「おい、500万払え。払えないなら、店ごと潰すぞ」…

「おい、500万払え。払えないなら、店ごと潰すぞ」...

「ないです」と私が言った瞬間、男たちの顔に笑みが浮かぶのを見た。そいつはカウンターに手をかけると、コーヒー豆の袋やアンティークのカップが並ぶ台を、ざっと一気に薙ぎ払った。割れる陶器の音。床に散らばる豆。変わり果てた店の様子に、私は声も出ず、ただ立ち尽くすしかなかった。

これは、私が自分の喫茶店を開いて3年が経った頃の話だ。急に店へ乗り込んできたヤクザたちに「営業許可料」と「みかじめ料」を払えと迫られ、大切な店をめちゃくちゃにされた。私は必死で言い繕いながら、こう答えていた。

「わかりました。お金は払いますけど、すぐに用意できる金額ではないので、一度祖母に相談させてください」

この後、彼らは私の店に手を出したことを一生後悔することになる。私は「しおり」。コーヒーを淹れて一息つく時間が何よりの癒しで、その好きが高じて小さな喫茶店を営んでいる。お客さんに美味しいコーヒーを提供し、くつろぎの時間を過ごしてもらう。喫茶店経営は、私にとってこれ以上ない幸せだった。

ところが、そんな幸せな日々に暗雲が漂った日、柄の悪い3人組が店に乗り込んできた。

「いらっしゃいませ」

コーヒーを飲みに来たようには見えない。直感で「こいつらはやばい」と分かった。でも、本当にやばいのかどうかは分からない。柄の悪い人でも、ヤクザでも、喫茶店に行くことはあるだろう。待ち合わせかもしれない。

「こちらのお席へどうぞ」

私は席へ誘導しようとしたが、3人組はその場でニタニタと笑っている。やっぱり、やばい奴らみたいだ。

「店長を呼んでくれるか?」

「どうされましたか?」

「店長に話があるって言ってるんだよ」

「私が店長ですが、何か」

「へえ。随分若い店長だな」

「ありがとうございます。それで、コーヒーについて何かご質問ですか? お好みに合わせて豆をお選びしましょうか?」

「そうだなあ。飲んだら金持ちになるようなコーヒーなんかもあるのか?」

「いえ、そういったものがあれば、私も飲んでみたいですね」

「なら、カップに波々、金を注いでくれよ」

彼らは店のお金を目当てに来たようだ。銀行にでも行けばいいのに。

「それは出来かねます。うちはしがない喫茶店ですから」

「そういや店長さん、この店はいつからやってるんだ? 前にこの通りを通った時には、喫茶店はなかったと思うんだがな」

「さあ、そろそろ3年くらいだと思いますが」

「3年もやってるのか? じゃあ、かなり儲かってるんだろうな」

「いえいえ、コーヒーは1杯500円程度のものですから」

「そうか。それで、この喫茶店は営業許可はちゃんと取ってあるのか?」

「許可ですか? はい、許可はちゃんと取ってありますよ」

とは言ってみたが、私の言う許可と、彼らの言う許可はきっと違うのだろう。

「どんな許可を取ってるんだ?」

「役所への許可ですね」

「役所だけか」

「はい。他にも許可が必要なのでしょうか?」

彼らは顔を見合わせて、またニタニタと笑う。

「じゃあ、無許可ってことだな」

「いえ、許可は頂いていますから、無許可ではないですよ」

「ああ、あんたは知らないみたいだな」

そう言うと、ヤクザの1人が、自宅用に袋詰めされたコーヒー豆の袋に乱暴に手をかけた。

「やめてください」

しかし、ヤクザは袋を床に叩きつけて、散らばったコーヒー豆を踏みつけた。

「これくらい安いもんなんだろ」

「商品なので、やめていただけますか?」

「やめて欲しいなら、まずは営業許可を取ることからだな」

「ですから、どこに許可を取ればいいのですか?」

「この辺一体は、吉田組の縄張りなんだよ」

吉田組? 私は思わず吹き出しそうになったが、何とか我慢した。実は私は、この辺りで一番大きなヤクザの組織「ずき組」の若頭の孫娘なのだ。吉田組と言ったら、ヤクザの世界では相手にされないほどの極小の組織だ。

