ハワイ旅行の前日、義母が突然「私も行くわね」と予告してきた。夫の港が「別行動する」と約束をさせてくれたのに、当日の空港には当たり前のように義母の姿。観光も買い物も全部義母の歓楽街。しまいには、私に買わせようと高級品をカゴに詰め込んでおいて、会計直前にトイレに消えた。スマホに義母から大量の着信。折り返すと「港と泊まる部屋を用意したわ。あんたの分はキャンセルしておいたから」と彼女は笑った。夫はそ…

ハワイ旅行の前日、義母が突然「私も行くわね」と予告してきた。夫の港が「別行動する」と約束をさせてくれたのに、当日の空港には当たり前のように義母の姿。観光も買い物も全部義母の歓楽街。しまいには、私に買わせようと高級品をカゴに詰め込んでおいて、会計直前にトイレに消えた。スマホに義母から大量の着信。折り返すと「港と泊まる部屋を用意したわ。あんたの分はキャンセルしておいたから」と彼女は笑った。夫はそ...

「あら、これもいいじゃない。」
義母は棚から商品を取り出すと、ためらうことなく私の持つカゴに放り込んでいく。どれもこれも高価なものばかりで、私はカゴを持つ手が震えた。
「母さん、自分でカゴを持って選びなよ。マイカは荷物持ちじゃないんだ。」
港がそう言ってくれたが、義母は鼻で笑うだけだった。
「どうせ私じゃなくてマイカさんが払うんだから、一緒に入れたっていいでしょ。ねえ、マイカさん?」
そう言われてしまえば、私に断る選択肢はない。渋々うなずくしかなかった。
義母はその後も遠慮知らずに買い物カゴへ放り込み続けた。重さで腕が痺れてきた頃、ようやくレジに並べたのだが、そこでもう一つ、悪意に気づくことになる。
「ちょっとトイレに行ってくるわね。」
会計の直前になって、義母はそう言い残して列を離れてしまった。
……まさか、最初から支払う気なんてなかったの?
これまでにも何度か同じことをされたことはあった。しかし、まさか海外旅行先でまでやるとは思わなかった。ハワイに勝手についてきて、それでこの仕打ちか。呆れてものが言えない。怒りで肩が震える私に、港がぽんと肩を叩いて言った。
「さて、帰るか。マイカは自分の買い物だけしていいよ。母さんの分は俺が元に戻してくるから。」
パチン、と私の頭のどこかが弾けた。え、帰るって、どういうこと? しかし港はいたずらっぽく笑った。
「このまま二人で日本に帰っちゃおうか。」
その瞬間、長い間ため込んでいた気持ちが全部溶けて、笑いが込み上げてきた。私たちは買い物を済ませると、店を飛び出し、荷物を引き取ってそのまま空港へ向かった。なんと港は、飛行機のチケットまで用意してくれていたのだ。
「マイカ、ごめん。母さんの言葉を信じた俺のせいだな。」
「大丈夫、港は悪くないよ。」
今度は心の底からそう言えた。すると港は真剣な顔で、「日本に帰ったら、ちゃんとけじめをつけるから、もう少し待っていてほしい」と言った。その言葉の意味を考えながら、私は黙ってうなずいた。

私の名前はマイカ。26歳の会社員だ。夫の港は二歳年上で、自分のレストランを経営している。出会いは大学のサークル。港は料理が得意で、卒業後はレストランで修行を積み、努力の末に自分の店を持つまでになった。家事も完璧にこなす彼の隣で、不器用な私はいつも情けなさを感じていたけれど、港はそんな私を決して責めなかった。
「マイカはみんなを引っ張ってくれるリーダー体質でしょ。俺は前に出るのが苦手だから、そういうところが好きなんだ。」
そう言って笑ってくれる港に、私は何度も救われた。
しかし、そんな幸せな生活に影を落とす存在がいた。義母である。
「マイカさんは結婚したら専業主婦になるんでしょ?」
結婚の挨拶に行った時、義母が最初に言ったのがこの言葉だった。
「いえ、仕事は続ける予定です。港さんを支えたいので……」
そう言うと、義母はあからさまに呆れた顔をしてため息をついた。
「何言ってるの? 港が女一人食わせられない男だと思われるじゃない。あなたの役目は専業主婦よ。」
「母さん、考え方が古いよ。」
港が反論してくれたが、義母は聞く耳を持たない。それどころか、港の仕事までも否定し始めた。
「あなたもいい加減、料理なんてやめてちゃんとした会社で働きなさい。女に食べさせてもらうような男に育てた覚えはないわ。」
実の息子の夢を平気で踏みにじる義母に、私はただ呆然とするしかなかった。義母は港が幼い頃に離婚し、多額の慰謝料と養育費をもらって一度も働かずに港を育てたらしい。だからこそ、女の仕事は家庭という考えが染みついているのだろう。
「母さんが勝手に言ってるだけだから、マイカは気にしないで仕事を続ければいいよ。」
港はいつもそう言って私の味方をしてくれた。結婚を決めたのは、港のその姿勢を信じられたからだ。
しかし結婚後、義母はさらにエスカレートする。連絡もなく突然家に押しかけてきては、家事の不出来を説教するのだ。
「どうして家の中がこんなに汚いの? 港が病気になったらあなたのせいよ。」
もちろん、家の食事も弁当も作っているのは港だ。しかし私は黙って義母の好き放題を聞き流すしかなかった。反論すればキリがないからだ。港に愚痴をこぼしたこともあったが、それで義母に「息子に私の悪口を言うなんて、最低な嫁ね」と逆ギレされて以来、何も言えなくなってしまった。
「嫁であるあんたは私に従うしかないのよ。それが嫌なら港と別れなさい。私のことを港に話したら……わかってるわよね?」
港に相談もできない。私は義母の支配にじわじわと耐えながら、日々を消耗させていった。

