「会社のパソコンで遊ぶな。とにかく無能な老害は我が社の恥そのものだ。今すぐ首だ。」
この言葉を聞いた瞬間、俺はにっこり笑った。目が笑っていないことは、自分自身が一番よく分かっていた。
「了解です。俺は自主的に退職届を出しますよ。65歳前の早期退職なら退職金が115%もらえるって聞きましたからね」
俺は机の奥に押しやられていた、いつ書いたかも忘れた退職届を取り出し、日付を書き入れて社長に押し付けた。
俺の名前は板橋五郎。つい先日、還暦を迎えながらも赤いちゃんちゃんこを着せられて記念写真を撮ったばかりの62歳だ。
本来なら60歳で定年を迎えるはずだったが、労働法の改正により70歳まで働けるようになった。俺はその対象となり、1年更新で会社に残って働くことを決めた。65歳になったら定年退職すると心に決めて、最後の力を振り絞る所存だった。
定年後は在宅かフリーランスで仕事を続けて小遣い稼ぎをしようと思っていた。職場の仲間からは専門学校の講師にならないかという誘いも受けていた。ただ、今の時点で辞めるつもりはなかったので、65歳が近くなったら考えると伝えてあった。
俺はエンジニアが本業だ。システム開発を中心に、スマホアプリの開発や分析まで手がけている。1年先、2年先の仕事も握っている状況で、今受け持っている仕事を最後に後進に譲ろうと考えていた。
ノウハウを教えて、それを実践してもらえば、絶対に俺以上の仕事ができるはずだ。今も少しずつだが、若手のシステムエンジニアに仕事のノウハウを仕込んでいる。目黒地子と渋谷高典。俺の愛弟子たちだ。
教えた以上のことを吸収してくれるので、教えがいがある。俺は設計から納品まで一貫してできるのが理想だと思っている。今ではプロジェクトチームを組んで、上流工程から下流工程、デバッグまで様々な工程に多くの人が関わっているが、この流れが分からない限りシステムを生み出すことはできない。
専門学校や大学でコンピューターサイエンスを学んできた二人は、新しいことにもどんどん取り組んでくれるので安心感があった。顧客にも引き合わせて、引き継ぎを少しずつ始めようと思っていた。俺がこの会社で30年の間築いてきた人脈も、合わせて引き継いでもらえると実感した。この人脈のおかげで、この会社にはたくさんの顧客がついた。
時代に合わせてシステムとの付き合い方も変化する。俺は顧客からのヒアリングを通じて、より良いシステム開発やアップデートを行ってきたと自負していた。これを地子さんや高典君にも引き継いでもらいたいと考えていた。
「五郎さん、なかなかシステムが思い通りに動かなくて」
「なんだ、情けない声を出して。それでも大学院は出たのか?」
「大学院は出ましたが、今の仕事とは全く畑違いの分野ですよ」
「Pythonのオフサイドルール。基本中の基本が守られていないよ。これでどうだい?挙動が安定するんじゃないかな?」
「あ、本当だ。これは致命的なミスです。ありがとうございます」
「あと、そろそろ他人様が提供したライブラリーを探して当てはめるんじゃなくて、自分がライブラリーを提供できるようにしていくことも目標にしよう」
「はい」
「五郎さん、クライアントのA社が打ち合わせをしたいと電話でお待ちです」
「ああ、悪い。A社さんはちょっと話が長いので、明日こちらから伺うと伝えてくれないか?明日は顔つなぎも兼ねて地子さんも一緒に行こう」
「はい、先方にはそのように伝えます」
活発な二人に、俺の方が助けられているほどだった。
「何を無駄話しているんだ?」
ああ、またか。俺は軽く目まいを覚えた。この人は千田哲也。勤務先の二代目社長だ。つい2ヶ月ほど前に先代社長が突然亡くなったため、関連会社から召喚されてきた。
生産性や効率性を重視する人で、俺のような「老害」はいらないという考えを持っている。遠回しに俺を追い出そうとしているようだった。ただし、俺は今やめるわけにはいかないので、のらりくらりとかわしていた。俺自身、亀の甲より年の功だと思っている。
千田社長は新しいものが好きな部類だ。新しいものはどんどん取り入れるが、古いものは即座に払い箱にする。