「ごめんなさい。知らないです」

「吉田組ってのはな、ヤクザの世界でも知らない奴はいないくらい大きな組織だ。その吉田組の縄張りであんたは勝手に商売をしてるってことなんだよ。こっちが何も知らないと思って」

「これからもここで商売したいのなら、許可料を納めてもらわないとな。許可料は、まあ100万でいいだろう」

高すぎる。そう思ったが、反論しても無駄だ。

「先ほどもお伝えしましたが、コーヒー1杯500円の世界ですよ。100万なんて大金を支払ったら、どうやって生活していけばいいんですか」

「それはそっちの都合だろう。知ったこっちゃねえよ。払うか払わないかだけだ」

困ったな。どうしよう。

「そういや、この店3年もやってるって話だったよな。なら、今回の許可料だけでなく、これまでのみかじめも踏み倒してるってことだよな」

「みかじめですか?」

「そうだよ。毎月収めてもらうはずだったみかじめを3年分も、一緒に払ってもらわないとこっちも困るんだよ」

「みかじめ料って、一体なんですか?」

「みかじめは毎月10万だ。3年で360万」

「そんな……許可料100万に、みかじめ料360万。460万払わなくちゃいけないってことですか?」

「それに今回はみかじめ料の延滞金ももらわないとな。許可料、みかじめ料、延滞金、合わせて500万ってところか」

「無理ですよ。500万なんて。店が潰れようがあんたが食いっぱくれようが、こっちは正当な請求をしてるんだから払ってもらわないと仕方ないだろうが。無許可営業してたわけなんだから」

本当に、うんざりする。彼らに払うお金は1円もない。それに、そんな大金を払ったと分かったら、警察に捕まるのはこっちも同じだ。

「で、どうするんだ? いい加減に払ってもらわないと、こっちもやり方を変えさせてもらうことになるんだが」

「やっぱり、いくらみかじめ料と言っても高すぎます。少しだけでも割引きしてくれるとか、値下げしてくれるとか、そういうサービスはできませんか?」

「困ってる奴にそんなことしてやるわけねえよ。優しく言ってやってる。今のうちに払っちまいな。大事な店がどうなっても知らねえぞ」

「そんなこと言われても、本当にお支払いできるお金がないんです」

「ないですと言われて、ヤクザが簡単に引き下がるとでも思ってんのか。ゴタゴタ言ってねえで早く払え」

ここで払ってしまえば、しばらくは大人しくするだろうけど、また金を払えとやってくることは分かりきっている。取れるだけ取って、本当に払えなくなったら店を潰す気なんだ。絶対に払ってはいけない。でも、私1人ではどうしようもない。

そんなことを考えているうちに、男の1人がカウンターの上をざっと薙ぎ払った。飾られていたアンティークのカップとソーサーが床で粉々になり、コーヒー豆の袋もひっくり返って、豆がそこら中に散らばった。床から目が離せずに固まってしまった私を見て、3人はまたニタニタと笑っている。次々に壊される店内の備品と、床に撒かれて踏まれるコーヒー豆。私は心の中で謝ることしかできなかった。

「さあ、どうする? これでもまだ払えないって言うんなら、明日からも来てやってもいいんだぜ、店長さんよ」

絶対に許さない。私は怒りをどうにか沈めて、笑顔を作った。

「わかりました。お金は払いますけど、すぐに用意できる金額ではないので、一度祖母に相談させてください」

「なんだ、孫のために金を用意してくれるばあさんがいるのか。これなら先に言えば、店がこんなことにはならなかったのに」

「明日には用意できるように頼んでみます。ですから、今日のところはお引き取りいただけませんか?」

「まあ、額が額だからな。明日用意しとくってなら、今日は見逃してやるか。じゃあ明日もこの時間に来るからな。ちゃんと用意しておけよ」

彼らが去った後、変わり果てた店内を見渡して、悔しくて涙がこぼれた。まだ早い時間だったが、今日は臨時休業にして、祖母に連絡をした。

「あら、しおりちゃん。久しぶりね。元気? ちゃんとご飯は食べてる?」

祖母の優しい声を聞くと、また涙が出てくる。涙が止まらず、なかなか話し出せない私を、おばあちゃんが心配しているのが伝わってくる。

「しおりちゃん、どうしたの? 何かあったの?」

「おばあちゃん、お店がめちゃくちゃにされちゃった。どうしよう。吉田組の奴らが急にやってきて、営業許可を取ってないだろうって、許可料と、店を始めてからこれまでの3年分のみかじめ料も一緒に払えって言うの。全部で500万だって。そんなの用意できないし、払ったら警察に捕まるのは分かりきってるから、払えないって断ったの。そうしたら、売り物のコーヒー豆をばらまいて踏ん付けたり、店の備品を壊して帰って行ったの」