そんなある日、港が旅行のパンフレットを持って帰ってきた。
「俺たち、新婚旅行に行けてなかったよな。ハワイとかどう?」
「行きたい! 私、海外旅行なんて初めてだよ!」
初めての海外に、私は久しぶりに心が躍った。義母のいない場所で、港と二人きりで過ごせると思うだけで嬉しかった。
しかし、旅行の数日前、港が困り顔で言った。
「母さんにハワイ旅行がバレたみたいだ。……母さんも同じ日程で飛行機を予約してるらしい。」
「え? どうしてバレたの?」
「俺のスマホを見たのかもしれない。……でも、別行動するって約束はさせたから。」
不安はあったが、港を信じるしかなかった。しかし旅行当日、空港の入口に当たり前のように立っていた義母を見た瞬間、嫌な予感は確信に変わった。
「母さん、どうして!?」
「一緒に楽しんだ方がいいでしょ? さあ、行きましょう。」
港の抗議も聞かず、義母は彼の腕を引いて歩き出す。現地に着いてからは、私たちの計画したプランはすべて無視された。観光に連れて行かれた先は、全部義母の希望ばかり。憧れていたはずのハワイは、誰のための旅行かわからない地獄の一日になった。
「マイカさん、ぼんやりしないでついてきなさいよ。全く、気の利かない嫁ね。」
私はハワイに来てまで理不尽に叱られ、自分が何のためにここにいるのか分からなくなった。この先も、こんな人生が続くんだろうか。頭のどこかで冷たくそう考える自分がいた。

それから、土産物屋での一件だ。カゴいっぱいの義母の買い物を持たされ、会計直前で逃げられた私は、怒りと絶望で立ち尽くしていた。でも港は優しく、私の買い物だけを選び直してくれたのだ。
「このまま二人で、日本に帰っちゃおうか。」
「え……?」
「荷物を取って、空港に行こう。チケットはもう買ってある。」
港は悪戯っぽく笑った。私たちは買い物を放り出して、そのまま店を飛び出した。義母がトイレから戻ってきたことに気づく前に、もう空港へ向かっていた。
機内で、港は謝った。
「マイカ、ごめん。母さんの言葉を信じた俺のせいだな。」
「大丈夫。港は悪くないよ。」
帰国してスマホをつけると、義母からの着信が数十件入っていた。港が折り返し電話をかけると、義母はすぐにわめいた。
「港! あんた今どこにいるの!? 早く戻ってらっしゃい!」
「戻らないよ。俺たち、もう日本に帰ってきたんだ。」
「はぁ!? 何勝手に帰ってるのよ! せっかくあなたとの部屋を予約しておいたのに!」
その言葉を、スピーカー越しに聞いていた私はぞっとした。港と私の宿泊先は、ハワイのリゾートホテル。まさか、それとは別に自分と港のための部屋を取っていたというのか。
「あなたたちの予約はキャンセルしておいたわ。当日のお楽しみにしようと思って、確認メールも消しておいたのよ。」
義母は平然とそう言い放った。港が驚いて問い詰めると、義母は逆上して言った。
「港はマイカさんと別れるべきよ! あの女のせいでおかしくなったんだわ! 男が料理や家事をするなんておかしいのよ!」
「何もおかしくない。俺は好きで料理を仕事にした。性別は関係ないだろ。」
「だから、それがおかしいのよ! 一人暮らしなんてさせずに、私と一緒に暮らしていれば……」
「もういい。母さんが俺の幸せを邪魔するなら、これ以上付き合うのは無理だ。」
港はそう言って、電話を切った。ぷつん、と切れた音とともに、私は彼の覚悟を知った。優しくて、誰かを一人にしておけない港。しかし、甘いだけではない。今回の港は、私たちの生活を守るために、はっきりと線を引いたのだ。私が持てなかったものを、彼は持っていた。