「ああ、まだあんたはいたのか?」
それだけを言い捨てて、勢いよくドアを閉めて事務室を出ていってしまった。
「何だったんでしょうね、あの社長。私は先代社長の方が好きだったな」
地子さんがつぶやく。
「俺を追い出すためのネタでも探してるんじゃないか」
「そんなこと、私がさせませんから。五郎さんはあと30年はこの会社にいてもらわなくちゃ困る人材ですから」
「笑わせてくれるね。俺の30年後は白骨に近い年齢だよ」
最も、あと3年はこの会社で世話になりたいところだったが、なかなか風当たりの強さを感じるところでもあった。
ある日のことだった。
「そういえば、君たちはBASICを知っているかい?」
目を丸くして二人は俺を見る。
「1960年代に初めて生まれたプログラム言語だよ。1980年代には家庭向けのパソコンが出回って、プログラミングらしきものを始める人も増えてきた。その頃、今のパソコンの数倍も大きくて重たい筐体を買ってもらったことが、俺のシステムエンジニア人生の始まりだったんだ」
今となってはC言語やJavaScript、Pythonなど様々なプログラム言語がある。しかし、俺が初めてプログラミングの存在を知った1980年代は、記号の四角形を動かし、パソコンの画面上で曲線を書くだけでも本当に大変だった。数行にわたる命令言語と共に、三角関数や二次関数などの知識も必要だった。
今やペンタブレットがあれば簡単に曲線が描けるし、パソコン上で自分の思い通りの図式もできる。アニメーションだって動きがかなり自然になった。
俺は今のパソコンでBASICの命令が動くようにアプリをインストールして、地子さんと高典君にBASICでゲームを作ってもらうことにした。
「なんだかすごく原始的ですね」
「そうだね。ほら、四角形の塊で作った山が動き始めただろう。それにぶつからないように記号の丸を動かすんだよ。昔のゲームはこれだけでも十分すぎるほど面白かったんだ」
この子たちの世代はすでに3Dモデルが飛んだり走ったり会話をしたりとリアルなゲームが中心だったので、こんな原始的なゲームは全く想像がつかないようだった。
「でも、自分でこのようなゲームが作れると達成感がありますね。ちょっと前に流行ったスクラッチよりやりがいがあります」
こんな風に話をしながら、今昔のプログラミングを学んでもらえると仕事の幅が広がるだろう。
「はあ。君たち、仕事はどうした?」
研修と称してゲームを作っていた我々の後ろから、二代目社長が声をかけてきた。
「ITの歴史を知る。これも立派な仕事ですよ」
「今は勤務時間だよ。研修なら自分の時間を使ってくれ」
「時間外勤務だとかで文句をおっしゃるんでしょう」
俺は負けじと伝えたが、火に油を注ぐようなものだった。
「ほお。今パソコンで遊んでいる時間があれば、待っていただいているお客様へ1日でも早く納品できるんじゃないのかね」
「ずっとパソコンにかぶりつきだったら病んでしまいますよ。あなたがおっしゃる生産性を高めるために、休む時間や勉強する時間も必要です」
俺はこれから活躍するであろう地子さんや高典君の将来を案じて、この子たちを守るために食い下がった。1日中ずっと仕事をし続けていたら、ブラックな会社としか言いようがない。
パソコンの画面上では、高典君によって地図の集合体から作られた山の画像が寂しく動いたままだ。
「会社のパソコンで遊ぶな。とにかく無能な老害は我が社の恥そのものだ。今すぐ首だ」
社長の言葉に、地子さんと高典君は驚きあきれた顔色をしている。
「了解です」
「ちょ、ちょっと五郎さんってば、何を言うんですか?」
「いや、次の当てもあるんでいいんですよ。ただし、俺を首にすれば、この会社に労働監督署の監査が入りますよ。不当解雇で俺は訴えますからね」
俺はにっこり笑いながら話を続ける。目が笑っていないことは、自分自身が一番分かっていた。
「俺は自主的に退職届を出しますよ。65歳前の早期退職なら退職金は115%分もらえるって聞きましたからね」
俺は机の奥に押しやられていた、いつ書いたか忘れた退職届を取り出し、日付を書き入れて社長に押し付けた。
