だし」と苦笑いするだけ。私は毎年、義母に「これくらい払ってもら...

おせち料理、どれにしようかしら。夫の実家なんて、どうせ味なんて分からない人たちだし、適当でいいか。いつもありがとうな。年末になると毎年、夫の実家へお正月の準備に向かう。いつの頃からか、おせち料理は私が用意するのが当たり前になっていた。去年は知り合いからカニをたくさんもらって、夫婦二人では食べきれないからと義実家に持っていったら大好評だった。今年は、友人の旦那さんが受け継いだという旅館のおせち料理を予約して持っていくつもりだ。

私の名前は美由。今年で三十四歳になるOLだ。OLといえば聞こえはいいけれど、周りからはもうとっくに「お局様」扱いされている。主任という肩書きはあるものの、これ以上の出世はなかなか難しいだろう。とはいえ、そこそこの給料はもらっているし、安定もしている。今ではお局様と呼ばれることを逆手に取って、後輩をビシビシ指導する毎日だ。夫の公平は私より四つ年下。結婚した時は平社員だったけど、そこから五年で昇進して、今では私よりも給料をもらっている稼ぎ頭だ。二人でそれなりに稼いでいるけれど、子供がいない我が家はそこそこ裕福な生活を送っていると思う。といっても、長期休みに旅行に行ったり、記念日には外食をしたりはするけど、日々の生活はなかなかに質素なものだ。おかげで貯金はそれなりにできているので、老後の楽しみにでも取っておこう。

十二月に入る前から、頭の片隅にはお正月のことがあった。おせち料理やお酒などを一通り用意して義実家に持っていくからだ。結婚して最初の年、義母が「お寿司を頼んだから」と言って、鳥にされたのか支払いは私持ちだった。後から払ってくれるのかと思ったけど、その気配はない。夫を通して言ってもらっても、「今は細かいのがないから後で渡すね」と言われたまま。しかも夫のいないところで、義母は私に言った。「これだけ払ってもらっても文句ないわよね。こうしてお正月の準備をして出迎えたわけだし、それくらいいいわよね。」その勢いに、私は頷くしかなかった。お正月の準備といっても、お酒やお菓子は私たちがお寿司を取りに行くついでに近くで買ってきてと言われて買ってきた。車で一時間の距離だから、わざわざ止まるわけでもない。準備と言っても何があるのだろう。まあ、もしかしたらものすごく家が汚くてお正月のために大掃除をしたとか、お正月のために美容院に行って髪の手入れをしたとか、そういう斜め上の準備かもしれないし、面倒なので特に突っ込まないようにした。

翌年は、おせち料理を用意して持ってくるように言われた。義実家に行くのもお正月くらいだし、とりあえず言われるままに買っていった。義父、義母、義妹夫婦がいるだけだから、そんなに必要ないと思いきや、義母と義妹夫婦が食べる食べる。あの体型も納得だよね、ってくらい食べる。おせちはあっという間になくなって、私のお腹にはほとんど入らなかった。去年のカニは、そうなったらいけないと思い、あえて殻付きのまま持っていった。私の親戚がよく実家にカニを送ってくれていたから殻を剥くのは得意で、食卓に並んだカニを私は自分と夫の分の殻をさっと剥いて食べた。殻を剥き慣れない義母と義妹夫婦は、私よりも食べるのが遅かった。でも相当気に入ったのか、「来年もよろしくね」なんて言われたけど、今シーズンはあまり収穫ができないらしく、いただき物はない。公平は「味が分かる家族じゃないからおせち料理も何でもいい」と言うけど、安いのは量も少ないし、あんなに食べる人がいるから選ぶのに苦労する。あまり美味しくないものを持っていってしまったら、それこそ嫌味を言われそうだし、どうしたものか。

そんな時、昔から仲のいい友達が、「旦那さんが実家の旅館を継ぐことになったから、いつか遊びに来てね」と連絡をくれた。そこはなかなかの高級旅館らしく、お値段は張るみたいだけど、ホームページで見る限りとても素敵な旅館だった。夫と「シーズンオフにでも連休を取って行ってみようか」と言っていたけど、仕事が忙しくて未だに行けていない。私はおせち料理のことを考えた時、そこの旅館のことを思い出した。改めてホームページを見てみると、おせち料理があることは確認できたけど、取り寄せができるのかどうかは分からない。思い切って友達に連絡をしてみた。すると、「今はやっていないけど、旦那さんに相談してみる」と言ってくれた。初めて取り寄せのおせち料理として出すもので、いわば試作品なので格安にしてくれると言われ、お願いすることにした。