「あらあら。大変だったのね。大丈夫よ。おばあちゃんがついているわ」

「こんなことされて許せないよ、おばあちゃん」

「おばあちゃんに任せて。そいつらをきっと地獄に落としてやるから、安心してて」

「ありがとう。それで、そいつらまだ店にいるの?」

「ううん。おばあちゃんに相談したいからって、また明日来てって言ったら、帰って行ったみたい」

「そう。じゃあ、そいつらがまた明日来たら、おばあちゃんの家に連れてきてくれる? あとはおばあちゃんに任せてくれればいいからね」

「うん。分かった。私も奴らがどうなるか見ておきたいから、一緒にいてもいい?」

「ええ、いいわよ。だから今日のところは、自分のために美味しいコーヒーを入れて、落ち着いたらお店の片付けをして、ゆっくりするのがいいわ。あとは明日、おばあちゃんが全部うまくやってあげるからね」

「ありがとう、おばあちゃん」

祖母の心強い言葉に、少しずつ元気が出てきた。電話を切ると、私は言われた通りにコーヒーを入れて、店の掃除を始めた。

次の日、約束通り店に現れた男たちは、いかにもご機嫌という様子で、鼻歌まで歌っている。きっと、お金を持って帰れると思っているのだろう。私は笑顔を作って、彼らを店に迎えた。

「いやあ、店長さん。こっちは約束通り来てやったぜ。そっちも約束の500万、用意できたんだろうな」

「はい。祖母に相談して、用意してもらいました。ですが、祖母の家に置いてあるので、ここではお渡しできないんです」

「なんだ、ここにはないのかよ」

「すみません。額も大きいので、お支払い前に何かあってはいけないので、預かってもらっています。これから祖母の家にご案内しますので、一緒に来ていただけますか?」

「ここに取りに来るから用意しとけって言ったよな」

「すみません。昨日は店の片付けもあったので、取りに行くこともできなかったんです。ちゃんと言われた通り500万用意していますから」

「まあ、ちゃんと用意できてるって言うんなら、今回は一緒に取りに行ってやるか。金持ちのばあさんにも挨拶しておかないとな」

「はい。車でご案内しますね。どうぞ乗ってください」

彼らは祖母からも金を取れると思ったのか、機嫌を直して車に乗り込んだ。車をしばらく走らせると、高級マンションばかりが立ち並ぶ通りに入った。

「もう少しです」

「へえ。この辺なのか。あんたのばあさん、随分いいところに住んでるみたいだな」

「祖母はタワマンの最上階のペントハウスに住んでいますよ」

「なら、かなりの金持ちってことじゃねえか」

「はい。お金は持ってる方だと思います。祖母は資産家なんです」

「なんだ。だったらもっと金額を用意するよう言っておけばよかったな。金持ちの資産家なら500万なんて屁でもないだろうから、孫娘のためなら1000万でも3000万でも安いと思っただろうな」

欲望に胸を膨らませる彼らと車を降り、祖母の待つマンションに入っていく。エレベーターホールの中でも、一際大きく目につくエレベーターに乗り込んだ。ボタンは最上階のペントハウスのみの直通だ。

「高級マンションの最上階は、直通のエレベーターまで完備されてるんだな」

「このマンションも祖母のものなので、元々ペントハウスに住むことを決めていたから、直通のエレベーターを作ったそうです」

「こんなでかいマンションまで持ってんのかよ。あんたもあんな小さな喫茶店なんかやらなくても、遊んで暮らせるだろうに」

「祖母の資産額は、日本でもトップクラスに入るくらいだと思いますよ。それはそれとして、小さくても自分のお店を持って、コーヒーの美味しい喫茶店をやるのが私の夢だったんです」