「ああ、地子さんと高典君に教えることはもうないよ。顧客の納品スケジュールは君たちも持っているだろう。あ、新規の顧客開拓、頑張ってくれよな」
俺はこの会社に私物をあまり置いていなかったので、セキュリティ用のICカードだけを会社に返し、そのまま去ることにした。
「ああ、勢い余って辞表を出してしまったが、その後はどうすればいいだろうね」
自嘲気味に笑って自宅へ戻った。
それからしばらくは、ちょっとだけ心を落ち着かせて暮らすことにした。有名人が言うところの「充電期間」とか「給養期間」とかの位置づけだ。
妻を連れて北海道に3週間滞在することにした。本当はハワイやヨーロッパなどかっこいい場所が良かったのだが、妻の故郷にはしばらく帰っていなかったからだ。
速攻で退職届を出すところまでは、自分自身でも痛快な気持ちになった。しかし、実際にやめてから会社からの連絡はない。人事に連絡して退職に関する書類などを送ってもらい、区役所で社会保険に関する手続きを取ったくらいだ。
その後の仕事に関しては、開業して個人事業主として仕事を取る傍ら、以前からオファーがあった専門学校の講師として働くことにした。学校側は後期の授業から手伝ってもらえればいいと言ってくれたので、それまでの間を充電期間とすることにしたのだ。
北海道では妻とハーブ園を見に行った他、自分の顔以上に大きいカニを食べた。妻は綺麗なガラス製品を自分のために買い、俺は缶入りのチョコレートドリンクを2箱購入して自宅へ送るように手配した。
こうしてそろそろ自宅に戻ろうかと言った頃に、俺のスマホが鳴った。前の職場の社長からだった。
「おい、会社のパソコンの挙動がおかしい。お前のせいでウイルスに感染したようだ」
およその趣旨はこんな感じだ。怒鳴り散らすように話すから、何を話しているか分からなかった。
「私がやめてからもう1ヶ月近く経過しているんですよ。私のせいでウイルス感染したって話は、言いがかりにもほどがありますよ」
俺は呆れ半分でそれだけ言い残し、電話を切った。うちの会社はコンピューターに関するセキュリティ対策のコンサルティングもしてるんじゃなかったっけ?その会社がウイルス感染だなんて、まあ、抜けにもほどがある。
俺は高典君に電話を入れて話を聞くことにした。
「すみません。僕たちや他のエンジニアもなす術なくって、お手上げなんです。今サーバーを切り離してダウンをしています」
「そうだね。外部流出の可能性もあるだろうから、切り離してね」
俺は高典君に会社のシステムログ解析を依頼し、明日には北海道から帰ると伝えた。
そして翌日の午後、朝早い飛行機で自宅へ戻り、元職場へ向かう。退職したのになんで復旧のために元職場へ出向くのか、いまいち釈然としなかったが、そうも言っていられないだろう。俺はフリーランスとして開業したので、復旧処理のために請求書を発行してやろうと心に決めた。
元職場は混乱を極めていた。パソコンがイントラネットを通じてウイルスが社内に広がったようだ。
「君たちSE集団が復旧できないなんて、おかしいだろう」
部署の精鋭エンジニアたちに開口一番で愚痴をこぼしてしまう。地子さんと高典君が青ざめた顔をして俺を呼ぶ。久しぶりといった挨拶は後回しにして、彼らの話を聞いた。
高典君と地子さんには社内のアクセスログ解析を依頼していた。すると、社長のIDで何やら変な動きが認められたのだ。二人もこの不審すぎる挙動が分かったらしく、俺に声をかけてきたのだ。
「おそらく五郎さんが使っていたパソコンが原因だろうな。五郎さんが使っていたパソコンに、社長が自分のIDを使ってログインしてウイルスを仕込んだ」
「おそらくワームが入り込んだようです」
「これも古典的でとても典型的なワームだね。ウイルスを仕込んだっていうか、あの社長、使用のUSBメモリーを持ち込んで何か画像を閲覧していたようだね」
地子さんが口に手を当てて、あえぐ。
「あ、あの…この部屋に関しては、社員のUSBメモリの持ち込みは禁止だし、ましてや外部媒体の接続は禁止です」
俺は高典君が解析してくれたログを確認しながら、とある事実を見つける。