その後、怒り狂った義母が私たちの家に押しかけてきた。インターホンを連打し、ドアを叩き、怒鳴り散らす。しかし、そんなことも想定済みだ。私たちは、それからしばらく家に帰ってきていなかった。そして、ドアを開けたのは誰でもない、私の両親でもなく、港の伯母、つまり義母の姉だった。
「ねえ姉さん……どうしてここに?」
「あんたこそ、何しに来たんだ。」
豪快で正義感の強い義母の姉。私たちは彼女に助けを求めていた。義母の唯一の天敵とも言うべき存在だ。
「話は全部聞いたよ。あれだけあんたのために頑張ってくれた港に、恩を仇で返すような真似して恥ずかしくないのか?」
「だって! 私を置いて勝手に結婚して、マイカさんは私の意見を何ひとつ聞かないのよ! 港は私が引き取るから、この結婚はなかったことに!」
義母は喚き散らした。それどころか、「ハワイで私を置き去りにしたのはマイカさんの入れ知恵だ」とまで言い出した。妄想にもほどがある。ここまで来ると、私は怒りを通り越して呆れてしまった。
「帰ろうと言ったのは俺だよ。もう、マイカを我慢させるのも、悪く言われるのも我慢できないんだ。」
港がそう言うと、義母は「マイカさんのせいで港がおかしくなったのよ!」と、私を悪者に仕立て上げるのをやめなかった。まるで壊れた機械のように、同じ言葉を繰り返す。
「悪いけど、そんな考えの母さんとはやっていけない。もう二度と、俺の前に現れないでくれ。」
「なに言ってるの!? じゃあ、私はどこで暮らせばいいのよ! 旅行が終わったら一緒に住むつもりで、もう家は引き払ってあるんだから!」
義母はそう言って、私たちを脅したが、港の伯母がすかさず口を挟んだ。
「だったら、うちに来なさい。私がしっかり家事を教えてあげる。あなた、昔からまるっきりダメだったものね。ちょうどいい修行になるわよ。」
義母は青ざめながら反論したが、住む家はもうない。港は「俺は母さんとは住まない」と断固拒否し、私も思い切って言った。
「私も、お母さんとは暮らしたくありません。これまでのことも、ハワイでのことも、忘れられません。」
「ほら姉さん! この嫁がこんな酷いことを言うのよ! 港を元に戻すためにも、私は一緒に住まないと……」
「誰が聞いたって、二人の言い分の方が正しいよ。どうやらあんたは、一から教育し直さないとダメみたいだね。」
義母がなおも「この家に住む!」と主張すると、港は無表情のまま言った。
「ここまで分からず屋だとは思わなかったよ。じゃあ、母さんはこの家で好きに暮らせばいい。俺たちは引っ越すから。」
義母は驚き、慌てて止めようとしたが、港の一言に思わず足を止めた。
「これ以上邪魔をするなら、警察を呼ぶからな。」
「おばさん、ごめんなさい。後のことはお願いします。」
「任せておきなさい。もうあんたたちのところには行かせないから、しっかり教育し直してやる。」
義母の姉はそう言って、グッドサインを作った。
私たちは急いで荷物をまとめ、予約しておいたシティホテルへ向かった。港は何度も謝った。
「本当にごめん。俺がずっと曖昧にしていたせいで、マイカを苦しめたんだな。」
「もういいよ。港が私のことを選んでくれた。それだけで嬉しい。」
私は心からそう思った。義母に受けた仕打ちは忘れられないけれど、この人の隣なら、きっとやっていける。そう感じていた。

後日談。義母は抵抗虚しく、伯母の家に連れて行かれた。車で数時間かかる場所なので、もう気軽に私たちのところへ来ることはない。義母はあれ以来、伯母から厳しいしつけを受けているらしい。遊びに行くことも許されず、毎日家事をさせられているそうだ。泣き言を言えば、「あなたがお嫁さんに望んだのはこういうことなんでしょ。人の痛みを知ってから物を言いなさい」と、さらに厳しくされる。自業自得としか言いようがなかった。
私たちはその後、新居を契約した。港の店にも私の会社にも近くて、駅からも近い便利な場所だ。義母には新居の場所を知らせていないので、アポなしで来られる心配もない。私はようやく、長年のストレスから解放された。
港は意外なことに? それからますます仕事が充実しているようで、いつも楽しそうに店の話をしてくれる。
「マイカ、もうすぐ新商品を出そうと思ってるんだ。一番に食べてほしいんだよ。」
「本当? すっごい楽しみ!」
私たちはそう言って笑い合った。結婚してから、今が一番幸せだ。この穏やかな毎日が、これからも続いてほしい。港と二人、お互いを支え合いながら、今日も静かに暮らしている。

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