「そんな大事な店を、よくも荒らしてくれたわね」

「そうか。ここにいたら、500円のコーヒーを売るために必死に働かなくても、楽して金は使い放題だろうによくわからねえな」

エレベーターが最上階に着き、祖母の家の大きなドアが目の前に現れた。そのドアの両側には、黒いスーツを着込んだ大柄な男たちがそれぞれ立っている。

「お疲れ様です。お待ちしておりました」

ドアの横に立っていた祖母の部下、西本が頭を下げる。祖母から事情を聞いているのだろう。

「おばあちゃんはどちらに?」

「はい、こちらです。ご案内します」

そう言いながら、西本は鋭い目線を彼らに向けた。玄関を入り、部屋の中を進んでいく。

「これがタワマンの最上階か。街があんなに小さく見える」

私は彼らを客間に通した。

「祖母を呼んできますね。こちらで少しお待ちください」

「なあ、あんたのばあさんってのは、ただの資産家なのか?」

1人が部屋から出ようとする私に声をかけてきた。

「祖母と父、母も一緒になっていろんな事業も手掛けているみたいです」

「会社の社長もやってるってことか」

「私も詳しいことは分かりませんが、そういうことになるみたいですね」

「それに、さっきドアの前で立ってた男。あれは何なんだ? あんたのことを『お嬢』って呼んでたよな」

「祖母の会社の方です。私を生まれた頃から知ってるので、ずっとあの呼び方なんです」

「ふうん。そうなのか」

納得してくれたようだ。

「では、祖母を連れてきますね」

私は客間を出て、祖母のいる書斎へ向かった。フロア全体が祖母の家なので、客間から書斎は結構な距離がある。もう少し小さな家に引っ越した方が楽なのではないかと思うが、祖母はこのタワマンからの眺めを気に入っているらしい。部屋の中を進んでいくと、至るところで組員が掃除などをしている。小さな頃はみんなに可愛がって遊んでもらっていたが、成長するにつれて、他の友達の家との違いにだんだんと違和感を覚えるようになっていった。中学生に上がる頃には祖母の家に来ることもほとんどなくなり、大学を卒業してからは電車で数駅の喫茶店に務めるようになり、疎遠になっていった。

書斎へ着くと、重いドアをゆっくりノックした。部屋の中からは祖母の声が聞こえてくる。

「いらっしゃい、しおりちゃん」

「お邪魔します。おばあちゃん。昨日の奴ら、連れてきたわよ」

「分かったわ。言ってたお金は用意してあるからね」

「ありがとう。奴ら、おばあちゃんのこのマンションを見て驚いてたわ。金持ちなんだなって。もっと金額を用意するよう言えばよかった、って」

「バカだね。誰の孫を相手にしてるか知りもしないで。それよりしおりちゃん。これからはもっとうちにも顔を見せに来てちょうだい。おばあちゃん、しおりちゃんのためならいつだって時間を作るから」

「うん。そうさせてもらうわ」

「さあ、これが言ってた500万よ。ほら、受け取って」

祖母から受け取ったアタッシュケースには、帯のついた札束が5つ入っている。

「私から奴らに渡したらいいの?」

「ええ、そうして。おばあちゃんも一緒に行くから」

「分かった。お願い。しっかり後悔させてやってね」

「大丈夫よ。ちゃんと地獄に落としてあげるから」

祖母を連れて客間に戻ると、彼らはソファのそばに体を預けて、くつろいでいる様子だった。

「お待たせしました」

声をかけると、祖母に挨拶すらせず、座ったまま見上げていた。彼らの向いに祖母と共に腰かけると、西本が部屋に入ってきて、ドアの前に立ち塞がるように立った。

「ただのボディガードですから、お気になさらずに。こういった場にはいつもいてもらうようにしているんです」

「ボディガードね。女社長で高齢ともあれば、いてもらった方がいいだろうな。さあ、こんな話より、孫娘から俺たちのことは聞いてるみたいだな。金の用意はできてるんだろうな」

祖母が私に目配せをする。私は祖母から受け取ったアタッシュケースを開いて、彼らに金を見せた。

「こちらが約束の500万です。どうぞお受け取りください」

「孫のお店のためですから、500万で許していただけるのならありがたいことです」

「ああ、物分かりが良くて助かるぜ。今回は500万で許してやる。その代わり、次からは喫茶店のみかじめ料が毎月10万。それから、あんたの会社と息子夫婦の会社からも、いくらかもらうことにするよ。いくつか会社を経営してるって話だったよな」