「ほうほう。千田社長、やっちゃいましたね。日付と時間の証拠もあるから、訴えたら勝てますよ」
「何をやっちゃったんですか?」
俺はここで言うのを控えた。千田社長のIDで女性のヌード画像や動画のファイルをこのパソコンで見ていたようだと、女性の前では到底言えなかった。ログ解析をさらに重ねれば、その画像なども復元できそうな感じだった。
俺はワームの隔離、駆除、削除を他部署のエンジニアに依頼し、こちらの部署で破壊されたファイルの修正を行うように指示を出した。ワームの隔離や駆除自体にさほど時間がかかることはない。しかし、ワームの増殖によって破壊されたファイルの修正は数日かかるだろう。
早い段階でネットワークを遮断したので、外部への情報流出は免がれたようだ。これだけでも不幸中の幸いと思うより他ない。
「さて、どうやって仕返しをしようか」
「え、仕返しって?」
「俺をやめさせたことと、この会社の機能に多大なる損害を与えたことへの制裁だよ」
俺はにやりと笑った。俺は社内の放送設備、社内放送を入れた。
「あ、あー。チェック、チェック。聞こえますかね?そりゃ放送は前に聞こえているはずなのだが、なぜかこんなセリフを言ってしまう」
「えー、エンジニアサービス板橋の板橋五郎です。この度は復旧とウイルス駆除のご依頼をいただき、ありがとうございます」
本社のイントラネットは超絶古典的なワームウイルスに感染しておりました。社員が駆除作業と壊れたシステムの修復作業に取りかかっていることも伝えた。
「その原因についてお知らせいたします。解析の結果、持ち込まれた外部記憶媒体にワームが含まれていたことがわかりました」
放送設備がある部屋にも社員たちのざわめき声が聞こえた。
「誰だよ、そんなこと。禁止だってうちの会社の人間なら分かるだろう」
そんな声も聞こえてくる。相当怒りに満ちた声だ。2日以上も仕事ができず、会社の機能がストップしてしまったのだから当然だろう。
「ナンバー436559AB。えー、哲也千田という人間のIDでのログが認められたことをご報告いたします。このIDで法人営業部の空きパソコンを使って外部記憶媒体を接続し、ワームが仕組まれた画像を閲覧していた模様です。アクセス日時を把握しております。また、どのような画像を閲覧していたかも復元可能ですよ」
そこから足音が聞こえ、社員たちが社長室へ向かう気配がした。
「今回はパソコンで遊んでいた無能な社長さんがそもそもの原因でした。エンジニアサービス板橋をご依頼いただき、ありがとうございました。本社の社員さんに駆除や復旧作業をお手伝いいただきましたので、基本料金を30%引きでご請求させていただきます。今回は解析や出張料、消費税を含む66万円でのご請求です」
社内はワーム感染で巻き起こったパニック以上に騒がしくなっていた。血気盛んで正義感だけで突き進んでいる社員たち数名が社長室に乗り込み、吊るし上げにしているようだ。
俺を犯人に仕立てようとしたことへの制裁だし、そのうち二代目社長も解任されてしまうだろう。
「あの、俺をエンジニアサービス板橋で雇ってもらえませんか?正直、この会社から転職したいです」
「はは。老いになりかけているじいさんの会社はいつ潰れるか分からないからな。知っている会社をいくつか紹介するから、そちらに転職を検討しなさい」
何か話したそうな地子さんにも同じことを伝えた。彼女もこの会社にいられないオーラを放っていたからだ。
高典君と地子さんはそれぞれシステムエンジニアとして転職を決めたらしい。
俺は前の職場に請求書を正式に発行し、出張料金などをふんだくってやった。
社長は取締役会において社長を解任。その上、会社から多額の損害賠償を請求されたそうだ。顧問契約をしている弁護士が実損や社員への給与等の損害金額などを算定したため、かなりの賠償請求額となったようだ。それは俺の知ったこっちゃない。
俺の第二の人生の始まりは波乱含みだったが、これまで30年の間築いてきたシステム開発の仕事を続けていくつもりだ。人生のまとめを始めながら、ゆっくりのんびりと。