お正月、おせち料理とお酒を車に乗せて出発する。元旦の朝の道路はガラガラで、いつもより早めに着いてしまった。義実家に着くと、義父が出てきてくれた。年始の挨拶を済ませて部屋の中を見回すと、義母がいない。私がキョロキョロしているのを見て、義父が申し訳なさそうに言った。「まだ寝てるのかな?予定よりも着くの早かっただろう。」と言っても、予定の時間よりは十五分早かったくらいだ。義母にはあれやこれや用意しろと言っておいて、自分はまだ寝てるのか。どういう神経してるのかとイラっとしたけど、こんなところで怒ってもしょうがない。私と夫は顔を見合わせてため息をついた。

義父とは今まであまり話す機会がなかったけど、こうして話してみると義母や義妹とは全く違って温厚だ。公平はどこかぼんやりした人で優しい人なんだけど、あの義母と義妹に挟まれていたからそういう性格になったのかと勝手に思っていたが、こうしてみると公平は義父に似たんだな。いつも義母と義妹の強烈キャラに隠れていたから、失礼ながらあまり気にしたことがなかったけど、義父と話していると初めて義実家でゆったりとした時間を過ごせた。その間に、私は義父におせち料理を食べてもらいたくて重箱から出して大皿に映す。しかし、そんなゆったりとした時間はわずかだった。「兄ちゃん来たの?」ドスドスと階段を降りてくる音がして、義母が顔を出した。義母にも挨拶をしていると、外で車の音がした。義妹夫婦が着いたようだ。義母と同じように玄関からドスドスと足音を立てて入ってきた。今年も義妹夫婦は手土産すら持ってこない。義母は昔から義妹を可愛がっていて、どこに行くにも一緒、何をするにも一緒という生活だったそうだ。だから、こんなに可愛い娘から手土産なんてもらえないという心理なのかもしれないが、聞いたことはないので実際にはどうなのかは知らない。別に興味もないし。でも、義妹の夫はよくそんな態度で義実家に出入りできるなとは思う。手土産もなしに、くついで人の用意したものを飲み食いする。よくそんな図々しいことができるものだ。少なくとも私には考えられない。

そんなことを思っていると、義妹が私の方へ向かってきた。「明けましておめでとう。」私はそう言ったが、彼女は挨拶すらせず食事の心配をしている。「ねえ、今年も持ってきてくれた?」目をキラキラさせながら、別に見たくもない上目遣いで私を見てくる。私は色々と言いたいのをぐっと我慢しておせち料理を指差した。「今年はおせち料理を取り寄せたの。」その瞬間、義母と義妹夫婦が固まった。そして一呼吸を置くと、三人はほとんど同時に声を発した。「え、カニじゃないの?」その言葉に、今度は私が固まった。確かにカニではないけど、このおせち料理だってちゃんとしたものだ。それなのに食べることすらせず、よくそんなことが言えるな。私は我慢が限界になっていたが、それよりも先に公平が動いた。元の重箱に無言でおせちを詰めていく。私も無言でそれに続いた。「ええ、ちょっと待ってよ。ど、どうしたのあなたたち?」義母と義妹が私たちを見て慌て始めた。しかし、もう遅い。私はおせちを詰め終わった。おせちの重箱を袋に詰め、持ってきたお酒も車に積み込んだ。私と夫は打ち合わせをしたかのように息のあった連携を見せる。そして全て片付けた後、私は振り返って笑顔で言った。「じゃ、私たち帰ります。もう正月もお盆も来ませんから。」「え?」茫然とする義母と義妹夫婦。「そういうことだから、じゃあな。」夫も運転席に乗り込んで手を振った。義母の横には、無言でうんうんと頷く義父の姿が見え、私たちはバックミラーでその様子を見ながら走り去る。