「はい。ちょっといくつだったか覚えてはいませんが」

彼らは嬉しそうにニヤニヤして祖母を見ている。おばあちゃんたちの会社からもお金を持っていこうとするなんて。

「これだけの大豪邸に住めるんだから、いくつも大きな会社があるんだろうな」

「はい、その通りです」

「なら、会社1つにつき営業許可料は2000万ずつ、月々のみかじめ料は100万だ。これまでの利益から考えても、良心的な値段だろう」

「確かに、それぞれの会社での利益を合わせると数十億になりますから、痛くはないのかもしれませんね」

「程度すぐに用意するのは難しい額なので、そちらはまた後日ということで。今日のところは、この孫の分の500万でお引き取りいただけないでしょうか?」

「分かったよ。じゃあ、また明日来てやることにしよう。1社あたり、2000万に、これまで営業してきた月×100万だ。次からは月々のみかじめ料として、それぞれ100万ずつだからな。覚えておけよ」

「わかりました。明日までに用意しておきます」

「孫の方は月々10万でいいから、婆さんを見習ってちゃんと用意しておけよ」

「はい、わかりました」

勝ち誇ったように立ち上がった彼らに、祖母が声をかける。

「もうお帰りですか? お家までお送りしましょう。最近はこの辺りも物騒で、金品目当ての物盗りが多いんだそうです。お金を持って帰られるのも大変でしょうから、どうぞ」

「いや、大丈夫だ。ありがとよ」

「そうですか。では、くれぐれもお気をつけて」

彼らに続いて玄関へ向かう。組員たちも彼らに手出しをしようとはせず、頭を下げて丁寧に挨拶をした。その様子に何の違和感も感じることなく、彼らは玄関を出てエレベーターの前に立った。

「やっぱり心配ですから、せめて下までお見送りしましょうか。さあ、しおりちゃんもいらっしゃい」

「いや、本当にここまでで大丈夫だ。それより明日の準備を頼むぜ」

彼らはエレベーターで1階まで降り、マンションから出ていく。私と祖母、そして祖母の部下は、その様子をそっと見届けた。

マンションを出て角を曲がったところで、彼らは覆面の男たちに囲まれた。男たちは持っていたバットを彼らに向かって振り下ろし、ボコボコにした上で、持っていたアタッシュケースを奪って走り去ってしまった。

「何だったんだよ、あいつら。いてえな」

「あ、おい、金はどうした? 金がねえぞ」

大慌てする彼らに、祖母がほほほと笑いながら近づいた。

「あらあら。ですから言ったんですよ、お送りしましょうかって」

「くそ、お前やりやがったな」

彼らは道路に倒れたままの姿勢で祖母を睨みつける。

「まさか、こんな老いぼれに何ができましょうか」

「とぼけてんじゃねえよ。ばばあ。金を取り返すために、さっきの奴らに指示でもしたんだろう。通りであんなに大人しく金を渡したわけだ。おかげで500万は奪われちまったし、俺たちはこの怪我だ。さっきの奪われた金と、この怪我の治療費も払ってもらおうか」

「あんたたち、そんなこと言って、ただで済むとは思ってないだろうね」

祖母の凄みのある声に、彼らが怯んだのが分かった。

「な、なんだと?」

「私はあんたたちのお望み通りの金を用意してやったんだよ、500万。それを、浮かれて物盗りに取られたからって、この『ずき組』の若頭が指示しただなんて、つまらない言いがかりをつけやがって」

「ずき組の若頭だって? 若頭が女ってのは聞いてたが、まさかあんたたちはその若頭の孫娘を狙おうとしてたんだから、ただで済むわけがないのは分かっているだろうね」

「マジかよ。じゃあ、あの家の中にたくさんいた部下ってのは……」

西本が彼らの前に現れる。

「てめえら、うちの若頭に随分と舐めた態度を取ってくれたな。お嬢の店にも手を出したそうじゃねえか」

「悪かったよ。まさか、ずき組の若頭さんの孫娘だなんて知らなかったんだ」

「知らなかったで許してもらえるとでも思ってんのか。その上、若頭やご家族からも許可だのみかじめ料だの言って、巻き上げようとしやがって」

「勘弁してください。頂いた金は全額返しますんで、どうか許してください」

「よし。なら、今すぐ返してもらおうか、500万」

「おい、あの金は取られちまっただろうが。返すって言ったって、あんな大金どうするつもりだよ」

「どうした? ほら、返してくれるんだろう」

「すみません。必ず返しますんで」

「なんだよ。若頭に今返すって言ったじゃねえかよ」

「今すぐには返せません。すみません。許してください」

「こいつら、舐めやがって。許すわけねえだろうが」

西本がさらに声を荒げると、控えていた部下たちもぞろぞろと出てきて、彼らを取り囲んだ。すっかり怯えきった彼らに、一斉に蹴りが入り、悲鳴にもならない声が聞こえてくる。抵抗もできずに顔をしかめる彼らの体は蹴られ続けて、小さく丸まっている。

「もういい。やめなさい」

祖母の声に、部下たちは蹴るのをやめて下がっていく。

「お前たちには、相当の償いをしてもらうつもりだからね。まさかこれで終わりだなんて思ってないだろうね。私にあれだけの額を吹っかけてきたんだから」

「勘弁してください。さっきのことはなかったことにしてください」

「あんたたちと話しても埒が明かないようだから。これから吉田組の組長に話をつけに行くしかないようだね」

「それだけは勘弁してください。俺たちが勝手にしたことなんです。組や組長は関係ないんです。金は、手に入ったら組に納めようと思ってただけで……」

「分かったよ。組は関係ないんだね。さあ、しおりちゃん。この人たち、どうしましょうか?」

「組のことは無関係って言うならもういいけど、この3人だけは許せないわ。お店をあんなにめちゃくちゃにされたんだもん」

「そうね。そんなに許せないんだったら、無理に許そうとなんてしなくていいわ」

「すみません。すみません。どうか許してください」

「今更いくら謝ったって、許さないわよ、おばあちゃん。私もこの人たちの顔も見たくないの」

「あんたたち、大変な人を怒らせたみたいね。顔も見たくないってことは、もう死んでもらうしかないかしらね」

「そ、そんな。今回だけはどうかお許しください。金も必ず用意しますから。ごめんなさい」

「やっぱり許せないわ。あなたたちに踏みつけられたコーヒー豆はどうしてくれるのよ。大事なカップやソーサーも」

「そんな、命に比べたら豆やカップなんて……」

「反省もしてないみたいね。なら、地獄に送ってもらうしかないか」

「おばあちゃん、この人たち、自分がどんなにひどいことをしたか分かってないみたい」

「そうね。地獄に行ってもらうことは決まったとして、その前に、お金だけは返してもらわなくちゃね。この子の店をめちゃくちゃにしてくれた分と、みかじめ料だかなんだかで請求してきた500万。それに、今後のみかじめ料や、私や息子夫婦の会社から巻き上げようとした分も全部足したら、一体いくらになるかしらね」

「数億……」

「そうね。1人につき2億円払ってもらいましょうか」

「そんな金額、ずき組の若頭さんなら払えても、俺たちには、とてもじゃないけど払えません」

「何? あんたたち、自分じゃ到底払えもしない額を、私に払わせようとしてたってことなの? 自分から払えと言ってきておいて、自分は払えませんだなんて、そんなことが罷り通るとでも思ってるの? けど、私も鬼じゃないから、救済措置は用意してあるわ。あんたたち、例のサバイバルゲームに行ってきなさい」

「サバイバルゲーム?」

「海外で各国のお金持ちたちが楽しむサバイバルゲームよ。お金持ちたちが参加者にかけるの。契約金は1年で2000万。それがあんたたち参加者の取り分になるってこと。ここで10年間頑張れば、ちょうど返済分の2億円よ」

「1年で2000万、10年で2億円。ただのサバイバルゲームなわけないですよね」

「いいえ、ただのゲームよ。島の中にいる、あんたたちと同じような参加者を消していけばいいだけなんだから、簡単でしょ」

「それだったら、なんとかできそうな気がしますけど……」

3人は腹を括ったようだ。

「そうとなったら、頑張ってもらわないとね。10年」

武器も食料もない場所で、命を狙われながら過ごすのは簡単なことではないだろう。けど、これくらい、店をめちゃくちゃにした奴らには当然の報いだ。3人は即日日本を後にし、私と祖母は手を振ってそれを見送った。

こうして私は、元の平凡でありながらも幸せな日々を取り戻したのだった。

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