家に帰ると、公平の携帯には義母と義妹からの着信が二十件近く入っていた。留守電を聞くと、思った通りの言葉が入っている。「どうして全部持って帰っちゃうの?今年のお正月はどうしたらいいのよ。早く引き返してきなさい。怒ってないから。」似たような言葉が延々と入っていて、三件目以降は聞く気にはならなかった。義父からは謝罪のメッセージが入っていたらしい。後日、公平が義父と連絡を取ると、お正月の料理のお金はいつも義父が色をつけて用意してくれていたことが発覚した。それをお義母さんは私たちに渡さずに、自分の懐にでも入れたのだろう。私はその事実を知って、どうしても文句を言ってやりたくなった。そのタイミングで、私の携帯に義母から電話が来た。公平に電話をしてももう出てもらえないと悟ったようで、私にかけてきたのだろう。なんて良いタイミング。私は電話に出た。すると、電話口の義母は怒っている。「美由さん、どういうことなの?公平は優しい子だったのに、あなたがあんな風に変えてしまったんでしょう。せめておせち料理と同等のものを早急にうちに送りなさい。」私が口を挟む隙もなく、義母は文句を言い続ける。「なんとか言いなさいよ。」話す隙がなかっただけなのに、理不尽に怒られた。私はため息をついて冷静に返す。「どうしてわざわざ料理を送らないといけないんですか?支払ってくれるなら送りますけど。そうじゃないですよね。あなた、それが実家に対する態度なの?」「人のお金を自分の懐に入れるお母さんと、なんてお話できません。毎年私たちが用意していた料理のお金は、お父さんが後で渡すようにって用意してくれていたらしいですね。そのお金はどこに行ったんですか?私たち一銭も受け取っていませんけど。」義母は、バレるはずがないと思っていたのか、急に慌て始めた。「何のこと?知らないわよ、そんなの。お父さんがいい顔しようと嘘ついてるだけでしょ。」「はあ。持っていく料理を運ぶのも、どれだけ大変だと思ってるんですか?それでもお父さんやお母さんに喜んでもらいたくて、毎年色々と考えていたのに。これは何なんですか?」義母は黙っているのか、何も言い返してこない。でも、腹の虫が収まらない私は、電話を切られないうちに今まで溜まった文句を言い続ける。「大体、全員で食べるように持っていってるのに、どうしていつもお母さんと妹さん夫婦だけで食べ尽くそうとするんですか?遠慮ってものはないんですか?だから、そんなにブクブク太るんですよ。ちょっとは気にしたらどうなんですか?」次の瞬間、電話が切られた音がした。そして、隣で夫が爆笑し出した。「美由、よく言った。美由もそんなこと思ってたんだな。」私もそれに釣られて笑った。「当たり前じゃない。もう会わないなら、なおさら言っておかないと。」

その後、さらに大変なことが発覚し、今私たちは義父と同居している。「美由さん、こんなことになって本当に申し訳ない。」「何言ってるんですか?家族なんですから、気にしないでください。」実は他にも義母の使い込みが発覚して、あの温厚なお父さんが激怒した。義母は義父を甘く見ていたらしく、多分バレても大事にはならないだろうと踏んでいたようだが、義父は離婚を突きつけた。私たちも「これが最後だから」と義父に呼ばれて実家に駆けつけたが、義母は面白いくらいに青ざめていた。義妹夫婦も呼び出され、「もう二度と援助はしない」と義父に言い渡される。義妹の夫は平社員。義妹はパート。この夫婦は身の丈にあった生活ができずに、義父から毎月援助してもらっていたらしい。主に食費がかかっていたと言うから、納得だ。ずっと専業主婦で仕事をしたことのない義母から使い込んだお金を返してもらうのは難しかったが、実家を売ってそれを財産分与し、そこから今まで使った金額を返してもらったという。公平から「お父さんを引き取ってもいいか」と聞かれて、一瞬悩んだけど、あのお父さんなら大丈夫な気がして了承した。すると、家に帰るたびに穏やかな空気が流れるようになった。私がテキパキしてしまう方だから、公平といてもどうしても引っ張ってしまっていたけど、そこに義父が加わると穏やかな空気が生まれる。私はその空気がとても好きになった。

義母は義妹夫婦に引き取られたらしいけど、相変わらず食費がかかって大変だそうだ。どうせなら食費を削って体も削ればいいのにと思うけど、あの人たちにとってはそういう問題ではないらしい。さすがに義母もパートを探し始めたものの、職歴はない。態度は悪い。そんな人を誰が雇うのかと、パート探しに苦労しているようだ。確かに、私が採用担当なら絶対に雇わない。今日も仕事から帰ると、あの空気に癒される。義父は最近料理に目覚め、料理教室にも通い始めて、私たちによく料理を振る舞ってくれるようになった。こんな暮らしに、私は満足している。

ちなみに、あのおせち料理はとびっきり美味しかった。友達に報告すると、商品化も検討してみると言っていて、その後の話では今度のお正月には取り寄せができるようになるそうだ。お礼と言ってはなんだけど、その旅館の宿泊費を随分と安くしてくれたので、今度の正月は高級旅館で過ごすことになった。今からとても楽しみだ。

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